2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!! 作:蒲焼丼
電磁砲とゾンビの後は同士討ちとか考える手がエグすぎる。
アメリカ、サンフランシスコ上空。
戦闘機が三機、空を切り裂き三角編隊で飛んでいる。
既に敵とは接触している。いきなりアメリカ上空に現れたと言われてすぐに出動し、まさに今交戦中だ。
相手はたった一匹。今まで通り操縦桿のスイッチを押して、飛ばしたミサイルで撃墜させる。帝竜でもないならそれで終わりのはずだった。
なのに、なのに。
「くっ……なんだあのドラゴン! こっちはマッハ4で飛んでるんだぞ!? どうして引き離せない!」
先頭を飛ぶ一機の中、操縦桿を握り締めて叫ぶ。凄まじいGに体を圧迫され、胃の底からうめき声が漏れた。
あらゆるものを置き去りにする音速の世界。同速の風が吹きつければ地上はあっさり更地になる、核兵器が起こす爆風以上のそれを敵は身にあびている。おまけに最新兵器の弾だってこれでもかとくらわせてやっているのに。
どれだけエンジンを燃やそうが、どれだけ攻撃しようが、レーダー上の反応は消えない。落ちるどころかひるみもせず、淡々と、ただ淡々と変わらないスピードで距離を詰めてくる。どういう体をしていればこんなホラーみたいなことになるんだクソッタレめ。
汗を吸い込み塩の味が広がる口でスラングを垂れ流す。左後方を飛ぶ同僚から落ち着けとたしなめられた。同期の中でも精神的に落ち着いている彼は淡々と彼我の距離を口にして、右後方を飛ぶもう一人と手短な作戦会議を済ませる。
『俺たちがここで奴を迎え撃つ。おまえは、その隙に回り込め!』
『さあ来い、クソドラゴン! 俺たちUSAFが相手に──』
二機が機首の向きを変えてUターンした直後、昂る声は一瞬にして爆発音にかき消された。
「ライトニングF! G!? おい、どうした……まさか……!」
応答はない。レーダー上の仲間の反応はあっけなく消える。
雲海の上で独り取り残されたパイロットは、皮膚の下で顔の筋肉が硬直するのを感じた。
ふわり、と何かが機首に降り立つ。音速で飛んでいることを感じさせない、緩やかな動き。
レーダーには自分と敵の反応しかない。そして、二つはぴったりと重なっている。
なら、こいつが。
コックピット越しに、二対の目が自分を映した。
「はは……おい、ウソだろ……」
笑うことしかできない。じゃなきゃ他にどうすればいい。
こんな、手足が二本ずつあって、頭の横と後ろから長い毛が生えていて、小さな顔には鼻があって、唇があって、
それが、鏡にでもなったみたいに艶かしい笑みを返して。
「ドラゴンじゃなくて、女……? そんな、馬鹿な──」
機体が爆発する。
最後に聞こえたのは、力加減もわからず、おもちゃを壊したことも自覚していない赤子のような笑い声だった。
* * *
現在地、渋谷繁花樹海・宮下公園。
以前よりもミナトの身体能力が成長しているため、走って到着するのに時間はかからなかった。目の前の問題の解決に尽力すべしと、なんとか思考を割り切ったのだろう。相方はひたすら前を見つめて唇を引き結んでいる。
これなら帝竜討伐に集中できそうだと視線を前方に戻す。視覚支援で視界に生体反応が表示され、ミロクのアナウンスが入った。
『あそこにSKYの人間がいる。なにか知っているかもしれない……話を聞いてみよう』
「? あ、あいつたしか……、って──」
一歩踏み出した足が止まる。
参考方向には人が三人倒れている。SKYメンバーと思しき男女と、一人の自衛隊員だ。
それぞれの首や手首からは脈が取れない。全員が瞳孔を開いて身じろがこともなく絶命していた。
「くそ、死人が……!」
ここは異界化したエリアの中でも端に近い。ドラゴンは見えないしマモノもほとんどいないのに。帝竜にやられたと考えていいんだろうか。
いずれにせよ死体にはまだ体温が残っていた。ならこの騒ぎの中で死んだと見ていい。今までのようにじっくりダンジョンを進んでいてはもっと死体が増えるかもしれない。
ただ、違和感が一つ。
アスファルトの上に転がる死体はそこまで損傷していない。体に傷を負ってはいるが、ドラゴン特有の牙や爪で付けられた痕はないのだ。
(むしろ、これは)
鋭い切り傷に、肌に穴をあける銃創。まるで。
「ちょっとあんた!」
道の中央にぽつんと立っている青年に話しかける。目の前で人が死んでいるというのに、彼の表情はどこ吹く風だった。生気の宿らない目に何度呼びかけても反応がない。
思い切って頬を張ると、ようやく青年は目を瞬かせた。
「あ……?」
「目、覚めたわね。これどういう状況? 何が起きてる?」
矢継ぎ早に質問する。彼は数秒シキを見つめ、ゆっくりと目を見開いた。
右、左。瞳がさまよい、地面で事切れている三人を認識して。
「う、うわああっ!」
途端、青年は腕をむちゃくちゃに振り回して突き飛ばしてきた。
「った!? あんた何を、」
「俺じゃねぇ……俺が殺したんじゃねぇ……! や、やめろ……! 誰も来るんじゃねぇよ!」
「は?」
「俺はなにもやってないんだ! なにも知らないんだよォ!」
青年は頭を振り乱し、渋谷の街中へ逃げていく。
その背中を見て「あいつ……たしか、SKYのグチとかいうやつだよな」とミロクが呟いた。
『かなり錯乱してた、一体何があったんだ……?』
「とりあえず、嫌な状況だってことは確かね。行くわよ」
宮下通りに入る。あたりまえだが人影はない。
どこに向かうべきか。闇雲に帝竜を探すより、以前訪れたSKYのアジトでタケハヤたちと合流したほうがいいかもしれない。
ミロクにその旨を告げてマップ表示を頼んだところで、空の向こうに大きな影が現れた。ドラゴンかと身構える。
『おい、13班!! 上空から強大な反応が近付いてきてる!! これは……帝竜……!?』
「帝竜?」
再び空を見上げた。影は猛スピードで渋谷の空を滑空してこちらへ向かってきている。進行方向には自分たち、後方の離れた場所にSKYメンバーが二人いた。首都高で出会ったことのある男たちだ。帝竜はどちらかを獲物として狙っているのか。それとも。
「に、逃げようぜ……やっぱり、俺たちだけじゃ──」
「バカかっ! タケハヤが戻ってくるまでの辛抱だろうが!」
「く、来るっ!」
二人は身構えはしたものの、高速で空を飛ぶ帝竜を真正面から迎え撃つのは無理だろう。遠目に見えるシルエットは雑魚ドラゴンよりずっと大きい。
そしてこの距離と帝竜のスピードでは彼らを助けるのも無理だ。ミナトの襟をつかんで、異界化で生い茂る緑の中に飛び込んだ。
息を潜めて振り向いた瞬間、巨大な何かが視界を突っ切る。一拍遅れて烈風が地上を襲い、茂みの中を団子になって転がった。
「っぅ!」
「わぁ……っ!」
『シキ! ミナト! 大丈夫か!?』
「問題ない……あの二人は!?」
髪に引っかかる葉や小枝を払って体を起こす。視界をあっという間に小さくなっていく帝竜は進路を変えず、空を赤く染めてタオとアキラの上を飛び過ぎた。
赤い何かが粉砂糖のように道路に降りしきる。フロワロの花粉とはまた違う、けばけばしい、目に痛い赤。ふわりと舞うそれに包まれた二人組は飛び去る帝竜に呆然としていた。何秒か経って、不自然に体が弛緩する。
「な、なんだよ、逃げやがった……は、はは……あは……ひ、ひひひ……!」
「なんだアレ……逃げちまいやんの……うへ、ひゃ、ひゃはは……!」
『なんだ、あいつら……? 様子がおかしい、今のはなんだ……!?』
帝竜反応が遠ざかったことを確認して路上に出る。靴底が音をたてた瞬間、笑い続ける青年二人がぐりんと振り向く。不自然に血走った目があちこち動いて、ぶれる瞳孔がこっちを捉えた。
「い、ひひ……なんだよ、おまえら……? 俺を殺そう、ってのかよ……あ? 文句あンのか!?」
「……正気じゃないわね」
男たちはわかりやすく正気を失っている。だらしなく開いた口から罵声と一緒に唾液が飛んだ。
さっきまでは普通だったはず。攻撃をくらって頭を打ったわけでもなし、こいつらが狂った原因は……。
地面を見下ろす。足の動きに合わせ、アスファルトを暖色にコーティングする赤い粉がふくらはぎの高さにまで舞い上がった。
『さっきの帝竜がまいていった粉だな。たぶん鱗粉だ』
「鱗粉?」
ミロクの支援で視界に画像が表示される。広がる木の葉とその向こうにある巨体。帝竜を見た瞬間だ。
ムラクモ本部の機器と13班の視覚は繋がっている。さすが敏腕ナビと言うべきか、ミロクはシキたちが目視した一瞬を使って帝竜の姿を捉えていたらしい。
画像に写る派手な羽に細長い胴体、複数本の脚。見てくれは蝶に近い。なるほど、だから鱗粉か。
「俺を殺すんじゃねえ……俺を……殺すんじゃねぇよ!!」
「こええよぉおお……頭ン中かき混ぜられてるみてェだ……!」
鱗粉をもろに浴び、吸引した二人は目の焦点も合っていない。医者に見せたほうがいいかもしれないが、最優秀は帝竜を倒すことだ。ここであまり時間は食えない。
たじろぐミナトを下がらせてシキはステップを踏む。足取りが覚束ない相手の剣を避け、片方の鳩尾を拳で突き、片方の首を腕で締め付け速やかに意識を刈りとった。
「よし、気絶させた。しばらくは起きないでしょ」
『やっぱり様子がおかしいぞ……あの帝竜、の、鱗粉だけど、人の精神を錯乱させる能力を持っているみたいだ。……ちょっと待て、だとしたら……まさか……この街の惨状は……人間同士で……!?』
「人間同士!?」
ミナトが血の気のない顔をさらに青くさせた。
数分前に自分たちが通った入口を振り返る。今気絶させた二人に加えて既に死んでいた三人。狂い方も死に方も違えど、全員があの帝竜に振り回されたのは間違いないようだ。
『これは……やばいぞ……一刻も早くあの帝竜を止めないと……!』
地面に降りかかる鱗粉。フロワロ。そして流れる血。
赤に染まりつつある渋谷の街を、13班は走り出す。
* * *
同刻、アメリカ、ホワイトハウス。
「……報告です! 『人竜M』の攻撃を受け、帝竜討伐部隊はすべて壊滅……! 人竜Mは、そのまま高速度でこちらに近付いてきています!」
「人竜に対し、迎撃準備! すべての戦術兵器の使用を許可する!」
「ハッ!」
軍と大統領室の連絡を担うマクガイバー氏が駆け込んでくる。報告を受けたエメルは、しばらく前に天から響いた声を思い返して唇を噛んだ。
最低最悪。かつ最狂。そうだ、最もと言っていいほどの災いだ。あの女、よりにもよって最悪の敵と化してくれた。積み重ねてきた記憶の中でも最底辺を更新する事態である。
今にも燃え上がりそうな後ろ姿に、ミュラー大統領の霧雨のような声が降りかかる。
「……なぜ、黙っていたんだい?」
もちろん日暈ナツメ、もとい人竜ミヅチのことだ。
女の声は日本だけでなく地上の至る場所へ届いていた。さらに彼女は宣戦布告後アメリカに現れ、たった一人……一体で戦場をかき回して軍を翻弄している。
ただの竜ではなく人竜。元人間。そして恐ろしい力を喜々としてかつての同族へ向けている狂った存在。
エメルは眉間にしわを寄せたまま大統領を振り返る。
「彼女の存在は、計算外でした。アレをそんな目的のために使うなんて──」
「ふむ……アレとは、なんだね」
人竜だけでなく、ドラゴン襲撃時から臭っていた謎。
エメルがいい顔をしないので追求はしなかったが、今の惨事と関係があるのなら、もう知らないままではいられない。
「君はいつも口をつぐんでいたが……そろそろ、教えてくれてもいいのでは?」
「……ドラゴンクロニクル」
ドラゴンクロニクル。聞いたことのない言葉だった。
「有史以前の戦いから引き継いだ、ドラゴンの神を殺傷せしめる……鍵です」
黙って話を聞きつつも、大統領の傍らに立つデイビッドは混乱して目を瞬かせる。
「有史以前の戦い」に「ドラゴンの神」、それを殺傷せしめる、「鍵」。あなたは何を言っているのかと口が動きそうになった。
ミュラーが大統領になる以前から、エメルは不可思議なことを言ってはいた。ドラゴンが来てからは特殊部隊の指揮に立ち、その手腕を遺憾なく発揮してはいるものの、その来歴などは全て不明のまま。
加えて今言った内容。まるで、ドラゴンなんて怪物がはるか昔から存在していて、彼女はそれを知っていた、ような。
デイビッドが宇宙人を見るような目を向けるのも意に介さず、エメルは続ける。
「日本に狩る者の芽が育ちつつあり……私はかつて、その組織の長と協力関係にあった。そのときの……致命的なミスです」
「有史以前──ずいぶんと昔の話だ」
デイビッドと比べ、大統領は冷静にうなずいて話を先へ運んだ。
「かつて人類は、ドラゴンと刃を交えたことがあると?」
「そうです、古代の海洋帝国の時代……ドラゴンの神は人類を襲った。そのとき私が作っていたのが、神を殺すための技術……ドラゴンクロニクル。当時は未完成だったアレを、ナツメは、自らの欲望のために完成させた。……それも、最悪な形で」
よりによって、ドラゴンを殺すために積み上げてきた物が、ドラゴンの側になることに利用された。
ナツメは腹に一物含んでいるような雰囲気があるとは思っていた。だが彼女は人間だ。人間だと思っていた。
それがまさか、こんな形で。
変にごまかしても意味はない。エメルは率直に事実を述べる。
「人竜は、私の戦いの経験にもない……。おそらく、この国での戦いは……」
「負けです」
痛いほどの沈黙が部屋を包む。
よりによって国の動向を決めるこのホワイトハウスで、しかもその舵を取る大統領に向けて。怒りと混乱でデイビッドは酸素を失った魚よろしく口をはくはく開閉させるしかできなかった。
「ふむ……」
対照的に、ミュラー大統領は何も言わない。
エメルを責めもせず、ミヅチに対する怨嗟も漏らさず、やがて部下の名前を呼んだ。
「……デイヴ!」
「……はい」
「生き残っている市民を、バンカーに誘導しろ。すぐにだ」
「し、しかし、それは……!」
「反論の許可は与えない……急げ!」
「は、はい!」
慌ただしい足音が静かな一室から飛び出して遠くなっていく。
二人きりになった部屋で、大統領は組んだ手に顎を乗せた。
「君が言うのだから、おそらく我々は……人竜とやらに勝てないのだろう。だが、我が国は世界の代表としてね……そう簡単に剣を退くわけにはいかないんだ。死んでいった世界の同胞たちに、ただ負けましたなどと……報告できない。あがけるだけ、あがいてみるさ」
「……」
片方の口角をほんの少し上げるミュラーを見て、エメルは太古の景色を思い出す。青く美しい海で、今は亡き種族が繁栄していた時代。
「あがけるだけ、あがく」。
かつてあった人と竜の戦いの再演。その末につかむのは、悲願の勝利か、繰り返される破滅か。
* * *
以前と変わらず深い樹海ではあるものの、道に転がる瓦礫や砕けた木の欠片が目立つ。あとは今流れたとは思いたくない血痕も。
活性化しているのは帝竜だけじゃないらしい。あちこちから獣のうなり声が流れて不協和音になっていた。
その中には、狂ったような人の声も。
「くっそ、邪魔ね!」
「急がないと……! ……あ、」
牙を剥いて襲いかかってくるマモノたちを薙ぎ倒していく。
走る調子を上げようとしたシキとミナトの前に、宙からにじみ出るように人影が現れた。アイテルだ。そういえば、トリニトロと戦い、国分寺から都庁に移動していた間、彼女はどこにいたのだろう。
「星が壊れていく……またこの光景を見ているのね」
さざ波のように風がざわめく。青い髪をなびかせてアイテルは瞳を憂いで染めた。
「また」とはどういう意味だろう。ただ単に、今年の三月にドラゴンが来たときのことを振り返っているのか、はたまた。彼女が口にする言葉はなんだか普通の人間の話し方とスケールが異なる気がする。
「タケハヤが待ってるわ。帝竜を倒すために、あなたたちにも協力してほしいの」
「こっちはそのつもりで来たのよ。前に顔を合わせたアジトに行けばいい?」
「……よかった。タケハヤは、あなたたちも知っているSKYのアジトに、みんなと一緒にいるわ。強がっているけど、あの子の体はもうボロボロ……だからお願い、タケハヤを助けてあげて」
あのバカと舌打ちする。ベッドから身を起こしてそう時間が経っていないのに、帝竜に突っ込むつもりか。万全に準備をした自分たちでも毎度死にかけるというのに、あんな体で動き回るのは単なる自殺行為だ。
アイテルの赤い瞳が渋谷の空を見上げる。
翼をばたつかせて逃げる鳥を、何倍も大きいドラゴンが噛み砕いた。頭上から降る千切れた羽を両手で受け止め、彼女は苦しげに頭を横に振る。
「なんだか不思議な気持ちよ。この街を汚す帝竜を、私は許しておけない」
いまいち感情が読めない彼女も抗う気は十分なようだ。ローブを大きく翻し、華奢な背中が向けられる。
「アジトはここから西──待ってるわ」
アイテルは西に続く道を歩いていく。儚げな雰囲気をまとう背中は、瞬きひとつすると消えていた。
以前までいがみ合っていた連中との共闘。あまり想像できないが、やるしかないだろう。ここは彼らの領域だ。
アジトを目指し、ミロクの案内に従い路地を進む。ここも──ドラゴンが来た時点で平和とはほど遠くなったが──以前にもまして凄惨な景色が見えた。
「グチ、どこ行ったのよォ……アハ、ハハ……! なんかマジ、ウケるんですけど……! 寂しいとか思っちゃってアタシ……! アハ、ハ、ハ……!」
「異常、ないし……うへ、へへ、へへ……!」
正気を失ったメンバーたちが、かくりかくりと体を揺らしながら路上で立ち尽くしている。どうしようという表情で彼女は振り返った。
このままでは危ないが、SKYメンバーは渋谷のどこに何人いるかわからない。被害が把握できていないまま一人ずつ救助していては、先に街が壊滅してしまう。
「ドラゴンがいなければ放置しても……いや、同士討ちも起こしてるんだった。ドラゴンを狩りながら、錯乱がひどい奴は気絶させていく。あんた、うまいこと気絶させる技は持ってないでしょ。私がやるから、その間ドラゴン押さえられる?」
「うん、やってみるよ」
ミナトの返事を待っていたかのように咆哮が響き渡る。鬱蒼と茂る緑が引き裂かれたかと思えば、巨体が木や朽ちかけた建物を薙ぎ倒して踏み出てくる。帝竜に勝るとも劣らない大型のドラゴンだ。
「な、でか!?」
「これ……ティ、ティラノザウルスってやつ……っ?」
『気を付けろ! デカいだけあってパワーも強いぞ!』
後ろの二本足で立つドラゴン、ティラノザウルスならぬティラノザウラスが再び吼える。
頭から尾まで大きな紫の棘が生える赤い大木のような体。その向こうの開けた場所にちらりと人影が見えた。
SKYの人間だ。このまま戦ったら巻き込まれる。
「シキちゃん、行って! あの人たちをお願い!」
ミナトが両手から冷気の嵐を放った。ティラノザウラスが複数の氷柱に拘束される。冷たい突風に乗って、シキは脇を駆け抜けた。
すれ違い様に観察してみる。見るからにパワー型のドラゴンだ。ミナトの足止めもそうもたないだろう。暴れ出す前にSKYの人間を離れた場所に移さなければ。
「あんたたち! 後ろのドラゴンが見えないの!?」
ふらふらと立っている二人を怒鳴りつけてみるが、やはりまともな応答はない。
気絶させるしかないかと手を振り上げたところで、片方の女が引きつけのような笑い声を上げた。
「ひはは……私たち、ひひ……ホント、仲良し三人組だよね!!」
「おう、俺、マキ、ユウ、トラ、ジン! 三人あわせれば怖いものなんてねーって!」
「へひひ……そう思うよねぇ、ユウ?」
ユウと呼びかけ、女は脇を見る。
虚ろな目は地面に転がる死体を見て、しかし何の反応もなく目の前に立つ男性に戻された。
おそらくついさっきまで生きていたであろう、ユウという誰か。そして、傍で絶命している別の二人。
「ギハハッ……おれたち四人の友情は永遠だな……!」
「にしてもさあ……ひゃひひ……ホントに私たちって──」
男女は泣きながら同じ会話を繰り返していた。
正気に戻ったときに真実を知ったら、なんて考えは今は不要だ。それでも口からこぼれたため息はいつもより重かった。
それぞれの鳩尾に拳を叩き込んだ。倒れる二人を十分距離を空けた茂みに放り込む。
氷が連続して砕ける音を聞き、シキはパートナーのもとに走っていく。
* * *
アメリカ、ニューヨーク下町。
ここはもう血と硝煙の臭いしかしない。死体が転がっていない場所がない。
か細い泣き声を聞き取り、走る体を方向転換させる。
視界が粉塵で覆われている中、瓦礫に足を挟まれ動けなくなっていた子どもをなんとか救助した。
「おい、大丈夫か!」
子どもは泣きながらなんとかうなずいた。足からは血が流れているが、骨も折れていなさそうだしそこまで深い傷じゃない。応急処置でも大丈夫だ。
……応急処置してくれる時間を与えてくれるのなら、だが。
殺気を感じ、子どもを抱えて走り出す。
次の瞬間、自分たちがいた場所が爆発して地が抉れた。
『──にぃ! ──兄!?』
通信機の向こうで妹が呼んでいる。
強い彼女のことだからあまり心配はしていないが、今暴れている奴は普通のドラゴンとはケタが違う。
なるべく声を潜めて通信機の向こうに「バカ!」と怒鳴った。
「俺は大丈夫だから大声上げるな! 気付かれるぞ!」
『気付かれたって戦えば──』
「勝てると思ってんのか!?」
『でも……!』
「空軍が壊滅したんだぞ。近代兵器と異能力者の違い云々の話じゃねえ、奴とはまともに戦うなっ! それより──」
轟音と同時に壁にしていた建物が弾け飛ぶ。
焼けるような空気、むせるような血煙、降り注ぐつぶて。持ち前の身体能力を以てしても、すべては避けきれなかった。子どもを庇い、背中つぶて礫を浴びる。
「ううう……っ!!」
「大丈夫だ。だから声は出すなよ!」
体が痛む中、泣きじゃくる子どもを抱えて走る。
走って走って、息を潜めて走り続けて、足の感覚が鈍ってきた頃、ようやく追撃が止んだ。
『大丈夫!?』
「だから大声出すな、俺は大丈夫だから! 大統領から市民をバンカーに誘導するよう指令が出たのを思い出せ。今の俺たちの使命は戦うことじゃない……一人でも多くの命を救うことだ」
『……』
なんでと、困惑した声が届いた。
『なんで、なんで? 帝竜は全部倒したはずでしょ? ついさっき、確かに七体目を仕留めたでしょ!? 雑魚ドラゴンだって、あたしたちほとんど倒したじゃん! なのに、なんで……』
「……なあ、」
妹の名前を呼ぶ。兄には素直な彼女は、混乱していてもすぐに返事をした。
「俺たちが帝竜を倒したのは事実だ。誰にも文句は言わせねぇ、誇りにしていい。けど、今死んだらそれも全部パァだ。優先順位を見誤るなよ。……全員聞け!」
本来ならばリーダーにあるはずの指揮権は、今は自分が握っている。彼は帝竜との戦闘、そして直後に現れた化け物がもたらす災禍の中で連絡が取れなくなっていた。
チームの中でリーダーだけの消息がつかめない。死んでしまったのか、通信機の破損か、詳細すらもわからない。それだけ、地上を襲っている嵐は大きすぎる。
今は自分たちができることをするしかない。声を張って指示を飛ばす。
「大統領のオーダー通り、生きてる市民を発見次第、保護してバンカーに送れ! おまえら、なにがなんでも死ぬんじゃねぇぞ!」
『了解!』
チーム全員の声が重なる。
バンカーに飛び込む。救急隊員に子どもを預けて再び外に出た。
街に燃え広がる炎は消える気配がない。消防隊もごくわずかな者しか出動できないのだ。空にあいつがいるから。
「なんなんだよ、おまえは……!」
チームメンバーたちの無事を祈りながら、腰の銃を抜きそうになる手を抑える。
「ねえ、絶望の声を聞かせて……それが……力を持つ者だけに許された、最高の喜びよ……!」
何の前触れもなく現れた大災害。人の皮に触手をつなげたようなグロテスクな女怪。
人竜ミヅチはアメリカの地を蹂躙していく。
* * *
渋谷通りのSKYアジト。辛うじて鱗粉の被害を免れたメンバーが集まっている場所で、周囲の制止を無視し、ネコはクロウから冷気を流し続けていた。
「ねぇ……まだなの……? アタシ、あのクソ蝶々……絶対に殺すから」
「ネコ、落ち着け。確実に仕留めるためにはあいつらの協力が──」
「いた!」
タケハヤの言葉にかぶさるタイミングでミナトがアジトに飛び込んだ。SKYメンバーが一斉にこっちを振り向いてくる。
「あんた……」
「もう一人はどうした」
「シキちゃんなら今、」
「ここに、いる!」
遅れてセーラー服の少女もアジトに入る。やけに息を切らしていると思えば、その両肩に乱雑に重なる男女……計十人近くを見て全員がぎょっと目を剥いた。
差し出されるダイゴの腕を「まだ近寄るな!」と突っぱね、極力ゆっくりと少女は腰を下ろす。地面に転がる男女をできる限り薄着にさせて、シキは全身をはたいてから顔の下半分を覆っていたスカーフを外した。
「暴れてる奴は目につき次第気絶させたけど、雑魚ドラゴンがいるそこらへんに放置するわけにもいかないでしょ。あんたたちの仲間っぽい奴は連れてきたから、できるなら服取っ替えて全身洗って。持ってるならマスクしろ、服についてる鱗粉は吸うな」
「もし、様子がおかしい人がいたら教えてください。怪我と錯乱は私のほうである程度治癒できます」
進み出てきた仲間たちに予備の通信機を放り、ミロクに応急処置のアナウンスを任せる。
アジトが大わらわになる中、礼の言葉とともに歩み出てきたダイゴの声は怒りに満ちていた。
居場所と称していた街、家族と称していた仲間たちの様子を目の当たりにしたのだろう。普段はネコをたしなめる側の彼も、溶岩が煮えるような怒気を身にまとっている。
「早く指示をくれ、タケハヤ……おまえは俺たちのリーダーなんだろ?」
「……ああ、わかってる。13班も来たことだ、そろそろ始めるか」
だが、と言って間が置かれる。
ダイゴとネコの怒り肩が少しずつ下がっていくのを待ち、タケハヤは静かに言い聞かせた。
「怒りで突っ走るんじゃねぇぞ? 死人が増えるだけだからな」
「……心得た」
「……」
『……待ってくれ。作戦もなしに帝竜に挑むのは、危険すぎる』
「ミロク?」
ミロクから通信が入る。耳にはまる通信機がカチリと音を立て、タケハヤたちにも声が届くスピーカーに切り替わった。
場にそろっている者の中で最も幼い13班専属ナビは、アジトに来るまでの惨状と帝竜の情報を冷静に述べた。
『あの帝竜は、人間を錯乱させる力がある。つまり、大人数での行動は同士討ちになる危険があるってことだ。もう一つは、帝竜の居場所の問題。さっきからチョコマカと移動してて……くそ……こっちのレーダーでは捕捉しきれない。空を飛んでる相手を全員で追いかけ回すような戦い方じゃ、まるでラチがあかないぞ?』
「んなこたぁ、わかってる。だがな、ここ渋谷は俺たちの庭……街のこたぁ、隅から隅まで知り尽くしてんだよ」
考えなしじゃないとタケハヤは言う。節くれ立ち、小さな傷跡がいくつも刻まれた彼の指が三本伸びた。
「俺、ダイゴ、ネコで三手に分かれて、少数精鋭でアイツの居場所を突き止める。そこに13班が合流して、一気に叩く。飛んで逃げる暇なんざ与えねぇようにな。こんな作戦でどうだ?」
ネコとダイゴが確認を求めるようにこっちを向く。
ミロクは数秒黙り込み、何度か呼吸を繰り返して了承の意を示した。
『なるほど、了解。確かに、現状ではそれが一番早い方法かもな』
「俺たちSKYが……草の根分けても奴を探し出す」
「……13班が来るまでに、倒しちゃうかもしんないけどね」
「おまえらは、ここに残って俺たちの報告を待ってろ。……帝竜を見つけたら、すぐに連絡するからよ。よし……行くぞっ!」
残りの通信機のスペアを受け取り、タケハヤの号令にSKYが基地を飛び出していった。もちろん、体がぼろぼろだと言われていたタケハヤも含めて。
「なんっであたりまえみたいに行くのよ。あいつ死ぬ気?」
「タケハヤさんたちなら大丈夫だよ。……大丈夫だって、思わなきゃ」
黙っていたミナトが、自身に言い聞かせるように言葉を漏らした。東京タワー側のことを考えていることが容易に想像できて、その苦い声音に顔をしかめる。
作戦中は渋谷から出られないし、帝竜の動きを捉えるまではここで待機していなければならない。最前線にいるのに戦えないことが、自分たちの代わりに怪我人を頼りにしなければならないのがもどかしい。
ため息を吐くのは一回だけ。あとは多人数を無理やり運んで負荷のかかった筋肉をほぐすことに集中した。
運んできた者たちの治療も落ち着き、しばらく経ってウォーミングアップを終えても、通信機が鳴る気配はない。
『もう、そろそろ二十分経つぞ……あいつら……大丈夫かな」
痺れを切らしたミロクが通信をつなげる。キーボードを叩く音、靴が固いアスファルトを蹴る音、走り続けて乱れる息遣いが混ざり合って耳になだれ込んできた。
『おい、SKY! 誰か報告ぐらいしろよ! 集団作戦の意味がないぞ!』
『ちっ……るせぇガキだな……まだだ、こっちにゃ見当たらねえ』
『こちらダイゴ。神北町方面も、いないようだ。ネコはどうだ』
『はあっ……はあっ……もうちょい……! 追いつきそう……! い、いたっ……! 帝竜、発見! アジトのすぐ南、渋谷通りに来てる!』
無言で立ち上がって手にナックルをはめる。ようやく自分たちの出番だ。
『よし、ポイント捕捉……! 行き先はマークしといたぞ、急げ!』
ミロクに急かされて走り出す……前に、シキはミナトを振り返る。
「ミナト。今回の帝竜も飛び回るタイプよ。しかもロア=ア=ルアより素早い。わかってるわね?」
「うん。しかもやっかいな鱗粉がある。……やることはちゃんと、把握してるよ」
なら十分だ。
今回は二人だけじゃない、SKYの協力もある。なるべく速く帝竜をしとめる。
SKYアジトを飛び出し、シキとミナトは再び樹海に飛び込んだ。目的地を目指して走る中、ネコの荒れた呼吸が聞こえてくる。
『13班……早く来てよ……? アタシ……我慢できないかもしんない……』
『おい、やめろ! 一人で手を出すんじゃねぇ!』
『くそ、急ごう! 南西のマーカーに向かってくれ!』
「了解!」
SKYアジトからすぐの渋谷通りに駆け込む。同時に氷の砕ける音が連続して響いた。
冷気を発散させるネコが帝竜と向かい合っている。力尽きた仲間たちを庇い、滝のように汗を滴らせて彼女は歯を食いしばっていた。
「ハァッ……ハァッ……うちらの家族をよくも……!」
傷付いた眼鏡のレンズ越しに猫目が燃ゆる。
立っているのは彼女一人。帝竜に歯を剥き、かすれた声を絞り出す。
「こいつだけは……絶対に……!!」
「ネ……ネコ!」
ミナトが名前を呼んで飛び出そうとした背中を引き止める。
帝竜の前に躍り出る二人の背中を見て、ネコは潤んだ目を見開いた。
「13班……! お願い……アイツを……」
最後まで言葉を紡げず、彼女はアスファルトの上に膝を着く。
シキとミナトが身構えると、帝竜は新たな獲物に興奮するように不快な雄叫びを上げた。
『鱗粉には気を付けろ! おまえたちまで錯乱したら終わりだぞ!』
「わかってる!」
ミロクに言われずとも、精神をかき乱す攻撃の厄介さは身を以て知っている。ロア=ア=ルア戦を思い出し、手早く錯乱防止のアクセサリを身に付けた。
目に痛い色の羽が大きく動く。一帯の空気がかき乱され、妖しい色の粉が渦を巻いた。
「しょっぱなから鱗粉……!」
だが効かない。開発班の技術の粋が、錯乱を誘う鱗粉に対して見えない盾となる。
赤く染まる空気の向こうで帝竜が動くのを見て、シキは構えを変えた。
細長い前足が鞭のようにしなり、鋭い二本爪が襲いかかる。
「くらうか!」
目の前で舞う赤い霧が歪むのに合わせて身をひねる。伸びてきた前足をナックルで殴り飛ばすと、ギイッと金属をこすったような鳴き声が上がった。
帝竜は羽ばたいて距離をとる。今度は何を仕掛けてくるかと思いきや、鱗粉の幕の向こうで巨大な影は舞い上がり、転進して飛び去っていった。
「逃げた!」
「くっそ……!」
ミロクに追跡を頼む傍らで、ネコが拳を道路に叩きつけた。すぐに手当をと駆け寄るミナトの手をつかみ、眼鏡をかけ直して彼女は顔を上げる。
「……アタシは……へーき。だから、早くアイツを追って……!」
「で、でもその怪我は」
「いいから! 忘れたの? アタシ、あんたと同じサイキックなんですけど!」
ナメないで、ていうか早く行けと突き飛ばすようにして送り出す。走っていくシキとミナトを見届け、ネコは路上に倒れこんだ。
近くで倒れる仲間を見て、ちくしょうと呟きが漏れる。
わずかだが、鱗粉を吸い込んでしまった。錯乱はしなかったものの、手足が麻痺して動かない。
まともな足止めにもなれなかった。自分の手は汚さずに同士討ちを狙い、場が悪いと見れば逃げる。あの帝竜の小賢しさは四ツ谷にいた奴よりも質が悪い。
「ちくしょう……」
マナを操り、少しずつ麻痺を治療していく。
首都高で13班に負けたあの日、自分に雷撃を見舞ったミナト本人に情けをかけられてきれいに治療をされたのが悔しくて、治癒をこっそり練習してきた。
それでも力及ばないのがまた悔しい。後付けの力であっても幼い頃から体に慣らしてきたのに。自分たちに降りかかる火の粉を払える唯一の武器だったのに。仲間を守れず、あの蝶の足の一つももいでやれないなんて。
「ちくしょぉ……!」
目の前に横たわる仲間と、今まで死んでいった仲間に誓う。
あの憎き女の好きにさせてなるものか。
手のひらの上で踊らせているつもりだろうが今に見ていろ。十年前のように、あがいてあがいてまたおまえの世界から抜け出してやる。
* * *
『おい、13班! こっちでも反応をキャッチ……帝竜の行き先をマーキングした! 引き続き、帝竜追跡中! 宮下路地エリアの北出口に向かってくれ!』
『ってことは……神北方面かよ。ちょこまか飛び回りやがって……!』
ミロクのナビゲーションとタケハヤの舌打ちを聞きながら、宮下通り北に突入する。
そこに帝竜の影はなく、数人のSKYメンバーが頭を抱えて悶えていた。
「うぐっ……頭が……痛い……!」
『間に合わなかったか……! くそ、追跡も途切れちまった──』
「なによあいつ、速すぎるでしょ!」
全力で走ったのに追いつけない。複雑に入り組む路地を進むだけでも手間だというのに、ジャングルとなって木々が根を張る街は真っ直ぐ走ることも難しい。
『……こちらダイゴ! 帝竜発見、道玄坂エリアだ……上空からこっちに向かってきている!』
建物や木を跳び移っていくほうが速いかと顔を上げたとき、ダイゴから通信が入った。
『ここは通さんぞ……この──で──の虫けらが……!』
『え……今、なんて……? ともかく道玄坂エリアだな、目的地までの道順をマークしておいたぞ!』
「す……まね……後、頼む……!」
耳を疑いたくなる罵倒は聞き流し、苦しむ青年に薬をパスして踵を返す。また迷路のような路地を行き来しなければならないのかと舌打ちして走る中、タケハヤから通信が入った。
『おい、シキ! 道玄坂エリアに行くなら、抜け道を使え!』
「抜け道?」
『SKYのメンバーしか知らねェ、秘密の通路ってヤツだ。おまえらが今いるエリアのマンホールから、水路に入ることができる。そこを抜ければ、すぐ道玄坂だ! 俺は万が一に備えて……罠を張っておくことにするぜ』
罠って何だ。嫌な予感しかしない。また体を張るつもりか。
国分寺で危機に陥ったとき、タケハヤは生身で帝竜を握り潰して自分たちを助けてくれたとミナトは言っていた。まさかここでも?
「だから重傷者は寝てろって言ったのよ、あのアホ!」
「あ、焦らないで。心配しなくてもタケハヤさんなら大丈夫だよ」
「焦ってない! あと心配なんてしてない!」
怒鳴りながらマンホールを蹴り上げるようにして開ける。
水路を抜けて道玄下路地に出ると、ドゴンッと大きな音が空気を震わせた。
地震でもドラゴンが暴れる音でもない。何度も自分で鳴らしたことがあるからわかる。拳が何かを殴る音。
道玄坂に入る。同時にダイゴが帝竜に飛びかかるのが見えた。
「ぬうんっ!!」
ダイゴの拳がその長い胴にたしかに埋まる。けれど帝竜はすぐに身をくねらせ、宙を泳いで衝撃を殺した。
「なんとしぶとい虫ケラよ……! くうっ……!」
歯軋りをするダイゴに帝竜の羽ばたきが鱗粉を降らせる。
殴体だけのり合いなら耐えられたかもしれないが、鱗粉は屈強な体を内から蝕む。ダイゴの体が不自然に弛緩し、彼は脂汗を滲ませた。
「ダイゴ!」
「来たか……! なんとしても、ここで仕留めてみせる。SKYの名にかけて……!」
ダイゴの隣に並ぶ。帝竜は自分たちを見た瞬間、ネコのときと同じように羽を大きく広げた。
「錯乱なら効かな……、っ!」
緑色の鱗粉が吹き荒れる。反射で跳び退るもわずかに吸い込んでしまった。体が冷や汗を噴くのがわかる。
「こいつ、毒まで……!」
「毒!? ちょっと待って!」
ミナトが指先を振り、リカヴァで毒が取り除かれる。
返す刀でアスファルトを蹴り上げ繰り出した拳は、ダイゴのように容易く避けられた。
帝竜はギョロロと鳴いて再び高度をとる。待てと怒鳴るも巨体は飛び去ってしまった。
「くそ、また逃げられた!」
「ちいっ……あと……少しというところで……!」
ダイゴが咳き込み、喉を押さえて膝を着く。彼は震える手で南の空を指差した。
「ヤツは南に向かっている……頼む……13班」
『ほぉ、南か……待ち伏せしてて、正解だったな』
「タケハヤ……?」
『ダイゴたちが殺りそこねたら、こっちに来るだろうと思ってな……!』
通信機の向こうでジャリン、と金属質な音がする。国分寺でも聞いた、あの黄金色の剣が抜かれる響きだ。
『たまには俺にも活躍させやがれ。体はオンボロだが、根性はまだまだサビついちゃいねぇよ!』
「だめだタケハヤ、無理をするな!」
『心配いらねぇっての……最悪、足止めくらいはできんだろうぜ』
不穏な言葉を残して通信が切れる。ダイゴがくりかえしだめだと頭を振った。
「すまん……! 急いでタケハヤの元に、向かってくれ……! アイツの体は……もう……」
「……やっぱりまずいのね」
「ああ。頼む、俺も回復したらすぐに追う……!」
『タケハヤの現在地を捕捉! 道玄坂を南に下った、駅前エリアだ! 間に合ってくれよ……!』
無言で背を向ける。ミロクのナビに従い南に向かって駆け出した。
走りながら、眉間にしわが寄っていくのを感じる。
タケハヤが何を考えているのか理解できない。なぜ自分の体を大事にしないのか。このまま戦えば死ぬだけだというのに。
そういえば、国分寺で彼は言っていた。命を懸けてでも守りたいものがあるとか、惚れた女のために体を張るとか。……死ねば格好がつくとでも?
好きな女を守って、渋谷を守って、また平和な毎日に戻る。あいつはそんなゴールを目指す気がないのか?
わからない。
(なんで死に急ぐのよ、バカ!)
「邪魔するな!!」
進路に飛び出してきたドラゴンを、怒りを込めて殴り飛ばした。
* * *
渋谷入口、駅前交差点。
何度も何度も攻防を繰り返し、尚も悠々と羽ばたく帝竜にタケハヤはくそ、と吐き捨てた。
「タケハヤ! もうやめて……」
「おまえはすっこんでろ……! これは俺たちの、ケジメの問題だ」
アイテルの声を振り切り、剣の柄を握りしめる。
気味悪く発色した羽、濁音混ざりの耳障りな鳴き声、虫と龍が混ざり合ったようにうねる体。すべてが醜く、そして憎い。
何より、ナツメが働きかけたというのが癪に障る。
「そのウス汚ぇ羽で、俺たちの空を汚しやがってッ……!」
跳躍して接近する。
渾身の剣閃を浴びせていくが帝竜は墜ちない。その複眼が泡の集合体のように粒の一つ一つをぬめりと光らせ、虎視眈々とタケハヤの動きを追う。
足が地に着く直前、帝竜は身を震わせて十八番の鱗粉を放った。
体が硬直した。全身が悲鳴を上げる。
「ガッ……!」
視界が霞んでめまいに襲われる。アイテルが息を呑んで駆けてこようとするのを手で制して立ち上がった。
ここで逃がしてなるものか。一秒でも長く、こいつをこの場で食い止める。
そうすれば、きっと、
* * *
世界中が赤い花に沈んだその日、樹海に変貌した自分たちの街を眺めながら、ネコとダイゴを問いただしていたのは記憶に新しい。
「……で? 勝手に都庁に行って、あの組織の試験に忍び込んで、死にかけてた人間二人助けて、バアさん挑発して帰ってきたって?」
「……」
「……」
様子が変だと思えば、自分をのけ者にして何をやっているのか。
ぐうの音も出ないという様子で黙ったままの二人に何か言えよと言葉をかける。
ダイゴのすまないが返ってくるかと思いきや、都庁に行ったことを漏らしたネコがだってと言い訳を始めた。
「十年前にあいつらが喋ってたこと、ホントだったじゃん! ドラゴンなんて何言ってんだって思ってたけど……」
「あの女が俺たちにしていた実験は、このためだったのかもしれん。今後、戦力増強という名目で、SKYに手を出してくる可能性があると思ってな」
「……自分の腹黒いとこ知ってる相手に接近するなんて真似、あのババアがするわけねぇだろ。やるとしても、動くのは下っ端だろうな」
どこからかドラゴンの獰猛な咆哮が聞こえた。
ずいぶん物騒になっちまったと思いながら、再び街に巡らせていた視線を二人に戻す。
「俺を置いていった理由は?」
「……具合、悪そうだったから」
「だから、問題ねぇから気ぃ遣うなっつったろ」
ネコは反省せずに頬を膨らませる。ダイゴがすまんと頭を下げた。
「ムラクモの動向もそうだが、本来の目的も忘れていない。ドラゴンも、あの場に集まっていた異能力者も、おそらく全員見ることができた」
本来の目的。
ドラゴンの存在の確認と、アイテルが言っていた「狩る者」。この星の守り手……自分ではなることができない、彼女の救世主だ。
SKY以外に力を持つ者が集まる場、狩る者になるであろうS級の異能力者が集う機会といえば、ムラクモしか思いつかない。
事前に調べて選抜試験を知り、そいつがいるかどうか、ついでにドラゴンの情報も集めにいく。……はずだった。ネコとダイゴに置いていかれたうえに世界が崩壊してしまったので、もうどうしようもないが。
「で、どうだったんだよ。ヒーローはいたか?」
「死んでいた」
「あ?」
「ほとんど死んでた。みーんな雑魚ドラゴンにやられちゃって。アタシたちよりずっと弱いよ」
「なんだそりゃ。外れだったってことか。……おまえらが助けた二人ってのは?」
尋ねると、目の前の二人は顔を見合わせて首を傾げた。
「助けたときは死んでなかったけど、無事かどうかはわかんない。二人ともほとんど黒焦げ。治療する余裕も義理ないし、あのオバさんたちに渡したよ」
「他の候補者とそう変わらんだろう。あの様子じゃ、生きてるかどうかもわからん」
「狩る者、なんていうぐらいだからダイゴみたいにデカくてゴツくて、超強そうなの想像してたけど、そんな感じの奴いなかった。死んでなかった二人だって、アタシと同じぐらいのと年下っぽい女二人だったし」
「女かよ。総長も女だし、物騒な組織のくせして男っ気ねーなムラクモは」
狩る者探しは振り出しか。
首の骨を鳴らして木の幹に背を預ける。
ムラクモの動きと狩る者の存在。そしてドラゴン。
加えて、ネコとダイゴには話していないが、探りたいものはもう一つあった。
十年前、ムラクモに囚われていた頃に出会った彼女の居場所。あわよくば見つけて連れてこれないかとも思っていたけれど。
(この状況じゃ、俺たちの身を守るので手一杯か)
彼女は特別だったから、嫌なことにあの女に目を付けられていた。
もしあの憎たらしい存在の手中で苦しんでいるのだとしたら、早く救い出さなければ。
あのとき離してしまった手を今度こそつかまえる。そのまま外へ引っ張り出して、渋谷の空の下を歩く。この自由な青い空の下を。
きっと、きっと、
* * *
きっと、また出会う。
思いを裏打ちするように、だだだだだだだ、と迫ってくる足音。
「そこを」
「ど」
「け」
「え」
「ええぇぇーっ!!!」
ゴガンッ、と景気のいい音が一帯に轟いた。重なって帝竜が悲鳴を上げる。
「……やっとおでましか」
自分と一回りほど離れているように見える少女。小さな体。そこからは想像もできない、笑いたくなるくらいの破壊力。
心配するだけ無駄だったか、とタケハヤは苦笑する。
「遅いぜ……正義の味方……」
空から降ってきたシキは、渋谷の地に二本の足でしっかりと着地した。