2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!! 作:蒲焼丼
一番ショッキングだったあのシーンが皮切りです。地獄の釜の蓋が開く。
24.アオイ
「はい、こちらムラクモ本部……タケハヤが?」
ロア=ア=ルアのデータをインプットするナビたちのもとに一本の通信が入る。
ミロクが呟いた名前を耳が拾い、シキはぴくりと肩を揺らした。
「了解」と返して通信を切ったミロクは作業する手は止めずにこちらに声をかける。
「シキ、おまえはゆっくり休めたか?」
「まあ」
「さっき、タケハヤが目を覚ましたみたいだ。まだ医務室にいるはずだから、一度、話を聞きにいってみてくれ。竜のこと、総長のこと……なにかわかることがあるかもしれない」
「わかった」
「ミナトも呼ぶか?」
「いい。休ませといて。私が行く」
自分は幼い頃からムラクモで訓練を受けてきたので非常事態が続いても対応できる。
しかしミナトは違う。戦闘に慣れたとはいえ軍人でもない彼女の体はそろそろ限界が近い。少しでも休ませておいたほうがいい。
捜索はナビに任せて一人で医務室に向かう。ドアを開けると、ほのかに料理の匂いが漂う中でユキが鼻息を荒くしてネコを説得していた。
「ちょっと……ちゃんと全部食べなさい! 怪我、治らないわよ?」
「だってアタシ、魚嫌いだもん……」
「ネコちゃんなのに?」
「ネコじゃないってば! アタシの名前は寧子! っていうか、そんなに怪我してないし! 太るからあんま食べなくてい~の!」
「ね、い、こ!」と自分の本名を連呼しつつ、ネコはおかずの焼き魚を遠ざけようとする。
意地を張る彼女にユキは思わせぶりに腕を組んでため息を吐いた。
「ふぅん……? ちょっとぽっちゃりしてるくらいのほうが男受けはいいのにねー……?」
「うっそ!? マジで!」
「だから、ちゃんと食べなきゃダメよ? 貴重な食料なんだしね。……あ」
ユキがこっちに気付いた。傍にいたナミに食事が乗っているプレートを渡し、早足で寄って来る。
「シキちゃん! やっと戻ってきた。さあ、包帯を巻き直すからこっちに来て」
「……タケハヤは?」
「あら、お見舞い? それならここで待ってて。タケハヤくんもすぐに戻ってくると思うから」
先刻医務室を抜け出したことを怒っているのだろう。有無を言わさぬ勢いで小さなスペースに引きずり込まれ、服を脱がされ、じっくりと薬を塗られ、手早くきつめに新しい包帯を巻かれる。
「はい、おしまい。あなたも新しく来た子たちも、治療はちゃんと受けなきゃダメなんだからね?」
「それじゃあ、なにかあったらナースコールで呼んでください」
ユキはナミと一緒に持ち場に戻っていく。
カーテンを開けてスペースから出て、とりあえずダイゴとネコに声をかけた。
「タケハヤの目が覚めたんだって?」
「ああ。いろいろ世話をかけてしまったな。もう一人はどうした」
「休憩中」
「そうか……。こいつは口が裂けても言わないだろうから、俺がこいつの分まで言っておく。……ありがとう」
軽く頭を下げるダイゴにどう返していいかわからず、別にと返す。
むぐむぐと口を動かしていたネコが水と一緒に料理を飲み下し、聞き捨てならないというように口を挟んだ。
「だって、うちらがムラクモにされてきたこと考えたら……貸しのほうがずーっと多いじゃん!?」
「……まあ、な。だが、考えてみれば俺たちはそのおかげでタケハヤに出会えたし、SKYの仲間もできた。そう悪い人生でもなかったのかもしれないぞ?」
「あんたたちがタケハヤのこと好きだっていうのはわかったから。それで……」
「はええええ!? べべべべつにアタシはそーゆーんじゃないよ!?」
「人の話は最後まで聞け」
悲鳴を上げて飛び上がるネコに耳を塞ぐ。顔を赤くして猫耳を揺らす彼女の慌てぶりに、ダイゴがやれやれと呟いた。
「ネコ、おまえはわかりやすすぎる。ま、あいつは俺とネコの恩人だからな。慕うのも当たり前の話だ」
「恩人?」
「ああ。……タケハヤがいなくなって半年ぐらい後、俺たちもムラクモを脱走した。ボロボロの俺たちは、どこに行くなんてアテもなく……きっと野垂れ死ぬんだろうと思っていた。そこに、あいつが助けにきてくれたんだ。俺たちの噂を聞きつけて、東京中駆けずり回ってな……」
あの男が息せき切って街を駆け回る? そんな姿想像もつかない。頭に浮かぶのはいつも通りの皮肉な笑みだ。
とりあえず、ダイゴの話通り三人が合流したことがSKYの始まりらしい。ムラクモでの過去を話すときとは一転、渋谷に思いを馳せるネコは楽しそうに宙を見上げた。
「だけど、渋谷に来てからは天国だったよね~。お腹は毎日ペコペコだったけど……痛いことされないし、遊んでても怒られないしさぁ」
「そんな生活をしている間に一人二人って仲間が増えてな……SKYってグループになったわけだ。勘違いされると困るんだが……SKYは組織と言うほどお堅いモノじゃない」
「そう、あそこはうちらの……居場所。うちらは家族とか、いないからさ。SKYが家族みたいなモン♪ タケハヤがパパで、ダイゴがママ?」
「……ママ……?」
「俺がママって柄か……」
ネコが口にしたポジションの違和感にダイゴを見上げる。大柄で筋骨隆々、顎ヒゲを生やし黒い肌に刺青を入れたママは、いやいやと頭を横に振った。
同調して頭を振っていると、不意にネコが声を潜めて名前を呼んでくる。
「ねえ、シキだっけ。あんたもそうなの?」
「なにが」
「……十年前さ、アタシたちと同じとこにいた? アタシたちは知らなかったけど……タケハヤが研究所を抜け出したときさ、誰かといっしょにいたっていうのはなんとなく覚えてるの。それがあんたで、だからタケハヤはこっちに来ないかって誘ったのかなって」
「……」
「あんたも十年前の記憶がないとか言ってたでしょ? あんな人体実験なんて受けてたら、記憶が飛んだっておかしくないし──」
「よぉ、来てたのか」
答えずに黙っているとタケハヤが戻ってきた。
反射的に眉間にしわが寄ってしまう。直そうと思わなかったこともないが、意識しても気が付けばこうなっているのでやめた。
にらむように見つめてもタケハヤは表情を変えない。
国分寺では五人の中で最もひどい怪我を負っていたのに、歩く姿は自然体だ。青いマフラーの下からわずかに見える包帯を除いて。
「なんで出歩いてるの? 重傷者は休んでなさいよ」
「あ? なんだ、心配してくれてんのか?」
「自惚れるな。あの暴走した帝竜に腕突っ込むとかアホなんじゃないの? 大人しく治療受けてろ」
「柄じゃねぇよ。元がオンボロの体だからな。多少の怪我じゃ、今さら変わんねぇ。それよか、この見慣れねぇ部屋で目覚めたときはビビったぜ。あの十年前に戻っちまったんじゃねぇかとな。……ま、悪気があったわけじゃねぇようだし? 好意は受け取っておくけどよ」
だから医務室を出て都庁をほっつき歩いていたのだろうか。タケハヤは見慣れない土地に来た猫みたいに辺りへ視線を飛ばしながら音もたてず歩を進める。
安全確認はできたようで、彼は肩の力を抜き看護師たちの仕事風景を眺めながらベッドへ腰かけた。そしてふと真剣な顔になってこっちに瞳を向ける。
「……アイテルに聞いたぜ。ナツメが消えて、仲間たちとも連絡が取れてねぇらしいな」
「……まあね」
「あのクソ女が消えたのはバンザイだけどさ、仲間がいなくなっちゃうのは……ツラいじゃんね……」
「どこかでなにか、おかしなことが起こってる……そんな予感がする。タケハヤ、俺たちもそろそろ渋谷に──」
『おい、13班!』
戻ろう、と言いかけたダイゴの声は割り込んできたミロクの声に遮られる。
どうしたと訊く間もなく少年は「キリノたちの居場所を特定した!」と告げる。
『シキ、ミナト! 至急、司令室に来てくれ!』
「なに、仲間って、キリノがいなくなってたの?」
ネコが首を傾げる。そういえば国分寺でキリノのことも知っていそうな素振りをタケハヤが見せていた気がする。知ってるのか振り返るとネコはうんとうなずいた。
「キリノとは研究所にいた最後のほうで、ちょっとだけ会ったことあるよ? って言っても、向こうはそのときド新人でめちゃくちゃテンパりまくってたから覚えてないだろうけど」
「ふーん……私はムラクモ本部に行くけど、あんたたちどうすんの?」
「関係ない話ではなさそうだからな。俺たちも聞かせてもらう」
ダイゴとネコが一歩進み出る。タケハヤは黙ってなにかを考え込んでいたが、シキが医務室を出ると後についてきた。
相変わらず都庁の中は騒がしく、あちこちをムラクモ関係者と自衛隊が行き来している。いつもなら小柄な自分は気付かれにくいので人と人の間を縫って移動していたが、今は後ろに柄の悪い男たちを連れていることもあってか、視界に入った人間はみんな自主的に道を開いてくれた。
ムラクモ本部に上がって司令室に入る。自衛隊のリン、マキタとそして自分の相方は先に来ていたみたいで、振り返って手を振ってくる。
「シキも来たか! ん……おまえたちは?」
「昔ナツメに世話になったモンだ。よかったら、一緒に話を聞かせてくれ」
「そうか、わかった」
(世話って……)
(ネコ、黙ってろ)
すらりと言ったタケハヤに唇を尖らせるネコを素早くダイゴがたしなめる。作戦の拠点に見ない顔が入ってきたことに戸惑う様子のリンは、大丈夫というようにうなずくミナトに警戒をゆるめてナビたちに向き直った。
「時間がかかってしまって、すみません……やっと、キリノたちの居場所を特定できました」
「四点ロケート演算からの推測値出力……ポイントX35.686、Y139.745……衛星接続作動」
「観測班、モニタリングどうぞ」
ミイナの合図に応え、モニターに紅白の鉄塔が現れる。映像はやや粗いものの、カメラは東京の象徴の一つであるタワーを捉え、全体から下部分へ視点を移した。
映し出されたのは根元である地上部分。そこには、
そこ、には。
「は、」
「え……」
無音になった司令室に「なに、これ」と声が漏れる。
ネコの呟きと気付くのにかなりの時間がかかった。それほど、画面の中の世界を現実のものだと認識するのを、脳が反射的に拒んでいた。
目の前に地獄がある。
自衛隊、ムラクモ、一般、都庁から消えていた多数の人間がそこにいる。……あれだけ必死に探していた人々が、血の海の一部になっている。
まぶたを下ろしていればに虚無に染まった瞳孔を見開いている者もいて、手足をなくしていれば、五体満足でも胴に大きな穴を空けている者もいる。
肉の塊とかした人々に折り重なるようにして倒れている大きな影はドラゴンだった。何体ものドラゴンが口を濡らし、牙に人間の体の一部を引っかけ事切れている。
なんだ、これは。
「……な、なに……これ……みんな……死んでるの……?」
「悪趣味だな……胸クソ悪ぃ」
ネコが唇をわななかせ、タケハヤが眉間にしわを刻み服の胸元を握った。
息を呑む音、体が震えて起きる衣擦れが沈黙したムラクモ本部に連続する中、口もとを押さえていたミナトが上擦る声で叫んだ。
「キリノさん! アオイちゃん!」
「どこっ?」
「下、左のほう!」
クロウを着けていない指先が画面に向かって伸び、生きている人間を探し出す。
死体ばかりが転がる中、唯一二本の脚で立っている姿がぽつんと浮かび上がる。緑と赤というトレードマークの髪はたしかにムラクモの上司と後輩のものだった。
──セ……パイ、聞こ……ます……か!? こち……には大量の……が……。
──いけ……い……逃……ろ……!
国分寺で受けたノイズのひどい通信を思い出す。自分たちがトリニトロと戦っていたとき、アオイたちは、ここに。ならこの惨状はドラゴンの襲撃を受けた結果ということか。
人もドラゴンも等しく、どちらのものかわからない血肉と臓器、骨を飛び散らせて死んでいる。
画面越しの地獄をくまなく観察し、シキは気付いた。
(いない)
いない、いない。
あの女が、いない。
「まさか……」
画面の中、満身創痍のアオイが銃を落として膝を着く。キリノが震えてかすれた声を絞り出した。
『ア……オイ……くん……もういい……やめて……くれ……』
『ダメ……都庁のみんなを、守れなかった……。だからせめて……キリノさん……だけは……!』
涙をこぼし、声を震わせながらもアオイは奮い立つ。弾切れで使えなくなった銃をしまい、彼女はナイフを取り出した。
『センパイに……約束……したんだから……』
ずたずたになったムラクモの腕章がはらりと地に落ちる。
赤い髪を乱し、それでも唇を噛み締めて立つ姿に胸が締まった。
もういい、逃げろ。アオイまで死んだら──。
『この結界の中で……まだ生きてるなんて、さすがね』
声が響く。
腹に力が込められたわけでも喉を絞った叫びでもない、リラックスした一声。けれどその音は圧倒的な威圧感をまとい、耳を通って体中に轟く。
宙に誰かが浮いている。
顔を上げたアオイとキリノは、涙が滲む目をゆっくりと見開いた。
『な……なんで……あなたが……?』
ふふっ、と妖艶な吐息が響く。
影は宙から姿を消し、緩慢な動作で地上に降り立った。
『でも、しぶとさだけがS級なんて見苦しいわ』
妖しい桃色の髪。体に引かれた同色のライン。ドラゴンのような黄色の二対の目。
人間じゃない。人間じゃないが、面影がある。この怪物の原型は人間だ。
顔は似ても似つかないけれど、下肢に穿くパンツスーツには嫌というほど見覚えがある。
そいつが誰か理解するのと同時に、大量失踪事件の真相を悟る。
「ナツメ……!!」
化け物の名前を口にすると、そんなと誰かが悲痛な声をこぼした。
画面の中、立ち尽くすアオイは姿を変えたムラクモ機関総長と対峙する。
怯えはない。焦りもない。ただただ凪いだ瞳が、鏡のように相手の姿へ向けられてゆがんだ。
『……醜い、姿』
ナツメの背から生える触手を見て、低い声が吐き捨てられる。
『やっぱり……あんた……恥ずかしい女だ』
『ふふふ……相変わらずね、あなた』
ナツメは口の端を吊り上げ、狂気じみた笑顔を作った。
ず、と触手が蠢く。
『くっ……!!』
アオイが渾身の力で投げたナイフは、玩具のように絡め取られる。
ぐ、と触手が力んで硬直した。
やめろ、とキリノが懇願する。
『や……やめろ……これ以上……もう見たくない……っ!』
だめ、と後ろに立つミナトが呟く。
「だめ、だめ……っ、アオイちゃん、逃げて!!!」
声は届いたんだろうか。
アオイが何かを探すように視線をさまよわせる。
画面の中の目と確かに視線が絡んで、
せんぱい、とその口が動いた。
「やめ──っ!!!」
画面いっぱいに赤が破裂する。
衣服の切れ端、飛び散る肉片、ボロボロになった鞄から転げ落ちるチョコバー。
一目でわかる。綿毛をさらうように、命を摘み取る一閃。
体から大量の血潮を吹いて、アオイの赤い髪が血の海に同化した。
『うぁああああああああーーっ!!』
『あーらあらあら! ハラワタが丸見えになっちゃったわねぇ……まったく……恥ずかしい女!』
キリノの絶叫にナツメの声が上書きされた。愉快で仕方がないというような彼女の哄笑が木霊する。
『あはっ……あはははは!!』
その声に共鳴するように、ぐにゃり、と東京タワーが歪んだ。
地響きが大地を揺らす。ある者はよろめき、ある者は何かにしがみつき、モニターの中の景色を見て目を見張った。
数百メートルの鉄塔が伸びていく。曲がりねじれながら雲を突き抜け、星の浮かぶ黒い宙へ。それこそ竜のように。
『ようやく、時が来た……新たな神を祝う、宴の始まりよ』
異形の塔の最上、空を抜けて宇宙へ至った彼女の声が、世界に響く。
『みんな、久しぶりね……。私、いくつか誤解していたわ……まず、それだけは謝らないと』
『いつか、凡人は無価値だと言ったわね。それは……間違っていたみたい』
日暈ナツメは──日暈ナツメだったそいつは、口角を目のすぐ下まで持ち上げて笑った。
『凡人でも、かき集めれば──神の居城を築く、生け贄程度にはなれたんだから……!』
ナビが息を呑んで、カメラを作動させる。
ついさっきまで地に転がっていた大勢の遺体は、跡形もなく消えていた。
「生け贄って、まさか……!」
「あいつ……っ!!」
『がんばった仲間たちに、お礼をしないとね。遠慮なく、楽しみなさい……。ねぇ、キリノ……聞こえてる?』
キリノは微動だにせず、赤く濡れた地面で項垂れていた。
彼の返事など最初から期待していなかったのか、彼女はお構いなしに喋り続ける。
『愚かで悲しいあなたに、最後の役目を与えるわ。この私の力が、いかに素晴らしく偉大なものか……見届けるの。光栄な役目でしょう? ふふ……あははは……! 他のみんなも、十分に役立ってくれたわ! あなたたちのおかげで、私は狩る者を越える、宇宙最高の力……竜の力を手に入れたのだから!』
我が名は。
おぞましい女の声が直接頭の中に響いてくる。
『我が名は人竜ミヅチ……新たなる神の名、覚えておきなさい。さて……まずは、あの邪魔な野良犬を懲らしめてあげなくてはね』
かつてドラゴンを狩るためムラクモ機関で指揮をとっていた長は、最悪の竜として世界に宣誓した。
司令室のモニターに移っていた反応が一瞬にして消える。次いで東京全域のマップの中、渋谷に相当する位置から同じ反応が検知された。
『眠れる帝竜よ……目覚めなさい……』
心臓を鷲づかみにされるような声に続き、ビーッ!! とレーダーが警報を鳴らす。
「Warning」という単語と共に、今まで四回見たことのある印がモニターに表示される。帝竜の反応を示すマークだ。
「……な、なにが起きてるんだ……!? 渋谷の帝竜反応が……活性化してる!」
「し、渋谷って……!」
「あのアマ……ふざけた真似しやがって……っ!!」
ネコが顔を青くして部屋の入り口を振り返り、噛み締められたタケハヤの歯がギシリと音を立てる。
『次はアメリカね……あの女、生きているかしら?』
最後に謎の呟きを残して、ミヅチの声は聞こえなくなる。同時に東京のマップからは彼女の反応が消え、ムラクモ本部は扉の外からの喧騒が聞きとれるほど静まり返った。
どこにも反応が見られないことを確認して、ナビ二人の手が力なく垂れ下がった。
「変わってねェ……あのババァ……なにひとつ、十年前から変わってねェ……」
「やはり、俺たちを実験台にしたのも己の欲望のためだったか……!」
SKYの三人の顔が憤怒の色に染まる。
対ドラゴン戦線の先頭に立っていた女性はもういない。彼女は自ら人類の敵である竜へと変貌した。
ミロクが乾燥で充血した目を瞬かせ、ミイナが大粒の涙をこぼす。
「……オレたちは……だまされてたのか……?」
「うっ……うっ……アオイが……キリノが……」
「ば、バカ! まだ死んだと決まったわけじゃない! ……救助に行くんだ! マキタ、レンジャー技能者を召集しろ! あと、看護師の手配を!」
リンがモニターに背を向けて振り返る。目に動揺の色を浮かべながらも、彼女は部下たちに素早く指示を出す。
「我々自衛隊は、キリノ、アオイ……および、生き残った民間人救出のため今すぐ東京タワーに向かう!」
「了解!」
「俺たちは、渋谷に戻る!」
「……渋谷はうちらの街だ。あのババァの好きには……させない!!」
「おまえらは……どうする?」
人竜ミヅチは消える直前に「次はアメリカ」と言っていた。そして反応が見られないなら、あいつは実際にアメリカに飛んだと考えられる。
なら、今最優先で対処しなければいけないのは渋谷の帝竜だ。反応が活性化しているなんて、嫌な予感しかしない。
タケハヤに尋ねられ、シキはミナトを振り返る。
「ミナト、私たちも──」
「あ……アオイちゃん、は?」
蚊の羽音よりも弱い声でミナトが言う。
「アオイちゃん……キリノさんも……助けないと」
視線が絡まない。彼女の焦点は不安定にぶれる。
まずい。無意識にブレーキをかけているものの、今にも我を失いそうだ。
足に根が生えたように動かないミナトの両肩をリンが力強くつかむ。
「それは、こっちが引き受ける! それより、行けるなら渋谷の帝竜をなんとかしたほうがいい!」
言われなくてもそのつもりだとうなずく。タケハヤにもその意を伝えると、彼は異形の東京タワーが映るモニターを一瞬見やり、好きにしろと目を逸らした。
「おまえらを待ってはいられねぇ……! 俺たちは先に行ってるぜ!」
怒りを露にするダイゴとネコを率いて、タケハヤが飛び出していく。
シキは未だ呆然とするパートナーの手を握り、体を引き寄せた。
「いい、渋谷に行くわよ!? このままじゃとんでもないことになる。被害が広がる前に帝竜を倒すの。今はそれだけに集中するの。いい? 帝竜の討伐! わかった!?」
「……ぁ、うん……」
大声で指示を叩き込まれ、ミナトはなんとか頭を縦に振る。
「我々も、行くぞ! ……渋谷のこと、任せたよ」
「……東京タワーのほう、頼んだから」
リンと視線を交わして頷き合う。
自衛隊の面々も出て行った司令室には4人だけが残され、ミイナの悲痛な声が空気を震わせていた。
「アオイ……アオイ……っ! あなたまでいなくなったら、私……! お願い、応答してください! アオイっ、キリノっ!」
「13班は渋谷へ! 渋谷のことなら、SKYが一番詳しいはずだ。協力して、帝竜討伐を! くそっ、反応の活性化が止まらない……」
何度も何度もキーボードを弾き、幼い顔が歪む。
ミロクは椅子から飛び降りてこっちに駆け寄り、小さな手でシキとミナトの手をつかんだ。
「シキ! ミナト! おまえらは絶対、生きて戻れよ……!」
「死んだりなんかしない。いつも通りあいつらを狩るだけよ。……ミナト、行くわよ!」
「……うん」
エントランスに駆け下りて都庁前広場に飛び出したところで、視界にマップデータが表示される。
『……駅前に、正体不明の帝竜反応だ! このまま行くのは危険だな……別の入口から渋谷に侵入しよう』
「了解!」
(アオイ、キリノ、こんなところで死なないでよ!)
通信機から流れるミロクの案内に従い、シキはミナトの手を引いて走り出した。