2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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デストロとサイキのパーティだと必然的に迎撃スタンス+ヒート(ゼロ℃)ボディ戦法になるんですが、盲目状態でこれをすると相手のスウェイリアクト(回避すると+1ターン)にはまり、攻撃をくらう→カウンター発動→回避される→リアクトという無限ループの地獄に……うっ、頭が!!



18.月を砕け - VS ロア=ア=ルア -

 

 

「こっのぉぉ……サスガの奴、調子に乗りやがってぇ!」

 

 

 医務室でマキタが歯軋りする。

 彼を含め池袋攻略作戦で負傷した自衛隊員たちは、しばらくの静養と医師たちの尽力によってほとんど訓練を始められる状態まで回復していた。ムラクモには及ばないが一般人とも違う強靭な肉体に、看護師たちは尊敬半分、呆れ半分のため息をつく。

 

 仲間たちとともに健康検査を受けていたマキタは、落書きつきの包帯が取れたことで、体の自由と同僚に対する怒りを解放させていた。

 

 

「何が『アオイちゃんは天使』だ! 勝手に人の包帯に書き込みやがって……! 絶対に許さん!」

「まあまあ、ほら、包帯に落書きするのはお約束だろ?」

「内容を考えろってことだよ!」

 

 

 医務室に誰かが訪ねてくるたび、でかでかと書かれた文字は笑い種になった。サスガではなくマキタがムラクモの女性に想いを寄せているなんて噂まで立ちそうになり、誤解を解くため必死に動かしつつけた口はからからに渇いている。

 

 お調子者のサスガに一発かましにいこうと意気込むマキタを仲間が押さえる様子に苦笑する堂島に、見舞いに来ていたカマチが声をかけた。

 

 

「そうだ、隊長。さっきムラクモ本部から連絡が入った」

「ムラクモから連絡? ……そういえば、13班は四ツ谷の攻略に行っているんだったか」

「ああ。その作戦の進行状況の定時報告だ。なんでもついさっき、13班が四ツ谷の帝竜と戦闘に入ったらしい」

「13班が帝竜と……!?」

 

 

 堂島の声に、騒いでいた自衛隊員たちがなんだとと振り返る。

 四ツ谷は夜が明けない世界になっていると聞いた。いったいどんな帝竜が根城にしているのか、13班は大丈夫なのか。

 沈黙に包まれる医務室で、今年入隊したばかりの新人隊員がぽつりと呟いた。

 

 

「すごいですね……おれ、マモノと戦うだけで精一杯だったのに……」

 

 

 今までの戦いが思い返される。はじめはマモノの発生だった。それだけなら自衛隊が動けば問題なかったのだが、今は違う。

 ドラゴンが地球に降り立った時点で、人類は崖っぷちギリギリまで追い詰められていた。そこに出てきたムラクモ機関の存在でなんとか踏みとどまり、自分たちは一歩、また一歩と東京奪還に向けて前進している。

 

 

「帝竜って、何体いるんだっけ?」

「さあ。でも……」

 

 

 ドラゴンの生態はまだ未知数。しかし四ツ谷の帝竜が倒せれば、圧倒的な力を持つ帝竜を三体も撃破したことになる。

 一生かかるかもしれないと思われていたドラゴンの駆逐。実際はものすごいスピードで進んでいるんじゃないだろうか。

 希望が見えるのと同時に、自衛隊はゆっくりと肩を落とす。

 13班、ムラクモがいれば竜は狩れる。

 なら、自衛隊は?

 

 

「今回は完全な、ムラクモ単独での作戦ですよね? ダンジョンの攻略もドラゴン討伐も、生存者の救出も全部……それじゃあ、おれたちは……」

 

「いや」

 

 

 新人の言葉を堂島は遮る。みんなの視線が集まるのを待って、池袋で学んだことを語り始めた。

 

 

「たしかに、アタシたちじゃドラゴンには太刀打ちできない。ダンジョンの攻略も、帝竜の討伐も、ムラクモに……13班に任せるしかない。けどあの二人だって、アタシたちと同じ人間だ。……喜んでドラゴンと戦ってるわけじゃない」

 

 

 地下シェルターでガトウたちとともに都庁に出発しようとしていた堂島は、女性の悲痛な声を聞いた。

 

 

『できるわけないじゃん、あんな、ドラゴンなんて、戦えるわけない』

『お母さんは……友だちは? ……知り合いは、先生は、先輩は? ドラゴンなんてどうでもいいよ、みんなはどうしてるの……!?』

『ねえ、やめよう? あんな、あんなのに襲われて、せっかく命を落とさずに済んだんだから……私たち頑張ったじゃん。みんなに任せたって誰も文句言わないよ。まだ戦えなんておかしいよ、兵士でもないのに……!!』

 

 

 異能力者であれ人なのだ。異能力を宿しただけの、ただの人間なのだ。それでも彼女は戦場に出てきた。その傍らに立つ少女だってそうだ。

 異界化した土地に踏み込んでドラゴンと対峙するたび、一般人から遠く離れた異能力者の力が目に焼き付く。それと同じくらい、彼女たちが体に刻む傷と、流す血も。

 強さは問答無用で死と隣り合わせの世界に放り込まれる理由にはなり得ない。彼女たちは命を捧げるためでなく、自分たちでやり通したいことがあったから、命と同じくらい譲れないものがあったから立つことを選んだのだ。

 

 

「なんでも任せていいわけがない。今回は補助がない分、時間も負担もかかってるだろう」

 

 

 これまでの戦いで学んだだろう。ドラゴンを倒すことができなくとも、自分たちは人々を守るための盾。誰かを守るために動くことはできると。

 

 

「何も手伝えなかったけど、次からは必ず……誰かを守って、13班の負担を減らす。アタシたちよりもずっと年下の女の子二人におんぶに抱っこなんて、情けないだろ?」

「……そうだ。俺たちにも、できることはある」

 

 

 再び、自衛隊の意思を確認する。

 人々を守るために。誰かを助けるために。そのために銃を手に取ったのだ。

 全員の視線が固く結束し、うんとうなずく。

 

 

「よーし、13班が帰ってきたら、派手に迎えてやろうぜ!」

 

「よーっす! 隊長、みんな、元気かー?」

「来やがったなサスガぁっ!! とりあえず一発くらえええっ!!」

「やばいぞ誰かマキタを止めろ!!」

 

「やれやれ……。……負けるなよ、13班」

 

 

 陽気に現れたサスガにマキタが豹変して飛びかかる。

 わーぎゃーと騒がしくなる医務室で、堂島は自分のアーマーを磨き始めた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 月に擬態してこちらを観察。死体を操り襲う。複雑な迷路を形成する。

 まわりくどいやり口から予想はできていた。ウォークライやジゴワットと違い、この帝竜はいやらしい手を使う。自在に空を飛び回り、攻撃はこちらの射程外から。さらにくらえば体が著しくパフォーマンスを落とす効果……いわゆる状態異常を複数扱うタイプだった。

 

 夜空を舞うロア=ア=ルアが、球の形に収束させたエネルギーを打ち出してくる。避ける間にその嘴から怪しい歌声を流して自身に何かの呪文をかける。

 数分間同じ応酬をくりかえし、一方的に体力を削られていくまま、帝竜に一度も攻撃を当てられずにいた。

 

 

『シキ! 来るぞ!』

「わかってる!」

 

 

 ミロクに応えながらシキが身構える。同時に帝竜が翼を折り畳み、魚を狙う海鳥のように急降下した。地上すれすれで翼が広げられて暴風が巻き起こる。

 根を張ることもできず浮かび上がる体に待っていたというように紅の爪が叩き込まれる。

 

 

「っつ……!」

 

「ダメ!」

 

 

 大きな足でコンクリートの地面に押し付けられて少女がうめく。そのまま啄もうと思ったのか嘴が開かれた。

 慌てて割り込ませた雷光もひらりとかわし、ロア=ア=ルアは優雅に夜空に舞い上がる。

 シキに駆け寄り助け起こす。既にぼろぼろになりつつあるセーラーの下で骨を鳴らしながら、少女はくそっと吐き捨てた。

 

 

「さっきからザクザク何度も何度も……!」

「ま、待って、いきなり動いちゃダメだよ! 今治療するから……」

 

 

 ミロクが分析したところ、ロア=ア=ルアの両足と両翼の先にある爪は先が波打つ刃物のような形状で、普通の牙や爪よりも傷口が広がりやすいらしい。シキはそれを何度も頂戴していて、どの傷も深くはないものの白いセーラーは黒ずんだ赤に染め上げられていた。

 ちゃんとした治療と、できることなら予防だってしておきたい。けれど一連の行為を見守ってくれるような精神を帝竜が持っているわけもなく、間髪入れずにマーブル模様の弾が降ってきた。

 

 

「もう、治療もまともにできないなんて……!」

『シバ! 今度はそっちにいくぞ!』

 

 

 シキから引き離されて歯噛みする中、ミロクの声に慌てて空を見上げる。

 夜空に浮かぶ白い体が視界に入った瞬間、ロア=ア=ルアの血が固まったような赤い目が鋭い光を放った。

 

 

「え……、うっ!?」

 

 

 ざっと視界に黒いもやがかかる。目に墨をかけられたわけでもゴミが入ったわけでもない。今までにも何度かかけられた、視界をふさぐ状態異常だ。

 眼球を取り出して丸洗いしたい衝動を抑えてリカヴァを使い、なんとかかすみを取り除く。

 

 鮮明になった視界に映り込んだのは、ロア=ア=ルアの鋭い鉤爪。

 

 ザクッ、ゴリッ、という嫌な音が耳に届き、燃えるような痛みが肩を襲った。

 

 

「い゙、っ゙、~~っ!!?」

 

 

 生温い血液が迸って顔にかかる。脈の動きも吹きつける風も衣服の擦れも、すべての刺激がその箇所に集まって激痛として変換される。

 目玉がカッと熱を帯びて生理的な涙があふれる。気を失わず、叫ばずに堪えているだけ奇跡だ。

 貼っていたはずのデコイミラーは立て続けに撃たれるエネルギー弾から逃げるうちに消えてしまったらしい。咄嗟に身をひねったことが幸いして頭を持っていかれずに済んだものの、帝竜の爪は左肩の肉と鎖骨の一部をごっそり削り取っていた。

 

 シキがミナトと帝竜の間に飛び込んで突き出した拳はまたも紙一重でかわされる。

 

 

「ちょっと、生きてる!?」

「……死にそう」

「しっかりしろ!」

 

 

 痛みで散り散りになりそうな意識をなんとか引き止め、リカヴァをかけてから治癒を肩に集中させる。

 なんとか止血はできたが治癒能力は万能じゃない。抉られた肉がぽんと生えるわけでもなければ流した血も戻らないし、痛みも消えない。火で炙るような感触が、左肩から先は使い物にならないことを告げていた。

 

 

『シバ、シバ! 大丈夫か? 立て直せるか!? 今シキが踏ん張ってる! 負けるな!』

「……っ、大丈夫かな、これ。左腕、落ちたりしないよね……」

『大丈夫、ちゃんとつながってる!』

 

 

 ミロクの声も苦しそうだ。足腰に力を入れて立とうとすると、もう少し怪我の治癒に集中しろと止められる。

 

 

『あいつがおまえたちの体に与える異常は、出血の促進、目を塞ぐ盲目効果。それから、マナの消費も普段よりかなり加速してる。たぶんダウナー効果もあるみたいだ』

「マナの消費……? ダウナー……?」

『しっかりしてくれ! 戦いが終わったら、医務室でがっつり治療が受けられるから!』

 

 

 泣き出しそうな声にごめんと謝る。画面の向こう側で見ていることがもどかしいのだろうか、ミロクは通信機の向こうでがたがたと音を鳴らしては前に出ているシキへ声援を飛ばしていた。

 

 

『あの聞こえない音だよ。やっぱりここでも干渉してきてる。マナのコントロールは大丈夫か? まだ術が使えなくなってたりはしてないよな?』

「言われてみれば、なんかどの技もあまり威力が出てなかったかな……」

 

 

 血の流れすぎかマナの使いすぎか、頭がぼうっとしてうまく働かない。

 メディスと一緒にマナ水を飲み、尽きかけていたマナを補充する。そこら中に転がる大量の薬の空容器が、自分たちが状態異常にくりかえし苦戦していることを物語っていた。

 

 

『……この帝竜、思った以上に強敵だ。今までの戦い方があまり通用してない』

「……そうだね、薬も結構消費しちゃったし、このままだと、ジリ貧……」

 

 

 シキがロア=ア=ルアに食らいつき、爪を受け止めて殴り返す。

 文字通り彼女が壁になって踏ん張ってくれている。目の前で繰り広げられる肉弾戦に逸る気持ちを抑え、治癒に集中しないと。

 少しずつ回復していく体と頭に、ミロクの「だから」という声が響いた。

 

 

『だから、今回はおまえが攻撃の要だ』

 

「うん──え?」

 

 

 わずか一瞬、痛みを忘れる。

 

 ミロクは今何と言った? シキではなく、自分が攻撃の要?

 自分が要。要。頭の中で言葉が繰り返される。

 幾人もいる候補者の中、隅っこに紛れて隠れていたのに、自分が罰ゲームの対象に選ばれて引きずり出された気分だった。

 

 

『シキは接近戦特化のデストロイヤーだ。どんなに動くことができても、ロア=ア=ルアは空が飛べるから避けられる。だからおまえがやるしかない。サイキックの属性攻撃なら射程は長いし、うまくいけばあいつを撃ち落とせる!』

 

「……そんな」

 

 

 どうしてこんなときに負け犬根性が出てきてしまうのだろう。

 いけないとわかっている。今までどれだけシキに、ガトウに背中を叩かれてきたかもわかっている。それでも反射的に唇が動いていた。

 

 

「無理だよ。わ、私が? シキちゃんのほうが強いのに? あの子があんなに苦戦してるのに、私がやれるわけない」

『何言ってるんだよ、これが一番勝てる可能性が高いんだぞ!』

「だ、だって、私は今まで補助で……ついていくのが精一杯だったのに……そりゃ、シキちゃんのことは手伝うよ。でもいきなり要って言われたってっ」

 

 

 今日だって、ダンジョンの中で散々情けない姿をさらした。

 

 

『あんたが努力してるのは知ってるけど。もし、火しか効かない相手が出てきたらどうする?』

『氷に雷、治癒魔法に防護術。それだけ使い慣れてきて、火ができないっていうのは致命的──』

 

 

「……火が、使えない」

 

 

 ぽろっ、と、弱音がこぼれる。

 

 火が怖い。火が使えない。サイキックは属性攻撃のスペシャリストなのに。

 一つの弱点に苦しみ、吐いて、もがいて克服できないでいる。なんて無様な。

 誰かが自分を指差して笑っている気がした。

 

 

「いつまでたっても前進しないの。ウォークライは倒したはずなのに、ずっとあの炎が忘れられなくて。……何日経っても火が怖い。こんな、自分のこともどうにかできないのに、帝竜をどうにかするなんて」

 

 

 今まで進んでこれたのは、少女の背中があったからだ。彼女より前に出るなんて、想像がつかない。

 

 再び無理だと言おうとした瞬間、「バカ!!!」とミロクが叫んだ。

 

 

『ここで怯えてたらそれこそ何も変わらないだろ! やるしかないんだ!』

「で、でも……!」

『火なんかどうでもいい! 怖いならそんなの後でいいじゃんか! 今は帝竜に勝つことだけ考えろ! それに、おまえを攻撃の要にしようって言ったのはシキなんだぞ!』

「え、シキちゃんが……?」

 

『「戦うって決めたんなら何が相手でもやり通せ」!』

 

 

 いつか自分に向けられた喝を、今度はミロクが怒鳴った。

 

 

『「覚悟決めんのは後からでもいい。背中預けて戦場に立ってる相方を忘れるようなことはするな」!!』

 

 

「そういうことよ」

「わ……!?」

「ったく、あの帝竜ほんとむかつく……!!」

 

 

 いつの間にかシキが隣で大の字になっていた。ロア=ア=ルアに吹き飛ばされたらしい。

 嘲笑うような鳴き声に歯軋りをする彼女の額はぱっくり割れて血を流していた。頭から足まで全身を血に染めて、なおも少女は立ち上がる。

 

 

『二人とも、帝竜が何か仕掛けてくるぞ!』

 

 

 ミロクが息を呑む。

 ロア=ア=ルアが胸を反らし、嘴を大きく開いた。

 

 

「!?」

 

 

 くわあぁぁん、と音が反響する。トンネルの中にいるように、何度も何度も音波が跳ね返る。

 

 脳が振り回されるような感覚に襲われ、ミナトは昏倒した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「おとうさんかえってきた!?」

 

 

 ドアが開く音を聞いて玄関へ走る。

 何でもないただの休日。何やら外がさわがしくなり、血相を変えて飛び出していった父が帰ってきた。

 母と自分には家にいるように言って、いきなり一人だけおでかけしてしまうなんてずるい。どうして連れていってくれなかったんだ。

 

 

「おとうさん、おかえりー!」

 

 

 勢いのまま玄関に立つ父に突撃する。いつもなら抱き止めて危ないよと優しく叱ってくれるのに、このときの父は棒立ちのまま、自分に押される形でドアに寄りかかった。

 

 

「おとうさんどこいってたの!? いっしょにいきたかった!」

「ミナト、」

 

 

 あそこの山はわかるか、と問われる。家からほど近い場所にある山だ。なだらかで、斜面には細い丸太と土で固められた階段もあるから、たまに家族三人でお弁当を持ってピクニックに行くお気に入りの場所。

 わかるけどどうして、と首を傾げる。急に外に出て急に帰ってきた父は、風邪でもひいたような顔色で、金魚みたいに口をパクパクさせた。

 

 

「あの山で、小さな火事があったんだ」

「かじ? 山もえちゃったの?」

「……ミナト、前におとうさんに手品見せてくれたよな。手から火を出すやつ」

「ん? うん。今もできるよ! やる?」

「おまえ、か?」

「え?」

 

 

「おまえが、やったのか?」

 

 

 やったって、何を?

 父が何を言っているのかよくわからない。

 どういうこと、と尋ねようとして、怖いぐらいに目を見開いた父が腕を伸ばしてきて、それから……──、

 

 

 ぶつりと場所が入れ替わる。

 

 

「おかあさん」

 

 

 母が鼻歌まじりに料理をしている。

 鼻をくすぐる香りは、自分が好きなカレーだ。その香りを嗅いでも気持ちは沈んだまま。

 カーテンから差し込むのは土曜の晴れた光なのに、新居の中は少しくすんで寒々しくて。

 

 もう一度母を呼ぶ。

 

 

「おかあさん」

「ん? ご飯ならもう少しで……」

「ごめんなさい」

 

 

 謝罪と一緒に涙があふれた。

 後悔と自己嫌悪が胸を締め付ける。何度謝っても息苦しさは尽きない。呼吸は二の次で、拙い懺悔を吐き出しながら母にすがるしかできなかった。

 

 

「ごめんなさい。ごめん、ごめんね。私のせいで」

 

「がんばるから、もう、同じことにならないようにがんばる! だから──」

 

 

 ごめんなさい。私のせいで。

 

 

 

 

 

 キャア、キャア、キャア。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

『シバ! シキ!』

 

 

 キッチンが消える。母が消える。目の前に夜空が広がる。

 

 シキが自分の上に覆い被さるようにして倒れている。

 

 

「シキちゃん!?」

「いっ……」

 

 

 肩を揺する。シキは後頭部を押さえて起き上がった。

 彼女のもう片方の手は自分の首に回っている。気付け薬のナノエイドを打ってくれていたらしい。

 シキは気絶した自分を手当てしてくれて……髪に保護されて無事だったセーラーの襟が新しい血に濡れているから、その際に攻撃されたのだろうか。

 

 顔を上げるミナトの目に、ゾンビが映り込んだ。

 

 

「っ!?」

 

 

 なんでゾンビが。少し前にこれでもかというくらい亡骸を吹き飛ばしたのに、四ツ谷にはまだ誰かの死体が転がっているのか。

 

 

「っつー……やってくれたわね……」

 

 

 シキが頭を横に振る。すぐ傍らに一体のゾンビと、真新しい血に濡れた銃が転がっていた。少女は銃で頭を殴られたらしい。ゾンビの頭が粉砕されていたのでちゃんとお返ししたようだが。

 こうして起き上がっている間にも、周りには新しいゾンビが湧き始めている。夜空に浮かぶロア=ア=ルアが自分たちを見下ろし、さも愉快そうに笑っていた。

 キャア、キャア、キャア。と帝竜の哄笑が響き渡る。

 

 

『なんだよこいつ……仮死状態も引き起こせるのかよ……! 何度もくらったら危険だぞ!』

 

 

 ミロクが悔しそうに声を絞り出す。自分はロア=ア=ルアの状態異常攻撃で死線をさまよっていたらしい。ついさっきまで止まっていたかもしれない心臓が無理やりたたき起こされたように荒れ狂っている。

 

 キャア、キャア、キャア。

 

 

「……この声……」

 

 

 思い出した。この笑い声は、初めてゾンビを見て気絶したときに自分を笑っていた声だ。

 足場を赤く染める血も、何度も目を塞いできた黒いもやも、マナを余計に浪費してしまうのも。

 

 死者がゾンビとなって操られているのも。

 

 さっき倒れたのも。

 

 昔のことを夢に見たのも。

 

 自分のパートナーが血だらけになって倒れているのも。

 

 全部あいつが。いや、半分は自分の情けなさが。

 

 上弦の月のように曲がった赤い目が空からこちらを見下ろしている。意思疎通などできないのに、嗤っているとわかる声が雨みたいに降ってくる。

 ここにいるのが自分だけならまだよかった。気にしないふりをして、おまえと同じ格の低さには落ちてやらないと背を向けて、距離を取ればそれで終わり。

 けど、今は自分に寄りかかって顔を歪めている女の子がいて。全身切り傷まみれのその子にも嘲笑は降り注いでいて。

 

 

 ──おまえを攻撃の要にしようって言ったのはシキなんだぞ!

 

 ──背中預けて戦場に立ってる相方を忘れるようなことはするな。

 

 

 バチンと指先で紫電が爆ぜる。

 

 

「シキちゃん、ごめんね」

 

 

 シキの肩に手を置き、キュアで彼女の傷を癒して立ち上がる。

 頭にじわじわと熱が集まる。体を巡る血潮が勢いを増すのがわかった。

 人の死も想いも傷も、あの帝竜にとってはお遊びでしかないのだ。ウォークライやジゴワットのように凶暴でない分胸糞悪い。

 

 ずっと昔の、自分だけの過去に勝手に踏み込まれ。

 身命を賭して戦った人たちを愚弄し。

 チームメイトを痛めつけ。

 あの鳥竜は人の逆鱗をことごとく逆なでしたあげく嗤っている。

 というか、なぜ自分はそこまで好き勝手やらせてしまったんだ。

 

 憎い。むかつく。許せない。

 

 

「……私があいつを攻撃すればいいんだよね?」

「そうよ。私も攻撃できるように、あいつを落として……」

「わかった」

 

 

 シキが引き付けてくれていたおかげでちゃんと回復できた。メディスもマナ水も十分飲んだ。左肩の痛みは……無視してしまえ、そんなもの。

 火は相変わらず使えない。それでも、やる。片翼ぐらいは。

 

 

「……許さない」

 

 

 激しい怒りは体力も精神力も燃焼させる諸刃の剣だ。けれど一時的になら、傷の痛みも麻痺させ、力を振るうことに対するリミッターを外してくれる劇薬だ。

 体に鞭打ちマナを呼び起こす。サイキックにとっての銃口である指先を帝竜に向け、喉が痛むくらいに吠えた。

 

 

「絶対、落とす!!」

 

 

 

 胸糞悪い。怒りで体中が熱い。

 明けない夜空に浮かぶ帝竜、ロア=ア=ルア。死者も生者も冒涜する、見た目が綺麗なだけの性格ブス。

 他の帝竜も例外なく討伐はするが、こいつは絶対に生かしておけない。

 デコイミラーとゼロ℃ボディを張り直し、空に向けた手で力の手綱をつかむ。

 

 

「笑う──な!」

 

 

 振り下ろされる指先にマナが導かれる。

 未だに自分たちを嘲笑っていたロア=ア=ルアにプラズマジェイルの光が直撃し、ギャッ、と短い悲鳴が響いた。

 間髪入れず追撃する。空高く舞い上がった冷気が巨大な塊となって、宙で硬直する帝竜の脳天を打ち据える。

 

 

『シバ! こいつ、プラズマジェイルが一番効いてる!』

「わかった……ガンガン落とす!」

 

 

 もう状態異常の無限ループはごめんだ。また厄介な状況を展開される前に翼を削りきる。的はでかいのだからやれるはずだ。

 マナ水はすべて飲んでも構わない。最低限の余力を残しておけば、こいつを地に落とせば、きっとシキがなんとかしてくれる。

 

 決戦地に幾本も光の柱が叩きつけられる。

 夜を塗り潰さんばかりに炸裂する光に、シキは目もとを手で庇った。

 

 

「あいつ、キレてるの? なんで……?」

『そういうのは後で! シバに邪魔が入らないように、ゾンビをなんとかしないと!』

「そうだった、面倒ね!」

 

 

 後頭部を硬い銃身で殴られたが、幸い少しの出血で大したことはない。

 体に異常がないことを確認し、シキは接近してくる新手を迎え撃つ。腐った肉を打つ手応えは不快だが、帝竜にがむしゃらにプラズマジェイルを落とすミナトの邪魔をさせるわけにはいかない。

 二人分の気合いの一声が重なる。ゾンビ数体がボーリングのピンのように吹き飛び、一際大きな光の鎚が空から落ちた。

 

 

『よし、この調子なら……! っ、二人とも! 帝竜が動くぞ!』

 

 

 ミロクが「警戒!」と言うのと同時に、影が蠢く。

 ミナトの怒りの猛攻にさらされていたロア=ア=ルアが叫んだ。立て続けに雷光に打たれていた体は宙で不安定に揺れている。

 集中して狙っていた左翼は壊れかけの傘のように穴が開いているが、撃墜させるには至っていない。翼の付け根、人間で例えるなら肩甲骨に当たる箇所を無理矢理動かし、その巨体が宙に浮かぶ。

 

 動きが今までと違う。まだ技を隠し持っているかもしれない。

 

 

「これ着けて! たたみかけるわよ!」

「うん!」

 

 

 ゾンビを一掃し終えたシキが戻り、ポーチから取り出した小物を受け取り首に下げて走り出す。

 ロア=ア=ルアはもう笑わない。相手は玩具ではなく抹消すべき敵だとようやく気付いたのだろう。赤い目をぎらつかせ、翼で全身を覆いエネルギーを収束させる。

 白く丸まった姿が満月のようだと思った瞬間、苛烈な極彩色の光とマナの波が地上を襲った。

 

 

「わぁっ!」

「っ!」

 

 

 風でもなく衝撃波でもない魔法独特の力が押し寄せる。ミナトは耐えきれず仰向けに倒れ、シキは屈んで膝を着く。

 ロア=ア=ルアお得意の状態異常が体を蝕もうとした瞬間、先刻身に着けたアクセサリーが熱を放って抵抗する。

 確率は五分五分と聞いたが、開発班に渡された防具、ブラインドガードは見事盲目効果を防いでみせた。

 

 

「よし……っ、いける!」

 

 

 ダウナーにはかかってしまったが問題ない。相手は満身創痍。マナが尽きる前にしとめればいい。

 シキはポーチから、ミナトはヒップバッグから最後のマナ水を取り出して一滴残さず飲み尽くす。

 おののくように不安定に羽ばたく帝竜に瓶を投げ捨て、薬の色に染まった舌を出してみせる。平時であればマナーが悪いが、相手はドラゴン、無礼講だ。

 

 

「どうしたのドラゴン様! まさか怖いとかいうんじゃないでしょうね!」

「出血を予防できるアクセサリーもあるし、もう状態異常は通じないよ! 五分五分だけど!」

『ほら、どうした臆病者!』

 

 

 ミロクも加わり三人がかりで挑発する。ロア=ア=ルアが今まで聞いた中で最も不快な叫びを上げた。

 

 突っ込んでくる帝竜に対しシキが前傾姿勢になる。直感で支えが必要だと判断し、その背中にしがみついて後ろに氷のアンカーを作る。

 腹の底から声を出して、突っ込んでくる帝竜の巨体を受け止める。

 ドンッ、と空気が膨張し、足もとに亀裂が走った。

 直接ぶつかったわけではない。それでも少女の背から伝わる衝撃だけで意識を飛ばしそうになった。

 

 傷を負っているとはいえども人智を越えたドラゴン。いつもいつも、相対するたびに死の淵に落とされそうになる。

 けれど、

 

 

「捕まえた!!」

 

 

 人間はいつだって、その向こうにある勝利に手を伸ばすのだ。

 

 ゼロ℃ボディが発動する。絶対零度のカウンターがロア=ア=ルアを捕えた。

 氷に覆われていく自身の体に、ロア=ア=ルアは最初で最後の恐怖による悲鳴を上げる。

 悪あがきに羽ばたこうとする帝竜を押さえつけ、片手で氷の刃物を生み出した。

 

 

「シキちゃん、これ!」

「よし!」

 

 

 シキが氷の刃を振りかぶり、一閃。

 乱暴な縦一文字の斬撃を受け、ついに左翼がロア=ア=ルアの体から断ち切られた。

 痛々しい鳴き声にかけてやる慈悲など存在しない。そのまま引導を渡してやる。

 

 

「とどめぇっ!!」

 

 

 鉄拳が頭に。氷槍が胸に。

 地面ごと頭蓋を粉砕され、胸を冷刃に貫かれ……バシャンと音を立てて一帯のフロワロがはじけ飛ぶ。

 風も吹いていないのに宙に霧散していく毒花たちに、視界に表示された大きな生体反応の消失。帝竜の命が吹き消えたことを悟る。同時にナビの歓喜の声が鼓膜を揺らした。

 

 

『……よし! 四ツ谷地区の帝竜──討伐完了!』

 

「っはぁ……」

「お、終わった……」

『お、おい、大丈夫か!?』

 

 

 帝竜とゾンビと自分たちの血でそこらじゅう赤くなった地面に同時に転がる。

 興奮状態で忘れていたが、今までで一番物理的な傷を負った戦いだった。シキは全身切り傷だらけだし、ミナトにいたっては左肩の一部を大きく抉られている。さっきの帝竜との衝突でまた血が滲み始めているし、致命傷一歩手前だ。

 落ち着くことで湧き上がってきた痛みと疲労にうめく。心配するミロクには治療の準備を進めてほしいと伝えた。

 

 帝竜はDzの量も多いし検体も回収しなきゃいけないから一苦労だ。強固な肉に息を切らしながら解体に当たっていると、アオイとキリノから通信が入ってくる。

 

 

『センパイ、勝ったんですね!? わ~い、お疲れ様でした!』

『君はホントにチョコバー食べに来ただけだったね……。ナツメさんからも信号連絡が来てる。えーと、なになに……「よ・く・や・っ・た・わ」……六文字かい!』

「……キリノさん、今日はツッコミが冴え渡ってますね」

「どうでもいいけど、こっちにはしゃげる余裕が残ってると思ったら大間違いだからね。あんまりイラつかせないで」

『そ、その通りだ、すみません……』

 

 

 しょんぼりといった声音で尻すぼみになるキリノをよそに、シキはDzと検体を鞄に突っ込み立ち上がる。

 地面に転がったまま眠りに落ちそうになっていたこちらを爪先で小突き、仕方のない奴とナックルを外した手が差し伸ばされた。

 

 

「ほら、ミナト。さっさと帰るわよ」

「あ、うん、う……。……、…………うん???」

「? なによ」

「……今、なんて言った?」

「は?」

 

 

 今になって状態異常にかかったのだろうか。依然大の字になったまま目を何度も瞬かせるパートナーに、シキはしゃがみこんで顔を近付ける。

 

 

「帰るわよって言ったの。このまま置いていかれたいの?」

「え、いや、そうじゃなくて……。それだけじゃなくて、さっきの台詞。もう一回言ってみて」

「……さっき?」

 

 

 えーと、と数秒前を思い返してそのまま再生する。

 

 

「ほら、ミナト。さっさと帰るわよ」

 

「……」

「……」

「……」

 

「……なによ!?」

 

 

 わけがわからずに声を荒げる。

 

 前進ぼろ雑巾の相方はなぜかきらきらと瞳を光らせ、次にはへらぁっ、と笑みを浮かべた。

 

 

「やっっっと、名前呼んでくれた!」

 

 

 美しいなんて言えない、かわいいともほど遠い。顔面の筋繊維がすべて緩んだようなだらしなさ。しかも目尻がわずかに濡れている。

 頬が血まみれだし、血を流しすぎたからか瞳は若干焦点が合っていないし、ただ温かいだけの笑顔だった。

 一足先に夜明けが来たと思わせるような表情に、今度はシキが目を白黒させた。

 

 

「何……名前?」

「そうだよ! ムラクモ試験で自己紹介してから早数ヶ月! シキちゃんってばあんたとかこいつって言ってばかりで、全然名前呼んでくれないんだもん! すっごい寂しかったんだよ!」

「……へぇ」

「あー、心当たりないって顔してる! ……んふふ、嬉しいなぁ」

 

 

 ミナトは体を起こしてくすくす揺れる。いつもと少し雰囲気が違うパートナーを見て、そういえばこいつ自分より年上だったな、とシキはぼんやり思った。

 頼りない体がふらつきながら立ち上がり、足を大きく開いて敷居を跨ぐように一歩近付いてくる。傍らに立つ女性は何やらいつもより距離が近い。

 

 

「なんなのあんた」

「へへーへへへー」

「鬱陶しい」

 

 

 顔はにへらにへらと笑ったままで、頬の肉をつついても引っ張っても変わらないので放っておくことにした。

 とりあえず、いつまでも死臭漂うダンジョンに長居したくもない。慎重に道を戻り、ミロクのナビに従って残っていたドラゴンたちを狩っていく。

 最後の一匹を倒してDzを回収すると、ミロクが「げっ、またかよ!」と焦った声を出した。

 

 

『おい、13班! 前方に、生体反応がない個体を発見!』

「生体反応がないって……ゾンビ?」

「あ、本当だ。でも一人だけだね」

『ああ、たぶんこいつが最後の一体だ。倒せるか?』

 

 

 自衛隊ゾンビがたった一人で静かに、のろのろとこちらへ近付いてくる。

 迎え撃とうと踏み出したシキの体がふらつく。帝竜を倒してなお戦闘を続けたものだから疲労が限界に達しているのだろう。ミナトが慌てて肩をつかんで支え、そのまま片手を伸ばし、指先の照準をゾンビに向ける。

 

 

「できるの?」

「一人だけなら大丈夫だよ。任せて!」

 

 

「ごめんなさい」という呟きの後にプラズマジェイルが落ちる。

 光の柱に包まれ、ゾンビはまるで昇天するように朽ちて消えていった。

 

 

「やるじゃない。ぎゃーぎゃー騒いでたのが嘘みたい」

「えへへ、一歩前進って感じかな。……あれ、何か落ちた」

 

 

 跡形もなくなった場所に、カチャンと音を立ててブローチのようなものと隊服の切れ端が転がった。

 歩み寄って薄汚れた二つを拾い上げる。ゾンビの胸もとに着いていた階級章と勲章だ。

 

 

「これは……この人の遺品になるのかな。ミロク、これで身元はわからない?」

『一佐の階級章に、六つ星の勲章……? 自衛隊の隊長格だったのか。死体を操られて……ん?』

 

 

 ミロクの声が途切れる。

 次いで、カチ、カチ、と歯を噛み合わせる音が聞こえてきた。

 

 

「どうしたの?」

『もう、帝竜はいないんだよな』

「何言ってんの。ちゃんと倒したじゃない。Dzと検体だって回収したし」

『だ、だよな?』

 

 

『死体を操ってた帝竜は、討伐したよな?』

 

 

「……」

「……」

 

 

『なら、なんで──』

「──」

「──」

 

 

 ガチガチ、と音が鳴る。

 

 シキが首をひねって隣を見ると、ミナトがミロクと同じように歯を鳴らしていた。

 その口がひゅっと息を吸うのを見て、少女は素早く耳をふさぐ。

 

 

 ブラジルにも届いたんじゃないだろうか。超音波にも負けない悲鳴が四ツ谷を揺らした。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 倒れたパートナーを背負い、くたびれた様子の少女が四ツ谷の街を歩いていく。

 その姿をビルの屋上から見つめ、ダイゴが静かに呟いた。

 

 

「……三匹目の帝竜を倒したようだ」

「ねぇ……アタシ、あんなダサい奴に負けたの?」

 

 

 少女の背中で気絶している女性を見て、ネコが棒付きキャンディを舐めながら目を細める。

 ダサいというのは、ついさっきこの世の終わりのような絶叫を上げて倒れたことを言っているのだろう。ストレートな悪口にタケハヤは思わず笑う。

 

 

「言ってやるなよ。がんばってたじゃねぇか」

「だぁってさぁー……なんか、なーんか納得いかないんだよねー。わかるでしょ?」

 

 

 確かに、フルネームを馬鹿正直に名乗ったり、何も知らずにムラクモに協力していたり、帝竜を倒したと思ったらゾンビ一体にひっくり返ったりと抜けているところがある。

 しかしネコがあの女性のことを意識するのには、もっと別の理由がありそうだ。同じサイキックだから引っかかっているのだろうか。それとも歳が近そうだからか。ネコ自身もよくわかっていないのが少しおもしろい。

 まあ、彼女を観察している点で言えば、自分も同じなのだが。

 

 シバ ミナトといったか。毎度危なっかしいとはいえ、一般人上がりの戦闘員にしてはなかなか根性がある。

 

 

「見た感じじゃ、悪人ってわけじゃなさそうだな」

「油断しちゃダメだって。あのオバさんの部下だよ?」

「わかってるよ。……っ」

 

 

 胸が痛んで息が詰まる。

 咳を飲み込んだタケハヤを、ネコとダイゴが同時に振り返った。

 

 

「タケハヤっ、大丈夫?」

「あまり無理はするな」

「ああ。大丈夫だ」

 

 

 今はな、と小さく付け加える。

 辛そうに顔を歪ませるネコの頭を乱暴に撫で、タケハヤはもう一度、四ツ谷の出口に向かう13班を見た。

 疲れたのか、少女が一度女性を下ろして肩を回す。そうして再び女性を抱え上げる手は決して雑ではなく、思い入れのあるものに触れている……ように見えた。

 少女自身が気付いているかどうかは別として、彼女は天涯孤独というわけではないようだ。

 

 

「俺の体も、長くはもたねぇ……そろそろハッキリさせるときかもな」

 

 

 たしかめなければなるまい。彼女たちのことを。

 

 腰に下げている剣に触れる。

 

 

「ダイゴ、ネコ……手ぇ貸してもらえるか?」

「もちろんだ」

「……うん」

 

 

 帝竜の撃破を祝福するようにフロワロの花びらと光が散る中、SKYの三人は遠ざかっていく13班の背中を見つめていた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 なけなしの体力を振り絞ってダンジョンから戻ってきたシキを、笑顔のアオイが手を振って迎えた。

 

 

「センパイ、お帰りなさーい! 途中でキリノさんが通信切っちゃうからどうなってるか、すごく心配してたんですよ!」

「いやいや、こっちだってチューニングに必死だったんだよ! ま、無事に討伐できたんだから良しとしようじゃないか! ……って二人ともひどい怪我じゃないか! シバくんは大丈夫なのかい!?」

「できるだけの応急処置はした」

 

 

 緊張感があるのかないのか、最初から最後までマイペースな二人と背中でぐったりしているミナトに、シキはやれやれと肩をすくめる。

 

 

「こいつ、最後の最後で気絶したのよ。私だって怪我してるのにおぶらせるなんて」

「あ、もしかしてさっきの悲鳴、センパイのだったんですか? ずっと奥からきゃーって聞こえてきましたよ!」

「間違いなくこいつね。……ま、今回は帝竜を追い詰めた奮闘に免じて、寝かせておいてやるけど」

「……シキ、珍しく機嫌がいいじゃないか。なにかあったのかい?」

「機嫌がいい?」

 

 

 帝竜と戦って怪我を負い、疲労困憊している自分を見て「機嫌がいい」など何の冗談だ。

 キリノにおまえの目は節穴なのかそれとも嫌みかと問いただすより先に、アオイが「確かにそうですね」と手を合わせる。

 

 

「私、センパイの笑顔、初めて見た気がします」

「笑顔?」

「センパイ、ちょこっとだけですけど、さっき笑ってませんでした?」

「……」

 

 

 ぐにぐにと頬の内側の肉を噛んでみる。

 何がおかしいのか、キリノとアオイはこっちを見て小さく笑った。

 

 

「それに、水入らずのおかげなのかな? ミロクともずいぶん仲良くなったみたいだけど」

『邪魔が入らなかったからな。話が弾んだよ!』

「邪魔!? そ、そういうこと言わないでくれよ……寂しいなあ。はぁ……帰りはアオイくんが運転してくれ。確か免許、持ってたよね?」

 

 

 キリノの問いかけに、アオイは力強くうなずく。

 

 

「ペーパーでよければ!」

 

「僕が……運転するよ……」

 

 

 ダンジョン突入時から帰還までこいつらはコントの練習でもしていたのだろうか。もうツッコむ気力もないので無視させてもらおう。

 ミナトと機材を車内に運び込み、バンは夜の街から抜け出していく。

 移動する車の中で装備を外して雑だった手当を細部まで済ませて四ツ谷を出る。現実の夜空は四ツ谷から引き継いだような夕闇に染まっていた。

 戻ってきた東京都庁の入り口、今朝と変わらない位置に立っていたナツメに迎えられる。

 

 

「おかえりなさい──」

「ナツメ、医務室に行ってもいい? 帝竜の検体はアオイに持たせてあるから」

 

 

 あいさつもせず(いつものことだが)、気を失ったままのミナトを抱えて車から降りてきたシキに、ナツメはきょとんと呆けたような顔をする。

 

 

「ええ、もちろん。……今回も苦戦したのね」

「……圧勝できなきゃ不満だって?」

「がんばったのねっていう意味よ。行ってきなさい」

 

 

 ミナトをしっかり抱えるシキを見て、ナツメは優しく微笑んだ。

 

 

「仲良くなれたのかしら?」

「は?」

「なんでもないわ。お疲れ様」

 

 

 何なんだとぼやきながら都庁に入っていくシキの背を見送る。

 愛想がないのは相変わらずだが、それ以外で何かが少し変わったようだ。きっかけとなったであろうミナトに心の中で感謝する。

 

 

「よくやったわ、13班。それから、キリノとアオイもね」

「いえ、ナツメさんが信頼してくださったからですよ」

「ふふ……それはよかったわ。それで、帝竜の生体サンプルは?」

「はい、これです!」

 

 

 ロア=ア=ルアの検体が入ったケースをアオイが手渡す。

 第三の帝竜の生体サンプルを受け取り、ナツメは感慨深そうにケースを持つ手に力を込めた。

 

 

「たしかに受け取ったわ。さ、疲れたでしょう。今日はゆっくり休んでちょうだい」

「はい、ではお言葉に甘えて」

 

「お腹減ったぁ……! なんかフライが食べたいな……アジフライ、カキフライ、イカフライ!」

「君はずっとチョコバー食べてただろ……」

 

 

 腹をさするアオイと呆れ顔のキリノが都庁に入るのをじっと見つめ、頭上に視線を移す。

 東京の夜空に浮かぶ本物の月は優しく、黄金色に輝いていた。

 春にドラゴンが来て、桜を散らせてから月日が経った。季節は夏に近付いている。

 

 

「……あっという間だったわね……」

 

 

 爽やかな夜の風に背を押され、ナツメは屋内に戻っていった。

 

 





帝竜戦終わり。CHAPTER3もうちょい続きます。
今までの話で既に気付かれていると思いますが、こんな感じでサブクエや都庁で話しかけたときのセリフも練り込んで書いていきます。思い出のあんなシーンやこんなシーンを振り返れるように書ければなと思います。
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