「スクールアイドルフェスティバル…ですか。」
陸は資料をジッと見つめ、難しそうな声を出す。
「ええ。」
風紀委員会のメンバーと生徒会のメンバーが集まり、これから催される学園のイベントについて考える。
彼女達は嬉しそうに。彼は何処か難しそうに。
「誰もが楽しめる催し物だと、我々生徒会は考えました。しかしこれ程規模の大きいイベントとなると…」
彼の心配は治安の維持だ。
つまり、学内の治安を維持するためにも風紀委員会の力だけでは手が足りない。人数が必要な訳だ。
虹ケ咲学園は大きく、広い。それに加えてライブ会場も1ヶ所ではなく複数でゲリラ的ときた。ましてやアイドル。多くのファンが、保護者が一同にやってくるだろう。それも他校のスクールアイドルと合わせて。
「正直言えば厳しいですね。」
難色を示す陸の言葉に彼女達はポカンとする。
「良いじゃない山上君。私達も彼女達を支えましょう?」
何もわかっていない。
「学園の治安の維持、ファン、他校生徒、保護者、これら全てを誘導し、案内を行う。これだけでもかなりの人員を費やします。生徒会、風紀委員会だけでは手に余るでしょう。」
つまりは
「純粋に人手不足です。」
戦力が足りない。生徒会だけで4人、風紀委員会は10人。
「それに加えて過激ファンの取り締まり、不審人物への警戒、暴動が起きたさいの対処要領も決まっていない。不測の事態への対処はこの人数では難しいという話です。」
不測の事態。そんなことがあるのだろうか?
「スクールアイドルが好きな人達が、そんな悪いことをするとは思えませんが。」
山上陸はこう言っているに等しい。「信用できない。」と。
菜々にとってもスクールアイドルにとってもファンは大切な存在だ。彼ら彼女らに自分達は支えられてきた。勇気を貰ってきた。喜びを、好きを分かち合えてきた。しかし陸はそんなファンの中に良からぬ事を考えている人物がいるかもしれない。暴れるかもしれないと考えているのだ。彼女にとって、そんなことは考えたくないもの、考えられないものだ。
故に彼女は言う。「そんな人はいない。」と。これは誰もが楽しむ夢の時間なのだ。誰もが「好き」なことを「好き」と言える自由の時間。
「甘いですね。まあ良いでしょう。この学園の大半が彼女達スクールアイドル同好会の皆様を求めていることも事実ですし、やるなとは私も言っていませんし。ただ、念には念を入れるべきだと私は言っているだけです。」
この世界はあまりにも甘く、優しすぎる。故に彼女達もまた純粋すぎる。彼の知っている世界はもっと残酷で汚いものが多い。故に彼の考えは理解されない。何故ファンや観客を見張るのか、何故暴力的な事態が起きると考えているのか。
そんな考えを持つ彼は不気味だった。彼には暴力的な願望があるのではないか?と。彼は何を考えている?何を恐れている?
「…こうしましょう。各運動系の同好会、部活から風紀委員会への支援を何人か。また、文化系活動の皆様からは生徒会への支援を。それと、生徒会を主とした本部を作りましょう。」
彼はそう言うと、学園の地図を持ってくる。
「また、各ライブ会場に名前をつけます。例えば、エマ·ヴェルデさんの行うライブ会場をA区、というようにです。各区域に3名1チームを送り、会場を見張らせます。本部には風紀委員長、副委員長、生徒会書記1名が不測事態への対処要領を考えます。それから…」
いつの間にか彼が全てを指揮していた。提案ではない、彼が私達にどうするか、どう動くかを指示していたのだ。とても手慣れていた。まるで今までやっていたかのように。
菜々が彼をフと見ると、彼の制服が違うものに変わって見えた。
「?」
目を擦り見直すとやはり彼は見慣れた制服を着ていて、疲れていたのかと軽く頬を叩く。
「こういった要領で対処と指揮をお願いします。よろしいでしょうか?」
菜々を見て答えを聞く。
「へ?あ!はい!良いと思います。」
急に振られ、返答に遅れたためか、「ちゃんと聞いてましたか?」と彼に心配される。
「この計画の要は風紀委員長です。共に頑張りましょう。」
「何だか物々しいわね。」などと言いながら「わかったわ。」と軽く返答する。
「練習しますか?対処要領の。」
彼の提案に全員が顔を見合せ、苦笑いをする。初めてだ、彼がこんなにも積極的に活動するなんて。
「陸さんも楽しみなんですね?」
彼にもこんな一面があるとは思わなかった。彼がスクールアイドルを好きかはわからない。ただ、学園の催し物に対し、熱心に学園の事を考え、アイディアをだし、活動している所を見て菜々は、彼を風紀委員に任命して良かったと感じるのだった。
ケリをつけよう。恐らくこのデカいイベントで全てが分かる。辻褄合わせ、答え合わせの時間だ。
スクールアイドルという存在が、俺を元の世界へと戻す鍵なのか。
「陸さんも楽しみなんですね?」
そんなことを聞かれた。
楽しみ?違うな。
「まあ、祭りは昔から好きなんですよ。」
よく家族と祭りに行った。屋台に花火、山車に太鼓。子ども達の笑い声、恋人達の暖かい雰囲気。何十年も前だ。
菜々を見て、陸はこう言う。
「成功すると良いですね。スクールアイドルフェスティバル。」
「はい!必ず成功します!」
おいおい、そんなんじゃ、すぐにせつ菜の正体がバレてしまうぞ。
内心そんなことを思う。嘘が下手な子だ、もう少し俺を見習ったらどうだ?なんて、
ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。俺は帰る、元の世界へと必ず。
彼の決意は固く、何者にも負けないだろう。
目的は違えど、目標は同じだ。
「「スクールアイドルフェスティバル。」」
私達はここから/俺はここで
新しく始まる/終わりにする
合同会議は終わり、辺りはほんの少し暗くなっている。
「では、私はこれで失礼します。」
陸が挨拶をする。
「はい。お疲れ様でした、陸さん。」
そんな彼に菜々が挨拶を返す。
陸はそのまま、菜々の後ろを歩いていくのだった。
「あ、陸さん!」
スクールアイドルフェスティバルについての資料を渡そうと陸を呼び止め、振り返るがそこに彼はいなかった。
「はあ、明日渡しますか。」
彼女は溜め息をつきながらそう言うのだった。
彼は不気味だ。それでいて寂しげだ。まるで目を離したらいつの間にか居なくなってしまうような、そんな感覚。たまに思う。ある時フといなくなってしまうのではないか、それも最初から山上陸という存在自体が無かったかのように消えてしまう。そんな不気味な印象が、寂しげな印象が、彼にはあるのだった。
「さっさと帰りたいな。」
軽く首を回しながら、彼は夜空を見上げて拠点へと戻るのだった。
「ん?」
ほんの一瞬、夜空にピンクの衣装を着た少女が飛んでいた気がしたとおもえば、手に違和感を覚え自分の手を見る。
「何なんだ。」
いつのまにか手には仕事で使う手袋がはめられていた。だがやはりそれも一瞬だ。もうこれにも慣れた。
「戦いの時…。」
ある程度の手筈は整えた。できる限りの説明も、最低限度だが行った。学園の守衛にもいざという時は応援の要請も可能にした。最悪自分で全てを対処すれば良い。
やはりあの手紙が気になる。
拠点に戻るとまた手紙が1枚机の上に置いてあった。
拝啓】ー
夢はまだ覚めぬ。時は流れ、運命も進む。逃れることは叶わない。現実と虚構の狭間で君は何を成し遂げる。何故流されない?何故受け入れない?
「俺はしぶといんだ。」
手紙をゴミ箱に捨て、シャワーを浴びる。食事を摂り、歯を磨き、寝る準備を整える。時刻は22時、寝るには少し早いが眠れるうちに眠っておいた方が良い。いつ何が起きるかなどわかったものではないのだから。
ゆっくりと布団に潜ろうとすると、携帯が鳴る。
「誰だ?」
少しイラつきながら携帯を見ると、中川菜々と表記されていた。
「ッ。」
軽く舌打ちをしながら電話に出る。
「夜分遅くに申し訳ありません。陸さんに一応お伝えしたいことがあって。」
対処要領のことだろうか?確かに、説明をしている時は上の空だったことを思い出す。
「不測事態の対処については、生徒会長ではなく風紀委員長が対応します。何も貴女が心配することはありませんよ。」
どのみち君はせつ菜としてライブに出ることは目に見えている。本部の運営にライブと両立は厳しいだろう。それに、どちらかに意識が寄ってしまい、仕事に支障が出るくらいならば片方を存分に頑張ってもらうほうがありがたいというものだ。
「いえ、その件については問題ありません。生徒会として風紀委員会を全力で支援するつもりです。」
「では何です?」
早く眠りたいんだが。
「スクールアイドルフェスティバルについての資料をまだ渡していなかったので、明日生徒会室に取りに来て貰えませんか?詳しい概要なども載っていますので。」
そういえば、大まかな説明しか聞いていなかった。資料も軽く目を通した程度だ。把握したのは会場の場所くらい、他の催し物、出し物などは完全に把握しきれていなかった。
わかりました。ありがたく、明日頂きに行きます。」
「では、明日の午後に。」
要件も終わり、電話を切ろうかと思うと
「そういえば、陸さんには夢とかあるんですか?」
不意にそんな奇妙な質問がきだ。
「何故です?」
「いえ、最初に面接したとき、最後の質問を覚えていますか?」
最後の質問?
ああ、"好きな物"か。
「ええ。」
「貴方は好きな物が"無い"と答えていたので、何となく夢とかあるのかなぁ?と思いまして。」
「夢…。」
夢か。別の意味で夢を見ているような日常を送っている。長い覚めぬ夢。
この世界での夢
「時に、当たり前の生活を送るというのは大切でいて難しい。案外上手くいかなくなるものです。」
「当たり前の生活…ですか?」
「ええ。ご飯を食べ、家族や仲間と話し、何気ない日常を送る。ただそれだけ。それが重要で、大切なんです。きっとね。でもそれは非常に難しく、時に脆い物です。」
「はあ。」
質問に対する答えとは検討違いなことを言っている奇妙な返答が続く。
「凄く当たり前なことなんですよ。その当たり前が大切だといつか気付く時が来ますよ。貴女に分かりやすく言うならば、
好きなことを、好きな物を"好き"だと言える、とても簡単なことです。でも、貴女にとってそれはとても大切なことでしょう?好きを伝え、広げていく。良い話です。」
何を言っているのか菜々にはまるで理解ができないでいた。当然だ、彼は菜々の質問に答える気などない…いや、答えられないのだから。答えても理解することはできないだろう。
元の世界に戻りたい。など、誰が理解してくれるだろうか?精神がおかしい人間だと思われるだけだ。夢というよりは目標だが。
「私の夢…当たり前の日常を過ごすこと、ですかね。」
「おっしゃっている意味が、よくわからないのですが。」
やはり山上陸という男は奇妙だ。
「理解する必要はありませんよ。そういうものですから。では、明日また会いましょう、中川菜々会長。それとも、スクールアイドルフェスティバルも近いですし、
優木せつ菜さん、の方が良いですか?」
「え?」
「あれでよくバレませんでしたね。」
電話ごしに馬鹿にするような声が聞こえる。
「いつから知ってたんですか?」
緊張しながら菜々は答える。
「以前、夜に学園で会ったときです。まあ、心配する必要はありませんよ。脅しやら何やらそんなつまらないことはしないので。」
そんな答えに菜々は少しムっとする。
「陸さんはそんな方ではないと知っています。」
奇妙で不気味、だが悪い人間ではない。それだけはわかる。
「それは嬉しい反応ですね。」
てっきり、「何が目的ですか!?」などと言ってくると思っていたが、彼が思っているよりも彼女は山上陸という存在を信頼しているようだ。
「スクールアイドルフェスティバル、頑張って下さいね。期待してますよ。」
色々と。
「はい!絶対に成功させて、最高のステージにしてみせます!だから、もし良ければ陸さんも、私達のステージを見に来て下さい!」
そんな元気な声がする。菜々の時とは少し違う、元気いっぱいの女の子。
「ええ。考えておきます。」
「約束ですよ!」
そんな事を言って電話を切る。
最後の賭けになるだろうか?少なくとも、スクールアイドルなる存在が、元の世界に戻る鍵となるかどうかはわかる。もし違えば…
「また振り出しか。」
思わず溜め息がでる。もう寝よう。
陸は再び布団に潜るのだった。
いつかまた、戻れると信じながら。