2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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SKYとの戦闘開始!

THE ORAL CIGARETTES様の『狂乱 Hey Kids!!』を聴きながら作業してました。
ノリが良くてかっこいい曲で、それぞれ因縁を抱えながら何度もぶつかり合って後に好敵手になっていくシチュに合うと思います。歌の一部もこのときの戦闘BGMに似て、スピード感と哀愁が入り混じっている感じがあって好きです。



22.空を越えろ - VS タケハヤ・ダイゴ ・ネコ -

 

 

 

 ネコとダイゴだけなら勝つ自信はあるが、そこにSKYの真打ちとなるタケハヤが加われば話は別。確認しなくともこっちが不利だ。

 シキがタケハヤとダイゴを迎え撃ち、ミナトはネコと戦いつつできる限り援護をする。二対三の状況は考える余地もなくこの流れを生んだ。

 頭は変わらず悲鳴を上げている。けれど今は痛みを感じる余裕もない。

 止まることなく思考と反射を繰り返し、拳と剣を避け、防ぎ、叩き落とす。

 カウンターで撃ち出した正拳突きをかわすタケハヤは眼を爛々と光らせていた。

 

 

「はっ、成長期だな! 前より速くなってんじゃねーか!」

「べちゃくちゃうっさい! バカにしてんの!?」

「バカになんかしてねぇさ。だが……力のほうは敵わねえだろ?」

 

 

 鍔迫り合いの均衡が崩れる。タケハヤが身を引いたことで前のめりになったシキの体を影が覆った。ダイゴの太い腕だ。 

 

 

「っ──」

「危なーーーいっ!!」

 

 

 真横から頭上に大きな氷塊が飛んでくる。

 振り下ろそうとしていた腕を弾かれ、ダイゴの動きがほんの一瞬止まる。

 隙を見てダイゴの腹を狙うが、こちらもタケハヤの剣が突き出されたことで脚を止められた。

 

 

「余所見とかずいぶんヨユーじゃん!」

「余裕じゃないわ手一杯だああー!」

 

 

 視界の隅では、ミナトが両手を振り回してネコと属性攻撃の応酬を繰り広げている。

 氷が瞬く間に溶ける異常な暑さと休むことを許さない目まぐるしさ。普段自己主張しない相方もそれなりにストレスがたまっていたようで、ここぞとばかりに発散している。

 

 

「あのねーこっちは異界化に巻き込まれた人たちの救助も兼ねてダンジョン進んできたのー!! どこかの誰かさんが妨害工作したからいつもよりずっとハードだったのー!! これで余裕あるように見えてるんならあなた眼鏡かけてる意味ないよねえっ!!」

「こっちだって好き好んでこんなあっついとこ来たわけじゃないっつーの!! 悪いのは全部ムラクモなんだからあっ!!」

「だっから何があったかっていう肝心な部分を省いてイチャモンつけられたって対応に困るだけなんだってば!! 語るだけ語って相手を責めたいタイプのクレーマーじゃないんだからさ!! 説明しないまま好き勝手言うわ妨害するわ振り回すわ妨害するわタゲってくるわ妨害するわいい加減にして!!」

「そんなに妨害してないでしょお!?」

「した!」

「してない!」

「したっ!!」

「してないっ!!」

 

 

 道中のタケハヤたちとのやりとりで感じていたが、ミナトは素だとそこそこはっちゃけるタイプらしい。それはそれとして、諸々の音が反響しあって非常にうるさい。

 これだけ騒いでいるのに上から帝竜が降りてこないのが不思議になってくる。もしかして、離れた場所に立ってこっちを観察するアイテルのように、帝竜も自分たちの戦いを見ているのだろうか。自分の元にたどり着くのはどちらか高みの見物を……、ああ、くそ。

 

 

「むかつく」

 

「あ?」

「むかつく!!」

 

 

 呟きをタケハヤに拾われ、怒りに任せて拳を振るう。ナックルと剣が衝突してギャリンと音を立てた。

 

 

「暑すぎるこんな場所も帝竜も! 自分勝手なことするあんたたちも! わけわかんないこの頭痛も!」

「頭痛だぁ?」

「ストレス溜まってんのよ、誰かさんのせいで!!」

 

 

 後ろに引き付け、半回転して繰り出した拳を受けてタケハヤが浮く。蹴り飛ばして開けた間にダイゴが割り込み、デストロイヤー同士の拳が衝突して空気を振るわせた。

 

 

「邪魔するなっつってんでしょ! 本当にドラゴンとまとめて討伐するわよ!」

「敵とみなしてくれて構わん。俺たちにとっても……ムラクモは敵だ」

「上等……ぶっ飛ばす!!」

 

 

 ダンジョンの熱に感化されるように怒りが燃え上がる。

 工場の攻略と二対一の戦闘で疲労は極限。拳に力を込められているかもわからない。まだこっちの殴り合いは長引きそうだ。

 一方、サイキック同士の戦闘は佳境に入りつつあった。ミナトが氷の連撃に雷を混ぜ、先にスタミナ切れを起こしたネコが押され始める。

 さらに隙を見てとがった指先がこっちを差せば、体を治癒の光と冷気が包み込む。戦いながらの支援にも慣れてきたらしい。

 相方の仕上がり具合に舌を巻く。ならここで自分がへばるわけにはいかない。

 

 汗の飛沫が熱気に浮かされ蒸気となる中、タケハヤがちらりとサイキック側へ視線を飛ばす。かと思えばミナトに向かって駆け出した。

 

 

「ミナト! そっち行った!」

「了解!」

 

 

 ミナトも冷静に目でタケハヤを捉えて薬を飲む。

 

 

「せいあぁっ!!」

「むっ……!?」

 

 

 気合い一声、ダイゴをタケハヤたちに寄せるように蹴り飛ばす。

「射程圏内!」指先に紫電を躍らせるミナトを見て、タケハヤは咄嗟にネコを背後に庇った。

 ミナトを中心に雷の波紋がほとばしる。以前目にした池袋の死闘、帝竜ジゴワットを彷彿とさせる放電がSKYの三人を吞み込んだ。

 

 

「うげ、マジかよっ……!」

「あにゃにゃにゃにゃっ!?」

「ぐぬぅ……!!」

 

「つ、追撃ぃ……」

「言われなくても!」

 

 

 時間差でスタミナが切れたミナトが膝を折る。入れ替わりに跳躍して足を振り上げ容赦なく突っ込む。

 振り下ろした踵は三人が散り散りに跳んで避けられた。重い音を立ててへこんだ金属の床を蹴り上げ、再びタケハヤとダイゴに殴りかかる。

 

 

「タケハヤ、ダイゴ──」

「させるかーっ!!」

「にゃあ!?」

 

 

 仲間のカバーに入ろうとするネコにミナトが体当たりを喰らわせた。熱された地面に転がった女二人は熱い熱いと跳び上がり、互いに涙目でにらみ合う。

 

 

「もう何なのアンタ!? 超うざいんだけど!」

「ならさっさと降参してよ! そうすれば私たちは帝竜を倒して帰るし、そっちだってここから出られるでしょ!?」

「降参~!? 降参なんて誰がするかあっ!」

 

 

 ネコが腕を振り下ろす。が、指先から出た冷気は雀の涙程度ですぐに蒸発した。

 理由は至極単純。長期戦で休むことなく属性を放ち続けたことによるマナ切れだ。

 

 

「にゃああー! ウソでしょーっ!?」

 

(チャンス!)

「よし、この勝負、私の勝ち──」

 

 

 だ! と言って伸ばされたミナトの指先。

 クロウから飛び出した冷気もまた、雀の涙だった。

 

 プシュウ、と気の抜ける音を立てて冷気が消える。

 

 

「え」

「……あっはっは! アンタだって同じじゃん!」

「う、うるさいな!」

 

 

 ミナトとネコはしばらくの間自分の手を見つめる。

 ミナトはヒップバッグに手を突っ込んでみる。メディス系は残っているが、マナを回復する薬は底を尽きていた。

 もちろん、ムラクモという異能力者に関する組織のバックアップがないネコも、マナ水を持っているはずがない。

 それぞれ仲間のサポートに回ることも考えたが、武器をなくしたサイキックが乱入したところで邪魔になるだけ。

 なら、残された手段は一つで、この局面では意地を張っている場合ではないわけで。

 

 

「あああもおおーっ!!!」

「んにゃあああああーっ!!!」

 

 

 苛立ちによる絶叫をあげ、超能力者二人はまさかの取っ組み合いを始めた。

 

 一方の白兵戦、シキが休まず連撃を仕掛け続け、無理矢理ねじ込んだジャブがタケハヤに当たる。

 大した手応えはない。けれど予想以上に効いたようで、タケハヤは胸部を押さえて咳き込んだ。

 

 

「っぐ……がは!」

「タケハヤ!」

 

 

 ダイゴのカウンターパンチに吹き飛ばされる。溶けかかっている靴底で着地しながら、シキは敵の大将の様子を見て眉をひそめた。

 何やら様子がおかしい。剣を支えに立ち上がろうとするタケハヤの顔は苦悶に歪んでいる。殴られた痛みだけじゃないような。

 

 

(まさかあいつも)

 

 

 何か抱えているのかと疑問が浮かぶ。

 けれどじっくり考えている暇はない。なかなか崩れない相手の動きが鈍ったのなら、卑怯と思われようがそこを叩かなければ。

 当然相手も同じ考えに至るだろう。ダイゴがタケハヤを背後に立ちふさがる。

 舌打ちと同時にタケハヤが顔を上げる。苦しみさえ楽しむような歪な笑顔だった。

 

 

「へっ……これ以上ちんたらしてらんねェな。──ネコ! ダイゴ! やるぞ!」

「ああ」

 

「ちょっと待って! ……あーもー、邪魔だっつの!」

「あいたっ!?」

 

 

 拙い殴り合いを解き、ネコが体を縮めてミナトを蹴り飛ばす。

 

 

「待……、っ!?」

 

 

 タケハヤたちのもとに駆け出すネコにシキは追撃を仕掛けようとするが、しっかり踏みしめたはずの片脚ががくんと崩れる。

 膝頭に力が入らない。太腿が重い。

 さらに追い討ちをかけるように、鳴りを潜めていた頭痛が強くなってきた。

 

 

「くそ、こんなところで……っ!!」

「シキちゃん、大丈夫!?」

 

 

 事態を察知したミナトがシキに駆け寄る。

 立ち上がることができずに悶える少女を支える中、SKYはためらうことなく準備を始めていた。

 遠慮はなしだと言うようにタケハヤがこっちを見て笑う。ダイゴの体から闘気が立ち上り、タケハヤとネコに送られる。ネコが汗を流し、ふらつきながらもクロウにマナを溜め出した。

 ネコを台風の目にして、フロア全体を冷気がうねり、暴れ始める。

 マナが尽きて疲労困憊のはずなのに、どこにそんな力があるのか。灼熱から極寒に塗り替えられる空気が、目の前のサイキックに集まっていく。

 

 

(まずい!)

 

 

 頭の中で警鐘が鳴らされる。

 SKYはここで勝負を決める気だ。S級の三人は今まで見た攻撃の中でも最大の決定打、全身全霊の一撃を放とうとしている。

 本能が思考を飛ばして避けられないと結論を告げていた。

 

 

(どうする?)

 

 

 防ぐか。シキなら……、ダメだ、負担が大きすぎる。万全でない今の状態では、どんな一撃も耐え凌いできた彼女でも今度こそ倒れてしまう。

 

 

(ならどうする!?)

 

 

 逃げるか。ダメだ。ここで引き下がれば負けを認めるのと同義。帝竜を倒すどころの話じゃなくなる。

 

 

(どうする……どうする、どうすればいい!?)

 

 

 こんなところで諦めてたまるか。SKYを倒し、帝竜を倒し、都庁に帰るんだ。誰一人欠けることなく。

 ほんの少しでもいい。一パーセントでもいいから、可能性の高い選択肢を。

 絶対的な相手の冷気を打ち破る何かを、何か──

 

 

 ──火に対してトラウマがあることはキリノから聞いたし、あんたが努力してるのは知ってるけど。もし、火しか効かない相手が出てきたらどうする?

 

 ──ここで怯えてたらそれこそ何も変わらないだろ! やるしかないんだ!

 ──火なんかどうでもいい! 怖いならそんなの後でいいじゃんか!

 

 ──コラアアアアッ!!

 ──戦うって決めたんなら何が相手でもやり通せ。覚悟決めんのは後からでもいい。背中預けて戦場に立ってる相方を忘れるようなことはするな。

 

 

 ああ、なるほど。

 

 今がそのときか。

 

 

「……シキちゃん、ちょっといい?」

「……?」

 

 

 頭痛に苛まれ、返事もできずに顔を上げるシキに顔を近付ける。

 耳にささやかれた簡潔な提案にパートナーの少女は目を見開く。次いで何かを言おうとして、口を引き結んだ。

 

 

「……わかった。それが一番、可能性がある」

「お願いね」

「そっちこそ、踏ん張りなさいよ。……任せたからね」

 

 

 シキがセーラーの赤いスカーフを解き、力を込めて渡してくる。

 

 

「作戦会議は終わりかぁっ!?」

 

 

 ネコの冷気がタケハヤの剣を包む。黄金の芯が薄青の刃をまとい、太陽のような煌めきが目を刺した。

 

 

「SKYを、舐めんなよぉ……」

「ネコ! ……いけ、タケハヤ!」

 

 

 限界に達して倒れるネコをダイゴが受け止め、タケハヤの背に檄を飛ばす。

「見てろ、アイテル!」と叫んでタケハヤが一歩踏み切った。

 

 同時にミナトも霜柱が立つ地面を蹴り上げて走り出す。シキの左腿からコンバットナイフを、自分のヒップバッグからDz回収用のナイフを抜いて。

 二本のナイフを重ねて逆手に持ち、シキのスカーフで手ごとキツく縛り上げて固定する。

 

 

(大丈夫……集中、集中)

 

 

 散々悩まされてきた。何度も克服しようとして、失敗しては何度も吐いた。

 だから、なんだ。

 トラウマがなんだ。マグマスライムにカザンガメ、マテリアルドラグにマシーナルドラグ。サラマンドラだって。熱も炎も、何度もこの身に浴びてはなんとか退けたからここまで来られたんじゃないか。

 今度こそ打ち勝ってやる。帝竜にだって勝ってやる。全部倒して、全部超えて、三月三十一日の前の平和な世界へ戻ってやる。その歩をここで止めるわけにはいかない。

 

 たとえ先に待ち受けている敵が、炎を扱うドラゴンだとしても。

 自分にトラウマを植え付けたウォークライが相手だとしても。

 

 

「ミナト、いけっ!!」

 

 

 自分の後ろには、腕っぷしですべてを切り拓いてきたパートナーがいる。その彼女が「何かを為せる」と肯定してくれた手が、自分にはある。

 

 

(シキちゃんがいてくれるなら!)

 

 

 ──負ける気はしない!

 

 

「来い!!」

 

 

 タケハヤと自分に向けて叫ぶ。

 なけなしのマナを振り絞る。腹の奥底でエネルギーが奔流を作り、体中を駆け巡って指先に殺到するのがわかった。

 

 クロウから溢れ出て両手ごとナイフを包むのは、青ではなく赤。

 今の今まで、恐怖の象徴だった炎。

 けれど、この瞬間は。

 

 

「くらえ! これが俺たちのッ!!」

 

「これが……私たちのっ!!」

 

 

 タケハヤが跳躍し、剣を振り下ろす。

 ミナトは頭上に迫る刃に合わせて腕を振り上げ、ナイフを衝突させた。

 

 ビキッ、とナイフに亀裂が走る。手首と指が嫌な音を立てて軋む。

 

 単騎でタケハヤを撃破できるなんて思っていない。ナイフを二本持ったのも、スカーフで手を固定したのも、炎もすべて、ただの抵抗だ。

 やることは一つ。

 

 この攻撃を、全力で。

 

 

「っ~~~逸らす!!」

 

 

 ナイフの刃が欠け、ほんのわずかに頭上の剣が滑った。

 見逃さずに身をひねって腕を外側に振り切る。

 

 タケハヤの剣が斜めに逸れる。切っ先が頬をかすめて地面に叩き付けられた。

 

 長剣と打ち負けたナイフが割れる。冷気を受け止めて炎が消えていく。デコイミラーもゼロ℃ボディも断たれ、最後にクロウが砕け散る。

 剣戟の余波のみでミナトは吹き飛ばされ、

 

 

「今!!」

 

 

 声を重ねて入れ替わりにシキが飛び出した。

 

 

『向こうのサイキックはもうマナ切れだから、あれだけ大きな技を使えばもう戦闘には参加できなくなるはず。それで残りの二人だけど……私が道を作るから。シキちゃんはいつも通り、ぶっ飛ばしちゃって!』

 

 

 作戦とは言いがたい単純な策。けれどたしかに道は作られた。

 あとはいつも通り、ぶっ飛ばすだけ。

 

 技を放った本人にも相当な負荷がかかったのだろう、タケハヤは剣を振り下ろしたまま動けずにいる。

 懐に飛び込む。見開かれる彼の瞳に、汗を散らす自分の顔が映った。

 

 遠慮はなしだ。全て打ち込め!

 

 

「だっ……ああ!!」

 

 

 ジャブ、正拳突き、ダブルフック、前蹴り、膝蹴り。

 一打一打が限界を超えて放たれ、胸板に嵐を見舞われたタケハヤが息を止める。

 血混じりの唾液をわずかに吐きながらも彼は崩れず、剣を振り上げた。だが遅い。

 パートナーが死に物狂いで最大の一撃を凌ぎ、つかみ取った好機。逃がしてたまるか。

 

 

「歯ぁ食いしばれ!!」

 

 

 地面を砕かんばかりの跳躍。

 体全体で繰り出した回し蹴りがタケハヤの胴に埋まる。

 そのまま勢いを殺さず、目の前に迫っていたダイゴの鉄拳に右腕を撃ち出す。

 

 

 拳と拳が激突し、

 

 

「ぐ、」

 

 

 自分のナックルが割れ、

 

 

「あっ、」

 

 

 相手のグローブの鉄鋲が砕け、

 

 

「──あああああっ!!」

 

 

 血を噴く小さな素手で大きな拳をはね除け、ダイゴを殴り飛ばした。

 

 

「がはぁっ!」

「ぐあ……っ!!」

 

 

 剣士が沈み格闘家が崩れる。

 

 静寂が訪れた場で唯一、立っているのは一人だけ。

 

 

「……勝っ……、……っ──」

 

 

 勝った。

 

 シキは血にまみれた拳を握り、短く吠えた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 どふぼすごすずどばんだだだっっっ、と鈍い殴打音が炸裂している。

 

 

「トニー! 今何時だと思ってんだ。早く寝ろよ!」

「待ってくれ、興奮して眠れねえんだ! もう少し暴れさせてくれ!」

 

 

 サンドバッグを文字通りぼろ雑巾のようにしている仲間に呆れてため息をつく。

「色々音が聞こえてきて怖い」と涙声のクレームが寄せられ、リーダーに命令されてトレーニングルームを覗けば案の定だ。ある者たちはマシンガンで的を蜂の巣にし、ある者たちは炎や氷をまき散らし、部屋の中央にあるリングでは、数人がカンフー映画のように奇声を上げて格闘戦を繰り広げている。

 どいつもこいつも熱を入れすぎだ。明日、いや、もう今日か。今日はついに、国に巣食う最後の帝竜の討伐作戦だというのに。体力を消耗しすぎて動けなくなったらなど考えてもいない。

 

 

「……? いねぇな」

 

 

 闘志を燃え上がらせて暴れているメンバーを数えていくが、あと一人足りない。彼女も仲間たちのように血の気が多く、この騒ぎにじっとしていられるはずがないのだが。

 じっと目を凝らして探してみる。いた。トレーニングルームの外、窓のガラス越しに彼女の姿を捉える。

 彼女は剣を振っていた。インナーと同じ、お気に入りのビビッドピンクの刃が空を斬って鋭い音を連続させる。

 他の仲間とは違い息を切らして静かに斬撃を放ち続ける姿を見て、無意識にため息を吐いてしまう。呆れではなく感嘆だ。やはり、素質は頭一つ飛び抜けている。

 だからこそもったいない。本人が自身の力を自覚せず、ひたすら自分のあとをついてくるだけなのは惜しい。

 

 

「……おい! いつまで訓練してる気だ?」

「え?」

 

 

 声をかけると、彼女──妹は剣を振るのをやめる。

 得物と同じく鋭く研ぎ澄まされていた顔が、自分を見てぱっと輝いた。

 成人しているのだからもう少しドライに接すべきかもしれないが、真っ先に走り寄ってくる様は幼い頃からそのままだ。これだからあんまり邪険にできなくて困る。

 変わらないなと思いながら、軽く手刀をくらわせる。

 

 

「睡眠はちゃんと取っとけ。いよいよ本番なんだぞ」

「わかってるよ。でもさ、あと一匹だって思うとウズウズしちゃって……! あーあ、もう最後か。思ってたより手応えなかったね。物足りない」

「こんな災害、早く終わらせるに越したことはないだろ。それに忘れるな。俺たちだけじゃなくて、軍のバックアップと、俺たちを信頼してくれたエメル女史の協力があってここまで来れたんだぞ」

「でも、ドラゴンを狩ったのはアタシたちでしょ? 普通の人間じゃできない。普通の軍人でもできない。他の誰でもないアタシたちが帝竜を倒してきたんだから」

 

 

 相変わらずの自信だ。それが妹の長所ではあるが、彼女の場合は若干周りを見下してしまうきらいがある。もう少し謙虚になってほしいのだが。

 まあ、上がってきている調子を削いでしまうのは気が引けるし、注意や説教諸々は最後の帝竜を倒した後にしよう。

 そういえばと妹が汗を拭って首を傾げる。

 

 

「夕飯食べてるときに、エメル女史と大統領が日本と話してたんだよね。あっちはどうなってんの?」

「ああ、なんとかやってこれてるらしいぜ。リーダーたちに聞いたが、帝竜を三体倒したみたいだ」

「三体……? ()()!? ()()()()?」

 

 

 あははと高い笑い声が上がる。声は案外大きく響いて、なんだなんだと仲間たちが窓際に寄ってきた。

「日本人って、ほんっとルーズ!」と語る妹の話を聞き、彼らも一様に笑い始める。

 

 

「言ってやるなよ。向こうが締まらないのはいつものことじゃないか!」

「そうそう、日本だけじゃない。どこの国を相手にしたって、世界で一番優れているのは俺たちステイツのソルジャーなんだから」

「帝竜を倒したら、日本に援軍として行くんだっけ? もうこの際、世界中のドラゴン倒して回って、世界中に恩売っちゃえばいいんじゃない?」

「むしろ、EUもダメだったのにまだ持ちこたえてるんだ。褒めてやろうぜ」

 

「……本当に遅いと思うか?」

 

 

 わざとらしく声を低くして呟いてみる。

 大して響いてもいなかった一言に、全員の笑いがぴたりとおさまった。

 

 

「日本は、俺たちアメリカよりも戦力が少ない。ドラゴンに通じるのは近代兵器じゃない、俺たち異能力者の力だ。向こうの自衛隊は優れた戦力だが、こっちと同じで後方支援とマモノ退治が限界だろう」

「……向こうの異能力者は何人いるの?」

 

「メインとしてドラゴンと戦ってる異能力者は……たった二人だそうだ」

 

 

 全員から表情が消えた。

 誰かが「はあ?」と間抜けな声を上げる。

 

 

「しかもこの間は、ダンジョンの攻略から帝竜の討伐まで、その二人がやり遂げたらしい。どうだ、帝竜三体討伐は、遅いと思うか?」

「……何それ」

 

 

 妹の声から抑揚が消えた。ぐっと眉間にしわを寄せ、吊り気味のまなじりがさらに吊り上がる。相手を強く意識した証拠だ。

 

 

「そいつら、どんなヤツなの?」

「そこまでは知らねぇよ。大統領が、若い女の子二人組だとは言ってたけどな。どんなかわいこちゃんなんだろうなぁ」

 

「……」

 

 

 全員が沈黙した後、背を向けて部屋の中に戻っていく。

 数分前までの興奮は消えている。ただ、ホルスターから銃を抜く動作が、抜刀が、構えをとる動きが、それまでよりも機敏で重く、鋭さを増していた。

 日本からの報はいい火種になった。仲間たちは皆、日本人の異能力者を競争相手とみなしたみたいだ。かくいう自分もかなり気になっているけれど。

 アメリカと日本は半日ほど時差がある。現在の時刻から考えると、向こうは昼と夕方の間あたりだろう。たった二人の異能力者は今もドラゴンたちと戦っているのだろうか。

 

 それはそれとして。

 

 闘牛が地を殴るような足音を聞き取り、妹の首根っこをつかんで素早く部屋から退出する。

 暗闇に潜む自分たちには気付かず、眉間にグランドキャニオン級のしわを刻んだリーダーが通り過ぎる。彼は部屋の扉を破る勢いで開け放ち、大砲もかすむ声量で怒鳴った。

 

 

「おまえらあっ!! いつまで訓練続けてんだ、さっさと寝ろっ!!」

『イエッサー!!!』

 

 

 ヒートアップしていたメンバーへの一喝が深夜の空に轟く。

 あいつらはどこに行ったと自分たちの名前を呼ぶ声に、妹が肩をすくめる。

 

 

「あっぶなー……ほんっと、リーダーってばキレるとカバみたいに凶暴だよね」

「言ってやるな。俺たちをまとめて最前線に立ち続けてんだ。苦労してるんだよ」

「……」

「何だ?」

「いっそのこと、リーダーになっちゃえばいいのに」

「俺が?」

「絶対向いてるよ」

 

 

 何を言うのかと思えば藪から棒だ。ただの一隊員に過ぎない自分がリーダーとは。……まあ、今のリーダーに不満はない、と言えば噓になるが。

 他とは少しだけ出自が違う自分たちに対し、リーダーは若干風当たりが強い。差別とまではいかないまでも、客観的に見れば頭が固い印象はある。

 子どもなんだよと妹が鬱憤を口にした。

 

 

「いい年してカッコ悪い。……あたしたちさ、ドラゴンとの戦いでかなり強くなったでしょ。みんなも認めてくれてる。この戦いが終わって落ち着いたら、決闘でもして、リーダーの座、もぎとってやろうよ!」

「おまえなー。そういうことは軽々しく口にするもんじゃないぞ。わざわざ手を振ってアピールしなくても、」

「神様だけが知っていればいい。でしょ?」

「わかってるならオーケーだ」

 

 

 部屋からはずいぶん距離を取ったのに、静まらない仲間たちの熱気とリーダーの怒声がまだ響いてくる。ついには戦闘音まで聞こえ始めた。

 危うく難を逃れた兄妹は笑いを嚙み殺し、あくびをひとつして寝床へ向かった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「ミナト!」

「……うぐぅ……」

 

 

 場外ホームランと言っていい勢いでタケハヤにかっ飛ばされたミナトは、遠く離れたフロアの端で伸びていた。

 軽く叩いても起きないので、残り少ない飲み水でタオルを濡らし顔を拭く。何度か頬をつねったところで、パートナーはやっと目を覚ました。

 

 

「ぅん……あぇ……シキちゃん」

「終わった。私たちの勝ち」

「え……え!?」

 

 

 不自然な動きで体が起こされる。

 SKYの三人が倒れていることを確認し、数秒呆けて、その目ががっと見開かれた。

 

 

「や、やった……!! やっと終わったんだ、三度目の正直だあ!」

 

 

 渋谷、首都高、そしてここ国分寺。三回に至る真剣勝負を制したことにミナトは素直に喜ぶ。それも束の間、笑みはすぐ歪みに変わり、中途半端に開いた両手が目の前に降ろされる。

 タケハヤの一太刀によってクロウは破壊され、指を覆う物は何もない。熱気の中にさらされる手は、右の親指に人差し指に中指、左の小指と薬指が青紫に腫れ上がっていた。

 

 

「あちゃあ……骨折してないといいんだけど……」

「グロテスクね」

「まあ、指が全部くっついてるだけラッキーか。クロウが指先にはめるやつだったからグリップガード代わりになってくれたみたい。ケイマさんにお礼を……あれ、シキちゃん、右腕どうしたの? 変に伸びてるけど」

「右肩外れた」

「脱臼!? って待った待った、無理矢理はめないほうがいいよ!」

 

 

 底をついた薬と体力、体の負傷。帝竜戦並みに消耗が激しい。改めて二対三でよく勝てたなと思う。負けるつもりで挑んではいなかったけれど、下手をすれば帝竜よりも厄介な相手だったから。

 

 

「……合格……だな……さすが、ホンモノの『狩る者』ってか」

 

 

 補給も兼ねて一度都庁に帰還したほうがいいかもしれないと話し合う視界の端で、意識を取り戻したタケハヤたちが身じろいだ。

 

 

「どうだアイテル、見てたか?」

「……ええ、タケハヤ」

 

 

 SKYと13班の戦いを最初から最後まで見ていたアイテルが、ゆっくりと顔を歪めてタケハヤを助け起こす。

 

 

「ごめんなさい……あなたに、また無理をさせてしまった」

「いいんだよ……ニセモノがホンモノを試すのが一番だからな」

 

「……一段落したことだし、いい加減詳しい事情を聞いてもいい?」

 

 

 ゼロ℃ボディが切れ、何の加護もないまま熱気の中で汗を流すシキが息を吐いた。

 

 

「あんたたちには吐いてもらいたいことが山ほどあるんだけど」

「あ? ああ……いいぜ。長話はできねえが、ちょっとだけなら付き合ってやるよ」

「じゃあ、あんたがさっき言ったのはどういうこと? ニセモノって、何の? あんたたちはこの勝負で何を試したのよ」

「ああ……俺たちは、おまえら狩る者の模造品なのさ。人工的に作られた力……ニセモノの天才戦士、なんてとこか」

 

 

 遠慮を知らず矢継ぎ早に出されるシキの質問に、タケハヤは肩をすくめて答える。

 シキの蹴りを喰らった鳩尾をさすって荒い息を整えるタケハヤに代わり、アイテルが口を開く。

 

 

「この星には、ごく稀に……星の意思を受け、飛び抜けた力を持つ戦士が生まれてくる。それは、この星に訪れる災厄──竜に対抗できる、S級の力を持つ戦士」

「力? それって異能力……異能力者のこと?」

「ええ、そう。タケハヤたちとの戦いを見て確信した……あなたたちは、確かに……『竜を狩る者』」

 

 

 糸と糸が結ばれていくように、謎と謎がうっすらと明るみに出ていく。

 謎の名称「狩る者」。そしてアイテルとタケハヤたちが確認したかったこと。

 シキが面倒そうに頭をかき、手櫛を通して髪を払った。

 

 

「つまり、私たちはS級の力を持つ戦士で、その力で竜を狩る者って認定されたってこと?」

「……フン、そういうことだ。おまえらが、竜を狩れる特別な存在ならそれを自覚してほしいってな……アイテルの頼みで、それを伝えにきたのさ」

「それは……わざわざご苦労様。でも、」

 

 

 タケハヤたちの想いや苦労を一蹴するようなつもりではなく、ただ疑問に思っただけなのだろう。シキはそんなのと続ける。

 

 

「S級の異能力者なんてドラゴンが来る前からわかってたことだし、ドラゴンを狩るのは今まであたりまえにやってたことじゃない。見物してるだけの奴に自覚しろなんて言われても大きなお世話だっての」

「ちょ、ちょっとシキちゃん、ストレートすぎ……」

「だってそうでしょ。現に東京にいる帝竜を倒してるのは私たちだじゃない。その上での自覚って何。ドラゴンとの戦いもこいつらとの戦いも黙って見てたあんたは、私たちにどんな注文つけるつもり?」

 

 

 右肩が脱臼していても相変わらずの頭痛で脂汗をかいていてもお構いなしだ。言葉だけは火力が落ちないシキに、タケハヤとネコの「かわいくねぇー……」と脱力した声が重なる。

 火の玉ストレートで文句をぶつけられたアイテルだけは、この場にいて唯一汗をかいていない。頬が上気している様子もなく、ここまでくると血が通っているのか怪しくなるほどだ。

 長いこと閉ざされていた桜貝のような唇が、ようやく言葉を紡ぐ。

 

 

「帝竜を倒して、終わりではないの」

「は?」

「この星を、……かつてあった私たちの星を、ドラゴンは──」

 

 

 不意に、がはりと息を乱暴に吐く音が差し込まれた。

 視界の中でひざを折ったのはアイテル……の隣にいたタケハヤだった。落ち着きつつあった呼吸がぶつ切りにされ、熱せられた床に汗と唾液が飛び散る。その中に赤色が混じっているのを見て、仲間たちが胸を押さえる青年に駆け寄った。

 

 

「タケハヤ……!」

「……だ……大丈夫だ……」

 

 

 体に添えられる手に応えながら上げられるタケハヤの顔はひどくいびつだった。単純な形容詞では表せない、悔恨、怨嗟、痛み、懇願。数えきれない何かが表情筋をゆがめているような。

 

 

「ち……くしょう、くやしいったらねェぜ……あの狂ったババアにいじくりまわされて……押し付けられたのが、ニセモノの力だったなんてな……」

「ババア、って……」

 

 

 ババアなんて乱暴な呼び方。ファーストコンタクトのときからタケハヤはじめSKYの人間がそう言い表していた人物。人をおちょくることはあっても中傷はしない彼らが唯一、あしざまに罵っていた人間。

 記憶の中に、一人だけいる。

 

 

「……ナツメのこと?」

 

 

 シキがあっさりと自分たちの頭目の名前を出す。間違いであってほしいというミナトの思いは、タケハヤの首肯であっさり打ち砕かれた。

 荒れた呼吸を落ち着かせ、タケハヤは仲間に支えられながらかすれた声でぽつりぽつりと語り出す。

 

 

「あの女の一族は昔から、ムラクモ機関ってS級の力を管理する組織の長だった。だがな、その長である自分がS級の力を持って産まれなかった……それが相当にお気に召さなかったらしい」

 

 

 ごつごつした手が自身の服をつかみ、めくる。

 汗をかいた肌に均整の取れた筋肉、脂肪が少ないため痩せているようにも見える体だが、目を引くのはそこじゃない。

 一本の縦線に数本の横線。その手術痕が何重にも刻まれた胴がさらされている。竜との戦いで傷を刻んだ自分たちとは違う。同じ生き物……であるはずの、人間の手によって刻まれた傷痕。

 ひゅっと息を呑む音がして、自分の喉からこぼれたものだと気付くのにしばらくかかった。水分を失い乾いて割れた唇は固まって動かない。

 そんな顔するなというように手を振り、服を適当に整えながらタケハヤは話し続ける。

 

 

「狂った人体実験を繰り返して、人工的なS級の力を作り出すことに、ずっとご執心だったよ。その実験台が、孤児だった俺たちなのさ」

「俺もネコも同じだ。親を失ったあと、ムラクモという機関に引き取られ、あの女の実験台となった。タケハヤを追って研究所を逃げ出すまで……痛みと苦しみの、地獄の日々だったよ」

 

 

 ダイゴが続き、ネコが渋面を作ってそっぽを向く。

 人体実験。ナツメ個人の独断か。それとも……他の人間も関わった、組織ぐるみのものだったのか。

 すっかり見慣れて描けるようにもなったムラクモ機関のマークがぐにゃりと歪む。今まであたりまえにあると思っていた地面が消え、奈落に突き落とされるような感覚が背筋を這い上がってくる。

 

 シキは思い出す。池袋にジゴワットがいると判明する前、キリノがタケハヤについて尋ねてきたことを。

 

 

『渋谷で、タケハヤに会ったと聞いた』

『おそらく彼は……ムラクモ機関について、何か言っていたんじゃないか?』

『彼とは昔、会ったことがあるんでね……ちょっと気になったんだ』

 

 

「……それ、キリノは関係あんの?」

「あのヒョロい眼鏡の兄ちゃんか? アイツはそこまでのタマじゃねェよ。……どうだ? 俺たちがムラクモを嫌う理由がわかったか?」

「まあ」

「とはいえ、今やムラクモは人類のための正義の組織みたいだからな……余計なちょっかいは、かけねえって思ってたのさ。だが気を付けな? あの女が望んでるのは、別のことかもしれねぇ」

 

 

 嘘を言っているようには見えない。今言われたことがすべて真実だとしたら、どれだけの無念を抱えて日々を過ごしてきたのか。

 なぜだろう。今まで戦ってきたドラゴンよりも、これから戦うであろうドラゴンよりも、ついさっき見せられた傷のほうがおぞましい。何年もかけて苔むしたように、熱気にさらされていたタケハヤの体が脳裏に焼き付いて離れてくれない。

 感じたことのない重苦しさに浸るシキの意識を、タケハヤが肩を回して鳴らした音が引き戻す。体の痛みは治まったようで、彼はふーっと一息ついて立ち上がった。

 支えるように傍らに立ったアイテルが、手をほんの少しだけこっちに向けて伸ばしてくる。

 

 

「もし、あなたたちがこの星のために戦ってくれるのなら……私は、あなたたちを導くことができる。どうかしら……私たちと一緒に、来ない?」

 

 

 三度目の誘い。今度は意味をわかっている分重さが違う。

 けれど時間をかけずにシキは首を振った。

 

 

「私たちは都庁が拠点。対ドラゴンに必要な物資も協力者も、現時点じゃそこ以外は考えられない」

「そう……そうよね。あなたたちには心強い仲間がいるものね。わかったわ……」

「それに、いっしょに行動するって言ったとしても」

 

 

 タケハヤに視線を向ける。彼は表情を緩めて肩を上下させた。

 

 

「……本心じゃねえだろ? 顔に書いてあるぜ。おまえには、おまえの仲間がいるはずだ」

「でも、まだ聞きたいことがある」

「なんだよ」

 

「あんた、首都高で私に言ったでしょ」

 

 

 ──ドラゴンの存在なんか知らない、あいつらが現れるずっと前から、どうしておまえはムラクモにいた?

 

 

「あれ、どういう意味?」

「……どういう意味、ってのは?」

「とぼけないで。私がムラクモ出身のムラクモ育ちっていうの知らなきゃ、あんな尋ね方しないでしょ」

 

 

 シキにとってはここからが本題だった。一歩踏み出し、早口で言葉を紡ぐ。

 

 

「私には昔の記憶がない。たぶん十年くらい前。これ、あんたたちとムラクモの因縁と関係があるの?」

「え、え? シキちゃん……?」

 

「十年前?」

「タケハヤ、それって……」

 

 

 ミナトが初耳だとパートナーを見て、ダイゴとネコがタケハヤを見る。

 少女も青年も仲間には応えず、互いの目を見つめあっていた。

 

 

「……あんた、私のこと、何か知ってんの?」

「……」

 

 

 言葉はなく。身じろぎもせず。ただまっすぐ射抜くだけの眼光にさらされていた青年の目が、ちらりと横にずれる。

 指にテーピングを施しながら首を傾げるミナトを一瞬映して、瞳はまぶたに閉じ込められた。

 

 

「……いや、知らねぇな」

「……」

「睨むなよ。ブサイクになってんぞ」

「ぶっ」

 

 

 ますます顔を歪めるシキにタケハヤは自身の眉間を指して笑う。

 一気に湧き上がる怒りに追求する気が失せる。ふんっと鼻を鳴らし腕を組もうとして、右肩が脱臼していたため左腕が宙をさまよう不自然な格好になった。それにまたタケハヤが笑い、シキはぎぎぎと歯軋りする。

 

 結論が出た。やっぱりこいつむかつく。

 

 

「もういい、もうどうでもいいわ。これ以上ここにいたら時間が無駄になる!」

「ああそうだ。こっちのことは気にせず、好きに戦えばいい。俺にとっちゃ……おまえが、おまえらが狩る者として戦ってくれりゃ、それでいいんだ。あーあ、言いたいこと言えてすっきりしたぜ」

「そうね、タケハヤ。私は遠くから……見守りましょう。私にとっては、あなたたちが竜と戦い続けてくれるのなら……それで充分よ」

 

 

 アイテルがゆっくりとうなずき、仮面のような顔に初めて感情を宿した。道は違えどムラクモが竜を狩ることは変わらない。だから希望は潰えないと安心した穏やかな微笑みだった。

 

 SKYとアイテルの四人は各々左右に退き、工場最上階に続くエレベーターを示す。この先に帝竜がいるとタケハヤはあごをしゃくった。

 

 

「頼んだぜ……とは言わねぇよ。おまえらは、おまえらの意思で戦えばいい。ただ、俺たちにはできなかったことをおまえらはできるんだ……それだけは、忘れないでくれ。……じゃあな、いってこい!」

 

 

 大人だ、とミナトは思う。

 もちろん彼らは自分より年上で成人しているのだろうが、そういう意味じゃなくて。今までの因縁も嫌な過去も、体に負う痛みもすべてひっくるめて想いをぶつけあった果てに、自分たちに笑みを向けてくれているタケハヤたちは大人だ。

 そんな彼らが背中を押してくれるのは、胸の内に新しい火が点くほど心強い。

 

 ……それを重々理解して。

 場の空気を壊してしまうことも承知つつ。

 

 

「ちょっと、いいですか」

 

 

 ミナトは真っ直ぐ手を挙げた。

 

 

「なんだよ、まだなにか」

「私たち装備が壊れて手とか腕とか怪我して体力消耗してマナもないし回復薬は尽きててこんな状態で帝竜に挑んだら瞬殺されると思うんですあと私火がトラウマでしてついさっきやっと使えるようになったはいいんですけど完全に克服できたわけじゃないみたいで今になって吐き気が出てきてるんですよ総じて言うとめちゃくちゃヤバい状態なんです三十分でいいので休憩させてくださあああい!!!」

 

 

 本日一番の心の叫びに、タケハヤたちが素で「あ」と声をこぼす。

 勇み足でエレベーターに向かい始めていたシキも、「……忘れてた」と脱臼した右肩をさすって戻ってきた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 脱出キットで生成した脱出ポイントから都庁に帰還し、治療(結局ミナトは吐いた)と装備の新調(ケイマとレイミは新作の武具が数時間で粉々になったことに涙を流した)、道具の補充を済ませる。

 

 数十分後、小休止を終えた13班は工場内に戻ってエレベーターに乗り込んだ。

 

 

「やっと帝竜か」

「長かったねぇ……」

 

 

 エレベーターの中で水分補給をしながら深呼吸する。自衛隊の後方支援がないのは前回と同じだが、今回はSKYとの避けられない戦いもあった。結局、帝竜までの道のりは今までと変わらず長かったと感じる。

 さあ、このエレベーターが止まれば、帝竜のいるフロアだ。気を引き締めなければと装備の確認をする。

 

 

『……なあ。あのさ、』

 

 

 シキが医師に接いでもらった右肩を回し、同じくミナトが看護師に接いでもらった両手の指のテーピングをたしかめていると、それまで沈黙していたミロクの声が聞こえた。

 

 

『アイツらの言ったこと……本当かどうか、わからないけどさ。おまえたちが竜を倒せる力を持ってるってのは、オレが保証するよ』

「ミロク? どうしたの、急に」

『……ずっと傍で、見てきたからな。だからなんにも心配してないぞ。この工場の帝竜も倒してやろうぜ!』

「言われなくてもそのつもりよ」

 

 

 エレベーターが止まり、扉が開く。一度大きく息をしてから降りる。

 さらに上に続く階段を上がって踊り場に出た瞬間、ざっと耳障りな音が響いた。

 反射的に耳に手を当てる。ひどいノイズが通信機を震わせていた。

 

 

『キリ……さん……これ……一体ど……なってる……ですか……!?』

『くそっ……こ……先は……!!』

 

「ちょっと、なにこれ……? キリノとアオイ?」

『な、何があった!? キリノ!! 応答しろ……キリノ!! おい、あっちはヤバいみたいだ。こっちの帝竜を片付けて、すぐ行かないと……』

 

 

 ミロクがくりかえし呼びかける。返ってくるのは変わらず砂嵐のような雑音だけだ。

 

 

『セ……パイ、聞こ……ます……か!? こち……には大量の……が……』

『いけ……い……逃……ろ……!』

 

「あ、アオイちゃん!? キリノさん!?」

『くそ、何が起きてるんだ!! 落ち着け……落ち着け……ミイナ、そっちはどうなってる? すぐにキリノの追跡を!』

『もうやってます! でも……何……? 港区ごと覆い隠すような物凄いジャミングが……!』

 

『13班は、引き続き帝竜討伐の任務にあたってくれ。こっちはこっちで、最善を尽くすんだ!』

 

「……!」

 

 

 どうしよう、と無言でシキを見る。

 焦りか頭痛か、少女は額を押さえながらくそっ、と吐き捨て頭上をにらみつけた。

 

 

「行くしかないでしょ。いつも通り、ぶっ飛ばしてやるわよ!」

 

 

 逸る気持ちが足を動かす。一息に階段を上がり切った二人は、ドラゴンもマモノも装置も、一切の障害物がない広大な部屋に出る。

 工場の中枢、ブレインルームと称されたフロアの中央にそいつはいた。

 

 

『こいつが工場の主……高熱の流体金属でできた帝竜か……!』

 

 

 工場の中で見た装置と同じ、菱形の赤いユニットから銀色の体が生えている。

 今までのドラゴンと違い、腕や足といった器官はない。歪な片翼に数本の尾、二本の長い首に目のない溶けかけの頭。それぞれが独立したように蠢き、自分の領域に踏み込んできた二人を捕捉する。

 

 

『キリノの件はこっちに任せて、13班は討伐に集中してくれ! ──頼んだぞ!』

「了解、すぐ片付ける!」

「りょ……了解!」

 

 

 合わせられたナックルがガンッと音を立て、クロウを装着した指先で氷輪が散る。

 帝竜トリニトロはアシンメトリーの体を大きく伸ばし、高熱で赤く染まる顎を開いて咆哮した。

 

 





帝竜との戦闘は次回から。

冒頭に出てくる人たちは2020-IIに登場する彼らです。
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