2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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アオイを含め戦闘員が五人にも満たず、情報が限られているという厳しい条件なのに劇中で最も気の抜けていた章だと思います。
道中助けてくれたあの人、本当はツッコミに来たんじゃないだろうか。



17.暗闇を抜けて

 

 

 機能するようになったマップを展開する。得体の知れないダンジョンの中、ムラクモ本部とつながっている情報が一つ増えただけでも大分心強い。

 改めてダンジョンの地形や区画の把握を進めていく。世界から切り離され、空気が淀んで停滞したような街を進みながら、ミナトは思い切ってシキに質問してみた。

 

 

「あのさ、シキちゃん。この間……首都高でタケハヤさんに会ってからずっと何か考えてるみたいだけど……その、悩み事でもあるの?」

「ない」

「え、でも」

「ないったらない。あんないけ好かない奴のせいで悩むとか時間の無駄」

「そ、そっか……」

 

 

 話は終わりだというようにシキが先導のスピードを上げた。

 少女が何かを抱えているのはたしかなはずだ。けれど誰かに話す気はないらしい。話したところで解決するものではないからか。それとも、ただ相手が信じられないだけか。

 

 ものの数秒で一刀両断されて沈む中、自分たちを死の淵に導きかけた自衛隊ゾンビに会った地点に再度通りかかる。

 ここから北東に進んだ場所へ二台目の探査機を設置するようミロクの声が届くが、目の前の進行方向……渡らなければいけない橋の手前には、自衛隊員がぽつんと立っていた。

 

 

「あの、自衛隊がいるんだけど……たぶん、ゾンビの」

『……やっぱり、いるのか? 本当に、そこに? ……ちょっとつついてみてくれ』

「つつく!?」

 

 

 相変わらず生体反応はつかめないようで、血迷ったような指示が飛ぶ。腰が引けて動けずにいると、シキがめんどくさそうに足もとの小石を拾い上げ、無造作に投げた。

 小石は放物線を描き、こつんと自衛隊員のヘルメットに当たる。

 

 

「う……うが……うがあああァアアッ!」

「先手必勝」

 

 

 刺激が引き金となって暴れ始めるゾンビに、シキが右ストレートをくらわせる。

 胴体に運動エネルギーを受け取ったゾンビは上半身と下半身があっけなく分かれ、何かが潰れる嫌な音を響かせてくずおれた。

 あらわになる血肉や原型を留めない遺骸もシキは気にしない。自身の白いセーラーに返り血や汚れが付着していないか確認するだけだ。

 

 

「はあ、あと何体ゾンビがいるんだか」

「シキちゃん、すごい冷静だね……?」

「あんた、死臭気にならないの? これ絶対服に染み込んでるわ。さっさと終わらせて、都庁に帰ったら服も装備も洗濯しないと……あとシャワー」

「え」

 

 

 慌てて服の襟を引っ張り、鼻先を押し当てる。

 臭い。臭いのだが……服に染み込んだ臭いなのか、四ツ谷に漂う臭いなのか、もはや嗅ぎ分けができない。長い間この空間に潜っているため嗅覚が麻痺したみたいだ。

 もう臭い云々は諦めて橋を渡る。途中で脱出ポイントを見つけてミロクを通し観測班に連絡して、さらに進んだ先に言われていた広いスペースに探査機の二台目を設置した。

 

 

「ミロク、探査機二台目、設置できたよ」

『あ、えーと……設置完了だよな?』

「見えてないの? 設置したよ。ちゃんと作動してるし」

『いや、見えてるんだけど……。……そうだよな。ああ、とにかく置けてるならいいや』

「……大丈夫?」

 

『……いや、やっぱり不安だ!』

 

 

 さっきよりも環境が整って情報もそろってきているというのに、ミロクは反比例するように現状を疑っていた。ゾンビや探査機どころか、シキとミナトまでそこにいないんじゃないかと疑い出す始末である。見かねてキリノが通信に入ってきた。

 

 

『ミロク、そんなに心配することないだろう? 13班の行動はちゃんとモニタリングされているはずだ。もうちょっと君の目を信じていいんだよ』

『だって……モニターだけじゃ心配なんだ。いつもは、もっと膨大なデータがあって、どれも信じられるのに……今回は……。……もしかして、今話してるキリノもニセモノなんじゃないか? オレを惑わして、13班をハメようとする――』

「待って! ミロク大丈夫!? 疑心暗鬼になりすぎだよ!?」

『はぁ……これは重症だな。僕はチューニングに専念したいのに……』

『それなら、私が代わりにナビしましょうか?』

『気持ちはありがたいけど、君の方向感覚のすばらしさは、よく知ってるよ……』

 

 

「あっ、おい!」という抗議の声を最後に少年のナビが途切れる。代わって入ってきたキリノはアオイの申し出をやんわり断った。

 そういえばアオイは去年のムラクモ試験に招集された際、会場までたどり着くことができなかったと言っていた。さらに今の話からして、彼女は方向音痴の気があるのかもしれない。

 

 人数が少ないとはいえ、キリノもアオイもミロクも、ちゃんとした腕を持つ、頼りがいのある仲間のはずなのに。今までで一番攻略が迷走している気がする。なんだかいろいろと不安になってきた。

 

 

「あの、キリノさん。大丈夫でしょうか、色々と……」

『ミロクはずっと、データを頼りに仕事をしてきたからね。……こういうことに馴れていないんだ。死者が蘇るなんて、とんでもないことだし……正直言って、さっきは僕だって驚いたよ』

『ホント、顔を真っ青にして腰まで抜かしていましたもんね!』

『そこまで言わなくてよろしい!』

「大丈夫よ。パニック起こして気絶した奴がここにいるから」

「や、やめて! 掘り返さないで!」

 

『とにかく、君たちは設置作業を続けてくれ。残りは二台……距離的には次のエリアかな? こちらもチューニングを急ぐよ。オーヴァ』

 

 

 混乱しているミロクのお株を奪う形でキリノが通信を終わらせた。指示通りに進んで、マップ上でピンが立てられた区画に入る。

 今までは二人の足音とゾンビのうめきだけが聞こえる世界だったが、ここにきて初めて帝竜の領域につきものの障害が現れる。ドラゴンだ。

 

 

「こいつ強そうね。帝竜に比べたら大したことないだろうけど」

「後ろでフロワロが壁になってる。今までにもこんなのあったよね……ミロク、なんだかわかる?」

『あ、ああ、「壁フロワロ」だ。ドラゴンの中でも強力な個体はフロワロとの結びつきも強い。帝竜みたいな異界化はできないにしても、そいつがいるエリアにフロワロが群生する。遺伝子レベルで強固な結びつきをしているから、できることなら排除したほうがいい、って研究者の奴が言ってた』

「なるほど」

 

 

 シキが拳を合わせて指を鳴らす。目の前で仁王立ちしている、青い体に黄色の線模様が刻まれた二足歩行のドラゴンは、張り合うように両腕の筋肉を盛り上がらせた。

 ミロクがデストロイドラグだと識別名を言うのと同時、その巨体が大きく踏み出してくる。二階建ての家ほどはある体躯が動くたび、屋上に走っている亀裂が広がった。

 

 

「わ、わ、揺れる!」

「建物が崩れる前に片付けるわよ!」

 

 

 デストロイドラグがメリケンサックをはめた手を振りかぶり、シキも負けじとばかりに攻撃を仕掛ける。

 巨大な凶器と小さなナックルが正面衝突し、割れ鐘のような轟音を響かせた。デストロイドラグが後ろに仰け反り、少女の体が大きく浮き上がる。

 危うく屋上から吹き飛ばされそうになった彼女を受け止めて、二人分のゼロ℃ボディ、自分自身にデコイミラーをかけてから、相手の意識を散らすために別方向に走り出す。

 案の定、前衛の背から飛び出したミナトにドラゴンは鋭い視線を向けた。

 大木のような足が踏み出す前にプラズマジェイルを落とす。暗い世界を強烈に照らし出した光に、鉄仮面から覗く目が固く閉ざされた。隙を見てシキが巨体の真下に踏み込み、一気に跳び上がる。

 

 

「っせい!!」

 

 

 繰り出されたアッパーが巨大な顎を打ち上げ、鉄仮面が破壊されるのと一緒に骨の砕ける音が響いた。

 細腕から繰り出された衝撃に頭蓋を打たれ、デストロイドラグはゆっくりと仰向けに倒れる。

 強力な攻撃をもらう前に畳み掛けることができた。怪我なく戦闘を終えられたことに安堵してDzの回収に移る

 コンビでの戦い方はしっかり板についてきている。だがシキは大して喜ぶ様子を見せなかった。

 

 

「よかった、順調だね」

「今のところはね」

 

 

 今のところは、という言葉にDzを切り取る手が止まる。

 何を言わんとしているか悟って、明後日の方向に逃げようとした視線はシキの視線に捕まった。

 

 

「ここに来るまでに出てきたマモノ……でかいカマキリとか幽霊みたいな奴とか黒いカエルとか、後は自衛隊のゾンビもそうだったけど。ミロクが記録してた戦闘データからして、あいつら基本的に火が弱点よ」

「そ、そうだったね」

 

『ぐぬぬ……』

 

「別に雑魚だからどうとでもなるけど、相手がドラゴンだったら手こずるし、帝竜だったらもっと苦戦するわよ。最悪、決め手を逃したことで全滅って結果もあり得る」

「そ、そう、だね」

 

『むぅ……』

 

「火に対してトラウマがあることはキリノから聞いたし、あんたが努力してるのは知ってるけど。もし、火しか効かない相手が出てきたらどうすんの?」

「う……」

「一般人が武器を持ってもできるのはただの物理攻撃だけ。異能力者はその先、マナを扱うことができる。中でも属性攻撃に突出してるのがサイキックよ。氷に雷、空属性。治癒に防護術。それだけ使い慣れてきて、火が無理っていうのは致命的――」

 

『この数値がここで……うーん……』

 

「キリノ、マイク入ってるんだけど!」

『うわぁっ、13班!! ……す、すまないね。作業に集中すると、どうも周りが見えなくて』

 

 

 会話に紛れ込むタイピング音とうめきに、シキが眉間に大きくしわを刻んだ。鋭い喝に応える申し訳なさそうな声に、苦笑いしながら頭を掻いている姿キリノの姿が浮かぶ。

 

 

「チューニングは難航してますか?」

『いや、いい線までは来てるんだ。だけどそこから先が……その……あはは……。というわけで、集中して作業をするためにいったん通信を遮断させてもらう』

 

「えっ」

「は?」

 

『すまんっ! 幸運を祈ってるよ!』

 

『おい、キリノ!? いくらなんでも、投げっぱなし――』

 

 

 ブチン。

 

 耳の中で紛れもない断絶の音が鳴った。

 キリノはおろか後ろでやんややんやさわいでいたアオイの声も一切聞こえなくなる。通信機の向こうに静寂が広がり、ミロクの盛大なため息が響いた。

 

 

『はぁ……もう、何なんだよ……オレにどうしろって言うんだよ……』

 

 

 愚痴続きのミロクを隣で見て色々心配になったのだろうか。彼と同じく任務の様子をムラクモ本部で伺っているであろうミイナから通信が入った。

 

 

『……コール、13班。ミロクに何を言ったんですか?』

「私たちは何も言ってないわよ」

「うん。今のはキリノさんがいけない。アオイちゃんから何か聞いてない?」

『アオイはずっとチョコバーを食べてばかりで、状況がわかりません。もうっ……』

「アオイちゃん……マイペースだなー……」

 

 

 今までで最も厳しい条件で任務に挑んでいるのに、13班と外の人間でだいぶ温度差があるのはなぜだろう。

 超リアルで大きすぎるお化け屋敷(ドラゴン・マモノ・ゾンビ付き)という感じのダンジョンを進む苦労を分かち合える相手がまったくいない。唯一無二のナビゲーターも理不尽な状況に鬱憤がダダもれだった。

 

 

「……ミロク、大丈夫? 戻る?」

『それは……ダメだ。ちゃんと任務をこなさないと……』

「探査機の設置は? どうするのよ」

『……わかってる。任務続行だ。探査機の三台目を設置しよう。そのままマーカーを目指して進んでくれ』

 

 

 残業が重なるサラリーマンのように疲れを滲ませた少年の声に、思わず顔を見合わせる。静かにため息をつくシキを追い、レーダー上の赤いマーカーを目指して骨の橋を渡った。

 

 

「この任務、大丈夫かなぁ」

「とりあえず丸投げするのはありえないから、これが終わったらキリノには説教──警戒!」

 

 

 腐臭にむせそうになりながら屋上の中ほどまで進むと、シキがベルトに下げるナックルを装備して素早く振り向く。

 慌てて半回転して、視界に入ったゾンビたちに飛び出しそうになった悲鳴を抑えた。

 

 

「いつの間に……!?」

『自衛隊の……ゾンビ、だよな? 敵……でいいんだろ? って……く、来るぞ!!』

 

 

 自衛隊の屍たちが操り人形のように揺れながら銃を向ける。

 咄嗟にしゃがんで一斉掃射を避けた。銃弾が背後の橋や壁に当たり、発砲音と硬い物を抉る音が夜に響く。

 

 

「今度は気絶しないでよ!」

 

 

 シキが躊躇なくゾンビに突っ込んだ。既に死んでいるのだから遠慮はいらないと、小さな拳がアーマーごと脆い体に風穴を開ける。

 速攻で二体が地に伏せた。直後、背後から新たに三体が現れて挟まれる。

 さすがに怖いと泣いてはいられない。両手から氷を放って防壁を築く。

 波立つ心を落ち着かせ、一体ずつ確実に倒していく。その穴を埋めるように、一つ、また一つと人影が腐った足で固い地面を踏み鳴らした。

 

 

『ま、また来た……! キリノも応答しないし……どうしたら……』

「態勢を立て直すしかないでしょ!」

「に、逃げ道を探すのはどうでしょうか!?」

『……そ、れは無理だ。周辺から続々と集まってるみたいで……完全に囲まれてる! くそっ……データが役に立たない相手に……どうしたら……』

 

 

 体温のないゾンビは要救助者、マモノ、ドラゴンのいずれとしても反応せず、レーダーの表示は空っぽのまま。それと比べて視界を埋め尽くす大群とのギャップときたら。

 まともな外套もない、月だけが照らす中でも360度包囲されていることがわかる。どれだけ首を回しても、見えるものは血が通っていない腐肉の壁だ。

 

 

「ちょっと! こういうときこそ火でしょ! 本当に使えないの!?」

「し、死ぬ気でやれば、もしかしたら……!」

「だったら早く――」

「死臭がひどすぎるのもあって絶対に吐いて倒れると思うけど、それでもいいなら」

「やめて」

 

 

 殴打、刺突、斬撃。自分たちの攻撃がゾンビの肉体を破壊する音が重なって耳をふさぎそうになる。けれどちゃんと攻撃するためにはマナに指向性を持たせるために手を向けなきゃいけない。結果死体たちが吐き出す空気の音が鼓膜に直に突き刺さる。

 

 

「自衛隊の人たちばっかり……! なんで、よりによってこの人たちを……!」

「武装してるし、獲物をしとめるにはちょうどいいからでしょうね」

 

 

 

 あの日、世界中で何人が武器を手に取って勝ち目のない相手に立ち向かったのか。そうして命を懸けた者を眠らせることなく、彼らが守ろうとした人間に差し向ける。人を守るための手で人の命を握りつぶす。自分の手は汚すことなく。

 ここの帝竜は池袋のジゴワットと違う意味で趣味が悪い。よくもここまで恐ろしいことを。

 視覚も聴覚もシャットアウトできずに涙がこぼれそうになる。もうここの空気に触れているのすら嫌だ。

 

 

「あんたっ、前!」

「え」

 

 

 シキの声で顔を上げた矢先、目の前にゾンビが押し寄せてきていた。

 ぼたりぼたりと皮を落としながら無数の腕が迫る。こっちに来いと呼ばれている気がする。

 そういえば、デコイミラーって今もかかっていたっけ。

 

 

「あ――」

 

 

 青白い指先が首にかかろうとして、

 

 

 

 

 

「コラアアアアッ!!」

 

 

 

 

 

 野太い雄叫びがダンジョン中にこだました。

 

 雷を落とされたようにゾンビたちが一瞬動きを止める。

 反対に、硬直していた自分の筋肉がピクリと動いた。慌てて距離をとってシキのもとまで戻る。

 

 

「おい、ボサッとしてんじゃねぇ……ナビは何やってんだ?」

 

 

 待ってほしい。この声は。

 

 

「まーたデータがどうとかこうとか、グジグジ言ってやがるんじゃねぇだろうな?」

 

 

 首を回しても目に映るのは乱立する屍ばかり。

 暗い紫と黒系統のアーマーと、そこからこぼれる肉色のコントラスト。うんざりするほどグロテスクな風景のずっと奥に、聞き覚えのある喋り方。

 離れた建物の屋上に誰かが立っている。暗色の服装が闇に馴染んで、鮮明な姿形は確認できない。夜の中でも一際輪郭は曖昧で、反対に鮮明な声が耳朶を打つ。

 

 

「それからそこの姉ちゃん」

「……わ、私?」

「戦うって決めたんなら何が相手でもやり通せ。覚悟決めんのは後からでもいい。背中預けて戦場に立ってる相方を忘れるようなことはするな」

「え、あ……、っ、はい!」

 

 

 顔は見えない。名乗りもしない。ただ告げられる言葉が叱咤だということはわかった。

 怖いものは怖い。けれど、いっしょに抗ってくれる人がすぐ傍らにいる。そこまで恐怖に塗りつぶされて見失っちゃいけない。何が何でもデストロイヤーの少女についていくのだ。

 相手が尊い人たちの亡骸であっても倒さなければ進めない。逆に自分がゾンビになったとして、永遠に操られて人間を襲うなんてごめんだ。

 今ここで倒すことが、ドラゴンに囚われた彼らの解放になると信じて。

 変わらずゾンビを殴り、蹴り続けていたシキの傍らに立つ。ごめんなさいと胸中で謝りながら、氷と雷で応戦していく。

 

 

「ごめんねシキちゃん、もう気絶はしないから!」

「あたりまえ! 今までびくついてた分ちゃんと働いて!」

 

 

 ナックルと靴底がボーリングピンのようにゾンビを蹴散らし、追いすがろうとする手足を冷気と稲妻が砕く。

 余力はまだある。ただ相手側もそれは同じ。自衛隊以外の、損壊の激しい一般人たちの死体も混ざって距離を詰めてくる。

 依然分厚い包囲網が崩れない中、誰かはほんの少し空を仰いで、誰にあてるでもなく口を開いた。

 

 

「あーあ、かわいそうに……ナビがオロオロ悩んでるうちに、13班はオダブツだ」

『え、え? 13班? おい、誰が喋って、』

「それが今気にすることかよ。いつもは偉っそうにしてるクセに、肝心なとこはお子様のままってかぁ?」

 

 

 意地の悪い笑顔が目に浮かぶような、わざとらしい調子の発破が響く。四ツ谷の空気をまっすぐ抜ける声は通信機にもキャッチされ、向こうでミロクがグッと息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

『あーあ、かわいそうに……ナビがオロオロ悩んでるうちに、13班はオダブツだ』

 

 

 四ツ谷からムラクモ本部へ声が届く。ヘッドセットから鼓膜に届く言葉は間違いなく自分に向けられていた。

 キーボードの上で手を左右させることしかできていないナビをコケにする声。なぜだか耳が痛くなるくらい身に沁みる誰かの声。

 モニターに表示される生体反応は相変わらず13班の二人分のみ。けれどたしかに向こうには第三者がいて、でも手を貸してくれる気配は一切なくて。

 このままだと13班が死ぬ、と笑われる。

 

 

「そんな……オレは……」

 

 

 一度目は地下道。帝竜の存在に気付けずに、危うくシキとミナトが帝竜に丸のみにされるところだった。

 二度目は池袋の天球儀。今まであたりまえにいて、これからもそうだと思っていた男はあっさり逝ってしまった。

 そして三度目。また、13班が。

 

 

「や、やめろ、嫌だ」

 

 

 サイキックの視界と接続させたモニターの中、物心ついた時から顔なじみだったデストロイヤーがゾンビに胸倉をつかまれる。サイキックが氷を突き刺して無体を働く腕を千切った。

 デストロイヤーの視界と接続させたモニターの中、自分を愛称で呼ばせてほしいと微笑んだサイキックの頬をゾンビの爪が危うくかすめる。下手人の体をデストロイヤーが回し蹴りでへし折った。

 まずい、まずい、押されている。壁が少しずつ範囲を狭めてきている。状況を打開できなきゃ、彼女たちが屍の群れに食い散らかされてしまう。

 嫌だ。だって約束したのだ。池袋で自分がナビゲートをする彼女たちと、みんなで生き残ろうと。彼の真似をして二人の背中を押したのだ。

 

 

 ──これからは13班専属のナビ、ミロクとしてさ。よろしくね。

 

 ──あんたナビでしょ? ちゃんと仕事しなさいよ。

 

 

『いつもは偉っそうにしてるクセに、肝心なとこはお子様のままってかぁ?』

 

 

「オレは──!」

 

 

 違う。子どもでも、子どもだとしても、自分は13班に選ばれたナビなのだ。

 どうにかしないと。誰も手を出せないなら、出してくれないなら……自分が。誰でもない自分の手で!

 ガチャンと大きな音が鳴る。両手が無意識にキーボードを強く叩いていた。

 

 

「オレは、13班の専属ナビゲーターだ! だ、誰だか知らないけどバカにすんな! 絶対……なんとかしてみせるからな!」

 

 

 画面の向こう、姿が見えない誰かに向かって啖呵を切る。向こうはミロクの言葉を受け取り、なぜか楽しそうに鼻を鳴らした。

 

 

『そう……おまえらのそのクソ生意気なところ、俺は結構、気に入ってたんだぜ? ……だからボサッとすんな! なんでもいい、ほら、声を出せ!』

 

「じ、13班! もう少しだけ待ってくれ! そいつらのデータを探査機の測定情報から洗ってみる! ……やっぱり、オレはデータを信じたい。現場のおまえたちに見えない何かがあるなら、データの中に紛れてるはずだ!」

『さっき自分でデータは通じないって言ってたじゃない』

『根拠を聞いてもいい!?』

 

「根拠は……くやしいけど……オレの勘!」

 

 

 勘。

 モニターの中の二人が一瞬動きを止め、戦闘中にも関わらずぶはっと吹き出した。近くに寄ってきたゾンビは拳と氷塊に吹き飛ばされて画面外に消えていく。

 

 

『まあ、情報戦はあんたに任せるしかないしね』

『ミロクを信じるよ。お願いね!』

「ああ! 時間、稼いでくれ! すべての可能性を計算してみる!」

 

『ったく、世話が焼ける奴らだぜ』

 

「だから誰だか知らないけどうるさいって!」

 

 

 13班が映るウィンドウを脇に寄せ、探査機とつながるウィンドウの解析を始める。

 大丈夫だと自身に言い聞かせる。この頭はムラクモ総長が手掛けた特注品だ。本気を出せば、数桁の暗算もモニター端の情報の記憶も照会も、予測もシミュレーションも、一通りの思考タスクは並行してこなせる。

 13班を待たせるのは三分だけで十分。でも、ナビの役目は戦場に出ている彼女たちの安全を少しでも補強することだ。だから、

 

 

「ミイナ! こっちのデータ分析頼む!」

「え……う、うん……!?」

 

 

 答えが見つかる可能性は低いが切り捨てたくない情報を片割れにパスする。横から若干戸惑ったような声が聞こえたが目をやる暇もない。こっちはこっちで怪しいところを洗いざらい解析しているところだ。

 目を皿にして情報を読み取り、息継ぎなしで計算を呟いて十本の指すべてでコンピューターを働かせる。マウスとキーボードにヒビが入りそうだがこの危機を脱せるのなら二の次だ。

 

 

『……これ以上、手は出さねぇ。ホントなら、俺はここにいちゃいけねぇんだ』

 

 

「アオイ、もうチョコバーはやめてください!」というミイナの指示といっしょに聞こえる誰かの声を聞く余裕も惜しかった。とにかく少しでも早く13班の窮地をどうにかしたい一心で、電光が表示する情報の海へ思考をぶん投げる。

 

 

『頼むぜ。安心して眠らせてくれよ?』

 

 

 もう誰が話しているのかも判断できない。何か音がした程度の刺激しか感じられないところまで頭を回転させる中、モニター中央に弾き出されたデータに目を見張る。

 

 

「見つけた! おい13班わかったぞ! 音だ! こいつら、音に操られてる!」

『音!? でも何も聞こえないよ!?』

「このダンジョンの中に『聞こえない音』が鳴り響いてて、生物の神経を誤作動させてるみたいだ! たとえそれが死体だったとしても、操り人形みたいに動き出すような……!」

『操り人形……文字通りってことね……!』

 

 

 本物の人形なら、糸を切れば動きは止まる。だがゾンビたちには糸などないし、そもそも人間である自分たちに聞き取れない音など捉えようがない。

 そこでこそ発揮されるのは、人体のスペックを超える機械の力だ。

 

 

「今から、探査機を使って全パターンの音波妨害をかけてみる! うまくいくかはわからない……だけど、やれるだけやってみる! うるさいかもしれないから……耳、ふさいでろ!」

 

 

 ゾンビたちが包囲網を縮めて突進していく。

 ウィンドウを埋める亡者の群れに消えそうになる意地を奮い立たせ、何より自分を信じて両手を耳に当てる13班のために、ミロクは祈ってエンターキーに指先を叩きつけた。

 

 

 ――――ッッ!!!

 

 

 ヘッドセットの向こうから、金切り声のような音波が鼓膜を貫く。

 自分に届く音量を調整することなんてどうでもよかったから加減なしだ。脳を細い針金で引っかかれるような音波に視界がショートする。

 

 肩が揺さぶられる。触り慣れた手の感触だから、たぶんミイナだ。

 ミロク、しっかり、と声をかけられて再起動した視界の中、モニターに映る13班を囲んでいるのは、一様に倒れ伏したゾンビの群れだった。

 椅子の上で硬直する体を起こす。もう動く敵影はいない。

 

 

「動きが……止まった……?」

 

 

 死屍累々とはこのことだろう。それこそ糸が切れた操り人形のように、ゾンビたちは折り重なって倒れている。

 液晶越しにシキとミナトがどっと尻餅をついた。

 

 

『はあ……ちょっと休憩』

『も、もう終わった? 大丈夫? もうゾンビパニックない?』

「ああ。やった、効いたぞっ……!」

 

 

 はーっ、と三人分のため息が束になって吐かれる。

 どうにかなった、どうにかできた。まだ最終目標には達していないけど、危機的状況から13班を逃すことができた。

 緊張が解けたら一気に汗が噴き出した。若干頭がくらくらする。これはしばらく後に知恵熱が出るかもしれない。ミイナにいくつかタスクを振ったのは正解だった。

 

 ……あと、

 

 

「……13班、あ、あのさ。さっき、そっちに誰かいたよな? ゾンビじゃないやつ……」

『そうだね、誰かが声をかけてくれたよ』

「うん、オレもそいつに叱られたんだけど……あれって、やっぱり……」

 

 

 通信機の向こうが静かになる。しばらく待ってみたが、シキもミナトも何も言わない。

 無視をされているわけじゃない。ただ答えを提示しないだけ。

 肯定も否定もしない沈黙に温かさを感じて鼻がツンとした。不要なウィンドウを閉じながら続きを話す。

 

 

「こんなありえない記録、履歴データとしては残せない。……だけど、オレにはちゃんと伝わった。それでいいんだよな」

 

 

 受け取るものは受け取った。今はおなかいっぱいだ。あとでミイナにもおすそ分けしてやろう。

 もう、迷ったナビゲートなんかするもんか。ここから帝竜討伐まで、完ぺきに13班を導くことであの声に答えを見せてやろうじゃないか。

 

 

「……前進再開だ。三台目の探査機を設置しちゃおうぜ!」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「よし。これでいいの?」

 

 

 シキが探査機をいじって地面に置く。機器は一、二台目と同じように緑のランプを点してレンズを回し始めた。

 

 

『三台目セット確認。あと一台だけだな! 探査機の設置が完了すれば、帝竜の居場所だってわかるはずだ。さ、次のエリアに向かおうぜ』

「このまま今日中に帝竜が倒せれば上出来ね」

「えっ、今日中にチャレンジするの……?」

 

 

 空は変わらず暗いまま、時刻は午後に移っていた。

 夜の中に浸っているせいで体内時計がおかしくなりそうだ。幸いミロクが自分たちの視覚情報をムラクモ本部の機器と連繋させているので、正しい時刻や任務の経過時間は視界の端に表示される数字で確認できる。

 

 あと一時間ほどすれば現実世界でも日が暮れ始めるなと考えながら新しいエリアへ進む。もうゾンビの姿は見えないが、代わりにあたり一面に大小様々な紫の水たまりが見える。絵の具でも溶かしたような発色やぽこぽこ泡が沸く様子からして、下手に触れちゃいけないのは明らかだ。

 

 

『あの液体は……うわ、毒沼だ。通過するときは気を付けるんだぞ。気化した成分を吸ってもいけないから、近くで息を吸わないほうがいい』

「ゾンビの次は毒沼ね。探査機はどこに置けばいい?」

『東南方向の隅が適切だと思う。マーカーをつけておいたぞ!』

「わかった」

 

 

 紫の液体に接触しないよう気を付けて歩く。

 途中までは問題なく進めたが、ミロクがマーカーをつけたエリアの屋上は、一面が毒沼だった。

 

 

「……ミロク、探査機を設置できそうな場所が見当たらないんですが……」

『目の前に何列か墓標が並んでるから、入り口からじゃ見えないと思う。奥の隅に、毒沼に浸ってないスペースが少しだけあるんだ』

「少し」

『少し』

「奥」

『奥』

「隅っこ」

『隅っこ。……毒沼に気を付けろって言っておいてあれだけど、一番いいのがその位置なんだよ』

 

 

 シュウシュウと音を立てる毒沼に血の気が引く。探査機を設置するためにはここを通らなければいけない。

 行きたくねぇという心情が体の揺れとして表れたとき、シキが「私が行く」と事も無げに言った。

 どうやってという疑問は、小柄な体がひらりと墓石に着地したことで解消する。ある程度重さのある探査機を抱えていても危なげなく墓標の列を跳び移り、あっという間にミロクが指定したポイントに到達した。探査機を設置すれば、機器は待ってましたと言わんばかりにうなりを上げる。

 

 

「わぁ……さすが運動能力Sランク……」

「他人事みたいに言ってるけど、あんたも最低限このくらいはできるようになりなさいよ」

「無理では!?」

「あのねぇ、この先どれだけ移動が難しい場所が出てくるかわからないでしょ。超能力だけじゃなくて体のパフォーマンスも鍛えずにやっていけると思ってんの? 甘えてたら池袋みたいな高い場所であっさり落下して終わるわよ」

 

 

 ごもっとも。一歩も動かずにドラゴンを倒すのはさすがに無理があるので、逃げ足程度は鍛えておいた方がいいのかもしれない。

 いずれ訓練メニューに追加されるだろうなと考えていたら、案の定「今度から走り込みも入れるか」と少女がつぶやくのが聞こえてしまった。異能力に甘んじない上昇志向があるのはいいが、死なない程度に加減してもらいたい。

 ひーんと鼻を鳴らしつつキリノからの通信に応答する。

 

 

『こちらキリノ、聞こえるか? すべての探査機の設置を確認した。そして……ふふふ……チューニングも、バッチリ完了済みだ!』

「やっとか」

「あ、忘れてた……お疲れ様です!」

『不整合の原因を割り出すのに、ずいぶん時間と頭を使ったけれど……さっきのすごい音で、ピンときてね! この四ツ谷には、聞こえない音が――』

 

 

 キリノが語り出した途端、声量が不自然に下がった。

 通信機の不調かと思い首を傾げると、声の大きさは元に戻る。また小さくなって、戻る。それのくりかえし。

 説明をわざわざ聞き取りづらくする必要はないだろう。キリノは気付かずに話し続けているし、思い当たるのは一人しかいない。

 

 

「ちょっとミロク、何してんの」

『さっき説明したんだから、キリノの話は聞かなくてもいいだろ。……ていうか、その音はオレが……まぁ、役に立ったならいいけどさ』

「……拗ねてる?」

『す、拗ねてなんかいない!』

 

 

 まあたしかに、聞こえない音の存在については既に知っているから聞かなくても大丈夫なのだが。

 自分の声が弄ばれているとは露知らず、キリノはアオイのストップが入るまで数分間語り続け、その間に送られてきたデータをミロクが受け取り、小気味いい電子音が鳴る。

 一通りの分析が終わったようで、通信機の向こうで二人分のため息が流れた。

 

 

『なるほど……こんな地形だったのか。このままやみくもに進んでも、永遠に帝竜には辿り着けなかったな……』

『ああ……ずいぶんと巧妙に隠されたものさ。だけど、それは既に破られた』

 

「何かすごい気になる話し方してるね」

「たぶん聞いても私たちじゃわからないわよ」

 

 

 それもそうかと、少年と上司が交わす専門用語で埋められた会話を聞き流す。

 再びアオイにストップを入れられ、空気を改めるようにキリノが咳払いをした。

 

 

『では、これより――』

『これより、四ツ谷探索を帝竜討伐作戦に切り替える。13班は、オレの指示に従って、最奥の帝竜を討伐してくれ』

『――承認します。台詞まで、すっかりとられちゃったなぁ……。討伐にあたっては、注意を怠らないように。13班、ミロク、頼んだよ!』

 

『了解!』

「了解」

「了解です!」

 

 

 今までとは一味違うナビゲーターの意気込みが心強い。再び墓標から墓標へ飛び移って戻ってきたシキを迎え、目標を帝竜に変えて進み始めた。

 そういえば、帝竜の居場所までは聞かされていないがどこにいるのだろう。

 逆サ都庁、山手線天球儀は帝竜の反応はすぐに確認できたし、それぞれ最下と最上にいたわけだが、ここもそうなのだろうか。だとしたらダンジョンの中枢にそびえ立つ天守閣が怪しい。

 

 アーチ状の橋を渡って、探査機設置のために走り回っていたエリアからは離れていた区画に入る。ミロクから待ったがかかって一度足を止めた。

 

 

『気を付けてくれ、ここからは、このダンジョンで最も厄介な迷路エリアだ』

「迷路? 確かにちょっと複雑に見えるけど」

『さっき音の話しただろ? 生命活動を停止した死体すら動かせるような音だ、もちろんおまえたちにだって影響がある。その音に加えて、ここの変な地形、対策なしに突っ込んだら方向感覚がメチャクチャに狂わされて、絶対にゴールに辿り着けない。だから、ここからはオレの言う通り進んでほしい。まず北西から……マップにマーカーをつけておいたから、その通りに進んでくれ』

 

 

 一見何の仕掛けもないが、そう思っている時点で既に帝竜の術中なのかもしれない。ミロクを信じてマップに表示される印を確認し、指示通り北西に向かってみる。

 マーカーがついた角から屋上を出て橋を渡る。特別見晴らしが悪いわけでもないし、どこが迷路なんだと首を傾げながら次に入ったところで、既視感のある光景に足が止まった。

 

 

「……ん?」

「あれ? ここ、さっきの」

 

 

 ビルの高さ。所々にいる亡霊、ゾンビと思しき人影。暗い空間にフットライトのような彩りを添えるフロワロ。

 すべてが寸分違わない。目の前に広がるのはついさっきいた場所と瓜二つの景色だ。

 

 

『第一ステップ、完了! 戻ってきたように感じるだろうけど、帝竜に近付いてるぞ』

「え、そうなの?」

『よし、次はそのまま直進だ。マーカーを確認して、南東の道に進んでくれ』

「迷路ってこういうこと……たしかに厄介」

 

 

 進んでいるという実感を得られないが、違う視点から帝竜の領域を捉えるミロクやキリノには、自分たちの目とは別の景色が見えているのかもしれない。

 ピコンと音をたててマーカーが光る。大人しく屋上を真っ直ぐ走り抜けて橋を渡れば、再び見覚えのある景色が広がった。

 

 

『第二ステップ完了! よし、次は……今来た道を引き返してくれ』

「ええっ、逆? いいの?」

『ややこしいよなぁ……帝竜は、よっぽど隠れたかったみたいだ。迷路を越えて、ご対面といこうぜ!』

「……遊ばれてる気がしてきたんだけど」

 

 

 しかし他にあてもないので引き返す。

 その場で半回転して橋に足をかけたところで、不自然に強い月光に反射的にまぶたを閉じた。

 

 

「ねえ、何か月が大きくなってない?」

「月? 別に普通……、んっ」

 

 

 それまで気にしていなかったシキも顔を上げて目を瞬かせる。

 四ツ谷に来たときには星とともにぼんやりと光っていただけの月が、空を覆わんばかりに巨大になっている。

 そして肌に刺さる視線と気配。周りには誰もいないのに、どこかから……得体の知れない何かに観察されているような気がする。

 

 背中をじっとり舐められるような不快な湿度に悪寒が走る。急ぎ足で橋を渡り、袂に飛び降りた。同時に迎えるように強い風が吹いて、巻き上げられる砂を追って背後を振り返る。

 

 

「わ、高い……!」

『……よし、抜けた! これで迷路エリアは突破したぞ』

 

 

 池袋の地上700mには劣るが、高層ビルでも飛び出ている、四ツ谷が一望できる場所に出ていた。ダンジョンの中心、入り口から遠くに見えた天守閣に辿り着いたのだ。

 探査機設置のために東奔西走していた街を見下ろす。幾度となく渡った骨の橋が高さの違う建物をつなぐ様はだまし絵みたいで暗く淀んだ景色にはマモノとドラゴンらしき影がちらほらと確認できる。

 

 

『あとは帝竜目指して先に進むだけだ。いくぞ、13班!』

「了解。帝竜もだけど、雑魚ドラゴンたちもまだ街にいるだろうから、後で狩るわよ」

「あ、そっか。今回あまりドラゴンと戦ってないもんね。Dzはちゃんと回収しておかないと」

 

 

 鉄の階段を使ってさらに上へ。夜空の月はクレーターや影の細かい箇所が目視できるほど大きく地上へ迫っている。このまま衝突する気かと恐怖を感じながら最後の大橋を渡れば、視界に入るビルは両手の指で数えられるほどになった。

 次の屋上に移ろうとして、足が止まる。

 橋が折れている。屋上と屋上の間は数m。前を行くシキにはどうってことないだろうが、あまり運動と縁のなかった自分にとっては驚異的な距離だ。

 

 

「な、こ、こんなところで障害が……!」

「障害って、ただ跳び移ればいいでしょ。都庁のときと比べれば屁でもないでしょうが」

「シキちゃんならそうかもしれないけど、私は自信が……」

「ちょうどいいわ、さっき話してたこともあるし、練習ね」

 

 

 話を聞く気はないのか、シキが言葉を遮って跳ぶ。向こう側に着地して振り返り、早く来いというように片腕を伸ばした。

 

 

「ほら。万が一届かなくても私が跳んでキャッチすればいいでしょ」

「ううう……。……そうだ! 氷で橋を造れば!」

「ダメ。伊達に戦闘経験積んでないでしょ。訓練よ、自力でこっちに跳んで」

「ええええ」

 

 

 抗議は眼力よって一瞬でねじ伏せられ歯を食いしばる。

 確かに、超能力に頼りきりではなく、体も使えたほうがいいのはわかっているが。

 ……大丈夫、走り幅跳びは比較的得意なほうだった。をつねって気合いを入れ、屈伸と伸脚で十分脚をほぐして。

 南無三と唱え、助走をつけて全力で踏み切る。宙に浮いた体を生温い風がくすぐっていく。胆が縮むが、足の裏は半歩分の余裕を残して着地することができた。

 

 

「あ……い、いけた!?」

「だから言ったじゃない。次行くわよ」

「え、ま、待って、もうちょっと心に余裕を!」

 

 

 お構いなしに進むシキに涙目でついていく。階段のように少しずつ高くなっていくビルの道を跳び続け、あばらを叩く心臓を抱えて頂点にたどり着きへばった体を眩しい月が出迎えた。

 太陽並みの眩さを見せつけるように光る月、それを掲げるように天へ向く骨の牙に飾られた舞台。肝心の帝竜は確認できないが、上空から感じる気味の悪さはごまかせない。

 

 

『おい、13班! あの月から帝竜反応を検知した。討伐対象は、月に擬態した帝竜と認定。もう隠れはさせないぞ……!』

「何か見られてるなーって思ってたけど、帝竜の視線だったんだね」

「……出てきなさいよ! いつまで隠れてるつもり?」

 

 

 シキが挑発するように手招きをする。満月の輪郭が歪み、数回明滅して霧散した。

 フロワロの花が揺れて不気味にざわめく。頭上で擬態を解いたドラゴンが羽ばたきながら舞台へ降りてきた。

 白を基調とした体。風を起こす翼には黒のマーブル模様が浮かぶ。鳥のようなフォルムはウォークライやジゴワットと違って女性的な曲線を描く。

 

 四ツ谷の天に羽ばたく帝竜ロア=ア=ルアを捕捉し、ミロクが力強く宣戦布告した。

 

 

『いくぞ、13班! ……死者をもてあそんだ罪、償ってもらわないとな!』

 

 

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