2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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主人公二人が出会うまで。
公式では明言されていませんが、弊世界線では物語が始まった日時を2020年の3月31日に設定しています。



CHAPTER 0 カウント、ゼロ Time Count, Zero
1.叢がる雲たち


 

 

 

 星という名の畑に種を巻き、育て、やがてそれを刈り取る。

 

 ある者はそれを農業と言い、

 ある者はそれを放牧と呼び、

 

 そしてある者はそれを殺戮と言った。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ぐしゃりと粘着質な音が響く。次いで頭と泣き別れた獣の体が地面に落ちた。

 

 ついさっきまで鼻息荒く踊りかかってきた猛獣は見る影もない。せまい路地裏では体を動かすのも億劫で、真正面から片手でくびり殺せば秒で終わった。……手が汚れるところまでは気が届いていなかった。

 顔をしかめながら手を濡らす血をコンクリートの壁になすりつける。赤黒い体液は装備もわずかに汚していて、メンテナンス担当から小言がくる未来が容易に想像できた。

 

 吐いたため息に重なるように、路地裏にクラクションの音が響く。

 建物と建物の隙間、日の光が差し込んでいる向こうで見慣れた黒いバンがエンジンを吹かしていた。連絡もしていないのにずいぶん早いおむかえだ。

 バン二台のうち片方から降りてくる数人に獣の死骸を示し、もう一台に乗り込む。路地裏で顔をしかめる彼らはすぐに見えなくなって、高速に乗った車窓から見えるのは横に流れる都会の景色に切り替わった。

 

 

「お疲れ様。仕事が早くて助かるわ。……嫌ね、まだ拗ねてるの?」

 

「おう、ちゃんとやれたか」

「訊くまでもないでしょ」

 

 

 前の助手席から滑らかな声が流れてきた。返事はしてやらない。こいつには態度で抗議を続けている最中だ。

 代わりに後ろの座席にどっかり腰かけるひげ面には最低限の言葉を返す。ちゃんと伝わるように言ったはずなのにため息をつかれたのは解せないが。

 

 

「最近作業班から泣き言が寄せられてんだぞ、もうちょいきれいに始末してくれってな。今日はどうやった?」

「首捻じった」

「だから手ぇ血まみれなのか……周り振り回すのも大概にしとけ」

「私振り回されてる側なんだけど? 今日だって訓練の時間潰してまであんな雑魚の相手に回させられたんだから」

 

 

 仕事をこなすことにはこなす、けれど仕上がりは雑にする。気遣いなんて知らん。そんなもの何の足しにもならない。

 これも抗議のひとつではある。助手席に座る女からある提案をされて、言葉で態度でずっとずっと嫌だと訴えてきた。腹立たしいことに、今現在に至っても効果は見られない。

 それでもやっぱり嫌だ。だって意味がない。時間と体力の無駄だ。

 なんでこんな無意味なことをするのか理解できない。理解しようとする気を起こすのも無駄に決まっているので、改めて眼前に座る上司向けてはっきり物申してやる。

 

 

「ナツメ、私絶対に出ないから。こんな無駄なことに時間割くとか意味わかんない」

「無駄にはならないわ。あなたに最低限の協調性を植え付けるという目的と、それによって他のメンバーとの連携を学んで、任務遂行の確率が上がるというメリットがあるのよ」

「……人のこと散々駆り出しておいて、今さら力不足って言うわけ? じゃ、それに気付くまでの時間も無駄だったってわけね。へぇー」

「勘違いしないで。あなたの負担を減らすためでもあるのよ」

「勘違いしないで。負担なんか感じたことない」

「頼もしいわね。それで他の人間と連携をとれるようになったらもっと頼もしいんでしょうけど」

 

 

 隠す気もなく、むしろ全身全霊を込めて舌打ちを返した。

 後部座席に座るベテランが呆れ顔になり、運転席でハンドルを握る赤髪が「まあまあ、落ち着いて……」とやんわり会話に入る。

 

 

「シキ。君にとっても、今日はいい経験になると思うよ。君は確かに僕ら10班と同じくムラクモの主力だけど、遠距離から攻撃したり、メディスなしで傷を治療できはしないだろう? 不得手をフォローしてくれる仲間と出会えれば、もっと戦いやすくなるはずだ」

「フォローね。とろすぎて足手まといにならなきゃいいけど」

 

 

 ダメだこりゃとでも思ったのか、前と後ろで同時にため息が漏れた。後部座席からひげを生やした顎が突き出され、大きな手が頭を鷲づかみにしてくる。

 

 

「おまえ最低一人でもいいから、援護してくれる仲間を持て。腕や脚を怪我して動けなくなったときに助けを求められる人間がいなかったらそこで死ぬぞ。それぐらいわかってんだろ」

「雑魚のマモノに死ぬ寸前まで追い詰められるわけないでしょ。そんな間抜けな失態犯す素人と一緒にしないで」

「だあーから、おめえちょっとは謙虚になれ! ああ言えばこう言うんだからよ、ほんっと変わんねえな!」

「ちょっとガトウ痛い。無駄なことに無駄な筋肉使うのやめて」

 

「……総長」

「大丈夫よナガレ。シキには前もって言い聞かせてきたし、いざとなったら力尽くでも放り込むわ。それに今日集まる候補生も、彼女と同じS級の能力者なのだから。いい人材が見つかるはずよ」

「そうですね……。もうすぐ到着します。各自準備を」

 

 

 ああ、最悪だ。

 

 青く青く晴れ渡った空とは裏腹に、胸中には不快感ばかりが立ち込めていた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 立ち並ぶビル群。その間を縫うアスファルトの道路。その上を走っていく車たち。

 都会の景色は変わらない。車窓の向こう側はいつも通り、灰色と銀色が中心だ。

 ただし、今日はちょっと違う。

 

 

「あ、桜」

 

 

 横に流れていく景色に彩を添える淡いピンクを見て、新しい季節の訪れと春休みの終わり、そして自分がまた年を重ねることを実感する。

 来年には大人と言われる年齢になる。自立の時期が迫っているのはわかっているけれど、いまいちポジティブなイメージを持てない。

 20歳になるとき、自分は大人と言えるような人間になっているのだろうか?

 1人で生きていくための準備を重ねている……はずだ。なのに、ちゃんと現実を捉え切れていないでいる。

 

 

「うわ、またマモノが出たって。しかも都内」

「ああ、マモノがたくさんいるから都庁が閉鎖されたってやつ? 物騒だよね」

 

 

 隣に座っている女性たちの言葉に小さなため息が出た。

 本来なら、今日自分は関西にいたはずなのだ。食い倒れの地として有名な大阪府でお好み焼きとたこ焼きを食べ、現在日本を席巻している大人気アイドルユニットのライブできゃーきゃー歓声を上げているはずだったのに。

 いや、チケットの抽選で外れたから、全部空想にすぎないのだけど。

 

 腹側に抱えた鞄の中に視線を落とす。

 今は春休み。高校は先日卒業した。大学にはまだ入学していない。なので参考書の類はなし。中に入っているのは財布や携帯といった貴重品、筆記用具とルーズリーフ。

 

 そして自分の名前と自宅の住所が書かれ、謎の判がおされた封筒。

 

 

《ご乗車ありがとうございました。間もなく終点、新宿です。お忘れ物ないようにご注意ください》

 

 

 アナウンスに促されファスナーを閉めて鞄を背負い直した。ICカードを手に握り、他の乗客と一緒にドアの前に並ぶ。

 ドアが開かれ、飽和状態だった電車が乗客を一気に吐き出す。

 人の波に流されるままにホームの階段を下り、スマートフォンを起動した。

 目的地へは駅の西口から抜けて徒歩10分ほどらしい。バスを利用することも考えていたが、この程度の距離なら自分の足で行ける。……道に迷わなければ、時間に余裕を持って到着できるはずだ。

 

 

『またマモノが出たって。しかも都内』

『都庁が閉鎖されたってやつ?』

 

 

 ついさっき、電車の中で聞いた乗客の会話が甦る。

『マモノ』。近年見られるようになった、動物とも獣とも違う異形の生物。もっぱら世間を騒がせている問題のひとつ。

 人の腕で抱えられる小型の獣から、乗用車を超える大型の怪物まで姿や性質は様々。共通点は、異常な凶暴性を持っているということ。

 生命力は犬猫の比ではなく、銃火器さえも通じにくい。一般人が出会った場合は何も考えず逃げろ、その場から離れろ、とニュースを通じて毎日のように警告されている。

 

 ……そのマモノが出て封鎖されているという都庁に、鞄の中の封筒の差出人がいるであろう都庁に、自分は今から向かうんだよなぁ。

 

 薄手のコートの左胸、やや下側。厄除けのお守りが入っている内ポケットの位置に手を当て、呼吸を落ち着かせる。

 西口と表記されている黄色い看板を目印に、及び腰の一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 新宿、東京都庁広場は閑散としていた。

 普段都庁を職場とする一般人は出入りしておらず、代わりにいるのは赤い腕章をつけた顔なじみたちと、選抜試験に協力している自衛隊、そして物々しい戦車数台だ。

 車窓から一同が会する広場を覗く。ぱっと見て、10代から20代を中心とした男女が十数人。彼らが今回の選抜試験に招集された候補生か。

 

 バンから降りたナツメがスーツの上に羽織った紫をなびかせ、ガトウともう一人を引き連れ悠々と歩いていく。右往左往する一般人と違う迷いのない足取りに、周りの視線が一気に集まる。

 

 

「キリノ、集まった候補生たちはこれで全員かしら?」

「しょ、少々お待ちを……!」

 

 

 ナツメの傍についてからそれなりに時間も経っているというのに、眼鏡の副官は相変わらず頼りがいのない雰囲気だ。束になっている資料をまくっては学校での出欠確認のように名前を呼び、それに誰かが返事をしていく。……それとは別に、なんか向こうからちょこまか走ってくる人影が見えるな。

 

 

「一名いないようですね。時間も押してきていますが、このまま始めますか?」

 

「──す、すみませーん……! ちょっとま、ちょっと待ってくださ……い゛っ!?」

 

 

 ちょこまか走ってきていた誰かがなよやかな声をあげて待ったをかける。

 息を切らして手を振っているのはぱっと見年若い女で、広場につながる階段を駆け上がったところで最後の一段につまずき、候補者たちが成す列に盛大に転がり込んできた。

 

 自衛隊もムラクモも候補生も、緊張で引き締まっていた空気をぶち破った一人に無言で視線を注ぐ。

 起き上がった女──たぶん、自分よりは年上──は、ムラクモ機関の判がされた封筒を、真っ赤になった顔を隠すように提示した。今回招集された候補生の中で、直接捕まえて話ができなかった者に送られたという手紙だ。

 

 

「えー……リストによると、あそこにいる者が、最後の1名のようです」

「そう。全員揃ったようで何よりだわ」

「さあ、君もこちらへ。名前を名乗ってもらえますか?」

 

 

 傍にいた候補生の手を借りて女が立ち上がる。

 上着や脚に付着した砂埃を払い落とし、素直に指示に従って歩み出る最後の候補生は、緊張からか少し震えているように見えた。

 

 

「では、そこに並んで聞いてください」

 

 

 キリノに促されて女が下がる。再び空気が引き締まる中、ナツメが前に歩み出て、表情は柔らかいまま凛とした声で口火を切った。

 

 

「まずは、突然の招致に応じてくれたみなさんに感謝します。紹介が遅れました……私は、ムラクモ機関の長、日暈(ヒカサ) ナツメ」

 

 

 ムラクモ機関。その名前が風に乗って広場に流れた瞬間ざわめきが湧く。

 候補生たちは一様に目を見開いて動揺した。不安そうに首を傾げる者、隣に立つ人間と顔を見合わせる者、目を泳がせる者。

 

 

「ムラクモ機関って……あの、マモノ退治の……?」

「よくご存知ね。都市伝説として語られることもあるから、そのせいかしら?」

「エリートしか入れない、秘密組織とかって……」

「それは事実よ。私たちの機関に入るには、厳しい審査にパスする必要があるわ。そしてあなたたちは……今まさに、その審査の場にいるってわけ」

 

 

 それぞれがおずおずと手を挙げては返される答えにやっぱり動揺する。好奇心に目を輝かせる図太さを見せる奴がいれば、逆に顔を青くして抗議の声を上げる奴と反応は様々だ。

 いずれの声もナツメは無言で受け止める。相変わらず微笑を浮かべて優し気に見せているのかもしれないが、長年アイツにこき使われてきた立場からすればこういう時の彼女ん沈黙は「つべこべ言うな」の意だ。こちらに背中が向けられているのをいいことにゲーッと舌を出してやる。

 

 喧騒が凪いだ後、ナツメはそびえ立つ都庁を振り仰いで説明を再開した。

 

 

「審査の方法は例年、違うんだけど……現在、あの都庁内に多数のマモノが入り込んでいるの。今年はそのマモノの討伐によって審査を行います」

「そ、そんなこと急に言われても……」

「拒否権はもちろん、あるわ。でも、ムラクモの候補生として選ばれるなんて、それだけでも名誉なことなのよ? それは、あなたたちがムラクモ機関……いえ、日本政府に認められた『S級』の才能の持ち主だということ」

 

 

 ムラクモ機関という都市伝説からこの国を束ねる日本政府へ、話のスケールがどんどん大きくなっていく。

 未だに戸惑っている人間が多いが、周囲に待機している本物の自衛隊と戦車の威圧感、こんな非日常をぶち込んできながら泰然としているナツメたちの態度を見れば冗談ではないことくらいはわかるだろう。

 非常事態ではその人間の素が出るという。日常から縁遠い場所につれこまれた候補生たちが素直に反応した後、不安をなだめられ現状を理解した。なら次に湧いてくるのは、今まで過ごしていた日々のうちに隠していた欲だ。

 国公認に名誉、自己顕示欲をくすぐる言葉に若干浮ついた雰囲気が場に満ち始める。

 

 

「日本政府のお墨付きか……」

「お、俺はやるぜ! ムラクモの話、聞いたことあるし」

「じ、じゃあボクも……こんなチャンスは……もう、ないよな……」

 

「少なくとも、拒否する者はいない……そう認識してよさそうね……キリノ、試験の説明を」

「はい。みなさんへの課題は『マモノ討伐』です。そのために、まずはスリーマンセル、三名でチームを組んでもらいます。単身や二名でのチームも認めはしますが……安全性の問題もありますので、オススメしません。チームの編成はあちらの端末、ターミナルで行えます。お互いに能力を補えるような、バランスの良いチームを組むと良いでしょう」

 

 

 キリノの言葉を聞き、何人かがさっと周囲に視線を巡らせた。自身の能力を把握したうえで誰に声をかけるか考えているのだろう、頭が回る奴は既に駆け引きを始めている。

 

 ターミナルの使い方と、今回の試験の教官を務めるガトウのあいさつが終わればあっという間だ。ナツメは目の前に立つ男女ひとりひとりに力強い眼差しを送り、顔を上げて宣言した。

 

 

「……それでは、現時刻をもって第75回、ムラクモ選抜試験をはじめます。みんなの活躍、期待しているわ」

「よォし……! じゃあ、まずは言われた通りチームを組め! それが終わった奴から、都庁のエントランスで待機だ!」

 

 

 ガトウが踵を返して都庁に向かっていく。同時に候補生たちは一斉に視線を飛ばし声をかけ、少しでも優位に立てるように互いの情報交換を始めた。

 一部始終彼らを眺めていたが、見る限り雑魚に瞬殺されるような弱者はいない。S級の能力持ちと判断され、国とムラクモに目をかけられた人間であるのはまあたしかなようだ。

 ただ、目を惹くような強者がいるようにも見えない。所詮素質がある一般人止まりか。

 

 バンの中で1人、ため息をついてシートに背を預ける。

 なぜ自分が文字通りの素人たちとチームを組まなければいけないんだろう。理解できないし、何より不愉快だ。

 学校の部活やスポーツとは話が違う。「最初は誰でも初心者だから気楽に」なんて考えは通用しない。

 

 視線を感じて、目だけを動かして外を見やる。

 ナツメがこっちを見ている。車の窓ガラス越しに、言葉を使わずに参加するよう有無を言わさぬ圧を送ってきていた。

 

 

(結局こうなるか)

 

 

 怒りに任せてバンのドアを開ける。年月で言えばそれなりの付き合いなのに、なぜあの女を前にするとこんなにも怒りが募るのだろう。

 憮然として鳴らす足音もナツメはどこ吹く風で受け流し、追い越し際に声をかけてきた。

 

 

「あなたの場合、コミュニケーションも審査対象よ」

「っ~~~」

 

 

 精一杯の抵抗として、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 何が審査対象だ。自分は既にムラクモ機関の一員だし、0点になろうが満点になろうが、結局はこき使うくせに。

 細かい理由など考える必要もない。ナツメを嫌いな理由はナツメが嫌いだから。嫌いだから嫌い。単純に嫌だからだ。それだけで充分だ。

 無尽蔵の怒りに無理矢理結論をつけ、頭の中を上司から目の前にいる候補生たちに切り替える。さあ、誰と組んでやるか。

 候補生たちのほとんどは既に三人組になり、チーム登録するためにターミナルの前に並んでいた。残りも焦りながら傍にいる者同士でスリーマンセルを結成し、足早に駆けていこうとする。

 

 

「……ん?」

(これだと1人余る)

 

 

 三人が抜け、珍しいことに二人で行こうと決めた者たちが抜け、さらに三人が抜けていく。

 そうして間引きされるように人が消えていき、最後に情けない顔の人間が独り、ぽつんと残った。

 取り残されてもまだ状況が飲み込めないのか、しきりに首をひねるばかりで動こうとしない。

 

 

(ていうかこいつ、さっき派手に転んでた奴……)

 

 

 状況把握の遅さ、行動を起こせない消極的な姿勢、そして鈍さ。本来ならこういう人間が真っ先に脱落する。

 強敵との戦いなら組むのはごめんだが、今回は素人向けの選抜試験だ。大して難しい内容でもないだろう。こいつが行動不能にならない程度に庇ってやればいい。

 

 しかしこの女、本当に自分と同じS級の力の持ち主なのか?

 

 

「ちょっと」

 

 

 未だにうんうん唸っている女に近付く。

 背後から服をつかんで引っ張れば、「ぐえっ」と間抜けな声が漏れた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 汗を吸った服の襟を摘まみ、首もとに風を送ろうとしたまま、現状を理解できずに固まっていた。

 

 

「……それでは、現時刻をもって第75回、ムラクモ選抜試験をはじめます。みんなの活躍、期待しているわ」

「よォし……! じゃあ、まずは言われた通りチームを組め! それが終わった奴から、都庁のエントランスで待機だ!」

 

 

 いやいやいやいや待て待て待て待て待て。

 待て。なんでみんな止まらない。

 

 

(マモノ討伐……? S級……? そもそも……ムラクモ機関って何? え、知らないの私だけ?)

 

 

 ゲームでしか聞かないような単語が頭の中でわんわん響く。

 落ち着こう。一旦状況を整理しよう。

 

①まず、自分が持っている灰色の封筒。これは自分宛に送られてきた。

 中に入っていた手紙には難しい言葉がずらりと並んでいて、ざっくり要約すると、

「あなた個人の能力を査定するので、指定された日時にこの手紙を持って東京都庁に来てほしい」

 と記されていた(中身を隅から隅までしっかり読み込むことはしなかった。減点)。

 

②4月から都内の大学に通い始めるため、①の案内を入学の事前説明の類かと思い込んで新宿に来た。

 本来ならもっと余裕を持って到着できるはずだったが、交通事故で道が塞がれていたり、この周辺の地理には詳しくないのにお年寄りに道を尋ねられたりと見計らっていたかのように道を阻まれ、ここに辿り着けたのはつい先ほど(マモノがいることは知っていたが中止の報せは来ないし、てっきり一、二匹程度ですぐに始末されるだろうと思っていた。危機感がない減点)。

 

③そして現在。

 最近世間を騒がせているマモノの駆除を引き受けている組織、「ムラクモ機関」が機関員の選抜試験を開催した。

 自分はその参加者としてここに立っている(やっぱり資料を読み込んでいなかった。減点)。

 

 

 状況整理終わり。

 

 ツッコミどころが多すぎる。というか自分迂闊すぎないか。なんで肝心なときにおまえはこうも……いや今は自責している場合じゃない。

 

 他の参加者、候補生の言葉を聞く限り、ムラクモ機関というのは公には知られていない組織、らしい。彼らが退治するマモノの存在も、最近どこからともなく現れて騒がれるようになったのだから、知名度が低くて当然のこととは思うが。

 そしてこの試験は、ムラクモ機関でマモノ退治に携わる人員の確保が目的。その候補生として自分が選ばれた理由は、日本政府お墨付きの「S級の能力」を持っているため。

 具体的にどんな能力なのかは……もちろん、マモノを駆除するための能力だろう。

 

 具体的に言えば、戦う力だ。

 

 

「……」

 

 

 無意識に両手の指を組み合わせていた。

 

 マモノなんて化け物と戦う力。普通ならありえないと一蹴するけれど、非常に残念なことに心当たりがある。

 けれどそんなもの、表に出す機会なんてめったになかった。自分は普通に学校に通って普通に生活して、普通に生きてきた一般人である。

 ……今までずっと隠して生きてきたはずなのに。なぜ、知られているのか。

 

 試験への参加は強制ではない。今から辞退を申し出ても、おそらく許してくれる。

 しかし帰してもらったとして、その後何の接触もしてこないとは限らない。

 ムラクモ機関に対する疑問。そして、彼らが自分を呼び出す決め手となった、自分に備わっているという「力」。向こう側の話を聞いただけで、何も知らないままでいいのか。恐怖とそれから来る危ない好奇心が、息を吸うたび体の中に流れ込んでくる気がした。

 

 

(でもこれ、踏み込んだら絶対引き返せないやつだよね……合格したら尚更……大学と両立するなんて無理だし──)

 

 

「ちょっと」

 

 

「──ぐえっ」

 

 

 背後から声をかけられ、無遠慮に上着が引かれた。襟が容赦なく首に入り、気道が圧迫されて息が詰まる。

 二、三歩たたらを踏んで咳き込む。息を整えて振り返ると、いかにも仏頂面といった表情の少女がこちらを見上げていた。

 

 日の光を吸って艶を出している黒髪に目を奪われる。

 

 高校生、いや、中学生だろうか。袖や襟の縁から黒いレースを覗かせるセーラー服と、同じくレースで縁取られた赤のサイハイソックス。この制服には見覚えがある。デザインが可愛らしく女子の憧れだということで有名な、私立の中高一貫校の制服だ。

 少女の端正な顔立ちもあって立ち姿に見入ってしまう。が、彼女はハーネスや胸当て、さらに大腿にはナイフホルダー、左腕には籠手といった厳つい道具を身に着けている。

 何より心臓を射抜くような鋭い目付きに、この子もマモノと戦う人間なのだと現実に引き戻された。

 

 

「チーム組んでないの、あとあんただけなんだけど」

「え?」

 

 

 少女の言葉に周囲を見回す。

 気が付けば、左右に並んでいた男女らは全員三人または二人一組に分かれ、既に都庁の入り口を潜るところだった。

 しまった、ぐだぐだ悩んでいるうちに置いていかれてしまった。

 いや、しかしこれはこれで。ちょうど試験を辞退して帰るか帰らないか悩んでいたところだ。あぶれものになったことで葛藤をする必要もなくなった。

 

 うん、帰ろう、帰って寝よう。

 この数分間の出来事は、貴重な体験として日記にでも綴ろう。

 

 少し乱暴ながらも自分に声をかけてくれた少女に向けて、できる限り穏やかに笑顔を浮かべてみせる。

 

 

「教えてくれてありがとう。おかげで決心がついたよ」

「そうね。私もわざわざ人を探す手間が省けたわ」

「うん?」

「じゃ、いくわよ。ターミナルにあんたの情報登録して」

「えっ、えっちょ、ま、待って……待って待って!」

 

 

 おかしい、会話が噛み合っていない。

 自分の腕をつかんで引きずり出した少女に声を上げれば、何よと睨まれる。怒りを滲ませた表情は触れれば切れそうな雰囲気を放っていた。

 

 

「私、辞退しようと思ってたんだ。こういうの向いてないと思うから……だからその、悪いんだけど……」

「悪いけど、無理」

「えっ、でも拒否権はあるってあの人……日暈さんが」

「そうね。でも私はあの女からおまえは絶対にチームを組めって言われてるの。で、その相手がもうあんたしかいない。だから私とペアになって試験受けて」

「え、え、えーちょっと待って本当に私無理なの無理なんだけど……人の話聞いてる!?」

 

 

 小さな体からは想像できない力でキャリーバッグのように引きずられていく。

 資料を確認している眼鏡を掛けた男性と、ムラクモ機関の長だと名乗った女性の前まで来て、少女はヘッドロックをするように肩に手を回し、空いている片手で「こいつ」と遠慮なく指を差してきた。

 

 

「キリノ、ナツメ。私こいつと組むことにしたから。ペアで試験受ければ問題ないでしょ」

「二人かい? 君は大丈夫だろうけど、そちらの候補生は……」

「大怪我しない程度に庇えば問題ない。普通のマモノ相手ならいけるでしょ?」

 

 

 ……暗に「多少の怪我は覚悟しろ」と言われている気がする。

 

 

「あ、の! 自分ホントに……申し訳ないんですけど、無理です! 運動ができるわけでもないし、武道だって習ってないのに戦うなんて……」

 

 

 少女の拘束からなんとか抜け出そうとあがいていると、ふわりと花のような香りが頬をなぜる。

 顔を上げると、少女とはまた違う、たおやかで美しい女性が目の前で微笑んでいた。上品ながらもどこか妖艶な雰囲気に思わず生唾を飲み込んでしまう。

 女性……日暈ナツメは笑みを絶やさずに自分の顔を眺めて口を開いた。

 

 

「この子が乱暴でごめんなさいね。あなたは確か、」

「あ、え……、シバです。志波(シバ) (ミナト)、と、言います……」

「シバさん。よければもう少し詳しく、辞退しようと思った理由を教えてもらってもいいかしら」

「えっと……だって、昨日まで私、S級とか、マモノとか能力とか、本当に何も知らなくて、それで、その、いきなりマモノと戦おうなんて言われても……怖いっていうか」

 

 

「怖い、ね」とナツメは最後の言葉を復唱し、こちらの瞳の奥底を探るように目を瞬かせた。

 

 

「その『怖い』は、マモノに対して? それとも……あなたの超能力に対して?」

「え゙っ」

「知っているわ。でも安心して。あなたをどうこうしようなんて思っていない。私たちにとって、あなたたち『異能力者』は貴重な人材であり、尊い存在なの。その力は私たちにとってはかけがえのない財産だわ」

 

 

『異能力者』。数年前から世間に認知され始めた存在であり、人の枠を超える力を持つ者たちの総称。

 何の補助もなく数百キロの鉄塊を持ちあげる一般人や、スポーツの世界記録をさっさと塗り替えてしまった誰か。何のタネも仕掛けもなく、科学の法則を無視した現象を起こせる宗教組織の教祖。たった1人で地球の裏側までサイバーテロをしかけて指名手配されたハッカー。老若男女を問わず、偶然か故意か、注目を浴びてはマスコミに取り上げられていることがしばしばある。

 

 そして自分も、間違いなく非日常だと指をさされそうな力を持っている。けど、それを他人に自ら教えた覚えはない。

 しかしナツメは知っていた。心臓が止まるかと錯覚するのと同時に、目の前の女性に対して隠し事はできないのだと思い知らされる。

 驚愕と混乱のままに口をぱくぱくと開閉していると、ナツメは母性すら漂わせる笑みを浮かべたまま言葉を続けた。

 

 

「その力は、普通の人間がどうあがいても手に入れることができない貴重なものなの。あなたみたいに超常現象を起こせる特異能力者、サイキックは特にね」

「あ──あ、そんな、私、そんなの」

「理解できるつもりよ。能力を持っていることで、今まで大変な思いをしたり、問題に巻き込まれたことがあったわよね。……だからこそ、確かめてみたいと思ったことはない?」

「な、何、を……?」

「あなたの力の使い道と、その価値を。目や髪の色のように生まれ持っていた普通の特徴の一つなのに、それを世間から排斥されるのは、ちょっと一方的過ぎると思わない? あなたは普通に生きてきたし、他人に危害を加えるつもりもないし、もしその力で何かを成せるとしたら活用だってしてみたい。違う?」

 

(……この人、)

 

 

 怖がっていない。警戒していない。指をさしてこない。

 自分の姿を映す、知性を湛えた目を見てわかった。ナツメは「異能力」の存在を認めている。「普通」の人間が持つはずのない異常を、ただの個性として肯定的に受け止め、しかも必要としてくれている。

 親には受け入れてもらっていたけれど、積極的に力を使うことを是とする人と会うのは初めてだ。「普通」は力を見せた途端に顔色を変えて後退りくらいするだろうに。

 ……「普通」ってなんだ。

 今まであたりまえに使っていた言葉の輪郭がほろほろと崩れていく。18年間体を捉えていた見えない感覚が緩んでいく。周りが言う「普通」と彼女の言う「普通」はどう違うんだろう。

 

 

「もちろん今ここで辞退するのは構わないし、試験を受けて合格したとしても、意思が変わらないのなら無理にムラクモに入ることはない。ただ、生まれてからずっと抱えてきたその力を、自分の思うがままに発揮できる機会は、今しかないわ」

「今、しか」

 

 

 自分の体に備わっていた力について、最初は漫画やゲームの世界でしかありえないものを持っているんだと高揚した。ただ、不安やトラブルも表裏一体だった。

 幼い頃の経験から自制を学び、今までなんとか隠し通してこれたとは思う。けれど、思い切り力を使ったらどうなるのか、この力を自分が持ったのはなぜかと、気が付けばいつも悶々としていた。

 ずっと抱いていた疑問を解くチャンスが目の前にある。しかも、自分以外にも能力を持った人がここにはたくさんいる。同じ人間がたくさん。なら、この場に限っては力を持っていることが普通になるんじゃないか。

 

 身の安全のことならたぶん心配ないだろうと、ナツメが自分を捕まえる少女の肩に手を置いた。

 

 

「この子は強いから、都庁内にいるマモノなら簡単に倒してくれるはずよ。ただ、実力を審査するための試験だから、あなたにも能力を使って戦ってもらうけれど」

 

 

 どうする、と問われる。

 

 力を持った理由。使い道。その限界。それがわかるのだとしたら。

 

 

(知りたい)

 

 

 可能なら知りたい。この力のことを。

 独りで抱えていくんじゃなくて、同じ境遇の誰かといっしょにいたい。悪いことに使ったりなんてしないから、周りに理解してほしい。

 

 この力を持っていてもいいのだという根拠が、欲しい。

 

 隠していた欲求と好奇心が湧き始める。つい先ほどまで頑なにNOと言っていた理由は、もう霞んで見えなくなっていた。

 

 

「……じゃあ、あの、とりあえず試験……だけ」

「そう、よかった。協力ありがとう。今の日本には、あなたたちの力が必要なの。……健闘を祈るわ」

 

 

「じゃ、決まりね」と少女が拘束を解き、ターミナルのほうに歩いていく。

 やはり及び腰になりつつも、少女について一歩踏み出した。

 

 

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