2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!! 作:蒲焼丼
資料を取るために戻ってきたという都庁職員さん、どうやって中に入ったんですか?
「ね、ねえ、あの」
「何」
大股でターミナルに向かう少女に声をかける。
振り返る素振りも見せず足早に歩く彼女は、自分とペアを組んで選抜試験に挑んでくれる相手だ。最低限のコミュニケーションは取れるようにしなければ。
「えーっと、名前は何ていうの? どう呼べばいいかな」
「シキ。みんなそう呼んでる」
「シキちゃんね。さっき聞いたと思うけど、私は志波 湊です。シバでもミナトでも好きに呼んで。よろしくね」
隣を歩きながら右手を出す。
セーラー服のところどころに防具を身に付けた少女、シキはそれを一瞥する。数秒眉間にしわを寄せてから「ああ、握手か」と、籠手を着けていない右手を出してきた。
小さな手と握手を交わす。しかしほんの一瞬ですぐに解かれて、シキは目の前のターミナルに体を向けた。
両手の指が慣れた動きでパネルに触れていく。黒一色だった画面が発光し、映ったのは幼い女の子の顔だ。
『こちらムラクモ本部……ターミナルの起動を確認しました。この端末では、新規メンバーの登録やチーム構成の変更が可能です』
「まずは『ENTRY』でメンバーを……」と言いかけ、女の子の言葉が途切れる。
画面の中のあどけない瞳がぱちぱち瞬き、シキを見て、こちらを見て、もう一度シキを見た。
『シキ、チーム、組めたんですか?』
「選ぶの面倒だったし、残ってた奴を引き入れたの。三人じゃなくて二人だけど、これでチーム登録して」
『……了解。情報の入力をお願いします』
表情の変化が乏しい女の子に促され、シキが個人の名前と能力を入力する。それに倣い名前と能力(たしかナツメがサイキックと言っていた)を入力し、シキと合わせて二人でチーム登録をする。
事務的なチーム結成ではあるが、一部始終を見守っていたキリノとナツメが満足そうに頷いた。
「中でガトウさんの指示に従ってください。くれぐれも気をつけて」
「それじゃあいってらっしゃい。シキ、万が一がないように、ちゃんとフォローしてあげてね?」
「言われなくてもわかってる。行くわよ」
「はーい……」
キリノとナツメに見送られて都庁の入り口に向かう。ガラス張りのドアの前で待っていたガトウは自分たちを見るなり眉間にしわを刻んで首を傾げた。
「おまえらはニ人組みか? 他にもちらっといたが……キリノの話、聞いてただろ?」
「仕方ないでしょ。余ってたのが一人だったんだから」
「試験に呼ぶ人数は三で割り切れるようにはしてる。中にいる奴らと相談すれば三人組で組み直せるぞ。おまえらの安全のためだ、一人や二人で何かあってもこっちは責任持てねェぞ。それでもいいのか?」
再三忠告するガトウだが、それでもシキは問題ないと押し通した。
「S級の中から厳選して招致したんなら過保護になるのやめなさいよ。……教官殿は自分の目利きが不安みたいね?」
「ほっほォ……大した自信だな! 嫌いじゃないぜ、そういうのは! そこまで言うなら認めてやろう」
ガトウもガトウで、危険な試験で監督を務めるにもかかわらずころっと乗り気になる。彼は平穏より刺激を求める人間なのかもしれない。好戦的に笑うその目がシキからこっちに移った。
「おい、隣の姉ちゃん。おまえ
「く、くら……?」
「どの能力を持ってるかってこと。あんたサイキックなんでしょ」
ガトウの質問に首を傾げ、シキに囁かれて答える。なら、と手渡された小さなケースには、小さな円錐のような何かが10個入っていた。
「えーっと、これは?」
「サイキック専用の武器だ。指先にはめて使え。そうそう、それでいい。……前衛と後衛のバランスは問題ないが、審査中でもターミナルに戻りゃチーム編成はできる、ってのは覚えときな」
「そんなめんどくさいことしない」
「おめぇに言ったんじゃねぇよ。じゃあ、行くぞ。他の奴らはもう入ってるンでな。おまえらのチームが最後だ」
ガトウに続いて入り口を潜る。それぞれ距離を取って固まっている他チームと、今しがた入った自分たちを見回して人数を確認した後、選抜試験の教官は大きく頷いた。
「よォし、全員揃ってるな? 外で伝えた通り、おまえらにはこれからマモノを狩ってもらう」
「あの……マモノってどんなやつなんですか……? なんとなく、噂で聞いたことはあるけど……実物で見たことはなくて──ひ、ひィッ!?」
手を挙げて質問を始めた候補生の声が途中で裏返る。恐怖に開かれた目に倣って顔を回すと、体躯数十センチ程度の動物が二体、威嚇しながらこちらに距離を詰めてきていた。
頭から縦に伸びた長い耳、口から覗く2本の前歯。一見、その愛らしさでペットとして可愛がられているウサギに見えなくも……いや無理がある。あんなデカくて絶対殺すみたいな雰囲気を漂わせるウサギがいてたまるか。
目は誰かの生き血を浴びたような真紅の塊で、異常に発達した尾は無知としても使えそうな形をしている。前歯は歯というよりも牙みたいな鋭さがあって、室内飼いできる草食動物の面影なんて微塵もない。自然と人間を和ませる動物の癒し効果は反転して威圧感になっていた。正真正銘あれもマモノだろう。
意気込んでいた候補生が一瞬で尻込みになるのを見て、ガトウは大口を開けて笑った。
「ダハハハッ! 良かったじゃねェか、本物が見れて! そいつがマモノだ。だが、そんなにビビることはねェぜ? ちっとばかり凶暴な、獣くらいのもんだ。そうだな……」
右から左へ、彼の目が吟味するように候補生を眺める。
後退る者、思わず顔を逸らす者、大半が後ろ向きな姿勢を見せる中、ガトウはシキに声をかけた。
「とりあえず、おまえがやってみろ。誰かがやらにゃ、他も動きそうにねェしな」
つまらなさそうな顔でシキが前に出る。防具を身に付けてはいるものの彼女は丸腰だ。マモノ二体相手にどう戦うというのか。
そうこう考えているうちにマモノたちはさらに距離を詰め、大きな後ろ足で床を蹴り上げた。上下に開けられた顎から生える牙が少女に迫る。
「あっ、危な──!」
い、と叫ぼうとした瞬間、彼女はわずかに体を傾ける。赤いサイハイを穿いた脚が高く上げられた。
大きくはためいたプリーツスカートから覗く脚線美と肌色に跳ねる鼓動は、肉を打つ鈍い音に押しつぶされる。
あまりの速さに空気を切る音を生んだ少女の脚が、マモノ二体の頭部を同時に捉える。ゴキッという嫌な音と同時にラビたちの首が明後日の方向に折れ曲がった。
わずか一瞬でマモノの命を狩りとった中高生の少女に、しかし周囲からは賞賛の拍手も声も上がらない。
「……さ、」
参考にならない! と上げそうになった声をなんとか抑えた。
いやすごいのはわかる。体の使い方もキック一発でマモノを屠ってしまう力も、絶対に自分みたいな素人じゃない。
とにかくシキ本人がすごいことはわかる、でも、そもそも異能力者やマモノについての知識はほとんどないし、マモノに対する具体的な戦い方とか、マモノはどんな動きをするのかとか、もっと詳しく知りたいことがあったのに。今の流れだと「あ、マモノ死んだ」と確信することしかできなかった。
「これでいいでしょ」
「……おう、上出来だ」
今までと変わらない様子で首を鳴らすシキに、渋い顔をしたガトウが若干呆れを滲ませて頷く。説明が面倒になったのか、彼は後ろで呆気に取られている候補生たちに「ま、こんな感じでやりゃあいい」と丸投げした。
「その戦いの様子を見ながら、おまえらの審査をさせてもらうってワケだ。だが、このフロアはマモノが少ないンでな……本格的な審査は上でやる。あとおまえ。怪我したんならこれで治しとけ。1チームだけ負傷スタートじゃ公平じゃねェからな」
ガトウが簡易治療薬のメディスを宙に放る。ラビを迎え撃ったときに牙がかすったのかもしれない。メディスを受け取ったシキの脛はソックスの生地が擦れてわずかに血が滲んでいた。
「じゃ、とりあえず……全員マモノを始末しながら三階まで来い。根性ねぇやつはそこでバイバイだ」
大雑把なチュートリアルを終えて、ガトウが階段を上がっていく。
わずかな沈黙の後、候補生たちの視線がこちらに、というかシキに集まり始めた。
「チーム分けマズったかなぁ」
「さっき戦った子、二人組だったよな。今なら……」
「適当にマモノを狩って三階まで飛ばす。さっさと行くわよ」
「あ、うん……ねえ、今なら、新しく誰かをチームに誘えるかもしれないよ?」
「そうしたらまたターミナルで情報登録しなきゃいけないでしょ。お荷物が一人増えるだけだし、余計な時間食いたくない」
「ちょ、ちょっと待って、速い……」
怪我の治療もそこそこに、シキはソックスを穿き直して周囲の視線を振り切り階段に向かう。
軽やかに駆け上がっていくパートナーに置いていかれないよう、一段飛ばしでセーラー服の背中を追った。
* * *
「キリノ、あの二人はどう?」
「順調に進んでいます。シバさんのほうは少しぎこちないですが、能力の扱いには慣れているようです。ただ……」
「ただ?」
「シキのペースについていくのがやっとなようで、二人とも連携やコミュニケーションは、その……」
「前途多難ね……大丈夫だとは思うけど」
「シキがいるならチームとしては合格になると思いますが、シバさん個人の査定はどうなるんですか?」
「もちろん、彼女個人の能力も見るわ。シキもそれはわかっているだろうから、ちゃんと彼女も戦闘に参加させるでしょう」
「もし、合格したとしても、シバさんに入る意思がなければ……」
「ふふ、キリノは心配性ね。でも大丈夫」
「え?」
「彼女はムラクモに来るわ。……そういう人間だって、わかるもの」
* * *
初めて力を使ったのは三歳の頃だった……みたいだ。
母親曰く、幼い自分は暗闇が嫌いで、夜になるたび泣いて腕を振り回していた。その指先にはいつもビー玉ほどの大きさの火花が散っていたらしい。
驚きと困惑で信じることができなかったと言っていた。それを聞いた幼い自分も当時を覚えていないため、「ほんとー?」と訝しんだ。が、大きな地震で電気もガスも止まって夕飯を作れず困り果てていたとき、自分の手のひらにテニスボールサイズの火が灯ったことで、冗談ではなかったのだと認識した。
母子そろってぎゃーぎゃー悲鳴を上げたが空腹には勝てず、その火でバーベキューをしたことは今ではいい思い出である。
それからはまあいろいろとあって、能力の存在を誰にも知られないように隠してきた。事故を引き起こしてしまわないように、長い間こっそり力をコントロールする訓練もしてきた。
そして現在。
「わーっ! 火が植木鉢にー!」
「ちょっと、消せないなら出力調整して! 私にも燃え移るでしょ!」
能力を使うことには慣れているが、それを戦闘に使うのは初めてで攻撃の加減がわからない。味方に飛び火しないように四苦八苦するだけの時間が続いている。自分たちが進んできた跡を残すように、都庁の通路には焼け焦げた跡やマモノの死体がぽつぽつと転がっていた。
襲われ追われなんとか撃退、という流れを繰り返してどのくらい時間が経っただろう。ひいこら言いながら三階の奥、さらに上階に続く階段の前まで来て、仁王立ちして待っていたガトウに合流する。
「お、遅かったな。しかしまあ、マモノ退治の筋は悪くねぇから、それでプラマイゼロってとこか……ご苦労さん」
最後の一言は体のところどころが焦げたり擦れたり汚れたりしている自分に向けられたものだろう。白いセーラーがまぶしいシキと比べて満身創痍なこちらへガトウは哀れみの視線が突き刺さる。
「シキ、おまえちゃんとフォローしてやってんのか?」
「他の候補生もこいつと同じで素人でしょ。協力しなきゃいけないとはいえ、戦闘も治療も全部私がやってたらそいつらに対して不公平じゃない」
「本音は」
「面倒」
「……おまえ、辞書で協力の意味調べてこい。んじゃ、上に行くぞ。そこにもう一人の教官が──」
『……こちらナガレ! ガトウさん、聞こえますか?』
ガトウの表情が面をかぶるようにさっと変わった。険しい顔の横にはまっていた通信機に大きな手が当てられる。ノイズと共に流れてくる何かの叫びと銃声が、空気を震わせて通信機を着けていない自分たちにも聞こえてきた。
「どうした? 何か問題か?」
『やたらデカいマモノが入り込んでます! 俺一人ではとても……クソッ、こいつ……!』
「やれやれ……教官が苦戦してたンじゃ、候補生の連中に示しがつかねぇだろうが……おまえらも一緒に来い。どうもキナ臭ェ感じがするンでな」
「わかった」
「えっ」
すんなり頷くシキとは反対に足が鈍る。
大変な思いをしてここまで来たのに合格じゃない? まだ先がある? というか今までのマモノ以上に手強い相手がいる?
あの、と手を挙げると、シキがくるりと振り向いて、試験開始時にガトウが言った言葉を口にした。
「『根性ねェやつはそこでバイバイだ』。帰るの?」
「う……」
圧をまとう声に、抵抗の意思が塩をかけられたナメクジのように萎んで消えていく。
試験に合格したとしてもムラクモに入る気はないが、ここまで来られたのだから、最後までやり通したほうがいい……のかもしれない。がっくり項垂れて進む意を口にする。
なら行こうと当たり前のように階段を上るガトウ、シキと共に進んで四階に入ると、鼻先を誰かが駆け抜けていく。
ひーっと悲鳴を上げながら小さくなっていく背中は、黒いアーマーを身につけた自衛隊員のもの、次いで廊下の反対側からガトウを呼んだのはさきほど通信機越しに聞いた声だった。
「ガトウさん!」
「おうナガレ。苦戦してるってのは嘘じゃないみたいだな」
ナガレと呼ばれた赤髪の教官。男前な顔立ちに思わず目が引き寄せられるものの、その頬にもガトウと同じ服にも擦り傷や焼けこげた跡がある。
彼は銃とナイフを持っているからそれが武器で、自分と同じサイキックではない。ならその焼けこげた跡はいったいなんだ。まさか火を吹くマモノがあるとか言わないだろうな。
「おまえが尻尾巻いて逃げるとはなぁ……そんなヤバい相手がいるもんか?」
「……見ればわかりますよ。デカさも外見も、他のマモノとは根本的に──」
「あ、あのー……」
酸素とともに勇気を吸い込み、手を挙げて控えめに会話に割り込む。
羽虫の羽音並みの自己主張には気付いてもらえたようで、ナガレはこちらを見て、そしてシキを見て、もう一度こちらを見て、さらにまたシキを見た。
「シキ……。君、チーム組めたのかい?」
ガトウが小さく吹き出し、シキの額に青筋が浮かぶ。
そういえばチーム情報を登録する際に画面の向こう側の女の子に同じ質問を受けていたなと思い返す。同時にいくつかトーンを落としたシキの声が静かに漏れた。
「ケンカ売ってるなら買うわよ。今日こそはその顔に一発叩き込めそうだわ」
「ごめんごめん、そんなに睨まないで……じゃあ君は、彼女のチームメイトかい?」
「あっ、はい、シバと言います。それであの、私たちは、これからどうすれば……?」
ナガレに頭を下げて挨拶し、言いかけていた質問を口にする。
それまでひげをいじっていたガトウが急に意地の悪い笑みを浮かべた。上がった口角から歯が覗く獰猛な笑顔と悪寒に思わず肩をすくめる。
厄介なマモノがいるという部屋の前までナガレに案内され、そのドアの前でガトウがこっちを振り返った。
「俺たちはこれから、この部屋の中にいるマモノと楽しいバトルのお時間なんだが……今回は特例に、おまえらも同行させてやる。どうだ、うれしいだろ?」
「えっ?」
いやうれしくない。そんなサプライズいらない。あとなぜシキはあたりまえに装備のゆるみを締め直しているのか。まさかやる気か。
というか、ナツメやキリノ、ガトウたちとの接し方に、次々と現れるマモノたちを鮮やかに処理していく姿。シキは候補生ではなく既にムラクモ機関の一員なのかもしれない。ならばなぜ試験を受けているのだろう。自分は彼女とチームを組んでいていいのだろうか。これはもう反則なのでは。
彼女たちならば大丈夫だろうが、そこに自分も加わって、ムラクモの戦闘員さえ手こずる相手と戦う……そういえば、試験を受ける前にサインさせられた謎の紙、記憶は怪しいが「同意がある以上何かあってもムラクモは責任を負いかねる」なんて記載があった気がする。わあ〜行きたくな〜い。
「こ、候補生を使うんですか? そんなことして何かあったら――」
「おまえが苦戦する相手だ。戦力は多いに越したことはねぇ。それに……最近のマモノの出現頻度から見りゃ、後進の育成は必要だろ。おまえと俺だけで、日本全国のマモノを退治して回るわけにゃいかねェしな」
「まあ、それは確かに……。あー……そういうわけだから、準備してくれるかい?」
好青年に見えるナガレも上官にあっさり丸め込まれた。味方なんぞいなかった。
試験を受ける前は、生まれ持った力を存分に奮える機会だと言われて前向きに受け止められていたのに。力があることが「普通」として扱われるのはこういうことと隣り合わせが日常になるんだろうか。やっぱり無理そう。慎ましやかに生きていきたい。
「断っても、多分無駄だと思うよ。ガトウさん、楽しくなってきちゃってるし……。でも、あれは、ヤバい。とにかく、万全の準備を整えたら……後は腹をくくって、ガトウさんについていこう」
「準備ならもうできてる」
申し訳なさそうに笑い、せめてものお詫びに、というように耳打ちをしてくるナガレに対し、シキが即答する。
ついていく勇気など湧かない。しかし断る勇気も湧かない。
背中を押したのは置いていかれることへの恐怖心と、もうどうにでもなれという自棄だった。
「……いき、ま……す」
「準備は万全か?」
「……はい」
「よぉし……そんじゃ、ご対面といくか」
何の躊躇いもなく、扉が開けられる。
身にまとう雰囲気を刃のように研ぎ澄ませ、部屋に三人が飛び込んでいく。
半ばやけになってその後に続き、
「あっ」
自分を出迎えたマモノの姿を見た瞬間、本能で後ろに飛び退き、背中からドアに衝突して入り口を閉じてしまった。
「何こいつ……?」
「な、普通じゃないだろう? どう見ても」
シキが訝しげに眉を寄せ、ナガレが銃とナイフを構えた。
目の前にいるのは巨大なマモノ。たしかに今まで相手にしたものとは段違いである。
大きさも、その重圧も殺気もあまりに違いすぎて、段違いというよりはまったく別の、上位存在のような。
「……竜?」
丸太よりも太く厳めしい両脚には、間接に一つ、足の先に鋭い爪が二つ生えている。
青い表皮に包まれた翼は大きく、車の数は余裕で覆い隠せてしまうだろう。
付け根から先まで強靭な筋肉が詰まっているように見える長い尾は、戦闘慣れしているガトウたちがそれぞれ得物を手にしても悠々と左右に揺れている。
どこからどう見ても、ファンタジーの世界に出てくる竜そのものが、目の前にいた。
『本日は晴天です。桜も例年より早く満開になり、花見日和になるでしょう』
「それでは気を付けて、いってらっしゃい!」とにこやかに自分を送り出してくれたお天気おねえさんの笑顔を思い出す。
そう、今日は3月31日。冬の寒さも鳴りを潜め、淡い色の花たちが優しく咲く、そんな穏やかな気候。まさしく春なのだ。
Q.なのになぜ、自分はどこか別世界にも思える戦場に立っているのか?
A.自分をここへ誘った手紙の内容をちゃんと把握していなかったから。
「バカ」の一言で済ませられる悲しい答えだった。現実逃避終わり。
目の前で竜が唸り、遠のいていた意識が戻ってくる。
ガトウの唇が歪んで弧を描いた。
「なるほど。確かにこいつは大物だ。だが、厄介な相手ほど燃えてくるのが男の性分よ……行くぞおまえら!」
『了解!』
ちょっと待ってこの人たち頭おかしい。
「う、嘘でしょ!?」
「嘘じゃない!」
思わず出してしまった叫びを即座に否定し、シキが右、ナガレが左、ガトウが真っ直ぐ飛び出す。
黄色く濁った目玉が散り散りになった三人を捉える。ナガレとの戦闘で傷を負っているからか、瞬時に自分たちを敵と認識したようで、化け物は殺気を部屋中に迸らせた。
「おらぁっ!」
負けじとガトウの怒号が響く。
捕食しようと真っ直ぐ突き出された巨大な顎を跳んで躱し、彼は年季の入った大振りの剣を振り下ろした。
刃は長い首を見事に捉えたが、さすがにラビのようにやわくはない。硬い物同士が衝突して削り合う音が鳴って小さく火花が散る。
「駄目です、ガトウさん! そいつ体表がすごく強固なんです。白い部分、腹側を狙ってください!」
「馬鹿野郎、そういうことは先に言え!」
「……腹、ね?」
横に回って死角に潜んでいたシキが、肩を回してごきりと鳴らす。
ナガレが銃で気を逸らし、ガトウが巨大な歯を受け止めている隙を見て、少女は陸上選手よろしくクラウチングスタートで駆け出した。
上体を落とし、小柄な体が標的と床のわずかな間に潜り込む。頭と肩、両手が床に貼り付いて、
「ふっ!」
気合を乗せた息が勢い良く吐かれる。伸ばすというよりも射出に近い勢いで繰り出された両足が竜の腹にめり込んだ。広い部屋を埋める巨体がわずかに浮かび上がる。間髪入れずにナックルを装備している拳がアッパーを叩き込み、牙が砕ける勢いで下顎と上顎を閉ざされた竜は大きく首を反らす。
おかしい。パッと見40キロ程度の少女がトンを超えそうな化け物を打ちすえている。サイボーグか何かか?
人間ができる技じゃないと鳥肌を立てているこっちをシキが鋭い目付きで振り返った。
「追撃!!」
「え!?」
「え、じゃなくて追撃! これだけデカい相手なら外しようも遠慮もないでしょ! 突っ立ってないで早く!」
「あ、は、はい……っ!!」
脳を(脳があればだが)揺らされているのか、呆けたように頭を左右に振っている竜に掌を向ける。
遠慮はいらないと言われた。なら思いっきりやったほうがいい。中途半端に傷を付けてヘイトを稼いだら殺される。
意識を自分と標的だけに集中させ、エネルギーが真っ直ぐ的に向かうイメージを作る。
それを保ったまま全身に力を入れれば、体の奥底から何かが唸りを上げて手に殺到し、火が螺旋を描いて手首から指先を包んだ。
「ん、ぐ……っう……!」
今までもそうだったが、大きな力は簡単にコントロールできない。火力全開となればなおさらで、暴れ馬の手綱を握っているような感覚に指が痺れる。
膨れ上がり、よじれ、それでも神経をつぎ込んで力を操る。試験前に支給された武器の助けもあり、火は標的に衝突してくれた。赤い熱に舐められた竜の青い表皮が焦げてただれていく。
「や、やった……」
「まだだ、いくぞ!」
「やるじゃないか。候補生でも、さすがS級だ!」
間髪入れずにガトウとナガレが跳び上がった。
ガトウが大上段の斬撃を入れ、だらしなく開いて舌が垂れる口に向けて、ナガレが銃とナイフで連撃を叩きこむ。
今度は火花ではなく血の花弁が宙に散った。刃と銃弾をくらった竜からとめどなく血が溢れ出る。
「シキ、とどめだ!」
ガトウが叫ぶ。
指示を受けたシキは大きく伸びをしてから膝を曲げ、床全体を振動させて跳び、逆さになって天井に着地。
真下にいる相手に向け、大砲になって突っ込んだ。
「──だあっ!!」
下から顎にくらわせたアッパーとは逆に、上から激しい縦回転を加えた踵が振り下ろされる。
小さな足が突き破る勢いで脳天に埋まり、建物が倒壊するような音を立てて竜の頭蓋が陥没した。
竜は断末魔を上げながら、集中砲火を受けた腹と頭から血をほとばしらせて倒れ、ピクリとも動かなくなる。目の前の三人が戦闘態勢を解くのを見て、ようやく相手が絶命したと気付いた。
「はっ──……」
緊張の糸が切れるのと同時に体中から汗が噴き出し、腰が抜けた。
ダルマが転がるようにして、汚れた床に情けなく尻餅をついてしまう。
「お疲れ様。大丈夫?」
「だ……だい、じ、だいじょばない……です……」
整った容姿の男性が自分を心配してくれることだけが唯一の救いだ。
深呼吸をして胸の内で暴れる心臓を落ち着かせ、疲労と恐怖に震えながらも、ナガレが差し伸べてくれた手を支えになんとか立ち上がる。
床とドラゴンに残る焦げ跡を派手にやったなと眺め、ガトウがこちらを向いた。
「戦いには慣れてきたみてェだな? ムラクモの新人としても、まずまずの合格レベルだ」
「……どうも……」
「しかし、このレベルのマモノ……いったいどこから湧いてきやがった……? 他のフロアも確認しといた方がいいだろうな。このまま進むぞ」
ヒュッ、と喉が鳴り、危うく悲鳴を上げかける。
これだけの怪物と戦って、まだ動く?
チームメイトに視線で助けを求める。しかしそのチームメイトもほんの少し視線を合わせて肩を竦めただけで、労いも励ましも言ってくれない。ムラクモの人間にとってはこんなハードな戦いも許容範囲内らしい。
(もう、何言ってもダメなんだろうなあ……)
とりあえず、やっぱり試験が終わったら合格しようがしまいが辞退の旨を伝えよう。平和が一番。
重苦しい倦怠感が圧し掛かる体に鞭を打って歩く。
五階に続く階段まで来たところで、不意にガトウが足を止めた。
反応が遅れてその背にぶつかったシキが急に止まるなと鼻を押さえる。ガトウはあいまいにうなずき、何やら渋い顔でこちらを振り返った。
「そんじゃあ、俺とナガレは他のフロアを調査してくるぜ」
「なんで? 急にどうしたの」
「さっきのマモノもあれだが、あちこち咲いてる妙な花も気がかりだ……ちっと、ヤバい気配がする」
「花?」
ガトウの言葉に周囲を見回す。
「妙な花」というのは、部屋の隅や壁にバラバラに生えている植物のことだろうか。たしかに行政施設にしては変わった内装だなと思っていたけども。
腰を落とし、足元に咲いている一輪を観察してみる。花弁は内側から外に向かうにつれて、眩しい白からオレンジ、燃えるような紅蓮に染まる。フットライトというのか、小さな灯火みたいだ。
その色だけならきれいだけで終わるが、花弁に縦に走る線はなんだか血管みたいで、紫の茎と葉も相まって、美しいというより不気味という感想が先に浮かぶ。人の手で建てられた高層ビルに繁茂するなんてミント以上の生命力だ。
あとで調べてみようと、幸い壊れていないスマホを取り出し、ピントを合わせて写真を撮る。その横ではシキがガトウに対し抗議の声を上げていた。
「ヤバいって何それ。なら私たちも」
「おまえは相棒と一緒に、そっちのエレベーターを使って屋上に行け。他の合格者が、そこで待機してるはずだ」
「なんでよ!」
納得できないようで食い下がる少女に、「忘れるなよ」とガトウは声を低くする。
「おまえも、そこのサイキック姉ちゃんも、ここに一人でいるわけじゃねェ。いいか? おまえらは『二人でチームを組んで』試験受けてンだ。この試験が終わるまで、候補生の立場だってことを忘れるな」
「なっ、でもさっき戦えたし!」
「おまえのパートナーはもうへろへろじゃねェか。正式なムラクモでもない人間をこれ以上仕事に付き合わせる気はねェ。合格だから屋上行って休んでろ」
「……」
「じゃあな。行くぞ、ナガレ」
「はい。二人ともお疲れ。合格おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
階段の奥に消えていく背中を見送り、握り拳を作って立つシキにおずおずと声をかける。
「……えっと、行く?」
「……」
文句も言わず鼻も鳴らさず、眉間に深い溝を刻み、少女は大股で歩き出す。
慌てて後ろについてエレベーターに向かう。不満気なシキには悪いが、能力を使うことで体力だけでなく気力も多大に消費していた自分としては、ガトウの判断に感謝せざるを得ない。体も頭も文字通りエネルギーを失い思考も鈍ってきていたのだ。これでやっと休める。
今日はいい天気だし、屋上で日差しを浴びれば気持ちよく熟睡してしまうかもしれない。
気が抜けて思わずあくびが漏れそうになる。まあいいかと大口を開けて息を吸い込んで──、
『エマージェンシーコール』
──聞き覚えのある声が都庁内に響き渡り、あくびが中途半端なところで止まってしまった。
この声は確か、都庁前広場でナツメの隣に立っていた男性、キリノのものだ。
誰かと会話という様子ではなく、キリノは若干早口で放送を続ける。
『緊急事態です。巨大なマモノが、都庁屋上に降り立ったと観測班から報告がありました。ガトウ、ナガレの二名は審査を中断し、直ちに該当のマモノを討伐してください』
「屋上?」
シキの肩が小さく揺れる。次いで候補生用に支給されていた通信機から、ガトウの声が聞こえた。
『ちっ……本命は屋上かよ! おいシキ、聞こえるか?』
「聞こえる」
『俺たちもこれから屋上に向かうが……おまえらの方が場所が近い。屋上に向かって、他の連中の援護をしろ』
ガトウの指示に今度は自分の顔が引きつった。
(屋上に向かって、援護……?)
それは、それは、つまり。
『ヤバそうなら逃げても構わねェ。……頼んだぞ』
「逃げるわけないでしょ。あんたたちが来る前に終わらせてやるわ!」
「いくわよ!」と自分を振り返ったシキの顔は、満面の不敵な笑みだった。
「……嘘ですよね?」
「嘘じゃない! 行くわよ!」
「そんな……ま、待って、待ってよぉー……!」
年甲斐もなく涙がこぼれる。しかし進むという選択肢は消えなかった。
屋上は合格者が集まる唯一のゴール地点であるし、何より人がいる。人命が関わっているのなら面倒くさがっていてはいけない。疲れた体に鞭打って屋上に続くエレベーターに乗り込む。
キリノは「巨大なマモノ」と言っていたがもしかしてさっき戦ったドラゴンのことだろうか。
またあんな化け物と戦うのかと考えると冷や汗が止まらない。屋上にいる合格者たちが無事に倒してくれているのを祈るばかりだ。
目の前が暗くなっていく自分とは裏腹に、傍らに立つシキはストレッチをして英気を養っていた。その無尽蔵の闘志はどこから湧いてくるのだろう。
「ねえ、どうしてそんなに戦いたがるの?」
「は? 大した理由なんてないけど。少なくとも今は大人たちの鼻を明かすためね」
屋上に登っていく小さな箱の中、まだかまだかとドアを見据えるシキに質問する。
てっきり無視されるか突っぱねられるかと思っていたが、彼女はあっさり応答してくれた。
「散々人をこき使っておいていざというときはひっこんでろなんておかしいでしょ。今日は無理矢理試験に放り込まれたけど、逆に考えれば素人とは違うってことを見てもらう機会だし、私一人でも問題ないってナツメたちに証明する。改めてチームを組む必要はないって思い知らせるのよ」
「なる、ほど……」
(まあ実際、踵落としでドラゴン殺してたしなぁ……)
「あんたは」
「え?」
「戦うの? それなりの能力は持ってるってわかったわけだけど」
「あー……えっと、とりあえずこの試験が終わるまでは」
「ふーん」
会話からも自分からも興味が消えたようで、シキはそれ以上喋らない。
そうこうしているうちにエレベーターは屋上に着いたようで、チーンと音が鳴り、ドアが左右にスライドする。
「じゃ、ガトウたちが来る前に倒すわよ」
「う、うん」
意気込むパートナーに続いて屋上に出た。
生温い風に迎えられ、それに含まれる鉄のような匂いに顔をしかめる。
「……あれ……?」
(今、何時だっけ?)
空が赤い。
今はまだ昼のはずだ。なのに、都庁に入る前は青かった空が夕暮れのように赤い。屋内で見た妖しい花のような色に染まっている。
鳥の群れだろうか。空の彼方を、ゴマのように小さな無数のシルエットが飛んでいるのが見えた。