2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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今回から4章掲載開始です。
あっちもこっちもすっからかんでビビり散らしました。あからさまに横暴な態度のモブも消えていたことにほっとしてしまったのは秘密。



CHAPTER 4 熱砂のDプラント  The Tri - Nitro
20.いない


 

 

 

「八時!?」

 

 

 シキの声で目が覚める。

 反射的にスマホで時刻を確認すると、確かにデジタル時計は8:11と表示していた。

 驚き三、眠気三、焦り四の割合で上半身を起こす。目覚まし機能は朝の六時半にかけたはずだ。そのはず。でも意識が覚醒した記憶も、目を聞いた記憶も一切ない。

 おかしい。就寝時間が少し遅くなったとはいえ、毎日決まった時刻に起きるように習慣づけているのだから目が覚めるはずなのに。

 

 シキがベッドから降りて小走りで部屋の中を行き来している。

 あくびでひねり出した涙で目もとをこすり、髪をなでつけるパートナーの邪魔にならないようにターミナルに這い寄った。

 

 

「えーと……このボタンだっけ……。ミロク、ミロク。起きてる?」

 

 

 機器を操作して、いつもとは逆にこちらからナビに呼びかけてみる。

 真っ暗になっていた画面に光が点り、髪のあちこちに癖をつけたミロクが顔を出した。

 

 

『ミナト! 起きてたか』

「おはよう。私たち今起きたんだけど、ミロクも?」

『あ、ああ、いつもはもっと早いのに、オレもミイナも今起きて……』

 

 

 ナビもそろって寝坊とは珍しい。

 いや、それよりも。この寝坊で何か大事な用事を逃してしまってはいないだろうか。ナツメやキリノたちから指令を受理したわけではないが、ムラクモの戦力の中心として扱ってもらっている身、もっと早くに起きてすぐ動けるように備えておくべきなのに。

 

 実にぐっすりと健康的な睡眠時間をとってしまったため、眠気は既に沈黙していた。ハンガーに掛けておいた上着を着る。シキのように髪が長く多いわけではないので、身だしなみを整えるのに時間はかからない。

 

 

「あああ、また朝の訓練逃した! これで二度目よもう!」

 

 

 自分で自分を叱っているシキの視界に入らないよう移動し、恐る恐る部屋のドアノブを回す。

 朝の八時はいつもならムラクモや自衛隊員が起床してとっくに活動を始めている時間だ。そこに自分たちがいないことで何か支障が起きてはいないか──。

 

 

「……、あれ?」

 

 

 ドアを開いた先、見慣れた廊下には静かな空気が満ちていた。

 右を見て、左を見て、もう一回右を見る。さらにもう一度左。

 

 

「……誰もいない?」

 

「あ、センパイ!? おはようございます!」

 

 

 大きな音を立ててとなりの部屋のドアが開き、肌着姿のアオイが10班の部屋から飛び出してくる。歯ブラシを口に突っ込んで結んでいない赤い髪を振り乱す彼女も、たった今起きたような寝ぼけまなこだ。

 

 

「あ、アオイちゃん! もしかしてそっちも今起きた?」

「はい、もう朝ご飯が配給される時間ですよね!?」

「そこを気にするんだね……!?」

 

 

 相変わらずだと驚くが空腹なのはたしかだ。部屋のテーブルの上に置いてあったゼリー系栄養食のパックをつかみ取る。開封して中身を吸い始めると同時に、耳がしゃくりあげるような泣き声を拾った。

 人の気配がない廊下の隅に、年端もいかない少年がぽつんと立っている。子ども特有の高い泣き声が朝の空気を刺激して、シキが眉間にしわを寄せた。

 

 

「なんでこんなところに子どもがいるの? 一般人は立ち入り禁止――」

「ちょ、シキちゃん追い詰めちゃダメ! ……ねえ君、どうしたの? 迷子?」

 

「起きたら、おとうさんとおかあさんがいなかったの……」

 

 

 ミナトが声をかけると、少年は顔を上げて真っ赤に腫れ上がった目を瞬かせた。

 聞けば、都庁入口から南13階の工業開発区まで一人で歩き回っていたという。それでも親は見つからなかったそうだ。

 

 

「隣のお姉ちゃんも、ケービのおじちゃんも、みんないなくて……ぼく……ぐすっ……。みんな……どこだよぉ……お父さんーっ! お母さんーっ!」

「あっ、待って!」

 

 

 少年は大粒の涙を散らして走っていく。

 慌てて追おうと踏み出す手前で、キリノから通信が入った。

 

 

『13班、起きてるかい!?』

「あ、き、キリノさん? おはようございます」

『ああ、よかった……! 君たちには、異常がないようだね……。……フロアの様子は見たかい?』

 

「じょ、冗談でしょ……!? 確かに、パートナー変えてって言っちゃったけど……」

「ウソ……みんなは……?」

 

 

 右ではパニック、左では戸惑い。広いフロアにいるのは片手の指を折る程度の人数。それでもいつものにぎわいが消えているため、一人一人の声がはっきり聞き取れるくらいに空間はすかすかになっていた。

 おっとりしていた相方を毎日叱り飛ばしていた作業員はうろたえて辺りを見回し、ある作業員は震える声でチームメンバーの名前を呼んでいる。

 シキが人差し指の先を左右させ、「いない」と呟いてキリノに報告した。

 

 

「ずいぶん静かだけど。ていうかほとんど人がいない」

「あ、あと、迷子が入り込んでいたんですが……」

『そうか……ムラクモ居住区でも……くそ、どれだけ被害者がいるんだ……!』

 

「被害者?」

「どれだけ?」

 

 

 それぞれ違うワードに注目し、アオイと顔を合わせ三人で首を傾げる。

 依然事態は把握できていないままだが、何か起きていることには違いない。施設改修の工事音、炊き出しの煙や人の話し声、昨日まであったはずの人の営みは影も見えない。

 今になって、その静けさが悪寒に代わって肌をなぞった。三人を代表してミナトはキリノに尋ねる。

 

 

「あの、何があったんですか?」

『……いいかい、13班。あまりに唐突で、僕もまだ混乱してるんだが……実は――』

 

 

『昨夜から本日未明にかけて、都庁から多数の住民が、失踪した』

 

 

「え」

『さらに深刻なことに、その失踪者の中には、ナツメさんもいるらしい』

 

 

 朝の空気が一瞬にして凍る。大勢の住民にムラクモ機関の総長までもが姿を消したという一報に、シキは櫛を、ミナトはゼリー食のパックを、アオイは歯ブラシを廊下に落とした。

 

 

「失踪!? そんな、大勢でいったいどこへ……」

『原因も行方もわからない。警備にあたっていた自衛隊員も、昨晩の記憶だけ抜けている始末だ。今、捜索の手配を進めて――』

『おい、キリノ! アメリカとの会談五分前だ。そろそろ会議室に戻らないと……』

『あ、ああ……』

 

「アメリカから連絡があったんですか?」

『うん、最悪のタイミングで、アメリカからの会談要請があってね……でも、彼らから聞き出せる情報もあるかもしれない。ナツメさん不在で、僕だけっていうのも不安だし……13班も、同席してくれないか? 会議室で待ってるよ』

 

 

 ミロクの焦った声が割り込み、どたどたと慌ただしい足音とともにキリノからの通信が途絶える。

 とにかく身支度を進めるが、手を動かしながらも頭の中はとっ散らかったままだ。自分たちは寝坊し、都庁からは住民が消え、ドラゴン戦線の指揮に立つナツメもいない。いや、寝坊は関係ないのかもしれないが。

 

 アオイが不安に表情を歪めて肌着の胸もとを握った。

 

 

「やだな……なんでこんなに胸騒ぎがするんだろう……」

「と、とりあえず、私たち会議室に行ってくるね!」

「はい、いってらっしゃい!」

「それ、私もちょうだい」

 

 

 顔を近付けてきたシキの口に、もう片方の手に持っていたパックのチューブを入れる。

 ゼリーを一気に飲み干し、二人は空になったパックをゴミ箱に放って走り出した。

 

 

「本当に人がいない……どうなってるんだろう……」

「キリノが言ってたみたいに、ドラゴンの仕業だとしか思えないけど。でも、今までの帝竜は都庁を襲うことは……っと、」

「わっ」

 

 

 シキに腕をつかまれ直角に方向転換する。靴底が床とこすれてギュギュッと音が鳴った。

 

 会議室に駆けこんだ自分たちを、イヌヅカ総理、アリアケ議員、マカベ国防長官、リンが振り返る。……ナツメ、そしてハタノ議員を除いて、いつもの面子が集まっていた。

 リンが自分たちの姿を見て安堵したように息を吐く。事態は把握しているようで、小声で「無事でよかった」と言ってくれた。こちらも会釈で返して椅子に座る。

 

 

「……これで全員のようだ。では、回線を繋げてくれ」

 

 

 マカベ国防長官が静かにキリノに言う。廊下で浴びた暖色の朝日とは裏腹に、総理の顔は青ざめていた。

 総理を追い込むようにモニターに機械的な冷たい光が点灯する。久しぶりに見るアメリカ大統領の顔色は記憶の中と相違なかった。映像越しなので機微まで読み取るのは難しいが、ホワイトハウス屋内はきれいに整頓されていて、アメリカはまだ牙城を保てていることがわかる。

 先方も同様にこちらの無事を悟ったようだ。画面の中で大統領の表情が少し和らいだ。

 

 

『お互い無事で何よりだ。……まずはこちらから、朗報を聞かせよう。我々は昨夜、六匹目の帝竜を討伐し終えた』

 

 

 しん、と会議室が水を打ったように静まる。

 

 

『確認されている限り、我が国に残る帝竜は一匹――その一匹を討伐できれば、そちらへの戦力派遣も現実的になる』

 

「お、おお……っ!」

 

 

 イヌヅカ総理の震える声を引き金に、政治家一同が歓喜の声をあげる。沈殿した空気がかき混ぜられて鼓膜を揺らした。

 同じ人間である彼らがほぼ全ての帝竜討伐を成し遂げた。残るはあと一体。人間は竜に勝てるし、滅びの運命を覆せる。画面の向こう、海の彼方ではあってもその証明がもう目の前にある。

 

 非常事態であることはさておき、皆が希望に湧いていた。……なぜかシキだけがぶっすりと顔をしかめているけれど。

 

 

「六……? 私たちの倍?」

「あ、あの、シキちゃん? なんでそんなに怒って……」

「お こ っ て な い」

「はひ」

 

「日本と同じ日に向こうにもドラゴンが来たとして、今日までで六体……帝竜を見つける過程もあるけどそれを考えても向こうのほうが早い……なにそれ、どんな手を……」

 

 

 集団失踪に大統領との会談と、目の前の大きな事象はそっちのけでシキは爪をかじっている。だだ漏れになっている思考を拾うに、自分たちよりもずっとスマートにドラゴンを対処している相手がいることにプライドを刺激されたのだろう。

 そこはとても心強い仲間として見るべきではないのかと思ったが、良くも悪くも向上心が飛び抜けている彼女の目にはライバルとして映ったみたいだ。

 少女の絹肌の頬が空気を含んで膨らむ。年相応のいじけ方に思わず苦笑が漏れた。

 

 

『そちらの状況はどうだね?』

 

「総長の日暈が不在のため、私が代わりに報告させていただきます」

 

 

 前に進み出るキリノの応答を受け、大統領はじっとこちらを観察した。その目が訝しげに細められる。

 

 

『不在とは? 体調でも崩しているのかね?』

「いえ、少々トラブルがありまして……」

『ふむ……まあ、いい。先に報告を聞かせてもらおう』

「現在、ムラクモ機関と自衛隊の共闘により三匹目の帝竜の討伐を完了させています。しかし、ドラゴンに対し優勢と言い切るには、まだまだ不安要素が多い状態です……」

 

 

 モニターの中でミュラー大統領の目が動く。日本人にはない碧い眼が会議室の一人一人と目を合わせ左右した後、自分たちを捉えた。

 政治家に自衛隊、ムラクモの補佐官の他に、なぜ若い一般人がいるのかというような疑問の視線を受けて、思わず背筋が伸びる。

 

 

『そこの女性二人は、自衛隊ではなさそうだな。前の通信でも姿を見たが……ムラクモの戦闘員かね? 彼女たちが帝竜と?』

「え、ええ……機動班所属の異能力者です」

『なるほど……感嘆するよ。限られた戦力でよくやっているようだ』

 

 

 世界の先頭に立っていると言っても過言ではない偉人が、自分たちに笑みを向けている。思わず背筋を伸ばして頭を下げた。シキも不意を突かれたように目を瞬かせてから、適当に目礼する。

 大統領は「がんばってくれ」と優しい激励を付け加えて視線をキリノに戻した。

 

 

『うちの研究チーフによれば、帝竜は、その地方で最も人口の多いエリアに、七匹で群れを構成しているらしい。以前の欧州との会談でも、やはり七匹の帝竜の存在が確認されていた。とすれば……東京にも』

「あと……四匹も」

『あまり悲観的にならないでくれ。既に七匹のうち三匹を討伐できているということでもある。我々も最後の帝竜を討伐でき次第すぐに援軍を送る準備を始める。それまでは、なんとか現有戦力で踏ん張ってもらいたい』

「最善を尽くします」

 

『我々の対ドラゴン研究チーフ――エメルからひとつ質問があるそうだ。一度、代わろう』

 

 

 赤いマントをなびかせ、輝く金髪をまとめた麗人が大統領の横に歩み寄る。確か、以前のアメリカとの会談にもいた女性だ。

 エメルと紹介された彼女は、ほんの数秒黙してこちらを見つめた後、よく通る声で喋り始めた。

 

 

『単刀直入に聞く。ナツメがこの場にいない理由は?』

「それが……こちらでも把握できていないのです。実は、本日未明――都庁内半数の市民や自衛隊たちが、忽然と姿を消しました。そして、ナツメも……その行方不明者の中に含まれているのです。現在、原因を調査中ですが、詳しいことはまったく……」

 

 

 キリノの返答に大統領が目を見開いた。対照的にエメルは綺麗な眉間にしわを寄せ、「帝竜の影響か、あるいは」と思考を巡らせるような素振りを見せる。

 

 

『――いや、今はあらゆる可能性を考慮に入れ速やかな事態の解決を図ってくれ。彼女と私が共有しているデータは……歴史を超えた、非常に貴重なものだ。失われてはかなわん』

「……? それは――」

 

 

 アメリカの対ドラゴン研究者とナツメに縁があるなど初耳だ。

 尋ねようとしたキリノにエメルは頭を横に振る。これ以上詳しく教える気はないらしい。

 わかったのは、集団失踪については彼女たちも考えが及ばない、ということだけだ。モニターを見上げるキリノの肩がわずかに下がる。

 

 

『我々はこれから最後の帝竜討伐に向けて作戦を立てる。作戦の成功次第、また連絡をしよう。その時まで、日本が無事であることを祈っている』

 

 

 大統領の粛々とした礼を最後に、アメリカからの通信は途絶えた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 正直に言うと、一度目の会談の際は犬塚総理の青ざめた顔を見て、日本も落ちるだろうと思ってしまった。

 そして今回。彼らもなんとか歩を進められていたことには感心したし、また組織の重役が姿を消したということも、悪い意味で驚いた。

 自国でもそうだったが、やはりこの未曽有の災厄……竜災害のなかでは何が起こるか予想できない。

 

 

「……集団で行方不明か。しかもムラクモ機関のトップがいないとは。エメル、心当たりはないのかね?」

「……」

 

 

 投げかけられる問いに、エメルは動かずに沈黙する。

 頭の中でいくつもの可能性が入り乱れていた。

 集団失踪。そして、ムラクモ機関の長であるあの女……日暈ナツメの行方も不明。

 

 

(仮に、帝竜が干渉しているとして……?)

 

 

 日本の対ドラゴン戦線の本拠地は東京都庁だ。以前はウォークライという帝竜に支配されていたが、ムラクモ機関は最初にその帝竜を討伐して都庁を取り戻したらしい。

 ならば、その土地に別の帝竜が巣食っている可能性は低い。

 大人数の失踪事件。老いも若きも役職も関係なく、都庁に集っていた人々の約半数が姿を消した……被る損害は計り知れない。

 そんな大規模な事件を起こすとしたら、残っている帝竜が、自分の居城から出て都庁を襲撃した線が濃厚か。だが、帝竜が己の領域から出るということは「今までには」ない。

 帝竜は決まった場所に己の巣であるダンジョンを作る。ダンジョンの規模や形は様々で、小さくても街1つは簡単に飲み込むほどだが、裏を返せば外には出ない。外を徘徊して生命体を襲うのは雑魚ドラゴンとマモノの仕事だ。

 

 では、遠距離から都庁を巻き込むほど広範囲にかけて力を放ったのか。だとしたらなぜこのタイミングで? そんな力があるのなら、抵抗する人間たちを早々に滅ぼしているはず。

 

 考えが定まらない。

 

 エメルは眉間を指で解し、大統領の問にいいえと頭を振った。

 

 

「日本のことは、当人たちに任せるしかないでしょう。今は、このアメリカにいる最後の帝竜の討伐に集中するべきかと」

「……うむ。君の言う通りだ。残るはただ一体。七体目を倒せば、後は雑魚たちを殲滅するだけ。そうだろう?」

「ええ。未だに帝竜たちが蔓延っている外の国に、手を差し伸べることも可能になるでしょう」

「そうか。しかし驚いた。日本では女の子二人が帝竜を討伐しているとは。前の会談のときはどうなるのかと思ったが……」

「見た目だけでは実力の判断はできません。それが異能力者ですから。……それでは、彼らを呼びましょう」

 

 

 そう、これでアメリカの竜を駆逐できる目処は立った。今度こそ、勝利してみせるのだ。

 思考を海の向こう側からこの国に戻し、エメルはアメリカの最前線に立つドラゴン討伐部隊を招集した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「キリノくん……いったいこれから我々は……いや、この国はどうなってしまうんだ……?」

 

 

 イヌヅカ総理は相変わらず弱気だった。

 崩壊しているとはいえ国のトップであるにもかかわらず、もはや自分の頭で考えることもできなくなっているらしい。アメリカのミュラー大統領が太い幹で自立する大樹だとしたら、こちらの総理大臣はしなびて折れかけた柳の木だ。こんな状況じゃ仕方ないとは思うけれど。

 

 

「都庁の半数の人間が消え……指揮官であるナツメくんまで消えた。大統領はああ言っていたが、たとえアメリカ国内の竜を全滅させたとして、本当に援軍を送ってくれるかどうか……」

 

 

 都庁を取り戻したばかりのときと変わらない及び腰の総理に、キリノがどう対応したものかと声を濁らせる。

 不安なのはわかる。だが彼は国を動かす側の人間だ。うろたえてばかりではいけないだろうし、味方であるアメリカに依存しておきながら彼らを疑うなどもってのほか。

 シキは未だにアメリカに熱い思いを馳せているから、自分がどうにかしなければと思って言葉を励ましてはみた。まあ彼は赤べこみたいに中身のない相づちを打って、最終的には「ナツメくんはどこだ!」と会議室を飛び出していったから効果はなかったみたいだが。

 人間、自分よりもパニックに陥っている者を見るとかえって冷静になるというがまさにそれ。会議室に残された自衛隊とムラクモの全員が、完全に威厳を失った総理大臣の様相に沈黙していた。

 

 

「……頼りな」

「しーっ!! 言っちゃダメ!!」

 

 

 遠慮なく政界の要人を酷評しようとしたシキの口をふさぐ。

 キリノに呼ばれたアオイが会議室に入ってくるのを迎え、キリノが緊急作戦会議の口火を切った。

 

 

「では、今後の具体的な方針についてですが……観測班からの報告で、都内の二箇所から新たな帝竜の反応が観測されました」

「二体も!?」

「一箇所は国分寺。もう一箇所はかなり微弱な反応で、都内の中心地を徘徊しています。また、この二つの帝竜反応の出現とナツメさんたちが都庁から消えたタイミングがほとんど同時だったということもわかりました」

「同時、ってことは」

「つまり、そのどちらかとナツメさんたちの失踪が関わってるってこと……ですか?」

「ああ、その可能性が高いと思う。よって、これから二手に分かれてこの二つの帝竜反応を追ってみたいと思う」

 

 

 東京都内の地図がテーブルに広げられる。

 ここ都庁と目的地それぞれの間を指先でなぞってみる。地図の隅に書いてある尺度で計ると、直線距離で約二十キロ。地上を移動するならもっと距離は伸びるだろうし、徒歩で考えると四、五時間の距離だ。異能力者の自分たちが一定の速さで走れば……道中マモノとの戦闘も挟むかもしれないが、二時間程度で行けるだろうか。

 いやそれにしたって遠い。今までは池袋に渋谷、四ツ谷など近場だったが、今回は現場まで距離がある。

 

 

「国分寺はかなり遠いな……」

「ええ、だから国分寺の探索は、一番機動力のある13班に行ってもらうつもりです」

「国分寺到達までの移動経路はどうする? 都内だから地下鉄道を通り抜ければたどり着けるとは思うが、ルート上には地下の帝竜がいる。あいつは光に弱いらしいから、照明が点けば一旦退散させることもできると思うが……」

 

 

 マキタが地下帝竜の存在を指摘しながらわずかに体を震わせた。肩をすくめて渋い顔をしているあたり、かつて遭遇した帝竜は大きな恐怖になっているらしい。自分もときどき、あいつに追いかけられたときの過去を夢で見てしまうことがある。

 キリノ曰く、帝竜の存在が確認された日から観測班による観察が行われていたらしいが、帝竜本体は現在活動休止とも言えるほど動きがないという。彼はうーむと天井の電灯を見上げ、安全な移動ルート確保のため帝竜を遠ざける案として、地下道の照明復旧を示唆した。となると発電室が必要になるだろうと付け加えられて、後で建築班に相談してくれと言付けられる。

 Dzは四ツ谷で集めたものが大量に保管されているから、フロアの回収自体はおそらく可能。けれど電気を生み出すための設備も準備しなければいけない。できればすぐにでも国分寺に向かいたいのに、今回の改修工事はいつもより長くなりそうだ。

 

 ようやっとアメリカから自分たちの側に意識を戻したシキが「もう一方はどうするの」と首を傾げる。

 

 

「反応が微弱ってことは、そんなに強いわけでもなさそうじゃない。先にそっちを探して討伐したほうがいいんじゃないの?」

「ああ、それなんだけど……僕が行くよ」

「いや、あんた戦えないでしょ」

「もちろん戦ったりしないさ。ただ、帝竜が二体同時に動いたなんて、アメリカ側でも見られなかったケースみたいだし……13班が国分寺を調査している間、情報を集めておいた方がいい。僕はもう一方の帝竜反応を追って、四ツ谷方面に向かってみる」

「いやあんただけじゃダメでしょ。帝竜に接近するなら近くに雑魚ドラゴンとマモノもいる。もし見つかりでもしたらどうすんの」

 

 

 四ツ谷攻略で外に出たことが自信になっているのかもしれないが、キリノがとろうとしている行動は自ら直接帝竜に接近するということだ。

 帝竜いるところにフロワロあり。必然、敵の数だって増えるはず。対するキリノは異能力者でも自衛隊でもないただの人間。自力では何が相手でも対抗できないだろう。最悪、帝竜がジゴワットのようなタイプだった場合、接近に気付かれ遠距離から砲撃されてあっけなくお釈迦……なんて事態もありえる。

 ナツメに加えておまえまでいなくなられたら困ると注意するシキにたじたじとなるキリノ。けれど彼も食い下がり、ならどうするかとなったところでアオイがバッと勢いよく挙手し、キリノの護衛を申し出た。

 

 

「じゃあ……私が護衛します!」

「アオイくん!? 今回は13班と一緒じゃないんだ。僕が言うのもなんだけど……危険だよ?」

「外に出る時点でどこも危険じゃないですか。キリノさん一人じゃ心配だし、……前に、ナツメさんに言い過ぎちゃったの、謝りたいから」

 

 

 池袋攻略作戦のときを思い出す。自衛隊を捨て駒とし、力で人間の取捨選択をするナツメの言葉を止めたのはアオイだ。あの時彼女が口にした「恥ずかしい女」という言葉は刃物のように鋭利だった。

 

 キリノ単独での行動を拒否していたシキが、アオイの立候補により「ならいいんじゃない」とあっさりOKを出す。

 

 

「アオイなら戦えるだろうし。トリックスターは身を隠すのも逃走も上手いから斥候向きだしね。危険はぐっと減るでしょ」

「はい、マサキさんやナガレさんの奥さんに見せてもらったトリックスターのデータで色々勉強しました! ドラゴンやマモノたちから逃げのびた居住区の方々直伝の技もありますし、センパイたちとたくさん訓練もしましたし、前よりは戦える自信があります!」

 

 

 帝竜ジゴワットを倒した後から、アオイも自分たちの訓練に参加するようになった。元がS級というのもあって、大型のマモノ相手も苦労せず倒せるほどに実力を伸ばしている。

 伊達にチョコバーを食べていたわけではないのだとアオイは胸を張る。

 

 

「それに、私もムラクモの一員です。いつまでもセンパイに頼ってばかりじゃダメですもんね!」

「まったく……すっかり頼もしくなっちゃったなぁ」

 

 

 機動10班の戦闘員の姿にキリノは笑って頬を掻いた。どうやらアオイとともに行動することは確定したようだ。

 二体の帝竜への対処が決まったところで、ではとリンが都庁の防衛を申し出る。

 

 

「アタシたち自衛隊は、ここを守ればいいんだな?」

「はい。ナツメさんもいない今……都庁の守りをお任せできるのは、自衛隊の皆さんだけです。我々の最終防衛線を、どうか、よろしくお願いします!」

「了解。四ツ谷攻略の間に、休ませてもらったからね。体調のほうもバッチリだ」

「専守防衛は俺たちの本領だからな。任せてくれ」

 

 

 リンとともにマキタも笑う。キリノは周囲を見回し、それぞれと視線を交わして力強くうなずいた。

 

 

「13班はまず発電室の準備を。その後、地下道から国分寺へ侵攻し、帝竜反応の調査を行ってくれ。……頼んだぞ!」

「了解」

「了解です!」

 

 

 作戦会議が終了し、自衛隊は駐屯区へ、キリノとアオイは捜索の準備へ、13班はエントランスに向かう。

 早速とカウンターに駆け込み、早口で事情を説明する自分たちを、ミヤはいつも通りのポーカーフェイスで受け入れた。

 

 

「……ふむ、発電室か」

「地下の帝竜は光に弱いらしい。地下道の照明を使えれば進路が確保できるって見込みなんだけど」

「なるほど、地下道の照明ね……都庁で使っている、地下大ケーブルを分岐させればいけると思うが……資材さえあれば、作ってやることはできるぞ」

「本当?」

「開発班が帝竜ジゴワットのサンプルから電磁波を取り出す方法を考案していたみたいだからな。こっちは頑丈な壁と設置場所を作ってやるだけだ」

 

 

 一つ目の課題はクリアできそうだ。とはいえ悠長にはしていられない。多人数の人命がかかっている緊急事態、国分寺へはなるべく早く出発したい。

 十分すぎる働きをしてもらっていることは承知しつつ、おそるおそるミヤの顔色をうかがう。

 

 

「あの……どのくらいでできそうですか?」

「……急ぎか?」

「急ぎよ。なるたけ早く」

 

 

 間髪入れずにシキがうなずく。

 ふむと相槌を打ったミヤは、首もとまで締めていたネクタイを緩め、わずかに口角を持ち上げながら背を向けた。

 

 

「急造になるかもしれないが、昼頃には終わらせる。おまえたちが任務から帰ってくる頃には、ちゃんとした発電室にしておこう」

「ミヤさん……! よろしくお願いします!」

「さすが、総理大臣よりよっぽど頼りにな――」

「シキちゃん総理を引き合いに出しちゃダメ!」

 

「では、これより発電室の改修に入る。おまえたちも、準備のほうをしっかりな」

 

 

 パンツスーツが似合うキャリアウーマンは、雰囲気が落ち着いていれば靴音も落ち着いている。

 スレンダーな後ろ姿を見せて颯爽と歩いていくミヤを見て、ミナトはほーっと息を吐いた。

 

 

「はー、すごいねぇミヤさん。できる女って感じで素敵……」

「見惚れてる場合じゃないでしょ。発電室ができるまで時間がある。今から訓練するわよ」

「うん」

 

 

 エントランスを進んでいく。ここでも感じる空虚な感覚は決して気のせいではないだろう。

 ガラスのドア越しに見える都庁前広場には、愛嬌のある女性といつも風邪気味だった男性がいた。帝竜と戦って帰ってきた自分たちを「今日も派手にやったねぇ!」なんて迎えてくれた二人の男女は、今はいない。

 

 

(……ハルさんもタナカさんも、オーモリさんもいない)

 

 

 個性的な喋り方をするムラクモ準候補の二人。娘が都庁に辿り着いたら一番に迎えてやるんだと、毎日入口近くのソファで手を組んで祈っていた男性もいない。

 自分たちが普段過ごしている四階のムラクモ居住区からは、八人中六人の作業員が姿を消していた。これが都庁全域で起きたなら、いったいどれだけの人数が都庁から消えてしまったのか。

 何か情報はないかと通信機にスイッチを入れてムラクモ本部につなげる。ミロクたちにかけようとした声は、ガガガとキーボードを絶え間なく叩く音と、彼らの慌てる声に遮られた。

 

 

『集団催眠……? いったいどうやって……!? くそっ、痕跡がなさすぎる……』

『もっと感知領域を広げて……! 何でもいいから、手がかりを見つけないと……』

 

 

 通信がつながっていることにも気付いていない。顔も見えていないのに、鬼気迫った声音は四ツ谷でゾンビたちに追い詰められたときを思い出す。それだけ能力を駆使して作業にあたっているのだ。自分が無闇に突っ込んだところでかえって邪魔になってしまうだろう。

 通信機を静かに切ったところで体がゆれる。脇がシキの肘に小突かれていた。

 

 

「どうせまた、ネガティブなこと考えてるんでしょ」

「だって……」

「私たちは国分寺に向かってさっさと帝竜を倒す。あれもこれも考えてたらまともな結果出せないわよ。自分ができる最善のことに集中したほうがいい」

 

 

 危険に瀕している人に直接手を差し伸べられないことがとてももどかしい。けれど自分が数少ない戦力である以上は、戦いに集中しなければいけない。

 自分ができる最善のこと。自分だからこそできること。まずは、ドラゴンを倒すこと。

 

 

「センパーイ! 訓練ですよね? 私も参加します! 残りの準備はキリノさんがしてくれるみたいなので!」

「おーい13班! それから10班! 工業開発区の改修にもDz出してくれただろ? 新製品入ったから任務の準備に見ていけよ!」

 

 

 ついつい嫌なことを連想してしまう思考を打ち切ったところで、アオイが手を振ってこちらへ駆けてきた。続いてケイマが声をかけ、三人はファクトリーで装備を一新してから都庁前広場に出る。

 新しい武具に慣れるため訓練を始めてしばらく、建築班から発電室が完成したとの連絡が入った。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ― 東京地下道 至国分寺 ―

 

 

「あ、明るい」

 

 

 東京地下道に最後に踏み入ったのはいつだったか。電気が点いたことで明るくなった地下に降り立ち、不審な影がないかじっと目を凝らす。

 マモノとドラゴンの姿は見えない。廃れた地下道の壁や天井に崩れそうな気配はないが、以前出くわした帝竜が残したものと見られる大きな蛇行跡が上下左右に見られた。

 

 

『おい、13班。帝竜の反応を確認。距離、約三百メートル……やっぱり、少し遠ざかってるぞ!』

「ほ、ほんと? もう追いかけられたりしないよね?」

『ああ。よし、今のうちに国分寺まで抜けようぜ。直進して、駅の先だ!』

 

 

 ミロクのナビを受けて進み始めるものの、地下道を埋める巨大な帝竜に追いかけられたときの恐怖は簡単には拭えない。身を縮めながらそろそろと前進する。

 過去に救難信号を受け取って向かった北戸線の中野駅を通って次のエリアに入った瞬間、巨大な何かが目の前に現れた。

 

 

「うわっ、これって……!」

「静かに!」

 

 

 危うく悲鳴を上げそうになった口をシキにふさがれる。

 二人の目の前、壁から壁を突き抜けて、地下道を巨大な胴が横断していた。白い甲殻に赤と紫の線、この色合いには見覚えがある。

 

 

『目の前のバカでかいのが地下帝竜の胴体だ。今は寝てるみたいだけど、起こしたら厄介だ……近付くなよ』

「線路を直通ってわけにはいかないわね。横洞経由するわよ」

「う、うん」

 

 

 一挙一挙に集中し、できるだけ音を殺して、地下道の壁に開いた穴から横洞に入る。依然、そこは青と緑のまだらが渦巻く世界だった。

 レーダーがマモノとドラゴン数体の反応を点として表示する。自衛隊救助の際には行けなかった場所だ。

 ドラゴンは数体しかいないのでさっさと片付けてしまおう。……ところで、戦闘の音で帝竜が起きてしまうことはないだろうか。

 狭いし音も響く環境でどう戦うか相談しているところに、アオイとキリノから通信が入る。

 

 

『あー、あー。センパイ、聞こえますか~?』

『こちらは、今出発した。13班は順調か?』

「今のところ問題ありません。帝竜が地下道を分断してしまっているので、少し時間がかかりそうですけど、横洞経由で国分寺を目指そうと思います」

『ほら、キリノさん。言ったじゃないですか。センパイたちは大丈夫ですよ! 私たちのほうががんばらなきゃ……』

「そうね。私はそっちのほうが心配だわ」

 

 

 シキが言うとアオイは慌てて、チョコバーもいざというときのためにちゃんと食べずに取ってあると謎の返事をよこした。

 彼女のチョコバーに対する異常な信頼はどこから来るのだろう。というかそのチョコバーはどこに貯蔵があるのだろう。コンビニやスーパーも軒並み破壊されて食糧確保はしなんだというのに。

 そんなことを考えながら横洞の中を進んでいると、不意に通信機の向こうからキリノの素っ頓狂な声が響いた。

 

 

『って……あ、あれ? 帝竜反応がなくなったぞ!? いや……微弱だが反応は続いてる……? う~ん、なんだかよくわからんなぁ……』

『ちょっとちょっと……キリノさんってば、しっかりしてくださいよー!』

「あ、あの、大丈夫ですか? 余計なお世話かもしれませんけど本当に大丈夫なんですか?」

『ははは、ダイジョーブダイジョーブ』

 

 

 四ツ谷の時から変わっていない、若干緊張感に欠ける会話にミナトが突っ込む。

 大事なことなので二回言いましたというようにくりかえす確認に、キリノはリラックスした声音で応答した。

 

 

『ナツメさんと一緒にいなくなった人の中にはムラクモの人間も何人かいるだろう?この程度の反応しかない弱い帝竜なら、ナツメさんたちだけでも対抗できるんじゃないかなあ。いや、もしかしたら既に討伐にかかっているから……こんなに反応が不安定なのかもしれない。なんにしろ、こちらは心配無用だ。13班は国分寺の探索に集中してくれ』

「りょ、了解……」

 

 

 ぷつんと通信が切れる。

 申し訳ないがやはり不安だと視線でシキにメッセージを送る。彼女は肩をすくめ、あの二人はあれがデフォルトなのだろうから放っておけと呆れて返した。

 

 横洞の中を駆ける。穴に飛び込んでは別のエリアに這い出し、ミロクに現在地を確認してもらいながら進んでいく。

 不意打ち、ミナトの氷での拘束を中心とした戦闘でドラゴンを仕留め、曲がりくねった迷路を探索し、なんとか帝竜の胴を迂回して横洞から出た頃には一時間近くが経過していた。同じタイミングで二度目の連絡が入ったが、皇居周辺まで進んだキリノとアオイも状況は変わらないようだ。生体反応はキャッチできず件の帝竜反応も安定しないため、いったん都庁に帰還すると言って二度目の通信は終了した。向こうも向こうで苦戦しているらしい。

 どちらも帝竜が相手。そう簡単にはいかないかとため息をついていると、シキがゆっくりと首をひねった。

 

 

「……ねえ。キリノたちの言葉を聞くに、帝竜はうろちょろ動いてるってことよね」

「? そうだね。都内の中心を徘徊してるって言ってたし。小型の帝竜なのかな?」

「大きさはたぶん関係ない。あいつらは雑魚竜とは格が違う。ムラクモの人間が一緒にいたとしても、そう簡単に倒せるはずがない。……帝竜は本当に弱ってるの? 反応が弱いのは、また別の理由があるとかじゃなくて?」

「そ、そんな怖いこと……きっとここの帝竜みたいに覚醒しきってないとかだよ」

 

 

 日の光がない地下は気温が低い。つられるように体温が下がっていく錯覚がして指先をさする。横洞のようにひねくれた構造ではないが、こちらはこちらで、走っても走っても出口が見えないことに対する焦燥があった。同じような景色に反響して耳に飛び込んでくる足音を聞いていると、もしかして一歩も先に進めていないのではないかとドツボにはまりそうで嫌になる。

 それもあるのかいつもより息が切れやすそうな気がしたところで、ミロクから小休止を挟むよう提言された。そこらの岩の上に腰を下ろす中で現在地が提示される。半分近く進んできているが、国分寺に着くにはまだまだかかりそうだ。

 異能力者でも休みなしで長距離を疾走し続けるのはキツい。しかも平地ではなく入り組んだ地下を跳んで潜って這いあがって進むのだ。土がつくわ汗をかくわ、こんな楽しくないアスレチック初めてだ。風呂に入りたい。

 

 ときどき小休憩と水分補給を挟み、ひたすら線路の上を進み続ける。足音に混じって自分たちの息切れが響くようになったとき、ミロクが大丈夫かと声をかけてくれた。

 

 

「ちょっと……長すぎ……フルマラソンやってんじゃないのよこっちは……」

「ミロク……あと、どのくらい……」

『目的地までちょうど一キロ……もう少しで国分寺だぞ!』

「やっとか……!」

 

 

 互いの体にマッサージを施して、軽食を済ませて立ち上がる。

 ランナーズハイというのだろうか、変に盛り上がった気分でやっと辿り着いた北戸線国分寺駅は、中野駅と違って明かりが点いていなかった。

 

 

『こっちの駅は暗いな……電気は通ってるはずなんだけど』

「で、出口はどこ?」

 

 

 ヒップバッグからペンライトを取り出し、小さな光を頼りに駅構内を歩く。プラットホームの奥には出入り口らしき四角が見えるが、枠の中にはシャッターが降りていた。

 

 

『シャッターも降りてる……。電気が通ってるのについていない……ってことは、ブレーカーが落ちてるんじゃないか? 探してみてくれ』

「別に、シャッター吹っ飛ばせばいい話でしょ?」

「いや、その音で帝竜が起きちゃうかも……」

「これだけ離れてるんだから平気でしょうよ。面倒ね」

 

 

 行き場をなくした握り拳を揺らすシキとともに、暗中模索でプラットホームを歩き回る。

 探し始めて数分、シキのあ、という声と何かがぶつかる音、ギギギと錆びた金属が擦れて落ちる音が響いた後、駅の中が明るくなった。シキがブレーカーを見つけたようだ。その手に赤いレバーが握られている。シャッターも上がって、出口となる階段が覗いていた。

 

 

『よし、シャッターが上がった。あそこから外に出られそうだな。ここを抜けたら国分寺だ』

「やっと外に出られるんだ……! 前に地下道に入った時もだけど、今回は特に長かったねぇ……!」

「ほんと、閉塞感半端なかったわ」

『なんだか、モグラになった気分だな……』

 

 

 そうか、自分たちが地下道を走っている間、ナビをしているミロクもモニターに映る暗闇をずっと見つめていたのだ。ならば、表に出て存分に日の光を目に焼き付けよう。

 国分寺が帝竜によって異界と化していても、地球を照らす太陽は一つ。地下の暗くじめじめとした空気に影響されていた自分たちを明るく迎えてくれるに違いない。……太陽が擬態した帝竜というオチでなければだが。

 

 日の光が差し込む出口目指して階段を上がる。

 地面の下から駆け上がった二人を、強い日差しと乾いた空気が迎え、

 

 

「……へ?」

「……なにこれ」

 

 

 今まで響かせていたカツカツという靴音が、ざふり、と砂に埋まる。

 

 唖然とするシキとミナトの目の前には、突き抜ける碧空と、熱を放つ砂漠が広がっていた。

 

 





引越しの経験があるんですが、不動産サイトでいい物件を見つけたときに住所が高田馬場だと「焦土になるからダメだな……」で、国分寺だと「砂漠になるからダメだな……」とナチュラルに考えていました。ていうか東京都内は全て危ない。
ダンジョン突入は次回から!
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