2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!! 作:蒲焼丼
殺伐とした世界で支えになってくれた我らが後輩の登場。
ビシッとしたお辞儀のモーションはゲーム内でここが初出かと思うのですが、足を揃えて、崩してっていう動きが好きです。
8.ここから始まる
東京都庁奪還作戦。
ムラクモ機関と自衛隊の共同戦線が展開された本作戦。目標である帝竜ウォークライの討伐を達成。
帝竜討伐に大きく貢献したムラクモ機関機動10班、機動13班の隊員がいずれも重傷。討伐隊は壊滅。自衛隊員数名とムラクモ機関の異能力者一名が死亡。多大な犠牲を出してしまった。
都庁が本来の姿に戻り、待機していた自衛隊員らは死傷者を保護。屋内にいた残りのマモノを掃討し、安全を確認。拠点の移動を開始した。
国民を守るため、身を賭して未知の脅威に立ち向かっていった彼らに、この場を借りて最大の感謝と敬意を贈りたい。
新たな住居であり拠点である東京都庁を足がかりとして、人類生存のため、我々は新たな1歩を踏み出す所存である。
――日本政府代表・日本国第101代内閣総理大臣
犬塚源一郎
* * *
『コール、13班。起床の時間ですよ』
「……うーん」
「んー……」
『13班。聞こえてますか?』
「……あと、五分」
「ん……」
『13班。今何時かわかっていますか?』
「……わか、ら……」
「……」
『起きてくださーい!!』
「うあ!?」
「んっ!?」
都庁の中で13班に与えられた部屋。少女の甲高い声が鼓膜の奥まで響き、弾かれたようにまぶたが上がる。
ミナトは背筋を伸ばしたまま跳ねてベッドから転がり落ち、シキは部屋の入り口近くに設置されているターミナルに駆け寄った。
『ふぅ……やっと起きた。ナビを目覚し時計の代わりにしないように』
「しまった寝過ごした、朝の訓練の時間……!」
「おはようございます、すみません……」
先日の都庁攻略作戦にて帝竜ウォークライを討伐してから数週間。本来行政が行われていた高層ビルは、地下シェルターに代わる拠点としての役割を与えられた。
部屋が多いためてっきり一人一室割り当てられるものかと思っていたが、異界化から解放されたばかりで使い物になる部屋は少なかったらしい。解放されたのはエントランス含む数フロアのみで、自分たち13班は一つの部屋に押し込まれた。チームメイトとはいえいきなり別の人間と同室で過ごすことになったのは驚いた。贅沢を言っていられないのは理解しているけども、早く衣食住を改善させたい。
そんなこんなで新生活が始まってしばらく。平和な日が続いていたのだが。
『今日は、これからのドラゴン討伐作戦について話し合う日です』
討伐作戦で13班のナビを務めたNAV3.7の言葉にえっ、と声が重なる。
『ちゃんと覚えてます……よね?』
「……」
「……」
『みなさん、すでに7階の会議室に集まってますよ。あなたたちも、はやく来て下さいね』
そういえば、先日キリノに同じようなことを話されていた……気がする。
確か集合時間は九時ちょうど。壁に掛けられている時計の時刻は九時半。
うわっという声はどっちの口からもれた声か。最低限の身なりを整え簡易食を口に突っ込み部屋を飛び出した。
ムラクモ総長であるナツメ、補佐のキリノ、イヌヅカ内閣総理大臣、政治家のアリアケ議員とハタノ議員、そしてマカベ国防長官と、自衛隊代表の堂島凛三佐。
テレビで見たことのある重鎮と、ついこの間知った大物たちが沈黙する部屋に女二人で飛び込む。
「……おはよう、13班。36分の遅刻ですが、」
「ね、寝坊した……」
「す、すみ、ま、せん。おはようご、ざ……います」
「……まあ許しましょう」
「もう……今回だけよ?」
汗を流し、肩で大きく呼吸する自分たちを見てキリノとナツメが苦い笑顔を浮かべる。これだから最近の若者はとでも言いたげな政治家たちの視線に気付かない振りをして、会議室入り口付近の席に着いた。
議題はナビが言っていたように、今後のドラゴン討伐について。
会議にガトウではなく自分たちが呼ばれた理由は、10班の部屋で休息を取るガトウの怪我を見ればわかることだった。
ウォークライ討伐の代償は決して軽くはない。13班は若さゆえか全快できたが、10班はナガレを失ってしまった上に、ガトウはまだ傷が完治していない。彼らの代わりとして、また同等の主戦力になれるよう、10班が最前線から離れる間は13班がムラクモの戦闘員代表、ドラゴン討伐の要になることになっていた。
(けど、シキちゃんはともかく、私は……)
シキがガトウに負けず劣らずの戦力なのはわかる。彼女が中心になるなら、チームを組んだ自分がセットで呼ばれるのもわかる。
けれど、自分の実力はまだまだ未熟だ。ウォークライ戦では新しく習得した氷の属性攻撃を数回使っただけでエネルギー……マナの限界がきてしまった。
文字通り死の間際まで追い詰められ、それでもなんとか倒すことができた。
帝竜は他にもいる。この先またあんな戦いを続けなければいけないというのは、正直しんどい。
(……がんばらないと)
ムラクモ機関に入るとき、ある程度の覚悟は持ったつもりだ。ただ、死ぬ覚悟じゃない。
ドラゴンは怖い。マモノも怖い。怪我をするのも怖い。けど、一番怖いのは死ぬことだ。
生きたい。死にたくない。生きて、ドラゴンを倒して、家族と友人を助けにいきたい。
勝つためではなく死なないためにがんばる。臆病者が胸に据えた、臆病なりの覚悟だった。
「今日は、今後の作戦について話し合うため、みなさんに集まってもらったのですが……その前に、重大なニュースをお伝えします」
キリノの声で我に帰る。重大なニュース、という言葉に会議室すべての視線が集まった。
「つい一時間前、緊急回線を通じてアメリカから呼びかけがありました」
「なんだって!?」
「アメリカは無事だったのか……!」
「助かった!! これで我々は、救われたも同然だ!!」
巌のように静座していた大人たちが跳び上がらんばかりの声を上げる。
同様に喜ぼうとした。が、対照的に静かなままのキリノやナツメが気になって身動きが取れない。
「そこで、今から衛星通信による正式な国家会議を開くことになりました。先ほど、総理にお伝えしたとおりです」
「……うむ」
「時刻はそろそろ……のはずですが」
「総理……! つ、通信、来ました!」
「おお、来たか……!」
マカベ国防長官が振り返り、総理がほっと息をつく。会議室の大きなモニターに映ったのはアメリカ合衆国のトップ、ミュラー大統領。これまたテレビで見たことがある有名人だ。
画面越しにも感じ取れる偉人のオーラに、無意識に背筋が伸びる。その口から流れ出る流暢な英語に総理も英語で応答して、数拍遅れ国防長官が翻訳を始めた。
『ふむ……こうして会議を行うのが、ひどく懐かしく感じるよ。まずは日本が無事であったこと……実に喜ばしい限りだ』
「ミスター・ミュラー……! 世界はどうなっているのです? 他の国の状況は?」
『気持ちはわかるが、少し落ちつきたまえ。実は、日本よりも先にEU本部と連絡を取ることができた。……だが、それだけだ。他の国からは、何の応答もない状況が続いている。そしてEUも……あの様子では、もう間もなく落ちるだろう』
「で、では……日本に援軍を!」
明るくなる様子が見えない対話に少しずつ不安が募る。
議員たちは助かったも同然と言っていたが、それはアメリカからの助力を期待しているということで。だがドラゴンは世界中にいて、アメリカも例外ではないはず。となると……。
「駐日米軍をヨコスカに戻すだけでも……!」
『……それは不可能だ。我々ですら、貴重な専門家の手を借りて、やっと均衡が保てている状態なのだよ』
「しかし、我々も決して楽観視できる状態ではないのです! どうにか支援を──」
『無論、支援したい気持ちはある。が……まずは自国のドラゴンを討伐するのが先決だ。それまでは、どうにか自国の力で日本を守ってもらいたい』
「そ、そんな……! 先日、再締結した安保条約はどうなるのです!? 日米にとって最重要項目だったのでは!!」
『イヌヅカ総理……事はもう、そういった次元の話ではなくなっているのだよ』
要は「自力でどうにかしろ」ということ。状況がふりだしに戻った。
文字通りの死活問題ではあるが、向こう側を責めることはできない。何かに襲われたら、まずは自分の身を守る。誰もが平等に命の危機にさらされている今、人の盾になろうと動く酔狂なんているはずがない。
今回はここまでにしておこう、とミュラーが締めくくる。
『互いの生存確認のために、今後も定期的に連絡を行いたいと思っている。それでは、健闘を祈る』
液晶越しの希望が暗転と共に断ち切られる。
数分前まで盛り上がっていた様子は夢だったのかもしれない。呼吸も咎められそうな沈黙に大人たちの泣き出しそうな顔。会議が始まる前よりもひどい、地獄に叩き落とされたような空気の重さだった。
「わ、我々だけでどうにかしろというのか! そんな、いったいどうすれば──」
「……今できることを行い、東京奪還に向けて前進するしかありません。まずは、変異した土地を調査すること。それから、ドラゴンへの対抗策を練ること……」
「対抗策……!? 君たちには何か有効な案があると!?」
ほぼ悲鳴のような弱音をあげる総理にナツメが「あります」とはっきりうなずく。こんな状況にあっても、ムラクモ総長の凪いだ水面のような雰囲気は崩れない。
会議室の視線が集まる中、重石でも背負うようにうなだれていた総理はがっくりとうなずいた。もう政府としてできることはない、と呟かれた言葉は、悩んだ末の決断というよりも諦めや投げやりの色が強い。
「都庁の全権は、君たちに委ねよう。空いているフロアは自由に使ってくれ。そしてなるべく早く、対抗策を……」
「……承知しました。キリノ、会議を進めてちょうだい」
政治家たちが足を引きずって退室する。会議室に残るのはナツメ、キリノ、13班、堂島三佐の五人だけ。
キリノが現状を整理しようと自分たちと、少し離れた場所に座っている堂島を交互に見る。
「我々はドラゴンの手から地上の一部を……人間の拠点を取り戻した。これからは、その拠点を中心として、東京都内に潜む、すべての『帝竜』を倒していくのが最終目標になる。……そこまでは、いいね?」
「はい」
「ん」
「だが、あてにしていた他国の支援も受けられない今――我々には戦力も情報も、圧倒的に足りない。そこで……当面の二つの目標を提案します」
(……目標ってことは、いきなり『帝竜を倒してこい』ってわけじゃない、よね?)
(そうでしょ。装備だってまともなものじゃないのに)
耳打ちすると、当たり前だと返しつつも、シキは少し不満そうにしていた。そんなに暴れたいのだろうか。
掲げられた目標のの一つ目は、ドラゴンとの戦いに備え都庁の機能を拡充すること。改修が求められているのは、戦闘の記録や死骸から採取できる素材からドラゴンを調査するための研究室と、作戦の指揮を執るためのムラクモ本部の二つ。そのために必要になるのはやはりDzで、ドラゴンが多数確認されている渋谷でのドラゴン討伐が発令された。
帝竜はあくまでボス格。数なら地上にあふれている雑魚ドラゴンのほうが圧倒的だ。自分からしたらどれも雑魚なんて思えないけれど。
二つ目の目標は、他のエリアへの移動経路を探索すること。地上ではドラゴンだけでなく、瓦礫や乗り捨てられた車が障害になっている。まずは各所への移動経路確保のため、都内の第二の道……地下鉄をはじめとした地下道の調査を済ませておきたいとのことだ。
「堂島三佐……その任務は、自衛隊に担当してもらえないでしょうか……? 少しでも行動範囲を広げておきたいんです」
「……わかってるよ。おまえたちに指図されるまでもない」
一段トーンを落としたキリノの声に、堂島は腕を組んだままぶっきらぼうに応える。誰も指図なんてしてないでしょ、とシキが小声でつぶやいた。
喧嘩腰の声音にはらはらするが、幸い堂島には聞こえなかったようだ。ご協力感謝しますと頭を下げたキリノが声を張る。
「では、各自解散! 目標任務を達成してください! ……そうだ、13班にはもう一点。渋谷に行く前に、エントランスにいるミヤに声をかけてくれ。研究室とムラクモ本部の改修が優先されていることを伝えておいてほしい。シキは面識があるね?」
「ミヤ? ……ああ、建築班の。わかった。じゃあさっさと渋谷に行くわよ」
「あ、うん。それじゃあ、いってきます」
新しく出てきた名前を聞いたシキの顔に嫌悪の色は浮かんでいない。ムラクモの中での人間関係は悪くないみたいだ。
……いつか自分もそうなれるだろうか。
一階のエントランスまで下りてシキが呼びかけたミヤは、切れ長の目が特徴的な美女だった。「シキか。何だ」と返す男性的な言葉遣いも声の高さも落ち着いていて、かっちりとしたパンツスーツに合っている。
しかしムラクモ機関、戦闘を担う組織の割に女性の比率が多く見えるのは気のせいか。まあ機動班以外の裏方ならそこまで性別の敷居は高く……いやバリバリ体を張る
うだうだと考えていると、ミヤの黒目がちの瞳がこちらを捉えた。
「見ない顔だな……新入りか?」
「あっ、はい! シキちゃんと13班を組ませてもらいました、志波 湊です。よろしくお願いします!」
「私は第8班、通称建築班のミヤだ、よろしく。……そうか、しかしシキがチームを……」
「ああもうそういう反応いらない。みんな何回言えば気が済むのよ」
「はは、既に言われていたか。すまない」
(シキちゃんがチーム組むのってそんなに珍しいのかな……)
ナビ、ナガレに続いてこれで三人目だ。シキは手を振って相手の言葉を遮り、本題に入る。
「キリノからの伝言。私たちこれからDz集めてくるから、準備できたら研究室とムラクモ本部の改修を優先してくれって」
「ああ、連絡は受けているよ。ドラゴン退治の13班なら、Dzを手に入れるのは問題なかろう。我々は資材の到着を待たせてもらうさ。最初に施工したいのは陣頭指揮の場となるムラクモ本部だな。7Dz程度あればいい。次に研究室だが……」
「な、何か問題でも……?」
「うむ、率直に言って人手が足りない」
ミヤが顎に手を当てて正直に言った。建築班はあくまでムラクモという組織の一角で、ムラクモは建築を生業にしてきたわけではない。仮に建築業者であっても、数十階のフロア×二棟からなる都庁を改修していくのにはそれなりの労働力が必要になるはず、という見解らしい。
「この作業には協力者が必要になるだろう。それこそムラクモ級の根性を持った作業員がな。今都庁にいるのはほとんどが一般市民だから、新しく外から探してくるしかないと思うが……なにせ、あれから二か月程度。生き残りがいるかさえ怪しいところだ」
「生き残り……」
ミヤの言葉に胸が締まる。
ドラゴンが地球に降り立ってから自分たちが目覚めるまで一か月。ウォークライを倒してからまた一か月ほど経過して、春の気配は遠ざかりつつある。それだけの間、人間を食らう捕食者たちが世界にあふれているのだ。
サバイバル能力云々の話ではない。「異能力」と「武器」。この二つをそろえていないとドラゴン相手に立ち回ることは難しい。
脳裏に母親や友人の顔が浮かんでは消える。少なくとも、ムラクモを知る以前の自分の周囲に異能力者はいなかった。
いや、生きている。絶対に、みんな無事なはずだ。意気地のない自分だってこうして五体満足でいられているのだから。
頭を振って嫌な予感を追い出す。絶望するのはまだ早い。自分の大切な人も知らない人も、姿が見えないだけできっとどこかに隠れて生き延びているだろう。今はただ信じて、できることをやるしかない。
いずれにせよ、やっぱりドラゴンは倒さねばならない。気合いを入れて都庁を出発する。入り口を警備している自衛隊員に会釈し、渋谷を目指して歩き出した。
「……あ、そういえば。シキちゃん、渋谷への道は知ってるの?」
「何よいきなり」
「いや、私、あまり都内を回ったことなくて……土地勘とかないんだ。だから渋谷にはどうやって行けばいいのか……」
「ほんっと一人じゃ行動できそうにないわよね、あんた」
「う、すみません……」
「とりあえず覚えておきなさいよ。ここから渋谷へは、……、……」
「……? 渋谷へは?」
「……」
「……」
「……ルートを表示するのはナビの役目よ。本部、こちら13班!」
(わからなかったんだな……)
提示された移動手段はまさかの徒歩。異能力者の脚力に物を言わせて都内の道を歩き、走り、崩れた個所を登っては下り、一時間程度で渋谷を象徴する109ビル前にたどり着いた。
耳にはまる通信機から流れてくるのは少年の声。都庁で自分たちをナビゲートしてくれた少女とは双子だという……たしか、NAV3.6と名乗っていた子だ。
そういえば、少女のほうもそうだけれど、情報支援班の二人の名前を知らない。何と呼べばいいのだろう。
『ポイント428……モニターOK、ロケーション確認。おい、13班。今回のナビは俺が担当になった』
「えーと、ナビさん、じゃなくて、男の子だからナビくんか。なんて呼べばいいかな?」
『? 前にNAV3.6だって名乗ったはずだぞ』
「え? もしかしてそれが名前?」
『なんだよ、作戦に支障はないだろ』
「……なんでこっち見るのよ」
「NAV3.6って、本名? コードネームとかじゃなくて?」
「そうよ。長いから私はナビって呼んでるけど」
「……じゃ、じゃあ、ナビくんって呼ばせてもらいます……」
『ナビくん? ……ま、よろしくな。今回の任務はDzの回収と生存者の探索だけど……そんなもんいるのかなぁ』
ぶっきらぼうなあいさつに、頓着のないトーンで生存者の存在に首をかしげるようなコメント。シキ同様、ナビの少年少女も感情が一定の一から動かないというか、親しみやすい人柄ではない。以前何度かスキンシップを試みたものの、「気が散るからあっち行け」と追い払われてしまったのは記憶に新しい。
というか今、あの双子の闇を覗いてしまった気がする。まだ知らないけれど、少年少女の出身はどこになるのだろうか? シキと同じくムラクモ?
『13班、聞こえる? 今回は私も参加させてもらうわ』
「あ、ナツメさん」
「……なんであんたも……」
『シキ、何か言った?』
「別に」
『よろしい。それにしても……ひっくり返った都庁の次は、渋谷の繁「花」街とはね。帝竜たちのセンスは理解しがたいわ……』
(あっ、なるほど)
繁華街の「華」と「花」をかけていると。だから渋谷は緑にあふれた異界になっているのか。
都会の新宿と同じく高いビルが立ち並ぶ大都会。あまり訪れたことはないけれど、あちこちに設置されて映像を流す大型モニターや、スクランブル交差点で無数の歩行者がすれ違う混沌とした発展具合が印象に残っている。
が、今は人の気配すらない。立ち並ぶビルの隙間を埋めるのは異常に発達した木々だ。お行儀よく縦に伸びた木の並ぶ森ではなく、蛇のようにのたうつ幹や根が道を分断しているジャングルである。自然があるのは悪いことではないけれど、行き過ぎても人間が生きていけない環境になるのだなということがよくわかる。目に映る生命体なんてドラゴンとマモノくらいだ。
『右側の道は現在通行禁止だ。今回は左の道……道玄坂付近を捜索する。では、とっとと向かってくれ。……オーヴァ』
「あ……切れちゃった」
最低限の指示を出して静かになる通信機に、寂しさを感じながらも装備を確認する。開発班の最新作である武器と防具。傷薬のメディスにマナを回復するマナ水、脱出キットや生存者用の救急キットなどの道具。最後に左腕に巻くムラクモの赤い腕章。よし、忘れ物はしていない。
生い茂る枝葉やツタが天然の屋根になって、午前なのに町中は少し薄暗い。一歩踏み入れた途端にマモノたちが次々に顔を出す。遠く離れた場所ではドラゴンらしき影もあって、気のせいでなければゆっくりとこちらに飛んできていた。
『おい、こいつら毒持ってるぞ。気を付けろ』
「え? わっ!」
ナビの言葉と一緒に蛙型のマモノが大きく口を開き、にごった胃液を吐き出してくる。避ける前まで自分が立っていた場所に着弾したそれはアスファルトの上で煮えるような音を立てて蒸発した。
『軽い溶解効果もあるみたいだ。解毒剤あるから毒は対処可能だろうけど、直撃しないようにしろよ』
「もう、もう少し早めに言ってほしかった……」
「ちっ、いつの間にかドラゴンも近くに来てるし。って──ちょっと、」
脚を鞭のようにしならせてマモノをかっ飛ばすシキが「ナビ!」と呼びかける。
前方数十メートル離れたところで何かが蠢いている。何度もつまずいては四肢をめちゃくちゃに振り回して走る人影と、それに迫るマモノが数匹。
『ほんとに生存者がいた……!! 13班、急いで救助してくれ!』
「で、でもこっちにもまだマモノとドラゴンが……」
「……仕方ない」
「ん? ぐえっ」
首が絞めつけられて息が詰まる。気のせいでなければシキの小さな手が自分の襟首をつかんでいるような気がする。
「あの男のとこまで投げるわよ」
「え、投げるって……え?」
「こいつらは私が引きつけておくから、あんたはさっさとあいつ救助して。マモノもあれだけの数なら片付けられるでしょ」
「ちょ、ちょっと待って投げるって――うあああああっ!?」
デストロイヤーの腕がハンドボール投げのように自分を投擲した。
わあ、渋谷の街並みが見渡せる。アマゾンのような見事な樹海。アマゾン行ったことないけど。
「やあああーっ!?」
空高く弧を描き、今にも男性に飛びかかろうとしているマモノの中に突っ込んだ。下敷き兼クッションとなってくれた一匹がグゲェッ! と潰れて絶命する。
普通の人間なら衝撃で動けなくなるだろうが、日々異能力者としての訓練とスキル開発を受けている身、新人ながらも全身が痺れるぐらいの痛みで済んだ。いやこれでもけっこうひどいな。
指先の動きでマナを放てる後衛でよかった。手足の関節ががくがく笑っているが、方向をしてして属性を放てば氷が残りのマモノの胸部を貫いてくれる。周りの敵影がすべて沈黙したことを確認して男性に手を差し伸べた。
「驚かせてすみません、お怪我はありませんか?」
「あ、ありがとうございま……ああ待ってください、俺以外にも人が追われてるんです! もっと奥の方でデカい化け物に!」
「えっ」
傷だらけの指が示す樹海のさらに奥、ズタズタに破れたスカートを引きずり女性が逃げ惑っている。それを追うのは二足歩行の蛇頭の竜。ダンジョンになっていた都庁でも何度か見たサラマンドラだ。
「シキちゃんあそこドラゴンが!」
「わかってる!」
『シキ! ケミカルドラグも来るぞ!』
「わかってるって言ってんでしょうが! 数が多いのよああもうめんどくさい!!」
マモノをまとめて蹴散らしたシキがあっという間に走り抜き、サラマンドラの横っ面めがけてとび蹴りを見舞う。渋谷に来てから初めて見たドラゴンが新手として乱入するが、少女はそのままサラマンドラをぶん回して叩きつける。ギャアアという叫びと共に炎と毒の霧が吐き出され、ミナトは危うく巻き込まれそうになった女性を上着で庇って退避した。安全圏まで下がってから援護として氷で援護射撃する。
ドラゴンの叫びがマモノを呼び寄せてはマモノの断末魔と血の臭いがドラゴンを呼び寄せる。モグラたたきのような状況が続いて十数分後、渋谷の一角には敵性体の死骸が小さな山を築いていた。臭いがひどい。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「わ、私……助かったの……? っう、わあー!」
「わっ」
「一緒に逃げてた人たちも……みんな……死んじゃって……私も、もうダメだって……思った……ぐすっ……」
『シバ、抱き着かれながらでいいから、もう一人の生存者を視界に入れろ。視界データを通してメディカルスキャンする』
「え。こ、こう?」
『ああ。なるべく瞬きするなよ』
肩に顔を埋めて泣きじゃくる女性の背をなでながら、最初に助けた男性を注視して視覚支援を受ける。傍らではマモノたちを千切っては投げまくって返り血にまみれたシキが両足を投げ出して小休止していた。
端から見たらなかなかにカオスな絵面だろうなと感想を持ちつつ、男性の状態を聞く。骨折が二箇所に裂傷が多数。文字通りの満身創痍でよくここまで逃げ続けられたものだ。空いた片手でヒップバッグから救急キットを取り出すと、ちょうど体を離した女性が任せてほしいと受け取った。どうやら医療従事者だったらしい。
『ちょうどいい。手当はそのまま任せて、救助者は渋谷入口にいた自衛隊の誰かに預けとけ。他にも生存者がいるかもしれないしな』
『ええ、生存者の迎え入れは都庁で引き受けるわ。13班は引き続き任務にあたって』
「はい。あの、109ビルのほうに自衛隊の方がいます。そこまで歩けますか?」
あれだけ大暴れしたうえに死骸の山を積み上げたのだから、他のマモノへの牽制にもなるだろう。渋谷到着時に顔を合わせた自衛隊員を女性と男性に伝え、合流するように指示する。二人はくりかえし頭を下げ、セーラー服と手足を赤く染めたシキにもおそるおそる礼をして、互いに支えあい歩いていった。
「探してみるといるもんだね、生存者」
「死んでるやつは倍以上いるけどね」
納得いかないという顔をしたシキが立ち上がる。その際手に握られたのは茶色い染みのついた布地で、彼女は籠手を濡らす血を乱暴に拭う。いつの間にそんなものをと視線で追った途端、白骨が目に入って悲鳴が出そうになった。
改めて進み始めながら周囲を見渡してみる。戦闘でドタバタしていて気が付かなかったが、緑に染まる町の中だからこそ、補色である赤色が目立った。
「……ひどい」
シキが言うように右も左も死体だらけだ。竜に襲われたのか、体に大きな歯形が残るもの。上半身と下半身が分かれているもの。完全に白骨になっているものもあれば腐った肉に虫がたかっているものまであった。
清涼感のある緑と赤い血痕のコントラストにめまいさえしてくる。地面に転がるそれをまともに数えていれば正気を失ってしまいそうで、シキの背中だけを注視して歩を進めていく。
すると、
「あっれ~? またまた生き残りはっけぇ~ん♪」
「やったぜ、これで今日のノルマ達成ー!」
やたらと軽い声が静かな樹海に転がった。目を丸くして振り返ると、おそろいの金髪を輝かせる男女がこれまた軽い足取りでこちらへ向かってきている。
さっきレスキューした二人と比べるとずいぶん身綺麗なペアだ。怪我もしていないようだし、このまま渋谷入口へ誘導すれば救助者は計四人になる。また生存者を見つけられたのは運がいい。
よかったと踏み出そうとしたところでシキに肩をつかまれる。首をかしげるのと、近くまで寄ってきた女性が長いネイルを着けた手を出すのはほぼ同じタイミングだった
「それじゃ、食べ物とー酒とータバコとー、とりあえず持ってるもの全部出してみ?」
「は?」
「は? じゃないって。聞こえなかったの? 持ち物出せって言ってんの」
貴金属のようにに光る金髪。両耳から垂れる大きなピアスに派手なメイク。途端に荒くなる口調。
そして、今しがた地面にポイ捨てされたタバコの吸殻。
「……この人たち」
「不良ね」
「持ち物出せって……」
「カツアゲね」
シキから即返されるアンサーに滝汗が吹き出る。不良? こんなときにこんな場所でこんなタイミングで? 何かいろいろとおかしい。あと、非常時だというのに人から物を取りあげようという姿勢に疑問と怒りが少し。
「な、なんで、こんなときにカツアゲなんて……」
「バッカじゃねーの? こんなときだからカツアゲしてんじゃん」
「ばぁ……!?」
男からあたりまえのように蔑まれる言葉を吐かれて固まる。それをスイッチにしてシキが相手を見下すように顎を突き出した。
「タバコも酒も持ってないし、持ってたとしても素直に出すと思う?」
「ぎゃはははは! 出さなきゃ無理にでも出してもらうっつーの!」
「あれ? ていうかよく見たらあの腕章……タケハヤの言ってたムラクモってヤツじゃん?」
「うおっ、マジかよ!? したらカツアゲやめてフツーにボコっぺ!」
「そーだね、そっちのがタケハヤも喜ぶし! よーし、予定へんこー!」
「え、え、なんで……!?」
「っはーーー、これだから知能が低いチンピラって嫌なのよね」
急な展開についていけない。が、ストリートファイトのゴングが鳴ろうとしていることはわかる。自分たちが巻く赤い腕章を見て急変する不良の男女と、当然のように拳を構えて臨戦態勢になるシキに、「ちょっと待って!」と声を上げてしまった。
「相手ドラゴンでもマモノでもないよ、人間だよ! 普通の人に異能力なんか向けたら……」
「同類だけど」
「え?」
顎をしゃくってシキに倣って男女を見る。ムラクモ所属でもないのにどこから調達したのか、男性は当たり前のように刃物を構え、女性はその手の上に火を躍らせていた。
「こいつらも異能力者よ。サムライとサイキックね」
「え、えええー……?」
「ああもういい。邪魔。私が片付けるからそこで見てて」
ばっさりと切り捨てられその場に立ち尽くしてしまう。シキは腰を落としてから全身を伸ばし、地面をひと蹴りして不良たちに肉薄した。
「は? ってぶはっ!!」
「え、ちょっとグチ!? あんた何するわけー!?」
小さな拳が容赦なく男の右頬に埋まる。おもしろいくらい回転して吹っ飛んでいく男性をグチと呼んだ女性が、シキに向けて炎を飛ばした。
「あ、ちょ……危ない!」
慌てて氷を放つ。火と氷がぶつかりあって蒸発し、わずかではあるが勝った冷気が女性の体に叩き付けられた。悲鳴を上げて女性が尻もちをつく。
あれ、思った以上に効いてしまった。火を防ごうとしただけで攻撃するつもりはなく、さほど勢いもつけていなかったのに。
初めての対人戦、異能力者同士の衝突でありながらあっけなく終わってしまった戦いに、結局は立ち尽くすことしかできなくて、その隙に不良二人は脱兎のごとく逃げ出した。
「なんだよこいつら! シャレになんねーし!」
「もーやだ、ネイル割れたしー!」
渋谷の奥に逃げていく二つの背中。頭の中を代弁するように、ナビがぼそりと呟いた。
『なんだ、あいつら……?』
「さあ……こっちも何が何だか」
「こいつに訊けばいいんじゃない」
「え?」
「何回えって言うのよ」とツッコみつつ、シキがそばにあったゴミ箱を蹴り上げる。
気持ちのいい音を立てて宙でひっくり返されるゴミ箱から飛び出たのは、案の定ゴミと……それを全身にまとった男性が一人。
「うわぁあああああっ! おっ、お見逃しをっ! 私はご覧の通り、ゴミにまみれたゴミ人間! 財産と言えばこのゴミ箱ひとつだけ! どーか、どーか命だけは!」
「うるさい。あと臭い。離れて」
「り、理不尽!」
異臭を放ちながら土下座をする男性(要救助者でいい、はず)は自分たちと不良の戦いをゴミ箱から覗いていたことを正直に白状した。彼らについて心当たりがありそうな口ぶりであることをシキが詰めると、髪の先にハエを止めながら男性は腕を組む。
「いやあ、ドラゴンだけなら、このマイゴミ箱に隠れてやり過ごす自信あったんだけどさ……この辺じゃ『
「スカイ?」
「うん。さっきの二人組もSKYのメンバーだよ。特によくカツアゲしてる面子なんだよな」
「……あいつら、アンタたちみたいにケガも汚れもなかったけど、まさかここで生活してるの?」
「じゃないかなぁ。いやどうやってるんだろう、ここ化け物がたくさんいるのに……ところであいつらをぶっ飛ばしちゃった君たちは……? SKYじゃないよな?」
「いっしょにしないで。私たちは生存者の救助に来てるんだけど、あんたもそうね?」
シキの言葉に男性はふらつきながら立ち上がり、こちらの顔をまじまじと見つめてくる。自己紹介がてらここにいる経緯を話すと、彼は自身が助かったことをようやく理解したのか、顔が徐々に喜色に染まっていった。
「あんたたち、救助隊だったんだ? ってことは俺、助かった……?」
「はい、もう大丈夫で……」
「ひゃっほーい!!」
百パーセントの笑みになった彼が飛び上がる。その体から落ちるゴミがスプリンクラーのように散布されるものだからシキとミナトはぎゃあと叫んで離れた。
「いやったー! やっと安心できるよ、それで俺はどこに行けばいい!?」
「え、えっと、109ビルのほうに自衛隊の方がいるので……」
「すぐそこじゃん! なら俺は先に行くね! 一刻も早く風呂に入りたいし! さらば我が家、90リットルのマイホーム! 待ってろよ、屋根と寝床のある生活~っ!」
『げ、あのゴミ男、こっち来るのかよ!?』
『ナビ、消臭剤を準備しときなさい。……一番強力なやつね』
『え? あ、はい……』
男性はゴミをまき散らして自分たちが来た道を駆けていった。あの調子なら手伝いはいらないな。ぶっちゃけ近付きたくないしもう放置でいい。
「……臭い」
「……臭かったね……」
場に残る異臭に鼻を押さえつつ、とりあえず生存者の捜索を再開した。
* * *
マンホールの下に繋がる下水道に潜んでいた女性。立派な木の上でマモノたちから逃れていた自衛隊関係の公務員。あの臭い男性と一緒に逃げていたがはぐれて道に迷っていたという女性。
生存者をぽつぽつと見つけては救助しているうちに、いつの間にか道玄坂の奥にまで来ていた。
ここまでの救助活動で接触した生存者のうち数名が、共通してSKYの存在を口にしていた。話を聞く限りだと、ここ渋谷を根城として生活している不良グループであり、そのほとんどが自分たちと同じ異能力者であるらしい。
「異界化してるってことはここにも帝竜がいるってことでしょ? それだけで厄介なのに、そんな奴らまでいるってめんどくさすぎない?」
「都庁で受け入れられるならカツアゲなんてやめてくれるかな……あれ?」
足もとに不自然な揺れを感じて立ち止まる。
直後、大きな咆哮が空気をつんざいて木々を震え上がらせた。
「この鳴き声……!」
「ドラゴンね。しかもでかい!」
シキが走り出す。後に続きながら、サラマンドラやケミカルドラグとも違う重圧のあるドラゴンの叫びに、嫌な予感がして頭を押さえた。
森と化した街中を走り抜け、開けた場所に出る。
まず目に入ったのが、トラックほどの大きな体躯を持つドラゴン。
次に女性の二人組。片方は先ほど助けた看護師と同じナースの制服を着ていて、彼女を背後に庇うようにサイドテールの女性がドラゴンと対峙していた。
足踏みでチョコ板のようにアスファルトを砕くドラゴンにナースが涙をこぼす。サイドテールの女性が安心させるように笑顔で振り返った。
「あのビルの角まで、走ってくださいね! 私がちゃんと引きつけてますから!」
「で、でも……そんなの……」
「だーいじょうぶですって! さっきオニギリ食べたんで、戦えます!」
女性はにっこり笑ってガッツポーズを作る。ドラゴンに向き直った顔は唇を引き結び、静かに汗を流していた。どう見ても空元気だろう。
狙いを定め、今まさに襲いかかろうとドラゴンが牙を剥く。緊迫した空気が一気に動き出そうとして、それよりも早くシキが飛び出した。
「ふんっ!!」
太いどてっぱらにドロップキックが見舞われる。見事不意打ちをくらったドラゴンは横に転がるようにして倒れた。
「こいつ硬い。あと重い」
「ま、ちょ、待って……!」
「あなたたちは……!?」
ドラゴンに突撃したシキと遅れて出てきたミナトを交互に見て、女性が目を丸くする。彼女たちを安全なところまで下がらせ、代わりに起き上がるドラゴンと対峙した。
四足歩行の体を武者鎧のような黄色い甲殻が覆い、頭からは二本の巨大な角が生えている。既にその得物で人間を仕留めたのか、角の先は赤く汚れていた。
『スモウドラグだ。あの角で突進くらったらやばいぞ』
「……みたいね。私が接近するから、あんたも隙見て攻撃して」
「りょ、了解!」
鼻息荒く怒るスモウドラグにシキが走り出す。その背中を見守りながらマナ水のビンを一本空けた。
狩りを邪魔されたスモウドラグの目にはシキしか映っていないようだ。ステップを利かせてヒット&アウェイを繰り返す少女を意地でも捕らえようと、巨体が左右に動き、ずしんずしんと地面が揺れる。
(援護、援護……火、使えないかな)
ウォークライやサラマンドラといった火を吹くドラゴンたちは、共通して氷属性が弱点というのは今までの戦闘でわかっている。ただ、他のドラゴンやマモノに関しては火属性が弱点になるものも多い。
氷だけでなく火も使えれば戦闘が有利になるのに。手のひらに意識を集中させる。
体内のエネルギーを指先に向かわせ、今まで何度か繰り返していたように熱を生もうとした。
が、直前であの日体を包んだ灼熱が頭の中を埋め尽くした。汗と吐き気がこみ上げる。
「うえっ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、出てきちゃだめ──」
うずくまりそうになったところに女性が駆け寄ってくる。慌てて戻るように言おうとした瞬間、スモウドラグの顔がこちらを向いた。
その間を逃すはずもなくシキが動く。攻撃を集中させてヒビが入っていた甲殻の一部をつかみ、躊躇なく引き剥がした。
甲殻と肉はつながっていたようで、ブチブチッと繊維が千切られる音が響く。あまりの痛々しさとスモウドラグの叫びに耳をふさぐと「何してんの!」とシキが怒鳴った。
「これでやりやすくなるでしょ、攻撃!」
「っぃ~~~!」
薄目を開けて敵の姿を捉え、力をつぎ込んで氷を発生させる。
ぎりぎりのタイミングでシキが飛び退き、その場で悶えていたスモウドラグは氷の剣山に串刺しになった。
野太い断末魔が響き渡る。静かになった後は緊張をといて地面に座り込んだ。安堵から泣き出してしまったナースの肩をさすり、サイドテールの女性が頭を下げる。
「あ、あの……ありがとうございます! 一人じゃ、たぶん無理でした……」
「いえいえ、おふたりとも無事でよかったです……」
「私、
『……アオイ?』
女性の名乗りに間髪入れずにナツメが反応した。
『もしかして……ナビ、照合をお願い』
『了解。──サーチ完了。声紋、虹彩が99.8%一致……第74回ムラクモ選抜試験の候補者だ』
「え、しゃあ、この人も異能力者?」
「よく見たら他の連中よりなりも綺麗だしね。あんた、SKYって連中の仲間じゃないわよね」
「す、スイカ? よくわかりませんけど、たぶん違います!」
『……なるほどね。対ドラゴンでの判断力、気迫──訓練前としてはかなり優秀だわ』
眉間にしわを刻むシキにたじたじになりながらも女性……雨瀬アオイはSKYとの関係を否定した。
通信機の向こうではナツメとナビのやりとりが聞こえる。前回のムラクモ試験をすっぽかしただの、それでも素質はあるだのと言葉が交わされ、最終的に彼女たちを連れて帰還するよう指示が降りた。
ムラクモ総長の言葉を聞く限りでは、アオイも対ドラゴンの戦力として迎えられることになりそうだ。悠長なことを言っていられる状況ではないけれど、危険を脱した矢先に前線に出される見込みになるなんて、かわいそうというかなんというか。
「ふ~ん……けっこうやるじゃん」
不意に、風に乗って高い声が届く。
要救助者にしては余裕のある声音に振り向くと、また新しい人影がこちらに向かって歩いてきていた。今日はよく人に会う日だ。
どこで売っていたのか、大きな猫耳がついたパーカーを着た眼鏡の女性に、プロレスラーもかくやの筋肉に刺青を刻んだ男の二人組。そこはかとなく、さっき遭遇した不良たちに通じる雰囲気を感じる。
何かを察知したのかシキが足を肩幅に広げて拳を握る。合わせるように彼らは数メートル手前で止まり、女性のつり気味の目が品定めするように見つめてきた。
「イノとグチが手抜きした……ってわけじゃなさそうだね」
「さっきはうちの仲間が迷惑かけたな」
「さっき、てことは、あんたたちもSKYね」
また人間相手の戦闘になるのかと体が強張る。対する男は戦う気はないときっぱり告げた。謝罪と落ち着いた物腰からして、シキが吹っ飛ばした不良たちよりは理知的な人間らしい。ただ、まったく敵意がないというわけでもなさそうで。
男は棒立ち、女性は片足なし重心を預けてリラックスしているが、二人からは妙な威圧感を感じた。
「カツアゲの件はこっちの統制ミスだ。今うちの大将が、がっつり説教している。……だが、渋谷は俺たちのシマだ。これ以上、介入するつもりなら容赦はしない」
「特に、うちらはムラクモってやつが大っ嫌いだからね~」
「は? いきなり何?」
意味がわからないとシキが声を荒げた。疑問に答えることなく男女は背を向ける。
「今回は警告だけにしておく。わかったら、さっさと消えろ」
「なんで上からなのよ、そっちが勝手に幅利かせてんでしょうが!」
もっともな指摘も無視して男が歩き出す。続いて一歩踏み出した女性がちらりとこちらを振り返った。
猫目が何度か瞬いて、ばちりと視線が交差する。
「どっちでもよかったんだけど、生きてたんだね~。しかも同類だし」
「?」
「な~んにも覚えてないのかぁ……ま、いいけどさ♪」
「?? えっと、どういう……」
「んじゃね~!」
気ままな猫のように、女性は軽やかに駆けていく。
初めに出会ったSKYメンバーのイノ・グチのときのように、通信機の向こうでナビが「何だったんだ?」と呟いた。
『とにかく、必要な人材も手に入った。一旦都庁へ帰還してくれ。……ああ、Dzの収拾も忘れるなよ』
渋谷入り口の自衛隊のもとで手当を受けていた生存者とともに引き上げる。都庁のエントランスに入った瞬間にアオイたちがわっと湧きたった。樹海と化した渋谷でさまよっていた分、人が築いた文明が残っていることへの感動がひとしおなのかもしれない。
避難民登録をするために誘導される彼らから離れ、ミヤのもとへDzを届ける。
「ミヤさん。ただいま帰りました」
「ああ、おまえたちか。お帰り。頼んでいたものは、集まったか? こちらはいつでも動けるぞ」
「これだけあれば足りるでしょ」
すべてのDzをシキがカウンター上に積み上げていく。ドラゴンから回収した未知の素材を持ち上げ、ノックし、なでまわし、ミヤはおもしろそうに目を細めた。
「十分な量だ。ではこれより、ムラクモ本部と研究室の改修に入る。ちなみに、ムラクモ本部フロアの責任者はマサキという男だ。シキは知っているな? スキル開発の担当でもあるから、後日会いにいくように」
「あ、あの!」
背後から声がかかる。手を挙げた姿勢で駆け寄ってくるのは赤いサイドテール。
「あれ、アオイさん?」
「どうも! 私、まだまだ体力がありあまってますし、怪我もしてないので働く余裕があります! それに、もしかしたらムラクモに入ることになるんですよね? ドラゴンとうまく戦えるかはわからないから……今のうちに、できることから役に立てたらなって。そちらのお仕事、お手伝いさせてください!」
「ほう?」
ミヤが興味深そうにアオイを眺める。シキが「こいつも異能力者」と顎をしゃくると、彼女は意地が悪そうな笑みを浮かべた。
「なら、遠慮はいらないな。仕事なら山ほどある。手始めにこれを運んでもらおうか」
「はい! 任せてください!」
シキほど楽々とはいかないが、アオイは大量のDzを両腕に抱えて元気に運び始める。
ムラクモの庇護下にいた自分と違い、拠点がない状態でドラゴンたちに追われていたはずの彼女は大して衰弱もしていない。本人の気が向くのであれば、ナツメの言う通りいっしょに前線に立ってほしいタフさだった。
「あのアオイって新人、いいね。なかなか、しごきがいがありそうだな……。おまえたちはもう休め。その間に改修を進めておく」
「そうさせてもらう」
「それじゃあ、失礼します」
ミヤが舌なめずりをしたように見えたのは気のせいだということにして、工事の作業音を聞きながらエントランスを後にする。
今日だけで大勢の人間と顔を合わせた。一部、あいさつだけでは済みそうにない人物いたけども……今は疲れているし、これ以上頭を悩ませたくない。
装備は開発班へ預け、服はマモノやドラゴンの返り血が付着しているためポリ袋に入れて洗い場へ。それぞれの洗浄と調整をしてもらっているうちにシャワー室に飛び込む。
町のライフラインがほぼ壊滅している今は水も貴重な資源だ。洗面器に一定量を溜め、手ぬぐいの角を浸して体を拭いていく。
早く熱いお湯を遠慮なく浴びれるようになりたいと切に願いながら、渋谷で出会った男女たちに思いを馳せた。
(あの人たち……SKYは結局何がしたいんだろう)
渋谷は自分たちのエリアだと宣言した男。ムラクモは大嫌いだと言い放った女性。
ある程度の人数が集まっているとはいえ、帝竜がいる渋谷に住むのはかなりの危険が伴うだろうに。それでも都庁に合流しない理由は、ムラクモを嫌う理由は何なのだろう。
世界が崩壊してから早二か月程度。少しずつではあるが、都内の状況がつかめてきている。
新しい仲間に人材、無事だった人々。そして、残念ながら相容れそうにない者。
今のところ、大きな障害はない。今のところは。
(このまま、ドラゴン退治も上手くいってくれれば……)
「へっ……くし!」
長考する中、冷たい空気にさらされていたためかくしゃみが飛び出た。
長居して風邪をひいてはたまらない。さっさと全身の汚れを落として水場から出る。
着替えを届けるついでに背中の火傷の様子を見に来てくれたナースに連れられ、ミナトは医務室へ向かった。