2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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今日は原作ゲームの発売日! 9周年おめでとうございます!

アオイたちは本編中の会話を参考に、いったん都庁に帰ってきた認識です。お弁当や手紙は出発前にはなかったので。
これで5章は終わり。次回から6章掲載開始です。



28.終わらせずに終わらせるための一歩

 

 

 

 司令室で東京タワーの様子を見てから、記憶が曖昧だ。

 長い間、地面がなくなったように足もとがフワフワしていた。渋谷に行って蝶のような帝竜を倒したことは覚えている。

 

 渋谷を出て東京タワーに向かおうと走っていたところで、自衛隊から都庁に戻るよう呼びかけがあった。

 どのくらい時間が経っていたのかわからない。はっきりと意識を取り戻したのは都庁のエントランスに駆け込んでから。

 自分を迎えてくれたリンを見て、頭の隅に隔離されていた東京タワーの地獄が鮮明によみがえってきた。

 

 

「リンさん!」

「ミナト……」

「あ、あ、アオイちゃんは? アオイちゃんは無事なんですよね!?」

「それは……」

「だって、あの子、私より強いし、」

「……ミナト」

「タフだし、何があったって……」

 

「ミナト」

 

 

 名前を呼ばれて言葉を遮られた。

 リンが何かを差し出してきた。銀色の回転式銃。

 彼女の銃だ。でも、なんで、持ち主がいないんだろう。

 

 

「……会いたい?」

 

 

 会いたいに決まっている。どうしてそんなに渋るんだ。

 

 

「アオイちゃんは?」

「……」

「リンさん、アオイちゃんは」

 

「ごめん。助けられなかった」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、ぐにゃりと視界が歪んだ。

 

 

 

 

 

 部屋の中に立っていた。

 

 いつの間に戻ってきたのかとその場で体を回して、ふと奥のベッドに置いてある服を見つける。

 手に取って見てみる。自分のではないしシキの服でもない。サイズが緩くて、下に何か着るタイプの緑のニット。

 

 

(あ)

 

 

 アオイの服だ。

 ということは、ここは10班の部屋か。

 誰もいない静かな部屋の丸テーブルの上、小さな包みと一緒に手紙が置いてある。見たことのある字だった。

 

 

『センパイへ! 都庁のみんなを探している途中に、補給部隊さんに会ったので、これを託します。……こちらはまだ手がかりがなく、いつ戻れるかわかりません。センパイの手伝いもできないので、せめて、私のスーパースキルをお伝えします!』

 

 

 トリックスター視点で編み出した技や、効率的なトレーニング法の説明がわかりやすく書かれている。ナガレが遺したメモを思い出した。

 試行錯誤したのだろう。何度も字が書かれては消された跡に、テーブルには消しゴムのカスの山。手紙には「私だってやればできるんですよ!」と綴られていた。

 

 

『どーですか? 私よりも役に立ったりして! ……や、それは寂しいなぁ。とにかく、次に会うときは、もーっと強くなってるって、期待してます! 私もがんばろっと! ああ、それから……しばらく会えないので、これも!』

 

 

 ほどいた包みの中身はチョコバーだった。包みの布からテーブルに転がって、包装紙がカサリと音を立てる。

 

 

『それじゃ、また都庁で! みんなもキリノさんも、必ず連れて帰ります! ──アオイ』

 

 

「帰ります」。

 アオイはちゃんと帰ってきた。都庁に戻ってきた。

 

 でも。

 

 現実に戻ろうとする意識を体の中の何かが拒み、視界が滲んだ。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 今度は暗い部屋の中にいた。

 

 ムラクモ居住区の部屋ではない。だって、こんなにはっきりと血の匂いがしたことなんてないから。

 

 明かりも点いていない空間の奥、壁際に寄せられているのはベッドではなくストレッチャーだった。

 かけられているシートは中央がなだらかに膨らみ、その下からわずかに赤い、赤い……髪が垂れている。

 視界が暗くなるだけなのに、体が前に傾く。嫌な予感しかしないのに、足がそこへ進む。

 たった数歩で息を荒げて、震える手でその髪をそっとすくい上げ、指先がシートをつまむ。

 ゆっくり、ゆっくりとシートをめくって。

 

 蒼白い肌が見えた。

 

 できるだけ血は拭われて、それでも服に沁み込んだ血は乾燥して黒ずんでいた。

 血の気の失せた顔の中、いつもぱっちりと開いていた目は微動だにせず閉じられていて、口もとは赤く汚れている。

 

 

「……アオイ、ちゃん」

 

 

 起きる気配は微塵もない。胸はほんのわずかにでも上下しない。

 

 

「アオイちゃん」

 

 

 温かい息吹はここにない。なのに彼女の唇は緩やかに端が上がっていた。

 

 

「私も、帰ってきたよ。ちゃんと帝竜倒したよ。しかも二体。ねえ、アオイちゃん。……ねえ……」

 

 

 膝から力が抜けて座り込む。腰で上体を支えられずに、ストレッチャーの脚に寄りかかった。

 腕を伸ばし、なんとかシートを被せ直す。手探りで、冷たく固くなった手を見つけてつかんだ。

 

 

「──」

 

 

 胸の奥で、何かが言葉の形をとろうとしてはほろほろと崩れていく。このままじゃダメだと、なにかきっかけを探そうとする意気が、部屋の暗闇に呑まれていく。

 酸欠になった金魚みたいにはくはくと口を動かしていた。いつかぷつりと糸が切れて、無意識に目を閉じた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 隣にシキが座っていた。

 

 自分とは反対に、ストレッチャーの脚に背を預けている。

 髪の隙間から彼女の横顔を見ると、彼女も目だけを動かして自分を見てきた。

 何も起きないまま時間が過ぎる。

 

 先にシキが視線を外し、淡々と現状を説明してきた。

 

 

「みんな会議室に集まってる。ナツメのバカがドラゴン側に寝返ったわけだから、代わりにキリノか司令官になった」

「……」

「当面の課題は三つね。渋谷に触発されたのか、活動を始めつつある地下帝竜。それと最後の帝竜。で、人竜ミヅチ」

「……」

 

 

 シキの唇が動く。

 ためらったんだんだろうか、ほんのわずかに唇を上下させ、深く息を吸って少女は告げた。

 

 

「あんた、リタイアでもいいわよ。どうする」

 

 

「……、……訊いてもいい?」

 

 

「何?」

 

「なんでそんなに平気なの?」

 

 

 シキの顔がこっちを向いた。けれど相変わらずの無表情で、何を考えているかちっともわからない。

 

 

「初めて会ったときからそうだったよね。目の前で、人が血を流して殺されても、全然平気そうだった。……責めてるわけじゃないよ。でもわからないの。なんでそんなに平気そうにしていられるの?」

 

 

 シキは決してブレない。揺らがない。目の前で誰かが死んでいっても、それが見ず知らずの人間だろうが、旧知だったらしいガトウたちでも、その屍を乗り越えてドラゴンに向かっていく。

 

 

「私が弱いだけなのか、シキちゃんが強すぎるのかわからない。私は泣くし吐きもする。いちいち面倒な奴って思われても、これが本心なんだもん。しかたないじゃん。誰かが死ぬのは嫌だし悲しいよ。しかも寿命とか病死じゃなくて殺されるんだよ。切り替えられるわけない。何も考えずに次に進むなんて、機械じゃないんだから」

 

 

 声が震え始める。鼓動が早鐘を打ち始めて、頭の中で名前も付けられない感情が渦を巻いて暴れ始めた。

 もう一度問う。シキはやっぱり無表情で語り出した。

 

 

「ムラクモで、ナツメたちのもとで育てられたからでしょうね。ランドセル背負う前からマモノと戦わされて大怪我なんてしょっちゅうだったし。私にとって、戦闘は生活の一部よ」

 

 

 聞かずともわかっていたことだ。今までの戦いの中で、シキは似たようなことを言っていた。

 同じ人間でも生い立ちが違えばまったく異なる人になる。自分は平和で恵まれた一般家庭出身。シキはムラクモ生まれのムラクモ育ち。体も心も異質な者同士だ。

 

 

「私、シキちゃんみたいに強くなれない」

「そんなこと、最初からわかってたことでしょ」

 

 

 よく考えて見ろと指を目の前に突き出される。

 

 

「リンたちは国防組織の自衛隊。タケハヤたちはムラクモに利用されたことがある、異能力者の集まりの頭。私やナビ、キリノはムラクモ。あんたは?」

「……一般人」

「そういうことよ。ついこの間まで異能力者の異の字も知らずに生きてきたくせに、私たちみたいになろうなんて飛躍しすぎ。でも、」

 

 

 シキは立ち上がった。スカートを払い、首や肩を回し指を鳴らして。

 

 ほら、と手を差し伸べてきた。

 

 

「こうすれば、あんたは来るでしょ」

「……?」

「今までの数ヶ月で、私が志波 湊についてわかったことはこれだけ。泣き虫で弱い。おまけに優柔不断。けど、」

 

 

 

 

 

「結局、私の隣にいる」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 もう嫌だ。

 

 変わっていない。この子は初めて会ったときから全然変わっていない。

 

 ストイックで自分にも他人にも厳しすぎる。ひいひい言いながら戦う自分に怒るし、心配してくれないし、滅多に褒めてくれないし、喧嘩っ早いし。

 諦めようとするとはたいてくるし。美人だから怒るとめちゃくちゃ様になってすごく怖いし。弱い人間の心なんかわかってくれない。横暴や嵐が人になったような苛烈さはいつも心臓に突き刺さる。

 

 だけど。

 

 

(私が、)

 

 

 どんなに弱くて腰抜けで、自分で立つことすらできなくても。

 立ちたいという意思を見せれば、それを笑ったり、否定してくることは一度もなかった。

 

 

「そ、そんな、そんなこと言われたら、立つしか選択肢がないじゃん……」

「そうね」

「なんで? なんであんたには無理とか言ってくれないの? 切り捨ててくれたら諦められるのにさぁ!!」

 

 

 怒りより熱く、悲哀よりも冷たく、傷より痛い何かが体を突き動かした。

 少女の肩をつかむ。ここまで来たら完全に八つ当たりだった。

 

 

「もうやめてよ!! なんでこんなことになるの? なんでこんなことになってまでまだ戦わなきゃいけないの!!? なんで普通に前向いて動けてるの!! 別にいいよそれでも、でも私のことは引きずらないで!! 痛いよ!! もう苦しみたくない、もうこんな思いするなんて!!」

 

 

 爪を食いこませて肩を前後に揺さぶってがらがらに乾いた喉から声を叩きつける。

 頼むから放っておいてほしい。いっそここで愛想を尽かしてほしい。あの13班の部屋からは出ていくから。赤い腕章も外してクロウも返して、どこかの隅でひっそりと息を吸うだけにして過ごすから。

 誰も構わなくていい。誰も手なんか差し伸べなくていい。それをつかんだら自分はまた立たなきゃいけない。

 来なくていい。誰も。

 

 誰も。誰も。

 

 

 誰か、

 

 

「誰か、助けて……誰か……」

 

 

 小さくて丸い方から手が滑り落ちる。

 間髪入れず、熱くて柔い別の手がそれをつかんだ。

 

 

「助けるとか救うとか知らないけど」

 

 

 ああ、前にもこんなことがあったな。

 この部屋ほどではないけれど、薄暗い地下シェルターの部屋で。ベッドに潜り込んで泣いていた自分を外に引きずり出してくれた女の子がいた。

 その子がまた、目の前にいる。自分の手を痛いくらいに握りしめている。

 

 

「連れてくことならできる。ドラゴンみんな殴り飛ばしてスッキリした東京になら。行きたいなら、あんたにもドラゴンをぶっ飛ばすことができる力がある」

「……結局戦わせるのやめてよ……」

「もう燃え尽きた?」

「……え……?」

 

「国分寺であんたがタケハヤに怒鳴り返したときの言葉。あの言葉ももう言えないくらい、あんたは燃え尽きたの?」

 

 

 自分の言葉? 国分寺? 何を言っているのだろう。

 頭の中で何とか過去の記憶を再生して、エレベーターの小部屋の中でタケハヤたちとやりとりしたことを思い出した。あのときの彼の言葉が、なんだかあんまりにも「かわいそう」を強調していたものだから、行き過ぎる哀れみは侮辱だろうと感じて、否定を叩きつけた……気がする。

 

 ぎちりと手が音を立てる。デストロイヤーの握力で握られてそろそろ感覚がなくなってきた。

 少女が息を吸う。

 

 

「戦って傷付くのは別にいい。泣くのも否定しない。けど、あんたは戦うのを決めたこと自体は否定してないでしょ。なんで?」

「なんで、って、」

「死にたくない以外にも理由はあったでしょ」

 

 

 死にたくなかった。痛みを味わって苦しみ抜いた末の終わりが死なんて嫌だった。

 

 死にたくなかったから、東京都庁でウォークライと戦って。池袋では、自分の身を守るだけの力だけじゃ、ドラゴンを倒せても目の前で散る必要のない命を助けることもできなかったから、せめて身近な誰かを繋ぎ止められるようになりたいと思って。

 四ツ谷ではどんな結末でも戦うことから逃げずに死んでいった人たちを愚弄されたから怒って。国分寺では、そうして積み上げてきたものを「気の毒」なんて言われたから声を荒げた。

 

 諦めるのが嫌だった。受け入れるのが嫌だった。手放すことが嫌だった。

 

 今はどうだ、と問われる。

 

 

「あのときの意地、まだ張りたいなら付きあってやれる。あんたが自分で意地張って戦うなら、へし折ろうとしてくる奴は私が殴り飛ばしてもいい」

「だからさ……」

「いい加減にして。なんで放っておいてもらえると思ったの?」

 

 

 諦めて、といつかのムラクモ試験で言われた言葉が耳に届く。

 

 

「リタイアでいいって言ったけどやっぱなし。諦めることを諦めて。可能性があるものポイ捨てしたくないの。じゃなきゃ他に誰が、私の隣に立つのよ」

「横暴……」

「知ってて私のパートナーになったんでしょ? ……、…………ねえ、私、これ以上甘ったれた言葉吐けないんだけど」

 

 

 自分を視線でまっすぐに射抜いていた少女が、初めて顔をうつむけた。

 初めて見る純粋に困ったような顔。それといっしょに吐息混じりに告げられた「甘ったれた言葉」。決して放してくれそうにない手のつながり。

 絶対に砕けない、誰にも握りつぶせない、そんな鋼鉄の心臓を、少女はこちらに寄せているのだ。熱い手のひらと自分の冷たい手のひらが境目をなくし、手の体温が混ざり合って……違う生き物同士である自分たちは、たしかに今つながっている。

 

 

「──ぅ、」

 

 

 シキの不器用で武骨で鉄線に包まれたような……あまりにも一直線な心で刺されたらもう無理だ。うわあっ、と情けない泣き声が出た。

 体に力が入らない。床にひざを着いて、未だ握られたままの熱い手にすがった。

 

 

「シキちゃん、あ、あお、アオイちゃん、死んじゃった……!」

「ん」

「みんなと帰ってくるって手紙にあったのに!」

「手紙?」

「10班の部屋に、手紙っ、とチョコバーが、あ、あって。私たちにっ」

「ああ」

「せ、せっかく、せっかくジゴワット倒して、一緒に訓練だってしてたのに!」

「そうね。私、あいつと私たち二人でチーム組めるかと思ってた」

 

 

 誰よりも、何よりも力強い手に引かれてぐらぐらと立ち上がる。

 行かなきゃいけない。また戻らなきゃいけない。また誰かの倒れる姿を目にするかもしれない。

 それでも行くしかないのだ。何があっても。この少女が自分の手を引くのであれば。

 安置所となっている部屋の出口に向かいながら、アオイを振り返った。

 

 ああ、お別れになってしまう。

 死なないでほしかった。生きて戻ってきて欲しかった。こんなめちゃくちゃになった世界で、新しくできた、私の友だち。

 お菓子が大好きで、私たちより年上なのに敬語を使っていた。明るく礼儀正しかった素敵な友だち。

 最後の最期まで前を向いて、勇気にあふれていた、自慢の友だち。

 

 

「あ、アオイちゃん、アオイちゃん! 待ってて、絶対、絶対勝ってくるから! ドラゴンを倒して、東京を平和にするから……! アオイちゃんの分まで、絶対負けないからっ!!」

「当然。……アオイ、安心してガトウたちと待ってなさいよ。あ、あとナガレによろしく」

 

 

 静かに扉が閉じる。

 廊下に出て、深呼吸で嗚咽を沈めると、シキが背中を叩いてきた。

 衝撃で目に溜まっていた涙がすべて飛び出る。すぐに新しい涙が湧いて出てきてしまうけれど。

 

 

「……助けられなかった」

「ん」

「死んじゃった、みんな死んじゃった」

「まだ生きてる奴もいる」

「悔しい……悔しい……っ!」

「……私も悔しい」

 

 

 手を引かれて頼りない足取りで進む。涙を抑える気にはならなかった。全て吐き出しながら階段を上った。

 そのまま数分間歩いて、会議室前で涙腺にけじめをつける。

 

 部屋に入ると、既に着席していたみんなが振り返る。

 目もとはきっと赤く腫れている。鼻水だってすすっていたし、今の自分は格好のつかない不細工だろう。

 でもうつむいたりはしない。これから、彼らと共にドラゴンと戦うのだ。同じようにぼろぼろになって、泣いて吐いて、怒り尽くして、それでも立ち上がることを選んだみんなと、いっしょに。

 

 深呼吸して口を開く。

 

 

「すみません、おまたせしました……!」

 

 

 キリノがうなずき、光を宿した力強い目で机に手を着いた。

 

 

「……では、みなさん席に着いてください。作戦会議を始めましょう!」

 

 

 ようやく全員がそろった会議室。以前まで総理や政治家たちが座っていた椅子に、今度は自分たちが座る。

 改めてと中央のモニター前にキリノが登壇した。

 

 

「まず、現状の我々の目標を整理します。一、残り二匹の帝竜を討伐する。二、タワー周辺の障壁を破壊する。……この二つです。残り二匹の帝竜については、既に調査は進めていました。以前遭遇した、巨大な地下帝竜と……お台場を氷結させた、新たな帝竜です」

 

 

 お台場が氷結。丸ごと氷に包まれるなんて国分寺とは正反対だ。海沿いの街は今どんな世界になっているのだろう。

 モニターに表示されていた地下帝竜の文字が明滅する。

 

 

「まず、地下帝竜から討伐を開始しましょう。あまり活動していないとはいえ、奴が本格的に暴れ始めたら……都内全体が崩壊する危険があります。それは自衛隊の皆さんの言うとおりですね。光を苦手とするという情報から、既に新兵器の開発も進めていました。……それを使って、地下帝竜を攻略します」

 

「お、おお……?」

「そういうのは、早く言ってくれよ……」

「……すみません。一つ一つ、問題を片付けていたので……」

 

 

 そうか、初めて地下帝竜と遭遇したのは、池袋攻略よりも前。

 そのときから自分たちが他の帝竜の討伐を進めている間、他の人員も動き続けていたのだ。

 これなら帝竜のほうはどうにかなるかもしれない。なら問題は、

 

 

「そして厄介なのが、東京タワーの障壁についてですが……それは、僕が引き受けましょう」

「どうやってだ?」

 

 

 ダイゴが眉を寄せる。キリノは難題を思考するように考え込み、心当たりがないわけではないと声を絞り出した。

 

 

「ナツメさんが、竜の力を得るために使ったデータを調べ上げてみました。……名をドラゴンクロニクルと言うようです」

 

「ドラゴン……」

「クロニクル?」

 

 

 聞いたことのない単語を復唱して一同首をひねる。

 意味がわかるものは誰もいないようだ。みんな一様に怪訝そうな顔をしていた。唯一知識のあるキリノが説明を続ける。

 

 

「その中身は、今までに討伐した帝竜の分析データと……DCコードと呼ばれる、ドラゴンにまつわる膨大なデータ群で構築されていました。DCコードは、出先も詳細も不明……完全に未知の領域で、僕の手には負えません。しかし、他のデータでそれを補えれば……ナツメさんの力に対抗する手段が見つかると思います」

「……できるのか?」

「わかりません……僕はナツメさんほど優秀ではないですから……。でも、研究者として、僕は師……ナツメさんを越えてみたい」

 

 

 彼女に憧れていたキリノは、ナツメの研究は己のためのものだったと言い切った。

 

 

「僕の目的はまた……違います。研究者として、違う道から僕はナツメさんを追って……越えてみたい。そのためにも、13班には、残り二種の帝竜のサンプルを採ってきてほしいんです。ナツメさんが持っていた謎のデータ群……あれに匹敵する価値を持つのは、七匹全ての帝竜のデータだと思っています」

「要するに、残り二匹の帝竜を倒して、今までの帝竜も含めて七匹分……すべての帝竜サンプルをお前に渡してやればいいってわけだな?」

「そういうことです。……協力していただけますか?」

「なんだよ、すっかり顔つきまで変わっちまって……。ふん、なんだって協力してやるよ!」

「なるほど、わかった。俺たちの出番はもう少し先になりそうだな」

 

 

 マキタが鼻を啜って腕を組んだ。ダイゴとネコも頭が冷えたようで、そういうことならと大人しくうなずく。

 彼らが準備を進めている間、自分たち13班がやることはいつもと同じだ。一番の力仕事、帝竜を倒すこと。

 

 

「……13班。地下帝竜に関しては、別働隊を手配します。準備が出来次第討伐に向かってください!」

 

「了解」

「了解です!」

 

「それでは、各自任務に当たってください──解散!」

 

 

 椅子から立ち上がり、それぞれの持ち場に向かう。

 

 一人だけ残った会議室で、キリノは静かに息を吐いた。

 

 

(ナツメさん……僕はあなたを超えられますか……?)

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「うわっ!」

「あ痛っつ!」

 

 

 マナが弾けて吹っ飛ばされる。

 場所は都庁前広場。腕を押さえて転がる自分たちを見て、マサキがふははと笑った。

 

 

「言っただろう? 一朝一夕でできるものじゃないヨ。というか国分寺に渋谷と、しっかりした休みなしで帝竜と戦ってきたんダ。今回の訓練はほどほどにして、既存のスキルを磨くに止めたほうがいい」

「試すに越したことはないでしょ!」

「でも二十回やって失敗なら、さっさと他に移ったほうが時間を無駄にしなくていいと思うけどネ」

「んぐ……っ」

 

「うーん……」

 

 

 ぎりりとシキが歯軋りをする横で指を揉む。爪が抗議するようにひりひりと痛んだ。

 

 三十分ほど前、薬を補充し装備を新調し腹ごしらえも済ませて、帝竜攻略の準備が終わった。まだ出発していないのは、シキにちょっと待ったと言われたからだ。

 自分はマサキとともに引きずられ、都庁前広場に連れ出された。マサキがいる時点でスキルや技の訓練だと想像はできたが、シキの考えは一歩先だった。

 

 

「国分寺でSKYと戦ったときのこと覚えてるでしょ」

「え、うん」

「あれは素晴らしかったネ! ドラゴンでなく、同じ知性とコンビネーションを持つ異能力者同士での戦いは、良い機会になっただろう?」

「それよ、コンビネーション」

 

 

 うん? と首を傾げる。

 先に理解したらしいマサキがなるほどとおもしろそうに笑った。

 

 

「もしかして、ダイゴくんとネコくんがやっていた技を君たちでやるつもりかい?」

「そういうこと」

「えっ!」

 

 

 思わず大きな声が出る。

 渋谷と首都高で一度ずつ、そして国分寺でグレードアップバージョンというか、タケハヤが加わってさらに強烈になった凄技。それをやるとシキは言っているのだろう。

 いやでもあれは、危険なんじゃないだろうか。

 ネコとダイゴはあっさりとやっていたが、よく考えると、自分の属性攻撃を仲間の腕にまとわせているのだ。サイキックがコントロールを間違えれば、デストロイヤーの腕は軽い怪我では済まない。下手したらもげる。

 以上をたどたどしく伝えると、マサキも素直に同意した。

 

 

「拳から腕にかけて属性攻撃をまとわせるなんて普通やらないだろう。失敗する可能性のほうが圧倒的に高い」

「でも、SKYの二人は普通にやってたでしょ」

「それは彼らだからサ。少し事情をお伺いしたけど、彼らの生い立ちは大変なものだったんだろう? 生来でなく植え付けられたS級の力を幼い頃から訓練で飼い慣らし、ずっと一緒に生きてきた、家族とも言える間柄。十年以上の歳月で培った素養と信頼関係があるからこそ、可能な技なんだと思うヨ」

 

 

 思い出して、と片手の指がシキに、もう片方の指が自分に向けられる。

 

 

「君たち、知り合って何年だい?」

「……年もいってないわよ」

「まあ、それなりに……?」

「その程度であの技に挑戦するのは早すぎる。君らはやっとお互いの動きをつかめてきた。戦う前は密な作戦会議が欠かせないし、声に出して指示を出さなきゃ動きが食い違ってしまう。SKYは阿吽の呼吸。コンビネーションの大先輩。13班は同じ部活になったもののお昼を数回食べただけでプライベートの付き合いはない学生みたいなものだろう?」

「なによその例え!」

「妙に説得力がある……」

 

 

 そんなこんなで始めたものの、互いに生来のS級異能力者でも、予想以上に上手くいかない。

 

 くっそ、とシキが地面に転がりながら唇を噛んだ。

 

 

「なんであの筋肉男は腕を凍らせて平気なわけ……?」

「たぶん体格も絡んでるだろうネ。ほら、彼ものすごくガッシリしてるじゃないか。筋肉とか、皮膚とか皮下脂肪とか……私は医者じゃないからよくわからないけど、その助けがあるんじゃないかい?」

「うーん、本当にいろんな要素が組み合わさってやっと実現してるって感じですね。難しい……」

「ああ、もう」

 

 

 悔しそうにするシキがごろごろと転がり回る。

 子どもらしい動作に笑いながら、マサキが人差し指を立てた。

 

 

「いつかできるようになるとしても、デストロイヤーは難しいだろう。デストロイヤーならネ」

「なんで二回も言うのよ、ぶっ飛ばされたいの!?」

「頭が固いな。視点を変えてみようって話サ。……シキならできるんじゃないかナ? 腕っ節で不可能を可能にするのは君の十八番だろう?」

「?」

「?」

 

 

 二人そろって首を傾げる。

 マサキは新しい遊びを思いついた子どものように満面の笑みで、白衣の下から分厚いファイルを取り出した。自分たちが世話になってきた、異能力者のデータが詰まった資料だ。

 

 

「君たちはコンビネーションが未熟でも、今までの戦いで個人の能力が磨かれてきたはず。なら、これからはさらなる高みを目指しつつ、視野を広げる段階ダ」

 

 

「さらなる高み」に「視野を広げる」。なんだか重要な話になりそうだ。

 

 説明が始まってしばらくした後、各人員の準備が完了したと連絡が入った。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 新しい目標に向けて動きだした者たちの影響か、都庁の雰囲気はほんのわずかに持ち直し始めた。

 ここは日本の対ドラゴン戦線拠点。人類最後の生命線。戦う者だけでなく、戦えない者もいる。恐怖に縮みながら、それでも生きたいと安息を求めずにはいられない。

 負けるわけにはいかない。唯一ドラゴンに善戦していた大国アメリカが破れてしまった今、自分たちの手でなんとかするしかない。

 

 使命を胸に刻みつつ、キリノは研究室でコンピューターに向かう。

 喉がエナジードリンクを飲み下す音。指がキーボードを弾く音。機械の無機質な稼働音。それらに混じり、ゆったりとした足音が近付いてくる。

 

 振り向かずに作業を続けるキリノの背を見つめ、タケハヤは口を開いた。

 

 

「……ドラゴンクロニクル」

 

 

 研究者のような知識はない。だが、普通の人間とは違う過去から予想できる存在ではある。

 

 

「ムラクモでさんざ実験台にされた俺だ。どんなものかは……想像がつく。それが完成できたとして……おまえ、どうするつもりだい」

「君が心配することじゃない。傷を癒すことに、専念してくれ」

 

 

 しらを切るというか、隠し通すつもりか。だがまあ、相変わらず詰めの甘い男ではある。

 タケハヤは数歩歩み寄った。目の前の男が考えていることは、学のない頭でもわかる。

 

 

「……自分が犠牲になればいいとか、つまんねぇこと考えてるんじゃねえだろうな?」

「……」

 

「……なんで俺に言わねぇんだ。このオンボロの命、皆のために捧げてくれってよ」

 

「馬鹿なこと言わないでくれ!」

 

 

 今度こそ作業を止め、キリノが振り返った。

 

 

「君は十分に辛い目にあってきた……しかもムラクモに、僕らによってだ。残されている時間が短いなら、なおさらこんなこと任せられない。君に残っている幸せになる権利を取り上げるなんてできるはずがないだろう。そんなこと……僕らに鬼になれと言っているようなものじゃないか」

 

 

 まるで生まれてこのかた不幸続きだったみたいな言いぐさだ。自分を気遣う大人の姿がおかしく見えて、くっくと笑いが漏れる。

 

 

「……幸せねぇ……。おまえがどう考えてるか知らねぇが、俺はそれなりに幸せだったぜ。家族もできた。愛する女もできた。そりゃ、ちーとばかり、痛い目にもあったがな」

 

 

 キリノの顔がこれでもかと歪む。ちょっとどころじゃないだろうと雄弁に語る表情に、けれどタケハヤは微笑を浮かべたまま肩をすくめた。

 

 

「おまけに見ろ、おまえら良い子ちゃんたちのおせっかいのおかげで……こんなに家族が増えちまった。十分すぎんだ……この俺にはよ」

「タケハヤ……」

「ハッ、ここまで来てとんだアマちゃん司令官だ。知ってるぜ。あの日の晩……ネコとダイゴを逃がしたのも、おまえだろ」

 

 

 キリノは返事をしない。平静を装っているつもりなのだろうが、それならこいつは訓練を受けたほうがいい。わかりやすすぎてまるで向いていない。

 こんなお人好しがよくムラクモでやってこれたものだ。……キリノのように良心的な人間がいたなら、シキも不幸一色ではなかったんだろう。

 

 

「助ける必要も、なくなったしな」

「え?」

「こっちの話だ」

 

 

 コンピューターの青い光に瞳が痛む。

 わずかにかすみがかっている目を閉じ、改めて自身の体の具合を悟った。

 

 

「……。どのみち、俺の体はもうもたねぇ……あんたが心を痛める必要はないんだ」

 

 

 余命を気にしながら穏やかに生きていくなんてできっこない。

 またあちこちから大人しくしていろとお節介な説教を食らうだろうが、これだけは譲れない。

 

 

「最後くらい、カッコイイ役やらせてくれよ。柄じゃねぇけど……憧れてんだ。正義の味方ってやつによ」

 

 

 灼熱の国分寺で自分に向けて怒鳴った女性を思い出す。ムラクモに指図されるまま東京を駆けずり回って戦う彼女たちを哀れんだとき、烈火のごとく言い返されたのは衝撃だった。

 自分たちの戦いを否定するな、そこに懸けられている者たちの想いを矮小化させるな、訂正しろと振りかぶられた言葉をタケハヤは甘んじて受けるしかなかった。同時に目の前の彼女を、その隣に並んでどんな相手にも背筋を伸ばし、自分はここにいると立ち姿で示す少女を、ひどく眩しく思ったものだ。

 

 あの二人のようにはなれなくても。自分だって、最後まで貫きたいものがある。決意は変わらない。

 

 薄暗い部屋の中、モニターから放たれるブルーライトが向かい合う二人を照らしていた。

 

 





2024/9/29:分割していた各話を統合する際にこの話もちょっと加筆したのですがシキのデレが割増しになりました。調整が難しい。
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