2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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あのシーンまで。

情緒だけでは生きていけない殺伐とした世界で、人として戦う自分の心はどんな形をしているのか、みたいな……個人の感覚が大きく問われるのがCHAPTAER 2だったと思います。
平和な一般家庭で育ったからこそ悲劇を絶対に許容できないサイキックが、ありんこレベルの意地を見せる回。

公式のビジュアルブックのスケッチブックのページを参考に、アオイはトリックスター(銃)にしています。



12.ガトウ

 

 

 山手線天球儀、高度100m地点。

 

 

「このフロアは……既に制圧済みだな」

 

 

 木版と木版の間につま先を挟みそうになり、ガトウが足を下ろす位置を変える。

 地面に着いていれば問題ないが、空中だと線路は穴の空いた道だ。足もとを気にせず進むのは、安全面でも精神面でも無理な話だった。

 

 

「……さっきまでの威勢は?」

「高い高い怖いごめんなさい」

 

 

 下から吹き上げる風に額をなでられ血の気が失せる。両手がシキの肩に吸いついて離れない。

 異能力者として能力開発に励み、少しずつ運動能力が上がってきているとはいえ、幼い頃から刻まれている感覚まで変わったりはしない。マンションの三、四階から下を見るだけで目がくらむのに、その何倍もある高度、壁や屋根がない幅二メートル程度の道の上で平然としていられる訳がない。

 

 膝が笑うのを押さえるので精一杯だという一方、アオイはケロッとした様子で、恐怖を和らげようと背中をさすってくれていた。

 

 

「大丈夫ですよ、センパイ! ほら、見方を変えればいい眺め──ひえっ……!」

「? アオイちゃん?」

「あ、あそこに転がってるの……!」

 

 

 体を仰け反らせて、アオイが前方を指差す。

 従って見た先に転がるのは、煙を上げる黒い何か。丸くて大きな本体から、外に伸びる二対の……手足?

 

 

「あ、あれって、まさか」

「……自衛隊員だな。焦げてやがる……レーザーで狙い撃ちにされたんだろう」

「あそこだけじゃない! 他にも……たくさん……」

 

 

 風の音に混じって、耳を塞ぎたくなるうめきが流れてくる。

 宙に曲線を描く線路の上、何人もの自衛隊員が死傷している。軽傷で応急処置をしている者もいれば、物言わぬ黒い塊になっている誰かまで──

 

 

「……っ!!」

 

 

 辺りを漂う焼け焦げるような臭いが何かを察し、両手で鼻と口を覆う。

 ガトウが歩く速さを落とし、見ていられないというように首を振る。

 

 

「決死隊にしたって、こりゃ多すぎるぜ……」

 

「!?」

(『決死』……!)

 

 

 聞き間違いではないだろう。ガトウは確かに「決死隊」と言った。

 何だそれは。作戦開始前にそんな言葉、誰の口からも出てきていないのに。

 

 ふと、堂島が自分たちに下した指示を思い出す。

 

『三十分遅れでついてこい』。

 

 それは、つまり。

 

 

「……あいつら……。ちょっと、ガト──」

 

 

 シキも作戦の内容に気付いたのか、ガトウの背中に声をかける。

 ガトウが振り返るよりも先に、レーダーがドラゴン反応を知らせる警報を鳴らした。

 

 

「あ、あそこに自衛隊員さんが! ドラゴンに襲われてます!」

「マモノも集まってきやがった。13班、手分けするぞ! ドラゴンのほう頼めるか!」

「言われなくても! 行くわよ!」

「う、うん……!」

 

 

 分岐する道を左右に分かれ、バランスを崩さないよう注意しながら突撃する。

 黄緑色の長い体に透明の羽を生やしたホバードラグは、追加の食事とでも思ったのか、視界に入ってきた13班に大口を開けて咆哮する。

 その喉の奥に集まる冷気を見て、シキは線路に腹這いに伏せた。

 

 

「え? シキちゃ──っ冷たっ!?」

 

 

 耳もとの空気が凍る音を聞き、後頭部を打つのもかまわず仰向けに倒れて回避する。

 直後に氷のブレスが頭上を駆け抜け、周囲の空気が一気に氷点下になった。あのまま突っ立っていれば頭部がシャーベットのようになって砕けていたかもしれない。

 シキが体を起こしながら疾駆し、拳を振りかぶる。狙いを定めて繰り出される攻撃だが、ホバードラグは空高く舞い上がって回避した。

 

 

「っ、こんの……!」

 

 

 翼を持たないシキは舌打ちをして空を見上げる。飛べない人間を嘲笑うようにガチガチと顎を噛み合わせるドラゴンを睨み、苛立ちをぶつけるように彼女はこっちを向いて怒鳴った。

 

 

「手伝いなさいよ! あんたなんとかできないの!?」

「で、た、たぶんできるかもしれないけど、そいつ動きが速くて当てられるかどうか」

「ああもう! ほら、かかって来い!」

 

 

 照準を合わせるように指先を左右させるのを見かねたシキが、迎撃の構えをとって挑発する。

 身動きしない彼女に向かって急降下し、ホバードラグは噛み付こうと口を開けた。頭から飲み込もうとする牙をシキがつかんで受け止め、ホバードラグの動きが鈍る。

 その一瞬を逃さず、クロウに集めていたエネルギーを解放した。

 

 

(イメージ、イメージ。速くて鋭くて、空から落ちる……っ)

「当たれ!」

 

 

 ドラゴンの頭上が渦巻く。シキが巻き込まれないようにその場を離脱した直後、ホバードラグめがけて光の柱が突き立った。

 プラズマジェイル。飛行する敵性体に有効だという属性攻撃。自衛隊駐屯区の改修中、屋上で資料を読み込んでは自分なりに噛み砕き、実践をくりかえして習得につないだ技がホバードラグの命を刈り取る。

 まだ鍛錬して精度を上げる必要があるが、これで氷以外の属性も扱えるようになった。

 

 

「この技空属性ってあったんだけど、空って何だろう……風属性とは別みたいで……」

「そこは今どうでもいいでしょ、自衛隊員は?」

「あ」

 

 

 そうだ、元はといえば、ドラゴンに襲われていた自衛隊員を助けるために戦っていたのだ。

 

 

「おまえたちが、ムラクモか……」

 

 

 立ちすくんでいた自衛隊員に慌てて駆け寄る。治療を申し出ると、なぜか彼は不機嫌そうに眉を寄せて断った。

 

 

「人のこと気にしてる場合か? みんなムラクモ様を待ちかねてんだ、さっさと行けよ」

「ちょっと、何その言い方」

「なんだ、言葉遣いまで丁寧にしないとお気に召さないか」

「はあ? あんたが無意味に突っかかってくるからでしょ」

「だから言ってるだろ! 俺たちに構うんじゃねえ、さっさと行けよ!」

「こいつ──」

 

「シキちゃん、待って」

 

 

 怒声を上げる自衛隊員に踏み出そうとするシキの肩をつかむ。

 何だと振り返ろうとした少女は、さっきまで怒鳴っていた自衛隊員が声を震わせるのを聞いて動きを止めた。

 

 

「行け……行けよ……もう何人やられたと思ってるんだ……誰のための道だと思ってるんだ……!」

 

 

 噛み締められる唇から、行き場のない怒りをはらんだ声がこぼれ落ちる。それすらも空を駆け回る強風にさらわれ、耳に届くのは負傷して苦しむ誰かのうめき声だけ。

 自衛隊員は頭をかきむしってその場に座り込む。

 

 

「……行こう。先に進もう」

 

 

 決して涙は見せまいとする意思を汲み、目の前の背中を押す。

 シキは依然眉間に溝を刻んだまま自衛隊員をにらみ続ける。やがてその視線をダンジョンの奥に移し、彼に救急キットが入ったポーチを放った。

 

『決死隊にしたって、こりゃ多すぎるぜ……』

 

 ガトウの言葉が頭の中でちらつく。

 

 

(堂島三佐は……)

 

 

 イコマに頼まれた自衛隊隊長の女性を思い出す。高所への恐怖が別の不安に上書きされて、歩調がにわかに速くなった。

 息を切らしてとにかく上を目指して、通信機から高度200m到達のアナウンスが流れる。

 あちこちに光の線が走っている。それがただの光ではなくレーザーだと気付けたのは、砲台から放たれているそれを自衛隊員が受け止めていたからだ。

 

 

「うっ……ううっ……! 誰か……早くこの電磁砲を……! もうこの盾は……もたん……っ!」

 

「やべぇな。いくぞ!」

「はい!」

 

 

 今にも溶けそうな盾の陰から漏れる声にガトウとアオイが駆ける。

 自衛隊員に向かってレーザーを放ち続ける電磁砲に二人が奇襲を仕掛けた。ガトウの大剣に続いて、アオイがホルスターから抜いた銃を発砲する。休みのない早撃ちに踊る赤い髪。物怖じせず奮闘する背中に、今は亡きナガレの姿が浮かぶ。

 

 

「シキ! 来い!」

 

 

 電磁砲の固さに攻めあぐねていたガトウがシキを呼ぶ。

 反応した少女は大胆にも線路から線路へ離れた距離を跳び移り、ムラクモ試験のときにも見せた踵落としを繰り出した。同じ場所に集中攻撃をくらい続けた砲身に穴が空き、電磁砲が爆発する。

 やったと声を上げてアオイが振り返り──転がっている自衛隊員を見て、笑顔はすぐ悲嘆に塗り替えられた。

 

 

「センパイ! あの自衛隊員さんが……!」

「大丈夫ですか!? ……っ」

 

 

 線路の一部ごと真っ黒になった自衛隊員に駆け寄る。数分前まで構えられていた盾は中央を穿たれ、胴をぐずぐずに焼かれている体は既に生命活動を停止していた。

 

 

「ダメ、死んでる……」

「……生身の人間と強化セラミックの盾じゃこうなるのは当然だ」

「そんな……」

「……ちっ、任務外だが、このまま放っておくわけにもいかねぇ」

 

 

 通信機に手を当て、ガトウがミイナと言葉を交わす。

 ミイナは『了解。作戦を変更します』と応えてからマップを展開させ、現場の生体反応と電磁砲の位置を割り出してマーキングする。

 

 

「13班、一時的に自衛隊をバックアップ。先にこのフロアの電磁砲を破壊するぞ」

「了解」

「りょ、了解です」

 

 

 ガトウの指示を受けて宙に広がる線路を進む。レーダーのように人を感知する機能でもあるのか、四方にはびこるマモノやドラゴンを無視し、電磁砲の一台が砲口をこっちに向けた。

「止まれーっ!!」と、先にいる若い自衛隊員が叫ぶ。

 

 

「そこから進むと、レーザーに撃たれるぞ!! お、俺がオトリになってひきつけるから……! その間に電磁砲を……頼む……!」

「そんな、ダメですよ! その盾じゃ──」

 

 

 全身が震えている自衛隊員は制止に引き下がることもせず、馬鹿にするなと怒ることもせず、精一杯の笑顔を浮かべて飛び出した。

 

 

「うおぉーーーっ!!」

 

 

 響き渡る雄叫びに電磁砲が反応した。振り返って発射されたレーザーが盾に直撃し、嫌な音とともに火花が散る。

 

 

「もうやだ、どうして……!」

「盾が溶ける前に破壊するわよ!」

 

 

 打撃と属性攻撃で電磁砲を沈黙させる。戦闘は三分にも満たない時間だったが、盾が塵になるには十分だった。

 薄笑いを浮かべたまま全身を焦がした自衛隊員の目もとは、まだ濡れていた。

 

 手が届かない。どれだけ早く駆けても、電磁砲を破壊するたびに惨い死体が増えていく。

 いっそ放棄して逃げてくれ。こんな凶器を前に踏み出せないことを誰だって咎めたりしない。頼むから何よりも命を優先してくれ。そう祈っても自衛隊員は誰一人として退いてくれない。

 

 

「諦めんなおまえら! こいつが最後だ!」

 

 

 ガトウに背を押されてフロア最後の電磁砲を破壊し、ようやく助けることができた自衛隊員がくず折れる。溶けたアーマーが胴体から外れて線路の上に落ちた。

 

 

「くっ……かはっ……ゲホゲホ……ご協力……感謝する……!」

「そんな、お礼を言うのは私たちのほうです! こんな、こんなたくさんのひとが……」

「……悪かったわね。もっと早く助けられなくて」

「13班にそう言ってもらえるとこちらも命を張ってるかいが……ゲホッ……あるってもんだよ……ははっ……」

 

 

 薬と治癒術を使い彼に治療を施す。申し訳程度に火傷が癒え、自衛隊員は何とかといった様子で自身の両脚で立ち上がる。

 今度は助けられたと安堵するのもつかの間、振り絞られた言葉を聞いて、思考が停止した。

 

 

「おまえたちを……無傷で……帝竜のところまで連れてく……! あんたたちのボスの……依頼だからな……」

 

「──え?」

 

 

 なんだ、それは。

 

 下の階層で助けた自衛隊員の言葉を思い出す。

 

 

『もう何人やられたと思ってるんだ……誰のための道だと思ってるんだ……!』

 

 

 ガトウが言っていた「決死隊」という言葉。三十分遅れでついてこいと言った堂島。

 今、このダンジョンで転がる焼け焦げた死体たち。そのすべてが、自分たちのため?

 

 シキが自衛隊員に歩み寄り、火傷を負っている顔を下から見上げる。

 

 

「この作戦、誰が考えたの? あんたたちに行けって言ったのは誰?」

「おまえたち、ボスから聞いてないのか?」

 

 

 自衛隊員は数秒目を瞬かせ、シキの質問の意味を理解したのか、空を見上げてむなしく笑った。

 

 

「ははっ……そうか……知らないか……」

「ボスって……もしかして、ナツメさんのことですか!?」

「ああ……そうだ。俺たちはあの女から直々に、栄誉ある先発隊を……依頼されたんだ。俺たちにできるのは……体を張ることくらいだってことさ」

 

 

 母性を漂わせる優美なムラクモ総長。脳裏に浮かぶその像が、自衛隊員の一言を耳にするたび、黒くかすんで薄れていく。

 アオイが二、三歩後退る。よろけてバランスを崩した彼女を、ガトウが後ろから肩をつかんで支えた。

 

 

「そんな……だから下であんなにたくさんの人が亡くなってたってこと……!? ひどい……ひどすぎます、そんなの!」

「……それが戦争ってヤツだ。それに付け加えるなら、アホな指令に従って死ぬのも……兵隊の仕事のうちってことだ」

「知ってたんですか? ……誰も知ってて止めなかったんですか!?」

「納得できない気持ちはわかるぜ。だが今は、目的の遂行だけを考えろ」

 

 

 全員の視線を受け止めるガトウは揺らがずに言葉を続ける。

 

 

「現場で兵士が勝手に動いても余計な被害が増えるだけだ。俺たちにできることは、一日でも早く帝竜を倒して、人間の世界を取り戻すことだろ? そうだろ、13班?」

 

「……ま、その通りね。倒せる奴を倒すのが一番手っ取り早い」

 

 

 一度うなずいてから「ただ」とシキの目つきが一層鋭くなる。いつになくぎらついた瞳が、ガトウも自衛隊員も、目の前に広がる理不尽な世界すべてをにらみつけた。

 

 

「死ぬのも仕事なんてのは本気で勝つ気のない腑抜けの考えでしょうが。そんなのごめんよ。ガトウ、あんたさっきアホな指令って言ったわね。ナツメは違うの? できることを尽くして、それでもどうにもならないからこの作戦を提示したの? 出し惜しみしてるなんてことないでしょうね」

「おいおい……」

「こんなバカな作戦に納得してんのはあんた一人よ。見損なったわ。元から期待してないけど」

 

 

 シキが振り返る。

 アオイとそろって唇を噛み、握り拳を作ってうつむくこっちを見て、少女は肩をすくめた。

 

 

「納得できるはずない。そうでしょ」

 

 

 あたりまえだ。今まで生きてきた結実が捨て駒になることなんて認めやしない。

 ダンジョンに突入してから今までで擦り減ってしまった勇気を振り絞り、まっすぐにガトウを見る。

 

 

「ガトウさん」

「なんだ」

「死ぬのが……兵隊の仕事って、さっき仰いましたよね。アホな指令に従って、て……。それって、そういうことを言い切れるのは……私たちが、ガトウさん自身が、異能力者だから、ではないんですか」

 

 

 ガトウのまぶたが大きく持ち上げられるのがやけにゆっくり見えた。シキも目を丸くする。物申すとまでは予想していなかったのだろう。

 自分だってどうかと思う。一か月と少し前に初めてムラクモ機関を知って入隊したばかりの下っ端が、戦場に立つことを生業にしてきたベテランに意見するなんて。

 でも、これだけは自分自身の言葉と態度で示さなければ。今ばかりは、前にならえで流されてはいけない。本心じゃないとしても、嘘でも振りでも納得なんてしてしまえば、志波 湊という人間が、自分が生きるこの世界が、救いようのないものになってしまう気がする。

 

 

「ドラゴンに対抗する力を持っている私たちは、最悪独りになっても戦えるし逃げられるけど……もし、私たち全員、異能力者じゃない普通の人間だったら、こんな場所に踏み込んだ時点で死んじゃいますよね……? それがわかっているうえで、いけって命令を出されたら……素直に、納得して、従うことってできるんですか?」

 

 

 もし現役で軍属している人間が自分を見たらどう思うだろう。たぶん、「甘い」。「無知」。現実を認識できていないわがままと断じられる気がする。

 けれど、死ぬことが前提とされた作戦なんて、それこそ死んでも正しいとは言いたくない。

 そんな命令を出すならおまえが手本を見せてみろということでもない。ただ死にたくないだけ。危険なんて百も承知で、死が身近にあるなんて言われなくてもわかっている。

 望むのはただ「生きる」ことだけ。殺されたくない。理不尽な形で死にたくない。こんな終わり方は受け付けない。

 それをよしとして誰かを送り出すなんて……自衛隊を殺すのはドラゴンや電磁砲だけでなく、彼らの背を押した自分たちの手だって含まれてしまうのではないか。

 

 それはそれとして、上官に異議を唱えてしまったこともやはり怖い。自分の頭から血の気が引いていくのを感じる。めまいさえしてきたのだから自分はどこまでいっても意気地がない。

 

 汗ばんで震えが止まらない握り拳が、優しい温もりに包まれる。

 はっと顔を上げると、アオイが手を添えてくれていた。五本の指に力を込めて、揺らがない光を灯した目で自分を見つめている。

 

 

「センパイ」

「……うん」

 

 

 そうだ、私たちがムラクモに入ったのは、命が無為に消えるのを見送るためじゃない。

 同時にうなずき、シキとも視線を交わしてガトウを見る。

 女三人がそろって納得しない姿勢を見て、彼は息を吐いて腕を組んだ。

 

 

「ま、おまえたちらしいと言やおまえたちらしい答えだが、そんな考えじゃこの先キツいぜ?」

「もう既にきついです。どこに行ってもきついからこそ、自分を腐らせるようなことはしたくないんです」

「……シバ、言うようになったじゃねぇか。相方の影響か? とにかく、今は先に進むしかない……怒りも不満も、無事帰ってからぶちまけろ。ほら、行くぜ!」

「はい──っわ!?」

 

 

 激しい震動がダンジョンを揺らす。

 次の瞬間、自衛隊員が数人、逆さになって宙に現れた。

 

 

「えっ──」

 

 

 見開かれた目と目が交差する。

 反射的に腕を伸ばした。だが、あまりにも遠い。

 

 指先はかすりもせず、彼らは泣き笑いを浮かべ、口を動かして落ちていく。

 最後の言葉も聞き取れず全員が絶句する中、アオイが消えそうな声で呟いた。

 

 

「……こんなの……おかしいよ……」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 山手線天球儀、中枢ポイント。

 

 

「くっ……なんだこのデカブツは……!」

 

 

 巨大な電磁砲が、空に張り巡る線路の中央に鎮座している。

 このエリアは地上から朝護500メートル地点の高さにある。作戦会議でキリノから聞いた情報からして、街を吹き飛ばしたのはこの電磁砲だろうか。

 撃っても撃っても弾かれてしまう銃弾。意に介さずというように、電磁砲はびくともしない。

 通信機を介してムラクモ総長に尋ねる。

 

 

「確認するが……応援戦力、なんてのは期待できないんだよな?」

『……残念ながら。多少のイレギュラーがあっても、作戦は予定通り、遂行してもらうしかない。……本当にごめんなさい』

「……わかってるよ」

 

 

 薄々無駄だとわかりつつも、堂島は部下たちとともに引き金を引き続ける。

 銃身が燃えるような熱気を放つ。発砲音と火花を何度も何度も散らし続け、弾が残りわずかになったところで、堂島は再び通信機の向こう側に叫んだ。

 

 

「ナツメ、聞こえるか!? だめだ、デカブツの攻略方法が見つからない!」

 

 

 こんな絶望的な世界があってたまるか。

 誰も守れず、多くの仲間を犠牲にして何も成し遂げられないなんて。

 

 

(何がムラクモだ、何が13班だ)

 

 

 マモノもドラゴンも、彼女たちでなければ……本来戦場に立つ必要のない女の子たちを戦場に差し出さなければ歯が立たないなんて。

 

 

(それは、アタシたち自衛隊の役目だろうが!!)

 

 

 おまえたちは来なくていい。こんな希望もくそもない、血生臭いだけの、絶望が広がるだけの焦土に踏み入れたりなんてしなくていい。

 武器を持ち歩く必要なんてない、殺傷力のある道具なんて自分たちの手に預けてくれ。

 防具なんて考えずに好きな服を着てオシャレでもすればいい、アーマーをまとうのは武骨な自分たちだけでいいから。

 そんな小さな手で怪物を殴りつけるなんて、火や氷を放って戦うなんてバカな真似はやめろ。料理でもすればいいじゃないか、ゲームでも読書でもすればいいじゃないか。なんで、なんで、よりによって武器なんかにしてしまうんだ! 何のために国防組織があると思ってるんだ!

 

 この国は平和だったのに。いつ化け物に襲われるかなんて怯える必要なんてなかったのに。

 親の反対を押し切り、片手の指をいくつか折る程度の同性の仲間しかいない中、血反吐が出るほどの節制と訓練を積み重ねてここまで来たのに。平和ボケができる国にいながら血を流す覚悟をして、何も知らずに自分の人生で笑ったり泣いたりする人々を守ることができていると、頑なに信じてやってきたのに。

 ついこの間まで学校に通っていたような子どもを、真っ先に守るべき国民の血を流させなければいけないなんて!

 

 

「このままじゃ、刺し違えるってのも無理そうだ……。現場はそっちでも見えてるんだろ? なにか……意見をもらえないか」

 

 

 ここに来るまで、突風の中の砂のように巻き上げられていった仲間たちの命だってそうだ。

 否定してほしかった。最悪の一手を。

 自分たち自衛隊が、立派な防具と銃火器を持って命をかけていることは無駄じゃないと、肯定してもらいたかった。

 けれど現実は非情で、ご都合主義はお好みじゃないらしい。

 

 

『堂島三佐、あなたが考えていることが、多分、唯一の方法よ……』

 

「……っは! そうか……やっぱり、な……」

 

『私に、そのトリガーは引けない……すべては、あなたたちの気持ち次第よ』

 

 

 返事ができない。

 力尽きるように銃がすべての弾を吐き出し、カチン、と弾切れを知らせた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 磁場に巻き込まれているのは線路だけではなかった。何台もの電車、鉄筋むき出しのコンクリート。金属を含む物は例外なく引き寄せられ、自分たちが踏みしめる足場となっている。

 10班と共に歩み続けて町が遥か下方に離れた頃。新しく踏み入ったエリアで、今まで壊してきた物とは規模の違う巨大電磁砲が鎮座しているのを見つけた。

 

 

「大きさが桁違い……あれが高田馬場と市ヶ谷を吹き飛ばしたやつ? それとも帝竜?」

「早く止めなきゃ! って、あれ、堂島三佐……?」

 

 

 電磁砲から離れた場所には堂島たち自衛隊員の姿もあって助けに入ろうと駆け寄る。呼びかける声はこの場を吹き抜ける風のように流され……いや、数秒置いて、視線だけが返ってきた。

 都庁にいたときとは違い、いやに落ち着いている自衛隊の雰囲気に足が鈍る。

 

 

「……来たか、13班。……みんな、すまない。さっき話した作戦の通りだ」

「了解!」

「うっ……う、ううっ! 了解です!」

 

 

 堂島が後ろに控える三人の隊員を振り返る。うち二人が間髪入れずに敬礼を返し、新人らしき若手が遅れて顔を上げた。その姿を見つめるガトウの眉がわずかにしわを寄せる。

 堂島がこちらを振り返った。以前のような憎たらしさや刺々しさはもう浮かんでいない。ようやく険がとれたのは喜ばしいことのはずなのに、胸騒ぎが収まらないのはなぜだろう。

 

 

「おい、13班……あの超電磁砲は、一発撃つと次弾が装填されるまで百八十秒かかる。アタシたちがしくじったら……あとは、まかせる」

 

 

 どういう意味だと問うより先に、直感が答えを出した。

 背中を向ける四人と砲口に電気を溜める電磁砲を交互に見て、アオイが息を呑む。

 

 

「……まさか!」

 

「じゃあな!」

 

 

 堂島たちが電磁砲に向かって走り出す。

 下で電磁砲の餌食になって死んでいった自衛隊員たちの姿が浮かんでは消える。

 堂島たちも同じだ。自ら犠牲になって、電磁砲のレーザーを止める気だ。

 

 

「ダメっ……! ダメだよそんなの……!!」

 

 

 アオイが涙を散らしながら頭を横に振る。

 彼女の体が前に傾くのを見たガトウが素早く手を伸ばすが、赤い髪はそれをすり抜けて自衛隊の後を追った。

 

 

「くっ…バカ野郎がッ……!!」

「ちょっ、ガトウ!?」

 

 

 ガトウが大剣を抜いて走り出す。

 

 

 

 

 

『死ぬのも仕事なんてのは本気で勝つ気のない腑抜けの考えでしょうが』

 

 

 現実なんて知らない。勝つというのは何一つあきらめずにもぎとってやることだと、誰よりも幼い少女が言った。

 

 

『もう既にきついです。どこに行ってもきついからこそ、自分を腐らせるようなことはしたくないんです』

 

 

 現実が非情なものであると知った上で、そこに染まることをよしとしたくないと、誰よりも臆病な女が言った。

 

 

『……こんなの……おかしいよ……』

 

 

 そも、希望を捨てたくないと、現実なんてこんなもんだと諦めること自体おかしいと、誰よりも脳天気な女が言った。

 

 

 

 

 

『おおいナガレよぉ、おまえ、マモノと遊んでばっかで自分を放っておく旦那を許す女房なんてめったにいねぇぞ? カミさんのことは大事にしてやれや』

『わかってますよ! 彼女とはできるかぎり話もしてますし、予定が狂った日はケーキと花といっしょに頭も下げて埋め合わせもしてるので大丈夫なはず……です……!』

『がははっ! そうだそうだ、できることはしておけよ? 戦ってばっかの奴なんて、いつぽっくり逝っちまってもおかしかねぇんだからな!』

『縁起でもないこと言うのやめましょうよ! それに──』

 

 

『俺は生きるために戦ってるんですよ。死ぬとかでは一切なくて。妻といっしょに生きていくための戦いなんです』

 

 

 ガトウさんだって、そうでしょう?

 

 

 

 

 

「──ああ、その通りだぜ、まったくよぉっ!!!」

 

 

 

 

 

 一瞬だった。無骨な獲物を手にした男は誰よりも速く空間を走り抜け、奇しくもかつての同僚と同じ赤髪のトリックスターの肩をつかむ。

 振り返った彼女を背後に放り、自衛隊を押し退け、長年を共にした大剣(相棒)を振りかざす。

 

 

「うおおぉぉッ!!」

 

 

 雄叫びを焼き付け、大上段の一文字斬りを叩き込む。

 

 同時に放たれたレーザーの光が衝突し、一面が光に塗り潰された。

 

 

「うわあぁっ!?」

「きゃあっ!!」

 

 

 轟音と熱がすべてを押し退ける。辛うじて顔を覆うことしかできなかった一同は、爆風が体に叩き付けられて線路の上を転がった。

 

 

「ガトウさん!!」

 

 

 光に焼かれた目が少しずつ機能を取り戻してきたところで、アオイの叫びが響く。

 ぶすぶすと何かが焦げる音、大きな何かが軋む音。明らかにガタのきている電磁砲と、服も肌も焼け焦がし、煙を上げるガトウの体。

 

 

「ガ、ト──」

「じ、13班……! ぼさっと……すんなッ……!」

 

 

 黒煙を吐きながら喉を絞るガトウの声にはっと我に返る。

 電磁砲は倒壊寸前だった。砲身にまっすぐ刻まれた一閃から飛び散る火花と不気味な稼働音が、大打撃を与えられたことを知らせている。

 まだ完全に破壊できた訳ではないのか、ガタガタと揺れながら砲口がこちらを向いた。

 

 

「だ、だめ!」

 

 

 反射的にミナトがプラズマジェイルを放つ。上から落とされた光は強力とは言えなかったが、砲身の傷はさらに広がる。

 派手に火花を散らして空回りする電磁砲を見て、ガトウがしてやったりとほくそ笑む。

 

 

「へっ。終わりだな……いけ、シキ……あと一発、だ……」

「……」

 

 

 ゴキリッ、と拳を鳴らし、デストロイヤーが立ち上がる。

 

 

「……当然、スクラップにされる覚悟はできてたんでしょうね?」

 

 

 自分よりも小さな少女に怯えるように、電磁砲は砲台ごと震えだす。

 

 

「さっさと、止まれっ!!」

 

 

 足場ごと沈むように大きく踏み込み、右腕を上に向かって振り抜く。

 ナックルがすべてを粉砕する。電磁砲の砲身は轟音を立てて根元から吹き飛び、欠片を散らし、宙で爆発して派手な最期を終えた。

 あれだけ空気をバチバチと鳴らしていた光と音が消え、地上五百メートルのエリアは本来の静けさを取り戻す。

 

 

「……やった、か……」

 

 

 電磁砲の破壊を見届けたガトウが激しく咳き込む。全員が我に返り、四肢を投げ出して転がる彼のもとへ走り出す。

 やだ、やだ、とアオイがくりかえして地に膝をついた。唇をわななかせぼろぼろと涙を流すアオイを見上げて、ガトウは怒りも責めもせずただ笑う。

 

 

「起きてくださいよ! 私のこと、叱ってくださいよ!!」

「へ……へへ……この胃袋娘が! なんつって……ザマぁねえな……。さんざ戦争だなんだ……カッコつけといて……一時の感情に流されて死ぬなんてよ……」

「し、死ぬなんて言わないでください! 今治療しますから……! アオイちゃん、手伝って!」

 

 

 ミナトがキュアをかけ、アオイが震える手で渡された治療薬の容れ物を開けた。

 治癒の光がガトウを包む。炎症の広がりが収まり、皮膚の傷は消えていくが、それよりも早く彼の呼吸は小さくなっていく。

 

 

「……だけどな、戦場で……一兵卒として……四十六年生きてきて……最後にこんな……人間くせえ死に方ができるとは……思わなかったぜ……。おい、シキ!」

 

 

 涙と汗を流しながらあがく二人にため息をつき、ガトウは電磁砲を破壊したまま立ち尽くしているシキを呼んだ。

 びくりと肩を揺らし、事態を受け入れられていない、困惑した顔が振り返る。

 いつも不機嫌そうに吊っていた少女の眉が八の字に垂れているのを見て、黒焦げの男は喀血しながら笑い声を上げた。

 

 

「がはは! 何だぁその顔……おまえが一番混乱してるじゃねぇか……!」

「……いつまで寝てんの? さっさと起きなさいよ」

「見りゃわかんだろ。あんな一撃もらっちまったんだぞ……五体満足なだけマシってもんだ」

「そ、うよ。腕も足も千切れてないんだから、このまま死ぬわけ、」

「シキ。ムラクモの主力はおまえだ。……強いんだから、それをちゃんとチームワークに活かせよ。おまえなら、大丈夫だろ……。それからシバ」

「喋らないでください! なんで……なんで、キュアが効かない……!」

「いっしょにいてわかったと思うが、シキはまだガキだ。根性あるのはいいことだが、突っ走りすぎて……周りが見えなくなる前に、相棒のおまえが、ブレーキかけてやってくれや……」

 

 

 まるで遺言のようだ。いや、このままでは本当に遺言になってしまう。

 マナがごっそり削られていくのもかまわずにキュアをかけ続ける。ガトウが言い聞かせるようにやめろと告げるが、やめてたまるか。

 汗が滴り手が震え、眼球が異常に発熱し、鼻の奥から血が流れ出る。それでも止められるわけがない。

 救わなければ。助けなければ。命が散るのを否定したくて戦場に立ったのだ。命を繋ぎ留められずして、何が力だ。

 

 

(効いてよ、効いてよ! 頼むから……!!)

 

 

 死力を尽くす周囲とは反対に、ガトウの声は穏やかだった。

 

 

「13班……。俺は後悔……してねぇ……俺の意思で戦って、死ぬんだ……。おまえたちも……後悔のねぇ生き方を……しろよな……」

 

「ちょっと……、ちょっと、ガトウ!」

 

 

 シキの声が、虚ろになっていくガトウの目を瞬かせる。

 

 

「休みに勝負する約束はどうすんの!? 今度こそあんたに勝つって宣言したの忘れないでよ、このまま勝ち逃げするつもり!?」

「はっ……おまえもミロクもミイナも……ビービー泣いて、大人を困らせてた、がきんちょが……よくここまで大きくなったもんだ……」

 

 

「もうちょい……手伝って……たかったが……悪いな、先に──」

 

 

 風が凪ぐ。

 

 ふっ、と小さく息を吐き、ガトウは呼吸を止めた。

 

 

『ガ、ガトウ……?』

 

 

 ミロクが通信機から呼びかける。耳もとのそれが震えても呼ばれた本人は応えない。

 

 空になったマナ水の瓶がばらばらと転がる中、治癒の光が息切れのように明滅してついに消えた。焼けてささくれ立つ線路の枕木に、ミナトの白い拳が叩きつけられる。

 アオイから漏れた引き絞るような悲鳴が、池袋の空気を震わせた。

 

 

『……な、なんてこと……! 一度体制を立て直します……! すぐに戻りなさい!』

 

 

 ナツメの声がどこか遠くから聞こえる。足場に転がる治療薬の容器たちがこすれ合って音を立てる。

 

 

『聞こえなかったの!? すぐに都庁に戻りなさい!』

 

 

 通信機からの声に応える者はいない。

 

 ガトウの首から焦げたバンダナが外れ、乾燥した風に乗って黄金色の空に舞い上がる。

 

 

「──?」

 

 

 それを見上げ、五感がどこか遠くに連れていかれるような感覚に、シキはセーラー服の胸もとを握った。

 

 





最初、リンのムラクモへの風当たりのキツさに「意地張ってんなぁ」としか思っていなかったんですが、この職に就いた人間がそんな子どもっぽい思考をするのかと考えた結果、「脅威から国民を守るのは自衛隊の役目」という覚悟と、それに反して若い主人公たちに頼らなければならないという現実に対するやりきれない思いがあったからではという解釈になりました。そりゃぱっと見軽装の少年少女もしくは青年たちが最前線に飛び込むの止めたがるよね。
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