2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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ジゴワット戦まで。

あの人まで本当にあっさり退場しすぎて初見時に「え?」と漏らしました。電磁砲ほんと許さない。
※設定上、ミナトが2章では覚えられないスキルを習得しています。



14.リン - VS ジゴワット -

 

 

 

『おい、13班』

 

 

 ミロクの声に意識が浮上する。不思議と頭が冴えて、眠気に引きずられることなく起床することができた。

 ベッドから出て身支度を済ませる。同じタイミングで目を覚ましたシキとともにターミナルに寄ると、目もとが若干赤くなったミロクの顔が画面に映る。

 

 

「ミロク、おはよう」

『おはよう。キリノが会議室に来いってさ』

「わかった。今から行くね」

『ああ。昨日のあいつ……ちょっとかっこよかったよな。って、本人には言うなよ? 会議室に向かってくれ。……自衛隊の装備、うまくできてるといいな』

「……そうだね」

 

 

 腕や脇腹を揉みほぐしながら向かった会議室にはすでに人がいた。キリノはともかく、開発班のワジ、ケイマ、レイミの三人もそろっている。扉を開いた瞬間にこっちを振り向いた面々は、目の下におそろいの隈を作っていた。

 

 

「おはようございます、みなさん!」

「お、おはようございます……」

「顔とテンションが一致してないわよ」

 

「一睡もしていませんが……僕は気分最高、気分快調です! いやー、気持ちいいなあ!」

「おいおい、一晩中手伝わされた身にもなってみろよ……」

「……おまえ、楽しんでたじゃあないか」

「見たことのない素材……あの出会いと感触は……奇跡ですっ!」

 

 

 白くした肌に、心なしかやつれた頬。満面の笑みを浮かべるキリノにシキが顔をしかめる。

 昨日の今日でこうも笑っていられるとは、おそらく取り組んでいた課題は上手くクリアできたのだろう。普段のおとなしい様子から打って変わって、キリノの言動は晴れ晴れとしていた。帝竜ウォークライの素材に思う存分触れられたというケイマ、ワジ、レイミも高揚していて、空に飛んでいきそうな勢いに自衛隊の面々が若干引いている。

 周囲と自分たちの温度差に我に返り、キリノは咳払いをして表情筋を引き締めた。

 

 

「……コホン。昨晩、開発班の皆さんに協力してもらい、自衛隊の兵装を強化することに成功しました。ウォークライの外翼部を削り出し、対レーザー用の皮膜を形成しています」

 

 

 赤みがかった黒い布が取り出される。重力に従ってさらりと下に流れる様は文字通りの薄布。けれど、かつて都庁屋上で死闘を繰り広げた帝竜を彷彿とさせる鮮烈な赤には有無を言わさぬ存在感を放っていた。これで盾を包み、レーザーを受け止めるのだとキリノは説明する。

 

 

「非情に薄く軽いコートですが、レーザーに対しては飛躍的に防御性能が向上しています」

 

「……それで、」

 

 

 不意に堂島が口を挟んだ。

 

 

「アタシたちはまた囮をやればいいんだろ」

「それは……」

「いや、いいんだ。昨日、おまえがナツメを説得しているのは通信越しに聞いてた。……おまえの言った言葉、うれしかったよ」

 

 

 キリノを責めているわけではないと、堂島は訂正を挟みながら喋る。今までと違い今度こそ、彼女の言葉や雰囲気からは棘が消えていた。

 

 

「理屈じゃないかもしれないけどさ……アタシたちの取り戻した東京に、一人でも多くの人間が生き残るといいよな。アタシたちには、特別な才能はない。だから、ドラゴンを倒す刃になるのは無理だ。それはムラクモに任せるよ。……でも、盾にはなれる」

 

 

 開発班とキリノの手からコートを受け取り、出撃予定の隊員たちに渡すようにと堂島はマキタに預ける。

 向き直った顔は、誇りを持った笑みを浮かべていた。

 

 

「人を一人でも多く守るための盾だ。死ぬためにやるなんて、馬鹿げてた。……おまえのこの武装、信頼していいんだろ?」

「ええ、もちろん!」

「……やろうぜ、俺たちは自衛隊だ。人々を守る力になるんだ」

「ああ、一人でも多く生き残るために! これはアタシたちの意思だ!」

 

 

 意思。自分の能力を誰かのために使いたいというキリノの意思。誰かを守るという自衛隊の意思。

 チームメイトと目と目を合わせる。

 帝竜を倒す。強くなって、理不尽を乗り越える。これはきっと、自分たちの意思なのだ。

 

 

「昨日体に叩き込んだこと、忘れてないわよね」

「うん。……ありったけ、全部活かすよ」

 

「……それでは、出撃開始! 総員、池袋に向かってください!」

 

 

 キリノに送り出されてエントランスに降りる。

 装備と道具の最終点検をして都庁から踏み出そうとしたしとき、裾が何かに引っ張っられる。

 植木鉢にでも引っかかったかと思って振り返ると、13班のナビ……ではなく、10班のナビである少女がいた。琥珀色のつぶらな瞳に自分の呆けた顔が映る。

 

 

「え、ミイナ?」

「……呼び止めて、すみません」

 

 

 ほとんど表情を変えない、人形めいたナビゲーターの少女。彼女からこんな風に近付かれるのは初めてだ。

 膝を曲げて視線の高さを合わせると、ミイナは唇を引き結び、何度か顔を上げ下げして、両手で抱えていた包みを差し出す。布の間に挟まれているメモ用紙には短いメッセージがつづられていた。

 

 

『待機命令、出されちゃいました……私の分も……よろしくお願いします! ──アオイ』

 

「これ……」

「私とアオイは、待機だそうです……ごめんなさい……後のこと、頼みます……」

 

 

 インクでつづられている文字はところどころに斜線が引かれていて、震えるように右往左往していて、たくさん悩んだのだろう跡が見てとれる。

 ミイナは顔を上げない。小さく鼻を啜り、ぺこりと頭を下げて踵を返した。

 

 

「あ……ま、待って!」

 

 

 小さな手をつかむ。昨日は深く悲しむ少女に寄り添うための一言すらかけられなかった。今度こそ何か言わなければと、必死に頭を回して言葉を探す。

 

 

「これ、ありがとう……。あの、あのさ、私……昨日、シキちゃんと一緒にね、マサキさんに見てもらいながら訓練したんだ」

「……?」

 

 

 ミイナが不思議そうな顔をして、ほんの少しだけ振り返る。

 近しい者を亡くした少女の心に届くかはわからない。それでも何かを伝えたかった。それが何かもわからなくても、なんとか頭を回転させて、想いを言葉に変換する。

 

 

「だから、その……帝竜には、負けないから。自衛隊の人たちと協力して、絶対勝って、帝竜の首、取って持って帰ってくるからね!」

「……」

「……」

 

「……帝竜から採取するのは首ではなくて、検体と、Dzだけです。他の部位は資材として回収されます」

「あ、はい……すみません……」

 

「時間厳守。さっさと行くわよ」

 

 

 ああ、最後まで締まらなかった。ミイナに冷静に指摘されて終わった会話にうなだれる襟をシキがつかんで引きずり出す。

 

 観測班と連携し、脱出ポイントから再び池袋のダンジョンに入っていく13班の背中を見つめ、ミイナはミロクに呼び戻されるまでエントランスに佇んでいた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 高度五百メートル地点。再び線路の上に降り立つ13班をドラゴンとマモノの鳴き声が出迎える。本部とつながる通信機がミロクの声を耳に届けた。

 

 

『それじゃあ、任務を確認するぞ。目的地は要塞頂上部。自衛隊と協力して電磁砲を破壊しつつ進軍。そして、最終目標である帝竜を討伐する。……いいな?』

「了解」

「うん。了解」

『……みんなで、生き残ろうぜ! ──オーヴァ!』

 

「手」

「え?」

 

 

 通信終了後、おもむろに少女の手が差し出される。シキは手のひらを見せて試すような視線を送っていた。

 

 

「帝竜がいるのは地上七百メートル地点。ここからもっと高くなる。怖いなら、手つないでやってもいいけど?」

「え、う……」

「冗談よ。手なんかつないでたら戦えな──」

「? シキちゃん?」

 

 

 ある一点を見て固まるシキに首を傾げる。

 その瞳が見つめる先を追うと、見覚えのある小さな色が視界に入った。シキが歩み寄り、線路の橋に引っかかって揺れていたそれをそっと拾い上げる。

 

 

「……それ、ガトウさんの」

 

 

 ほとんどが焦げついてしまっている紫のバンダナ。ガトウが首に巻いていた、今となっては遺品である布。

 

 

「……あいつ、気に入ってたっけ、このバンダナ」

 

 

 手の中の布切れを見下ろす横顔は長い髪に遮られて表情が見えない。しばらくの間無言になってから、シキはバンダナを突き出してきた。

 

 

「これ、あの電磁砲をくらっても消滅しなかったぐらいだから、たぶん防具として何かしらの機能があるかもしれない。あんた身に着けておいて」

「えっ、私!? いや、でも、ガトウさんと付き合いの長いシキちゃんが持ってたほうが……」

「いい。私があいつに守られてちゃ意味がない。それにあんたのほうが弱いんだから」

 

 

 早くと急かされもたつきながら、自分の腕章に挟み込むようにして紫の布を巻き付ける。

 赤い腕章と紫のバンダナを見つめ、シキはダンジョンの上層を見上げた。

 

 

「勝負よ、ガトウ」

 

 

 もしガトウ本人がこの場にいたら「相変わらずだな」と呆れていたかもしれない。そんなありもしないもしもの姿を振り切り、まだ焦げ臭さの残る線路の上を進み始める。

 電磁砲を含む粗方の敵と戦っていたためか、前進を再開したこのフロアで勝負を挑んできそうな影はほとんどない。マモノはともかく、一度倒したドラゴンは時間を置いても彩度発生するといったことはないみたいだ。

 歩を進めればさらに地上が遠くなる。ここから先は未到達の階層だ。ドラゴンたちの咆哮で一気ににぎやかになったフロアの隅、身を固めていた自衛隊員三人が自分たちを見つけ、見せつけるように盾を持ち上げる。

 

 

「おお、来たな13班!」

「お疲れ様です。あの、レーザーは大丈夫ですか?」

 

 

 昨日の惨状を思い出して転がり出た疑問に自衛隊員はにやりと笑い、キリノたちが開発したコートを指でなでた。

 

 

「この盾、なかなかの優れものだ。ちょっとした銃弾ならショックもなくはじいちまう。ただのナヨい兄ちゃんかと思ってたが、あのキリノって男、なかなかやるじゃないか」

「これがあれば、あのレーザーも耐えられそうだ。安心して戦ってくれ! よし、行くぞッ!」

 

「え、ちょ」

 

 

 呼び止める間もなく一人が電磁砲の前に飛び出した。どこかにセンサーでもついているのか、砲身がぐるりと回転して照準を合わせ、数えきれない命を焼き殺したレーザーを発射する。

 白い殺人光線と黒い盾が衝突する。自衛隊員が焼け焦げる様がフラッシュバックして悲鳴が飛び出た。

 

 

「だ、だめ……早く助けないと!」

「落ち着きなさいよ。キリノを信用してないの?」

「そうじゃなくて、でも早くいかなきゃ……!」

 

 

 言葉を遮る大きな足音に一同が固まり、シキがちっと舌打ちをする。

 網膜に焼き付くようなレーザーの眩い光に誘われるように、こちらへ接近してくるドラゴンが一体。長い四本足にとがった顎を持つバッタのようなドラゴンだ。視覚支援で表示された識別名称はタワードラグ。

 

 

「しょうがない。あんたは電磁砲破壊して。私はこいつの相手するから」

「え、わ、私一人で!?」

「つべこべ言ってると、あの自衛隊員が焦げるかもしれないわよ」

「それは嫌!」

 

 

 無慈悲に駆け出すシキに倣って反対方向に転げ出る。

 電磁砲は盾を持つ自衛隊員を狙ったままだから、よっぽど馬鹿なことをしなければ一人でも大丈夫なはず。それよりも問題なのは。

 

 

(どうしようどうしようどうしよう……もしあの人が焦げてたら……!)

 

 

 キリノや開発班の腕を信じていないわけじゃない。けれど、昨日嫌というほど目に焼き付いた黒く焦げる死体は、記憶から簡単に消えてくれるわけじゃない。

 涙目になりながら電磁砲に属性を放ち続ける。火球が当たって、冷気が砲身をかすめて、狙いの狂ったプラズマジェイルが周りを飛んでいたマモノを打ち落として。たて続けに属性攻撃を浴びた電磁砲は、轟音を立てて爆発した。

 

 

「だ、大丈夫ですかーっ!?」

 

 

 シュウシュウと煙を立てる盾に向かって叫ぶ。

 数秒間を置いて、黒い盾の影から自衛隊員が顔を出す。ひょっこりなんて音が似合いそうなほどの健康体だった。

 

 

「へっへ……任務完了! 生きてる生きてる、俺は生きてるぞ! 俺らが守る、おまえら叩く。ちゃんと協力すればイケるじゃんか、なあ?」

「あ、い、生きてた……よかった……」

「他の奴らもスタンバイしてる。後は任せたぜ!」

 

「そういうこと。レーザーならもう心配ないでしょ」

「あ、シキちゃん……ドラゴンは?」

 

 

 顎をしゃくってシキが示した場所には、足をばきばきにへし折られ引き千切られたタワードラグの胴が転がっている。

 綺麗にDzが切り取られた死骸を、戦闘を見守っていた自衛隊員たちが恐る恐るつついている。一見華奢な体でドラゴンの四肢をもぎ取る美少女の絵面に苦笑いを浮かべていると、遠方からカマチ隊員の声が飛んできた。

 

 

「おい、13班! こっちの電磁砲も頼む!」

「ほら、呼ばれてる。行くわよ」

「う、うん!」

 

 

 大きく広がるフロアを駆けずり回る。無傷とは言わないまでも、昨日の惨さはもうない。自衛隊員も、ダンジョンの異界化に巻き込まれていた一般人も、視界に入る人間は今のところみんな無事だ。緊張していた方から力が抜けていく。

 安全地帯へ移動し、水分補給も兼ねて小休止を挟む。戦場にいることに変わりはないが、装備の修繕と警鐘の手当てをしている自衛隊員たちはみんな悲嘆にくれてはいなかった。

 

 

「あ、おーい13班! そっちは怪我してないか?」

「さ、サスガさん。お疲れ様です。怪我はしてません。皆さんもご無事でよかったです」

「お互いにな。ところで、イコマの奴見てないか?」

「イコマさんですか?」

 

 

 盾の性能に感動してやんややんやとさわぐ彼らの中からサスガ隊員が抜けて近付いてくる。ここ数日でアオイへ熱烈なラブコールを発信する姿がなじんでしまった彼は、イコマの姿を見なかったかと尋ねてきた。

 

 

「昨日と違ってこんな大躍進してるっつーのに、配備表にも名前が書かれてなくてさ。あいつどこにいるんだか」

「私は……昨日、ダンジョンの入り口で声をかけられたとき以外は見てないですけど。シキちゃんは?」

「会ってない」

 

 

 イコマの人当たりのいい笑みが浮かぶ。そういえば、堂島を助けてやってほしいと頼まれたあのときを最後に、彼の姿は見かけていない。

 おそらく、怪我人か生存者の救助にてんてこまいなのだろう。昨日は他人のことを考える暇がないほど混乱した戦況だったから、自衛隊のほうでも情報の漏れがあるのかもしれない。

「ったくよぉ」と拗ねたようにサスガが唇を突き出す。

 

 

「こんな一大決戦のときに、何してるんだか……戻ったら、一緒に説教してやろうぜ!」

「あはは……。はい。それじゃあ、私たちは進みますね。お気を付けて!」

「おう、そっちもな!」

 

 

 怖い思いは変わらずあるが、不思議なことにそこまで体が強張らない。顔に吹き付ける風も、空気が線路の枕木の間を抜けて立てる音も、そこまで恐怖を煽らない。きっとみんながいるからだ。

 名ばかりの協力体制ではない。今度こそ互いの意思を持って築かれた共同戦線が、孤独ではないと心を奮い立たせる。

 向かい風とぶつかりながら上を目指して走り続ける。昨日の惨劇を塗り替えるように、一つまた一つとマップ上の敵性体が減っていく。

 視界に映る電磁砲が一つだけになったとき、そこにふらりと人影が近付いた。

 

 

『……13班、アタシだ。聞こえるか?』

「堂島三佐? 聞こえます。あの、電磁砲はそれ以外、全部破壊できました」

『そうか。……助かる』

 

 

 電磁砲から離れた場所に佇む赤髪に、走る速度が緩む。

 途切れた会話をつなぐように、ヒュウ、と一陣の風が吹いた。

 そういえば、彼女との間にはまだわだかまりがある。面と向かって話せてもいない。

 

 気まずい空気にどうしたものかと悩み、ミナトはイコマの行方を堂島に尋ねる。

 

 

「あ、あの……サスガさんに訊かれたんですけど、イコマさん、どこにいるかご存じないですか?」

『……イコマ?』

「はい。配備表にも書かれていないと言ってまして……」

 

 

 そうだ、今は無理だが、作戦が終わった後にイコマにあいさつに行かなければ。

 まだムラクモと自衛隊の間で空気がギスギスしていたとき、真っ先に緩衝剤の役目をしてくれたのはいつも彼だった。優しい気遣いに何度助けられたかわからない。

「お礼をしたいんですが」と言うと、堂島は風に髪を揺らし、ゆっくりと唇を動かす。

 

 

『さっき下でさ、イコマに会えたよ』

「そうなんですね。じゃああとで──」

『ううん』

 

 

『真っ黒になっちゃってさ、顔もわかんないのに……なんでかな、ちゃんと誰だかわかるんだ』

 

 

 堂島の淡々とした言葉に思考が止まる。

 比喩ではない。泥に汚れたとか、そういう話でもない。この場所で真っ黒だなんて言ったら。

 彼の名前が配備表に書かれていなかったというのは、情報の漏れでも何でもない。よく考えてみれば、国防組織の自衛隊がそんなミスをするわけがない。

 

 イコマという人間は死んでいる。昨日、このダンジョンであふれた焼死体の中に、また彼もいたのだ。

 

 言葉が消える。頭の中が真っ白になった。

 

 

「……私、イコマさんに、頼まれたんです。堂島三佐を死なせないでやってくれって」

『イコマが……? あいつらしいな。最後まで人の心配か』

「任せてって……答えました。私にできることを、しますって」

『ああ、だから、この電磁砲の破壊は頼んだ』

 

 

 堂島は他の自衛隊員同様、ウォークライのコートに包まれた盾を構える。

 

 

『……最後の砲台は、アタシが引き付ける。イコマには隊長が無茶すんなって怒られるだろうけど。ごめん……今だけは勝手させて。いくよ、13班!』

 

 

 アーマーをまとう背中がまっすぐに電磁砲に接近した。電磁砲はぐるりと振り返り、レーザーを発射する。

 交戦と盾が衝突する音。次いでシキに肩を小突かれて意識が引き戻された。

 

 

「電磁砲。あれが最後。破壊するわよ」

「う、ん」

 

 

 指示されるがままに力を振るう。最後の電磁砲は特別頑丈でもなければ破壊力が飛び出ているわけでもない。攻撃を浴びせれば他と一緒で派手に爆発して沈黙する。

 堂島が片腕を押さえる。通信機で状況を訊く必要はない。別々の線路に立って隙間はあるけれど、彼女との距離は声が聞き取れるところまで近付いている。

 痛みに震える彼女の声が風に乗って流れてきた。シキが彼女の手前の枕木の上に救急キットを放る。

 

 

「これ、ムラクモの傷薬。傷口濡らすだけでもマシになるから使えば」

「悪いね。最初からこうして頼っておけばよかったな……でもさ、こっちにも意地があったんだよ。今までこの国で、血生臭いことの矢面に立ってきたのは、アタシたちだったんだ。それを、尻尾撒いて逃げて、そのときまで名前も知らなかった相手に、こんな戦いを放るなんて、情けなさすぎるだろ? ……全部無駄にしたくなかった。だから戦った。ドラゴンに歯が立たなくたって、本気だったんだよ……」

「別に、自衛隊の名前くらい知ってるし、疑ってないし、無駄だとも思ってなかったけど」

「うん、そうだな。……みんな、最初からそうだったよなぁ…………っ」

 

 

 引きつるような笑いが、電波の悪いラジオみたいに途切れて空に流れる。風が堂島の目尻から透明な滴をさらって、粉塵といっしょに黄金色の空に散らしていく。

 静かに笑って、泣いて、体の中の酸素を入れ替えるように深い呼吸をくりかえした堂島が立ち上がる。

 

 

「ダメだなアタシは。まだ泣いてる場合じゃない。……帝竜を、倒しにいこう。最後はおまえたちの仕事だ。見送りくらいはさせてくれるだろ?」

 

 

 彼女の後について上にのぼる。ここまでくれば、ほどけた毛糸玉のように宙に走っていた線路は数を減らして集まっていた。

 五百メートル地点と同じく脱出ポイントがある小さな広場。堂島以外の五人の自衛隊員が待機して、風にさらわれないように申し訳程度の拠点を築いている。

 

 

「この先が、帝竜のいるフロアだ」

「わかった。……で、」

 

 

 シキが振り返る。

 抜け殻のようになって、ついていくことしかできなかったこっちをにらみ、小さな手が肩をつかんで強めに揺さぶってきた。

 

 

「あんたいつまでその調子なの? 戦闘に集中できないなら置いていくわよ」

 

「そんな、まさか一人で行く気か?」

「いやでも、あの子ならやれるかもしれないぞ」

「一人でドラゴンぼこぼこにしてたもんな……」

 

 

 後ろでぼそぼそと言葉を交わす自衛隊員に少女が顔をしかめ、肩を前後する力が強くなる。様子を見かねたのか、堂島が一歩踏み出してきた。

 

 

「おい、大丈夫か?」

「……イコマさん」

「ん?」

「イコマさん、死んじゃったんですね」

「……そうだよ。言っておくけど、おまえたちのせいじゃないんだから、変に気負ったりしなくていい。これから帝竜と戦うんだろ?」

 

「……ああもう! 肝心なときに動けなくなってどうするのよ! もういい、私一人で──」

 

 

 頭を掻きむしってシキが背を向ける。

 一、二、と歩を進める背中に手を伸ばす。指先がセーラーの襟をなんとか捕まえた。

 

 

「……シキちゃん」

「……何」

 

「──殴って!」

 

「ふんっ!!」

「痛ったあ!!?」

 

 

 ぶあっちん、と大きな音が鳴る。

 アオイがナツメをはたいたとき以上の張り手に堂島が顔を青くし、勢いよく回る視界の中で自衛隊員たちがきゃあっと叫んだ。

 マウスピースを入れているわけでもないのに腫れ上がる頬を押さえる。自分で頼んだことだけどマジで遠慮なく殴られた。ひどい。

 

 

「こ、ここまでする……? 気絶するかと思った……」

「あんたが殴ってって言ったんでしょ? それに、そっちのほうが気兼ねなく泣けるでしょ。おら泣け。おら」

 

 

 なんだそのいじめっ子みたいな言い方は。

 

 

「……。うっ、」

 

 

 きゅっ、と胸の奥で蛇口がひねられたような感覚がする。まぶたの内から涙がほとばしった。

 

 

「うっ、ぐ、うっぐっ、う゛ぅぅ……!」

「お、おい……本当に大丈夫か?」

 

 

 堂島が駆け寄ってくる。涙でぼやける視界の中、彼女の腕にすがりついて胸の奥に沈殿していた冷たい塊を吐き出した。

 

 

「ごめんなさい……! ガトウさんもイコマさんも死んじゃった……! 私の治癒、弱くて全然使えないしっ、ミロクもミイナも、アオイちゃんもろくに励ませないし……あの人たちを助けられなくて、助けてくれたお礼も言えながっだじぃ……っ!!」

「ああ……イコマはお人好しだから、いろんなやつらと仲良くなれるんだよな。……おまえたちともそうだったもんな」

「……私、帝竜、倒します。これ以上、犠牲者なんて出したくない」

 

 

 いつまでもぐずぐずしているわけにはいかない。10班やキリノたち、自衛隊がつないでくれた道だ。ここを進むのは二回だけ。帝竜に挑むときと、勝って帰ってくるときだけだ。

 二度目の敗走は許されない。ひざに拳を叩きつけて立ち上がる。

 

 

「シキちゃん、ごめんね。もう大丈夫。いける」

「これであんたも死んだら、洒落にならないからね」

「うん。わかってる」

 

 

 今度は自分の両手で、挟むように両の頬を叩く。

 堂島がわずかに微笑み、自衛隊員とともに一列に並んだ。

 

 

「13班に──敬礼ッ!」

 

 

 直立し、寸分違わずそろった敬礼が贈られた。

 

 共に戦った仲間に見送られ、要塞頂上に続く線路を駆け上がる。

 視界に表示された高度が少しずつ増えて、ついに七百に達する。たどり着いた池袋の頂上は障害物のない一際開けた平地だ。

 東京を一望できる高さで侵入者を待っていた帝竜は、ドラゴンと形容するには疑問を感じるフォルムをしている。

 

 

「竜、っていうか」

「虎、違うな、熊……?」

 

 

 磁力に引き寄せられた線路、電車、瓦礫が固まる舞台を踏みしめる四肢。ミサイルのような大きな砲を背負う胴。こちらを捉える、赤い光を放つレンズのような両眼。

 空を飛ぶ竜ではなく地を駆ける獣のような姿。ウォークライとは全く違う戦いになりそうだ。首を傾げつつも警戒して構える。

 

 

『13班、準備いいな? 向こうは逃がしてくれそうにないぞ』

「いいわよ別に。こっちが狩る側だから」

 

 

 一切ブレずにナックルを握るシキに通信機から笑い声が漏れる。咳払いをくりかえしたあと、高さの残る少年の声がぐっとトーンを落とした。

 

 

『「ボサっとすんじゃねえっ……! しくじったら、承知しねえぞ!」……へへ。きっと見てるよ、おまえたちの活躍!』

 

 

 あごひげを生やし、大剣を担いで笑う10班のリーダーが言いそうなセリフだ。彼を真似た少年ナビは照れくさそうに笑う。

 視界の端々、帝竜の視認を邪魔しない位置にムラクモ本部からの支援情報が並ぶ。改めて気を引き締めて帝竜と向き合った。

 気まぐれに町を吹き飛ばす、そのくせ近付いてきた者は黒焦げにする。ずいぶんと好き勝手してくれたものだ。わきまえることを知らず、これからも暴れ続けるのであれば放っておく理由もない。

 

 ナックルが鈍く光り、クロウがマナを収束させる。

 第二の帝竜ジゴワットは、目の前に立つ人間二人を見て高らかに咆哮した。

 

 

「シキちゃん、ちょっと待って……これ!」

 

 

 ミナトが五指を伸ばし、指先から冷気を放つ。いつも使っている固体の氷ではなく、砂金のように細かく輝く冷気がシキの体を包んだ。

 昨晩、屋上で練習していた技の一つだ。「失敗したらどうしよう」とばかり言っていたが、数えるのが億劫になるほど積み重ねた練習量は裏切らないだろう。

 あとはそのときにうまく動いてくれることを願い、シキは真正面から堂々とジゴワットに向かって進み始める。

 

 

『シキ、あいつの背中に乗ってるのも電磁砲だ。強力だと思う。注意しろ!』

「了解」

 

 

 ジゴワットが吠える。獣のような姿をしているからてっきりその爪か牙で襲ってくると思っていたら、帝竜は早速、ガシャンと機械的な音を立てて背の電磁砲をシキに向けた。背後にいるミナトが慌てて射線から逃れようと走り出す。

 電磁砲のようなレーザーではない。砲弾のような電気の塊が充填され、連続で発射される。

 一度左に跳び、止まらず右へ。ほんのわずかの時間差で発射された三発目は避けきれず、両腕を交差して防御した。

 肌の上で電気が弾け、バチバチと髪が逆立つ。脳から流れる電気信号が狂わされてがくりと膝が崩れた。

 開発班が作った電気の影響を軽減する防具を身に着けていても多大な影響を与える電撃。連続してくらっては危険だろう。だが接近しなければ攻撃できないし、自分が注意を引きつけなければ後衛が狙われる。

 

 

「シキちゃん!」

 

 

 ミナトの手から青い光が飛んで体を包んだ。体に出た悪影響を打ち消すリカヴァという術だったか。麻痺が薄れていくのを感じてやればできるじゃないかと口の端を上げる。

 射撃戦ではなく白兵戦の間合いまで距離を詰められたジゴワットは、ようやく獣らしい動きをした。電磁砲を背に下ろして脚を曲げ、前脚を武器に飛びかかってくる。

 

 

「っ!!」

 

 

 振り上げられた前足を避けずにあえて受け止める。体に比類ない重さが襲いかかり、膝がみしりと軋んだ。

 頑強なデストロイヤーでも帝竜の勢いは相殺できない。体には負荷がかかるが……今に限っては相手から寄ってきてくれて好都合だ。

 

 ふわりと、セーラー服の周囲に浮かんでいた冷気が動く。ミナトが仕込んでいたマナが氷の鎧となって牙を剥いた。

 体に触れるジゴワットの脚が凍りついた。一瞬動きが硬直したのを見逃さず大きな足を全身でつかんでひねり、背後に流す。バランスを崩したジゴワットの顔にカウンターの裏拳を思い切り打ち込んだ。

 ひるんだ隙を逃さずナックルを叩きこむ。銅鑼を叩くような音が響いて金属の巨体が揺れ、その両眼の表面がわずかに欠けた。

 

 

「動かない……でっ!」

 

 

 離れた場所にいるミナトが追撃する。押し寄せた氷が機械の体に衝突するのと同時に足場とジゴワットを接着させた。その戒めが割れないうちにウエストを回し、ひねりを加えたダブルフックをくらわせる。

 運動エネルギーが伝わっていく確かな手応え。ただ一方的に攻撃を浴びてくれるというボーナスは発生しない。帝竜は火花を散らして氷を削ぎ落しながら襲いかかってくる。

 上等、殴り合いだ!

 

 

「シキちゃん……!」

「構うな! 自分の役割に集中!」

 

 

 肉弾戦が生み出す衝突の嵐の向こうから、チームメイトの震える声が聞こえてくる。巨大な敵と殴り合う体が挫けないよう、ミナトには徹底的にキュアとリカヴァ、そしてゼロ℃ボディを使わせた。ガトウを救えなかったことを悔やみ、彼女が死に物狂いで特訓を繰り返していた治癒能力は昨日よりも効果を発揮し、体に刻まれる傷を消していく。

 ウォークライのような肉と骨でできた体なら脚の一本は折ることができたかもしれない。だがジゴワットの鋼体はこの要塞を象徴する鋼の堅さだ。殴っても殴っても決定打が与えられない。

 

 

『シキ! ジゴワットが電気を溜めてる! でかいのが来るぞ!』

「くそっ! 電磁砲警戒! 防御!」

「りょ、了解!」

 

 

 至近距離で電撃をもらうのはごめんだ。上から振り下ろされた足を避け、ステップを重ねて離れる。

 ミナトに指示を飛ばすのとほぼ同時に、電磁砲が溜めていた電気を放った。

 ジゴワット自身がいる舞台が崩壊しないよう威力の調整はすると踏んでいたが、物理と違って手につかめない電撃は完璧に防ぐ方法がない。強力な掃射が二人を襲う。

 燃えたままの闘志とは裏腹に麻痺で足がくず折れ、汗が頬を伝う。ミナトもなんとか凌ぎきったようだが、同じく麻痺しているようで回復行動に移れていない。

 

 敵が止まった好機を見逃すはずもなく、ジゴワットが再び電気を蓄積し始める。

 

 

「! まずい……、──!?」

 

 

 バキバキバキと足もとに亀裂が走る。

 一つ、二つ、そして三つ。ダンジョンの一部となって足場を形成していた電車の車両が引き抜かれて宙に浮かぶ。

 そうだ、忘れていた。アオイが言っていたじゃないか。

 

 

『中心に、磁場があるみたいですね。線路がひしゃげるほど、強い磁力を操る帝竜……』

 

 

 この帝竜は電気と、磁力を操る──!

 

 ジゴワットが天を仰いで吠える。その巨躯にため込まれていた電気が、砲弾ではなく網のように舞台に広がった。

 

 

「ぐっ!?」

「い……った……!?」

 

 

 中央から端まで、全体に網を張るように雷の筋が走り抜ける。防御もできず呑まれた視界で光が弾け、体の水分が弾けるような音を聞いた。

 ウォークライの火とは違う、内側から肉が焦げていく感覚。息苦しさに口を開けば喉から黒煙が漏れ、硬直する体が地面に接着される。

 帯電した装備の金属が、足場になっている金属と磁石のように引かれ合っているらしい。籠手をはめている左腕はがっつりと縫いとめられ完全に封じられた。

 

 

「くっそ……!」

 

 

 全身が痙攣して呼吸も満足にできないまま、右手の指を開いてなんとかナックルを外し、腰のポーチまで引きずっていく。

 仰向けに倒れたまま視界の中、依然余裕のある帝竜は体の向きを変えて……離れた場所で転がるミナトに近付きはじめた。

 

 

(まずい!)

 

『シバ! 逃げろシバ!!』

 

 

 辛うじて壊れずにすんだ通信機からミロクが叫ぶ。

 ウォークライ戦のときと同じだ。だが今回は体がいうことをきかない。

 ミナトがのたうち、その指先が繰り返し上下に跳ねる。目を細めて首をひねる女性の上に、大きな影が覆い被さった。

 

 この帝竜に口はあっただろうか。見えないし、思い出すこともできない。

 獲物を捕食するように、ジゴワットの顔が上から衝突する。

 

 グシャッ、と、潰れる音を確かに聞いた。

 

 

『っ』

 

「──くっそぉぉおっ!!」

 

 

 背中を仰け反らせて絶叫する。

 浮いていた電車が鉄槌となって振り下ろされる。

 轟音と粉塵を上げて、少女がいた場所が陥没した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 電磁砲やドラゴンが退治できていても、まだマモノが残っている。ここまで登れば数はほとんど減っているが、脅威がないとは言い切れない。堂島を含めた自衛隊員たちは、13班の戦いに不利益な乱入者が出ないよう周囲を警戒していた。

 シキとミナトの背中が線路を上って見えなくなったときから、彼女たちの帰りを信じ、堂島はあえて背を向けている。

 心配して見上げるようなことはしないという誓いは、「隊長!」という新人の金切り声で破ってしまった、たまらず最上フロアを振り仰ぐ。

 

 

「!? 何だ、あれは……!?」

「電車です!」

「それは見ればわかる!」

 

 

 要塞を構成していた電車が、ひとりでに浮かび上がっている。

 つながった複数の車両は意思があるかのようにくねり、決戦地点の一点に狙いを定めて殺到した。

 おもちゃのように鉄片が空を裂き、大きな震動がダンジョン全体に伝わっていく。サスガがつまずき、マキタが膝を着き、フロアの端に立っていた者は危うく足を踏み外しそうになった。

 

 

「あれも帝竜の……!? む、無理だ、無理だ! もしそんな奴が下に降りてきたら……!!」

「無理とか言うんじゃねえ! あそこで13班が戦ってるんだ!」

「その13班は大丈夫なのか……!?」

「だだだだ大丈夫に決まってんだろ!? ウォークライを倒した13班だぞ!?」

 

 

 頭を抱える隊員をマキタが毅然と、サスガがどもって一喝していく。

 

 

「13班……頼む……!」

 

 

 鉄塊が突っ込んで一部陥没している決戦地点に銃をきつく握りしめ、堂島は彼女たちの勝利を祈って目を閉じた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

『シキ! シバ! お、応答しろ!! おい!』

『じ、13班! 応答してください……!』

 

 

 ミロクがくりかえし叫ぶ。池袋の再攻略を無言で見守っていたミイナも、たまらず通信機のコール音を鳴らして呼びかけていた。

 

 

『なんで視界情報が表示されないんだよ! 目開けろ、返事しろって! そんな奴に負けるなよ、シキ!』

『て、帝竜の首を持って帰るって言ってたじゃないですか! 起きてください! ねえ、シバ……!』

 

 

 何度呼びかけても返事はない。

 池袋の磁力に巻き込まれないよう、離れた場所に設置したカメラが映す決戦地点は、依然粉塵がもうもうと立ち昇り、ジゴワットらしき巨大な影しか映っていない。

 

 電磁砲を受けて倒れたガトウを思い出す。「ウソだ」と声が漏れた。

 

 そんな、ウソだ。ここまで上手くいっていたじゃないか。自衛隊と協力して、電磁砲なんて簡単に攻略できたじゃないか。

 みんなで生き残ろうって言ったじゃないか。好き勝手してくれた帝竜に、倍返しすると意気込んでいたじゃないか。

 

 なんで、返事がないんだ?

 

 

『13班……? ……し、死ん──』

 

 

「生きてるーーーーーーーっっっ!!!」

 

 

 深海のように停滞した空気を、甲高い叫びが引き裂く。

 視界情報が再接続され、粉塵の中から飛び出したダンプカー並みの氷塊がジゴワットを突き飛ばした。

 四肢を振り乱して帝竜が転がっていく。続いて、

 

 

「勝手に……殺すなあああああーーーっ!!!」

 

 

 ゴガンッと、決戦地点に垂直に突き立っていた電車が跳ね飛ばされる。

 

 帝竜に向かって腕を振り抜いた姿勢のミナトと、頭上に拳を突き上げて仁王立ちするシキが映る。双子はわあっと悲鳴を上げてキーボードとマイクにかじりついた。

 

 

『13班!! 無事だったんだな!』

「これのどこが無事に見えるのよ! 生きてはいるけど! ていうかなんではなんで生きてんの!?」

「えっ、生きてちゃダメだったの!!?」

「そういう意味じゃない!」

 

 

 髪もセーラー服も血に染めて、陥没した場所から出てきたシキがミナトを指差す。

 仰向けに地面に縫い付けられていたためはっきり見たわけではないが、たしかにジゴワットはミナトを攻撃した。彼女が潰れたであろう嫌な音を間違いなく聞いたのだ。

 しかしミナトは生きている。服が破れてくびれの上あたりに大きな傷があるが、致命傷とはいえない。

 

 

「あんたも私と同じで動けなかったはずよ。いったい何したの?」

「ああ、それか……いや、サイキックって、超能力って便利だよね! マナがコントロールできれば体を動かなくても力使えるなんてさ、昨日死ぬ気で特訓した甲斐があ……」

「答えになってない!」

「あうあうあうあうっ」

 

 

 シキがミナトの体を揺さぶる。サイキックは頭を前後させアシカのように喘ぎながらもシキを制し、何をしたのかは後で説明すると言った。

 

 

「ていうか、シキちゃんだって、電車に潰されてたよね!?」

「だから潰されてないわよ! ぎりぎりパ薬飲んで麻痺軽減して、潰れないように踏ん張ってたの!」

「え、電車の車両複数台受け止めてたってこと? それはそれでかなりやばい気が……な、何でもないです。今は帝竜に集中しよう! ありったけの氷ぶつけてやったから、チャンスだよ!」

「わかってるわよっ。……」

 

 

 空になった麻痺症状を取り除く薬とメディスの容器を、粉塵の向こうに放り投げる。

 二本はそのまま地面に落ちるかと思いきや、空に走った電気に貫かれ、水が弾けるような音を立てて砕け散った。

 怒りの駆動音を響かせてジゴワットが粉塵を吹き払う。ミナトの氷をもろに受けた体の右側がひしゃげ、ひびが入る両眼は爛々と赤く光っていた。

 

 

「わぁ……あれ絶対怒ってる……」

「さっき自分でチャンスだって言ったじゃない。弱ってるから畳み掛けるわよ。援護して」

「うん、了解!」

 

 

 体に刺さるガラス片や鉄くずを取り除き、ナックルをはめ直してシキが走り出す。「気を付けて!」というミナトの声とともに、キュアが傷を治療し、ゼロ℃ボディの冷気が体を包み込んだ。

 まっすぐ突っ込むシキに対して再び帝竜の電磁砲が動くが、照準を合わせる前にシキは横に跳んで、ジゴワットの右側に回り込む。

 

 

「そんなに顔が嫌なら、こっち狙ってやる!」

 

 

 火花を散らす右前脚の関節に拳と足を集中させる。さっきのミナトの氷に加え、ジャブからダブルフック、回し蹴りのコンボを受けた脚は、大小さまざまな部品をまき散らして瓦解した。

 

 

「もう電磁砲は使わせない!」

 

 

 マナ水を飲み干したミナトが、電磁砲ごとジゴワットの背を凍らせる。

 脚を一本破壊され、亀の甲のように氷を背負わされたジゴワットは自身を支えきれずに転がった。起き上がろうと必死にもがく脚に休まず追撃を加えていく。

 一撃一撃拳を繰り出すごとに勢いを付けていくシキは、ウォークライにとどめを刺したときのようにジゴワットの急所を探す。

 

 

「錐作って!」

「す、錐? 錐ってこう……杭みたいな?」

「そう、円錐でも四角錐でもいいから早く! でかいの二本!」

「は、はい! 錐、すい、スイ……」

 

 

 頭の中で錐をイメージする。先が鋭く、幹が太く、堅い物でも貫くような。

 ジゴワットの巨体に合わせ、太めで十メートルほどの長さの錐を作り上げる。

 大きくしすぎたかと心配したが杞憂だった。無骨で大きなそれをシキは難なく持ち上げ、ジゴワットが電磁砲でそうしていたように、先端で狙いを定める。

 

 助走を付けて底の部分を支えに小柄な体が飛び上がる。棒高跳びみたいだなという月並みな感想は、宙に浮いた少女がそのまま巨大な杭を振り回すことで吹き飛んだ。

 

 

「くらえええっ!!」

 

 

 腕力、体重、重力、武器の重さをすべて乗せた突進が、ジゴワットの胸部に衝突する。何度も打撃を与え続け脆くなった体は押し負け、杭の切っ先が深く埋まった。

 金属が破られる耳障りな摩擦、大きく電気が弾ける音。ぎしりとジゴワットの巨躯が軋む。

 間髪入れずもう一本の杭を持ち上げ、シキはそれを帝竜の頭部に突き刺す。虫の標本のようにジゴワットが縫いとめられたところで、彼女は脇に転がっていた電車の車両を半分にへし折った。何を言っているかわからないと思うが実際チュー◯ットみたいに折った。メギャリととんでもない音がした。

 

 

「え、あ、あの、あの……シキさん……?」

「こいつは機械の体よ。どこ壊せば止まるかわかんないし、念入りにやるしかないじゃない」

 

 

 ジゴワットはもう動いていない。だがまだ油断ならないと、少女は幾分かコンパクトになった得物を帝竜ひ何度も打ち付ける。

 ガンゴンベキギズボゴンと叩かれ、氷も機械の体も徐々に沈み、ヒビを広げ、火花を飛ばし、ついには崩れ始めたところで手が止まった。

 胸部に完全な風穴が空いたのを確認し、シキは頭のほうに移動する。

 

 とことこと歩き、空を仰ぐようによいしょと体を仰け反らせ、

 

 

「ふん……ぬあっ!!!」

 

 

 ありったけの鉄槌がジゴワットの頭を潰した。

 

 

「ひい!」

 

 

 勢いのあまり弾き飛ばされた金属片がミナトの頬をかすめていく。

 オーバーキルとアナウンスが流れそうな帝竜の残骸にシキが満足そうに腕を組んだところで、ミロクが控えめに呼びかけてきた。

 

 

『おい、13班。……帝竜の活動停止を確認した』

「や、やった……? やったね、勝った……!? ちょっとやりすぎな気もしたけど!」

「何言ってんの? こんな奴、徹底的に叩きのめしてあまりあるわよ」

『よし、サンプルを採取したら、都庁に帰還しよう』

 

 

 スンッ、と小さく鼻を啜る音が聞こえた。深く、ゆったりと息を吸って、噛みしめるようにミロクは告げる。

 

 

『やったな、おつかれ。……みんな、生きてるぞ』

「……うん。死にそうになったけど、生きてる」

「じゃあDz回収するから。ウォークライのときは意識とんでたから、サンプルの回収方法教えて」

 

 

 未だに残る静電気で広がる髪を抑えつつ、シキがジゴワットの体を解体し始める。

 くり抜かれた目玉のレンズや一つずつ剥がされた爪の金属、歯車にネジと際限なくパーツが転がり始める中、地上七百メートルを吹き抜ける風を浴びて目を閉じた。

 ……本当は、イコマもここにいてほしかった。

 沈んでいるばかりでは仕方がないのはわかっている。けれど忘れたくなかった。イコマのことも、名前も知らないまま死んで、まともに弔うこともできなかった自衛隊の誰かも。

 これから歩くのは彼らが血を流して拓いた道だ。それを胸に刻む限り、寒さのように沁みる痛みとも付き合っていかなきゃいけないんだろう。

 

 今度は自分が鼻を啜る番だった。喪失の苦しさと勝利の温かさが入り混じる胸に手を当て、ぎゅっと握る。

 てっきり怒られると思っていたが、シキは何も言わずにジゴワットの体を調べ、検体を採取していた。いつまでも任せていてはいけないと自身の頬を叩いて意識を切り替え、Dzの回収を手伝う。

 

 

「帝竜すごいね。盾に使った素材もそうだけど、Dzが普通のドラゴン三体分も取れるんだ」

「ま、雑魚とは段違いに強いんだから、これぐらい取れなきゃふざけるなって話でしょ。そうだ、さっき聞きそびれた話の続きだけど……眩しっ」

 

 

 Dzを収納しながらシキが質問しようとした瞬間、帝竜の体が明滅を始める。

 すかさず視界をミロクの操作する電光が走り、彼はひっと息を引きつらせた。

 

 

『電磁波……!? 危ない、爆発する!!』

 

「は?」

「え?」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「お、音が止んだぞ……。どうなったんだ?」

「電気とか、電車が動いたりとかもなくなったな……」

 

 

 自衛隊の面々は、沈黙したままの決戦地点を見上げていた。

 目が潰れるほどのスパークや脳が揺れるほどの轟音、立つのも難しい衝撃が連続して起こるのは恐怖だが、それが一切なくなればなくなったでまた不安が生じる。

 これは嵐が過ぎ去った後なのか、それとも更なる嵐の前の静けさなのか。

 固唾を飲んで、13班と帝竜の姿が見えないかと目を凝らす。そこにムラクモ本部から通信が入った。

 

 

『コール、堂島三佐。こちらムラクモ本部』

「こちら堂島だ。どうした? 戦いはどうなったんだ?」

『つい先ほど、帝竜の活動停止を確認しました。……作戦成功です』

「え……え!?」

『13班は帝竜との戦闘で負傷しています。彼女たちがそちらに戻り次第、一緒に都庁に帰還してください』

 

 

 成功の意味を理解するのに数秒かかり、堂島は自分に注目する自衛隊員らに笑顔を向けた。

 

 

「やった、やったぞ! 13班が勝った!! アタシたちの勝ちだ!」

「えっ!? マジっすか!?」

「本当に……!」

「っ~~~」

 

「よっしゃあああーーーっ!!!」

 

 

 野太い歓声が共鳴してダンジョンに響いた。

 肩を組み、抱き合い、ある者は感極まって涙を流す。

 マキタにサスガもうおーっと拳を振り上げ、やんややんやのお祭り騒ぎになったところで、

 

 

「あああああああああーーーーーーっっっ!!!!!」

 

 

 と、上から女性二人の甲高い叫びが流れてきた。

 

 

「13班だ! 帰ってきたぞ!」

「はは、浮かれてら。あの二人もあんな声出すんだな」

 

「あ、降りてきた……っておい、全身ぼろぼろじゃないか! 血もあんなに!」

「その割には結構元気だな。すげー全速力……」

 

 

「……何か、様子がおかしくないか?」

 

 

 螺旋階段のように渦を巻く線路を、女二人が猛スピードで走り降りてくる。

 

 

「だから言ったじゃん! だから言ったじゃん! やりすぎな気がするって言ったじゃん! きっと怒ったんだよジゴワット!」

「うるっさいわね! やりすぎかやりすぎじゃないかだったら何度だってやりすぎを選ぶわよ! 相手は帝竜よ!? 私たちを潰して殺そうとしたんだから自業自得よ!」

 

 

 声をキンキンと響かせながら肩を並べて走る13班に、とりあえず手を振ってみる。

 シキとミナトは、声を揃えて「走って!!」と叫んだ。

 

 

「帝竜が自爆する!!」

「どのくらいの規模になるかわからない!! 早く逃げてー!!」

 

 

 全員の顔から血の気と笑みが消えた。13班に感化されたように絶叫をほとばしらせ、てんでばらばらに走り出す。

 ぎゃあああと合唱しながら八人が下へ下へと駆け抜ける。

 地上五百メートルの中枢ポイントに転がり込んだところで、背中が強烈な光に照らされた。

 

 

 その日、東京各地に隠れていた生存者たちは、池袋方面の空に汚い花火が咲くのを目撃したという。

 

 





爆発落ちなんてサイテー!!!(言ってみたかっただけ)

ジゴワットが自爆した後に画面が何もなかったようにワールドマップに戻るのはシュールでしたね! CHAPTR 2は次回で終わります!

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