2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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地下道で自衛隊メンバーを救助するまで。
横洞のダンジョン、蛍光色がぐるぐるしていて視覚的にきつかった思い出があります。集合体恐怖症というか細かい小さな物がたくさん集まっている物を気持ち悪く感じてしまう方もキツかったんじゃないでしょうか。

中野駅は実在しますが北戸線って路線はないらしいですね。



10.自衛隊

 

 

 

 片足を引きずって歩く。最低限の明かりしかない地下道の中に自分の吐息が反響して、岩の壁にじわじわと染みていく。

 

 何だ、あの化け物は。

 

 つい数分前の出来事を頭の中で再生しては背筋が無意識に飛び跳ねる。何もかもが吹き飛ばされ、潰され、他の全てをかなぐり捨てて逃走することしかできなかった。気が付けばまとまって行動していたはずの仲間は散り散りで行方もつかめない。

 からからに乾いた口からくそ、くそ、と悪態を漏らして軍靴の底を擦って歩く。暗闇の中、唯一はぐれずに済んだイコマの背が徐々に浮かび上がって……彼が機器から救難信号を発信しているのを見て怒りが弾けた。

 

 

「なんで勝手に救難信号を出した!? これは、アタシたち自衛隊の問題だろう!」

「落ち着けって、リン! 隊員たちはみんなバラバラだ。俺たちはろくな機材も持ってない。なにより……アイツが相手なんだ。あのくらい横胴で、全員を無事救出するなんて不可能だろ?」

 

 

 現在の状況と自衛隊の戦力、そしてアイツ。

 客観的で的確な判断だ。けれど。

 アーマーの隙間から流れる汗を拭うのも忘れ、堂島は認められないと頭を振る。

 

 

「イコマ……たとえおまえがアタシの同期でも、今、この小隊の隊長はアタシだ! アイツがまた襲ってくる前に、アタシがみんなを救出す──っ痛……!」

「ほら見ろ、おまえも怪我してんだ。無茶せず助けを待とう」

 

 

 得体の知れないムラクモなどに頼ってたまるか。あんな、あんな、まともな装備すら身に着けず戦線に飛び込む子どもたちなんかに。それをあたりまえのように送り出す気味の悪い組織なんかに。

 けれど、このままでは八方ふさがりであることも事実。自分の力ではどうにもできないことだって。

 

 

「……くそッ!! どうしてアタシが……こんな……っ!」

 

 

 怒りで全身が熱くなる。

 歯軋りをして、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 電車に乗らずに地下鉄に降り立つのは初めてだ。

 もちろん、電気は通っていない。先が見通せない暗さの中で自分たちの足音だけが反響し、三半規管を惑わしてくるような響き方に不安が募る。

 めちゃくちゃになった線路の上を、瓦礫につまずかないよう慎重に歩く。しばらく歩いた先に、見覚えのある赤い髪が浮かび上がった。

 

 

「あ、あれ……アオイさん?」

「あっ、お疲れ様です!」

「ん? ガトウも?」

「よぉ。怪我もぼちぼち治ってきたんでな。リハビリがてら手伝いに来たぜ」

 

 

 名前を呼ぶと赤いサイドテールはくるりと振り返り、快活な笑顔を浮かべて頭を下げる。その横に立つ紫のバンダナを首元にゆるく巻いたガトウを見て、シキが目を瞬かせた。少し驚いたように目を丸くする少女に、ガトウは大粒の白い歯を見せて笑う。

 

 

「ガトウさんはともかく、アオイさんは、どうしてここに? 本当にムラクモ機関に入ったんですか?」

「はい。実は私、以前ムラクモの試験に呼ばれていたりしたのですが……試験当日に、会場にたどり着けなくて……」

 

 

 ああ、渋谷で出会ったときにミロクとナツメがそんなことを話していた気がする。

 都庁で避難民手続きをしたあと、アオイはやはりムラクモに迎えられたらしい。左腕に巻いた赤い腕章を見せ、彼女はガトウの横でほんの少し誇らしげに背筋を伸ばした。

 

 

「改めてお誘いを受けたので、本日からガトウ隊に所属することになりました!」

「今回は、俺は口も手も出さずに見守るさ。不手際があったらぜーんぶこいつの責任ってことで、ひとつ頼むぜ!」

「ええええ~っ!? お、脅かすのやめてくださいよぅ……」

「ガハハハハッ! ま、そんくらいの気持ちでやりゃあおまえもヘマしないだろ!」

「そ、そうです……よね! センパイ、ふつつかものですがよろしくお願いします!」

「あ、はい、よろしくお願いします」

 

 

 おそらく生来の仏頂面であるシキと、緊張感で表情筋が固まっているミナトの13班とは違い、10班の二人はいい意味で肩から力が抜けていた。夜空よりも深く沈み暗さの中でも表情がころころ変わっていくのがわかる。

 便乗していいのかわからずたたずむだけのこちらに改めて頭を下げてきたアオイに、ミナトは首を傾げた。

 

 

「ちなみにアオイさんはおいくつなんですか?」

「今年で22です!」

「年上!? 失礼しました!」

 

 

 年功序列精神が叩き込まれているため秒で腰が低くなってしまうミナトに対し、アオイはいいんですと力強く首を振る。

 

 

「お二人は私よりも先に戦い始めていたんですし、何より命の恩人ですから。ぜひ、センパイと呼ばせてください!」

 

(いい人だ!!)

 

 

 百パーセント元気なんて形容詞が似合う笑みが地下道内を照らす。人間の体に発行する機能なんてついていないけれど、たしかに眩しさを感じる笑顔に当てられ、13班の二人は思わず目を細める。続いてグローブをはめたアオイの手が伸びてきて、求められるがまま握手に応じた。

 

 

「歳のほうも気にしないでください。私のことはアオイでいいですから!」

「いや、でも、それはさすがに」

 

『……じゃあ、あいさつもすんだし、ミッションに移るぞ』

 

 

 へこへこと頭を下げあう自分たちをミロクが咳払いをして遮る。

 本来の目的を忘れかけていたミナトは慌てて体を起こし、新しく支給された通信機に手を当てた。

 

 

『この先の駅舎内に救難信号の発信者がいるらしい。まずは、そいつらに事情を聞いてくれ』

「私たちはここで、レスキューの準備をしてますね。救助者がいたら、すぐに駆けつけますから! いつでも声をかけてください!」

「はい。それじゃあ、いってきます」

 

 

 10班に見送られ、講道の奥に小走りで向かう。

 半歩前を進むシキの足取りが今までよりも軽くなっているに見えて、思わず声が滑り出た。

 

 

「シキちゃん、うれしい?」

「は? 急に何?」

「いや、ガトウさんが復帰してきてさ、なんかうれしそうに見えたから」

「物足りなかっただけよ。ずっとあんたの面倒見てばかりで、満足に戦えなかったから」

「あ、はい、すみません」

 

 

 遠慮なく突き放された。やはり13班の心理的距離はまだまだ遠い。

 ただのチームメイトという枠から抜け出せていない現実を突きつけられてうなだれた瞬間、地下道内が大きく揺れた。

 地震だろうか。足を止め、崩落の危険がないか頭上や壁を確認する。

 数拍遅れて入り口方向からひゃああと、そして通信機からも間の抜けた悲鳴が響いてくる。

 

 

『ひゃああああっ! 私の食べかけのチョコバーがあああ……』

『任務中に菓子を食うなよ! ってか落ちたモンを拾って食うな! ったく……仕方ねェな。これでも食ってろ、胃袋娘』

『あ、アメ……くれるんですか……!? うわああああっ! 一か月ぶりですよ、アメちゃんなんて~! ううっ……もったいなくて食べられないよう……』

『はあ~……好きにしろよ。しっかし、なんだ今の揺れは……良くねえ予感がすんぜ?』

 

 

 恐怖を煽る暗闇の中、緊張感のない10班の会話に「こちらでは地震は観測されていない」とミロクが答える。たしかに地下道全体が揺れた気がするのだか、離れた場所で大きな瓦礫でも倒壊したのだろうか。

 一層慎重を期して歩く中、暗闇に慣れてきた目が、中野駅と書かれた看板を捉え、開けたプラットホームに出る。ホームの中央には、傷だらけのアーマーを装着する自衛隊員が二人立っていた。

 

 

「あ、いた! すみませーん!」

「おまえたち……!」

「ムラクモの13班か……! 協力、感謝する」

 

 

 助かったと笑うのはイコマ隊員。苦い顔のまま横目でこっちを見るのは堂島三佐。どちらも都庁攻略の際に顔を合わせたメンバーだ。

 三佐の方は相変わらずムラクモを毛嫌いしているらしい。イコマに促されて彼女は引き結んでいた唇をようやく開く。

 状況を聞く限り、自衛隊は五丁目駅付近で線路内の瓦礫撤去を行っていたらしい。その作業中、急に辺りが激しく揺れたと思えば、「アイツ」が現れた、という。

 アイツとは何だという当然の疑問に関しては、詳しく話わからないというあいまいな答えが返された。ただたしかに意思を持って動いていて、自分たちを飲みこもうとしてきたことからも規格外の生命体であることはたしかだろうと。

 

 

「とにかく、全員逃げるのに必死で……気付いたら三人の部下とはぐれてしまった。おそらくみんな、横洞のほうに逃げたんだと思う。……怪我をしている隊員も、いるはずだ」

 

 

 言葉通り、地下鉄の壁にはぽっかりと大きな穴が開いている。電車の車両もくぐれそうな大きさのそこからは、気のせいでなければマモノを始め時折野太い鳴き声が漏れ聞こえてきていた。ここで話を聞くよりもさっさと救助活動を始めたほうがよさそうだ。

 

 

「横洞のドラゴンには……俺たち自衛隊の装備じゃ歯が立たない。こんなことを頼むのは悔しいが、どうか、隊の奴らを救出してやってくれ!」

 

 

 必死の懇願を断る理由はない。渋谷での対SKYのように誰かを傷付けるのではなく、助けることが目標ならためらう必要などない。

 支援物資である救急キットをいくつか渡して二人と別れる。ミロクに指示されるまま地下道の横洞に入った。

 

 

「わ、ここも異界化してる……!」

 

 

 コンクリートが丘のように盛り上がって蛇行跡のような道を作り出し、地面には苔がびっしりと繁茂して、青や緑が混ざったまだら模様の絨毯となっている。

 植物が群生しているのは渋谷と共通しているが、この洞窟内は樹海ではなく湿原のような雰囲気だ。実際空気は湿っていて、抉られた壁は汗をかくように水を流している。

 いずれにせよこの空間もドラゴンの力の影響下だろう。地面に空いている複数の穴も合わさってまるで蛇の巣みたいだ。

 

 

「ここも地面に穴があるね。都庁のときみたいに下に進むのかな」

「ミロク、この穴どうなってるかわかる?」

『ちょっと待ってろ。……下に何かあるわけでもなさそうだな。もっと近付いてくれ』

 

 

 足を滑らせないように注意して接近する。中を覗き込もうとミナトは淵にしゃがんで穴に顔を近付けた。

 

 直後、

 

 

『ドラゴン反応、接近! 気を付けろ!』

「はぁっ? どこから……、っ!」

 

 

 狩りをする肉食獣のような素早さで、暗闇から大型犬ほどの影が飛び出す。

 反応したシキが新調した籠手で攻撃を防ぐ。しかし奇襲に体勢を崩し、その足が半歩下がって、後ろにいたミナトの背中を押した。

 

 

「え」

 

 

 ふわり、と体が浮く。

 黒一色に染まった穴に、音なく頭から吸いこまれた。

 

 

「ちょ、嘘……わああぁっ!? ぶっ!!」

 

 

 数秒風を受けた顔が見事に地面と激突する。そのまま重力に引きずられ、傾斜のついた穴の中を前転していき、尻と腰を壁に打ち付けることでようやく止まった。

 

 

『お、おいシキ! シバが穴に落ちた!』

「知ってる! この、こいつ素早い……クソが!!」

 

 

 ドストレートな罵声と共に、硬いものを砕く音と不快な断末魔が響き渡る。

 相手はドラゴンだったからDzを回収していたのだろう。少し時間を置いて、上からシキの声が降ってきた。

 

 

「ちょっと、生きてるっ?」

「……生きてる……いったぁ……っ」

 

 

 土まみれで痛む体に涙を浮かべながら起き上がる。

 自分が顔を打ちつけた場所に戻って見上げると、こちらを覗くシキらしき輪郭が見えた。目測で穴の深さは数メートル……建物二階分ほどだろうか。

 とりあえず手を振って無事を知らせながら、痛みはあるものの怪我もなく鼻血も流していない自分の体に首をかしげる。前衛のシキには遠く及ばないが、自分も確実に一般人の枠から外れつつあるのがなんだか切ない。

 

 

「そっちに敵は? 穴の中どうなってんの?」

「マモノもドラゴンもいないよ。でも落とし穴ってわけじゃないみたい……ちょっと待って」

 

 

 穴の直径は二メートルほど、体を屈める必要はなかった。今度は腰と尻をぶつけた場所に歩いて戻ってみる。

 行き止まりで顔を上げる。やはり暗くてはっきりとしないが、どうやら別の空間に繋がっているようだった。

 

 

「別の場所に繋がってる! ここを伝えば、たぶん壁も越えて移動できるよ!」

 

 

 シキも穴の中に飛び込んできてしなやかに着地する。傍まで来た彼女はバツが悪そうに顔をしかめ、おもむろに左腕を顔に押し付けてきた。謝罪のつもりだろうか、籠手で顔から泥を拭い落とし、仕上げに指先でぺしぺしと頬を軽く叩かれる。少女は満足したように鼻を鳴らし、自分を越して穴から出ていく。

 

 

「敵影は……なし。ミロク、生体反応は?」

『周囲に反応はなし。あの小さいドラゴンもいないみたいだ。このまま進んでいいと思う』

「よし」

「ま、待って……よいしょっと」

 

 

 安全確認の会話を聞きながら、ミナトもなんとか穴をよじ登った。爪の間に入った土をかき出して、先行するシキの後についていく。穴も含めて横洞の中は何御規則性もなくうねり続けている、方向感覚が狂いそうで、戻れなくなってしまわないかと何度も後ろを振り返ってしまう。

 おまけにフロワロもそこら中に咲いているし、ドラゴンもいるなら逃げ場は限られるだろう。要救助者たちが無事だといいが。

 

 

「ここも異界化してるってことは……帝竜がいるってことなのかなぁ」

「さあ。帝竜反応があるとは知らされてないし、心配しなくていいんじゃないの。今はさっさと要救助者を……あ」

 

 

 シキが立ち止まってレーダーを見る。倣ってミナトも自分のレーダーを見ると、画面の端に人間の生体反応が点として表示されていた。

 

 

「人だ! 自衛隊の隊員さんかな」

「一般人の可能性もあるわね。とりあえずこの場所にいくわよ。道中何体かドラゴンいるけど」

「あ、ほんと……あの、ドラゴンの反応、多くない? しかもなんか移動が速い」

「さっき戦った奴ね。小型で素早いから油断しないで」

「って、あああ一体こっち来る!」

 

 

 レーダーを頼りに、ドラゴン反応が急接近してくる方向に向き直る。

 暗闇から跳ねるようにして現れたのは、体長二メートルほどの四足歩行のドラゴン。視覚支援で表示された情報ではリトルドラグと呼ぶらしい。落ち着きなく動き回る様やがちがちと噛み合わせられる顎といい、ドラゴンよりは犬みたいだ。じゃれつかれたら死ぬけど。

 いつもなら真っ先に飛び出すシキが、忌々しそうに顔をしかめて腰を落とした。先制ではなく攻撃を受け止める構えだ。

 

 

「ど、どうしたの? あのドラゴンは強いの?」

「さっき戦ったやつと同じ。ちょこまか動いてうざったいのよ。受け身になって捕まえたほうが仕留めやすい」

 

 

 言葉を出すよりも先に、リトルドラグが跳躍した。小さな牙が隙間なく生えた口を大きく開いて突進してくる。

 シキが衝撃を殺そうと脚を曲げる。けれどリトルドラグは距離を詰めた瞬間、宙で身を縮め、伸ばすと同時に口から火球を吐き出した。

 

 

「なっ!」

「シキちゃん!?」

 

 

 ドボンッ、と炸裂する音と共にシキが炎に包まれる。

 チームメイトを助けるべきか敵を攻撃すべきかで右往左往していると、少女を仕留めたと判断したらしい相手が、赤い舌を出してこちらを見た。

 

 

「え……っ!」

 

「──ふんっ!」

 

 

 リトルドラグが唾液を散らして跳んだ瞬間、真横の火の塊から脚が突き出された。

 槍のように鋭い突きが胴にめり込み、ドラゴンはマンガのワンシーンのように残像を残しながら回転して吹き飛んでいく。

 ドゴーン、と音を立てて洞窟の壁に埋まった体がそのまま昇天するのを見て、冷や汗と苦笑いが同時に出た。

 火球の仕返しといわんばかりに蹴りを放ったシキが火を払って飛び出してくる。セーラー服のところどころを焦がしながらも大きな怪我はしていないようだ。

 

 

「大丈夫!? 火傷とかは……」

「してない。装備新しくしておいて正解だったわね」

 

 

 全身をパタパタと払うシキの言葉を聞いて思い出す。そういえば、自分たちが今身に付けている武器と防具は開発班の新作だ。

 前に戦った帝竜ウォークライ。炎を吐くことから考えられたように、紅蓮のドラゴンは火の属性に特化していた。通常のドラゴンよりも強固で上質な素材をムラクモが見逃すはずがなく、ウォークライの骸は骨の髄まで解体されてファクトリーに運び込まれたらしい。

 ナツメには考えがあるらしくほとんどは保管という形になったが、端々の素材は開発班に回され、機動班のための装備が作られた。武器は火の属性を宿し、防具は火炎に対して強い耐性を持つという。

 一見今までと同じ服だが、性能を見れば立派な装備と言えるだろう。

 

 

「わー、開発班の人たちってすごいんだねぇ……」

「感心するのは後。人命救助は時間勝負でしょ。進むわよ」

 

 

 そうだ、武装しているとはいえ、マモノとドラゴンが徘徊する迷路には最低三人以上の要救助者がいる。彼らの安全確保を最優先に動かなければ。

 どうか無事でいてくれますようにと両手を組んで、薄暗い洞窟の中を進む。リトルドラグやマモノの奇襲に警戒しながらレーダーが示す生体反応のポイントまで行くと、片脚を庇うようにして座り込む自衛隊員の姿が見えた。

 左胸にマキタと記されるネームパッチを付けた自衛隊員に、自己紹介がてら救助活動中であることを説明する。よくよく見れば彼も逆サ都庁攻略のときに見た顔だ。向こうも自分たちを見て「あのときの二人か」と呟いた。

 

 

「あの頭でっかちの女三佐のことだ、とっくに見捨てられたと……思っていたが……。ムラクモが救助に来てくれるとは……感謝……する……」

「い、いえ……あ、そうだ、10班に連絡しないと」

「とっくにしてる。たぶんもう着くでしょ」

 

「センパーイ!」

 

 

 道中既にシキが通信していたらしく、向こうから軽快な足音を響かせてアオイが走ってきた。離れた場所ではガトウが手慰みのようにマモノたちを蹴散らしている。

 

 

「アオイ救急便、参上しましたっ! センパイ、怪我人の搬送は任せてくださいっ!」

「お疲れ様です、アオイさん。ドラゴンとマモノは倒してきましたけど、一応気を付けてくださいね」

「はい! あ、さんなんて付けなくていいですよ、アオイって呼んでほしいです!」

「え、うーん、でも、やっぱり年上ですし……」

 

 

 互いに胸の前で手を振り合うミナトとアオイ。傍から見れば知り合ったばかりの女子大生の会話だ。

 しかしその左腕には赤い腕章。マキタは複雑そうな顔でシキを見上げる。

 

 

「君はいくつだ? まだ学生だろう?」

「歳のこと? 来年で15だけど」

 

 

 今度こそマキタは言葉をなくした。

 大人の男(銃火器持ち)が敵わない相手を倒してしまうのが、馴染みのない組織に所属する若い女で、しかもそれが複数人。防衛組織の人間のプライドは傷付くことだろう。だからといって気遣ったりしないが。自分の機嫌くらいは自分でとるべきである。

 

 呼び名と敬語合戦はアオイに軍配があがったらしい。さん呼びをちゃん呼びに変え、タメ口で話すようになったミナトにアオイは満足そうに笑った。彼女はそのまま笑みをマキタに向け、彼の脇に腕を通して立ち上がる。

 ガトウのもとに歩いていく二人を見送り、メディスとマナ水で軽傷の手当とマナの補充を済ませて再び進み出す。時間勝負、時間勝負と唱えながらレーダーに映る生存者マークを目指して走ると、暗闇と同化するように、息を潜め縮こまる背中が見えた。

 乱れてはいるが呼吸の音が聞こえるから、生きている。二人目も無事だったようだ。堂島たちに教えられた風貌と照らし合わせて、カマチ隊員と判断する。

 

 

「ちょっと」

「ヒッ……!?」

「あっ、敵じゃないです。ムラクモ機関です、救助に来ました!」

 

 

 声をかけられた背中がびくりと跳ね上がる。

 勘違いさせてしまわないよう口早に身分と名前を伝えれば、カマチはゆっくり肩の力を抜いた。

 

 

「た、助かったの、か……? 助けに、来て──あぁああああああぁっ!」

 

 

 視界がぶれる。横洞に入る以前にもあった大きな震動が再び地下を揺り動かして、カマチ隊員が絶叫した。

 

 

「い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 来る! ヤツが来るうううぅぅ……」

 

『錯乱してるみたいだな……何があったんだ……?』

「と、とりあえずアオイちゃんに連絡しないと」

 

 

 息せき切って駆けてくるアオイに隊員を任せて先へ進む。横洞に入る前、堂島たちが言っていたように彼も何かの存在を示唆していたが、たびたび起きる揺れと関係あるのだろうか。

 

 

「カマチさんの『ヤツ』と堂島三佐の『アイツ』って、同じ何かのことなのかな」

「まあ、たぶんドラゴンだろうけど――、!」

 

 

 シキの言葉を遮るように、地下に入ってから三度目の大きな揺れが足をもつれさせる。

 ガトウがよくない予感がすると言っていたが、徐々にその予感が強くなってきたように思う。揺れと揺れの間隔が短くなり、異界内の空気が呻くような音を立てていた。

 まさか、地下全体が崩落するなんてことはないと思いたいが……。

 いや、ここはドラゴンたちの縄張りの中だ。人間の常識は通用しない。いくら考えと対策を巡らせたところで、相手はそれを軽く覆すイレギュラーだ。

 

 予測できない、イレギュラー、と頭の中で繰り返し、シキは自分の後ろについて歩くミナトをちらりと見やる。

 

 

(たしか……治癒能力、とか)

 

 

 ナツメやキリノから聞いたことはある。サイキック──特異能力者、または超能力者──が扱える力のひとつだ。

 

 サムライ、デストロイヤー、トリックスターのような白兵戦で力を発揮する異能力者と違い、後衛であるサイキック。同じ後衛のハッカーと比べても、肉体の耐久力は最低。代わりに、火や氷といった属性を人為的に操れる力を持つ。稀に、その中にも当てはまらない特殊能力を有している者もいるとか。

 ミナトが扱う属性攻撃は一般的(世間一般ではなく異能力者の中の一般)なサイキックが持つそれだ。しかし、ナツメが言うには複数の属性を扱えるサイキック自体珍しいらしい。

 ミナトのことをどれだけ調べているのかはわからないし、彼女本人も自身の力をよくわかっていないようだが、サイキックの中でも素質があるゆえにS級と判断されたのだと、ムラクモ総長は惚れ惚れしたようなため息をついていた。

 

 

『ナツメさんが言うには治癒能力らしいんだけど。うーん……まだうまくできないな……』

 

 

 数時間前、シキの左腕を手当てをするミナトは苦笑しながら言っていた。習得したばかりだからあまり効果は出せない、とも。

 初めて顔を合わせた選抜試験では火しか使えず、満足なコントロールもできていなかったド新人。ムラクモに入ってからウォークライを討伐し、今日に至るまで、いつの間にか火に代わる新しい属性を扱い、治癒も自力で行うときた。

 治癒に加え、シキ持ち前の身体の頑健さで、大分具合がよくなった左腕を籠手の上から押さえる。

 

 

(まあ、新人がいきなり過酷な状況に放り込まれればこの成長も当然か)

 

 

 経験は濃くともその総量はまだ浅い。選抜試験の日、シキがミナトに命を助けられたのは事実だが、またミナトもシキがついていなければやっていけないのはたしかだ。必要以上に感心なんかしない。

 

 チームメイトについての思考に浸かろうとしていた意識を、野太い咆哮が引き戻す。

 

 

「この声」

「う……っ、リ、リトルドラグじゃない、よね」

 

 

 静かになった空間で耳を済ませると、数秒の間を置いて、再び恐怖を増長させる咆哮と、それに重なって銃声、野太い雄叫びが響いてきた。

 

 

「これ、誰か戦ってる!?」

「自衛隊の三人目かもね。行くわよ!」

 

 

 どこかから届く音とレーダーを頼りに走る。同じように音に反応しているのか、道中続々と飛び出してくるリトルドラグたちとの戦闘をくりかえして走った。Dz回収は後回しだ。

 息を切らして数分、間に合えと念じながら到達したスペースを、リトルドラグとは比にならない大きな影が埋め尽くす。

 大きな頭に長い首、それを象よりも大きな胴が支え、さらに長い尾が向こうの暗闇にかすれて見える。十メートルはありそうな大型の首長竜が目の前にいた。こんなのどこから入ってきた。

 巨体の向こう側で自衛隊員が一人、突撃銃を腰だめに構えて連射している。発砲された銃弾はことごとく硬い表皮に弾かれ、ついにはカチンッ、と小気味いい音が鳴った。

 

 

「くそっ! もう弾ギレだっつーの……! こっち来んなってんだよ……!」

 

 

 執行猶予を与えてやったというように、ゆっくりとドラゴンが動き出す。泣き笑いのような声が地下に反響した。

 

 

「あーーッ!? 穴ぐらン中で、誰にも知られず殉職かぁッ!? もっとかっこよく死にたかったぜ!」

 

「うるさい」

「だ、大丈夫です、ちゃんと見てました!」

 

「えっ、誰!?」

 

 

 自衛隊員に迫るドラゴンの太くて短い足を蹴りつける。追撃の氷塊がドラゴンにぶつかった。

 傾いだ巨体をなんとか持ち直し、狩りの邪魔をされたドラゴン、グラナロドンが唸ってこちらを振り向く。大きな頭と先がハンマーのようになっている尾が暴れだし、あちこちに衝突しては瓦礫を生み出した。

 

 

「わっ、わ! あちこち崩れてくる! 地震の原因ってこのドラゴンだったの!?」

「さっさと片付けるわよ、最低限自分の身は自分で守って!」

 

 

 激しく揺れる地面に膝を着き、崩落してくる岩石から逃げ惑う。

 これ以上グラナロドンの独壇場にはさせられない。大小様々なつぶての雨をかいくぐり、腕を引き絞って拳打を見舞う。

 激しい衝突音と硬い手応え。しかしグラナロドンは少し揺らいだだけで大きなダメージを食らった様子はない。逆に、ナックルを持つこちらの腕が反動に痺れた。

 

 

「硬……っ!」

 

 

 デストロイヤーの拳でさえも防ぐ甲殻。腕全体に広がる鈍い痛み。

 顔を歪める中、空を切る音と共にグラナロドンの尾が迫る。

 

 

「っ!!」

 

 

 間一髪身を引いた場所に、都庁で戦ったドラゴハンマードよりも凶暴な鉄槌が叩きつけられる。

 一際大きな破砕音を轟かせて地面が砕ける。その欠片が体を打ち、皮の下で骨が嫌な音を立てた。

 相方のサイキックは自衛隊員を守っていた。瓦礫の中でも大きな物を複数氷で覆い繋げて屋根を作り、その下に二人で避難している。

 が、その上にグラナロドンが足を移動させた。

 

 

「そこから出て! 逃げろ早く!!」

 

 

 シキの叫びに従ってミナトと自衛隊員が飛び出した直後、軽くトンはいくであろう体重をかけた踏み付けがその場を粉砕する。二人は無事だが、自衛隊員のほうは白目を剥いて泡を吹いていた。

 

 

「む、無理! こんなデカくて頑丈なの、どうすれば……!」

「外側が硬すぎ。ていうか、あいつがこのまま暴れ続けたら、ここ崩れるわよ」

 

 

 未だ痺れが残る腕をさする。何としてでも生き埋めは避けたい。

 どうしたものかと考えていると、意見があるというようにミナトが挙手をした。

 

 

「ひっくり、返せないかな? ほら、あのドラゴン自身もよくぐらついてるし、また大きな揺れを起こしたときに、片側に傾けられれば……」

 

 

 そういえば、攻撃したときや揺れを起こしたとき、グラナロドンは自重に振り回されてぐらりぐらりと揺れていた。タイミングを見計らって仕掛ければやれるかもしれない。

 

 

「……じゃあ、合図したらいくわよ」

「うん!」

 

 

 自衛隊員はミナトに任せ、シキはグラナロドンに肉薄し一撃離脱を始めていく。

 視界を左右に飛び回る存在。人間の視点で見れば虫が耳障りな音を立てて飛んでいるようなものだろう。それまで緩慢な動きで迎え撃っていたグラナロドンは荒々しく威嚇し、シキを潰そうと体の片側を上げた。

 

 

「今!」

 

 

 シキが声を張り、地面から離れた足に突進する。ミナトも両手のクロウから地面伝いに氷を流した。

 

 

「っ……でぇっ!!!」

 

 

 気合の一声が横洞内の音すべてを打ち消し、渾身のストレートがドラゴンの巨躯を突き飛ばす。続いてそこに殺到する氷が傾斜を作り、押し上げるようにして足をすくう。

 さらに踏みとどまらせないようシキが追撃を仕掛ければ、ほぼ地面と水平に傾いたグラナロドンは長い尾と首を振り乱して転倒した。

 

 

「やったぁ!」

「あとは……起き上がらないように殴り続けるだけね。腹は背中より硬くなさそうだし」

 

 

 シキが拳と手のひらを打ち合わせる。

 

 その後は立ち上がらないようにミナトが氷で動きを抑え、仰向けになったグラナロドンの腹に上ったシキが、ストレス発散といわんばかりに殴る蹴るを続けるだけだった。

 驚異的な硬さを持つグラナロドンだが、執念深い打撃を食らい続けて数分後、その体を包む甲殻は周囲の岩石同様砕け散り、内臓を突かれて断末魔を上げた。

 

 

「お疲れ様でしたー! アオイ救急便参上ですっ! お怪我はありませんか?」

 

 

 通信を飛ばせば「いやあ、すごい揺れでしたね!」とアオイがすっ飛んでくる。泡を吹いていた自衛隊員は応急処置の中で目を白黒させ、覚醒半ばの顔が気の抜けたような薄ら笑いを浮かべた。

 

 

「あ、あれ……? 助かったと思ったけど、やっぱりオレ、死んじゃってるの……? ドラゴンに食われると思ったらこんな可愛い子に介抱されてるとか、なにこの天国……でへへへへ……」

「うわー、かなり混乱してますね! センパイ、ここは私に任せて先に進んでくださいっ!」

「そうね、まだ何匹かドラゴン反応があるし……私たちはもう少しここを回ってみる」

 

 

 サスガと名乗った自衛隊員が鼻の下を伸ばしながらアオイに引きずられていくのを見送り、グラナロドン含め今まで倒したドラゴンからDzを回収してから探索を再開する。

 残りのドラゴンを狩って回る中で、自衛隊以外の生存者も保護ができた。脱出キットはその性能ゆえ体積が大きくかさばってしかたなかったが、生存者を離れた安全地点へ移動させるのによく使える。

 観測班にマッピングしたデータを送ってやりとりすることしばらく。見つけられた生存者を全員さばいてずいぶん身軽になった。仕事は十分こなせただろう。

 

 

『よし、これで全員だ。駅に戻って報告しよう』

『センパイ、すべての隊員さんのレスキューも終わりました! 私たちは先に戻ってナツメさんに報告をしておきますね。後はよろしくお願いします!』

 

「お疲れ様ー……はぁ~、みんな救助できてよかったね」

「脱出キットは使い果たしたから徒歩で戻るしかないわね。めんどうな……」

 

 

 空も見えず方角も定かでない地下では、ミロクのナビとレーダーのマップが頼りだ。あの穴は違うこっちは逆だと道を確認しながらうねった迷路を戻る。

 なんとか北戸線中野駅まで出ると、カマチ隊員を除く救助した自衛隊員、堂島、イコマ隊員が集まっていた。自分たちの足音を聞いて全員が同時に顔を上げる。

 

 

「……これで全員か。カマチは?」

「命に別状はないが、錯乱状態だったので先に都庁に搬送してもらった」

「そうか……みんな無事か……良かった……」

 

 

 マキタの返事に堂島の肩から力が抜ける。マキタは眉間にしわを刻んだまま、怪我を負っている自分の足をさすって言葉を続けた。

 

 

「こういうことは言いたくないが……今回の件、隊長の判断ミスだ。出世を気にするのもいいが……部下の命を預かっているという自覚をもう少し持ってくれ」

 

 

 物申すマキタに堂島の顔が強張る。

 全員が無事だったというのに、救助する前よりも空気が剣呑になった気がする。

 痛々しい沈黙を破ったのは、イコマ隊員の努めて穏やかな声だった。

 

 

「マキタ。こいつはずっとおまえらのこと心配してた……ムラクモに助けを求めたのも、リンの判断だ」

「おいおい、本当かよ。このムラクモ嫌いの隊長が……?」

「こいつなりに、いろいろ考えて動いてんだ……足りないところがあるのは、本人も自覚してる。もう少し長い目で見てやってくんねーか?」

「……わかった。おまえに免じて、そういうことにしておこう。……さっきの言葉は撤回する。俺も言い過ぎた」

 

 

 マキタが謝罪し、暗闇に走っていた緊張感が幾分和らぐ。

 ミナトは気付かれないようにゆっくり息を吐いた。人間だから衝突することがあるのはわかるが、せめて安全地帯に帰ってからやってほしい。ここを出るまではまだ油断できないのだから。

 

 一時はどうなることかと思ったが、犠牲者を出さずに救助を終えられた。Dzもたっぷり集められたし、SKYのことを差し引いてもまずまずの成果と言えるだろう。

 疲れたけれど気持ち的に足取りは軽い。一足先に地上に向かっていった自衛隊を追って自分たちも歩き始める。

 

 

『任務完了だな。おまえたちも、都庁に戻って──……ん? 何か妙な反応が……ま、いっか。そろそろご飯の時間だし、早くしてくれよ』

「ま、いっか……って……」

「ちょっと、渋谷でもこんなことあったでしょ」

 

 

 眉を寄せるシキも食欲には逆らえないようだ。ご飯という言葉を聞いて腹を押さえ、静かになった地下道を歩いていく。

 

 

「そういえば、渋谷ではぐれたときさ、シキちゃんだけでドラゴン退治して回ってたの?」

「ああ、大変だったわね。あんたは何してたの? ずっと迷ってただけ?」

「それがね、途中で──」

 

 

 渋谷で迷子になっていたときにタケハヤに助けられたことを伝えようとしたとき、不意にシキの足が止まった。

 

 

「? どうしたの?」

「……」

 

 

 シキは答えずに、険しい表情で背後を振り返った。

 沈黙したまま目が閉じられ、数秒してからそっと開けられる。

 

 

「──何か来る」

 

 

 そう呟いたのと、地下道に異常な揺れが訪れたのはほぼ同時だった。

 

 カタッ、と看板が揺れ、

 ゴンッ、とコーンが転がり、

 ガリガリガリと線路がたわみ、軋んでいく。

 はっとミロクが息を呑む音が聞こえた。

 

 

『地震……? それにこの反応、まさか……!』

 

 

 空気が破裂する。

 

 

「うあっ!?」

「ちょっと……!」

 

 

 轟音が衝撃となって押し寄せる。

 壁、床、天井を抉って奥から現れたのは、この地下道にピッタリとはまる巨大な影。

 

 

「あ……っ、あ、あれって!?」

「こんなときに!」

 

『帝竜だ!! すぐに地上に脱出してくれ!!』

 

 

 言われなくても駆け出していた。

 

 視界がぶれて定まらなくなるほど全力。速く、もっと速くと念じるあまり、意識が体を抜け出して疾走しているような気さえするくらいに地面を蹴りつける。

 なのに引き離せない。むしろ距離が縮まっている。巨大な帝竜は地下道を隙間なく埋め、蛇のようにのたくり、あらゆるものを巻き込み潰して、自分たちを飲み込もうと迫ってきていた。

 

 

『追いつかれる……このままじゃ、マズい……!』

「見えた! 出口!」

 

 

 地上に続く縦穴と、その壁にかかる梯子を見つけてシキが叫ぶ。

 

 ──希望が見えて、一瞬でもほっとしたのがいけなかったのかもしれない。

 

 

「っ」

 

 

 見えない何かが虎視眈々と狙っていたかのように、ミナトの足が地震で崩れた足場につまずき、線路の上に粉塵を散らして転がった。

 前方でシキがあっと息を漏らして、

 

 

「止まっちゃだめ! 行って!!」

 

 

 振り返ろうとした背中になんとか叫んだ。

 巻き添えにしないための言葉を吐けたのは満点だ。ああ、でも転んだからプラスマイナスゼロかもしれない。

 

 

(ごめん、お母さん……!)

 

 

 未だ連絡が取れない肉親を思う。

 健康に歳をとって老衰で死にたかった、と涙を滲ませて両手を組み──、

 

「諦めるな!!」

 

「へぶっ!?」

 

 

 ──思い切り頬を引っ叩かれた。

 

 間髪入れずに腕を引かれ、無理やり引きずられて走り出す。

 帝竜との距離は五メートルもない。背中に生ぬるい臭気が吹きつけ、飛び散る唾液が左右の壁を濡らす。

 それでもシキは諦めない。轟音と足音で耳が破裂しそうな中、なんでと言うよりも早く怒鳴り声が返ってきた。

 

 

「言ったでしょ! あんたが死なないように最低限のサポートはするって!」

 

 

 足が痛い。それでも止まってはいけない。時折ぶつかる障害物をなぎ倒して、傷を作りながら走る。

 

 

「なんか前科でもあるわけ!? ないでしょ! なのに死ぬだの殺されるだの、そうあう理不尽大っ嫌いなのよ!」

 

 

 周囲を覆う暗闇。地下の閉塞的な空気。すぐ背後に迫る帝竜。その全てを、自分よりも幼く小柄なセーラー服の背中が突っ切っていく。

 

 

「ドラゴンは狩る! むかつく奴は殴る! で、私が今むかついてんのは……」

 

 

 一瞬だけ振り返った瞳が、暗闇の中で強く光った。

 

 

「あんたみたいに、命がかかってるっていうのにあっさり諦める、意志の弱い奴よ!!」

 

 

 ぐん、とシキのスピードが上がる。

 繋がる手と手の熱さに視界が滲み、目尻から涙がもがれて宙に散った。

 そうだ、シェルターでも、ウォークライの時も、どんな時も道はあると、なければ自分の力でこじ開けろと彼女は示していた。

 今諦めたら、意志薄弱だけじゃない。ここまで導いてくれた彼女も裏切ることにもなってしまう。そんな最低最悪な死に方は嫌だ。

 

 

(あと少し、あと少し、あと少し!!)

 

「っ……し、死にたくないーーーっ!!」

「なら走れぇっ!!」

 

 

 そろって雄叫びを上げて突っ走る。

 縦穴の真下、地上から地下に差し込む光のもとに躍り出たそのとき、

 

 ガガガガガガッ! と轟音と振動を立て、帝竜が急停止した。

 

 

「は、げほっげほっ! ぅ……え?」

「動、かない?」

『止まった……? ひょっとして──』

 

 

 固唾を呑んで帝竜からの逃走を見守っていたミロクが、喉に詰めていた酸素を吐き出す。

 一筋の光で明るくなった視界に、闇に紛れていた帝竜の姿が浮かび上がる。頭から盛り上がるコブ。そこから生える二本の触覚。紫色の線が走る顎。

 ムカデを思わせる帝竜は、地上からの光を浴びるシキとミナトに近寄ろうとしない。低く唸りながら、じりじりと後退する。

 

 

『今のうちだ! 地下道の外へ!』

 

 

 ミロクの声で我に返り、飛ぶようにして梯子を登る。

 

 

「外だー!!」

 

 

 地面の下に潜っていたのはわずか数時間なのに、雲が浮かぶ天を見るのが何年ぶりかのような感動が湧き上がった。

 

 そのあとはいろいろとさわがしかった。新しく確認された帝竜の情報収集にムラクモ本部と研究室が奔走し、通信機越しのそれをBGMに死ぬかと思った死んでたまるかと言いながら都庁に帰還する。

 自衛隊と機動10班、都庁入り口前の広場には地下でのメンバーが集まっていた。中にはかわいそうなぐらい錯乱していたカマチ隊員もいて、笑う膝小僧に喝を入れて歩くこっちに手を振ってくれる。

 

 

「ああ、戻ってきた! おかえり、13班。無事に脱出できたみたいでよかった。あの後アイツが出たって聞いて……心配してたんだ」

 

「……アイツって、グラナロドンじゃなかったんだね」

「よくよく考えりゃ、早とちりだったわね。地震の正体もあの帝竜か」

 

 

 大丈夫だったかと尋ねられ、とりあえず帝竜のことを報告する。横洞に逃げ込んだときのことを思い出したのか、自衛隊員らは恐怖を堪えるように唇を噛み締めた。

 

 

「君……シバさんといったか。大丈夫なのか? なんだか顔にひどい腫れが……」

「え? ああー、これは色々ありまして、問題ないのでお気遣いなく……」

「帝竜から逃げるときにすっ転んで泣き出すもんだから、諦めるなってはたいただけよ」

「うわあ言わないで! あと泣いてないよ! ……あれ? 泣いてない、よね?」

「いや、泣いてた」

「泣いてない! って……思いた…………泣いてもいいじゃん、怖かったんだから!」

「開き直るな」

 

 

 わあきゃあと言葉を投げ合う姿に自衛隊はしばらく目を瞬かせ、「普通の女の子だなあ」のコメントと共に肩から力を抜く。

 暗く、重く、湿って息苦しかった地下の空気はもうない。太陽が照る空の下、そうだよな、怖かったよなぁとみんなであの異界を笑い飛ばした。

 

 一人、離れた場所に立っている堂島へ、イコマが困ったように眉を下げる。

 

 

「リン、おまえも礼を──」

 

「……手柄を譲ってやった、だけだ」

 

 

 低い女性の声にマキタが眦を吊り上げる。そんな言い方ないだろうと怒り肩になる彼をイコマが制する隙に、彼女は無言で都庁の扉へ歩く。

 

 

「おい、リン!」

 

「──だっておかしいだろ!」

 

 

 甲高い声が広場に響く。音を失った場に悲痛とも言える声音で堂島の声が叩きつけられた。

 

 

「なんで笑っていられる? なんで笑って済ませられる!? ムラクモからの救助なんてほいほい受け入れていいもんか! ……受け入れずに、アタシたちだけでやらなきゃいけなかった! なのに、あの日からいつも……アタシたちは!」

「リン……おまえ、」

「この国で、自衛隊はなんのために銃を持つ! なんのために戦場に立つんだよ! アタシは……! アタシは、ただ──」

 

 

 切羽詰まった声は続かなかった。白い歯の中で言葉が噛み殺され、赤い髪が何もかもを突き放すように振り乱され、堂島は頑なにあたたかい空気を拒んで駆けていく。

 エントランスの中に消える背中を見つめたあと、イコマがこちらに向き直った。

 

 

「あいつ……本当はみんなに、認められたいだけなんだよ。前任の隊長が戦死して、急に抜擢されたもんだからさ……自信がなくて空回り、しちまってんだ」

 

 

 成す術なく人類が億単位で蹂躙されたあの日。犠牲者には立場も歳も関係なかった。前線に出動したであろう自衛隊に死者が出ていないはずがない。

 人間同士の争いではない。現代の技術がまったく通用しない恐怖の生物、ドラゴンとの戦い。その前線に立つことになった者たちの重圧は如何ばかりか。

 返す言葉が見つからずに口をつぐむと、「君たちが責任を感じる必要はないさ」とイコマは優しく笑った。

 

 

「……今回は、本当に迷惑かけちまったな。すまなかった、ありがとう」

 

 

 自衛隊員たちは背筋を伸ばして敬礼する。

 彼らが都庁に入っていった後、傍らで様子を伺っていたアオイとガトウが歩み寄ってきた。

 

 

「センパイ! 帝竜っていうボスみたいなドラゴンに襲われたんですよね? 大丈夫でしたか?」

「あ、アオイちゃん。大きな怪我はしてないよ。大丈夫」

「そうですか、よかったぁ。……でも、自衛隊の人も、いろいろ大変みたいですね。みんなで仲良くできたらいいのに……」

「そこが人間の難しいところ、だが……まあ焦ることはねェさ。そのうち分かり合える日ってのは来る」

 

 

 しみじみとガトウが頷く。歳を重ねた人間特有の雰囲気をかもし出す彼を見て、アオイが表情を緩めた。

 

 

「んふふ……」

「……何だ」

「いやあ、見かけによらず……優しいこと言うんだなあ、と思って」

「……褒めてるか、それ?」

 

『おい、みんな。ナツメ総長から通信だ。切り替えるぞ』

 

『10班、13班、任務ご苦労様。渋谷の件についても報告は受けているわ』

 

 

 ナツメの声が流れてきた途端、シキがむすっと顔をしかめる。おそらく渋谷の一件を思い出しているのだろう。

 ミナトも任務失敗という結果に対する上司の反応に怯えていたが、意外なことにナツメから咎める言葉はなかった。

 

 

『SKYはひとまず放置するしかなさそうね。やはり、一筋縄ではいかないようだし……それから自衛隊救出の件……あの程度の任務で、あなたたちを駆り出して申し訳なかったわ』

「え? いえ、そんな」

『あなたたちの活躍には本当に助けられてる。しばらく任務はないと思うから、部屋でゆっくり休んでちょうだい……以上よ』

 

 

 通信が切れた後、妙な間が訪れる。

 なんだろう、なんだか、……ナツメの声音はずいぶん、淡々としていた。冷たいとすら思えるほどに。

 

 

「あの程度の任務、ねぇ」

 

 

 ガトウがぽつりと呟き、頭をかいてあくびをする。

 

 

「俺は部屋に戻る。おまえらも適当なところで休めよ。……それからミロク!」

 

 

 不意に名前を呼ばれ、「な、何だよ」と通信機の向こうでミロクの声が強張る。

 動揺する少年ナビゲーターに対し、ガトウは地下道の帝竜を話題に上げた。

 

 

「ナビゲーターが情報を疎かにするたぁどういう了見だ。おまえがしっかりしねェと、備えなしに前線に出る俺たちは簡単に死んじまうんだ。もう出会った頃のガキじゃねェんだろ? ちったぁ成長したところ見せやがれ」

『……わ、わかってるよ!』

 

 

 それだけ言って、自分たちにひらりと手を振りガトウは歩き出す。アオイがこっちを振り返って頭を下げた。

 

 

「ということで、不肖ながらムラクモ10班に配属となりました! お近付きの印に……これからよろしくお願いします!」

 

 

 グローブをはめた手から茶色のビニールに包まれた棒を渡される。袋に記載されたチョコバーという文字を見た瞬間、忘れかけていた空腹が刺激され、口の中で一気に唾液があふれた。

 

 

「チョコバー! うわあ、お菓子なんてすごい久しぶり……ありがとう!」

「えへへ、喜んでもらえてよかったです! それじゃあお疲れ様でした、センパイ! 私、これからガトウさんと報告書を書かなきゃいけないんで……! ガトウさーん! ちょっと待ってくださいよ~!」

 

 

 ガトウの背中を追い、アオイも都庁の中に戻っていく。

 二人の背中を見送りながら大切にチョコバーを抱えるミナトをシキが小突いた。

 

 

「さっさと戻って休むわよ。次の日に疲れなんか残さないようにストレッチしておかなきゃ」

「うん、そうだね。チョコバーはそのあと食べようか」

 

 

 見張りに立つ自衛隊員たちに頭を下げ、疲労で凝り固まった体をほぐしながら都庁に入る。

 終わりよければすべてよし。今日は比較的いい気分で眠りに着けそうだ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 頭が痛い。

 変な景色が見える。

 あいつが憎い。

 

 

「……」

 

 

 寝苦しさに追い出されるように意識が浮上し、シキは目を開けた。

 

 体には疲労が残っているのに、眠気はたしかに存在するのに、意識が完全にシャットダウンされない。時間の無駄だ。

 ちっ、と舌打ちして、敷居の向こうのベッドでミナトが寝ていることを思い出し、口を閉ざす。

 

 まだ日付は変わっていないものの、日々ドラゴン対策に奔走している都庁の人々は、22時を過ぎた頃には大体疲れて寝静まっている。起きているのは事務作業に追われる役職の者か、

 

 

『起きてるかい?』

 

 

 今ドアをノックした、キリノを含めるムラクモの研究員だろう。

 

 

「……」

 

 

 黙ったままドアを開ける。

 キリノは自身も目もとにくまを作って「夜遅く、邪魔して悪い」と謝罪した。

 

 

「研究室ができてからはやれることも増えたから、なかなか時間が取れなくてね。大変な任務が続いているようだけど……体は大丈夫かい? ナツメさんも心配してる。『せめて体調だけでも気をつけてあげて』……ってね」

「それでこんな時間に健診しに来たの? なんかズレてるわよ。……あいつは起こす?」

「いや、簡単なチェックをするだけだから大丈夫。時間については本当にすまない……シバくんは寝かせておいてあげよう」

 

 

 不意に、眠気を伴うキリノの表情が真剣なものに変わった。

 一歩こちらに踏み出して、控えめな声がさらに小さくなる。

 

 

「……渋谷で、タケハヤに会ったと聞いた」

「それが何」

「おそらく彼は……ムラクモ機関について、何か言っていたんじゃないか?」

 

 

 タケハヤ。あの澄ました顔をした、いけ好かないSKYの筆頭。

 昼間聞いた彼の言葉を思い出そうとしたところで、キリノが手を振る。

 

 

「……いや、答える必要はないよ。彼とは昔、会ったことがあるんでね……ちょっと気になったんだ」

「昔……?」

 

 

 その口ぶりからして、ムラクモ機関とタケハヤは浅からぬ因縁があるらしい。なるほど、だからこんな夜中にキリノは直接部屋まで来たのか。

 普段ならもっと追及しようとしたかもしれないが、今頭の中を占めているのは疲労だ。話を長引かそうとは思わない。

 お互い少しでも睡眠時間を確保したい者同士、協力して速やかに健診を済ませる。熟睡して深い寝息を立てるミナトの体調もチェックし、問題がないことを確認してキリノは持参していたバインダーにペンを走らせた。

 

 

「ふむ……問題なし。でも、ゆっくり体を休めたほうがいいね。起こして悪かった。……それじゃ、おやすみ」

 

 

 ぱたん、とドアが閉まる。

 大きく体を伸ばして筋肉をほぐし、自分のベッドに潜った。

 

 帝竜にSKY、そして自衛隊。

 課題も壁も山積みだ。めんどくさいことこの上ない。

 唯一確定しているのは、明日からも戦いと苦労の日々ということだけ。

 

 

「むぅ……こっち、来ない、でぇー……」

 

 

 あと、間抜けな寝言を口走る女性が、自分の隣に立つことだけ。

 

 

「はあ……」

 

 

 大きく息を吐き出し、目を閉じる。

 今度は寝苦しくもなく、嫌な夢を見ることもなく、眠りの中に落ちることができた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

『……帝竜「W」認識。アトランティスDCデータ、70%解除。「W」登録……DC解析率、80%』

 

 

「あと2つ……サンプルが必要……」

 

 

 CHAPTER1.5 END

 





みんな大好き(?)流石なサスガさん登場。ドラマCDでは声のイメージぴったりで驚きました。ナナゾゾとナナゾジは本当にNPCが魅力的。

1.5章はここまで。次から作中屈指の鬱ポイントその一が始まる。
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