2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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元々は竜を憎むべきだけど、生き残ったのが自分一人ならサバイバーズ・ギルトに陥ってしまうのもしかたなさそう。
今回はそんな彼が立ち上がるまで。

アオイの遺体、人竜ミヅチのあのシーンについて、ちょっと劇中描写に自分の解釈を加えてます。
詳細はあとがきで。



27.キリノ

 

 

 

 重力から逃れた先に広がるのは、銀の砂を撒いたように無数の星々が瞬く宇宙だ。

 地に足を着けている人間には見られない景色。眼下の星を眺めながら、宙に抱かれる浮遊感。

 万能な己にしか味わえない感覚に酔いしれ、日暈棗の名を捨てた人竜ミヅチは両腕を広げた。

 

 

「これで、最後の希望も消えた。皆、絶望に嘆いていることでしょう……!」

 

 

 そう、アメリカは消滅した。

 日本よりも人口・兵器・戦力に恵まれ、竜を狩り鼻高々だったであろう世界最強の軍事力を持つ国は滅んだ。

 大統領に手を貸していたあの女も。竜についての深い知識と経験を持ち、対抗する術を編み出す可能性を持つあの女も一緒に消し飛んだだろう。まさに、希望は消えた。

 

 

「あとは、私の故郷を滅ぼして──人の歴史を、終わりにする。ふふ……ふふふ……そう、その瞬間、私は全ての頂点に立つ存在となる……」

 

 

 無限に広がる宇宙を見回し、自分が人として生まれた青い星を見下ろす。

 否、青いとは言い難い。ほぼ全土をフロワロに覆われ、文字通り血の海に溺れ、生命に満ちあふれていたこの星は赤く赤く染まっていた。

 ああ、なんとちっぽけであっけない。やはり、人から竜へ昇華した自分は間違っていなかった。

 

 

「人の殻は、あまりに窮屈だった……。なに一つままならない、持たざるものだった、凡人だった私……。しかし、私は自らの力で、自らの力を克服した! ……そして、私は、神になる。私は、竜の眷属として宇宙を支配する存在になる……!」

 

 

 今もどこかで、いや世界中で、人間どもは泣き叫んでいるのだろう。

 もっと喘ぐがいい。無力を嘆き、何もできずに淘汰される運命に呑まれ、存分に断末魔を上げればいい。それが、この星を破滅に導く自分への讃歌になるから。

 数十億年の歴史も、幾世紀を経て築いた文明も、すべてを一瞬にして超越した。そうして自分は今ここにいる。

 考えるだけで笑いが止まらない。やはり真に価値あるものは力なのだ。

 

 

「あはッ……あはははッ……! すべては力……! 力とは、なんて素晴らしいの!!」

 

 

 さあ、幕を下ろして終わりにしよう。

 破滅をもたらすまでのカウントを始め、ゆっくりと手を上げる。

 指先が天を突いた。

 

 そのとき。

 

 ザッと視界がぶれ、

 刹那にも満たないわずかな間、光が被さった。

 

 

「……!?」

 

 

 後ろを振り返る。

 理由は単純。()()()()()()()()

 誰もいないはずの宇宙で、何者かの視線が、脳髄や脊髄、心の臓を貫いた。

 

 

『ほう……ほう……』

 

 

「な……に……?」

 

 

 誰だ。

 

 この私を()()()()()()()のは、誰だ。

 

 

『数多の星の中で……初めてだ。足掻くはずが、自ら滅ぼそうとするとは……』

 

 

 姿は見えない。ここにはいない。今この場に浮かんでいるのは、自分一人だけだ。

 

 なのに、呑まれる。

 

 

『面白い。実にコッケイで、面白い……』

 

 

「ま……さか……」

 

 

 呑まれる。

 

 違う。「喰われる」。

 

 

「まさか……オマエは──」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 目覚めは最悪だった。

 ばちりと目を開け、緑色の天井をにらみつける。

 無機物に熱い視線を送っても何かが起きるわけじゃない。

 さあ、これから動かなければ。

 

 

「ったく」

 

 

 ベッドから身を起こし、仕切りの向こうにあるベッドを覗く。

 本来ならミナトが枕を抱きしめているはずのそこは、もぬけの殻だった。

 

 ゆっくりとため息をつく。

 現在、午前八時。アメリカが消滅して世界滅亡まで秒読みだというのに。ぐっすり眠って新しい日を迎えてしまった。どんなときでも体は疲労に正直だ。

 ナツメ、いやミヅチはどうしているのだろう。地球はあいつによっていつ穴が開いてもおかしくない状況だが、今のところ動きは見られない。

 東京タワーと渋谷の惨事にアメリカの消滅など、やりたい放題やってエネルギーが尽きたのか。それとも飽きたのか。

 なんにせよ、まだ日本は形を保っている。意識が覚醒したのであれば時間は無駄にできない。

 

 ターミナルに通信が入る。肌着の上にセーラーを着ながら画面を覗くと、ナビではなくリンの顔が映し出された。

 

 

『おはよう、13班。アタシからの召集で悪いね……』

「おはよう。別に悪くないけど、それだとナビたちはまだ回復しきってない感じね」

『ああ。でも目は覚めたみたいで、今みんなで会議室にいる。とりあえず、報告会でもしないか? 現状の共有くらいは、と思ってさ』

「……そうね。行くのは私一人でもいい?」

 

 

 リンは一瞬首を傾げ、ああと眉を下げて優しく頷いた。

 ミナトはダメだ。一足先に都庁に戻っていたという彼女とはまだ顔を合わせていないが、自分から顔を出してこないなら、おそらく立てる状態じゃない。

 無理矢理引きずり上げることも考えたが、できるだけ一人でいられる時間を与えたほうがいい気がする。誰かが傍にいたら、臆病なあいつは気を遣って何もできないだろう。

 

 ローファーを履いてドアノブに手をかけようとしたところで、テーブルの上に何かが置かれていることに気付く。

 布に包まれた長方形……誰かからの差し入れか。

 ちょうどいいから朝食としてかきこんでいこうと包みを広げると、見覚えのない字のメモが現れた。

 

 

『うちのモンを頼んだぞ』

 

「……あいつか」

 

 

 わかったからいいものの、名前ぐらい書け。というかいつの間に部屋に届けに来たんだ。

 ていうかこれ誰が料理したんだ。まさかおまえか。

 胸中でツッコみながら箸を手に取る。

 中身は少し贅沢な弁当で、むず痒い気持ちになりながらいただきますと口にする。

 

 

「……」

 

 

 おい、待て。

 自分たちが調理した物よりも美味い。

 

 

「タケハヤぁぁぁーっ!」

 

 

 数分で弁当を平らげ、送り主の名前を怒鳴りながら会議室へ走る。

 リン、マキタ、ネコ、ダイゴ、ミロク、ミイナの六人は部屋に突撃してきた自分を見て怪訝そうにまばたきした。

 

 

「……来たか、13班。それじゃ、報告会を始めようと思う」

 

 

 場の空気を引き締めるようにリンが咳払いをし、不意に会議室奥を振り返る。

 何かあるのかと顔を向けると、白衣を着た頼りない背中がこっちを向いていた。

 

 

「キリノ、それでいいか……?」

 

「は、はい……すみません……」

 

 

 思わず全員で顔を見合わせる。

 リンが頭を横に振り、マキタが報告を始めた。

 

 

「じゃあ、まずは自衛隊からだ。タワー周辺を探索した結果を報告する。日暈棗……以後、ミヅチと称するが、ヤツが拉致したと思われる人間の中で、生き残っていたのはキリノだけだ」

 

「……あのババァ……」

 

 

 タワーやナツメの単語が出るたび、部屋の隅で痛々しくキリノが呻く。つい昨日起きた災厄を忘れられるはずがない。ネコが犬歯を剥き出しにして唸った。

 

 

「遺体も、東京タワーの変貌にあわせて、溶けて消えてしまった……。言い方は悪いが、あの塔を作るための養分にされた……そんな感じだった」

 

「僕のせいだ……」

 

 

 キリノの自責の言葉にリンが苦しそうに顔をしかめる。

 それとは別に今しがたのマキタの報告が引っかかり、シキはリンに寄って極力声を潜めて尋ねた。

 

 

(ちょっと待って、アオイの遺体は)

(……キリノが守ってた。それで吸収されるのは免れたみたいだ)

 

 

 昨日、ミナトの様子を尋ねた際、リンは「アオイの傍にいる」と答えた。つまり彼女の遺体は残っていると解釈していいのだろう。

 リンが言うには、他の者たちが吸収されていく中、キリノは必死にアオイを抱えていたという。

 司令部のモニターで見た、彼女が倒れる瞬間。目を閉じただけで鮮烈に浮かんでくる

 ああそうか。あの後輩も、もう。

 あの地獄の中、キリノはいったい、どんな思いで。

 

 事実を噛みしめながら無言で元の場所に戻る。ナビ二人がちらりとこっちを見上げて報告を引き継いだ。

 

 

「……オレたちからは、観測班と情報支援班の分析報告だ。アメリカの消失後、東京タワー付近でミヅチの姿を確認……頂上部にその姿が確認できた。その直後、タワー周辺に正体不明の障壁が出現し、対象をロスト」

「多角的に調査してみましたが……おそらくは、バリアのようなもの──観測や攻撃すべてを遮断する、強力なエネルギー障壁のようです」

「じゃあ、現状では近付くこともできない……ってことになるね」

「……残念ながら」

 

 

 ミイナがもどかしそうにうなずく。

「SKYはどうだ?」とリンは振り向くが、ダイゴとネコの反応も同様だった。

 

 

「SKYからは特にないが……しばらく我々に戦力は期待しないでくれ。渋谷の帝竜討伐で、半数以上のメンバーが死亡した。残りのメンバーも怪我人が多い。しばらく前線は無理だろう」

「そうか……クソ……思ってた以上に状況は厳しいな。ちなみに、13班は」

「あんたたちが考えてるとおりよ。察して」

 

「……」

「……」

「……」

 

「……こんなとこで顔つき合わせて黙り込んでても仕方ないぞ」

 

 

 術なし、と垂れ込める沈黙を払うようにダイゴが言う。彼は唯一輪に加わっていないキリノのほうを向いた。

 

 

「キリノ……何か考えはないのか?」

 

「すみません……僕には……。ミヅチのこともよくわからないし……戦力も足りていない。僕の指示じゃ……また人が死ぬだけかもしれません。……アオイくんも、僕なんかについてきたばっかりに……犠牲になってしまった……」

 

 

 予想通り、キリノは頭を横に振る。

 追いつめる気はないが、無闇に励ますべきでもない。現場にいなかった人間が何を言っても雑言にしかならないだろう。

 言葉を出せずに沈黙する中、キリノは雨粒が垂れるようにぽつぽつと続ける。

 

 

「僕はダメです……皆の前に立つ資格なんかない……本当にすみません……」

「別におまえが悪いわけじゃない」

 

 

 ほとんど抜け殻になってフォローに返事もしないキリノから自分たちの輪に向き直り、リンはかぶりを振った。

 

 

「仕方ない……報告会は一旦解散にしよう。また何かあったら、声を掛け合うということで」

「……了解」

 

 

 マキタの沈んだ返事を合図に、自衛隊とSKYの四人は部屋を出ていく。

 ナビも顔を見合わせ、小走りで会議室を後にする。キリノも、いつの間にかいなくなっていた。

 このままだと何も進まない。とはいえ良い案も思いつかない。

 しばらく時間を置いてそれぞれの考えを聞きにいけば、少しは進展するか。

 

 

(SKYは医務室。ナビたちは司令室。自衛隊は駐屯区。キリノは……たぶん研究室)

 

 

 学校の勉強はある程度公式や型があるから問題なかった。けれど今からする作業は実に難解だ。前進するためには必須だが、大勢の人間のもとを回り意見を集めて擦り合わせるというのは……自分にとっては暗中模索するようなもので。

 

 

「こういうのはキリノの仕事でしょうが」

 

 

 でも、この膠着状態、とにかく誰かが動かないと始まらない。

 どうなるか見当もつかないが、やるしかないかとシキは会議室を出た。

 研究室に行くのは最後だ。まずは、最も近い七階の司令室。

 

 

「邪魔するわよ」

 

 

 部屋に入り、今日も今日とて膨大なデータを垂れ流すモニターに近付くと、ナビ二人が足音を聞いて振り向いた。

 

 

「あ……シキ。昨日はごめんな、出迎えもせずに寝ちまってて」

「別に。休みなしで働いてたんだから仕方ない」

「お詫びといったらなんだけど、総長の行動分析を始めてみたんだ」

「行動分析?」

 

 

 ミロクとミイナが操作している機器の画面を覗く。

 液晶には、懐かしく感じる人間だった頃のナツメの画像が大量に表示されていた。最近から今よりも若く見える数年前まで様々だ。

 

 

「こんなのよく見つけてきたわね」

「片っ端から掘り出したんだ。朝ごはんから寝るとこまで、全部追っかけてみたら、何かヒントが見えてくるかもって」

「でも、どこから手をつけていいか……見当もつかないんです」

 

 

 ミイナが俯いた頭と一緒に華奢な体を揺らし、小さな手でぺちぺちと頬を挟む。そうして上げられた彼女の顔はあまり血の気がない。まだ疲れが溜まっているみたいだ。

 

 

「よーし、今日も徹夜しよう……せめて私たちだけでもがんばらなきゃ! ……ゲホッ、ゲホッ」

「ちょっとミイナ、ていうかミロクも。あんたたち休みなさいよ。そんなにタフじゃないんだから」

「いいえ、ダメです。……10班の分まで、がんばりたいんです」

 

 

 10班。今はメンバーが誰もいなくなってしまった機動班。

 叱れなくなって口を閉じる。ミイナは赤くなったまぶたをこすり、さっきよりも強く、空気を振り払うように頭を左右に振った。

 

 

「10班……ガトウ隊は、事実上解散したことになります。それでも私は……最後まで戦った彼らの遺志を、尊重したい。ここで諦めちゃ、ダメなんです……!」

「攻略のカギ……絶対見つける! オレにできることなら、何だって……!」

 

 

 うん、とうなずきあい、ミロクとミイナは小走りで椅子の上に飛び乗る。

 声をかけても返事はない。ナビたちは全神経を情報の海に投じ、小さな両手の指はミシン針のように動き続けて止まらなかった。

 

 

(……仕方ない)

 

 

 次に移る。自衛隊駐屯区だ。

 

 覇気のない自衛隊員たちと簡単にあいさつを交わし、壁に掛かる銃火器の黒光りを抜けて進んでいく。

 作戦会議室の扉を開くと、こちらでもリンとマキタが額を突き合わせていた。

 

 

「おい、あいさつもなしに誰……ああ、シキか」

「いろいろ確認しにきた。自衛隊の現状は?」

「……正直、なにが何だかわからない……ってのが本音だ。俺たちに何ができるのか……このまま都庁を守っていればいいのか……」

 

 

 マキタが答えてリンが俯く。

 しばらく考え込んでいた自衛隊隊長は、小声で、しかし固くたしかな声音で呟いた。

 

 

「攻勢に……出るときなのかもな」

 

 

 守りから攻めへ、盾から矛へ。

 その一言にマキタが一瞬驚くが、彼も腕を組んで思案する。

 

 

「そうかもしれない。一匹でも多くの帝竜を仕留めれば──それだけ犠牲も減る」

「そうだ、特にあの地下帝竜……休眠状態だけど、いつ動き出すかわかんない。今ならその隙を突いて、ありったけの兵器を叩き込めば……!」

 

「……ちょっと、」

 

「都庁の守りはどうする?」

「すぐに倒して帰ってくれば……たぶん大丈夫だろ!?」

 

「ちょっと、」

 

「シキ、作戦が決まったら、おまえたちも協力してくれよな?」

 

「いやちょっと、」

 

「ムラクモが動けない今こそ、アタシたちが頑張るときだ! ……って思って、いろんな作戦を考えたんだ。今ならいけそうな気がする……!」

「ここまで話が広がると、いよいよ、俺たちの範囲外だ……隊長の意見がまっとうな気さえしてきたぞ……うーむ……」

 

 

 ドラゴンに現代の兵器は通用しなかっただろうというツッコミは、二人の熱のこもった激しい談議にかき消される。

 

 ダメだ、と背を向け作戦会議室から出た。

 

 

(こっちも進展なし。次は……)

 

 

 二階の医務室。階段を下り、薬や備品を運ぶ看護士たちの邪魔にならないよう、廊下の壁際を進んで部屋に入る。

 部屋がまだ回復しきっていないSKYメンバーで溢れる中、奥のベッドではタケハヤが横になっていて、ネコとダイゴ、アイテルが沈んだ表情で傍に立っていた。

 ベッドに横になっているタケハヤがうめく。聞いたこともない苦悶の声は普段飄々としている彼からは想像もつかない。震える空気に乗って痛みが伝播してくる気さえした。

 

 昨日渋谷から都庁に移った後、SKYメンバーはもれなく医務室に連行された。

 医療班と研究員たちが分析した結果、スリーピーホロウの鱗粉は神経や精神に強い異常を起こす作用を持つと判明。同時に、厄介なものだということは変わらないが、外傷を負うものではないと告げられた。

 大多数の者は怪我が軽傷だったので、意識が回復した後、服を取り替え体を徹底的に洗わされることで一段落着いた。

 しかし、元から体がぼろぼろだったタケハヤは。

 

 

「クソ……ナ……ツメ……」

 

 

 汗が滲む彼の顔を見つめ、自分に気付いたダイゴが重々しく口を開く。

 

 

「タケハヤの傷が癒えたら……我々はナツメを倒しにいこうと思う」

「バリアがあるの忘れたの? あらゆる攻撃を遮断するって言ってたでしょ」

「例のバリアとやらは……なーに、根性で! なんとかするさ!」

 

「だめよ……そんなの無理」

 

 

 あんたもうちょっと冷静だったでしょとツッコむ前に、アイテルがダイゴをたしなめる。

 ネコがまなじりを吊り上げ、「やってみなきゃわかんないでしょ!」と腕を振り回した。

 

 

「なによ、おかあさん面して! あたしのママはダイゴなんだからね!」

「……おい。……ともかく、このまま手をこまねいているわけにはいくまい。次のことを考えねばな」

「次も何も、問題があのクソババァなら、もうブッ倒すしかないっしょ!」

「帝竜を駆逐したところで、ミヅチがいてはな……渋谷の礼もある……やはりヤツを……」

 

 

 とにかく二人は東京タワーから意識が離れないらしい。医務室内の空気はヒートアップしていて収まらない。

 ダメだこりゃとため息をつく自分を見て、アイテルが首を傾げた。

 

 

「彼女はどうしたの?」

「神出鬼没のあんたなら、知ってるんじゃないの」

 

 

 ミナトを探しているのか、アイテルの視線がどこでもない場所をふらりとさまよう。

 しばらくしてこっちに向き直り、彼女は「あの子もなのね」とうなずいた。

 

 

「……あいつ、戦えると思う?」

 

 

 この中で最も長くミナトの傍にいたのは自分だ。引きずり回したり引っ叩いたり抱えて飛んだりとくりかえして、そのうち彼女は自力でついてこれるようになったが、今回は見当がつかない。

 狩る者だの星の防衛機能だの、スケールの大きい視点で物を見ているアイテルなら何かわかるのではと尋ねてみる。けれど返されたのはノーの答えだった。

 

 

「それは、自分で決めること。私は導きこそすれど、あなたたちの意思には干渉できない」

「まあ、そうね」

「人は、絶望から立ち上がる力を持っている。私は幾度も、それを見てきた……。だけどそれは、再び戦いに戻るということ。その辛さもまた、見てきたから……」

 

 

 ここで踏ん張るか、折れるか。どっちに転んでもおかしくないし、苦しむことに変わりはない。

 一般住民たちには最低限の説明がされたらしいが、だからといって納得、切り替えができる奴はいない。立場年齢性別関係なく、都庁の雰囲気は最悪。崖っぷちから踵がはみ出しているような状態だ。

 悔しいことに、立ち上がれる未来はこれっぽっちも見えない。

 

 

(だからって……諦めるのは癪!)

 

 

 今にも暴れ出しかねないネコたちとそれをなだめる看護士たちに背を向けて医務室を出た。上階の研究室を目指して、階段を駆け上がる。

 ダメだ、やっぱりキリノがいないと。

 みんながみんなバラバラの方角を向いて暴走している。自分もいい案が浮かばない。

 意見をまとめて、今本当に必要な目標と手段を見つけられる者が……率直に言えばそこまで頭を回せない、腕っ節自慢たちの手綱を握ることができる頭が必要だ。最適なのはあいつしかいない。

 

 

「キリノ!」

 

 

 研究室のドアを思い切り開け放つ。

 大きな音に研究員全員が驚いてこっちを見る。それから自分が呼んだ名前を聞いて顔を見合わせ、そっと部屋の隅に視線を向けた。

 

 研究室の隅にキリノはいた。が、相変わらず壁にひっついて外側に背を向けている。

 

 デジャヴを感じながら歩み寄って、ローファーの爪先を踵に当てる。

 コツンと小さく揺らされ、キリノの肩がわずかに跳ね、くすんだ眼鏡のレンズがこっちを向いた。

 

 

「……ああ、君ですか。すみません、僕が不甲斐ないばかりに……」

「まだ何も言ってないわよ。ねえ、これからどうしたらいい?」

「ハハ……僕にもどうしていいやら……」

「……何かできることは?」

「そ、そうですね……えーと……何をお願いすればいいのかな……」

 

 

 一、二、三、四、五、六、七、八、九、十。

 頭の中でいくら秒針が進んでも、キリノはしどろもどろとして唇が波打つだけ。

 今回の事件で心にひどい傷を負ったのだから、刺激してはいけないのはわかっている。ひたすら待つ。

 苛つかない、苛つかないと自分に言い聞かせて辛抱したが、結局彼が紡いだのは謝罪の言葉だけだった。

 

 

「……すみません、頼りなくて。僕は今まで、ナツメさんの言うことに従ってきただけだったから……。こんなとき、どうしていいかわからないんです……」

「今までのナツメに倣って動いてみればいいでしょ。……こういうの、私も他の奴でもできない。いつもナツメの傍にいて手伝ってたあんたじゃないと」

「ナツメさんは僕なんかよりずっとずっと、優れた人だった……。僕がその後を継いで──ましてやナツメさんを敵に回すなんてできるはずないんです」

 

 

 ダメだ。苛つくな。パートナーのミナトがそうであるように、キリノもまだ立ち上がれていないのだから。無理に引っ張ったって腕がもげるだけだ。

 でも、なけなしの励ましスキルを振り絞っても反応がこれでは。

 

 一旦キリノから離れ、ぐるりと研究室内を見渡す。

 こっそりこちらの様子を伺い、引っ込もうとしていた研究員五人の首根っこを捕まえた。

 

 

(ちょっと、キリノはずっとあんななの? 何言っても回復する気がしないんだけど!)

(人生相談なら、他当たれ……)

(こ、こういうときはヒーローが現れるのがテンプレであります!)

(やー……んー……人を励ましたり動かしたりは、専門外どころか苦手項目だからねぇ……。と、とりあえず……コーヒーでもどうかな、うん)

(キリノさんは、やはりまだ……。あっ、よろしければ、新作のお注射でも……)

(注射はいらん!)

(あら、いりませんか……)

 

 

 普段やりたいようにやっているマッドでサイコな精神的猛者たちも、こればかりはお手上げというように目をつむる。

 頼る人物を間違えたか。いや、たぶん誰を頼っても同じような結果だと思う。今の都庁に、迷路の出口を見つけられている者はいない。

「よその国と連絡が取れればねぇ」と、相変わらず眠そうにしている研究員が呟いた。

 

 

(ヨーロッパの秘密研究所の噂、知ってるか……? 噂話だから、呼称はオカルト的だけどさ、なんでもそこは、ずっと前からドラゴンの研究をしていたとかで……。で~……なんだっけ? ふぁぁぁ~……)

(おい)

(ん~、まあ、もし噂が本当なら、そこに助けを求められないかって思ったけど……ずっと前のアメリカとの会議で、EUも落ちるかもしれないって言われたんだろ? 期待しないほうがいいかぁ……)

 

 

 連絡を取って策があったとして、約一万キロ離れている外国からそれを調達する時間など、人竜ミヅチが与えるわけがない。

 結局お手上げか。もう本当にどん詰まりなのか。

 両手でがしがしがしと頭をかきむしる。するといつの間に動いていたのか、コーヒーを勧めてきた研究員が、湯気を立てるカップを持っていた。

 

 

(キリノが本当にダメダメなら、もうドラゴンなんて一切見えないところに隠すしかないんじゃない? でも、あれは意外と、そういう男じゃないはずだけどなー。シキ、尻叩いて上げたら?)

(なに、あいつの尻殴ればいいの?)

(キリノの下半身が吹っ飛ぶよ! 物理じゃなくて、やりすぎない程度に発破かけてみたらってこと!)

 

(……私が人を励ますなんてできると思う?)

 

(無理だな)

(難しいね)

(結果を求めないなら大丈夫さ!)

(自分新人なのでわからないであります!)

(私たちでもできるかどうか……)

 

(おい!!)

 

 

 いけるとか頑張れとか期待していたがダメだ。自分を含め、この場にいる面子はキリノとの付き合いもムラクモとの付き合いもそれなりにあるが、コミュニケーション能力はC級以下。言葉で誰かを励ますとか柄じゃないし技術もない。

 かといってあきらめる選択しなんぞない。今にもミヅチが動き出したっておかしくないのだから。

 ええいクソ、気を遣ってダメなら、思うままだ。

 

 

「キリノ!!」

「え、何ですか……、っ!!?」

 

 

 ドゴンッ、と研究室が揺れる。

 振動でぐらついたコンピューターやガラスケースを、研究員たちが慌てて押さえた。

 半分だけこっちを振り向いたままキリノが固まっている。

 両手を壁に叩きつけ、自分と壁の間に彼を閉じこめた状態、いわゆる壁ドン。

 ……を、勢いのまましたはいいが、何も考えてない。

 

 

「えっと、えー、あ~~~……っ」

 

 

 ちくしょう、こんなときにミナトがいれば。いや泣き言はいい。

 難しく考えすぎるな。何も浮かばないなら今あるものをすべてぶつければいいのだ。

 

 

「シキ、すみません、僕は……」

 

「自衛隊が地下帝竜を倒すって!!」

「え?」

「リンたちが、地下帝竜を倒すって! 討伐作戦始めたんだけど!」

「そ、そうですか……。しかも、ち……地下帝竜を? 今あの帝竜を刺激したら、大惨事になるかもしれませんし……。もっと綿密に計画してからのほうが……」

 

「SKYはミヅチ!!」

「え、え……?」

「東京タワーに突撃するって言ってたわよ!」

「東京タワーのミヅチに突撃する……? 障壁はどうするんですか? ナビたちの報告では、近付くことができないって話でしたよね……。そんなことをしたら、危ないのでは……」

 

「そのナビたちはナツメ行動記録を分析するとか!!」

「ナビたちがナツメさんの記録を……?」

「しかも徹夜で研究! 完徹! オールナイト!!」

「闇雲にそんなことをやっても意味が……し、しかも徹夜をしてですって? 彼らは体が弱いんです、そんな無茶をしたらダメですよ……」

 

 

 ぜえはあと乱れた息を整える中、リンから通信が入る。

 

 

『おい、13班も集まってくれ。アタシたちに名案があるんだよ……! みんな待ってるから、よろしくな』

 

 

 一方的に言って通信が切れる。嫌な予感しかしない。

 キリノも通信が聞こえていたようで、アホみたいに何度も目を瞬かせる。

 しかしたいした反応はなく、結局俯いてしまった。

 

 

「す、すみません、僕はやめておきます……どうせ役立たずですから。本当にごめんなさい……」

「あー!! この、この……眼鏡!! 根性なし!!」

「ボキャブラリー!」

 

 

 怒りで低下した語彙力にツッコんでくる研究員を睨みつけ、出口まで歩く。

 ドアを開け、最後に振り返って怒鳴った。

 

 

「いい、キリノ!? 私はこれから地下帝竜に突っ込んで徹夜でナツメの研究して東京タワーに突撃するわよ!! 本当にするわよ!? いいわね!! 後悔するなよ!!」

 

 

 今度は返事もなかった。「ヘタレ!」と捨て台詞が出る。

 くそ、結局ダメだった。人の顔色をうかがって気を遣うミナトならうまく説得できていたのだろうか。

 もうたられば言っても仕方がない。会議室に行こう。

 

 

「……」

 

「……え? 痛い!」

 

 

 せめてもの抵抗というか悪足掻きというか憂さ晴らしだ。キリノの顔をつかんで耳に指を突っ込む。

 

 

「動くな。無理だって思うんなら、絶対そこから動かないでよ?」

 

 

 情けなく目をぱちくりさせる彼に背を向け、今度こそ会議室に向かった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 約一時間ぶりの会議室。一度目の沈痛な空気はどこへやら、今朝のメンバーが再び集まりわいわいと意見交換をしていた。ずんずん入室すれば全員が振り返る。

 

 

「お、来てくれたか。おまえも相談に加わってくれよ」

「ええ、ええ。で、名案って何」

 

 

 適当にうなずいて先を促す。前回と同じようにリンが口火を切った。

 

 

「まず、自衛隊からの提案なんだけどさ……。アタシたちは、やっぱり帝竜の脅威を取り除くべきだと思うんだ。特にあの地下帝竜! いつ大暴れするかわかんないだろ? ……一刻を争うと思うんだよな」

 

 

 自衛隊駐屯区を訪れたときを思い出す。帝竜討伐に勢いづいていくリンとマキタを見て、部下のサネダ隊員が役割を誤れば池袋の二の舞になるんじゃないかと汗をかいていたが、この様子じゃ止められなかったみたいだ。

 地下帝竜討伐は隊長であり指揮権を持つリンの提案だが、自衛隊の総意なのだろうか。

 

 次に、ダイゴがガッツポーズを作り二の腕の筋肉を盛り上げる。

 

 

「俺たちは……ナツメを倒す。この大惨事を目の当たりにして奴を放っておくのはあまりに危険だ。個人的な恨みもある……怪我が治り次第、全SKYメンバーを動かし、東京タワーに突撃する!」

「異議ナ~シ!」

 

 

 ネコが賛成して腕をあげる。

 怪我が治り次第というが、負傷していても全快していても、タケハヤ、ネコ、ダイゴ以外のSKYメンバーに戦える実力はあるのだろうか。SKYは異能力者の集まりという貴重な存在だが、異能力者の中でもドラゴンと戦えるのがS級だとムラクモは言っていたし。

 人竜ミヅチはたぅった一体でアメリカを消した。おそらく帝竜よりも強い。そんな相手にSKYだけで突っ込んで勝算があるかは……考えたくない。というかタケハヤの許可は得たのか。あいつはまだ寝ているだろうに。

 

 最後に、ミロクとミイナがばっと手を挙げた。

 

 

「オレたちは、ミヅチの研究を始める。総長の行動記録を分析すれば……きっと、弱点とか、そういうのがわかるだろ?」

「もしかしたら、ドラゴンの謎なんかにも迫れるかもしれません……! 不眠不休でがんばります!」

 

 

 双子は目の下の隈がひどく顔色も優れない。

 前線に出ていた経験から考えると、対象の分析は間違っていない。今までの帝竜攻略は密な研究と分析から作戦を立ててきた。

 けれど相手は人竜。人の形でありドラゴンの力を持つ、前例のない存在。どのドラゴンとも違う。人間だった頃を分析しても、見つかるのは人間だったナツメの弱点なのでは。

 

 

「そうとも、みんなで力を合わせれば、なんでもできるんだよ!」

 

 

 全員を見回し、リンが鼻息荒くうなずいた。

 

 

「……アタシたち、ちょっとキリノに甘えすぎてた。あいつだけに負担させちゃダメだよな。みんなで平和な東京を取り戻したら……あいつも元気になるんじゃないかな!?」

 

「……」

 

「なあ、シキ。13班として……みんなの意見、おまえはどう思う?」

 

 

 期待と熱に浮かされたような六人の視線が一斉に刺さる。

 

 結論から言って、

 

 

(死ぬ)

 

 

 いや、自分は死んでなんかやらないけど。死ぬつもりもないしそれはここにいる全員同じだろうけど。さすがにこれは盛大な自爆だろと直感が告げていた。

 何度も思い知ったことだが、自分に言葉で人を導く力はない。

 だから、今の状況を改善する能力もない。頭の中は空っぽだ。

 

 

(どうすんのよこれ)

 

 

 たぶん、ミナトやタケハヤなら待ったをかける。バラバラに動くのはよくないんじゃないですかとか、冷静になって考えてみろなんて言うだろう。

 しかし、よりによってこんなときに二人はいない。

 

 おい、おい、おい。どうする。私はどうすればいい。

 

 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐると、頭の中が狂ったように回る。変に息苦しい。

 

 

「……」

 

「シキ?」

 

 

 ……よし。

 

 ここに限ってプライドは捨ててやる。最後の手段だ。

 これでダメなら、もうやりたいようにやってやろう。別に自分は死ぬつもりなんてないし。

 

 通信機を耳から外す。

 研究室を出てからずっとスイッチを入れていたそれを、唯一の相手につなげていたそれを、

 

 幸い、通信が切られていなかったそれを口に寄せ、思い切り声を張り上げた。

 

 

「いいと思う!! いっしょにがんばるわーっ!!」

 

 

「だ、ダメーーーーッ!」

 

 

 バアンッ、と扉が開いた。

 

 息を切らして輪の中に飛び込んできた男性に、全員が目を見張る。

 

 まったく、やっと来た。いっつもどこか頼りなくて情けないのに、こういうときだけかっこよく見えるってどういうことだ。

 緊張していた表情筋がほぐれていくのを感じる。

 言い聞かせたとおり、研究室の隅で動かず、耳にねじ込んだ通信機越しに今までの会話を聞いていたのだろう。

 膝に手を着いて体を上下させ、桐野礼文は頭を横に振った。

 

 

「……全然、ダメです。そんなの……上手くいきません……」

 

「おまえは心も体も傷付いている……。みんなの言うとおり、ゆっくり休んでいるんだ」

 

 

 ダイゴの気遣いにキリノはうつむく。傷心に沈んでいた彼の姿を忘れられないのだろう。ミロクとリンが続いて明るい声をかけた。

 

 

「オレたちに任せてくれ! 必ず東京を取り戻してみせるからさ……!」

「だから安心して……おまえはゆっくり寝ていてくれ……!」

 

 

 キリノの顔がさらに下を向き、前髪が垂れて表情が見えなくなる。

 まるでしだれ柳のような、ひょろりと背の高い体が細かく震えた。

 

 

「ね……」

 

「ね?」

「根?」

「値?」

 

 

「寝ていられるかーーーッ!!!」

 

 

 天にも轟く絶叫が都庁を揺るがす。

 ドラゴンの咆哮に勝るとも劣らない声量に全員が吹き飛ばされた。

 

 

「ハアッ……ハアッ……」

 

 

 みんなで体を仰け反らせる中、キリノは再び息を切らして呼吸を整える。

 そして眼鏡のレンズがギラリと光り、おののく六人を見回した。

 

 

「……自衛隊、君たちが帝竜を倒しにいったら誰が都庁を守ってくれるんです? まさか、帝竜を倒してすぐに帰ってくればいい……なんて遠足みたいに思ってはいないですよね!?」

「え? ……あ、う……」

「まぁ……そうだよ……な……」

 

「あと、SKY! ミヅチを倒すって……準備もなく、SKYだけで? 大体、障壁はどうするんです!! お得意の根性論ですか!? 根性論で帝竜はどうにかなりましたか!? 作戦があって人がそろっていて初めて討伐できる相手だったでしょう!!」

「う、ぐむ……」

「だけどさ……ほ、ほら、ムカつくじゃん?」

 

「そこ、ナビの二人! ナツメさんの朝ごはんから寝るまでを分析って……それで何がわかるんですか! ナツメさんの好物が厚焼き玉子だったとかですか!? しかも、体が弱い君たちが不眠不休で……? 君たちに倒れられちゃ困るんですよ! ガトウさんに叱られたのを忘れたんですか!」

「え、えっと……」

「はわわ……」

 

「もう……どうしてこんなことになるんですか……。はぁ……」

 

 

 ノンブレスで一通り言い終え、キリノはがっくりと肩を落とす。

 今のでエネルギーを出し切ったのか、覇気がなくなりナイーブになった瞳が自分を映した。

 

 

「……シキ?」

「なに」

「僕はてっきり、君がいつもみたいにばっさり切り捨ててくれると思ったんですが。君は頑固だけど、バカじゃないはずだ」

「私は戦うのが仕事なの。殴るのが得意な私の言葉と考えるのが得意なあんたの言葉、どっちが効くと思う?」

「……」

「それに、これは私じゃ無理だった。だからワラにも縋る思いであんたを頼ったんだけど。私だって不安になるのよ。それで負けたりしないけどね」

「君は、相変わらず意地っ張りだね……」

「ふん」

 

 

 さておき、とりあえず成功だ。親指と人差し指で通信機を挟んでぷらぷら揺らしてみせる。

 数分前にシキが耳に突っ込んだ通信機を耳から外し、キリノは恨めしげにこっちを見て体を起こした。

 前とは違いまっすぐ伸びた背筋に、全員が言葉を紡げずしきりに瞬きをする。

 今まで作戦会議で何度も使ってきた、横に伸びた半円卓まで歩き、彼はぼそりと呟いた。

 

 

「会議を……始めますか」

「おい、キリノ! おまえは……」

「いいんです、僕がやります! 僕が司令官になります。放っておくと、何が起きるかわからないし……君たちのやってることは滅茶苦茶だ。絶対に何の成果も出ませんよ」

 

 

 マキタの制止を遮り、キリノはズバリと言い切る。

 それぞれが一生懸命に立てた策ではあろうが、所詮は付け焼刃とも言っていい知恵の搾りかすだ。痛いところを突かれて論破されてはぐうの音も出ない。

「ごめんなさい……」と頭を下げたミイナに優しく笑い、キリノは頬をかいた。

 

 

「いえ……いいんです。みんなの気持ち、嬉しいです。僕は贅沢者だ……こんなに支えてくれる人がいるんだから。ガトウさんにも、アオイくんにも支えてもらった命……使わなきゃ、バチが当たりますよね」

 

 

 支えてもらった、か。

 そういう考えもあるのかと、他人事のように感心する。

 人間は死んだらそこまで。生きることと死ぬことにはそれ以上も以下もないと思っていた。

 振り返れば、ナガレもガトウも笑って死んでいった。死ぬというのに、後悔はないというように。

 死を美化するつもりはないが、なんとなく、わかった気がする。

 

 

『すみま……ん……ガト…………俺は……もう……』

 

『俺は後悔……してねぇ……俺の意思で戦って、死ぬんだ……』

 

『センパイに……約束……したんだから……』

 

 

 自分たちはバトンを渡された。だから、彼らの分までゴールに辿り着くのが、今すべきことだ。

 

 

「ふっ……」

「なんだよ、人を心配させといて……!」

「め、面目ない……」

 

 

 ダイゴかかすかに笑い、ミロクが小突いてキリノが謝る。

 どん底から持ち直してみんなが和気藹々とする中、シキは会議室の扉を開いた。

 

 

「……シキ? どこに行くんだい?」

「悪いけど、会議はもう少し待ってくれる」

 

 

 みんなの動きがはたと止まった。

 

 まだ人数はそろっていない。

 自分のパートナーだけが、ここにいない。

 

 

「あと一人、呼んでくる」

 

 

 あいつを置き去りにしたままでは進めないだろう。

 わかったとうなずくキリノたちに感謝し、彼女を探して駆け出した。

 

 





 冒頭の人竜ミヅチのシーン、初めてプレイしたときはタイミング的にエメルが彼女を足止めしているんだと思っていました。
 でも(Ⅲ劇中の真竜になりかけている場面は除いて)ヒュプノス姉妹が直接戦っている描写って見たことがないし、戦えるならアイテルはともかく、エメルは知恵を授けるだけじゃなく勇んで竜との戦闘に参加するのでは……?
 以上の点と、7章でミヅチがナツメの姿でとった行動を見て、自分の中では人竜ミヅチに接触したのはエメルではなくあいつなんじゃないかと考えました。このシーンでのブンッていう音と光も、後に13班に語りかけてきた場面と共通していたので。
 少なくとも自分はそこに関しての公式の説明を見ていないです。ナナゾゾ・ゾジについてはビジュアルワークスの情報を参考にさせていただいていますが、そっちにもエメルとミヅチが接触したという記述はなかったので、個人の考えで補填してます。

 あくまで上記は個人の解釈で公式ではないので、参考程度に捉えていただければ。

 アオイの遺体については、お別れがあんな形なんて絶対嫌っていうのもありましたが、※2020-iiに登場するNPCの裏設定※を考えて、東京タワーの養分にはなっていないと自己解釈しました。※はビジュアルワークス内に記述有りです。
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