2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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文字通り話数的にも本編的にも折り返し地点。
4章はSKY戦がメインだったので、帝竜戦はペペロンチーノのようにあっさりと。

今回はどちらかというとサブクエも混ぜて捜索、シキの方に焦点を当てています。



23.ターニングポイント - VS トリニトロ -

 

 

 

 早く、早く。もっと早く。

 

 

「──はあっ!」

 

 

 気合いとともに氷の散弾を撃ち出す。

 息継ぎも忘れる早さで技を使えば消耗も早い。ミナトは早速マナ水を一本飲み干した。

 

 

『おいミナト、飛ばしすぎだ!』

「でも、早く倒して戻らないと!」

 

 

 正直、帝竜の存在はあまり意識していない。頭の中を占めるのは、数分前に通信が途切れてしまったキリノとアオイたちだ。

 ノイズと途切れ途切れの声ですべてを聞き取ることはできなかった。が、最後にキリノが「逃げろ」と叫んでいた。彼らに危険が迫っていると判断するには十分だ。油断しているわけではないが早くこの戦いを終わらせなければ。

 

 

『前方注意!』

 

 

 ミロクが叫ぶ。直後にトリニトロが顎を開き、大きな火球を連続して撃ち出した。

 横っ飛びに避けると火球は数秒前までいた場所に着弾し、金属でできた床を溶かした。

 足場の一部は太い金網でできていて下が見える。覗けばすぐそこでマグマが煮えているから、このまま床を溶かされ続ければ自分たちはこの中に落ちるだろう。

 攻撃をいちいち相殺していてはらちがあかない、やはり速攻で帝竜を倒すしかない。

 だが。

 

 

「んっ、の!」

 

 

 薙がれる尾の刃をシキが殴り落とす。

 竜の頭蓋すら砕く一打をくらえど尾は折れも割れもせず、ぐにゃりと曲がって元に戻るだけだ。

 

 

「くそ! 下の機械のドラゴンは倒せたのに!」

 

 

 マシーナルドラグも装置から生み出されたばかりの状態ではあったが、ちゃんと金属の固さを持っていた。

 対照的に、フロア中央で鎌首をもたげるトリニトロは流体金属。液体ではないが固体にもなりきっていない体は不気味な柔軟さを持っていて、散々物理攻撃を浴びせても崩れる気配すらない。

 

 

「シキちゃん、右肩は大丈夫!?」

「今はね。あんたこそ手は大丈夫なの?」

「私は直接殴るわけじゃないから平気……!」

 

 

 トリニトロは間違いなく火の属性を持っている。弱点の氷属性を扱うことに長けたミナトを主軸にぶつかるというのも視野にはある。だが後衛の射程では撃ち出されてから当たるまでの間に氷が幾分溶けてしまう。離れた場所にも氷は出せるが、相手を一気に削ることは難しい。

 かといって白兵戦に劣るサイキックが無理に接近するのも無謀。ようやくトラウマを乗り越えたもののミナトはまだ火が苦手だ。無尽蔵の火炎と、盾にも刃にもなる体を持つ帝竜の攻撃を捌くことはできないだろう。

 

 トリニトロが吠え、食事をするように口を動かす。体が赤く染まり、一部が溶けてぼたりと落ちた。

 

 

『こいつ、熱気を取り込んで力溜めと回復を同時に……! このペースじゃいくら攻撃しても倒せないぞ!』

「だから今速攻で倒すしかないって攻めてるんだけ……どっ!!」

 

 

 どれだけ攻撃を繰り返しても、熱で体を溶かして再生される。終わりの見えない攻防に精神が摩耗し、ついには都庁で打ってもらった痛み止めが切れて体が痛み出した。

 

 

(環境が悪すぎる!)

 

 

 逆サ都庁、池袋の山手線天球儀、四ツ谷の常夜の丘。どのダンジョンも帝竜のもとまで行けばこっちのものだったが、ここ国分寺灼熱砂房は違う。街の入口からダンジョンの中枢まで例外なく熱気で満たされていた。その熱を利用し、トリニトロは高熱の流体金属という体で顕現している。

 意のままに世界を塗り替える力。帝竜は心臓で、広大なダンジョンそのものが相手の体。

 空間や環境が帝竜の味方をしている。長期戦に持ち込まれたら勝てない。

 

 シキの拳だけではダメ。ミナトの属性攻撃だけでもダメ。自分たちの最大火力を合わせ、なんとか好条件で撃ち込まなければ……。

 

 

『熱、金属……弱点は……、……そうだ!』

 

 

 同じように考えを巡らせていたミロクが声を上げる。

「聞いてくれ!」と呼びかけられ、シキとミナトはトリニトロの猛攻をなんとか凌ぎながら耳を傾けた。

 

 

『まず、帝竜をあの場所から離すんだ!』

「場所?」

 

 

 そういえば、トリニトロはフロアの中央に浮遊したまま移動しようとしない。足がないからかと思ってたけれど、体とそれが生えるユニットは浮遊しているから違うのだろうか。

 汗を拭いながら視線を向ける。不定形に変形する金属の体、それが生える赤い菱形……。全身に視線を巡らせ、その下の床に開いている大穴に目を留めた。

 トリニトロのすぐ下、マグマの大河から陽炎が昇っている。それに当てられて帝竜の体の下部は常にドロドロに溶けていた。

 

 

『あいつが浮いてるあの場所が、一番熱の影響を受けるんだと思う。まずはそこからできるだけ引き離すんだ』

「その後は?」

『ミナトの氷の属性攻撃であいつを一気に冷やす。そこをシキが思い切り叩けば、もしかしたら、割れるかもしれない』

「割れる?」

『あの帝竜の体は金属だ。温められて体積が膨張してる。だから急に冷やされると表面が収縮して亀裂が……ああもう、とにかく冷やせ! やわらかいのは無理でも硬いものならシキの拳で砕けるだろ! これしか思いつかないけど、やってみる価値はあると思う!』

 

 

 確かに、熱せられた金属を急に冷やすと脆くなるという話は聞いたことがある。

 確証はないが他に案も思いつかない。どのみちこのまま戦い続けてもジリ貧なのだ、やるしかない。

 

 

『トリニトロの体温が急上昇してる。もうすぐでかい攻撃が来るはずだ。なんとか対処して、あいつが動き始める前に仕掛けられれば……、警戒!』

 

「……いい? 最大火力よ。ここの熱に負けない自信ある?」

「試したことないけどやってみるよ。ありったけぶつければいいんだよね」

 

『来るぞ!』

 

 

 体勢を低くして構えるのと同時にトリニトロが動く。

 二本の首が円を描いて絡み合い、双頭から凝縮された火炎の線が発射された。苛烈な熱がほとばしり、床を抉りマグマをかき混ぜ炎が迫ってくる。

 近付くだけで肌を焼く炎熱。けれどシキは退かない。

 一度都庁に戻った際に耐火性特化の服と装備に着替え、その上からミナトのゼロ℃ボディと氷で体を保護している。この炎では数分もつかもわからないが、それだけあれば十分。

 あとは、自分の技量でどうにかすればいい。新しい武器を習得しているのはミナトだけじゃない。

 

 

「火とは嫌ってほどぶつかってる……!」

 

 

 ウォークライの火に惨敗したあの日から、マサキやミロクらをつついて過去の資料とデータを漁った。そして国分寺の戦闘で場数を踏んで洗練してきた。

 自分は拳ですべてを破壊する武闘家。ターゲットは形あるものだけにとどまらない。

 形なきものも破壊できずして、なにがデストロイヤーだ。

 

 一直線に走り出す。鼻先に火炎が迫った。

 

 

「──吹き、裂くっ!」

 

 

 固体ではないそれの核、エネルギーが最も密集している箇所を見極め、ナックルをはめた裏拳を繰り出す。

 言葉では表せない独特の手応え。直後に猛炎のブレスは花吹雪のように吹き散った。

 ミナトとミロクが「よし!」と声を重ねる。だがまだ終わりじゃない。

 

 

「足もと凍らせるね!」

 

 

 ミナトの声とともに、二股に分かれた薄青の空気がシキを挟んで追い越していく。

 濁流はトリニトロの真下、ミロクが言っていた陽炎を生む穴に殺到して栓となった。

 ぎ、とわずかにトリニトロがうめく。

 間髪入れずシキが帝竜の巨体と氷の床の間に滑り込み、拳を握った。

 

 

「らあっ!!」

 

 

 ストレートにアッパー、飛び膝に回転蹴り。氷に覆われた四肢を砲弾に跳ねては殴り、跳ねては蹴って帝竜を打ち上げる。

 

 

「シキちゃん、いくよ!」

 

 

 ミナトが追いつき巨大な氷柱を生み出す。部屋の中央に現れた氷の大樹はトリニトロを押し上げ、天井まで伸びて帝竜の体を飲み込んだ。

 追加で作られた足場を飛び移り、シキも上にのぼっていく。

 酷寒の容れ物に閉じ込められたトリニトロ。ついさきほどまで紅に色付いていた体は銀一色になり、化石のように停滞していた。そこに走る小さな亀裂を見つけてミロクが叫ぶ。

 

 

『いける! シキ、叩け!』

 

 

 まず一発。氷柱の表面が割れる。

 続いてもう一発。氷柱全体が破砕され、硬直した帝竜が宙に投げ出される。

 

 

「ミナト!」

「はい!」

 

 

 頭上と敵の落下点に氷が現れる。

 逆さまに地面と向き合ったシキは氷を踏みつけ、トリニトロに向かって飛び出した。回転して勢いをつけながら落ちていく。

 ムラクモ試験で初めてドラゴンを倒したときと同じ、だが今回は一味違う。

 

 

「だあらあああっ!!」

 

 

 両手を組んでナックルを振り下ろした。

 隕石のように殴り落とされ、下で待ち受けていた氷山に叩き付けられた帝竜の体は大きく砕ける。

 

 トリニトロは絶叫し、弱々しく萎んで消えていった。

 

 

『いよっし!』

「やったー!」

 

 

 ミロクがデスクを叩いたのか、通信機の向こうでバンと音が聞こえた。続いてミナトが両腕を上げて飛び跳ねる。

 

 

「シキちゃん、最後の技ダブルスレッジハンマーだよね! またの名をダブルアックスハンドル! かっこよかった!」

「……あんたなんでプロレス技の名前知ってんの?」

「あ、でもね、両手の指を組む形だと骨折しちゃう可能性が高くて、握り拳をもう片方の手で握るか、両手の握り拳をくっつけて振り下ろすのがいいらしいんだけど……」

「おい聞け」

 

 

 抱きつこうとしてくるパートナーを片手で押さえながら、シキはわずかに首を傾げていた。

 なにかが、違う。おかしい気がする。

 やけに静かだと思う。圧倒的存在感を放つ帝竜がいなくなったからかもしれないが、いつもならもっとなにかが……。

 

 

「フロワロ」

「え?」

「フロワロが、散ってない」

 

 

 帝竜を倒したのなら、そのエリアのフロワロはなくなるはずだ。けれど視界ではまだ赤い花が咲いている。

 

 

『……なんだ? 反応が消えてないぞ……』

 

 

 ミロクの訝しむ声に数秒前を思い返す。

 たしかにトリニトロは倒した。倒したはずだ。撃破され粉々になった帝竜は……塩をかけたナメクジのように縮んで消えた。

 

 いや、

 

 前方を見る。

 数メートル先にはトリニトロが「生えていた」ユニットが転がっている。

 違う。奴は消えたんじゃない。

 

 

 あの中だ。

 

 

 ドンッ、と大きな音が響き激しい地震が起きる。

 はしゃいでいたミナトが転び、シキも立っていられず膝を着いた。

 

 

「ミロク、なにが起きてる!?」

『な、なんだ……? フロアの圧力が急上昇してる!』

「え、え、まだ終わりじゃないの!?」

『まさか……工場ごと自爆する気か……!?』

「工場ごと!?」

 

 

 絶えず音が響く。

 ミナトの氷で蓋をされていた部屋中央の床の穴が弾け、抑えられていた熱気が噴き上がる。沈黙していたユニットが赤い光を宿して舞い戻り、焦げ臭い黒煙を噴いた。

 紅炎にユニットが包まれる。中央を流れる煌々とした光は、さっき打ち砕いたはずの帝竜の炎。

 

 

『あのユニットの中央に、帝竜反応! 圧力上昇継続中! これまずいぞ!』

「早くなんとかしないと!」

 

 

 ミナトがゼロ℃ボディをまとい直して駆け出そうとする。が、片足を踏み出した瞬間冷気がかき消され、小さい悲鳴が上がった。

 

 

「うぁっ! ぃ……あつ……!」

『大丈夫か!? うかつに近付くと黒焦げだぞ……!』

「でもこのままじゃ、一番近い脱出ポイントに向かっても間に合わない! タケハヤさんたちもまだここにいるかもしれないし、脱出キットはあるけど……!」

『ダンジョンの最奥じゃ、脱出ポイント生成の座標固定に時間がかかる! くそ、どうしたら──』

 

 

 熱波が牙を剥いて襲いかかってくる。近付くことはおろか目を開けることも呼吸もままならない。トリニトロは文字通り、命を燃やしてなにもかも消し飛ばすつもりらしい。

 フロアが溶け始めている。熱地獄に苛まれ、肌が炎症を起こし始めていた。

 熱い。苦しい。体が発火しないのが不思議になってくるくらいに。

 

 

『座標固定──ダメだ、このままじゃ……!』

「くそ、あれも、ぶっ壊しておけば……っ」

 

 

「……なーにやってんだか」

 

 

 暢気な声が耳に届く。

 

 いつの間に来たのだろう、傍らにタケハヤがいた。

 彼が壁になるようにシキとミナトの前に立ち、吹き付けてきた熱気が和らぐ。

 

 

「タケ、ハヤ……さん」

「こんなんじゃ、正義の味方は名乗れねぇぞ……?」

「ちょっと、あんた、なにして」

 

 

 ぽすん、とシキの頭に手が置かれた。

 

 

「下がってろ」

 

 

 つかむでもなくなでるでもなく、ただ髪の上に置かれた手。

 その感触に息が止まった。

 

 

(これ、前に、)

 

 

 どこかで。

 

 視界がかすむ。

 意識が揺らぐ。

 

 タケハヤが歩いていく。

 

 

 待て。

 

 

 待 て。

 

 

 こ の  背      中

 

 

                  は

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 目の前に鍵が落ちている。ぼろぼろでほとんど原形を保っていない鍵だ。

 目の前に扉がある。なんの飾りもない薄い扉。背景に溶け込んで消えそうだ。

 鍵と扉。お粗末な一組。けれど、ずっと探していたもの。

 

 鍵を拾い、扉に近付き、鍵穴に差し込む。

 回す。かちりと音が鳴った。

 

 瞬間。

 

 

「!!?」

 

 

 真っ白な世界にどす黒い何かが飛び出した。

 白くてなまめかしい腕が伸びてくる。頭をつかまれ、異常に伸びた爪が食い込み、脳が悲鳴を上げる。

 

 シキ、シキ、シキ。

 

 なんて悪い子。ここまで抵抗してくるとは思わなかった。

 覗いてはいけないのに。せっかく消したのに。

 

 さあ、すべて忘れて。

 

 これは不要なものだから。

 

 

「痛、い!!」

 

 

 頭蓋が万力のような力で締め上げられ、ギシギシと不快な音が鳴る。

 

 痛い、痛い。

 

 い──

 

 ──い。

 

 

「……い」

「さあ、帰りなさい。すべて忘れて──」

 

「うるさい」

 

 

 自分を縛る腕をつかみ返す。扉から漏れる闇が蠢いた。

 

 

「シキ、なにを」

「うっさい。デストロイヤーの腕力なめんな」

 

 

 頭をつかむ両手を引きはがす。

 

 

「邪魔するな。私はこの先に行かなきゃいけない」

 

 

 なんでこのタイミングでって思うけど、見つけなきゃいけない。

 

 

「この間からよくもまあ、ズキズキズキズキズキズキズキズキ好き勝手痛めつけてくれたわね」

 

 

 すべてを破壊するのがデストロイヤーだ。

 むかつくものはぶっ飛ばす。壁は越える。それが自分だ。

 今も痛みがひどいけど。たとえ頭が割れても。

 

 

「そこを……どけえっ!!!」

 

 

 渾身の蹴りを見舞う。腕が引っ込み、黒い何かが吹き飛んで消えていく。

 扉の向こうに転がり込む。

 

 最高潮に達した頭痛が弾けて、目の前が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「シキちゃん!? シキちゃん!」

 

 

 フロア全体が熱に当てられ溶解し始める中、ミナトは腕の中で脱力した体を揺する。

 

 なんの前触れもなくシキが倒れた。脱水症状でも熱中症でもなく、頭から血を流して。

 古傷が開いたのだろうか。以前眠っている彼女を観察したときに見つけたつむじの一本線の傷痕から血が流れている。パートナーの少女は完全に意識を失っていた。

 そうしている間にも赤い嵐は吹き荒れ、その中をタケハヤは散歩でもするように歩いていく。

 今にも破裂しそうなユニットを見上げて熱風を浴びる彼を、ミロクが慌てて制止した。

 

 

『何をする気だ!? 生身では──』

 

「アイテルの希望……潰すわけにはいかねぇ……!」

 

 

 ごきり、と指が鳴らされる。

 男は跳躍し、一切の躊躇なくユニット中央に腕を突っ込んだ。

 

 

「コソコソ……隠れ……やがって……チンケな帝竜だぜ……!」

 

 

 帝竜の悲鳴が耳をつんざく。紅炎が荒れ狂い空気までもが赤く染め上げられていく。

 懇願にも最後の抵抗にも見える暴走を無視し、タケハヤは叫んだ。

 

 

「今さら暴れんじゃねぇ……おとなしく、してやがれッ!」

 

 

 ユニットから腕が抜かれる。それまでの地獄が嘘だったかのように熱が霧散した。

 灼熱から一転、音も風もやんだ空間に着地の足音だけが鳴る。

 帝竜の命だったのだろうか。タケハヤの手中で煌々と光るなにかは炎とともに、粉々に砕け散った。

 

 

『て……帝竜反応、消失……』

 

 

 元の静けさを取り戻したブレインルームで、空になったユニットを確認したミロクが呆然と告げる。

 

 

「……うそ……倒し、た……?」

「そういうことだ」

 

 

 気絶したシキとへたりこむミナトを振り返り、タケハヤがしてやったりとほくそ笑む。

 

 

「後は……たの……む……──」

 

 

 焦げたマフラーを揺らし、青年は静かに倒れ込んだ。

 

 

「タケハヤ!」

「な、何コレ!? ひどい火傷じゃん!」

 

 

 ダイゴとネコがフロアに駆け込んでくる。春先にウォークライに負けた自分たちと同じように惨い火傷を負うタケハヤを見て二人は息を呑んだ。

 治癒をかけようとするミナトを呼び止め、ミロクがダイゴたちに声をかける。

 

 

『急いでそいつを連れて、都庁に帰還しろ。医療班を待機させといてやる!』

「い、いいの?」

『さっきから話は聞こえてた。おまえたちはムラクモと関りがあって、13班は助けられた。……責任もって、治療を引き受けたい』

 

「……すまない」

 

 

 タケハヤをダイゴが担ぎ、シキをミナトが抱える。

 五人は下へ降り、アイテルとともに脱出ポイントから都庁に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ミロクから連絡を受けて待機していた看護師たちは、13班とSKYの三人、特にタケハヤとシキを見て悲鳴を上げた。

 

 

「大変! 彼、早く治療しないと!」

「誰か水と氷、もっと持ってきて!」

「ストレッチャー早く! 男性の方は向こう、13班はこちらへ!」

「え、いや、私は大丈夫なので……」

「なに言ってるんですか、あなたたちも要治療ですよ! 帝竜と戦ってきたんでしょう!」

 

 

 タケハヤが医務室の奥へ運ばれ、ミナトは依然ぐったりとしたままのシキと一緒に引きずられていく。

 ドタバタと騒がしい足音を聞きながら、ネコはわずかに眉を寄せて周囲を見回した。

 

 

「久しぶりのムラクモ機関か……イヤなこと、思い出しそ」

「背に腹は変えられん。……あの男、死ぬにはまだ早すぎる」

 

 

 皮膚のあちこちにまだらの炎症を負っていた13班を気にしつつ、ミロクはどこか浮いているように見える二人を見上げた。

 

 

「……ネコ、ダイゴ、おまえたちも、治療を受けてけよ?」

「え? ア、アタシはいいよ!」

「……恩に着る。ネコ、ここは素直に聞いておけ」

 

 

 ダイゴたちも医務室に入る。

 

 ミナトとSKYの二人の治療が終わって数分後、生気を失ったミイナの声が通信機から届いた。

 

 

『コール、13班、ミロク。一応報告です……キリノ隊、返信ありません……』

「了解……。みんな、どこに行っちまったんだ……?」

 

 

 見つけた失踪者たちはまだ行方知らずのようだ。

 せっかく事件解決に近付いたのに、振り出しに戻されてしまった。しかも新たにキリノとアオイの連絡途絶も加わって。

 ミナトがどうしようと口を開こうとしたとき、小さく体が傾く。

 ミロクがどこを見るでもなく視線をさまよわせ、治療に合わせて新調した服の裾をつかんでいた。琥珀色の目がゆっくりと自分の顔を映し、不安そうに揺らぐ。

 

 

「なぁ、おまえたちは……どこにも行ったりしないでくれよな?」

「……うん、大丈夫」

「……探索は、オレたちが続けておくから。何かわかるまで、ミナトは部屋で休んでいてくれ」

「ううん。まだ」

「え?」

「私、一回都庁を見て回ってくるよ。なるべく早く戻るから」

 

 

 なにかを言おうとしたミロクを置いて、ミナトは階段を上り始めた。

 

 状況が改善されるわけじゃない。けどのんびり休む気にはなれない。火傷はナースたちにこれでもかと塗り薬とガーゼ・包帯をもらったし、指は酷使しなければ大丈夫だ。それぞれのフロアの状況を確認してみよう。

 誰かがいつも通りの定位置にいないからといって行方不明とは限らないが、都庁を回る中で見つけられなければ、集団失踪に巻き込まれていると考えるべきか。

 国分寺に出発する前、一階のエントランスと自分が生活する四階では計十人が消えている。

 今までいた二階医務区はナミやユキをはじめ医療関係者たちは無事だったが、都庁内を行き来するのに地図が手放せないというそそっかしい女性が消えていた。

 

 

(そういえば、自衛隊の方はどうだったか確認してない……)

 

 

 三階に入ろうとしたところでカマチにぶつかりそうになる。互いに短く叫んで飛び退いた。

 

 

「わっ、カマチさん!」

「おわ! ああシバさんか。帝竜討伐してきたんだって? お疲れさん」

「ありがとうございます。今、都庁の中を確認してるところなんですけど……その……自衛隊で、行方不明になった方は……?」

「自衛隊の被害は少なかったんだ。催眠にかかるまでもなく、みんな爆睡してたからかもな」

 

 

 催眠。未だ集団失踪の原因は判明していないが、帝竜による大規模な集団催眠という仮定で調査が続けられているらしい。

 

 

「被害は少ないっちゃ少ないんだけどさ、まさかの幕僚長がいないし、シキシマ一佐にハツセに、アメリカから来たっていうジョンも消えちまった。無線で連絡取れないかって試しても誰も応答しない」

「……あの、行方不明者の方たちのリストとかは……」

「ああ、これだ。……見るか?」

「見ます!!」

 

 

 言葉を被せて飛びつき、半ばひったくるようにカマチから紙束を受け取る。

 ここから上、五階のムラクモ本部では、ミロク、ミイナ達の情報支援班に所属していたスズキとオイカワに、マサキの補佐官とムラクモ準候補が消えている。

 六階の研究室は研究員が三人、七階の会議室フロアはハタノ議員に総理の秘書に船乗りだったという男性、八・九の居住フロアAとBからは合わせて十二人が行方不明となっていた。

 

 総計、四十人近く。

 

 

「嘘……こんなに……」

 

 

 声が震える。指先に力が入り、紙にくしゃりとしわが走った。

 都庁にいる人間は全員覚えている。こんなめちゃくちゃになった世界で生き残り、互いの健闘を称えた者同士だ、嫌でも記憶に残る。

 ムラクモも自衛隊も一般市民も、みんながこの拠地で共に過ごしてきた。その中の半分はダンジョン探索のときに救助した人々だ。マモノやドラゴンを倒す自分とシキに驚き、手を差し出せば涙を浮かべた彼らの顔は忘れない。助けてくれてありがとうと泣いて、笑って、手を握り返してくれたあの人たちの顔を忘れられるはずがない。

 

 うなだれながらカマチにリストを返す。

 

 

「すみません……ありがとうございます……」

「そ、そんな落ち込むなって! 聞いた話じゃ、キリノとアオイちゃんたちが見つけたって……大丈夫、きっとあの二人も、みんなと一緒に戻ってくるさ! それに13班が帝竜を討伐して、残るは三体なんだろ?」

 

 

 カマチがフォローしてくれるが、裏を返せばそれだけだ。自分はドラゴンを倒せても、人を探せない。

 無念からごめんなさいと謝罪を口にしようとしたところで、「ああ、ムラクモさん!」と上に続く階段から声が振ってきた。

 見上げると髪に少し白髪が混ざった男性が降りてくる。新しくできた居住フロアCの責任者だ。確か名前はフジタだったか。

 

 

「お帰りになったんですね、お待ちしておりました……!」

「フジタさん? えっと、なにか」

「決まっているじゃないですか、集団失踪のことですよ! 一体どうなっているのです! 一夜で都庁内がスッカラカンだなんて……」

 

 

 普段温厚なフジタは眉を八の字に下げ、冷や汗を浮かべている。

 カマチが慌てて間に入って落ち着くように言い聞かせるが、手を組んで哀願してくるフジタの気持ちは痛いほどわかるので止めきれない。

 

 

「こちらにも、身内が行方不明になった人がいて……もう気が気じゃありません。彼らに、事情を説明してやってください!」

「そ、そうは言っても……私たちのほうでもまだ」

「何でもいいんですよ! ムラクモさんが説明することが大事なんです!」

 

 

 責められているわけではないし、彼の言うことはもっともだ。

 人間が生きていけない世界で、唯一ドラゴンを狩ることができるムラクモは生命線となっている。その主力に据えられているのが自分たち13班だという自負もある。

 大勢の人間から頼りにされる立場。望んで就いたわけじゃない。けど彼らもそうだ。好きで都庁の庇護下にいるわけじゃない。

 本当は自分の足で失踪者を探しにいきたいだろう。それすらもできないから、切に助けを求めてきているのだ。

 こんな悪夢みたいな状況を、一秒でも早く夢で終わらせられるためにできることがあるなら。

 

 

「……わかりました。カマチさん、お仕事の邪魔をしてすみませんでした。失礼します」

「あ、いや……あまり無理するなよ。パートナーが倒れてるんだろ」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

 

 心配してくれるカマチにリストを返し、会釈してフジタについていく。

 十階の居住フロアCに上がると、フジタは慇懃に頭を下げた。

 

 

「お願いしますよ。では……おーい! オオヤマさんにコスギさん! ちょっとこっちに来てくれ~!」

 

「……」

「……」

 

「……ふぅ。こちら、ご家族が行方不明になった、オオヤマさんとコスギさんです」

 

 

 廊下の隅、剣呑な表情で話し込んでいた男性二人が呼ばれて歩いてくる。

 互いをにらみつけながら並ぶ二人にフジタは苦笑いを浮かべ、中年のほうをオオヤマ、青年のほうをコスギと紹介した。

 ミナトが頭を下げた瞬間、「聞いてくれ!」とオオヤマが詰め寄ってくる。彼は震える声でコスギを指差した。

 

 

「こいつが、俺の娘をさらったんだ……夜中に、トイレに連れてく振りをして……!」

「違ぇっつってんだろ! 第一、いなくなったのはおまえの娘だけじゃねぇ。俺の家内だって一緒だ!」

「うちのユウカが、自分から消えたって言うのか! んなわけあるか! あの子は、まだ甘えん坊で──」

「なら、しっかり自分で見とけよ! テメェがグースカ寝てっからユウカちゃんは便所に俺を起こしたんだろ! 俺だってそっから先の記憶はねぇし、その間に家内が消えちまうし──」

 

「お、落ち着いて、二人とも! ムラクモさん、説明を頼みますよ!」

 

 

 今にも取っ組み合いを始めそうな二人を制し、フジタが助けを求めるようにこっちを振り返る。

 

 

「はじめにですが……原因は、わかってないんです。ごめんなさい」

「そ、そんな……じゃ、じゃあ、今から原因を探しましょう!」

「はい。ムラクモの方でも調査は進めているんですが……昨晩、何か変わったことはありませんでしたか? 些細なことでもいいので、何か、違和感とか、覚えていることがあれば……」

「……ほら、二人も情報提供してくださいよ!」

 

 

 フジタがさあどうぞと促す。

 しかしさきほどの勢いはどこへやら、コスギもオオヤマも腕を組んで首を傾げるにとどまった。

 

 

「っていってもなぁ……あの前の晩、なんだかスゲェ眠くって……ユウカちゃんに、便所行くって起こされたのは覚えてるけど……そこから先はサッパリ……」

「俺なんて、ずっと寝っぱなしだ……起きたらユウカもみんなも、いなくなってて……フジタさん、あんたはどうだ?」

「ええっ、私!? 私はいつも通り、イビキをかいて──……あ、そういえば、眠る直前に、変な音を聞いた気がしますね。単調で、眠気を誘うような……」

 

「音?」

 

 

 音。単語が頭の中で引っかかる。

 

 

「音……? ああ、ポーンポーンってやつか? それなら俺も……ユウカちゃんに起こされたときに、聞いた……気がしなくもない……」

 

 

 オオモリが「それだ、きっとそれだ!」と手を叩く。

 

 

「おい、ムラクモさん、きっと音だよ! あんたのところの研究室で、音を調べてきてくれよ!」

「ううん……じゃあムラクモさん、とりあえずその線で、調べてもらえますか?」

「そうですね、でも時間がかかるかもしれません」

「なにかわかるなら待ちますよ手がかりがなければ、そのときは諦めるので……」

「わかりました。じゃあ、行ってきます!」

 

 

 階段を駆け下りて六階に入る。ここもここで研究職の人間が忙しなく行き来しているが、誰かに話をこぎつけないことには始まらない。とりあえず通りすがりの研究員を捕まえた。

 

 

「あの、すみません!」

「……はい、なんでしょう? って、13班……!?」

 

 

 研究室が住居と言ってもいい研究員と顔を合わせる機会は多くはない。彼もその一人で、初めて見る顔だ。

 あわあわと体を震わせる相手に早口で事情を説明する。嫌われているのか人と話すこと自体慣れていないのか、研究員は頭を横に振り続けた。

 

 

「住民失踪の原因が、音? な、なんですか……唐突に……」

「市民の方々からお話を聞いたんですけど、共通して音を聞いていたらしいんです。眠気を誘うとかすごく眠かったとか言っていましたし、もしかしたらって。私も聞いたんです! こう、ポーンポーンって、柔らかいボールを弾くような音なんですけど……」

「……と言われましても。うーん……音なんて、もうとっくに調べてみましたよ。そもそも、今さら調べたところで──」

「お願いします、もう一回だけ調べてください! そちらも忙しいとは思いますけど、お願いします!」

「う、ううん……13班にそう言われてしまうと、やらないわけにも……」

 

 

 頭を下げたまま動かないでいると、研究員は諦めたように息を吐いた。

 

 

「……わかりました。もう一度、念入りに調べてみましょう。しばらくお待ちいただけますか?」

「はい、ありがとうございます!」

 

 

 足早に研究室に入っていく背中に再び頭を下げる。

 頭を上げたところで後ろから声をかけられた。マサキと女性の研究員だ。二人とも他の研究員と同じく、文字で埋め尽くされた資料を脇に抱えていた。彼らにも話を聞いてみよう。

 

 

「ああ、よかった。君は倒れていなかったんだネ? ひどい火傷で帰ってきたっていうから心配したヨ。シキは……」

「シキちゃんは医務室で寝てます。あの、集団失踪について、なにか新しくわかったことってありますか?」

 

 

 マサキと女性研究員は気まずそうに顔を見合わせた。やっぱり進捗は芳しくないらしい。

 

 

「失踪の想定時刻は、昨夜の夜半頃から、本日の午前──その期間、都庁及び周囲数キロにわたり、催眠電波のようなものがあてられた可能性があります。よほど強力な、装置か……力か……どちらにせよ、このような方法をとられると行方が捜索しにくいですね……」

 

「催眠電波……」

 

 

 女性の説明にこちらも眉を寄せる。やはり、人ならざるものの力が干渉しているという見立てでいいのだろうか。

 人ならざるものの力……異能力? 考えすぎか。

 

 

「マサキさん。集団失踪の原因が催眠だとしたら……誰かがその、そういう力を使ったとかはないんですか? 私と同じような異能力者……そう、サイキックとかハッカーとか。催眠術みたいな精神干渉みたいな……そういう力を使える異能力者は……」

「この規模、この人数に同時に催眠をかける? ありえない! 人間業なものか! そんなスキルを使える人間がいればSS級として機関の名簿にリストアップされてるだろうヨ!」

「そう、ですか」

 

 

 異能力者に専門的に携わるマサキがありえないというのだから、この考えは違うだろう。

 人ならざるものの力、異能力者にはあてはまらないもの。なら竜か。

 弱々しい帝竜の反応を追っていた途中でキリノたちは失踪者と思しき反応を見つけたと言っていたし、やはりその帝竜の仕業なのか。

 マサキと女性はそれぞれの持ち場に戻っていく。一人だけではできることもなく、廊下のソファに座って指のテーピングを巻き直す。

 時計の針が動く音、遠くから流れてくる慌ただしいざわめき、雲がのっぺりと引き延ばされて隠れていく空の青。何もかもが悪いことの起爆剤に思えてしまってしかたない。待つことしかできないのがもどかしい。

 まだかまだかと貧乏ゆすりをしてしばらく。音の調査を依頼していた研究員が帰ってきた。

 

 

「お待たせしました」

「あ、お疲れ様です。どうでした……?」

「一通り、都庁周辺の音を洗ってみたのですが──微弱な異音が、一つ」

「え!!?」

 

 

 やっぱりと身を乗り出す。

 研究員は腕に抱えるボードやファイルを盾にして「決まったわけじゃありません!」と慌てて付け加えた。

 

 

「疑ってかからなければ、気付かない……実際、何の関係もないかもしれない音です。発生源は、都庁の屋上なのですぐ確認に行けますが……どうします?」

「都庁屋上ですね? わかりました、すぐに行ってきます!」

「では、屋上へ向かいましょう……ってあああ、待ってください! 人が入らないように鍵がかかっているので開きませんよ! 僕が鍵を持ってるんです、待ってください!」

 

 

 ぜえひいと息を切らして研究員がついてくる。

 エレベーターを使うという選択肢を忘れ、がむしゃらに階段を駆け上がり、最上階のさらに上、都会の街並みが一望できる都庁屋上に出た。

 ひざが笑う中、風に前髪をかき上げられる。

 フロワロに覆われ赤く染まった景色にいきそうになる目を、なにかが屋上の中に引き止めた。

 一匹の、ひとりでに動いている、四足歩行の……獣。

 

 

「……え、あれは、マモ、ノ……?」

「異音の発生源はアレ……みたいですね。調査するにも、まずは捕獲しないと……お願いできますか?」

「は、はい、もちろん!」

 

 

 安全な場所まで下がる研究員とは反対に前に進み出る。足音を聞き取ったマモノがくるりと振り返った。

 ポン、ポン、と聞き覚えのある音が鳴る。

 銀の毛と爪を鋭く光らせ、タヌキの姿をしたマモノが腹太鼓を鳴らす。

 音自体は気が抜けるような軽さがあるが、このマモノはおそらく強い。目でぎらつく捕食者の光がマモノというよりドラゴンに近い気がする。今はシキがいないから余計に油断できない。

 弱腰になってはいけないと頰を叩く。一人でもできることをしなければ。

 

 

「大人しくしなきゃ、タヌキ鍋にするからね!」

 

 

 望むところだというように歯を剥くマモノに、クロウを着けて走り出した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 両親は自分が生まれてすぐに事故で死んだらしい。なんとなく気になって尋ねたら、あっさりとそう返された。

 といっても、自分には親の生前の職場、ムラクモという居場所がある。最低限の面倒を見てくれる人間もいる。死んだという言葉を聞いたときに胸の底に風が吹きつけたような気がしたが、それもすぐに忘れた。

 物心ついたときから、自分から接しにいっても周りから接触があっても、どちらも淡白で業務的なもの。だから人間関係に執着したことはない。むしろ振り回されない分、一人のほうが楽だった。

 

 けれどどうやら、自分にも世間一般の感情が備わっていた時期があったらしい。外からの刺激を受け取ったまま、素直に笑って泣いていた。あのときは。そして、その記憶を失うまでは。

 

 いや、

 

 

(消されるまでは、か)

 

 

 ぼんやり考えながら目を開ける。

 医務室の天井が目に入った。なにも寄せ付けない潔癖の白。

 あのときいた施設もそうだ。無機質な色のない世界。そこで自分はもがいていた。

 

 思い出した。記憶を消した人物をはじめ、あのとき一緒にいた人間も、暗闇に埋もれていた言葉も。

 

 ベッドから身を起こし、周囲を囲むカーテンを滑らせる。

 隣のベッドも仕切りのカーテンが閉められていた。遠慮なく開ける。

 自分と同じ病衣を着る青年が、静かな寝息を立てていた。

 

 

(……なんで)

 

 

『日暈ナツメは信じるな』。

 

 

 十年前、おまえが言った言葉じゃないか。声は出さずに唇が動く。

 こいつは自分を知っていた。昔一緒にいた。

 なのになぜ、国分寺での問いかけに頭を横に振ったのだろう。

 

 

「……タケ、」

 

 

 ハヤ、と名前を呼ぼうとしたところで「あ、シキちゃん!」と呼ばれる。振り返ると、ユキが看護服の裾を揺らして歩いてくるところだった。

 

 

「目が覚めたんだね、よかった。そっちの彼はまだ寝かせてあげて。火傷と衰弱がひどいのよ」

「……わかった」

「もしかして、知り合い?」

「別に。ミナトは?」

「ミナトちゃんなら治療を受けて戻ったよ。たぶん部屋じゃないかな」

 

 

 帝竜との戦闘後、ミナトが起きていて自分が気絶していたのは初めてだ。

 タケハヤのベッドのカーテンを閉め、自分のスペースに引っ込む。軽くストレッチをして動けることを確認し、病衣から新しいセーラー服に着替えた。

 

 

「ちょ、ちょっとシキちゃん? なにしてるの?」

「戻る。治療ありがと」

「ええ!? 待って、まだ十分じゃな……もう、治療はちゃんと受けないとだめなのに!」

 

 

 怒るユキの声を背に受けながら素早く医務室を出る。

 ムラクモ居住区に戻って自分たちの部屋に入るが、パートナーの姿はない。代わりに包みが一つ、テーブルの上に置いてあった。

 

 

『チョコバーばっかりだったので、違うものを買ってみました。おすそわけです! ──アオイ』

 

 

 カードに綴られた元気な文字。書いた後輩とはまだ連絡がとれていない。

 メッセージカードが添えられた幕の内弁当は手がつけられていなかった。心配性の相方のことだ、国分寺から帰ったあとも、部屋に戻らず都庁を回っているのかもしれない。

 通信機のスイッチを入れる。一コールも終わらないうちにパートナーは出た。

 

 

『あ、もしもし、シキちゃん!? いきなり頭から血を流して倒れるからびっくりしたんだよ、体は大丈夫?』

「平気。あんたどこにいんの?」

『六階の研究室前。集団失踪のことでちょっと調査を……』

「今そっち行く」

 

 

 向こうがなにか言い終わらないうちに通信を切る。

 六階に上がると、腕に包帯、両頬と鼻筋にガーゼを当てたミナトに迎えられた。

 

 

「……国分寺でそんなとこまで怪我してた? 火傷?」

「えーっと、引っかき傷。タヌキを捕獲するのに苦戦して」

「は?」

 

 

 要領を得ない説明にかぶせて、かすれた声が廊下に響く。白衣を激しく左右に揺らし、研究員の一人が文化系とは思えないスピードでこっちに突進してきた。

 

 

「すごい、すごいことがわかりました! あのマモノ、帝竜ロア=ア=ルアと酷似した細胞を持っているんです!」

「え!? あの四ツ谷の帝竜と!?」

 

「……ちょっと待って。話進める前に私にも説明して」

 

 

 身振り手振りをするミナトが言うには、市民から集団失踪についての説明と調査を頼まれ、失踪前夜に聞いた音を手がかりに調査をしたら、都庁屋上に怪しいマモノがいたので捕獲したとのこと。腕と顔の傷はそのタヌキ型のマモノと格闘した証らしい。

 そして研究員の話を聞く限り、そのタヌキは四ツ谷の帝竜と酷似した細胞を持っていたと。

 

 

「覚えていますか、ヤツの性質……音を使って、死体までも操る技を! それと同じ性質が備わっているなら……集団失踪は、あのマモノが音で引き起こした催眠とも考えられます。確証はないし、解決策にもならないのですが……住民の方に、そう伝えてもらえますか? 私は、研究を続けてみますので……失礼します!」

 

 

 研究員はこちらに背を向け足早に去っていく。

 13班の部屋にミナトがいなかったときは帝竜戦直後になにをしているんだと思ったが、無駄な行動じゃなかったようだ。

「帝竜討伐後の都庁にマモノが……? いったいどこから……?」と首をひねるミナトに行くぞと声をかけようとした瞬間、シキの鍛えられた聴覚が小さな呟きを拾った。

 

 

「あれは細胞が酷似しているというより、無理矢理移植された、と言ったほうが正しいかも……いったい誰が、なぜ……」

 

 

 腕を組んで言葉を漏らし続ける研究員の背が、廊下の角を曲がって消える。

 

 

「……」

「シキちゃん? どうしたの、行くよ?」

 

 

 なにも聞こえていなかったらしいパートナーに呼ばれ、今度こそ踵を返す。

 調査の依頼をしたというフジタはミナトの説明を受け、彼女の言葉を嚥下するように深く頷いた。

 

 

「なるほど、そういうことでしたか……。あの二人には、私から話をしておきましょう。ちょっとばかり、厄介な話になりそうですから……」

「たぶん可能性は高いんですけど、まだ確証が取れていないんです。すみません、力になれず……」

「いえいえそんな! むしろ真剣に向き合ってくださってありがとうございます。……確かに、オオヤマさんたちは納得しきれないかもしれません。でもね、ムラクモさん。身内が消えていない、私に言わせれば……次に同じことが起きる可能性が消えた……それだけで、十分な成果です」

 

 

 頭を下げるミナトにフジタも頭を下げ、声を潜めて悲しそうな苦笑いをした。

 

 

「こんなこと、あの二人の前では言えませんけどね……。来てくださって、ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「なに考えてる?」

「うぇっ」

 

 

 間抜けな声とともに、ミナトの口に近付いていた箸から梅干しが落ちる。

 コップの中に落ちる寸前にそれを挟み取り、シキは他のおかずと一緒に口に放り込んだ。

 アオイからの差し入れを食べはじめてしばらく経つが、ミナトはまったく箸が進んでいない。部屋に戻ってから視線がずっと宙をさまよっている。

 

 

「ごめんね、なんて?」

「今度はなに考えてたのよ」

「……お母さんと友だちのこと」

 

 

 ぴたり、とシキの箸も止まる。

 ミナトは桜大根をザクザクいわせて飲み込み、米に箸を突っ込んだ。

 

 

「無事だといいな、みんな。……無事だよね、みんな」

 

 

 それだけ言ってパートナーは食事を続ける。

 一定のペースで料理を食べながら、今も彼女の意識は外の街を飛び回って身内を捜しているのだろう。失踪の件とキリノ隊との連絡途絶がかなり響いている。

 

 

「……大丈夫でしょ。いざというときのためにチョコバーたくさん持ったって、アオイ言ってたんだし」

「え? ……ああ、そうだね。言ってた言ってた」

 

 

 わずかに笑うミナトを見て、聞こえないようにため息を吐く。

 

 別に周りが静かなことも、誰かに元気がないことも自分には関係ない。知ってる顔が任務に出ていて連絡が取れないことなんてドラゴンが来る前からざらにあった。そして、だからといって苦労することは一切なかった。

 けれど今は、いつもへらへらしているパートナーがしょげているだけで気詰まりを感じる。いつの間に自分の頭はここまで誰かを気に留めるようになったのか。

 それもこれも、目の前にいるこいつと、今も行方知れずの上司、後輩のせいだ。

 

 

「居場所がわかり次第、すぐに行くことになる。あんた国分寺から戻ってきて休んでないでしょ。早く食べて仮眠でも取りなさいよ」

「うん。……あれ、どこか行くの?」

「ミロクたちのところ。話すことがある」

 

 

 寂しそうな視線が背中に刺さるのを感じたが、振り切って部屋を出る。

 傾き始めた日を浴びながらムラクモ本部の司令室に入り、自分に気付かず機器を操作する小さな背中に声をかけた。

 

 

「ミロク、ミイナ」

「なんだよ。今忙しいんだから……って、わっ、シキ!」

「目が覚めたんですね。傷は大丈夫なんですか?」

「問題ない。それより、捜索どうなってる?」

「キリノからの報告通り、一時期は人の反応が感知できたんだけど……通信の断絶とともに、反応もロストしたんだ。今は、港区を中心に探査を続けてる」

「二人の捜索は、私たちが仕切ります。だから、今のうちに休息を。どこにいるの……キリノ……アオイ……」

 

 

 シキの来訪に驚く双子だったが、またすぐ浮かない表情に戻る。

 自分たちもそうだが、休息を取らないといけないのはミロクとミイナも同じだろう。

 

 

「ねえ。使えるかもしれないんだけど」

「え?」

 

 

 迷う暇も理由もない。シキはフジタの依頼の一連を話した。

 怪しい音とその発信源。ミナトが捕まえたマモノ。

 ロア=ア=ルアの細胞を移植されたマモノなんてそうそういるわけがなければ、そいつが偶然都庁の屋上にいることだってありえない。断定や確証がなくたって、これが原因としか思えない。

 

 話を聞き終えたナビ二人はキーボードを叩く指を止めて目を見開いた。

 

 

「ロア=ア=ルアの細胞……!? そうか、あの帝竜の力なら集団催眠も……!」

「これが原因なら、あの帝竜のデータが失踪者の捜索に使えるんじゃない。言っておくけど、仮定だからね」

「いいえ、可能性は高いと思います。今すぐロア=ア=ルアの周波数を感知に組み込んでみます!」

 

 

 ナビは再びモニターと向き合い、膨大な情報を処理、操作していく。

 観測班や作業班が都内に設置したカメラから送られてくる映像が次々と切り替わるのを眺めながら、あの言葉を思い出しす。

 

 

『日暈ナツメは信じるな』

『気を付けな? あの女が望んでるのは、別のことかもしれねぇ』

 

 

 どちらもタケハヤが口にした言葉だ。

 

 自分の記憶を消した人物が脳裏に浮かぶ。

 

 

(……ナツメ)

 

 

 あの女が普通の人間よりも異能力者に価値を見出すのは、彼女に関わった者なら知っている。ムラクモが清廉潔白なだけの組織ではないこともなんとなく悟られているだろう。それを知ってムラクモを抜けた人間だっていた。

 幼少期は生きるか死ぬかの訓練の毎日。誰かと交流する暇もなければ、自分以外の子どもがムラクモで訓練を……人体実験を受けていることも知らなかった。それを知った──幼心に悟ったのは、初めてタケハヤと出会った時だ。

 あいつと過ごしただけのわずかな記憶。それをわざわざ頭をいじってまで塗り潰したのは、タケハヤ達の話を聞いて自分がSKYに寝返ることを恐れていたからかもしれない。

 

 つむじの手術痕を指でなぞる。

 

 ムラクモ機関総長、日暈ナツメ。

 

 あんたは今、どこにいる。

 

 

 CHAPTER4 End

 




3章終了時点での各フロアと人をリストアップして確認したら、本当にかなりの人数が消えていました。ムラクモ居住区とかほんとにひどい……。
4章はこれで終わり。次回から地獄ラッシュの5章に入ります。
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