2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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 帝竜戦になります。
 実際に戦うとひとつでも状態異常がかかれば全滅につながって大変でした。デストロイヤーの爪砕く也と凶転ず也がめちゃくちゃ役に立った。



26. あがけ地を駆る2本足  - VS スリーピーホロウ -

 

 

 

 十年振りにやっと出会えた彼女を「竜を狩る者」とアイテルが言ったときは、つくづく運命というものを呪った。

 涙と鼻水で顔をグシャグシャにしていた小さな女の子。聞けば歳はまだ四つだという。血に濡れる手で顔を拭い余計汚れてしまっていた、庇護欲をかき立てるような幼い命。

 この子はいずれムラクモに殺される。今まで見てきた、名前も知らない子どもたちの遺体にこの小さな体が積み重なる。地獄のような人体実験で苦痛を刻まれた本能が、そう告げていた。

 過去、自分に力がなかったばかりに助けられなかった彼女。

 今度こそ救えると思っていた矢先、狩る者と判明してしまった彼女。

 

 この世はまるで蜘蛛の巣だ。

 大きすぎる因縁が、醜い誰かの欲望が、胸糞悪い運命が、無数の糸となって絡みつく。

 彼女は糸が導くまま、星なんて人間が到底背負えないものを懸けた戦いに身を投じていく。

 愛する女性アイテルが抱える使命。その使命を背負う少女。

 少女を操る糸を切ることは、アイテルの望みを断ち切ってしまうことになる。いったいどうすればいい。

 

 

 ……なんて、

 

 

(馬鹿だったな、俺も)

 

 

 今思うと酔っていた。板挟みになる悩みなんてエゴに過ぎなかった。

 ネコにもダイゴにも、アイテルにさえも言えない。墓場まで持っていくことにした、いわゆる黒歴史というやつだ。

 だってそうだろう。

 

 

「早く下がって。あんたの出番はもうおしまい。こっからは……私たちの仕事よ!」

 

「……わかってるよ」

 

 

 成長した少女はこんなにも強く愚直で、絶対に折れない彼女自身の意思でここに立っているのだから。

 

 

「ミナト! 準備できてる?」

「大丈夫、いけるよ!」

 

 

 初対面時の情けなさが嘘のように成長した女性が少女の隣に並んだ。13班の二人は敵に得物を向ける。

 帝竜は不意打ちされる形でもろに受けたシキの拳に怒っているようで、ギョロロロと濁った鳴き声を上げた。

 不気味なほどつぶらな四つの眼。大きく広がる蛍光緑の翅。

 頭部にはヒレのような紅の器官が生えて並んでいる。まるで花に包まれているようだ。

 東洋の細長い龍と蝶が一体化したような体。今までとはまた一風違う姿。

 帝竜、スリーピーホロウは渋谷の空に舞い上がった。

 

 

『鱗粉が引き起こす症状で確認できてるのは、錯乱と毒だ。それ以外にも種類があるかもしれない。薬以外にもミナトのリカヴァが頼りだ。浴びないのが一番だし防具もあるけど、万が一を考えて戦ったほうがいい』

「それにあいつは空を飛ぶ。行動を制限する意味でも、今回はサイキックの能力が重宝する。頼んだわよ」

「うん、がんばるよ!」

 

 

 シキが振り返るとパートナーは何度も頭を縦に振った。見るからに力んでいて少し不安するが、前みたいに無理と怖がらないのは大きい成長だと思う。

 ミナトがいつもの氷ではなく炎を手の周りに踊らせる。動きがぎこちないが、火への恐怖も順調に克服しつつあるようだ。

 タケハヤたちが安全な場所まで下がったのを確認し、気合いを入れ直して身構える。

 

 スリーピーホロウはまたもや羽を震わせて鱗粉を放ってきた。

 予想通りだと一歩下がり、ミナトと入れ替わる。

 

 

「──燃えろ!」

 

 

 赤い鱗粉が地上に降りるよりも先に、紅蓮のカーテンが宙に広がった。鱗粉は花火のように焼かれて、続く毒の鱗粉も火の粉になって散っていく。

 よし、鱗粉はミナトに任せて大丈夫だ。このまま早めに終わらせてやる。

 暖色に染まる空に跳び上がる。

 

 

「好き放題してくれたんだから、大人しく殴られてよね!」

 

 

 逃げ回られて溜まった鬱憤を拳に乗せて叩きつける。

 今度の攻撃はちゃんと入った。力を入れてねじれば、柔い体がくの字に曲がる。

 スリーピーホロウも負けじと羽ばたいた。体勢を立て直し、振り回された前脚が空気を切って音を生みだす。

 速い。ムカつくが相手は帝竜、雑魚とはスペックが違う。今まで戦ったドラゴンの中でもこいつは身軽でしなやかだ。

 ただでさえ巨大な相手に殴るため接近しているのだから、その攻撃は突然現れるように視界の外から割り込んでくる。いちいち動きを見ては追い付けない。

 

 

(そういえば、ナガレによく言われた)

 

 

 タケハヤを忘れムラクモで過ごしていた頃、若かったナガレに訓練だと言って無理矢理飛びかかっていたとき。

 年端の行かないお子様と肉体が完成した青年という時点でかなり差があったが、さすが俊敏性Sランク。彼は攻撃の回避やいなしがうまくて、何度も捕まえようとしては避けられてよく転んでいたのを思い出す。

 

 

『なんでよ! なんで当たんないの!?』

『ちょ、シキ、泣かれても困るよ──』

『泣いてない!! なんでよけられるの!!』

『ごめんごめん、泣いてないね! えーとほら、シキは戦うときに相手のどこを見てる?』

『なぐるとこ!!』

『正直だね……』

 

 

 半分べそをかく自分に、ナガレは「視野を広げるんだよ」と言って両腕を広げてみせた。

 

 

『相手は生き物。どんなタイミングでどういう風に反撃してくるかわからないだろ?』

『べつに、やられたらやりかえすだけだし』

『話を聞いて……。相手の攻撃を防ぐか避けようと思ったら、相手全体を見るんだ』

『ぜんたい?』

『そう。視界を絵みたいに切り取るイメージ。腕や足だけの一部分じゃなくて、相手の体全体を俯瞰……ながめるように捉える。そうすれば、巨大な相手とか素早い相手とか、集団のマモノの動きもつかみやすい』

 

 

 一部分から全体へ。風景画を眺めるように、帝竜を含め目の前の景色を捉える。

 

 

(右)

 

 

 向かって右側の前脚が弧を動いた。上体を反らし紙一重で避ける。

 

 

(左下)

 

 

 もう片方の前脚が跳ね上がった。背を打とうとする一撃を左腕の籠手で受け流す。

 

 

『デストロイヤーは異能力者の中で最も遅いなんていうけど、見方を変えれば強みにつながるし、そういう前提は訓練を積めば覆せると俺は思ってる。シキは努力家だし、反射神経を鍛えれば速い敵だってどうにかできるさ。……訓練、続ける?』

 

 

『そう、腹の底に重心を保ったまま、回るんだ!』

 

 

 寄り添うような声が耳もとで響いた気がした。

 

 スリーピーホロウの尾がしなる。迫る薙払いに合わせて体を回し、ベリーロールの形で回避する。

 攻撃全てをかすりもせず対処され、帝竜の頭が小刻みに震えた。蛍光色の体がさらに鮮やかに発色している。どういう心持かは知らないがたぶん怒りか驚愕か。

 ショックを受けているところ悪いが、攻撃を終えて元の体勢に戻るということは、尾の位置も戻るということで。

 体の真下を通り過ぎようとした尾の先にしがみつけば、半円を描いてスリーピーホロウの背後に回る。

 視線がこっちを振り返る前に動き、顔面に突っ込んだ。

 

 

「へし折る!」

 

 

 長く尖ったくちばしにナックルが当たる。たしかな手応え。

 殴り飛ばされたスリーピーホロウは悲鳴を上げる。

 よしこのまま、と意気込んだ瞬間、虫のような黒一色の目がギョロリとこっちを向いた。

 

 

「シキちゃん、あんまり離れないで!」

 

 

 ミナトの声と同時にスリーピーホロウがけたたましく叫ぶ。目の前で霧のような白いモヤが広がった。

 いや、霧でもモヤでもない。鱗粉だ。今までのと色が違う。

 咄嗟に呼吸を止めるがわずかに吸い込んでしまう。

 ぐにゃり、と視界が歪んで体から力が抜けた。

 

 

(しまった、くそ……!)

 

 

 大嫌いな状態異常。脳の血流が鈍って不自然に思考が滞る。ここ一番というときに眠くなるなんてどういうことだ。

 頭から固い地面に叩きつけられるわけにはいかない。なんとか体を起こして着地するが、膝に力が入らず四つん這いになってしまう。

 ミナトのリカヴァの光に包まれて鮮明になった視界に、大きな爪が飛び込んできた。

 

 

「っ!」

 

 

 転がって避ける。すぐ横のアスファルトが砕け、欠片に頬を打たれる。

 追撃を仕掛けようとするスリーピーホロウをミナトの放った火炎が止めた。

 起き上がると、ぼたりと音を立てて地面が赤く濡れた。嫌な予感がして頬に手をやると激痛が走り、反射的に指先を離す。

 わずかに触れただけでもわかるほど深く皮膚が削がれている。さっきのアスファルトの欠片に持っていかれたらしい。

 少し急ぎすぎたか。やっぱり一筋縄じゃかない。

 

 

「シキちゃん、大丈夫!?」

「平気! 今行く!」

 

 

 反省してミナトのもとに走る。

 パートナーは必死の形相で猛火を操りながら器用にマナ水を飲んでいたが、戻ってきた自分を見てぎゃっと悲鳴を上げる。くわえられていた瓶が口から落ちた。

 

 

「シキちゃん! 顔、顔が……!」

「わかってるわよ。治してくれるんでしょ?」

「あ、うん……。! 待って、来る!」

 

 

 燃やされてはたまらないと思ったのか、スリーピーホロウが炎の渦から飛び出してくる。

 

 

『火が弱点みたいだ! 効いてるぞ!』

 

 

 ミロクが言うとおり巨体はあちこちが焦げていた。スリーピーホロウは地団太を踏むように激しく羽ばたいている。

 

 

『錯乱に毒に、催眠作用……ロア=ア=ルア並に厄介だな!』

「錯乱と毒は対策できてる。催眠に気を付ければいける」

『ああ。行動パターンを分析してみる。注意して戦ってくれ!』

「了解。……ミナト、頼んだわよ!」

 

 

 帝竜に向けて飛び出すと、後ろにいるパートナーは火を引っ込めてキュアを使った。治癒魔法が頬の痛みを取り除く。続いて全身が温かい何かに包まれた。

 温かいといっても、それで汗をかくわけじゃない。体に寄り添う不思議な熱気。国分寺で火のトラウマを克服してから、ミナトはさらに伸び続けているようだ。まったくと舌を巻く。

 サイキックは属性攻撃と回復のスペシャリストだという。身近に複数の属性を使い分けられるサイキックがいなかったから知識でしか知らなかったが、実際にミナトの支援を受けることで強く感じた。一人いるのといないのとでは戦いやすさが違う。

 

 スリーピーホロウが再び爪を見舞おうと急降下してくる。

 横に回避すると案の定、すれ違い様に鱗粉が放たれた。さっきの攻防で味を占めたのか、また眠気を誘う白い鱗粉だ。でもこっちにはサイキックのサポートがある。

 赤い波が宙を舐めていく。生き物のように鱗粉を絡めて飲み干す炎にギュロロと濁った鳴き声を上げ、スリーピーホロウがターゲットをミナトに変える。

 

 

「させるか!」

 

 

 跳び上がり、胴を狙って落下する。背面から蹴りつけるように着地すれば、スリーピーホロウはうめきながらも爪で反撃を仕掛けてきた。

 速い。が、

 

 

「軽い!」

 

 

 ウォークライやジゴワット、今までの帝竜に比べれば軽いほうだ。

 今度は避けずにすべて受け止める。ナックルと籠手が爪に衝突してギャリギャリと不快な金属音が鳴った。

 そのまま握りつぶさんとスリーピーホロウが押せば、熱気が牙を剥く。ゼロ℃ボディならぬ火属性のヒートボディだ。

 体から上がった陽炎が火に変換される。爪を辿って腕から胴へ、そして翅へ。焼かれる自分の体を見て帝竜は金切り声を上げた。火を払うように宙でもがき、必死の身震いに振り落とされる。

 着地して見上げると、スリーピーホロウはまたもや空に舞い上がって逃げようとしていた。

 

 

『あいつ、また逃げようとしてるぞ!』

「このクソ野郎! あっさり尻尾巻くんじゃないわよ!!」

 

 

 小賢しさに思わず語気が荒れた。

 渋谷中を走り回って体力は限界に近く、SKYも自分たちも余力がない。

 後に退く選択肢はない。絶対にここでとどめを刺さなければ、人竜ミヅチに世界を滅ぼす時間を与えてしまう。

 

 届かないとわかっていても跳んで手を伸ばす。

 指先が虚しく空を切り、

 

 

「逃げんじゃ……ねぇっ!!!」

 

 

 鱗粉と火の粉を突っ切って、黄金の長剣が帝竜の翅に突き立った。

 ギャアアッと帝竜が叫んで落下を始める。

 振り返ればタケハヤが腕を振り抜いていて、着地した自分に咳き込みながら声を張り上げた。

 

 

「やれ、シキ!!」

 

「──言われ、なくてもっ!!」

 

 

 ミナトが氷を操り、目の前に階段を作りあげる。行き先はもちろん、片羽の根本を斬られバランスを崩す帝竜だ。

 蹴って、蹴って、蹴って駆け上がり、ありったけの力で階段を踏み砕いて跳躍する。

 キャビアのように丸く潤んだ複眼が、逃げ場を探すようにギョロギョロ蠢いた。

 

 

「ぶっ……飛べえっ!!!」

 

 

 頭部の中央にナックルが埋まる。

 錐揉み吹き飛ぶ巨体を迎えるのは、ミナトが広げた業火の膜、そしてビルの壁。

 紅蓮に突っ込み火だるまになったスリーピーホロウは、渋谷の目印であるファッションビルに叩きつけられて墜落した。

 

 

『帝竜、沈黙! ドラゴン反応……渋谷からすべて消失! 討伐成功、任務完了だ!』

 

「……よし」

 

 

 ミロクのアナウンスが終止符を打った。振り向き、ミナトと互いにガッツポーズを作る。

 

 光が渋谷を満たし、街に繁茂していたフロワロと共に弾けた。

 

 

「っはー……」

「タケハヤ……!」

 

 

 やれやれと道路の上に座り込むタケハヤの肩にアイテルが手を添える。

 同じようにミナトも体から力を抜き、呆けるように空を見上げた。

 

 

「ミナト」

 

 

 光と花弁が舞い降りてくる中、功労者であるパートナーの名前を呼ぶ。

 

 

「焦りすぎて周りが見えずに途中でドラゴンに襲われて死ぬ。なんてことにならないって約束できるなら、先に行っていい」

「……! ありがとう」

 

 

 言葉の意味を悟った彼女は、律儀にタケハヤに頭を下げ、「私行くね!」と渋谷から飛び出していった。

 

 黒焦げになって転がるスリーピーホロウの死骸からDzを回収し、今もしっかりと翅の根本に刺さっている剣を引き抜く。

 どういう素材でできているのか、一緒に炎を浴びてビルに衝突したというのに、まったく損傷していない。タケハヤが振るう長剣はずしりと重く、ムラクモの開発班が作る武具より強い輝きを放っていた。

 一切汚れを寄せ付けない、黄金の火にさえ見えるそれをゴツゴツとノックしてみる。

 

 

「おい」

「!」

 

 

 タケハヤに呼ばれて我に返った。

 一仕事終えて気が抜けていたとはいえ、使いもしない剣に見惚れるなんて。頭の中で自分を張り飛ばす。

 振り向き、未だに荒々しい呼吸を繰り返すタケハヤに剣を返して胸を張った。

 

 

「どう? 私たちの実力がわかったんなら、怪我人はベッドでぬくぬく休んでることね」

「はっ、……ったく。大丈夫だって言ってんのによ、おまえ本当に心配性だな」

「はぁ!? だから心配なんてしてない!! 何回目も言わせるな!」

「わかったよ。ま、上出来だと言っとくぜ……」

「えらっそうに……」

 

「タケハヤーッ!」

 

 

 向こうからネコとダイゴが走ってくる。鱗粉の影響は取り除けたらしいが、体は不安定に揺れているからまだダメージが残っていそうだ。

 二人は自分たちと、変わり果てた帝竜の死骸を交互に見て頭を振る。

 

 

「やった、のか……?」

「ああ、これで、この街も静かになんだろ……」

「でも──」

 

 

 心なし、ネコのフードの猫耳が垂れたように見えた。彼女はふらりと力なく街を振り返る。

 今までと同じように、帝竜を倒したことで周囲のフロワロは払われ、渋谷は平和と静寂を取り戻したと言える。

 けれど、街並みが負った傷は深すぎた。

 血に粉塵。割れた道に倒壊した木と建物。

 ほんの少しでも目を動かせば視界に飛び込んでくる、誰かの亡骸。

 

 

「もう渋谷は……おしまいだね……」

「……少なくとも、俺たちは生きてる」

「だけどっ! 街もみんなもボロボロじゃんか!」

 

 

 ダイゴの言葉にネコは潤んだ目を吊り上げ、足もとの小石を蹴り飛ばす。

 彼女の言うとおり、今の渋谷は町というより荒野、廃墟のほうが当てはまる。フロワロが散っても、帝竜の鱗粉をまき散らされた一帯は赤く染まって影も形もない。拠点としての機能は失われてしまったかもしれない。

 何より、犠牲が多すぎた。

 

 

「またドラゴンに襲われたら、もう無理だよ?」

「だったら、どうする? また逃げるのか? 逃げたとして……どこに行く? SKYには、もう行き場なんかない……」

 

「? いや、あるでしょ」

 

 

 首を傾げると、SKYの三人は同時にこっちを見た。

 なんでそんな驚いた顔をしているんだ。異能力者も一般市民もひっくるめて、人類の拠点となっている場所が前からあるのに。

 

 

「何その顔。都庁に来ればいいじゃない」

「……えっ?」

「……」

「何その反応。なんでぽかんとしてんのよ。都庁に合流すればいいでしょ? 今回みたいにドラゴン相手に手を組むことだってあるかもしれないんだから」

 

「……そうきたか。でも、そういうワケにはいかねェだろ」

 

 

 タケハヤに否定される。またこいつは変な意地をと苛立って口を開くより先に、アイテルが動いた。タケハヤの傷だらけの手を両手で包んで呼びかける。

 

 

「意地を張らないで」

「意地じゃねぇ……それが、お互いのためなんだよ」

「……」

 

『来いよ……オレたちのところ』

 

「……ミロク?」

 

 

 静寂の中で小さな声がこぼれた。

「帝竜討伐、お疲れ」と労ってから、声の主である少年は続ける。

 

 

『オレ、責任者でもなんでもないから、こんなこと言う権利、ないのかもしれないけどさ……、……ほっとけないんだよ』

「ハッ……ありがとうよ。おめぇは良い子なんだろうさ。だからな、俺たちとは無関係でいたほうがいい」

 

『……無関係なんかじゃない! オレも、ミイナも……おまえらと同じなんだ……ムラクモで産まれた、人工的な天才ってヤツ……』

 

 

 同じと言われて怪訝そうに眉を寄せるタケハヤたちに、ミロクはぽつりぽつりと彼自身の体のことを話す。

 通信機から漏れる声は、少しかすれていた。

 

 

『あちこちボロボロでさ……計算や分析はすぐにできても、体は階段上がるだけですぐ疲れちゃうし。そもそも、大人になるまで生きてられない体なんだってさ……。正直今も、作業続きで手が震えてギリギリだ』

 

「……今の話、マジか」

「こんな土壇場でこんな嘘つくと思う?」

「そういや、おまえは。生まれもムラクモだろ」

「人間の両親の腹から生まれたらしいけど、詳しくは知らない。ミロクとミイナみたいなデザイナーベビーではないってだけ」

 

 

 物心ついた時から、一つ年下の子どもということでミロクたち双子とは顔を合わせることが多かった。自分の体に宿る異能力をきっちり制御できるようになるまではガラスの壁越しだったけれど。

 たまに遊びに来るガトウやナガレに抱き上げられても無表情で首をかしげていた少年少女は肌の色も厚さも薄くて、目を凝らさなくとも蒼い血管がよく見えるほどで、幼少期はことあるごとに床に伏せっていた気がする。計算をさせれば知恵熱を出し、施設の中を移動すれば廊下の隅で力尽き、こうして誰かのナビゲートを一通りできるようになったのは十歳も近付いた頃だった気がする。自身の作品がなかなか使い物にならず無表情で腕を組むナツメに対し、キリノをはじめ良心的な研究員が食事や日ごろの運動メニューを考えたりと世話を焼いていてた記憶が、脳の片隅におぼろげに浮かんだ。

 

 タケハヤはナビたちとの接点は過去になかったみたいだ。ゆがめられた目もとに手を当て、声は出さないまま唇が「初耳だぞ」と動くのが見える。

 

 

『なあ……そんなオレたちが、か、家族になるのは、そんなに気に入らないか?』

 

「……」

 

 

 ……自分の思い違いでなければ、彼らNAVシリーズと呼ばれるデザイナーベビーは他にも何人かいた、気がする。物心つくかつかないかの内にあっという間にいなくなってしまったけれど。

 ここまで生き残れたのはミロクとミイナの二人だけ。それも寿命は犬猫と同等。記憶を取り戻した今となってはこの双子も、ナツメ、ひいてはムラクモに好き勝手された被害者なのかもしれない。

 

 そう遠くない自分の死を見つめる子どもの切実な問いかけに、SKYの三人は顔を見合わせる。

 最初に沈黙を破ったのはダイゴだった。

 

 

「……俺たちの、負けだな」

「しゃあねえ……キョーダイ分に言われたら、毒っ気も抜けちまったよ」

 

 

 あーあとタケハヤが空を仰ぎ肩をすくめた。

 彼は改めて、自分とミロクに向き合う。

 

 

「……つまらんこと言わせちまったな。悪かった、謝る。こっちからお願いするよ。……SKYを、都庁に迎え入れてくれないか」

 

『──承認する』

 

 

 ミロクとは長い間ムラクモで一緒に育ってきたが、こんなに優しい声を聞くのは初めてだ。

 

 

『みんなで、帰ってこいよ。……待ってるからさ』

 

 

 都庁の本部で、モニターに映る自分たちに笑いかけるミロクの姿が見える気がした。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 同刻、アメリカ、ホワイトハウス。

 日の光が満ちる広い部屋に流れてくるのは、通信越しの惨たらしい戦況だった。

 

 

『こちら32小隊! もうダメです! ヤツを……食い止められません!』

『既に我が隊は、壊滅……本部、応答願う! 援軍を──』

『クソッタレッ! クソッタレクソッタレクソッタレがあああっ!』

 

 

 ブツンと通信が途絶える。アメリカ合衆国大統領ジャック=ミュラーは、深く息を吸って、吐いて、立派な革張りの椅子に背を預けた。

 

 

「残念だが……ここまでのようだな」

「力が足りず、申し訳ありません」

 

 

 ピシリと整えられた髪も伸びた背筋も冷静な声音も、出会ったときからエメルは変わっていない。

 いつもと同じように腰を折って頭を下げる彼女に、ミュラーはそんなことはないと頭を振る。

 

 

「いや、君はよくやってくれた……しがない地方議員だった私がここまで来れたのも、君の存在あってこそだ」

「ご謙遜を……」

「しかし、まだやることは残っている」

 

 

 アメリカをここまで導いてくれた彼女も打つ手なしと言う。

 文字通り万策尽きたが、最後まで戦い抜くと決めた。無駄なあがきになろうと退く気はない。

 ここまで自分を導いてくれた女性に、ほんの少しだけ、願いを込めて視線を向ける。

 

 

「……付き合ってくれるかね?」

「残念ですが」

 

 

 美しい金髪が横に揺れる。だろうなと思わず苦笑した。

 予想はできていたが、徹頭徹尾揺るがない彼女の意思は刃のような冷たささえ感じる。年甲斐もなく切なくなってしまった。

 

 

「私にも、やることが残っているのです。星を守る者の一人として」

「星を守る者か……君の口から聞かされるのは、途方もない話ばかりだ」

 

 

 ドラゴンに有史以前に狩る者、そして星を守る者。もう何を聞かされても驚かなくなってきた。ここまで来たらそうかとうなずいて笑うくらいしか返せる反応がない。

 彼女はきっと、自分たち人間とは違う次元でドラゴンと戦っているのだろう。

 せめてもの餞として「グッドラック」と呟く。花の一輪も用意できないのは情けないが、これからも戦い続ける彼女をせめて笑顔で送り出そうじゃないか。

 

 

「この状況では、なにもしてあげられないが……せめて無事を祈るよ」

「閣下こそ、ご無事で」

「……ああ、ありがとう。結局、君は最後まで私とのデートに付き合ってくれなかったね。それだけが、心残りだよ」

 

 

 冗談めかして肩を揺らした直後、デイビッドが部屋に駆け込んでくる。乱れた髪も汗も気にせず、荒れた息で報告がされる。

 

 

「市民の、バンカーへの収容を完了しました! 大統領閣下も急いで地下へ──」

「気遣いは無用だ。既に多くの兵士が散っていった……今さら私だけ助かろうなどとは思わんよ」

「し、しかし……!」

 

「私の分のスペースは君が使うんだ、デイヴ」

 

 

 部下は「は!?」と目を見開き、乱れた語気に慌てて口を閉ざした。

 仕事熱心な彼は同期の中では結婚が遅く、家庭を築いて間もない。もうすぐ念願の第一子が産まれるのだとも言っていた。ここで死ぬべき人間じゃないだろう。

 

 

「君はまだ若い……そして、若者のために何かを残すのが、為政者の務めだというものだろう?」

「私は、閣下を差し置いて生き残りたいなどとは──」

「デイヴ……君の新妻を泣かせたくないのだよ。嫌だと言っても、これは命令だ」

「……」

 

「さあ、行け……! そして、産まれてくる君の娘に伝えてくれ。素晴らしい大統領のおかげで、人類の未来は守られたのだ……とね」

 

 

 格好をつけても、部下は動かない。

 

 

「……」

「……行け」

 

 

 ほんのわずかに懇願を込めて命令する。

 部下はぶるぶると全身を震わせ、しわのある目尻から涙をこぼした。

 

 

「こ、このご恩は、決して……!」

 

 

 靴音を響かせ、デイビッドは走っていく。

 背中を見送り、いい歳をして泣くんじゃないと微笑むミュラーに、今度はエメルが向き合った。

 

 

「閣下、それでは、私も……」

「ああ、元気で」

「……閣下も、お元気で」

 

 

 白く短いマントをはためかせてエメルは背を向けた。

 踵を返したが、歩き出さずに立ったままの彼女に首を傾げる。そして次に、ミュラーは大きく目を見張った。

 

 

「……!?」

 

 

 女性の体が光を放つ。人工のものでもなく自然のものでもない、煌々とした不可思議な光。

 

 背後で大統領が息を呑む音を聞きながら、エメルはホワイトハウスの天井の向こうに空を見た。

 無限の星が浮かんでいても、あまねく宙は一つだけ。この空が繋ぐ彼方の地にイメージを飛ばす。

 

 

(アイテル、おまえはどうしている……?)

 

 

 目を閉じ、青い髪の片割れを思い浮かべながら、エメルは()()()

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 暗闇の中は、鉄臭さと人々の嗚咽で満ちていた。

 しとしとと世界に降る雨のようだ。何の希望もない冷たい悲しみが、兵士も市民も関係なく包み込んでいく。

 

 絶望の前ではすべてが平等だった。

 ドラゴン襲来当初、パニックになって自分たちに戦えとがなりたてていた老若男女はもう何も言ってこない。最新鋭の兵器と精鋭の兵士を掛け合わせた、世界に誇る軍が砂の城のように容易く崩されてしまったことで、人類の限界があの敵の足下にも届かないことを思い知ったという感じだ。

 血みどろになってうめく兵を見て群衆は言葉に詰まり、高層ビルが並び建つ銀色の都会がドミノのように倒壊するのを見て言葉をなくし、大統領が国全体に避難勧告を出したことで息を詰まらせ、自分たちが爆発の雨の中生存者を救助してきたことで泣き出した。今君臨している敵がどれだけ恐ろしい存在か、バンカーに入ってやっと実感したらしい。

 

 あなたたちは悪くないわ。ひどいことを言ってごめんよ。家族を助けてくれてありがとう。今までこうして戦ってくれていたんだね。君たちは我々の誇りだ。

 

 本当なら嬉しいはずの称賛に慰労。だというのに何を聞いても、喜びの欠片も湧いてこなかった。戦争に勝利して言われるはずだった言葉は、今やむなしい慰めの哀れみとなっているのだから。

 

 

(あたしたちは、負けるの?)

 

 

 嘘だ、受け入れられるものか。

 だって、アメリカに帝竜はもういない。この手で、兄の手で、仲間の手で、七体のドラゴンの息の根を止めたはずだ。フロワロという毒の花だって、もうほとんど消えていた。USAは平和に向かっていたはずなのに。

 

 いったいどこから狂い始めた。

 

 おぞましい女の高笑いが聞こえてくる気がした。

 あいつだ。全部あいつが現れてからだ。

 

 

(あの女のせいであたしたちの国は……!)

 

 

 ヒカサ・ナツメ。確かエメル女史はそう呼んでいた。

 海を越えた彼方、日本という島国の、対ドラゴン組織。そのリーダーだったはずの女。

 なんでアメリカなんだ。なんでアタシたちを真っ先に狙う。滅ぼすなら自分の国を滅ぼせばいいのに。

 いや、あの人竜は世界をまるごと破壊する気だろう。アメリカが滅べば次は日本か。いや、すでに滅ぼされているのだろうか。

 納得ができないし、全身が大きく震えるほど怒りが止まらない。

 

 膝を抱えて唇を噛みしめる自分から少し離れて、兄が誰かと静かに言葉を交わしていた。

 

 

「できる限りは救助しました。……いえ。使命を完遂できず、申し訳ありません」

 

 

 兄が丁寧な言葉遣いで、心の底から謝罪を口にしている。強くてフランクで、口だけの政治家の毒にも屈せず、自分たちに誇りを持っている大好きな兄が。

 たぶん、相手はミュラー大統領だ。彼はまだ、自分の執務室にいるのだろうか。

 ご武運をと力強い声を送り、兄はこっちに戻ってきた。

 

 

「全員、いるか」

 

 

 声を聞いて、兄の周りにメンバーみんなが集まってくる。

 

 

「大統領は、最後まで残るみたいだ」

「それって……」

 

 

 バンカーへの避難指示。そして「最後まで」という言葉。

 まさかとは思っていた。でも、そんな。本当に。

 

 

「さっき向こうから通信をくれた。俺たちに、直々のメッセージだ」

 

 

 みんなで作った輪の中心に、兄が通信端末を置く。

 画面にミュラーの姿が映った。ビデオメッセージだ。

 大統領はいつもと変わらない。大樹のように、穏やかだけれど揺るがない笑みを浮かべていた。

 

 

『やあ、勇敢なるステイツのソルジャーである諸君。君たちは無事かい? ……聞き飽きているかもしれないが、大統領として、個人としても言わせてもらおう。七体の帝竜討伐、見事だった。おめでとう。君たちとエメルの働きには感謝してもしきれない』

 

 

 大統領はいくつか言葉を紡いだ。

 この戦いで多くの、本当に多くの命が潰えたこと。その中で、人間はドラゴンに勝利できるという希望を見出せたこと。これからも何かが失われるかもしれないが、悲しみに暮れないでほしいということ。

 

 

『現在猛威を奮っている人竜ミヅチ……。元は日本のムラクモ機関の総長だった彼女だが、おそらくこの事件は彼女自身の独断だ。以前、六体目の帝竜討伐の報告をした際にムラクモのメンバーと話したが……向こうはリーダーが突然消えて困惑している様子だったよ。真実は定かではないがね。もしも今後、日本が助けを求めてくるようなことがあれば、力を貸してやってほしい。知る限り、彼らは我々以外で唯一ドラゴンに抵抗できている国だ。人類滅亡のシナリオは、実現させてはならない』

 

『君たちのことだ、悔やんでいるだろう。……聞いてほしい。そして受け取ってくれ。今から言うことは慰めではなく事実で、私からの賛辞だ』

 

 

 そしてミュラーは深く呼吸し、思わず息を呑んでしまうほどの煌めきを瞳に灯した。

 

 

『数ヶ月前、戦車もミサイルも歯牙にもかけない化け物が出現した。世界が恐怖し、孤立して占領されていく中、私はエメルに導かれて奴らに対抗しうる希望を見つけた。……それが、君たちだ』

 

『驚いたよ。ほぼ成人しているとはいえ、若者が鮮やかに獣たちを狩っていくんだ。君たちが一体目の帝竜を倒したときのことはよく覚えている。実に清々しく、痺れたものだ。興奮を抑えきれなかったよ。ヒーローはここにいたのだ、と』

 

 

 誇れと、彼の言葉が背を叩く。

 

 

『この星に生きる人々の希望の先駆けとなったことを。帝竜を討伐し、国土のほぼすべてを取り戻したという偉業を。君たちは負けていない。胸を張って、世界と向き合いなさい』

 

『日本の最前線で戦う異能力者がたった二人と知って君たちがヒートアップしたと聞いたが、焦らなくていい』

 

『……ここだけの話だがね?』

 

『私は、君たちこそが、世界で最高のソルジャーだと知っているよ。ああ、そうだとも。心の底から、確信している。サインをもらっておくべきだった』

 

 

 時間だ。それでは。

 

 

 最初から最後まで、大統領の笑みは変わらなかった。

 

 メッセージが終わる。

 誰も何も言わなかった。兄は床に置いた端末を回収しようともせず、暗くなった画面をじっと見つめていた。

 

 

「……ジャック=ミュラー……」

 

 

 誰かが彼の名前を呼んだ。もちろん返事はない。

 

 

「……──」

 

 

 アタシは。

 アタシたちは。

 

 

 淀む地下の空気に、無力を呪う叫びがこだました。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ついさっきまでエメルが立っていた場所を、ミュラーは呆然と見つめていた。

 彼女は光に包まれて消えた。一歩も動かず、体から不思議なエネルギーを発して。まるでテレポートだ。

 

 

「夢を、見ているのか……ふふっ、夢ならどんなに良いだろうな」

 

 

 最後の最後で度肝を抜かれるとは。もしかしたら、彼女はエンターテイナーだったのかもしれない。

 しばらく呆けてから我に返った。このままではいかんなと、傍らにある機器を操作して合図を送る。

 

 

「……私だ。五分後に全弾を発射しろ」

『──了解しました。閣下とともに逝けること、光栄に思います!』

 

「私は、できれば彼女と一緒がよかったのだがな……」

 

『は……?』

「……いや、こっちの話さ」

 

 

 勇敢な兵士に軽いあいさつを済ませ、わずかな間未来に思いを馳せる。

 たとえ己が死んだとて、生き残った者たちが人竜を倒せば、人類は希望を見出せる。

 今回の事件で、地球の日常はすっかりスリリングになってしまったが、きっと大丈夫だろう。うまくやっていけるはずだ。

 

 椅子から立ち上がって窓に歩み寄る。外では相変わらず火と煙が上がっていた。

 波乱な時代に生まれてしまったものだとしみじみ思いながら、最後に浮かぶのは、やはり笑みだ。

 絶望はしない。この先に希望があると確信しているから。

 

 

「……」

 

 

 自信を持って言えよう。

 悪い人生では、なかった。

 

 

「神よ……願わくば、我らに──人類に、勝利を……!」

 

 

 窓の外が白む。眩さに視界が塗り潰されていく。

 

 祈りを捧げて、ジャック=ミュラーは目を閉じた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「これで、どうにか全員運び終えたな……」

 

 

 入口から奥地まで渋谷を回り、見落としがないことを確認して汗だくになったタケハヤたちが座り込む。

 あの後、倒れたSKYメンバーたちを搬送するため動かせる車を見つけ、乱暴な運転で何度か渋谷と都庁の間を行き来した。怪我だけならまだいいが、中にはスリーピーホロウの鱗粉で錯乱している者もいて一筋縄ではいかず、思ったよりも時間がかかってしまった。

 

 

「つーか、シキ。おまえ、体力無尽蔵すぎだろ……」

「鍛え方が違うのよ。伊達にムラクモで育ってないわ」

 

 

 タケハヤ、ネコ、ダイゴは帝竜討伐直後の自分を気遣ってきたが、全身ボロボロの人間たちに無茶するなと言われたって説得力がない。

 半数以上の人数を運んで尚体力が残っているシキに、彼らは呆れたような視線を向けた。

 

 

「色々と世話になったな。まあ、世話になるのはこれからかもしれねェが──」

 

 

 ズドンッ、と真下から突き上げられるように地面が揺れる。

 一瞬足が地面を離れ、全員がバランスを崩した。

 

 

「うおっ……!? 地下帝竜も、お目覚めってわけか……」

 

 

 そうだ、この地面の下で、かつて自分とミナトを飲み込もうとした帝竜が蠢いている。まだ安心できる状況じゃない。

 みんなで地面を注視する中、アイテルだけが空に視線を漂わせている。やがて彼女は唇を引き結んでうつむいた。

 

 

「遠い東の大陸でも……たった今、万の命の灯火が消えたわ」

「ケッ……次々とよぉ……! あのバァさんの仕業か……? とことんまで、俺たちをいたぶるつもりだな……」

 

「……ここでぐずぐずしてても仕方ない。私たちもさっさと休む」

 

 

 タケハヤたちを連れて歩いていく。重い足取りで戻ってきた都庁入り口に、ポツンと人影が佇んでいた。よく目立つ赤い髪はリンのものだ。

 

 

「おかえり……出迎えがアタシだけで悪いね」

「別に。今どうなってる? ミロクたちから連絡が入ってないんだけど」

「双子は体力の限界みたいだ……最後の収容指示を出し終えて、倒れたよ。今は医務室に寝かしてある」

「そう」

 

 

 そういえば、ミロクとミイナは国分寺の件からずっと働きっぱなしだった。あの体にはかなりの重労働だっただろう。

 ため息をつく自分からタケハヤたちに視線を移し、リンは現状の報告を続けてくれる。

 

 

「SKYとかいうやつらの受け入れも、無事完了したよ。コワモテが多いんで、みな不安がってたが……以外と素直で驚いていたところさ」

「そうか、助かる」

 

「それと、もう一つ……キリノのこと」

 

 

 はっとして顔を上げる。

 そうだ、スリーピーホロウとSKYのことで頭がいっぱいだったが、大きな問題はもう一つあった。

 東京タワー側はいったいどうなったのか。胸が早鐘を打ち始める。

 

 

「ナビは、おまえたちに気を遣って伝えてなかったみたいだね」

「ちょ、何それまさか……!?」

「いや、違う違う! キリノは無事収容できた、命に別状はない。ただ……もう現場に戻るのは無理そうだ……」

 

 

 リンは気遣わしげな目で都庁を見上げる。その視線が向かう窓の奥にキリノはいるのだろうか。

 現場に戻るのが無理そうというのは、怪我ではなく精神的な意味でだと説明される。

 

 

「ナツメのことも、アオイのことも……想像を絶するようなショックだったと思う。少し休ませてやってほしいと、医者からは言われてる。……命があっただけ、よかったけどさ」

「ちょっと待って。……ミナト、戻ってきてない? 先に行かせたんだけど」

「……ああ、戻ってきた」

 

 

 リンは静かに、ゆっくりと頷いた。

 その様子で予想はできてしまったが、訊かずにはいられない。渋谷を飛び出す背中を見送ってから、彼女の姿を見るどころか通信もないのだ。

 どうしているのかと尋ねると、リンは何度か口を開閉する。

 今にも消えそうな声が、スローモーションのように流れ出た。

 

 

「アオイの傍にいる」

「……アオイは」

 

「ごめん」

 

 

 目を閉じ、頭を横に振られた。

 

 

「ごめん、本当にごめん……っ」

「謝んないで。あんたが謝ることじゃないでしょ」

「ああ、悪い……。ミナトは……大丈夫と言っていたが、少しの間、そっとしておいたほうがいいと思う」

「……わかった」

 

 

 現状は把握できた。……夢だったらどんなにいいかと思わずにはいられない事態だと、痛感する。

 渋谷のときよりも重く苦しい沈黙が肩にのしかかるような気さえする。

 

 

「しかし……これから、どうしたものかね……」

 

 

 迷路に迷い込んだように、リンの途方に暮れた呟きが風にさらわれる。

 

 東京、つまり日本にいる帝竜は残り二体。加えてナツメの裏切り。新しい脅威、人竜の出現。

 どうするもなにも、戦うしかないだろう。でなければ死ぬ。憎たらしいほどわかりやすい。

 けれど。

 

 

(……どうする……)

 

 

 具体的な作戦が湧かない。

 総長が敵に回り、ミロクとミイナが倒れ、キリノは復帰困難。今の都庁には、参謀や敵の分析に適した人物がいない。

 ああくそ、と前髪をかきあげ根本をくしゃりと握る。

 すると、マキタが全速力でこっちに走ってくるのが見えた。

 

 

「隊長!!」

「……どうした?」

「たった今、報告があった……」

 

 

 

 

 

「アメリカが──消滅した」

 

 




 大統領のあのシーンはかっこよかったけど辛かった……。

 時間の流れとしては午前中~昼過ぎまで国分寺攻略、午後に渋谷攻略といった認識です。アオイたち東京タワー側の戦闘が日を跨ぐまで悠長に続くとは思えないので。そりゃナビも倒れますわ。

 アメリカはミヅチの攻撃で滅んだのではなく、劇中の描写からして自滅覚悟で核(ビジュアルワークス スケッチブックページにそれを匂わせるイラストがあったような)か何かを全弾発射→アメリカ焦土化と解釈しています。
 Ⅲのノベル『未完のユウマ』だと、弱った帝竜にミサイルかなんかの近代兵器が通用していた場面があったので、異能力者の手ではない銃火器も威力が高くてデカイならドラゴンに通じる可能性がワンチャン……? でも未完のユウマは70年後の話だから、兵器の性能が2020年よりずっと進んでいたためってのもありそうですね。
 とりあえずミヅチが生きていたのは核が着弾する前にアメリカから離脱したからかなと思ってます。さすがに核は効いてくれないと、「13班や異能力者が対抗できる=核以上の力??? それともマナが絡むとまったく質の違う攻撃になる???」みたいに捉え方がややこしくなりそうなので。
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