2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!! 作:蒲焼丼
ここでの言動を想像して、自分の13班メンバーてこんなスタンスだなーと人物像を固めていった方もいるのでは。
マサキさんとナガレ夫人が登場。二人とも作中での憩いのような存在。
11.雷電轟く
「揺れ」という現象は日本では日常茶飯事だ。常に地震や火山の噴火などの災害が起きるこの国で生まれ育てば、危機感ではなく「またか」と思うだけの者も多くなる。
ドラゴンが来襲してからは、そんなあたりまえは本来の形だった恐怖に戻った。
「っだ!?」
「ぅあっ」
早朝、目覚ましでもなくナビの声でもなく、都庁を襲うすさまじい揺れで目を覚ました。背中を突き上げられて数十センチ浮き上がり、ベッドに落下する。
すわ地震かと慌ててベッドから抜け出す。部屋に設置されているターミナルの端末を起動すると、寝癖をつけたミロクの顔が映った。
『おい、13班! 今の衝撃……気付いたか!?』
「き、気付いた……おはようミロク」
「この揺れで起きない奴なんていないでしょ。何があったの?」
『緊急アラートだ。13班にも召集命令がかかってる。すぐに会議室に向かってくれ』
嫌な予感しかしない。
顔を見合わせる。考えなくてもほぼ確定だ。本能が告げている。
「ドラゴン……」
「かもね」
テーブルの上に置いてある差し入れを口に放り込み、最低限の身支度を整えて部屋を飛び出す。
会議室には既に政治家、自衛隊、ムラクモの面々が集合していた。モニター前にはキリノが登壇していて、目配せだけであいさつを交わす。
「全員そろったわね。それでは、緊急会議を始めます。キリノ、状況の説明を」
「はい。まず、先ほどの大きな揺れですが……かなり、危険なものです」
まだ完全に覚醒していない頭が危険という単語に反応する。キリノのいつにない緊張した声音もあり、会議室の空気は既に下降気味だった。
「分析では、あの揺れは強力なレーザーによる爆発である、と判明しました。威力は、TNT換算で80メガトン」
難しいカタカナ単語が並ぶ。とりあえずレーザーの攻撃ということはわかるのだが、頭に浮かぶレーザーは糸のように細い光の線というイメージだ。
レーザーなんて何者が、というのは愚問だろう。この世界で規模の大きい攻撃を放てる存在はなんて、人間に代わって地上を跋扈するドラゴンくらいしかいない。
といってもレーザーなんて見る機会はなかったので実感が湧かず、流れそうになった思考は……次のキリノの言葉で一気に覚醒した。
「あの爆発で、高田馬場付近は消滅。巨大なクレーターと化しました」
「……は?」
「レーザーの発射元は、豊島区──池袋上空500m」
「は?」
消滅。クレーター。上空500m。
「街一つ消滅……? そんな、馬鹿な……」
堂島の呟きは会議室にいる人間全員の思いを代弁していた。
街一つ。ドラゴンが人を襲うどころのスケールじゃない。
ウォークライとも渋谷のときとも、地下鉄道のときとも違う、未知数の恐怖が、この東京の空に。
「まだ、正確なところはわかりませんが……おそらく、電磁力を用いた帝竜の攻撃。攻撃目標はあいまいで……至近の都市部を、ランダムに攻撃するものである。というのが、我々の推測です。近くにある街を、適当に焼き払っていく……というのが、正しい言い方かもしれません」
「……笑えない適当さだわ。この都庁が標的になるのは、明日かもしれない、来年かもしれない……というわけね」
防ぐ術などないだろう。都庁の屋上に君臨していたウォークライや、地下で自分たちを飲み込もうとした帝竜が良心的とさえ思えてしまう最悪のルーレットだった。
ナツメが額に手を当て息を吐いた。閉じられていた目は確かな意思を宿して開かれる。
「いずれにせよ帝竜である以上、これを放置しておくわけにはいかないわ。……キリノ、一刻も早く討伐作戦を」
「望遠カメラの映像によると、帝竜は、都市部の線路をカゴ状に絡ませた巨大ダンジョン──その中心にいるようです。また、そのダンジョンのあちこちに、対侵入者用と思しき『電磁砲』が多数設置されているのを確認しました。これは、巨大なダンジョンに対しての……極めて多面的かつ、大規模な作戦が必要です。ムラクモ戦闘班、および自衛隊の連携による攻略作戦を提言します」
「──承認します。各部隊、必要な準備を整え、ただちに作戦を開始するように」
考える間もなく話が進んでいく。さすがというべきか、年も場数も段違いのムラクモ総長は冷静に素早く対処に動き始めていた。キリノも努めて平静に振る舞い、研究者側を代表して課題を提示する。
「この作戦においては、自衛隊の兵装を強化するたの自衛隊駐屯区が必須だ。Dz資材が足りないようであれば、13班も協力してあげてくれ。装備に不安があるのなら、工業開発区……うちの開発班が使う設備も改修しておくといい」
「ワジたちがいるファクトリーのことでしょ? そっちは地下シェルターから都庁に移ったときに済ませた」
「さすが、行動が早い。それでは、各自作戦任務の準備を。──解散!」
迅速に作戦会議が終了し、早々に人が去っていく。作戦を見守ることしかできないイヌヅカ総理は官僚たちに支えられてふらふらと出ていった。気の毒に。
「それじゃあ、私たちはDzを集めて、自衛隊の人たちに協力すればいいのかな」
「そうね。自衛隊だけじゃDzを集めるのは不可能だろうし」
「そ、そういうことは言っちゃいけな……ぶっ」
不意に立ち止まったシキの後頭部に顔をぶつける。
扉に手をかけたまま動かずにいる彼女の後ろから外を覗くと、会議室前の廊下にナツメと堂島がいた。立ち去ろうとする自衛隊隊長の背に、ナツメが声をかける。
「待って、堂島三佐」
「……なんだ? おまえはどうせ、アタシたちを信用してないんだろ?」
「そんなことはないわ。ただ、お互いに足りないところを補ったほうが、成果は出やすい。……わかるわよね?」
「フン……」
(何の話してるのかな)
(適材適所。分をわきまえろってことじゃないの)
(た、たぶん違うかと……)
「あとで正式に、自衛隊に作戦協力を依頼するわ。この戦い、あなたたちの力が必要なの」
「……わかった。アタシたちにできることなら、何でもするさ」
おや、と瞬きをする。思いの外堂島が協力的な言動をしたことに対する驚きだ。
堂島が去り、ナツメもどこかへ歩いていく。気配が消えたことを確認して、静かに会議室の扉を開いた。
「自衛隊駐屯区の改修には、7Dz必要だってキリノさん言ってたね。今手もとにあるのは……」
「2Dz。足りないわね。この間たっぷり採ってきたっていうのに……また別の地下道に入って、雑魚ドラゴン探すわよ」
すっかりドラゴンを狩ることが習慣になっている。ムラクモからの召集状を持って都庁に来た日はこれが日常になるなんて想像もできていなかった。
こうしてめちゃくちゃな敵の前に自分たちから踏み出すことだってそうだ。帝竜はあと何体いるのだろう。今自分たちをさわがせている奴と地下のあれを倒せたら、全部終わりになってくれたりしないだろうか。
ため息をついてエントランスに降りる。日の差す出口に向かって踏み出したところで、おはようと誰かぎ声をかけてきた。
「ごめんなさい、少しいいかしら」
「お、おはようございます。何か……?」
ムラクモでも自衛隊でもない、戦場とは程遠い雰囲気の一般人の女性だ。肩に力が入ってしまう。
都庁で暮らす一般市民は異能力なんて持っていない。それゆえ自分たちの力を見れば顎の関節が外れんばかりに驚く者が多い。その驚きが最終的にどこに行き着くかといえば、だいたいは恐怖だったり、警戒だったりする。
自衛隊のようにアーマーに身を包んで銃を撃つのではなく、未知の力を振るい、マモノやドラゴンを狩る。崩壊してしまった世界の景色と同じく、簡単には受け入れがたいのだろう。完全に拒絶されているわけではないが、ムラクモ機関は……特に機動班の自分たちは、彼らからは遠巻きにされている。
自覚もあるし覚悟もしていたけれど、「普通の人間」の彼らと「異能力者」である自分たちの交流は、円満とは言い難い。先日どこからともなくやってきたチェロンという女性が構える受付所を通じて依頼をこなす以外に、彼らから声をかけられることはほとんどなかった。
目の前の女性は違う。前線に立つ者ではないし、ナツメやキリノのような指揮官とも違う。けれど、自分たちが何者であるかを知りながら穏やかな笑みを浮かべてこっちに寄ってくる。
左腕に巻くムラクモの赤い腕章をじっと見て、女性は納得したようにうなずいた。
「先日、居住区の改修に協力してくれたのはあなたたちでしょう? ムラクモの……たしか、シバさんと……アスマ シキさん、だったかしら」
シキが目を丸くして瞬かせる。普段人に呼ばせている名前はともかく、姓のほうまで知られているとは思わなかったのだろう。
女性はこちらの足を止めたことを詫び、居住区Aの責任者だと自己紹介をした。
居住区A。たしか、ミヤが「ナガレ」という女性が責任者だと言っていた気が、
あっ。と声を漏らすこちらを見て、女性は柔らかい笑みを作る。
「そう。私はナガレ・ミキ。殉職したムラクモ、ナガレの妻よ」
「ナガレの……」
「アスマさん。あなたのことは夫とガトウさんからよく聞いていたわ。小さいけど、根性と体力は人一倍ある女の子だって」
「……どうも」
「今日はお礼を言いたかったのと、これを渡しておきたくて」
歩み寄りながら彼女がポケットから取り出したのは、ずいぶん使い込まれた手のひらサイズのメモ帳だ。差し出されるそれを慎重に受け取って開いてみると、斜めに傾いた文字が隅から隅まできっちり書き込まれている。
ナガレの字、と呟くシキに婦人がうなずく。ウォークライを倒したあと、ガトウが運んできた夫の遺品の中にこのメモ帳があったのだと彼女は言った。
「前にね、夫から『いざってときはこう動け』って、非常時の避難の仕方を教わったことがあるの。それと似た内容がたくさん書かれていたから、きっとムラクモの仕事のときに使っていたメモだと思うのだけど……戦わない私にはわかることが少ないから、同じムラクモのあなたたちに役立てばと思って。よければ使ってちょうだい」
「……い、いいんですか……?」
「もちろん。これ、最初に書いてあるページが私も教わった隠れ方。敵に見つかりにくくなるんですって。ちょっと臆病だったあの人らしいでしょう?」
優しい笑みに、一瞬悲しみの影が差す。何も言えずに見つめ返すことしかできずにいると「そんな顔しないで」と微笑まれた。強くて優しい人だ。
夫の傍らにいた者から彼を探しているのかもしれない。夫人はほんの少しの思い出話をしつつ、がんばっているのねとシキの頭を優しくなでる。普段ならいい顔をしなさそうな少女は、何も言わずに無表情でその手を受け入れていた。
「こんな女の子たちまで本当に戦っているとは思わなかった。……それも含めて、ムラクモには言いたいことがあるけれど…… 夫のことは、シェルターで任務の話を聞かされたときから覚悟はしていたの。彼は、みんなのために最高にかっこいい仕事をしたと思う。……あなたたちも覚悟を決めて戦っているのよね」
自分たちに話しかけているはずなのに、夫人の視線はこちらに向いていない。言葉もどこかをさまようように、自身の胸の中にしまうように口からとつとつと流れ出る。
ああ、これはきっと追悼だ。唯一無二の伴侶へ、ぼろぼろの体は帰ってきても、魂は帰らぬ人となってしまった彼へ。
ごめんなさいと飛び出しかけていた言葉が喉の中に消えていく。シキがいなければまともに戦うのも難しい自分が形だけの謝罪をしたって、彼女の傷の一つだって消せないし、あの日戦場に立ったナガレと夫人の覚悟を軽んじてしまう気がした。
「……それじゃ、任務、頑張ってね。夫の分も応援しているわ」
手を振るナガレ夫人の目は潤んでいた。その瞳に揺らぐ光が網膜に焼きつく。
たおやかで強い彼女に母の影が重なる。それを振り切るように強く瞬きをして、ナガレ夫人に頭を下げて都庁の外に出た。
まだらになった感情を整理できないまま、豊島方面の地下道を探索する。先日探索したエリアと同じ異界になっている地面の下で遭遇するのは、同じくそこで見たものと同種のマモノとドラゴンだ。もしかしたら、東京の地下全体があの帝竜の縄張りになっているのかもしれない。笑えない話である。街を焦土にする帝竜のレーザーがいつ自分たちに向くかわからない今の状況も全然笑えないが。
恐怖と焦りが皮肉にも作業をはかどらせる。ドラゴンを倒しつつ新しく発見した生存者を送り、集めたDzをミヤに預けるまでそう時間はかからなかった。
自衛隊駐屯区の整備が進められている間はどうしようか、腕を組みながらその場を去ろうとするミナトとシキを、「ちょっといいか」とミヤが呼び止める。
「時間があるなら、ムラクモ本部のほうに顔を出してやってくれ。マサキがおまえたちに会いたがっていたぞ」
「マサキが? ……ああ、そういやまだ行ってなかったっけ」
シキがあからさまに嫌そうな顔をした。そもそも笑顔になったところを見たことがないけれども。それでも驚くくらいのしわの刻みようだったので。
そこまでの顔をするなんていったいどんな人物かと尋ねると、直接会えばわかると言って少女は歩き出した。
「あんた、火が使えなくて攻撃手段は氷だけなんだっけ?」
「う、恥ずかしながら」
「ならちょうどいいわ。時間があるうちに修行するわよ」
「修行?」
「マサキは異能力に関わる研究をしてて──」
ムラクモ本部のフロア、ミロクとミイナたちがいる部屋とは別のドアにシキが手を伸ばす。
その指先が触れる直前にドアが動き、バンッと内側から開けられた。
「おお、13班! そろそろ来ると思っていたんダ!」
「げ」
扉から登場した男性にシキが後退る。
男性は少女に笑いかけた後、後ろにいるこちらに近付き、手を握って上下に振った。
「初めまして。君がシキと13班を結成した──」
「えっと、志波 湊です」
「そうそう、シバ ミナトくんだね? いやー、前線に出てくれるサイキックなんてそうそうお目にかかれるものじゃなくてネ。君のことはドラゴンとの戦闘データを通して私ばかりが一方的に知っていたから、こうして話せて嬉しいヨ。」
「は、はあ……あなたが、マサキさんですか?」
「そう、私はマサキ。ムラクモ機関で、能力の管理と開発を担当している者だヨ。地下シェルターでは何もできなかったが、帝竜ウォークライが討伐され、都庁を取り戻すとともに研究施設の確保ができた。君たちの努力の甲斐あって、こうしてまた義務が果たせる。お礼代わりではないが、君たちが能力を引き出すための手伝いをさせてもらうヨ」
ああ、それでシキは「修行」と言っていたのか。都庁攻略のときはナツメとキリノに攻撃手段についてレクチャーされたが、本来はマサキの仕事らしい。
彼は一息に自己紹介を終えると、デスクに乗る資料の中から分厚い紙の束を二つ取り出し、赤いパイプファイルに挟んだものをシキに、青いパイプファイルに挟んだものをこちらにそれぞれ渡す。手だけでは支えきれないその重さに危うくファイルを落としそうになった。
「重っ……!? あの、これは」
「ムラクモ機関は千年の歴史を持つ組織。その資料は、先人たちが培ってきた異能力者の研究結果が凝縮された結晶ダ。君はサイキックの、シキはデストロイヤーのものを渡したけど、その他の職業とか、他にも知りたいことがあれば遠慮なく聞いてほしい。もちろん、時間があれば訓練にも付き合うヨ」
「これを活用すれば、今よりはマシになるってこと?」
「うんうん、シキは既に経験を積んでいるし、習うより慣れろというタイプだろうけど、さらに頭でも深く理解できれば、能力の本質をよりつかみやすくなる。これで君たちのスキルの幅も広がるはずダ。ではいいかい?」
マサキはアンテナのように立てた人差し指を向ける。
「今の君たちに大事なのは、いろいろなスキルを習得していくことダ。ひとつに凝るのも悪くはないが、それでは新しい発見がない。あらゆる敵に対処し、自分の必勝パターンを生み出すには、まず選択肢を増やすことだネ」
「は、はい、頑張ります……重い」
「それから、これはオマケだよ。ムラクモ特製の注射だ」
「え? 注──」
いつの間にかマサキが視界から消えている。
と思えば、彼は無駄のない洗練された動きで後ろに回り込み、華麗な手捌きでそれぞれの腕に注射を打ち込んできた。
ぎゃああっ、と二人分の悲鳴が廊下に響き渡る。さらにミナトは厚さ十センチ超えの資料を手から落とし、その重さすべてが足の小指に直撃した。
「っ~~~、この変態! だから嫌いなのよ、あんた!」
「はっはっは! いいじゃないか、疲労回復・体力増強の特効栄養剤なんだから。資料、うまく使うんだよ。じゃあ、活躍に期待してるからネ!」
腕を押さえて涙ぐむシキにひらりと手を振り、マサキは部屋に引っ込んでいく。
「ったく……。ちょっと、気絶してる暇ないわよ! この時間で新しいスキル習得するんだから!」
「あ、あし、アシ、足が……」
半透明の何かが口から出ている相方を引きずり、シキは早速修行開始だと暴れられる場所を探しにいく。都庁前広場でそれぞれ戦い方の見直しと戦闘技術の学習に励んで数時間後、自衛隊駐屯区の改修が終わり、現地に集合するようミロクから通信が入った。
駐屯区の位置はムラクモ居住区の一階下、三階を丸々使う形で改修されている。訪れたそこはムラクモ居住区とも一般居住区とも違い、あちこちに武器がかけられ、立てられ、収納され、空いたスペースでも険しい顔をした成人男性たちが行き来して物々しい雰囲気を漂わせていた。
「……来たか、13班」
一隊員に案内されて入った部屋で、資料に目を通していた堂島が振り返る。こちらを見る目には、やっぱり否定的な感情しか浮かんでいない。
「先に説明しておくが……この池袋作戦は自衛隊が主体となって作戦を展開することになった。おまえたちも我々の指揮に従ってもらうぞ。既にナツメも了承済みだ」
会議室前でナツメとそのようなやり取りをしていたところを見ていたためなんとなく予想はできていた。規模の広い戦場に立つ場数は彼女たちのほうが多いだろうし、そこは反対しない。……シキは返事もせず動きもせず、そっぽを向いたまま突っ立っているけれど。
早速尖り始めた空気にイコマ隊員が助け舟を出して、さっそく作戦会議だと軌道修正がされたとき、非常事態を告げるブザーが空気を突き破った。
ミロクの鬼気迫る声が都庁内に響き渡る。
『観測班より、緊急連絡! たった今、池袋上空にて巨大な電磁エネルギーの収束を確認!』
「なっ、またあのレーザー!?」
シキが反射的に腰に下げるナックルに手を伸ばす。迅速に準備を進めていたというのにそれでも間に合わないなんて。
部屋の外からもどよめきと同時にガシャガシャと硬い音が連続して響く。ドラゴンの一匹もこの場にはいないが、誰だって身構えずにはいられない。
『各自、衝撃に備えてくれ! 都庁への命中確率……32.7%!』
「32%って、おいっ……!」
ミロクが告げる数字に、全員の顔から血の気が失せる。
ミナトは思わず拙い計算を始め、弾き出された結果に頭の中が白くなった。
「それって、3分の1の確率で死──」
「いいから伏せろ!」
言い終わらないうちにシキに頭をつかまれ床に押し付けられる。
「各員!! 耐ショック準備!!」
堂島の号令で自衛隊員が頭を抱えてしゃがみこむ。
地震とは段違いの衝撃が轟いた。世界が重力を忘れたかのように体が浮かび上がり、体勢を崩して床を転がる。
衝撃が去っていった後も頭を抱えたままでいると、ミロクがふーっと長く息を吐いて現状を報告する。
『……レーザーは都庁を逸れた。被弾したのは、市ヶ谷周辺みたいだ』
「ふぅ、生きてるよな……俺……」
目を開け、今いる場所があの世ではなく現世であることを確認する。床にへばりついたままのイコマが頭から勢いよく離脱したヘルメットをかぶり直し、顎の下でベルトを固定した。
悠長にしている暇はない。ナツメたち上層からナビを通して出動の命が下る。
『司令部より通達。ムラクモ13班、および自衛隊の各員、速やかな作戦開始を求む』
「はいはい、わかってますよ。……おまえたち、いけるか?」
「大丈夫だ。俺は、いつでもいける!」
「こっちもOKだ!」
「私たちも……」
「待て」
堂島にマキタ、サスガ、イコマたちが敬礼を返す。部屋から出ようと立ち上がる13班には、まだだと彼女は言った。
「アタシたちは池袋に先行し、ダンジョン内で作戦を展開しておく。……おまえたちは、三十分遅れでついてこい」
「はあ? 三十分? なんで?」
「ダンジョン内の電磁砲は、アタシたちがやる。おまえたちは、ドラゴンと……帝竜を倒す。役割分担ってヤツさ。お互い、やれることをやるだけだ。……わかりやすいだろ? よし、出動するぞ!」
「急げ!」というかけ声に、乱れのない動きで自衛隊が動き出す。
ドラゴンのいない世界でならその背中はとても頼もしいものに見えただろう。けれど、逆サ都庁でドラゴンおよび帝竜の恐ろしさを知ったミナトは、嫌な予感を消しきれずに胸を押さえる。ダンジョンの中にはマモノやドラゴンだっているのに、自衛隊だけ先行するのは逆に危険じゃないだろうか。
打ち合わせ通り三十分経った後、ミロクとミイナから通達を受け、機動10班・13班は動き出した。
* * *
逆サ都庁のとき以上の驚きだった。
「うげっ!? なんだよ、この巨大な毛糸玉みてーのは……」
ガトウが視線を上に向けて仰天する。
黄金に染まった空が眩しい。それを背景にして、天空にまで伸びる巨大なダンジョンがそびえたっている。
現在地は池袋駅の山手線側。プラットホーム先の線路は地から剥がされ、引き寄せられ、絡み合って幹となり、大樹にも地球儀にも見える巣を形成していた。
高く巨大な帝竜の居城。その中央に見える電光の塊を見て、アオイがはーっ、と息を吐く。
「中心に、磁場があるみたいですね。線路がひしゃげるほど、強い磁力を操る帝竜……」
「用心してかからねーと、俺らもああなる、ってわけだ」
『主砲はもちろんですが、点在している電磁砲の殺傷力もあなどれません。もちろん、ドラゴンも多数徘徊しています。厳しい作戦になりそうですね……』
「……え、登るの? あれを?」
会話しながらも迷いのない手つきで10班は突入準備を整える。その冷静さにも驚きだが、目の前の異界を見て冷や汗が流れてきた。シキが「あんたまさか」と顔を覗き込んでくる。
「高いところは無理、とかいうんじゃないでしょうね」
「無理です。無理……だけど、行くしか、ないんだよね」
「わかってるならいい」
わかってはいたことだが、拒否権などない。
ドラゴンたちとの戦いを経て身に付けた技「考えることをやめる」を使う。頭の中で行きたくないと叫ぶ自分を押し潰し、諦めを以って精神を落ち着かせる。
装備を確認し、気を引き締めて浮かぶ線路に足をかけたところで、背後から声をかけられた。
「お、13班! ……ちょうどいいところに来たな」
「あ、イコマさん! お疲れ様です。どうされたんですか?」
見慣れてきた笑顔で寄ってくるのは自衛隊の中でも温厚なイコマ隊員だった。呼び止めたことを詫びながら歩いてくる彼は申し訳なさそうに眉を下げて、頼みがあるとまじめな表情を作る。
「俺たち、怪我した仲間を補助して回れって、命じられちまってさ……前線で指揮を取ってるリンが心配だから、おまえたち、頼まれてくれないか?」
「リンって……堂島三佐のことですか?」
「ああ。あいつ、意地っ張りだけど、一生懸命で……けっこういいやつなんだよ。だから……死なせないでやってくれ」
まっすぐに向き合い真剣に頼んでくるイコマを見て、地下道での一件を思い出す。堂島がマキタたちに隊長としての振る舞いを咎められたときも、一人輪を抜けて都庁に戻ったときも、イコマは常に堂島を気遣っていた。
「大げさ。なんでそこまで世話焼くの?」
「ちょ、ちょっとシキちゃん……」
「あいつ、一応隊長なんでしょ? 自分の身を守るぐらいはできるはずよ」
「……そうなんだけどな。あいつ、俺の同期なんだよ」
シキの手厳しい応対にイコマは苦笑いを浮かべる。
「なんだかんだあって付き合いも長い。俺は周りからよく『過保護だ』って言われるけど、あいつが一人で頑張ってるの見てると、どうしても放っておけなくてな……」
「同期……」
高校の友人たちを思い出す。みんなは無事だろうか。ドラゴンを前に、成す術なく殺されてしまっていたら……。嫌な考えが脳裏をよぎって、慌てて振り払う。
誰かの無事を祈る想いに立場も力量も関係ない。イコマが堂島を心配し続ける気持ちは痛いほどわかる。
「……イコマさん、あの、どこまでできるかわかりませんけど、私にできることならします。任せてください」
「おう、頼んだぜ! ……っと、足止めしてちゃよくないな」
少し先でこちらをながめる10班に向かってイコマは頭を下げ、背中を向けながら手を振った。
「俺たちも、じきに出る。経路は確保されてるはずだが、どこから何が飛んでくることか……気を付けろよ!」
「はい、お互いがんばりましょう!」
「……私にできることならしますって、何するつもり? そんなへっぴり腰で」
手を振り返す後ろで、シキがしかめっつらで腰に手を当てる。
「ていうか、できることなんてあるの?」
「うん。私でも一つだけ。……ドラゴンと戦うことはできるから」
自分は弱い。それでも、ドラゴンと対峙することはできる。ドラゴンの一匹でも、一秒でも足止めできるなら、その分周りの人間に向かう危険が減る。
どんなに危険な場所でも行くしかない。一人ではないから大丈夫なはずだ。恐怖と戦う覚悟はなんとか形になった。
まともな答えを返されるとは思っていなかったのか、シキは驚いたように瞬きを繰り返し、「そこは倒すって言いなさいよ」と小突かれる。
宙に続く線路の上り坂へ踏み出す。作戦開始だ。
逆サ都庁の岩礁と同じでこのダンジョンも景色が壮観なんですけど、あちこちで悲劇が起きるし情報量多くて大変でした。ここから地獄が始まる。