2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!! 作:蒲焼丼
タグにもあるように、ナビはミロク(NAV3.6)にお願いしました。たぶんミイナの方が人気なんだろうけど(実況で見るのもほとんど彼女)、男女比の偏りが著しいので。ミロクもかっこよくてかわいいぞ。
『おい、13班。……よく寝てられるなぁ、こんなヤカマシイのに』
「んん……? ナビさん……いや、ナビくん? おはよう……」
少年の声で目が覚めた。次いで、硬い物を削ったり打ちつけたりと工事の音が絶え間なく耳に届く。
自分が呟いた呼び名が気に入らなかったのか、通信相手の少年は「NAV3.6だ」と訂正を入れてきた。
『総長が、次の任務を伝えたいってさ。研究室で待ってるぞ』
「ぁい……あれ?」
ターミナルに返事をしながら着替え始めたところで、部屋の中にいるのが自分だけということに気付く。
首を回して名前を呼ぼうとして、そのチームメイトが戻ってきた。
「シキちゃん、おはよう」
「……おはよ」
「どこ行ってたの? 朝の訓練?」
「まあね。朝食も食べた。あんたもさっさと支度して。先に研究室行ってるわよ」
「あ、はい」
(うーん)
汗を拭ったタオルを放り、さっさと出て行ってしまうシキに八の字眉になってしまう。
13班として彼女と一緒に行動するようになってから少し経つ。シキは「命を助けられた借りを返す」と宣言した通り最低限のフォローはしてくれるが、それだけだ。人と人としての距離は初めて会った日のまま縮まらない。馴染みのあるムラクモメンバーと彼女のやり取りを見て羨ましく思ってしまう毎日である。
(歳が離れてるっていうのもあるのかな。そういえばあの子、いくつなんだろ……中高生だから15、16歳ぐらい?)
自分よりは下だろう。しかし目付きが鋭いとはいえ、まだあどけなさの残る美少女が慣れた動きでドラゴンと戦う姿は非現実感が半端ない。
以前着替えるとき見たシキの体は、目立たないものの多くの傷跡が刻まれていた。
珍しく彼女より早起きし、興味本位で寝顔を観察したとき、豊かで美しい黒髪に覆われた頭皮にもそれを見つけた。切り傷のような、真っ直ぐに走った一本線の傷跡だ。
(あんなところまで怪我して……いつからムラクモの戦闘員として戦ってたんだろう)
今までどんなふうに生きて、どれだけの経験を積んできたんだろう。
少女の人生に疑問を持ちながら、配給でもらった朝食を適当に噛んで飲み下していく。贅沢は言えないが、以前は毎日のように食べていた親の料理と比べ、やはり味気ない。
郷愁に胸を締め付けられつつ部屋を出る。自分と同じように新しくムラクモに入った作業員たちとあいさつを交わし、小走りに研究室に向かった。階段を上り、それぞれの扉のプレートを指差して名前を確認していく。
「研究室、研究室……ここだ。失礼します……あ、おはようございます」
寝癖がないか髪をなでつけてから扉を開くと、研究員の何人かが無言で会釈を返し、奥にいるナツメたちが手を振った。なるべく足音を立てないように移動して、シキの隣に並ぶ。
「研究室の改修、お疲れ様……おかげで、ドラゴンの研究が始められるわ」
文字の羅列を浮かべるコンピューターに、室内を行き来する研究員。デスクだけでなく床にも積み上げられている資料。頭脳派でも体育会系でもない自分はちょっと力になれなさそうだ。
勝手知ったる顔でやりとりする研究員の中にはキリノも混ざっている。もともと白衣を着ていたのもあって部屋の雰囲気によく馴染んでいた。ところでぐふぐふ笑いながらいじっている謎の機械は何だろう。
「やあ、おはようシバさん。さっそくだけど、君たちのマップ機能を拡張しているんだ。もうちょっとで完成するからね……! やっぱり研究は楽しいなぁ~!」
「……キリノさん、楽しそうですね?」
「彼の本職なのよ、相変わらずだけど……。でも、たった数時間でレーダーを作ってしまうのだから、さすがキリノと言うべきかしら」
地下シェルターから都庁に移るまでは研究のための設備などろくにそろっていなかったから、さぞかしフラストレーションがたまっていたのだろう。機械をいじるときの作業音まで楽しげなリズムになって聞こえてくる。
作業に熱中する副官にため息をつき、ナツメは居住まいを正した。
「では……キリノを待っている間に、次の作戦任務について話しておくわ。前回の任務で『SKY』という組織に気付いたでしょ?」
「ああ、渋谷に近付くなとか何とか言ってたわね、あいつら」
「彼らは、この有事の東京で人に危害を加えて生きている……それは、到底許せることではないわ。今、人間はひとつになって協力しあうべき時……そうでない者は排除すべきだと、私は思う」
「排、除?」
なんだか物騒な単語が聞こえた気がする。
こちらの反応を観察するように数拍置いて息を吸い、ナツメは耳を疑う命令を出した。
「……あなたたちには、再び渋谷に出向いて、SKYを討伐してもらいたいの」
討伐。
そんな、と飛び出た声は思っていたよりも鋭く響いた。思わずこちらを向いてくる研究員たちに頭を下げ、ナツメに迫る。
「何言ってるんですか!? 討伐って、人間同士で……!」
「……気持ちはわかるわ。でも、彼らをこのまま放っておけば、さらなる犠牲が出る可能性もある。ドラゴンと安心して戦うためにも、人間同士で裏切りあうような……そんな憂いを、取り除いておきたいのよ。……やってくれるわね?」
「や……」
やってくれるわね、とは、何を?
ナツメの言うことは合理的だ。ドラゴン相手に戦うには、多くの人員、資材がいる。準備万端で挑んでも、多大な犠牲が出る可能性が十二分にある。そんなときに人間同士が争っていてはいけないというのもあたりまえのことだ。
けれど、いくらなんでも。討伐って、ラインはどこまで?
返事をできずに固まっている中、シキが立ちはだかるように一歩前に出る。
「邪魔な奴らは叩きのめせってことでしょ? つまりいつも通りね」
「……ありがとう。でも、彼らはかなりの手練のようだわ。深追いは避けてちょうだい。ガトウが動けない今、あなたたちを失うわけにはいかないのよ」
「わかってる。……いいわね」
シキが振り返る。有無を言わさず自分に合わせろと語る目つきに、口を閉ざしてなんとかうなずいた。
「で、話は終わり?」
「……ああ、そうだわ。任務にあたって、あなたたちの専属ナビゲーターを決めようと思うの」
「専属、」
「今前線に出てくれているあなたたち13班と、いずれ復帰予定の10班。ナビもちょうど二人いるし、専属に別れたほうが何かと意思疎通が取りやすいでしょう? NAV3.6と3.7……好きな方を選んでちょうだい。それぞれ仕事をしたことはあるはずね?」
ナツメの脇には、都庁攻略と先日の渋谷探索でナビを務めてくれた少年少女が立っている。情報支援班の二人は相変わらず無感情な顔でこちらを見上げていた。
「……ま、どっちを選んでも、能力的には大差ないよ」
「私たち、双子ですから……仕事がやりやすかったほうを選んでいただければいいと思います」
「だそうだけど、どうする?」
「え、私? シキちゃんは?」
「別に。大差ないのは本当だし。なら経験浅いあんたに合わせたほうがやりやすいでしょ」
気遣いはありがたいが、いきなり判断を任せられても。
首を傾げながら双子を交互に見る。選ぶと言っても、ついこの間知り合ったばかりで彼らの人となりも知らないのに。
何より、無機質の「物」はともかく、意思を持つ「人」の選択は苦手だ。体育の授業でチームを組むときや、修学旅行での部屋割り……中学、高校生活でのほろ苦い記憶がよみがえる。
どんな意図や理由があれ、自分が選ぶ立場になった場合、選ばなかった方に対しては罪悪感を感じてしまうのが嫌だ。
(どうしよう、どうしよう……あっ、そうだ!)
「じゃ、じゃあ、これを!」
傍らのデスクに置いてあった消しゴムを取り上げる。天井に向かって高く掲げると、一同が首を傾げながら目で追ってきた。
「今からこれを落とします。この消しゴムの丸い部分が向いた方にいた子に、ナビをお願いしたいと思います」
これなら優劣も個人の意思も関係ない。偶然に任せた平等な方法だ。優柔不断とか言わないでほしい。
何も考えずに手のひらを返す。支えをなくした消しゴムはまっすぐ床に落ちて、何度か弾み、
「……あ」
声を上げた少年、NAV3.6に向かって倒れた。
「よ、よし。じゃあ、君に頼んでもいいかな?」
「……了解。おまえもそれで問題ないよな、ミイナ」
「ミイナ?」
「あ……ミイナというのは、私のあだ名です。私たちは研究室の生まれで、個別の名前を持たないものですから……」
個別の名前を持たない、という言葉を理解するのに数秒要した。
そういえば前の渋谷探索でも匂っていたが、少年はNAV3.6、少女はNAV3.7がそのまま名前なのだ。
そして今言われた「研究室の生まれ」というのは、研究員同士が結婚して子どもが生まれたということではなく、
(『生み出された』ってこと? それって、)
深みにはまりそうになった思考は、続く少女の言葉に歯止めをかけられる。
「3.7の語呂合わせで『ミイナ』……3.6は『ミロク』……。近しい方にはそう呼ばれています」
「そ……そうなんだ」
「おまえたちも別にそう呼んでくれて構わないぞ。それとも他の呼び名でも考えてみるか? オレの担当はおまえたちだけだし」
「シキちゃん、どうする?」
「別に何でも。いちいち相談して決めることじゃないでしょ」
シキは相変わらず無頓着だ。だが彼女の言う通りでもあるかもしれない。自分のことは自分で決めるという考えは大事。
とりあえず、変にひねった名前にしても馴染まないだろうし、近しい人物に呼ばれているならそれが愛称なのだろうから、そのままでいい気もする。
「じゃあ、これからはナビくんじゃなくて、私もミロクって呼んでもいい?」
今までと同じでも、違っていても変わらない。生まれがどうあれ、この子たちも自分と同じ人間だ。これから成長していく時間の中で、名前の意味は自分で見出すだろう。
「これからは13班専属のナビ、ミロクとしてさ。よろしくね」
「……ん、わかった。これからはそう名乗る。……ミロク……」
「どうしたの?」
「こういうの初めてだからな。なんか、妙な気分だ。専属……センゾク……」
「ミロク、少し嬉しそうです」
「え、そうなの?」
「はい」
なんともいえない表情で首をひねるミロクを見て、片割れであるミイナが小さく呟いた。
耳を寄せると頷いて、それからほんの少しだけ、眉の端が下がった……気がした。
「私だって、なかなか上手くできていたと思うのですが……」
「あ、えっと……私、ナビゲートとか全然詳しくないから、二人の差とか考えてないし、どっちもてきぱきしててわかりやすかったよ!」
「はい。能力で判断されたわけではないことはわかっています。でも、結果的に私は10班……ガトウ隊の専属です。ガトウには、よく遊んでもらっています。だから……よかったです」
「そ、そっか。……ねえ」
呼びかけると、日本人離れした琥珀色の眼が見上げてくる。
少し腰を落として目線を近付け、「ミイナって呼んでもいい?」と尋ねれば、少女は何度か瞬きをして首を傾げた。
「あなたのことも、ナビさんじゃなくて、ミイナって呼んでいいかな? 10班専属ナビのミイナ」
「……はい。構いませんが……」
「うん。ありがとう」
感謝される理由がわからないのか、ミイナは不思議そうに瞬きを繰り返す。
まつ毛が長いな、きれいな顔だな、これは将来綺麗になるんだろうな、なんて思考がずれそうになったところで、キリノの声が研究室に響いた。
「……やったああぁ! エネミーレーダー、完成だ! ついつい盛り上がってしまってね……ムダに新機能を追加してしまったよ!」
眼鏡が傾いているのも気にせずに、キリノがパンチする勢いで腕を突き出してくる。ぎゅっと握られた拳からレーダーを手渡し、彼は備え付けられている機能を熱く語りだした。
まず、観測班とナビゲーターの連携で、自分たちが踏み込んだ地域の情報が分析され、ミニマップとして構築されていく。そしてそのミニマップには、生命反応を元に要救助者とドラゴン、マモノが表示されるらしい。これなら不要な戦闘をさけることもできるだろう。
便利なものだとレーダーをながめる中、ナツメが表情を引き締め、改めて自分たちに指令を出した。
「それじゃあ……準備を整えて渋谷に向かってちょうだい。SKYのこと、頼んだわよ」
* * *
異界化した渋谷に立つのはこれで二度目だ。
青々とした植物が群生しているのは相変わらずで、変わったといえばドラゴンを倒したためあの赤い花が減って、若干すっきりしていることか。
研究員から聞いた話によると、あの赤い不気味な花は「フロワロ」と呼ぶことになったらしい。ただの花ではなく、海の中でも溶岩の上でも、文字通りどこにでも咲く脅威の生命力から花単体で「立派な外地球生命体」とみなされているようだ。
分析の結果判明した特徴は、「ドラゴンの存在を示すように彼らがいる地に咲き、他の生き物にとって毒となる瘴気を漂わせる」「フロワロに触れるだけで生命力が削られる」の二つ。
まさに毒花。諸説を聞いたときはぞっとして、今まで普通にその傍らで活動していた自分の体をまさぐってしまったが、健診も兼ねて確認したところ、眠っていた一か月の間に体が充分な抗体を生成したらしい。普通の人間でも同じく抗体を作れる程度の毒だったのが幸いして、今では何も問題はないそうだ。その後に花が進化して毒性が強くなる可能性もあるなんて言われて結局震えてしまったが。
風に揺れるフロワロから距離を取っていると、本部にいるミロクと通信が繋がった。
『おい、13班。自衛隊から伝言だ』
「伝言?」
『「渋谷通りのバリケードは撤去した。以後自由に通行されたし」。おそらく、バリケードはSKYが作ったものなんだろう。SKYは以前から、渋谷通りやセンター街を根城に活動していたみたいだからな』
「……てことは、右の道がSKYの本拠地に繋がってるってこと?」
先日自分たちが入った道玄坂に続く道、その反対側を封鎖していた壁がなくなっている。
自衛隊は自分たちでなく何者かが封鎖していると言っていたが、あれはSKYが縄張りを主張するためのものだったのか。
『じゃ、渋谷通り……右の道から捜索を始めてくれ。……オーヴァ』
「……」
歩き出し始めたばかりだけれど、足取りが重くなっていく。
SKYの討伐だなんて、本当にやらなければいけないのだろうか。彼らがムラクモを嫌っていても、協力はできずとも、互いに干渉しないようにすれば、争いを避けられる可能性はある。
それに、アオイを助けたときに出会った男はわざわざ謝ってきたのだ。仲間が迷惑をかけた、カツアゲは統制ミスだと。嘘をついているようには見えなかったし、統制ミスが本当なら、積極的に人を襲っているわけではない、と思いたい。
「うじうじしてたって仕方ないでしょ」
思考を見透かしたシキが、前を歩きながら前をすっぱり言い切る。
「渋谷には帝竜がいる。私たちはそいつを倒さなきゃいけないんだから、どうしたってここを歩き回ることになる。だったらあいつらと顔を合わせることは避けられないじゃない」
「それは、そう、だけど……死んじゃったでしょ、たくさんの人が」
「? 何、今さらなことを……」
「うん。今のこの世界じゃ、生きるか死ぬかっていうのはもうあたりまえのことなんだろうけど。みんながみんな、死にたくて死ぬわけじゃないと思うんだ。私たちは、生きるためにドラゴンを倒すし、そこはためらわないけど。人を……、……そういう対象としては、見たくないな」
ぽつりぽつりと変えたくない考えを告げる。SKYは人に危害を及ぼしてはいるが、その手で命を狩るようなことはしていない。
「人類のため」といって彼らに力を向けるのは正しいことなのか。秩序を守るふりをして、単なる暴力の正当化にはなってしまっていないか。
「どのみち、襲ってくるような奴らは返り討ちにするけどね。……ま、コテンパンにして実力の差を見せ付ければ、大人しくさせることはできるんじゃないの」
「え?」
「あんた、もしかして『SKYの奴らを殺せ』って命令されたと思ってるの?」
「ち、違うの? シキちゃんもそれをわかって……」
シキは立ち止まり、「勘違いしないで」と体ごと向き直る。
「私は戦闘員でナツメは総長。組織内の立場は部下と上司だけど、私はキリノみたいにナツメに心酔してるわけじゃない。命令だとしても、必要ないのに殺人なんて犯すわけないでしょ」
「えっと、つまり……」
「『討伐しろ』とは言われたけど、『殺せ』とは言われてない。現地で動く私たちの解釈でいいのよ。SKYは倒す。私たちにたてつく余裕がなくなるよう無力化する。でも殺さない。殺したい奴が自分の手で殺せばいいのよ。……この通信、ナツメは聞いてないわよね?」
はっきりと宣言してから、シキは耳にはまる通信機を指でつついた。
強かな彼女も、「倒す」と「殺す」の間に線引きをしている。
実力者が「殺さない」と言った。これから自分たちがとる行動は命令違反になってしまうかもしれないが、自分と近い考えを彼女からも見つけられたことが嬉しくて歩み寄る。
「あ、ありがとう! よかった、そうだよね。殺す必要なんてないよね! もしかしたら、時間をかけて仲良くなることだってできるかもしれないし」
「いきなり何よ。仲良くなるとまでは言ってない」
「よかった、安心した……シキちゃんすごいねぇ。強いし、しっかりしてるし。歳は離れてるけど、女同士同じチームになれてよかったー」
「……あんたが弱くて抜けてるだけでしょ」
驚いたように目を見開いていたシキは瞬き数回で元の仏頂面に戻り、そっぽを向いてしまった。相変わらずの辛口だが、心なしか棘が少ないように思える。
大きな不安が和らいだことで体と心が軽くなった。歩調を上げて少女の隣に並ぶ。
「そうだ、昨日都庁に帰った後にも新しく人が来たみたいでね」
「ああ、なんか元気にあいさつしてきた英語かぶれの女ね。いつのまにかミヤの隣陣取ってたけど」
「話聞いてみたんだけど、NGOの世界救済会っていう組織の人で、この災害下で人助けをしてるらしいよ。都庁に避難してきた人たちから寄せられる要望を集めて、報酬もつけて私たちに紹介してくれることになったの。ムラクモにも報告されてるし、信用はできるみたい」
「ふーん」
「おいおいおい~!」
「?」
不意に挟まれた声によって会話が中断された。
数メートル先に男が二人立っている。服装とオラついた雰囲気からして考えなくともわかるがSKYのメンバーだろう。獲物を見つけたというようなにやにや笑いが、昨日シキが殴り飛ばしたグチそっくりだ。
「おまえ、ここがどこだかわかってんのか? 聞いて驚け、SKYの縄張りだぜぇ?」
「っつーかこいつ、ムラクモじゃね? ダサい腕章してっしよぉ!」
「あんたたちの髪型のほうがダサい。あと脅し文句もダサい」
「そうそ……なんだとぉっ!?」
合いの手のようにシキが軽快に返した。金髪に不釣合いな相手のしょうゆ顔が怒りで赤く染まる。
「おうおう、ムラクモのねーちゃんよぉ、人んチに土足で踏み込んどいて詫びもねーとかありえないよなぁ?」
「無理やりにでも、土下座してってもらおーぜ!」
「戦うわよ、いいわね?」
「う、うん。無力化する、だよね!」
数々の生存者から恐れられているだけあり、男たちの身体能力は目を見張るものがある。
が、それは「一般人から見れば」の話。同じ異能力者であり、S級と判断されたうえで訓練も受けた自分たちからすれば安牌と言える程度だ。
「ふん」
「いでぇ!?」
「んがっ!」
手加減はしているだろうが、シキが拳と足の裏を数回当てただけで相手二人は踊るように体勢を崩して地面に落ちる。ミナトが援護するまでもなかった。
うめく男たちに歩み寄り、小さな拳がごきりと鳴らされる。
「まだやる気?」
「ちょっ……ちょっと待て! ありえねえだろ、この強さよぉ!?」
「ムラクモってこんなヤベー奴らなのかよ? マジ聞いてねぇっつの! グチの野郎、吹きやがって……」
「くっそ、先に行きたきゃ行けよ!」
あっさりと負けを認め、不良たちは逃げていく。
今は亡き選抜試験候補生たちのほうがまだ強かったのではとこぼすと、シキが籠手を着け直しながら「そりゃそうよ」と言った。
「ムラクモ試験に集められるのは、厳選されたS級の異能力者たちよ。私たちが今まで戦ったSKYの奴らは……たぶんC級程度。よくてもB級止まりね」
「でも、ナツメさんが手練だって言ってたよね……」
「ていうかナビ。じゃなくてミロク。あいつら『ここはSKYの縄張り』って言ってたけど?」
シキが不機嫌そうに通信機に手を当てる。
13班専属ナビとなったミロクは、「なんだ、もうSKYのアジトだったんだな」と他人事のように呟いた。
「だった、って……」
『仕方ないだろ……SKYかどうかなんて、生体反応からじゃ区別できないんだからさ』
「あんたナビでしょ? ちゃんと仕事しなさいよ」
『何だよ、まさかオレが悪いとでも?』
「ま、まあまあまあ。無事に撃退できたしさ。これからは気を付けて──」
『背面、九時の方向にドラゴン反応!』
「っ、もう!」
「え……わっ!?」
ピリピリと尖っていく会話に割り込もうとした瞬間、それまで言い合っていた二人が同時に動く。
シキに突き飛ばされた直後、目の前を緑に濁った液体が飛んでいく。見覚えのあるそれ──ケミカルドラグが吐いた毒の溶解液はすぐ側の木々に着弾した。
激しく蒸発する音を立て、太い幹が複数傾く。
「った……!」
頭上に迫る影から慌てて逃げる。細い小枝の先端が耳から頬をかすめ、眼前で巨木が次々と倒れた。
その重さに引きずられるように建物もいくつか倒壊し、道を埋めていく。
「しまった──」
『シキ!』
ミロクに呼びかけられて背後を振り返る。機を狙っていたかのように舌なめずりをするケミカルドラグとサラマンドラが数体。
身構えつつ、数メートルの高さに積みあがった木と瓦礫の向こうに呼びかける。
「ちっ、さっきの騒ぎで気付かれた……! ちょっと、そっち大丈夫なの!?」
「なんとか平気……じゃなかった! ドラゴンが二体!」
再び舌打ちをする。複数を相手に狭い場所で戦っても不利だ。まずは開けた場所へ移動し、確実にドラゴンを始末するのを優先して動いたほうがいいだろう。
その旨を大声で伝えると、悲鳴混じりに了解の返事が飛んでくる。
何度か氷が炸裂する音が響いた後、ミナトのものと思われる足音とドラゴンの雄叫びが一緒に遠ざかっていった。
「さて、と」
自分に有利な間合いを保ちつつ、レーダーのマップ機能で現在位置と逃げ道、戦闘に使えそうなスポットを確認する。
まずは面倒な毒を吐いてくるケミカルドラグから片付けよう。その後にサラマンドラだ。
「ミロク、私はいいからあいつのサポートして。こっちはこっちでなんとかする」
『ああ、わか……あれ?』
数はこちらのほうが多いが、経験の差からして危険なのはミナトのほうだ。
ミロクにミナトのナビに回るよう指示を出す。が、ミロクはしばらく沈黙し、「やばい」と呟いた。
『通信が繋がらない』
「は? 電波でも悪いの?」
『いや、電波以前に反応が、……まさか、通信機、壊れたとか?』
「…………はあああっ!?」
怒りの叫びとともに、ケミカルドラグを殴り飛ばす音が渋谷に響いた。
* * *
サラマンドラが二体。シキのサポートなしでのドラゴン戦は恐怖でしかない。
幸い炎の属性を持つ相手。距離をとって逃げつつ氷の属性攻撃を繰り返しぶつけることで事なきを得た。
目の前では、体表のところどころを氷に覆われた赤いドラゴンが2体が、折り重なるようにして絶命している。倒せた喜びよりはグロいのであまり見たくないというのが率直な感想だった。
「これ、私がやったのかぁ……ていうかDzってどうやって回収するんだったっけ……」
記憶の中のシキの動きを思い出しつつ、見よう見まねでなんとかドラゴンの死骸からDzを切り取る。
散々だったがとりあえず危機は脱した。少女と合流しなければ。
まずは状況を確認しようと通信機がはまる片耳に手を添え、
「もしも……あれ?」
通信機がない。
もう片方の耳にも手を添える。やはりはまっていない。両手の指先が両耳の穴にすぽっと入るだけ。
服のポケットをまさぐり、袖口に手を突っ込み、数回その場で跳ねてみる。
ない。
「……そういえば」
思い出した。
現在地に逃げてくる前、ケミカルドラグの毒で溶解した木やら建物にシキと分断されてしまったとき。鋭く尖った小枝が耳と頬を引っかいていった。
そのときに通信機が外れ、見えない力に引かれるように地面に転がり落ちて……。
パギッ、と、見事瓦礫たちの下敷きになってしまったのだ。
「ここ、どこ」
わからない。
「ミロク?」
もちろん返事はない。
「シキちゃん?」
いない。
「…………んんん!!?」
孤立した状況を把握して小さくパニックに陥る。
都内に来るのは初めてじゃない。自宅からそう遠くない距離だし、何より進学先の大学が都内にあるので、受験シーズンは頻繁に行ったり来たりしていた。
だが、あくまで訪れていたのは大学だけ。積極的に遊び歩くわけでもなく、ティッシュ配りの人間もあしらえない自分にとっては、新宿も原宿も池袋も、今いる渋谷さえも怖くて踏み込めない未知の土地だった。地理など把握しているはずがない。
頼みの綱である通信機は壊れた。
たった一人の味方ともはぐれた。
ここはドラゴンが蔓延る、不良集団SKYの島。
「……詰んだ……」
だだっ広いスクランブル交差点で立ち尽くし、空を仰ぐ。
嫌だ。こんなところで死んでいくなんて。ドラゴンに食われるのはごめんだが、孤独なまま誰にも気付かれず忘れ去られるのもごめんだ。
人がいるにはいるが、異能力を振りかざして生きるための糧をまき上げる、性質の悪い不良である。しかもその一員(良識はあるみたいだが)の眼鏡の女性と筋骨隆々な男性の二人には、ムラクモが渋谷に寄ったら容赦しないとまで言われた。
あれ、もしかして、
(このままSKYに見つかったら、私やばいんじゃ……?)
背筋が粟立つ。
相手は人間。ドラゴンのような強大な力はないが、代わりに知恵がある。捕まれば何をされるかわからない。
目が無意識に左腕を見る。
赤い生地にムラクモ機関の刻印がある腕章は、力強く存在をアピールしていた。
「……」
大丈夫、大丈夫。
外すだけだ。シキと合流するまで、通信機のように破損してしまわないよう、大事にしまっておくだけ。
決して、決してムラクモ機関機動13班のメンバーであることを放棄するわけではなく、保存しておくだけだから。
そろそろと腕章を外し、こそこそと上着の内側に忍ばせる。
安堵と情けなさから深く長いため息が漏れて、
「おい」
「ひいっ!?」
背後から聞こえた声に心臓が膨張し、数十センチ垂直に跳び上がる。
金切り声を上げて距離を取った自分に、声をかけてきた人間は不審者を見るような視線を向けてきた。それに捉えられる前に、咄嗟にクロウをつけた指先を袖に引っ込める。
背の高い、ニヒルな雰囲気の青年が立っている。茶色い髪は少し長めで印象的なのは風になびく青いマフラー。
ふんいきてきに、不良というよりはチョイ悪というのだろうか。いやよくわからない。無理に型に当てはめるのはやめておこう。
青年の隣には不思議な風貌の女性が一人。白い洋風の羽織に、目を惹く鮮やかな青い髪。対照的な赤い目。
日本人離れしているというか、浮世離れしている。不思議な美しさをまとった妙齢の女性だった。
「……」
「おい」
「あああすみません! 金目の物は持ってないです、ごめんなさい!」
女性に見惚れていたところで再び青年に声をかけられる。
反射的に対SKY用の謝罪を口にすると、彼は呆れたような表情を作り「違えよ」と言った。ちょっと怖いけれど、今まで絡んできた不良たちと違い、言葉に威圧感はない。
「身ぐるみはいだりするつもりはねえから安心しな。こんなところで何やってる?」
「え? えっと……」
「SKY討伐に来ました!」なんて言えば、この青年はどんな反応をするのか。それは彼の立場で変わる。
見たところ、服は汚れていないし怪我もしていない。ドラゴンから逃げ、SKYから隠れる一般人は全員汚れか傷とお友だちだったが、彼は一見清潔だ。ということは、ここを根城にして生活しているSKYの人間である可能性が高い。
どちらにせよ、自分がムラクモの人間だということは、今わざわざ告げる必要はない、かもしれない。
「……えっと、道に、迷いまして……」
「それで立ち尽くしてたってことか。どこに行こうとしてた?」
「い、家に、帰りたいなと」
嘘は言っていない。住居という意味でなら今は東京都庁が家だし、本当の家にだって帰りたい。
帰って、みんなを探したい。
自分が住んでいた町は、今どうなっているのだろう。
「家、ね」
物思いにふけろうとしたとき、青年が小さく笑った。そこにわずかに含まれる皮肉めいた響きが胸に刺さる。
「この街、見てきただろ。嫌なこと尋ねるが、おまえの家は無事だと思うか?」
「……わかりません。潰れてるかも」
彼に便乗して笑えばいいのか、ひどいと怒って泣いていいのか判断がつかない。うつむいた自分の顔が変な形に歪んでいくのがわかる。
本当に嫌だが的を射ている。フロワロは気候も場所も問わずそこら中に繁茂している。
ドラゴンの存在を証明する赤い毒花。都庁の屋上から見下ろした街並みは、すべからくフロワロに覆われていた。
かつて人間がそうだったように、今はドラゴンが地上に、世界中にいる。自分の地元だけが都合よく無事だとは思えない。
「でも、帰りたいし」
だからこそ、ありえずとも希望を持ちたい。そうして自分はドラゴンと戦っている。そうでなければやっていけない。
人間、死ぬほどの自棄を起こせば意外と何でもできるのだ。地べたを這ってでも生にしがみつくことだってできる。
ヘタレな自分だってこうして生きてこれた。きっと、家族も友人も、みんな死ぬ気で生き延びている。
「確認したいんです。それでもし無事なら、間に合うなら、助けたい」
「……そういう覚悟はできてるみてえだな」
黙って自分を見ていた青年が息を吐いた。
「渋谷を抜けたいなら案内してやる」
「えっ」
「抜けるまでだ。外にもドラゴンとマモノがうじゃうじゃいるだろうが、まあそのナリを見る限りなんとかやってこれてるみてえだし、大丈夫だろ?」
シニカルだが憎めない笑みを浮かべ、彼は自身の頬を指でつついてみせる。
慌てて頬を拭うと、結構な量の泥がついていたらしい、袖が茶色く汚れた。
「うわ、泥だらけっ」
「服もあちこち破れてるしよ。よく一人で逃げてこれたな」
「あ、一人じゃないんです。友だち……、…………って言っていいのかわからないんですけど、いっしょに行動してくれている子がいて、はぐれ、ちゃっ、て……。……そうだっ」
そうだ、シキと合流しなければ。
だがその場合、この青年に自分たちがムラクモ機関の人間だと知られてしまう。そして彼がSKYだったら。
「ツレがいたのか。ならついでにそいつも探していくか」
「え、でも、あの……」
「ここは俺たちの生活圏だから路地裏のことまで知ってる。そう苦労しねえだろ。気にすんなよ」
「えっと」
自分が流す汗を、青年は仲間を心配していることによるものだと思っているようだ。
危機感もそうだが、罪悪感が重いガスとなって胸に充満し始める。
青年はこの渋谷で生活していると言った。いよいよ彼はSKYの人間である可能性が高い。
『SKYを討伐してきてほしいの』
任務として課せられた言葉が頭の中で反響する。
討伐。ナツメはそれをSKYに向けて、ドラゴンに対するときと同じ響きで使っていた。
シキが言い切ったこともあり、殺すという意味ではなく無力化することを目標としてSKYの本拠地を目指しているが、自分だけでは……。
(どうしよ──)
「……」
「──っ!?」
すぐ傍に人の気配を感じて我に帰る。
赤い目が、至近距離で自分の顔を覗きこんでいた。慌てて二、三歩後退る。
青い髪の女性だ。少女のように無垢で、完成された人形のように美しい顔がすぐ目の前にある。
白い肌を飾る淡い唇が、小さく動いた。
あ、な、た、は、
「……『狩る者』?」
「え?」
「──おいアイテル。今何て言った?」
青年の声が、何かを探るように低くなる。
アイテルと呼ばれた女性は、長く重たげな睫毛を伏せて、ゆっくり頭を横に振った。
「わからない。わからないけれど……彼女から、感じる」
再び、胸中も頭も全て見透かすような瞳を向けられ、一歩下がる。
アイテルは青年のことをタケハヤと呼んだ。
「一旦、戻りましょう。この子の友だちが来ているわ」
何が起きているのかよくわからない。
ただ、彼女が言った「この子の友だち」がシキを示し、タケハヤという青年の呼び名が、SKYの不良たちが口にしていた名で、
「なあ」
「……は、い」
「おまえ、異能力者か?」
「……は……い」
今、あまり喜ばしくない状況だということはわかった。
「ムラクモ機関。知ってるか」
「……ごめんなさい」
隠す気力はもうなかった。
* * *
ミナトが懐から赤い腕章を取り出して頭を下げる一方で、
「ふぅ……悪いな、ちょっとヤバかったぜ……。…………ていうか、おまえらムラクモ……? ききき今日は、これくらいで勘弁してやるよっ!」
「あ、ありがと……助かったよ。ってか、あんた誰? あんま見ない顔だけど……その腕章……まさか、ムラクモ……!? ヤ、ヤバ……ッ!」
「ったく、どいつもこいつも……!」
シキの側ではドラゴンを倒して助けた生存者がSKYのメンバーだったという事態が繰り返されていた。
途中、昨日殴り飛ばした男女が待ち伏せていて仕返しとばかりに襲い掛かってきたが同じように撃退した。それも含めて出会う人間はSKYばかりだ。一般人の生存者はもういないのかもしれない。
『またSKYか……結果的にSKYを助ける羽目になっちゃったな……まあ、仕方ないか。ドラゴンを討伐するのは最優先の任務だからな』
「あいつらを倒すはずなのに、どうして逆に救助するようなことになってるのよ!」
汗を拭い、傷を雑に治療しながらレーダーを見る。
走り回って奮闘していた甲斐あって、所持品はDzでいっぱいだ。ドラゴンと見られる生体反応は一帯から消失している。
対して、人間の生体反応は多数。連絡が取れず居場所もわからないミナトがいるとするなら、この反応の中のどれかだろうか。
『SKYと普通の人間を見分ける方法がないのがなぁ……。逃げ出すくらいだから、大したヤツらじゃないだろうけどさ』
「……この先に一番人が集まってる。すぐそこがSKYの拠点っぽいわね」
『今も周りから何人か集まってきてる。シバを見つけるのもそうだけど、やっぱ、幹部を倒すことが先決だな。先を急ごう』
「……あいつ、ドラゴンにやられてたりしないわよね?」
新人チームメイトの無事を疑わしく思いつつ、荷物を整理してさらに進む。
街中を抜け、渋谷通りに出た。が、そこで行き止まりだ。
「……誰だっ!?」
こちらの足音を聞き取った下っ端らしき男が振り返る。
通りの一部分をコンテナやドラム缶で区切ったスペース。どうやらこの場所が拠点みたいだ。集まっていたSKYメンバーと思われる青年たちがにらみつけてくる。
鼻息荒い彼らを横に退けて、奥から見覚えのある姿が進み出てきた。先日も会った巨漢とパーカーの女。自分を見るなり巨漢の方が首を振る。
「……来てしまったか」
「アタシは、来るって思ってたけどね。あのしつこい年増オンナの部下でしょ?」
この二人だけは、今まで戦った雑魚とは雰囲気が違う。ナツメが言う手練のメンバーだろう。
「悪いわね。あんたたちがいう通り年増オンナに命令されたのよ」
「……おまえは上に言われた通り動いてるだけだろうが、約束は約束だ。俺は一度警告をした……渋谷には、近付くなってな」
「ダイゴは優しいからね~……だけど、アンタたちはそれを破った。……ってあれ、もう片方の地味なのは?」
「知らん。どこかでドラゴンと戦ってるんじゃない」
言葉を交わす間に、外堀を埋めるように周囲のSKYメンバーたちが距離を詰めてくる。
先にこいつらを片付けるか、と振り返ろうとした瞬間、筋肉男が「やめろ」と静かに声を放った。
「おまえたちは手を出すな。何人か返り討ちにされただろう。ネコもさがっていろ」
「ええ? ダイゴだけでやる気?」
「充分だ」
聞き捨てならない言葉だった。
「……ミロク、生体反応は?」
『ドラゴンはなし。あと二、三人がこっちに向かってきてる。シバはこのうちの一人って考えていいかもな』
「ここにいるのはSKYだけ。なら遠慮なく暴れても問題ないわね」
腰を落として身構える。男も同じく拳を握った。どうやら互いに殴り合いを得意とするようだ。ますます気に食わない。
「『自分だけじゃ無理でした』って、さっきの言葉訂正してもらうから」
「力づくでもお引き取り願おう。ついでに、二度とここに来たくなくなるよう土産もつけて、な」
数秒の睨み合いが続く。
誰かの「やっちまえ!」という野次を合図に、同時に一歩踏み出した。
* * *
気まずい。どうしてこうなった。
というか、自分はムラクモだというのに、なぜ前を歩く二人は自分をSKYの拠点に案内しているのだろう。
色々と気になるが突っ込める雰囲気でもなく、沈黙したまま渋谷の街を進んでいく。
道中転がっているドラゴンの死体はまだ新しいものだ。その肉体の要所が切り取られているのを見るに、シキが倒してDzを回収していったのだろう。
「これはおまえがやったのか?」
「ち、違います。たぶん、その、さっきまでいっしょにいた子だと……」
青年、タケハヤの問いに頭を横に振る。
「なるほどな」と彼は足の先でドラゴンの死骸を小突いた。
「おまえのお友だちもムラクモか。なかなかのやり手みてぇだな」
「あ、あの」
「何だ?」
「どうして、私を、あなたたちの拠点に……」
意を決して尋ねると、タケハヤは笑って振り向いた。
「おまえが何をどこまで知ってるかはわからねぇが……強いて言うなら興味本位だな」
「興味?」
「ああ。……おっと」
不意にタケハヤが立ち止まる。
一瞬遅れてミナトも止まり、目の前に立つ広い背中から顔を出した。
広い通りに多数のコンテナが積み上げられてひとつのスペースが出来上がっている。そこで見覚えのある男女たちが大きな輪になり、その中央に向かって「いけー!」「そこだっ!」と声を張り上げていた。
「……?」
人と人のわずかな隙間に目を細める。
円陣の中央で、大きい影と小さい影が激しく衝突しあっている。硬いものがぶつかり、肉を打つ鈍い音が空気を揺らす。
大きい影が昨日出会った男で、小さい影が自分のチームメイトだと気付いた瞬間、男の丸太のような腕が少女を殴り飛ばしていた。
「ぐぅっ!」
すんでのところで左腕を滑り込ませた少女……シキだが、大きな音とともに籠手が割れ、錐揉むように吹き飛ぶ。
宙で体勢を直して着地し、彼女の靴底が激しい摩擦音とわずかな煙を出した。
(あれ、シキちゃんだ──シキちゃんが押されてる!?)
歯噛みするシキと涼しい顔の男を見て愕然とする。
ドラゴンを拳で粉砕するS級のムラクモが、一対一で苦戦している。
単純に考えれば、帝竜までとはいかずとも、あの男はそこらへんのドラゴンより強い。
(じゃああの人も、S級の異能力者……?)
踏み出す男にシキが構える。闘志はまだ燃え盛っているようだが、先ほど攻撃を防いだ左腕がわずかに痙攣していた。
「まだやるか」
「こっちの台詞だ!!」
口が粗くなるシキに、男が静かにため息をついた。そしてゆっくりと腰を落とす。
その皮膚に血管が盛り上がるのを見て、本能が警鐘をぶっ叩いた。
「す──す、す、ストップー!!」
声を上げて走り出す。
左腕に巻き直した腕章を見て、SKYメンバーが「新手のムラクモだ!」と迫ってくる。
自分を捕まえようと腕を広げる人垣を無理矢理かいくぐり、円陣の中央に転がり込みながらシキと男の間に氷を放った。
「む」
「あ、来た! 地味なほう!」
「あんた……!」
「ご、ごめん、お待たせ!」
男が怯み、眼鏡の女性が指を差す。
膝を着くシキに大丈夫かと手を差し出せば、少女はほっ、と息を吐いて手を伸ばし、
「遅い!!」
「ふぐ!?」
自分の胸倉をつかんで猛スピードで前後に揺らしはじめた。
「遅い、遅い! 何やってたのよ!? なんで通信繋がらないのよ!? ドラゴンは倒したんでしょうね!?」
「た、倒しました! Dzも回収しました! 通信機は倒れた木の下敷きになって壊れちゃいました! 遅れた理由は道に迷って現在地がわからなかったからです!」
「レーダーのマップ機能があるでしょうが!」
「……あ……」
「今気付いたって顔するなあああああ!!」
「うわあぁぁごめんなさいぃぃ」
頭と視界が上下に激しくシェイクされて目が回る。涙を溜めながらひたすら謝り続けると手が離れ、アスファルトの上に尻餅をついた。
「うう、ぐらぐらする……」
「ふんっ。でもまあ、ちょうどいいわ。あんたまだ戦えるわね? あいつぶっ飛ばすわよ」
「そーはさせないよん!」
ぴょんっ、と女性が男の隣に飛び出してくる。眼鏡のレンズがきらりと光り、棒付きキャンディをくわえる口が綺麗な弧を描いた。
「アタシも混ざりたくてうずうずしてたんだよね~。でも二対一でぼこぼこにするのは気が引けるし、地味子ちゃんが来てくれてよかった。これで二対二っしょ?」
「じ、地味子……っ!?」
昨日のバカに続いて地味と言われた。ファッションに疎い自覚はあったが、こうも真正面から言われるとぐさりとくる。
そっちだって猫耳パーカーなんてあざといアイテム着てるくせにと言ってやりたかったが、生憎女性は可愛らしい顔立ちをしている。そのうえスタイルがいい。悲しいかな、愛嬌を感じさせる猫目と癖毛に猫耳はとてもよく似合っていた。
それとは別に「ぼこぼこ」というフレーズが癇に障ったらしく、シキが「なんだと……?」と眉を引きつらせる。
「こいつら……ぶっ潰す!」
「や、やっぱり戦う流れ……?」
「……いい加減終わらせよう。ネコ、やるぞ」
「そーだね、ちゃっちゃと片付けちゃお。いっくよー!」
ネコと呼ばれた女性が腕を上げる。その指先、爪が光を放ち、冷気が渦を巻いた。
(あの子もサイキック……!)
相手の指先に集まる冷気は自分の比ではない。急速に冷えていく空気に、地面やコンテナのところどころに霜が降りた。
女性、ネコが楽しげに笑いながら腕を振り下ろす。
ミナトのように氷が放たれるかと思いきや、冷気は男の腕に一気に巻き付き、
「──おらあっ!!」
男が跳び、氷をまとう拳を地面に叩きつけた。
ッッゴッ!!! と一帯が激しく揺れる。
直下型地震の震源地かと錯覚する中、目の前でアスファルトが粉々に砕けて陥没し、同時にそり立つ氷が津波のように押し寄せてきた。
「え──」
「何してんのよ! 早く……、っ!」
言葉をなくす自分にシキが怒鳴る。彼女は応戦しようと身構えるが、その顔が痛々しげに歪み、歯を食い縛って左腕を押さえた。
そうこうしている間にも、氷の壁は突風のような勢いで大挙してくる。
もう避けられる間合いじゃない。
攻撃の選択肢を捨て、ありったけのマナを集める。
波全体にではなく自分たちの正面一点に氷を放ち、シキに覆いかぶさって体を屈めた。
氷と氷が互いを食らいあって砕ける音が響く。
腕で頭を庇い目を閉じていたためはっきりとはわからないが、相殺しきれなかったのだろう。一瞬体を冷たい空気が撫でたかと思えば、硬い氷に打たれて突き飛ばされた。
「痛った……!?」
シキといっしょに地面に叩きつけられる。衝撃で揺らされた頭がうまく働いてくれない。体が支えられずに涙が滲む。
腕の中にいるシキが脚を振り乱して起き上がる。劣勢に立たされ続けていることが我慢ならないようで、今にもこめかみの青筋が音を立てて破裂しそうだった。
「こいつらっ!!」
「……へぇ、面白そうなことやってんじゃねぇか」
「!?」
「あ……」
場の空気が一気に変わる。
タケハヤがアイテルとともに進み出てくる。今しがた到着したと言わんばかりの様子で「俺も混ぜてもらおうか」と、自分たちの間に悠々と割って入ってきた。
男が拳を納め、ネコがクロウを着けた指先を隠すように手を丸める。
どうやらタケハヤはSKYのリーダー格らしい。鶴の一声というのか、それまで汚く野次を飛ばしていたメンバーたちが一気に静まり返った。
「おまえら、渋谷に近付くなって忠告されなかったか? つっても……それを聞くような組織じゃねーか」
タケハヤは自分を「興味本位」でここに導いた。それは戦いでの実力を見極めるためだったのだろうか。
自分たちと向き合う彼の意図がわからず、何も言えずにいると続いて質問される。
「……正直に言えよ。何が目的で、ここに来た?」
「SKYを倒すために……決まってんでしょ!」
左腕にぶら下がる籠手の残骸を振り落としてシキが噛み付いた。タケハヤは一瞬目を丸くし、口を歪めてくっくと笑う。
「そりゃ無理な話だ。おまえら、ダイゴとネコが手加減してんのもわかっちゃいねぇだろ? そんな力で俺たちを潰そうなんて、無謀もいいとこだぜ」
「手加減……!?」
あれでか、と痛む体をさする。改めて相手は自分たちより格上だという事実を突き付けられた。
「それにしても『SKY狩り』とはね……」
タケハヤの顔が歪む。怒りを体現するように、眉間に深い溝がいくつも刻まれた。
「相変わらず、胸糞悪りぃバァさんだぜ。何を吹き込んだかは知らねぇが……よほど俺たちが邪魔らしい」
「バァさん? って……」
「ナツメのことね。ナツメが嫌いなのは同意するけど、惑わせようったって──」
「そんなつもりはねぇよ……俺はこう見えて優しいからな。無知なおまえらに、忠告してやってんのさ。知らないうちに、クソの溜まり場へ足を突っ込んでるかも……ってな」
「クソの溜まり場、ね。自己紹介になってるわよ」
シキが周囲をぎろりとにらみつけた。せせら笑っていた下っ端たちが鋭い視線に射抜かれて後退る。
「そもそも私たちがここに来たのは、あんたたちが生存者に危害を加えるからよ! ただでさえドラゴンがいるのに迷惑もいいとこだわ!」
「渋谷に入ってこなきゃ、俺たちが危害を加えることはねぇさ。まあ、俺の目の届かないところでバカやってる奴はいるかもしれねぇが……」
タケハヤも下っ端たちを見渡す。イノとグチを始め、何人かがさっと目を逸らした。
周囲を一周したタケハヤの目が、再び自分たちを捉える。
「だからっておまえらが正しいとは限らねぇわな?」
カツアゲの件は置いておいて、確かに、力でねじ伏せるやり方は正しいとは思えない。……自分たちの行動も、恐喝と大差はない、のかもしれない。
「ま、おまえらはド新人みてーだし、すぐに理解しろってのも無理な話か」
「ド新人はこいつだけよ! いっしょにしないで!」
「ひ、ひどい! その通りだけど……!」
「新人じゃないなら古株か? それでも気付けてねぇのはまずいだろ。……俺たちと一緒に来れば、すぐにその意味もわかるようになる」
シキに容赦なく指を向けられ三本目の棘が胸に刺さる。
いまいち緊張感に欠ける会話にタケハヤが肩を竦めた。
「どうだ、いっそのことSKYに入ってみるか?」
『は?』
突飛な提案に時が止まる。思わずこぼれた自分とシキとミロクの声が重なって響いた。
SKYのメンバーたちも同様の反応を示した。ダイゴが固まり、ネコがわけがわからないというように目を見開く。この話の流れからなぜいきなりそうなるのか。
「た、タケハヤ!?」
「冗談だ……行くぞ」
再び肩を竦め、小さく笑いながらタケハヤは仲間に声をかける。
踵を向けて歩いていくその背中を数秒見つめ、からかわれたのだと気付いたシキが飛び出しそうになるのを慌てて押さえた。
「待て、この!!」
「シキちゃん抑えて! 気持ちはわかるけど抑えて!」
「──シキ?」
不意にタケハヤが足を止めた。ネコがその背にぶつかり、んにゃっと潰れた声を上げる。
自分たちを振り返った青年の顔は、もう笑っていない。
「おい。……おまえ、名前は?」
「なんであんたに名乗らなきゃいけないわけ……っ!?」
背中から腕を回すミナトから逃れようと暴れつつ、シキが犬歯をむき出しにする。
そんな彼女をしばらく見つめ、次にタケハヤはミナトに視線を移した。
「そういや、おまえの名前も聞いてなかったな?」
「え、私ですか? 志波 湊って言いま痛い!?」
「何バカ正直に答えてんのよ!!」
「えっごめんなさい!?」
ぼこぼこと仲間の頭を叩くシキと痛い痛いと呻くミナトを交互に見て、タケハヤは今度こそ踵を向けた。続いてネコもダイゴも、下っ端たちもこの場を去っていく。
彼らの姿が完全に見えなくなり、二人だけぽつんと取り残される。シキが腕から抜け出し、またもや自分の胸倉がつかまれた。襟が千切れそうで怖い。
「なんっで邪魔するのよ! あんだけ舐められて悔しくないの!?」
「いや、でも、シキちゃん怪我してるでしょ!?」
激しく揺さぶられる頭に歯を食いしばって指摘すれば、ぴたりとその腕が止まる。
シキの拳に手を添え、ゆっくりセーラー服の袖をまくれば、青紫色に染まりぱんぱんに腫れ上がる腕が現れた。
籠手を着けていたのにこのひどさだ。防具の着いていない箇所に食らっていれば、少女の細い体はどうなっていたか……考えたくもない。
「うわっ、痛そう……ちょっと座って」
「いらないわよ、手当てなんて! 骨折はしてないし、」
「まあまあ。念には念を入れって言うしさ。ね? ……できるかな……?」
「何よいったい」
まあまあを連発して怒りが収まらないシキを宥め、なんとかその場に座らせる。
深呼吸で鼓動を落ち着かせ、少女の腕の青痣と、その上にかざす自分の手に意識を集中させた。
体の中から外へ、眠っているエネルギーをほぐして導くイメージ。目には映らない極小の細胞たちが活性化する様を思い浮かべて……ふっ、と指先に淡い光が宿る。
徐々にマナを注いでいけば、ほんの少しずつではあるが、痣の腫れが引いていく。
「……あんた、これ」
「ナツメさんが言うには治癒能力らしいんだけど。うーん……まだうまくできないな……ごめんね、大して効果が出せなくて」
経験を積んで磨いていくしかないか、と息を吐きながら、手のひらサイズの氷を作る。ハンカチを取り出して氷を包み、それをシキの腕に巻きつけた。
「気休めにしかならないけど、冷やしておこう。一応メディスも使っておこうか。……私も体痛いし」
シキはぶすくれた顔で一気にメディスをあおる。機嫌はまだ直らないようで、歯と歯の間に挟まれたビンが顎の動きで器用に上下に振られた。
「それにしてもさ、あの人……タケハヤさん、何か知ってるっぽかったね」
タケハヤたちはどこかに行ってしまったが、この場合ナツメから言い渡された任務はどうなるのだろう。通信機の向こうでミロクが大きく息を吐いた。
『ガラの悪い連中の言うことだ。どうせ、99%ウソばっかだろ……けど、上手くあしらわれたもんだ。これはミッション失敗──』
彼が言い終わらないうちに、ビーッと聞き慣れないアラームが鳴る。
「何、今の音?」
『地下道の調査をしていた自衛隊から、救難信号だ。何かあったらしい……! 急いで地下道に向かってくれ。都庁からも応援を向かわせる』
二人で顔を見合わせる。自分よりも先にシキがため息をついた。
次から次へとてんてこ舞いだ。装備を整え立ち上がり、服に付く砂を払い落とす。
「SKYの奴らはいつか倍返しにしてやる。今は自衛隊のところに行くわよ」
「うん」
シキに続いて踏み出し……後ろ髪を引かれて振り返る。
ついさっきまで自分たちが戦っていた(一方的に攻撃を受けただけだが)場所には戦闘の跡がこれでもかというほど刻まれている。
これもそうだが、一番頭に刻みついて離れないのは、タケハヤに対する疑問だ。
なぜ彼はムラクモの人間だと知ってからも自分を助けてくれたんだろう。興味本位とは、結局自分たちの何に対してだったのだろう。なぜ、こちらの名前を改まって確認してきたのか。
考えれば考えるほど疑問が尽きない。彼は……味方とはいえないが、敵とも言い切れない不思議な何かを抱えている。そんな気がする。
新人とはいえムラクモ機関員である自分が知らない組織の何かを、ムラクモ機関員でない彼は知っている。
「ちょっと、何してるの?」
「あ、ごめん」
シキに呼ばれて意識が戻る。口の端に残るメディスの滴を舐め取り、ミナトは渋谷入り口に戻った。