2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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平和な世界だったらもっと違った場所で気兼ねなくタケハヤさんと恋バナできたんだろうか。



21.炎熱の向こうに

 

 

 

「ミロク、ここ……国分寺、だよね? 鳥取砂丘じゃなくて」

『ああ、間違いない。位置情報に狂いはないぞ』

 

 

 そも徒歩で東京から鳥取は無理だろうと野暮なツッコミをしてこないあたり、ミロクの優しさがうかがえる。

 ナビが言うなら、ここは国分寺なのだろう。乾燥した風に熱砂が舞う国分寺。

 

 ……という名の、砂漠。

 

 熱烈すぎる紫外線を吸収し、あっという間に髪に熱がこもっていく。

 暑い。日本の夏は湿度が高くじめじめとした暑さだが、ここは違う。乾いた空気が熱をはらみ、体から水分を吸い出すように肌に吹き付ける。砂の大地も気候も、砂漠そのものだ。砂漠に行ったことはないけど。

 

 

『まさか、こんな風になってるなんて……ここからはしばらく、砂漠みたいだ。生体反応は確認できないが、この先に大量の熱反応が感知できている。行方不明になった人間の可能性があるな。砂漠を抜けて先を目指そう』

 

 

 よく見ると熱砂の大地のあちこちに、建物の一部と見られるコンクリートの角や色の付いた屋根が顔を出している。ということは数階分……十メートル程度の厚さの砂が町を丸々呑み込んだということで。

 暑いはずなのに背筋が震える。ビルなどの高い建物は倒壊したと考えても人工物の面影がなさすぎる。どこまで恐ろしいんだ、異界化。

 とりあえず踏み出そうとしたところでミロクに呼び止められる。

 

 

『ちょっと待て。砂漠のあちこちにドラゴン反応がある』

「え? でもそれらしいのは何も見えないよ」

『これは……そうか、砂の中に隠れてるんだ。接近すると飛び出してくるかもしれない。気を付けて進むんだぞ』

 

 

 まるで地雷じゃないか。日本なのに砂漠、砂漠なのに地雷原、今までのダンジョンは人智の域を超越していたがここも相当だ。

 暑さにやられないうちに先に行こうと進み始めたはいいものの、靴底にまとわりつく砂を払いながら右足を前に出した瞬間、ずぼっと膝小僧までが砂地に沈んだ。

 

 

「わっ!?」

『ミナト大丈夫か!? って、十時の方向からドラゴン反応接近! 来るぞ!』

「えっ、え!?」

 

 

 方向がわかっていても姿が見えずに構えが緩くなる。というか動けない。

 バランスを崩したまま固まっていると、シキに襟をつかまれ後ろに引っこ抜かれた。

 直後に自分がいた場所の砂が弾け、何かが飛び出す。薄い緑の鱗に赤いヒレ、口に鋭い歯を隙間なく生やした魚型の、ドラゴンであっているはず。

 

 

「向こうから来てくれたわね。好つご――うぶっ!?」

「シキちゃん!?」

 

 

 宙を泳ぐドラゴンに飛びかかろうとしたシキが、砂に脚を取られて前のめりに転ぶ。

 ミロクの視覚支援で視界の隅にドラゴフォルバルと名前が表示されたドラゴンは、砂に出鼻を挫かれたこちらへこれ幸いとブレスを放った。

 

 

「ミロク……! ドラゴンどこ!?」

『前方十mに浮遊! プラズマジェイルが有効かもしれない!』

「わかった!」

 

 

 熱砂に乗る砂が肌に突き刺さって痛い。叫びたくなるのを堪え、視界が塗り潰される中なんとか相手の影を捉えてプラズマジェイルを落とす。

 叩き付けられた光の柱は有効打になったようで、ドラゴフォルバルは一瞬動きを止めた。

 

 

「こん……のっ!!」

 

 

 シキが今度はしっかり砂地を蹴り上げて飛びかかる。

 脳天に鉄槌を叩き付けられたドラゴフォルバルは頭から砂漠に突っ込み、尾びれを痙攣させて動かなくなった。

 

 

「くそ、地面が砂に変わっただけで相当やりにくい」

「シキちゃんが転ぶところ初めて見た……」

「なんか言った?」

「い、いいえなにも! あーっ、何だろうあの建物!」

 

 

 持ち前の眼力で睨みをきかせてくる少女の視線を誘導する。わざとらしい口調にむすりとしながら、シキは遠くに見える建造物に顔を向けた。

 ミロクがモニターを操作して、視界の中に小さく映る建物をズームしていく。紅白の色が付いた巨大な菱形のそれは、太く大きな煙の柱を空に向かって吹き出していた。

 

 

『あれは……。熱反応は、あの建物からだ。あそこにみんながいるのか……?』

 

 

「……行くのね、あそこへ」

 

 

 乾燥した風に乗って、柔らかな声が流れてくる。

 

 いつからいたのだろう、世界に溶け込んでいたかのように人影が自然と現れ、砂丘を越えて歩いてきた。

 快晴の空より少し深い青い髪。それとは対照的な赤い瞳。白いマントは一切の穢れなく、どこか触れがたい雰囲気をまとっている。

 

 

『この女……たしか、タケハヤと一緒にいた……SKYがなぜ、こんなところに?』

 

「あなたは……アイテル、さん?」

 

 

 渋谷でタケハヤと遭遇したとき、隣にいた彼女の神秘的な容貌に目を奪われたことを覚えている。

 タケハヤが呼んでいた名前を口にすると、女性は静かに頷いた。

 

 

「私はアイテル、星を守る者。もうすぐタケハヤも、ここに来るわ。だから、見せてほしい……あなたたちの力を……」

『タケハヤも、ここに? 何を言ってるんだ……? まさかこの失踪事件……SKYに関係が……?』

「タケハヤさんたちが連れ去った……? いやでも、さすがにそこまでする人たちには見えないし……そんなことできるのかな」

 

 

 ミロクとミナトが首をひねる中、シキがアイテルに尋ねる。

 

 

「あいつは、私たちに絡んでくる予定だってことね?」

「ええ」

 

 

 アイテルは後ろを振り返り、謎の建物を振り返る。

 

 

「この先に、工場があるわ……竜に取り込まれ、竜を生み出す工場……。あなたたちは、そこに向かって。彼も間もなく、やってくるはずだから……」

 

 

「おまえらとは、また会うことになる」。タケハヤはそう言っていた。

 シキが気合を込めて拳と拳を合わせる。アイテルも力を見せてほしいと言っているし、もしかしなくてもタケハヤ率いるSKYと戦闘になるのだろう。彼らより先に帝竜をどうにかしたいのだが。

 

 

「いくわよミナト!」

「えっ、待ってまだDz回収してない……!」

 

 

 慌ててドラゴフォルバからDzを回収し、やる気満々のパートナーを追って駆け出す。

 砂の大地を突っ切り工場に勢いよく飛び込んだはいいが、外以上の熱気に肌を焼かれそうになり、入口で足を止めた。

 

 

「熱っ!?」

「う、わ! なにこれ……」

 

 

 火災の中に飛び込んだと錯覚するような灼熱。左右に揺らめく空気に当てられ、その熱を吸っては吐き出す金属の壁と床。

 グツグツという音を疑い、自分たちが立っている橋から下を覗いてみる。金網床の隙間から見えるのは、眩しく発光するほど煮え立つマグマ。それが川となって流れているのを見て、魂が口から出そうになった。

 

 

「ちょ、ちょっと待って……ここ、ここを進んでいくの?」

「あんたまさか、これも無理とか言うんじゃないでしょうね?」

「無理じゃない、けど……これ、絶対火を使う敵出てくるよ。そうなったら気絶しない自信がない……あ、そうだ!」

 

 

 熱いと叫び出しそうになるのを堪え、体の中と指先に意識を集中する。

 なんとかひねり出したマナは冷気に変換され、ベールのように二人の体を包み込んだ。焼き殺す勢いで苛んできていた熱気が軽減される。

 喉を痛めない適温の空気を吸えるようになったシキが目を丸くする。

 

 

「へえ、これゼロ℃ボディ? 快適になった」

「効果あるみたいでよかった……でもこれだけじゃ安全とは言えないよね」

『空気が熱すぎるからな。気道熱傷になる可能性があるし、脱水症状、熱中症にも注意だ。おまえたちのバイタルはこっちで確認しておくから、水分補給を怠らないようにしろよ』

「了解」

「飲み物多めに持ってきて正解だったね」

 

 

 そのうち建物自体が溶けて崩れやしないだろうかと不安になりながら中に進む。橋を渡った先に鎮座する菱形と菱形を合体させたような大きな装置が目に入った。

 

 

「何だろこの機械? アイテルさんがここは竜を生み出す工場だって言ってたけど……」

「砂漠の中で目に見えてわかる拠点なんてここくらいだったし、帝竜がいると見て間違いないわ。さっさと先に、」

 

「やっぱり来てたな、13班」

 

 

 武器を構えて振り返る。ひねる胴に引きずられ、薬が詰められたヒップバッグがガチャンと音を立てた。

 

 焼却炉のような熱の中、敵意を向けられたにもかかわらず、ネコとダイゴを連れたタケハヤは涼しい顔で歩いてくる。入ってきたばかりだからかもしれないが、見る限り汗を流していない。こっちは既に服が湿っているのに。

 

 

「こんな辺境くんだりまでご苦労なこった。だが、ちょうどいい。ここなら誰の邪魔も入らねぇ」

 

 

 正直、付き合っている暇はないと突っぱねてやりたい。こうしている間にも失踪した人々は危機にさらされているかもしれない。

 けれど、彼らの姿を見た瞬間首をもたげた疑問が言葉を引き止める。SKYとムラクモの間に因縁があるなら、この騒ぎについても何かしらの情報を持っていやしないだろうか。

 

 臨戦態勢は崩さないまま耳だけを傾ける。対するタケハヤたちはやる気があるのかないのか、肩の力を抜いたままなんてことはないと口を開いた。

 

 

「おまえらをこれからテストしてやろうと思ってな」

「テスト?」

「おまえらがアイテルの探してる相手なのか、たしかめておきたい。おまえらが従うかどうかはどうでもいいん。俺たちは勝手にやるだけだからな」

 

 

 暑さも手伝って苛立ちがたまる。相変わらず核心を直接伝えてくれない男だ。テストとはなんだ、まさかクイズでも出すわけではないだろうに。

 

 

「こっち急いでるんだけど。手短にしてくれない?」

「じゃ、わかりやすく言おうか。おまえらは、この工場の帝竜を倒しにきたんだろ? だが俺たちは……それを邪魔するかもな、ってことだ」

 

「はあ!?」

 

 

 現場組とミロクの声が重なって工場内に響いた。

 今までは少しのちょっかい程度だったのに、ここにきて、しかも非常事態で駆け足になっているときに限って明確な妨害宣言をするなんてどういう神経をしてればそうなる。

 

 足場を蹴れば飛びかかれる姿勢にまでなったところで「別に竜の味方をしたいわけじゃあねェ」とタケハヤが訂正を挟む。

 

 

「これは単なるテストさ、命がけのな。お互い、帝竜のもとに無事に辿り着けるか……そんな単純なテストだ」

「ふざっけんな! 相っ変わらずヘラヘラヘラヘラ意味不明で勝手なことを……! こっちは急いでるって言ってんでしょ、なんであんたたちに付き合ってやんなきゃいけないわけ!?」

「あ、シキちゃ……シキちゃん抑えて! 私も一発かましたいけど抑えて! ここで暴れたら帝竜までもたないよ!」

「なんで抑えなきゃいけないのよ! そこのマグマに放り込んで黙らせてやる!」

 

「はっ。そうそう、その意気だ。俺たちもここから同時にスタートする。だから、汚ぇ罠なんぞは仕掛けてねえぜ?」

 

 

 暴れ牛のロデオのようにくんずほぐれつ踊るこちらを笑って、SKYの三人は距離を空けて隣に並ぶ。

 

 

「言っとくが、遊びじゃねぇ。本気でかからねぇと、おまえらは死ぬ。……そういうことだ」

 

「……始めるか」

「そだね! それじゃ、よおーい……」

 

 

 ネコがくわえていたキャンディを噛み潰し、棒を高く放った。

 白い棒は回転し、足場となっている鉄網の隙間を抜けてマグマの川に落ちていく。

 ネコが一瞬こちらに顔を向け……かわいらしく、挑発的に舌を出す。

 頭の中の糸が切れるのと、棒がジュッ、と燃え尽きるのは同時だった。

 

 

「ドン!!」

 

 

 タケハヤ、ネコ、ダイゴが疾走し、分かれた道の左側に突撃していく。

 仲間たちが失踪し、灼熱のダンジョンで汗だくになり、こんなところまで妨害されて喧嘩を売られた。暑さに揺らぐ空気の中、シキが髪を振り乱して歯噛みする。

 

 

「意味わかんない、意味わかんない! あいつら絶対顔面ぶん殴ってやる……っ!」

『と、とにかく、あいつらより先に、帝竜のところへ――……!? 近くにドラゴン反応あり! 注意しろ!』

「はあ!!?」

 

 

 再び怒りを帯びた声が重なる。同時にすぐ傍にあった謎の装置が光をまとって明滅した。

 赤い本体の表面が盛り上がり、熱によって液状になった金属が宙に浮かんだ。金属は細く長く形を整え、その先端が見慣れた顎を形作る。

 銀色の体に生を受けた機械のドラゴンは、産声とともに炎のブレスを吐き出した。

 

 

「っ、この!」

 

 

 固まるミナトを抱え横っ飛びに回避し、シキが突っ込む。前進の勢いを活かしたアッパーが下顎に入り、相手の細長い機体が縦線を描いて浮き上がった。

 あとは言われずともわかっていた。炎を使う相手には氷が効く。

 クロウにマナを溜めてとにかく撃ち出す。高温をまとう体に何度も冷気が叩き付けられ、マシーナルドラグは体にヒビを走らせて凍り付いた。

 

 

『この装置……もしかして、ドラゴン製造機なのか……?』

「くそ、出遅れた!」

 

 

 苛立ちか念押しか、シキの正拳突きが氷の彫像となったドラゴンを粉々に打ち砕く。

 マシーナルドラグの残骸からDzを回収し、ついでにドラゴンを生み出したと思われる装置をスクラップになるまで破壊して、遅れてスタートを切った。

 

 

「あんた、火は平気なの!?」

「全然平気じゃないです! でも距離があるならなんとか……うっ、吐き気が……!」

『このダンジョン、マモノも火を使うみたいだ。気を付けろよ!』

 

 

 マグマが固まったようなスライムに、小さな火山を背負う亀。工場を囲む砂漠もそうだったが、国分寺はとことん熱・炎推しらしい。

 未だ火が苦手な身としてはふざけろの一言に尽きる。これはあれか、「どうしたって怖いなら荒療治しろ」という何かの思し召しか。こんなタイミングでなければ真面目に向き合っていたのに。

 

 ロア=ア=ルア戦のときに、火が怖いなら後でいいとミロクに言われたのを思い出す。

 これ以上火と触れ合う機会はないだろう。もしかしたら、今回がそのときなのかもしれない。

 

 

「……」

 

 

 走りながら指先を見つめる。

 今回身に着けているクロウは、今までのようなネイルチップとは違う。指の付け根をバンドで固定し、第一関節から先までを金属の本体が覆うような、いかにも獣の爪といった感じの武器だ。

 これなら近接戦で攻撃することもできるとケイマが言っていたが、デストロイヤーと同じ間合いで立ち回れる自信はない。おまけに指先での作業がしにくい。あと、

 

 

(……なんか、トン○リコーンを被せてるみたいなんだよなぁ……)

 

 

 見た目からしても個人的にはネイルタイプのほうが好みだ。

 出発前の訓練で扱いには慣れたし、国分寺攻略はこのクロウで試してみるが、果たして。

 いずれにせよ、今いるダンジョンの環境は……がんばって、なんとか、前向きに捉えればチャンスだ。

 ここまで苦手が凝縮された環境もないだろうし、ここで最大のハードルを越えるしかない。

 

 絶え間なく流れる汗を拭いながら走り続けていると、久しぶりにキリノから通信が入った。

 

 

『13班、聞こえるか? ミロクから報告があったが、SKYが接触してきたと聞いたよ』

「ご存知の通りよ。おまけにテストだなんだ言って帝竜討伐の邪魔ときたし!」

『こんなときになんだって厄介なことを……愚痴っても仕方ない。すまないが、そのテストとやらに付き合って彼らの動向を探ってくれないか? この時期に妙な行動を起こしているのは、今回の失踪事件について……何か関係があるのかもしれない』

 

 

 彼らに振り回されるのはごめんだが、無視することもできない。

 これはもう徹底的にSKYの目的と、彼らが自分たちになにを求めているのかを追求するしかない。帝竜討伐を第一に据えて、タケハヤたちの追跡を行おうと指針を固める。

 

 

『あと、こっちの報告ですが……帝竜反応が途絶えてしまったので、一旦追跡を断念します。もう少しだけ港区の周辺を探索してみて、その後、都庁に戻ります!』

 

 

 キリノ側の進捗も芳しくないようだ。アオイが申し訳なさそうに報告を続けた。

 

 

『あっ、そうそう! 途中で見つけた問屋さんの倉庫で、お菓子を大量にゲットしました~! 都庁のみんなが戻ってきたら、パーティーしましょうね!』

「お菓子パーティーか。いいね。……アイスは……ないよね」

『あー、アイスはないですね。アイスお好きなんですか?』

「好きなのもあるけど、こっちすごく暑くて……」

「お喋りしてる場合じゃない。進むわよ!」

『倒れないように気を付けて。それじゃ、お互いがんばろう!』

 

 

 通信が切れる。

 続いて、視界にダンジョンの構造をフロアごとに分解した図が浮かび上がった。最上階の部屋が赤く明滅し、帝竜のマークが表示される。

 

 

『13班。工場頂上部に帝竜反応を確認できた。俺たちが目指すのは上の階だな。SKYがどんな妨害をしてくるかわからない……あいつらより先に、上を目指そう!』

 

 

 前方十数メートル先、大きな扉に青い矢印がつけられた。マグマと熱気で赤ばかりの景色だったから見やすくて助かる。

 

 

『よし、そこのエレベーターを使って、上に――』

 

「おっ! エレベーター発見~♪」

 

「あ!?」

 

 

 エレベーターの扉が開くのと同時に、視界に黒と青で服装を統一した三人が走り込んでくる。

 タケハヤがこちらを振り返って、誘うように笑った。

 

 

「13班、モタモタしてるとおいてっちまうぜ……?」

『まずい、行っちゃうぞ! アイツらのあとを追うんだ!』

「わかってるわよ、待てこらぁっ!」

 

 

 汗を散らして走り出す。扉が閉まる寸前、二人で無理矢理体を割り込ませて転がり込んだ。エレベーターは上昇を始め、壁が上から下へと滑っていく。

 円形の空間の端と端。息を切らせて汗を流すこっちとは反対に、青年たちの余裕そうな佇まいが余計に神経を逆なでする。

 

 

「……なんだ? 物言いたげな顔しやがって」

「あんたの思い込みでしょ、こっち見んな」

「下手なウソだな。聞きたいことが山ほどあるって顔に書いてあるぜ」

「んなわけあるか!」

 

 

 不機嫌を隠そうとしないシキにタケハヤが片眉を上げてくっくと笑った。図星を突かれたシキがけっと吐き捨ててそっぽを向いた。たまに視線を後ろに向けようとしては戻すのをくりかえしているけども。

 鬱憤がたまっているのは同じだが、キリノには彼らの動向を探るように言われているし、その指示がなくても気になることがある。シキがこの状態だと自分が話すしかない。

 

 暑さに削られてきていたゼロ℃ボディをかけ直しながらタケハヤたちのほうを向く。

 

 

「あの、このテスト、何の意味があるんですか?」

「さァ……その質問に答える前に、逆に尋ねよう。……シバ、つったか。おまえはなんで戦ってる?」

「え、なんで? なんでと言われても……成り行きとしか……」

「はははははッ! そう言い切っちまうなら世話ねェや」

「な、なんで笑うんですか?」

「いや、なるほどな……よくわかるぜ。上手くコトが運んだもんだ」

 

 

 なにがおかしいのかわからない。だって戦わなければ死ぬじゃないか。

 生きるか死ぬかどちらか選べと言われたらもちろん生を取る。そのためにはドラゴンと戦わなければいけなくて、自分には戦う力があって、だから戦うしかなかった。腰を上げるまでにかなりの時間を要したが。

 今はそれだけじゃない。自分が戦うことは、わずかながらも誰かの助けになっている。その事実は生存欲の上にある誇りみたいなものだった。だから、今の自分は戦うために立ち上がることができる。

 

 たどたどしくそれを口にすると、タケハヤはご立派だとうなずいた。

 

 

「だが、なぜ守る必要がある? 大多数の人類なんてのは、おまえらには何の関係もないだろ?」

「それは、……」

「おいおい、今まで何の疑問もなく、こき使われてきたってか? ったく……気の毒になるくらいバカ正直なヤツだぜ」

 

「気の毒……っ?」

 

 

 哀れむようなタケハヤの眼差しに、頭の中で再び糸が切れる音がした。

 

 

「関係ないからって……それこそ関係ないです!!」

 

 

 円筒の空間に声が木霊する。

 目の前の三人が一瞬固まり、シキが驚いたようにこちらを向いた。

 

 

「そんなにアホらしいですか? こんな状況で生きるために、みんなで生きるために戦うことが。私だって、好きでムラクモに入って好きで戦ってきたわけじゃないです。それでもこれしかなかったから、選択肢すらなかったから、死に物狂いでやってきたんですよこっちは!」

 

 

 戦うのは命を張る仕事だ。帝竜戦ではいつも死の淵ギリギリだった。戦車も通用しないドラゴン相手に自ら挑むなんて、相応の安全の保障やメリットがなければやっていけないという気持ちは、ある。

 けれど、それと同じくらい怖いことがこの世界にはあった。泣いて吐くほどたくさん。

 

 

「身内の誰とも連絡が取れない、町にはそこらじゅうに死体がある、歳も性別もわからなくて、マモノの餌になるのは惨いだろうからってその場で燃やすしかなくて、どんな思いで、最期に何を伝えたかったのか読み取ることすらできなくて、骨を拾うのも難しくて、その中に、いつか……自分の知ってる人が入るんじゃないか、もう入ってたんじゃないかって……それが嫌で、少しでもそれを減らそうって戦うことは、気の毒ですか。笑われるほど、変なことですか!?」

 

 

 家族でも友だちでなくても、目の前で誰かが殺されるなんて嫌だ。この気持ちは本物だ。

「助ける」という選択を否定されたくない。今ばかりは、自分が言い負かされるのは絶対に許されない。

 

 

「人を見殺しにしたって生きてられるかもしれないけど、そんな世の中肯定できるわけないでしょう!? 誰かが死ぬのが嫌なんてあたりまえのことでしょう! 目の前で人が無残に殺されるのを見て、仕方ないからって諦めて、じゃあ自分や自分の大切な人の番が来たら? 同じように諦められるんですか!? 諦めてたまるかって思ったからここまで来たんです!! 諦めたくないっていっしょに戦ってくれた人たちだっていたんです!!」

 

 

 自分が13班としてここまで来れたのは、決してS級の力を持っていたからではない。

 ムラクモ試験で、逆サ都庁で、池袋で、四ツ谷で。パートナーを始め、自分の前に立っていた人、肩を並べた人、背中を守ってくれた人たちがいた。

 アオイにキリノ、ナツメにナビたち。ナガレ夫人に都庁の人々。

 ウォークライと戦い抜いたナガレを、電磁砲にためらいなく飛び込んだガトウの背中を、自分は絶対に忘れない。

 どれだけ周回遅れでも、あの人たちといっしょに走った道のりを、体に刻んだ傷を軽んじるなんて許さない。

 

 

「……訂正してください。──気の毒なんてふざけた言葉、今すぐ取り消してください!」

 

 

 勢いで振った拳が金網に衝突して甲高い音が鳴った。

 気温に興奮が相まって体が火照る。ドッドッ、と心臓が打ち鳴らされて全身が揺れる。

 

 

『……血圧、心拍数上昇。ミナト、いったん深呼吸しろ。そのままだと倒れる。あと火傷するから壁から手を離したほうがいい』

「治癒すれば治る! 今大事な話してるから止めないで!」

『ちょ、ちょっと落ち着けって! ああほらジリジリ聞こえる!! シキ、引っぺがしてくれ!』

 

 

 止めないでーっ、と手足を振る体を自分より小さな少女に軽々持ち上げられる。尚も抵抗していたらペットボトルみたいに上下にシェイクされて三半規管を攻められた。ここでそれはやめてほしい吐く。

 珍しく止められる側になったなと思いながら床にへばる。回る視界を手で覆ったとき、暗い世界の中にトーンを落とした男の声が流れてきた。

 

 

「おい、ここで吐かれちゃ困るぜ」

「い、いいから、訂正ぇっげほ……」

「わあったわーった。悪かったよ、気の毒ってのは間違いだった。…… たいした善人だよ、おまえは。……俺にゃ真似できそうもない」

 

「そっちになにがあったか知らないけど」

 

 

 ずっと黙っていたシキが眉間にしわを寄せて振り向く。頭が冷えたのか、彼女の声はさっきよりも落ち着いていた。

 

 

「話すり替えないで。次はあんたの番よ」

「ああ……悪い悪い。俺がなんでこんなことしてるのか、だっけ?」

 

 

「ま、一言でいや、惚れた女のためだな」

 

 

 さらっと相手の口から流れ出た答えに、二人そろってフリーズした。

 

 こいつ今、なんて言った?

 

 

「ほれ……?」

「すみません、よくわからなかったのでもう一回……」

「二度は言わねえ。聞こえてただろ?」

 

 

 頭の中がミキサーのようにかき混ぜられる。

 惚れた女のため。好きな女性のため。

 つまるところラブアンドピース。いや、ピースはいらない。

 

 

「……」

 

 

「愛」の一文字が頭に浮かび、ミナトはゆっくりと片腕を上げ、手のひらで顔を覆った。

 

 

「シキちゃん。パス」

「は? あんた顔真っ赤……ってちょっと押さないでよ! なに隠れようとしてんの!」

「いやだって! だって! 散々衝突した末にいきなり恋バナが始まるなんて想像してなかったんだもん! なんかいたたまれない! パス!」

「知るか! 寄りかかるな! 背中に隠れようとするな!」

「うぇっテンション上げ下げしすぎてまた吐き気が」

「吐いたらぶっとばすわよ!!!」

 

「……タケハヤ、あいつら凍らせてもいい?」

「やめとけ」

 

 

 飛びかかっていきそうなネコをタケハヤがたしなめるなか、取っ組み合いの末にじゃんけんを始める13班。しばらくあいこが続いた後、グーとチョキで負けたミナトが水分補給をして汗を拭い、咳払いをして呼吸を落ち着けながら向き直った。

 

 

「好いた人のためですか、なるほど大変よろしいかと思われます。その方も喜んでくださるといいですね……?」

「会話下手くそか」

 

 

 横からシキにツッコまれた。自分でも何目線の疑問形だと思う。

 修学旅行先の宿でなら枕を抱えてストレートに想い人の追及ができたかもしれない。けれどここは化け物ひしめく灼熱の異界。壁越しの空間にいるのは別の班の同級生ではなくマモノやドラゴンで、抜け出している人間がいないか見回りをするのも教師ではなくマモノやドラゴンである。黄色い声は上げられないし盛り上がりといっしょに体温を上げるのも危険なのだった。無念。

 ネコがパーカーの袖を握りながらタケハヤのほうをちらちら見上げているのをつっついてみたいが、プライベートな話題で地雷を踏み抜きに行くほど馬鹿でもない。

 それに、

 

 

「人類のために命張るつもりなんてさらさらねぇけどよ。アイツのためなら、死んでみるのも悪くねぇ」

 

 

 タケハヤの笑みがほんのわずかに柔らかくなった……ような、気がする。

 それを真正面から見てしまっただけで、おふざけでも何でもなく、本気でその誰かのために戦っているとわかる。ようやく汗を一筋流し、ほんの少し力も抜けてあらわになった彼の人間臭さを茶化すなんてしたくなかった。

 だから、下手に追及するのはやめ──

 

 

「俺にとっちゃ、アイテルはそういう存在だ」

 

「言っちゃっていいんですかぁ!?」

 

 

 あけっぴろげに自己申告された。なんで名前出しちゃうんだ訊かないでおいたのに。

 好きな相手でも命をかけられるほど愛おしいだなんて、簡単に口にできない。ましてや生きるか死ぬかが現実になったこんな世界ならなおさら。

 思えば、冗談を言われたり人を煙に巻くことはあっても、タケハヤは自分たちをダマすような真似はしてこなかった。

 最初から嘘なんて言っていない、言葉も行動もすべてが本気。淡々と見せられる静かな情熱に、ただ見聞きしているだけのこっちが恥ずかしくなってくる。

 

 

「おまえらにはいねぇのか? そういう相手が」

 

 

 訊くな。これじゃ本当に恋バナじゃないか。

 

 

「私は……、…………恋人いない歴イコール年齢なので……」

「興味ない」

 

 

 寂しい現実を告白する傍ら、言葉通り何の色も乗っていない声音でシキがスパッと切り捨てる。半身になって顔も明後日の方向を向いているし、本当に興味がないんだろう。

 そんな少女を……なんでか、憂うようにタケハヤは見つめて、瞳にふたをするようにまぶたを閉じた。

 

 

「ふうん。その点じゃ、俺はおまえらより幸せ者かもな……命かけられるような相手がいるんだからよ」

「なんっでマウント取られなきゃいけないのよ。ていうかいつまでこんな話続け──」

 

 

 言葉の刃物を研ぎ始めたシキの口をそっとふさぐ。がふがふ息をこぼしながら指に立てられる歯が痛い。悪いがもう少し辛抱してほしい。向こうにとっては大切な話みたいだから。

 視線でどうぞと続きを促す。タケハヤは肩をすくめて髪を湿らせる汗を拭った。

 

 

「ま、残念ながら片思いだ。アイツはもっとデッカいんだ……俺なんかアイツの生きてる世界じゃ、小石みたいなモンかもしれねぇ」

 

 

 あれだけ語っていたのに、男の想いは一方通行らしい。

 かわいそう、なんて言っちゃいけない。でも報われない気がする。けれどタケハヤ本人はそれを気にしている様子はない。

 ただ、その真っ直ぐな線を描く眉が、わずかに寄せられて険しくなった。

 

 

「そんな女がさ……苦しんでるのを知っちまった」

「苦しんでる……?」

「星を守るだかなんだかしらねぇが、アイツは、そのためだけに生きてるんだ……長い間、独りぼっちでよ。気が遠くなるくらいの時間、『狩る者』ってのを探し続けてる」

 

 

「狩る者」。

 

 まただ、とシキと顔を見合わせる。

 SKYへの疑問の一つだった言葉。そのまま意味を考えれば、何かを倒す人間のことだろう。

 けれど単純な戦闘力というだけなら他のムラクモもSKYも、該当する人間はたくさんいる。それでも見つからないということは、タケハヤたちが呼ぶ「狩る者」は、もっと重く限られた意味を持っているんだろうか。

 

 

「アイテルさんはタケハヤさんたちといっしょに過ごしてるんですよね? その狩る者っていうのがタケハヤさんたちのことじゃないんですか?」

「……うまくいかねェもんでな、ニセモノの俺の力じゃ狩る者には、なれねぇんだとさ」

「で、それが私たちと何の関係があるの?」

「最初にテストだって言っただろ? その力、俺に見せてくれよ。おまえらがアイツを救える存在なのか……それを見極めなきゃ、俺は死にきれねぇ」

 

「だから、一人で話を進めないでちゃんと説明、」

 

 

 シキの抗議はエレベーターが停止する揺れと音によって遮られてしまう。

 開いた扉から外に出て、切り替えるようにタケハヤは首を鳴らした。

 

 

「さてと……おしゃべりはここまでだ。ここからが本番だぜ。ネコ、ダイゴ、いくぞ!」

 

「あ、ちょっと待て! っ、もうっ!」

 

 

 待たずに駆けていくSKYを追って走り出す。

 彼らの目的と自分たちに接触してくる理由はなんとなく判明したが、それがさらなる疑問を呼んだ。「狩る者」の意味。その称号と青い髪の女性アイテル。わからないことはまだ多い。

 シキもエレベーターの中の問答だけでは納得できていないらしい。つくづく自分たちを振り回すことに長けているSKYに苛立ちを浮かべ、開いている通路に飛び込んで階段を駆け上がる。

 ドラゴン反応と装備のチェック、水分補給を促すミロクに一旦立ち止まってボトルを取り出す。

 スポーツドリンクをあおりながら工場内を見回すと、視界の中にちらりと踊る青色が見えた。

 

 

「あ、タケハヤさん!」

「どこ!?」

 

 

 ぶんぶん回り出すシキの頭が彼を示す指先に従って固定される。

 階下左方、マグマの上を通る道で青い布がはためいた。

 

 

「ジャマだっつってんだろーがよぉ!」

 

 

 雄々しい声とともに黄金の剣が抜刀される。タケハヤに襲いかかろうとしていたドラゴンは牙を剥く間もなく両断された。音を聞きつけ続々と群がる敵を彼は豪快に薙ぎ払って進んでいく。

 戦う姿を見るのは初めてだが、間違いない。タケハヤもネコ・ダイゴと同じように異能力者だ。そして、あの二人よりずっと強い。剣は大振りなのに目で追えないほど速いし、敵一体一体を屠るスピードが段違いだ。

 

 

「すごい、援護もなしに一人で…!」

『なんだアイツ……どう見てもS級に匹敵する能力だ……! デカい口叩くだけのことはあるな。こっちも急ぐぞ!』

 

 

 自分たちの行く先を見上げる。赤く染まった空気の向こうには大小様々な影が見えた。エレベーターで小休止できたはいいが、階段を上った先はドラゴンとマモノだらけですぐに疲弊がたまり始めるかもしれない。

 熱気のせいか火のせいか、ほんの少し霞がかかりつつある目に喝を入れ、顔に張り付く髪を払う。

 敵性反応の多いフロアに駆け込み、まず始めるのは雑魚掃除に決めた。ただでさえ幅の限られている道は逃げ場がなくてドラゴンと連戦になりやすいのに、マモノに茶々を入れられてはたまらない。

 離れた場所を徘徊する大きな影を避けて進む中、敵とは違う生体反応がレーダーに飛び込んできた。

 

 

『おい、13班。誰か来るぞ! ……って、アイツは、』

 

「っとっとっと~」

 

 

 パーカーの裾を踊らせて行く手に乱入してきたのはネコだった。最悪なことに彼女を追うドラゴンというおまけ付き。

 背後から迫ってくる敵影をちらりと一瞥し、パーカーをひるがえしてネコはしなを作る。

 

 

「アタシ、追いかけられてるのよね~、ちょっと助けてくんない?」

 

「スルーで。行くわよ」

「了解」

 

「にゃぁーっ!? 即決とかひどくない!? か弱い乙女のピンチなんだから助けてちょうだいよ!」

『なにがか弱いだよ! おまえ絶対わざと竜をおびきよせてきただろ!』

「か弱い乙女なんて雑魚がこんなところに来るわけないでしょ! 行くわよ!」

「はぁー!? 今雑魚って言った!?」

 

 

 その気になれば退けるのも逃げ切るのも容易いだろうに、ネコはフードの猫耳を揺らしながらドラゴンを連れて追いかけてくる。

 

 

「ちょっとそこのサイキック! アンタさっき人が死ぬのはイヤって言ってたじゃん! あれウソだったの!?」

「噓じゃないです。でもあなたは自力でドラゴン倒せるので適用外、ケースバイケースです。ちなみにか弱いというのは見るからに弱々しい、華奢で可憐という意味であり、こんなダンジョンを元気に走り回れるなら運動ができる健康体かと思われるのでそちらも適用外です。華奢で可憐と言うならシキちゃんのほうがあてはまるかと思いますがこの子も弱くはない、つまりここにか弱い乙女なんで絶滅危惧種はいませんそういうことです! さよなら!」

「サヨナラじゃなーいっ!! 意味わかんないことばっか言ってぇ!!」

 

 

 ぎゃあぎゃあ言葉を交わしながら通路を進む中、指摘を右から左へ聞き流し、眼鏡のレンズ越しに猫目が潤んだ。

 

 

「見りゃわかるでしょ、今ダイゴもタケハヤもいなくてアタシ一人なの! あのドラゴン毒吐いてくるタイプでさぁ、アタシ、ケガを直すとかそーいうのはできないし! おねがいおねがいおねがーい!」

『あーもう、このままじゃらちがあかないな! 13班、やれるか!?』

「Dz、Dzが取れると思えば……!」

「こいつ、後でぶっ飛ばす!」

 

 

 シキが迎撃の構えを取ってドラゴンを挑発する。

 渋谷で見たケミカルドラグの亜種、マテリアルドラグが張り合うようにこちらに狙いを変えた。

 

 

『体内に熱を溜めてる……こいつもブレス使ってくるみたいだ!』

「ミナト、あんた後ろに下がって! 速攻でいくわよ!」

「了解!」

 

 縦一列になるようシキの後ろに飛び込んだ瞬間、マテリアルドラグは炎のブレスを撒き散らした。

 

 

「その手はもう……くらうか!」

 

 

 シキがブレスを避けてカウンター、ミナトのフリーズとゼロ℃ボディで追撃。国分寺を進む中で編み出した対ドラゴン戦法だ。

 ダンジョンの熱と炎にさらされ、今にも溶け出しそうな手すりと足場を氷で包みながら追い討ちをかけていく。

 連撃を浴びたマテリアルドラグは虚ろになりながら、一矢報いようと緑色の息を吐き出した。

 

 

「シキちゃん!」

「いい!」

 

 

 殴るために距離を詰めていたためブレスは防ぎようがない。シキはそのまま毒霧に飛び込み、飛び出し、拳打を叩き込む。

 抱えていた球体を砕き、人間の鳩尾にあたる部分に拳が埋まり、マテリアルドラグは白目をむいて落下する。次いでシキも着地し、咳き込んで膝を着いた。

 

 

「シキちゃん、大丈夫!?」

「このぐらいっ、ポワゾル飲めば、問題ないっ」

「一応リカヴァもかけとくね」

 

「……ふ~ん? けっこうやるんじゃん?」

 

 

「でもまだまだ先は長いよ?」とネコが首を傾げて茶化してくる。シキが解毒剤を一気に飲み干し、空になった瓶を投げたがもちろん避けられた。

 

 

「そこ動くな! ぶっ飛ばすって言ったでしょうが!」

「にゃはははは! じゃ、ゴールで待ってるからね~!」

 

 

 ネコは名前の通り軽やかな身のこなしで下の道に飛び降りる。しっぽのようなアクセサリーを誘うように揺らしながら、彼女は先に駆けていった。

 

 

「くっそ……! ミロク! 近道とかないの!?」

『もう少し先に進むと下り道がある! そこを降りて隣のフロアに入って、エレベーターで上に上がってくれ!』

「シキちゃん、あんまり激しく動かないほうが……毒は大丈夫なの?」

「もう消えた!!」

「健康!!」

 

 

 雨にも負けずを体現するデストロイヤーが駆け出し、その後に暑さだけでやられそうなサイキックが続く。

 群がる敵に吐き出されるブレス。火傷や毒や石化を発生させる空気が立ちこめる中、薬を飲みつつドラゴンをちぎっては投げちぎっては投げていく二人の背を、タケハヤは遠目に見つめていた。

 

 

「ネコのイタズラくらいじゃびくともしねェか……ま、そうでなくちゃな。この分じゃ、ダイゴのほうもどうだかな……」

 

 

 この調子で突き進めば、おそらく帝竜もそう遠くはない。

 13班の姿がエレベーターに消えるのを確認し、タケハヤは上を目指して走り出した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ダンジョン、国分寺灼熱砂房の攻略。今回は四ツ谷のときよりもさらに人員が少ない。ミロクのサポートがあるとはいえ、作戦に参加しているのは自分たち二人だけ。

 ただでさえ厳しい状況、環境で突き進んでいるから体力の消耗が激しい。おまけにSKYの邪魔が入ってくるときた。

 そしてここでも。

 

 

「……」

 

 

 上昇するエレベーターの中、シキとミナトは視線を落として口をわななかせていた。

 一階、また一階とフロアが上がるにつれ、手の中のレーダーにドラゴン反応が増えていく。一体ずつではなく複数がネズミ算みたいにだ。

 赤い点が集まって大きな点になり、尚増えていくのを見てレーダーの確認をやめた。

 

 

「……これ、どうしよう……」

「フロアに散らばってるならまだしも、こんな風に密集してるんじゃ一匹ずつおびき寄せるってのも難しそうね」

 

 

 かといって馬鹿正直に正面から行くのはリスクが高い。最終目標の帝竜もそうだし、SKYとも戦う可能性もある。できれば体力も物資も温存しておきたいところだ。

 ミロクから送られてきたフロアの地形とドラゴン反応を確認し、シキは仕方ないと提案した。

 

 

「私が正面から突っ込む。あんたは時間差で、ドラゴンに気付かれないように後ろ側に回り込んで氷連発。できるわね?」

「ちょ、ちょっと待って。それはシキちゃんが危なすぎるよ」

「炎のブレス数体分が来る可能性大よ。あんた動ける?」

 

 

 想像するように視線を上に向け、うっと息を詰まらせる。有無を言わさず終わる作戦会議に異を唱えたかったが、炎が来ると言われるだけで口が開かなくなるのが情けなくて何も言えない。

 エレベーターが動きを止めて開いた瞬間、今まで以上の熱気に痛いくらいの出迎えられた。

 

 

『なんだこの部屋……すごい数の竜が固まってる……!』

「あ、あつ、熱……!?」

 

 

 その場にいるだけで焼けてしまいそうな熱気にミナトがゼロ℃ボディをかけ直す。

 揺らめく視界の中、前方にドラゴンが隊列を成し、さらに奥には見覚えのある巨漢の影が揺らめいている。

 

 

「見せてもらうぞ、おまえらの力」

 

 

 低く落ち着いた声。互いにフロアの端と端に立っているというのに、その言葉は耳にしっかり届く。

 この熱さの中でなぜ平常でいられるのか。ダイゴはひしめくドラゴンたちに背を向け、上階に続く梯子を登っていった。

 

 

『くっ……またSKYの仕掛けか? まったく厄介な奴らだ……』

「いくわよ。準備できてる?」

「う、うん……!」

「ミロク、ドラゴンの位置情報の確認頼むわよ」

『ああ、任せろ!』

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「……どうだ、アイテル?」

 

 

 熱された金属で細長い体を形成したマシーナルドラグが群れになる。

 螺旋を描くような火中に強引に飛び込む少女と、静かにフロアを迂回してドラゴンたちの背後に回り込む女性を、ダイゴとアイテルは静かに観察していた。

 

 火が爆ぜる中で拳が振るわれ、氷塊が現れては溶けていく。

 赤い熱気と青い冷気が入り交じっていく中、アイテルはドラゴンを挟撃する二人に、ほんの少し目を見張った。

 

 

「あの子たちからは星のような力のきらめきを感じる……」

 

 

 渋谷で出会ったときから予感していた。その予感が、度重なる戦いの中で確信に変わった。

 幾星霜、追い求めていた可能性。その光が自分たちの眼下に瞬いている。

 

 

「彼女たちは確かに『狩る者』――私が探し求め、竜との戦いに導かなくてはならない、星の加護を受けた戦士」

「そうか……それがわかれば充分だ」

 

 

 ダイゴはアイテルの答えにうなずき、今頃疾走しているであろうSKYのリーダーを思い浮かべた。

 

 

「……あとはタケハヤだな。あの男はどうしても、自らの手であいつらの力を計りたいはずだからな」

 

 

 アイテルが納得したところで終わりはしない。それ以外にもたしかめたいことがある。

 はっきりさせなければ、気が済まないことがある。タケハヤはそう言っていた。

 

 ガシャン、と堅い物か砕ける音が響く。

 

 闘争は終わったらしい。再び見下ろせばドラゴンの骸が折り重なっていて、装備のあちこちを焦がした少女がくずおれるところだった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「シキちゃん!」

 

 

 今日で何回名前を叫ばれただろう。

 マナを大量に消費してふらつきながら駆けてくるミナトの靴音を聞きながら、手からナックルを外して額を押さえた。

 水分補給はちゃんとしている。今の戦闘で負った火傷も傷も、薬とミナトの力ですぐに治癒した。

 それでも調子は芳しくない。

 

 

(頭が痛い)

 

 

 国分寺に入り、タケハヤと顔を合わせたあたりから頭痛が止まらない。

 相変わらずだ。自分の過去を辿り、空白になった幼い頃の記憶を掘り起こそうとすればするほどひどくなる鈍痛。まるで深く踏み入ることをはね除けるような。

 傷が治っても低迷している自分にミナトも異変を感じたらしい。背中をさする手でキュアをかけながら顔を覗き込んでくる。

 

 

「シキちゃん、ほんとに大丈夫……って、顔真っ青だよ! ミロク、生体スキャンして!」

『もうしてる。……けど、バイタルは平常だ。貧血ってわけでもなさそうだし……おいシキ、大丈夫か?』

「問題ない。……時間が経てば、良くな――」

 

『センパーイ! やりました、見つけました!』

 

「あ゙あ゙あ゙シキちゃん!?」

 

 

 通信機から飛び込んできた声が頭痛に上乗せされ、一瞬意識が遠のく。仰向けに傾く体をミナトに支えられながら耳を押さえた。

 アオイたちからの通信だ。なんだか久々に声を聞いた気がする。

「こちらは現在港区の芝公園」とキリノが現在地を報告した。

 

 

『さきほど……多数の生命反応を感知した。この付近に都庁の市民がいると思われる』

「え、本当ですか!?」

『生命反応があるってことは、みんな無事ってことですよね! ふぅ……良かったぁ……』

 

 

 通信の向こう側のアオイと同時にミナトも胸をなでおろす。混乱の種はなんとか回収できそうだ。

 あとは自分たちが帝竜を倒し、SKYをどうにかすれば騒ぎは丸く収まるだろう。

 

 

『僕たちはこれから、都庁の市民やナツメさんの居場所を特定する作業に入る。君たちは引き続き、国分寺の帝竜を討伐することに集中してくれ』

「わかってる。私たちももう少しで目標到達よ」

『お手伝いできないのが残念ですけど……私の分までガツンとお見舞いしてやってくださいね!』

「うん。早く倒して、そっちに向かえるようにするね!」

 

 

 互いに声援を送りあって通信が終わる。

 弛緩していた体に力を入れ立ち上がる。依然続いている頭痛同様、ミナトも変わらず心配そうな表情を浮かべてこっちを見ていた。

 

 

「ねえ、ちょっと休憩しよう。たぶんこの先にはあの人たちがいるし、傷とかマナはなんとかできても、体調が優れないんじゃやられちゃうよ」

「大丈夫だって言ってるでしょ。こうしてる間にもあいつらと帝竜が上でふんぞり返ってる。一秒だって早くぶっ飛ばさなきゃやってらんないわ」

「でも、足ふらふらじゃん。半分は負担を偏らせちゃってる私のせいなんだけど……暑いのは私がなんとかできるからさ、ちょっと横になろう」

 

「だから、大丈夫だって……!」

 

「だめ!」

 

 

 強く両肩をつかまれて動きを止められる。滲み出ていた脂汗が落ちて、ジュワッと蒸発した。

 ミナトの両手で頬を挟まれた。冷たい手のひらが心地よくて、無意識に目を閉じてしまう。

 

 

「目が霞んで体にあまり力が入ってないでしょ? 私も体調悪いときに同じようなことがあったからわかるけど、このまま動き続けたら倒れちゃうよ」

 

 

 取り出したタオルで汗が拭われる。慣れているような手つきで顔と首回りを拭きながら、パートナーはもう一度休もうと言い聞かせてきた。

 

 

「どこか痛かったりする?」

「………………頭」

「頭痛か……鎮痛剤あるけど、飲む? 眠くならないタイプだからここで飲んでも問題ないと思うけど」

「そんなものまで持ってきてんの?」

「け、怪我が痛むの嫌なんだもん……」

 

 

 自分を苛む頭痛はたぶん病気の類ではないので効果があるかは不明だが、気休めにはなるかもしれない。渡された錠剤を口に放り込んで水と一緒に飲み下す。

 ミナトは相変わらず自分の顔をじろじろと観察し、タオルを仰いで風を送っては汗を拭いていた。

 地下シェルターにいたときは自分のことだけで手一杯というように泣いていたのに。世話好きなのだろうか。

 

 

「あんたもよくやるわね。こんなに甲斐甲斐しく……」

「え、だってそりゃあ、友だちが辛そうにしてるのに気にしないわけには……」

「は?」

「え?」

 

 

 首を傾げるとミナトも首を傾げる。自分が何を言ったか自覚がないのだろうか。

 

 

「友だち?」

「え、友だち? うん。……え? ……え」

 

 

 沈黙が訪れる。

 ミナトの笑顔が固まり、真顔になり、ほんの少しずつ歪んでついには青ざめた。

 

 

「え、わ……私たち、友だち、だよ、ね?」

 

「……」

「……」

「……」

 

「何か言ってーっ!!」

「わ、わかった、わかったからっ」

 

 

 今にも泣き出しそうなミナトを宥め、シキは未だ痛む頭で考える。

「友だち」とは何だろう。国語辞典に載っているような定義は知っているが、それらしい間柄の人間はいないし必要ない。こうして考えることなんて今まで一度もなかった。

 

 

(そういや私、こいつのこと深く考えたことなかった)

 

 

 深く考える必要がなかったのだ。ただチームを組みドラゴンと戦い、同じ部屋で過ごして、いっしょに訓練をするようになって、いっしょに食事をするようになって。

「そ、そっか、足手まといが自称友だちなんてうざいだけか、ははは……」と渇いた笑いを浮かべている目の前の人間は、一般人上がりで根性がなく、ただ自分の隣にいるというだけ。ただそれだけ。

 

 

 ――私は志波 湊。ミナトでいいよ。よろしくね。

 ――や……っと、名前呼んでくれた!

 

 

 友だち。

 

 目を閉じて、頭の中で転がしてみる。

 まだよくわからない。が、

 

 

(こいつがずっと隣にいるのは……悪いことが起きるわけじゃ、ない)

 

 

 ならそれでいいんだろう。たぶん。

 

 

「そんなに友だちがいいなら、友だちでいいんじゃないの」

「え、いいの!? キモいとか思ってない!?」

「別に」

「そ……そっかぁ~! よかったー!」

 

 

 四ツ谷のときのようにミナトが笑う。

 表情筋が崩れただらしない笑み。でも嫌いじゃないから別にいい。

 

 

「……ほんと、緊張感ない奴」

 

 

 と言いつつ、気付けば口角が上がっていて。

 その三秒後、なにやら感動したらしいミナトに抱きつかれた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「んんん~~っ?」

 

 

 凍らせた柵に寄りかかって下を覗いていたネコが、不意に肩を怒らせて首をひねった。

 

 

「おいネコ、あいつら何してる?」

「なんか……よく聞こえないけど、地味なほうが小っちゃいほうに世話焼いてる」

「なんだそりゃ」

「体力を消耗しているように見えた。小休止しているんじゃないか」

 

 

 ネコとタケハヤに遅れ、13班にドラゴンをけしかけたダイゴが言う。

 ネコが柵から離れ、ステップを踏むように傍に戻ってきた。

 

 

「あと一回二回上にのぼるだけじゃん。根性ないったら!」

「あいつらは俺たちよりも多くの敵と戦っている。無理もないだろう」

「フォローしてどーすんの? これからあいつらと戦うってのにさ」

 

「……タケハヤ。体は、大丈夫なの?」

 

 

 寛容なダイゴにネコが頬を膨らませるのを尻目に、アイテルがタケハヤの隣に並んだ。タケハヤは大丈夫だと返す。

 体は相変わらずさび付いているが、やることは変わらない。誰かに正しい指摘をされても、自分自身の目で、呼吸で、意思で確認しなければ納得できないことがある。

 

 

「やることやって、さっさとこのクソ暑いところから出たいもんだ」

「……あまり無理は……」

「心配すんな。おまえのほうこそ、巻き込まれないように下がってろよ。……そろそろあいつらが来る」

 

 

 人間の雄叫びにドラゴンの断末魔。戦いの音が少しずつ近く、大きくなって聞こえてくる。

 アイテルが気を付けてと小さく呟き、憂いを帯びた足取りで離れていく。

 ネコとダイゴを傍に呼ぶ。剣の柄に手をかけるのと同時に、待ちわびていた二人が床に開いた昇降口から顔を出した。

 目が合った瞬間、少女がひと欠片の遠慮なく舌打ちした。思わず笑みが漏れる。

 

 

「やれやれ……待ちくたびれて、帰っちまおうかと思ったぜ」

「はいはい、寂しかったんでしょ? 待たせて悪かったわね」

「……ずいぶん余裕だな。その自信はどっから来るんだか」

 

 

 いつもと様子が違う気がするのは気のせいだろうか。てっきり怒鳴りながら突撃してくるものと思っていたが、工場入口にいたときとは打って変わって落ち着いている。

 それならそれで好都合。ヒートアップしすぎて肝心なところでスタミナ切れなど望んでいない。

 

 

「ま、なんにせよ、ここまで辿り着いたことは褒めてやるよ。ネコやダイゴから言わせりゃまぁ合格点……って話らしいが――俺はやっぱり、自分でたしかめないと気がすまねぇタチなんでな……」

 

 

 剣を抜く。抜き身になった自分の分身は熱を吸収し、工場内の揺らめく空気を金色に染めた。

 

 さすがに予想はできていたようで、13班は腰を落として構えを取る。

 

 

「テストやらはまだ終わってないって?」

「そう、これが最終試験ってワケだ……!」

 

 

 全て明らかにする。そのために、全てをぶつけよう。

 

 

(見てろ、アイテル。俺もこの目に焼き付ける)

 

 

「狩る者」。愛する者の希望になりうる存在の力を。

 13班の二人が本当に、本物なのであれば。ここで命を燃やす価値はある。

 

 

「三対二でも手は抜かねぇ。さぁ戦ろうぜ、13班!」

 

 

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