2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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6章掲載開始です。
今回は帝竜戦突入まで。

時期をざっくり考えると、3章の四ツ谷攻略が5月末〜6月中。4章、5章(1、2日しか経ってないんですよね……)が6月中。6章で6月中旬〜下旬あたりですかね。適当です。



CHAPTER 6 暗闇と大洞の王 The Scaber
29.再び地下へ


 

 

 

 数ヶ月前に砂の城のように崩された日本の首都、東京。

 血と毒花の赤で染め上げられた都会だが、春に比べればかなり……依然崩壊したままだが、かなり状況は持ち直しつつある。

 アメリカから共有された情報によれば、国にはびこるドラゴンの長、帝竜は七体。

 都庁のウォークライ、池袋のジゴワット、四ツ谷のロア=ア=ルア、国分寺のトリニトロと渋谷のスリーピーホロウ。片手の指を全て折る数の帝竜を討伐した。

 残るは、あと……。

 

 

『おい、13班。残る帝竜は二匹──まずは地下帝竜だな。台場につながる地下道に向かってくれ』

 

 

 一日で異界化した二つの町を攻略し、帝竜を二体討伐するという強行軍をこなしてから二日。キリノを新たな司令官とし、今後の方針を固めた翌日。

 アオイたちの死からまだ二回しか昼夜が巡っていないため、都庁の雰囲気はいまだ落ち着かない。正直休みももう少し欲しい。けれど、東京崩落の危険性と人竜ミヅチの動きを考えると悠長にしてはいられない。台場はともかく、地下を這いずり回る帝竜は早くに討伐するに限る。

 

 装備を確認しながらエントランスへ下りる中、ミロクが都庁から地下道までのマップを視界に表示してくれた。薬を始め携帯した荷物を指差しで確認する。忘れ物はなさそうだ。

 

 

『ちなみに今回の作戦、心強いメンバーも参加してもらえることになった。現地でビックリすんなよな』

 

「心……」

「強い?」

 

 

 互いに目を合わせるが見当はつかない。帝竜討伐作戦で自衛隊や10班と協力したことはあれど、それ以外の人員が戦場に顔を出すことはほとんどない。いったい誰が。

 いいからとミロクに急かされ、とりあえず都庁を出る。

 

 

「たしか、今回の地下帝竜討伐は……光が苦手だってわかってたから、それを利用した新兵器でなんとかとか、キリノさん言ってたけど」

「いろいろ手間がかかりそうだけど、またあいつに轢き殺されそうになるのはごめんだし、さっさと合流してやることやるわよ」

 

 

 四ツ谷付近にある台場地下道から地下に入る。ひやりと湿っぽい空気が肌に吸い付いた。

 水道工事の護衛やマモノの駆除で何度か足を踏み入れてはいるものの、あの帝竜に追われた恐怖は消えない。息も忘れて全力疾走した記憶が蘇る。

 前に遭遇したときと入り口が違うが、自分たちの足音を聞いてこっちに向かってきたりしないんだろうか。

 

 不安を抱きつつ地下道を歩く。変わり映えしない暗さの中、やがて一歩進む毎に、視界にぼんやりと人影が浮かんできた。

 

 

「……あれ?」

「あ」

 

 

 先に立っているのは六人。そのうち三人は銃を構え周囲を警戒している自衛隊員だ。

 そして残りの三人は……。

 

 

「ヤダヤダヤダぁ!! ムリですってば、そんなのぉ~!」

「テメ、ここまで来といて泣き言かよ!?」

 

「あんたたち……」

「レイミさん、ケイマさん? ワジさんもいる!」

 

 

 驚いて上げた声が地下道に反響した。いつもと同じ作業用の手袋にエプロン姿の開発班の三人は、待ちわびたようにこっちを振り返る。

 相変わらずの仏頂面でようやく来たかとワジが肩を揉んだ。

 

 

「待ちくたびれて、干からびるかと思ったぞ」

「……十年前から干物だろ?」

「ふん……そういうおまえは、若いだけが取り柄ってわけか?」

「あーハイハイ! ともかく本題──地下帝竜討伐作戦だ」

 

 

 大木のように動じないワジに呆れたのか勝てないと思ったのか、ケイマは自分から軽口を打ち切って切り替える。

 

 

「あいつ……地下帝竜のヤロウが光に弱いってのおまえたちも知ってるよな? それを利用してあいつの動きを封じ込め、倒すってのが今回の作戦だ」

「で、その光を利用した新兵器っていうのは?」

 

 

 シキが腕を組んで辺りを見回す。周囲にそれらしい物は見当たらない。

 ムラクモが兵器と呼ぶのだから、てっきり強力な光線を出す大砲か何かと思っていたが、破壊兵器ではないらしい。

 すると不意にワジが「ランプだ」と口にして、それが答えだと理解できずにぱちりと瞬きをした。

 

 

「ランプって、ライトのランプ?」

「魔法のランプとでも思ったか。まあ、ただのランプじゃない。今日のために、開発員総出で超強力なハロゲンランプを用意しておいた。平和な東京じゃ、舞台やナイターの照明に使われてた技術なんだがね……」

「ああ、野球場にあるおっきな照明ですね。たしかにあれは遠目に見ても眩しい……」

「そう。こいつで光の囲いを作って、奴を身動きできなくしてしまうのさ」

 

 

 要はスポットライトのような、かなりしっかりした照明器具ということか。

 以前、自分たちを襲おうとした帝竜が動きを止めたのは、地上から差し込んでいた明かりだったことを思い出す。あれはまさに一筋の光だった。

 暗闇の中に差し込む光は一様に眩しく見えるだろうけれど、明るさで言えば特筆するほど強くはない自然光である。それでもあの帝竜は近付くのも嫌がっていた。

 なら、開発班が手を加えた超強力な光ではどうか。

 

 

「これは……」

「うん、いけるかも」

 

 

 そうだろうとケイマが胸を張る。対するレイミは肩を震わせて一人いやいや首を振っているが。

 

 

「つーわけで、俺たちはこれから、このランプを帝竜のねぐらに仕掛けに行く」

「え、帝竜に接近するんですか!?」

「無理に決まってんでしょ、何考えてんの!」

「心配はいらねえ、奴が活動休止してる時間は調査済みだ。今はお昼寝タイムってわけよ」

 

「でも……寝てるだけってことは起こしちゃったら終わりじゃないですかぁ……」

 

 

 レイミがうなだれて頭を横に振る。しかしワジが何でもないことのように、彼女の腰に下がっている、銃……のような何かを指差した。

 

 

「そのときは、おまえのライフルグレネードでもお見舞いしてやればいい」

「え……? レイミの可愛いグレネリンコたん、使っちゃっていいんですか……!? ウッソ、やったぁーー! 今まで絶対に使用許可降りなかったから、実戦使用とか超諦めてたんですけど! いや~ん!! ワジ様最高ですぅ~! ムラクモに入ってて良かったぁ~!」

 

 

 電球がぱっと点灯するように目を輝かせ、ふりふりとメイド服のロングスカートを揺らす。というか動きに合わせて揺れる物騒なその銃はどこから持ってきた。暴発するんじゃないかと不安になって距離をとる。

 

 物怖じしないのはいいことではある。けれど脳裏には先日までの光景が生々しく浮かんだ。

 自分の出番だと意気込む後輩と司令官。彼らが向かった先で起こった惨事。冷たくなって帰ってきた体。

 何も言えずに立ち尽くすこつらへ、ワジがちらりと視線を向ける。

 

 

「心配するな。……と言っても無理かもしれんが。そんな深刻そうな顔をするな」

「でも、もしものことがあったら……」

「そのときは、おまえたちが助けてくれるだろう」

 

 

 今回は大丈夫だと、初老の職人は腕を組んで自信たっぷりに言ってみせる。

 

 

「同じ地下道にいる。走ってすぐに駆けつけられる距離だ。もし帝竜の目が覚めても、逃げるくらいの体力はある。安心しろ。異能力者のような力はないが……同じことを繰り返すほど、不用心じゃあない」

「そこまで言うなら、信じてもいいのね?」

「ふん、ケイマとレイミはともかく、こっちはおまえが生まれる前からムラクモで働いてきたんだぞ。赤ん坊同然の娘になめてもらっちゃ立つ瀬がない」

 

 

 ワジに言われてむっとしたシキだが、納得したようにうなずいて、肩に手を置いてくる。付き合いの長さもあってか、ワジの言葉は十分信頼に足るようだ。

 正直、情けないことに不安は拭えない。それでも信じるしかない。ワジが言うとおり、何かあったら今度こそ助ければいいのだから。

 無言でうなずく。開発班も笑ってうなずき返してくれた。

 

 

「おまえたち13班には、ランプ用の電源ケーブル確保を頼みたい。実は、横洞に電源ケーブルがあるんだが、帝竜が暴れたせいで断線してしまったんだ。そいつをつなげてきてほしい」

「わかりました。それが完了次第、帝竜との戦闘ですね」

「できれば帝竜討伐だけに専念させたかったが……なにせ横洞はドラゴンの巣だ。すまんが、おまえたちに任せるしかない」

「とりあえず、俺たちはランプの設置、おまえたちは電源の接続だ、よろしく頼むぜ!」

「任せて。適材適所よ」

 

『なるほど……断線箇所は四箇所だな』

 

 

 早くもミロクが機器を操作して視界に目的地を表示した。複雑に入り組む横洞の図の中で、赤いマークが四つ点滅する。

 

 

『断線箇所は、マップにマークしておいた。確認しながら進んでくれ。そこの横洞からだ、行こう!』

「了解」

「了解。……あの、気を付けてください」

 

「おう、そっちもな!」

「頼んだぞ」

 

 

 互いに無事を祈って横洞に入る。相変わらずあちこちに穴が空いて、ほんの少しでも油断すると迷ってしまいそうだ。ナビがいるから大丈夫だが。

 

 

「ミロク。マップにちらほら生存者反応も出てる。まだ生きてる人がいたんだ……」

『ああ、帝竜とドラゴン、あとマモノのせいで地下から抜け出せなかったんだろうな。ケーブルと一緒にそいつらも保護していこう』

 

 

 生存者は複数いるようだが、いずれもかなり奥にいるようだ。マモノとドラゴンを倒しながら、まずは最も近い一箇所目のケーブルを目指す。

 暗くうねる道を進んでいくと、バチンバチンと耳に痛い、何かが鋭く破裂するような音が聞こえてくる。属性攻撃で雷を扱うときも、こんな風に音をたてて指先で電気が弾けていた。

 

 

「電気の音だ……この先にケーブルがあるのかな」

「よし、さっさと繋げましょ」

 

 

 さらに歩を進めると、音に光が加わり目を刺激する。辿り着いた突き当たりで、巨大なプラグがバチバチと火花を散らしていた。

 大腿くらいの太さのコードが伸びて壁を這っている。きっとこれがケーブルだ。

 

 

「あった! うわ、すごい大きい。ケーブルっていうよりしめ縄みたい」

「じゃああとはつなげ……。……」

「シキちゃん? どうしたの?」

「……これ、普通に触って大丈夫なの? 感電しないわよね」

「……聞き忘れてたね……」

 

 

 開発班と連絡を取ってアドバイスを請う。

 しばらくの間、自分たちは両手を上げ下げしては右往左往する挙動不審な状態になった。開発班に「ドラゴンよりビビってどうする」とツッコまれながらなんとかケーブルを繋ぎ終えて一息つく。

 

 

『おい、13班! こっちでも通電を確認した。この調子であと3箇所、とっとと片付けようぜ!』

 

「よ、よし……」

 

 

 息を切らしてミロクのアナウンスを聞く。自分もシキもそこまで手先が器用ではないのに加え、感電しないか心配でなかなか作業が進まず悪戦苦闘してしまった。

 が、これは最初だ。横洞にはまだ三箇所ケーブルがある。

 

 

「やばい、作業の手順忘れそう……っ!」

「無駄に緊張するしいい気分じゃないわ。早く次行くわよ!」

 

 

 頭の中がぐちゃぐちゃにならないうちに早足でで進む。そして一箇所目と同じように弾ける電気が見えるやいなや飛びついた。

 焦って粗相をしないよう細心の注意を払いながら、二箇所目の接続を終える。

 

 

『13班、聞こえるか? 電力値の上昇を確認した……そっちは順調そうだな、さすがだぜ』

「だ、大丈夫ですよね。つなぎ方間違ってませんよね? あとで爆発したりとか……」

『ないない、そんな怖がんなって!』

 

 

 通信機の向こうではははとケイマが笑う。すると被さるようにして「やだー!」と甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 

 

『やっぱヤです! 帰る! 帰るって──むぐぐ』

『こっちも至極順調! 心配無用!』

「ちょっと、今帰るって聞こえたんだけど」

『気のせい気のせい! あと二箇所かな、頼んだぜ!』

 

 

 半ば切断されるようにして通信が終わる。

 

 

「ったく、レイミは勇敢なんだかビビりなんだか」

「今にも泣きそうだったね、いや泣いてるのかな……なんか、悲鳴聞いたら落ち着いてきちゃった」

 

 

 自分よりパニックになっている者がいるとかえって落ち着く法則が発生し、三箇所目は不思議なほど冷静に取り組むことができた。

 比較的スムーズに作業を終え、通電がされたとミロクが教えてくれる。

 

 

『ラスト一箇所だな。しかし、開発班のほうはちゃんとやってるんだろうな?』

「帰ってなきゃいいけどね」

「かえ、帰らないでしょ、さすがに。……たぶん……」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 地下道と繋がる貯水池は高さ数十メートルの巨大な空間だ。横幅もプール程度の広さで、人工の「池」というが、奈落の穴と言ったほうがしっくりくる。

 それが複数連なるうちの一つに、開発班はいた。

 

 控えめな金属音が反響する。

 

 

「ぅぅううう……ひぃぃぃ……っ」

 

 

 壁際の柵にしがみつくレイミは恐る恐る背後を振り向き、視界に入った物体に呻き声をひねり出した。

 

 自分たちがいる陸部よりも中央、貯水池の池の部分、隣の貯水池に繋がる穴から出ているそれ。

 帝竜の尾は、ゆったりと水に浮かんで揺れていた。

 足が生えておらずミミズのようだが、二又に分かれている先の部分はムカデを連想させる。

 というかいくらなんでも巨大すぎやしないか。パッと見で電車の車両以上の胴回りってどういうことだ。いったい体長は何十mあるのだろう。こんな奴が今まで東京の地下を這いずっていたなんて。よく町が崩落しなかったものだ。

 ワジから愛銃の使用許可が下りたとはいえ、怖いものは怖い。

 

 

「や、やっぱ……レイミにはムリですぅ……」

「これだから小娘は……わめくだけで、仕事にならん……」

 

 

 ぶるぶる震えるレイミとぶつぶつ言うワジに、ケイマは聞こえないようにため息をついた。

 13班が横洞を走り回って頑張っているというのに自分たちがこれでは、いつまで経っても本番にいけない。兵器となる機材を扱えるのは開発班しかいないのだから、グズグズなんてできないのに。

 

 

「おい、レイミ! そこのナット取ってくれ、八インチのヤツ!」

 

 

 ハロゲンランプをいじりながらレイミに声をかける。しかし彼女は相変わらず震えていて、腰の後ろで結ばれているエプロンの紐が小刻みに揺れていた。

 怒鳴りたいのを我慢して、手は止めずに発破をかける。

 

 

「それからそことそこ、溶接しろ。手伝わなきゃ、テメーの武装コレクション、溶かして釘にでもすんぞ!」

「コレクション!? ひ、ひやだぁああああ……うええええ……!」

 

 

 飛び上がるように立ったレイミの顔は涙と鼻水に濡れて崩壊していた。呂律の回らない舌でやめてーと叫び、ようやく手伝い始める。

 

 

「まったく……最初からやればいいものを……開発班の名が泣くぞ!」

「ずびばぜんんん~!」

 

 

 ワジの叱咤とレイミの泣き声が貯水池にわんわん響く。

 かなりやかましいが帝竜は動かない。水面下で狩りの準備が進められているのも知らずに今も眠っている。

 

 最後のランプの調整が完了する。

 

 

「よーし、これで仕舞いだぁ。帝竜さんよ、目にモノ見せてやるぜ……!」

 

 

 ケイマがにやりと笑うのと同時に、横洞の中ではよん箇所目のケーブルがつながった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

『おい、13班。最終チェックするから、待ってろよ』

 

 

 通信はシキに任せ、ミナトは道中で保護した生存者たちを介抱する。

 一般人もいるが、今回はムラクモの準候補が多かった。さすがムラクモに見出された人材というべきか、息も絶え絶えの一般人に比べて余力が残っているように見える。

 

 

『十八地区南、地下ケーブル電圧……正常! 問題なし! 開発班、応答せよ。こっちの作業は完了した!』

 

『おう、もう終わったか……こっちも準備完了だ!』

『ここは精神衛生上、非常に問題あります! お早めに出動お願いし……むぐぅっ!』

 

 

「おまえは静かにしてろ!」「むむーっ!」と騒がしいやりとりが聞こえてくる。ため息がつかれて、通信相手がワジに交代された。

 

 

『……13班、ここからが作戦の本番だ。地下帝竜が目覚めるまでまだ時間がある。しっかり準備を整えてから、こっちに来い!』

「了解。お疲れ」

「お疲れさまです、あとは任せてください!」

 

 

 残りの生存者を探し出し、横洞を出て自衛隊に彼らを預ける。回復剤もそれほど減っていないし、このまま帝竜に突撃できそうだ。

 

 

『この先は貯水池……帝竜のねぐらだ。準備はいいか?』

 

 

 ミロクにバッチリだと返そうとしたところで、ふとあることが思い浮かぶ。

 ちょっと待ってと呼び止めると、シキが不思議そうに振り向いた。

 

 

「何、なんか不備でもあった?」

「ううん、そうじゃなくて……貯水池ってことは、帝竜は水辺にいるんだよね?」

「ああ、そういえば」

「じゃあ、一旦都庁に戻れないかな? 念のためさ、残ってる開発班の人にスパイク用意してもらおうよ」

 

『スパイク?』

 

 

 シキとミロクの声が被る。

 

 

「こっちから接近するときに水中を泳ぐわけにはいかないでしょう?」

 

 

 指先のクロウに霜を光らせる。

 ミナトは近くにある脱出ポイントを指差し、再び都庁への帰還を提案した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 13班が戻ってきたと聞き、ワジは通信機に指を当てた。

 

 

「13班、準備はできたのか」

『できた。問題ない』

『お待たせしました、いけます!』

「ほう、いい返事だ」

 

 

 自分がいるのは帝竜の顔、頭の部分。胴の部分にはレイミが、尾の部分にはケイマがついている。

 今までにも何度か物音をたてたが、帝竜はのんきに目を閉じたままだった。快眠で何より。おかげで首尾は上々だ。

 

 

「いいか? おまえたちが入ったら我々が一気にランプを点灯し、光の囲いを作る。これでかなり動きを制限できるはずだ」

『で、その間に私たちは尾、胴、頭の順に攻めていけばいいわけね』

「ああ。タフな強敵には変わりないだろうが、大暴れして、トンネルごとぶち壊す……なんてまねはもうできない」

 

 

 ドラゴンが来てから数ヶ月。自分たちを散々悩ませてきた種の一つが刈り取られる。もう地震に不安になることなく、ぐっすり眠ることができそうだ。

 

 

「尻尾から頭まで、遠慮なく叩いてくれ。さぁ……いつでも、こい!」

 

『いくぞ、13班! 戦闘開始だ!』

 

 

 ミロクの号令が響き、13班が湾岸貯水池に突入する。

 

 

「よし、今だっ! ランプを出力最大で全点灯!」

 

「ひー! 13班様、早く来てぇぇ!」

 

「そらっ! くらいやがれ! これが開発班の心意気だあッ!」

 

 

 ケイマ、レイミ、ワジが同時に指に力を込めてスイッチを入れた。

 貯水池の3つのエリアでガチンッと大きな音が重なり、暗かった地下が真っ白に染め上げられる。

 焼き尽くす勢いで視界を照らす光に、ミナトとシキは思わず顔を覆った。

 

 

「うわぁ、眩し……っ!」

「下手したら目が潰れるわよ、これ」

『照度32000ルクス……これは強烈だ……! おい、13班! 今のうちに尻尾から攻めていくぞ!』

 

「おっしゃー! いけいけいけ、いっちまえーーーっ!」

 

 

 ライトの向きを調整するケイマが声を張り上げて腕を振り回す。

 光が満ちる貯水池の中、パートナーと互いに頷き、武器を構えて帝竜に向き合った。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「おい、ネコ。何してる」

「んにゃっ」

 

 

 背後から声をかけられ肩がはねる。

 ムラクモ本部司令室のドアから体を離し、ネコはダイゴを振り向いて口の前に指を立てた。

 

 

「ちょっと、しーっ! バレちゃうじゃん!」

「なぜ聞き耳を立てている。13班なら心配いらないと思うが……そんなに気になるなら状況を尋ねてみればいいだろう」

「心配なんてしてないしっ。のんびり待機するとか暇だしさ、今どこらへんまで進んでるのかなって」

 

「ちょうど帝竜との戦闘が始まったところです」

 

「んにゃあっ!?」

 

 

 いつの間にかドアが開き、ミイナが立っていた。反射的にびょーんと跳び退る。

 数秒前のネコのように、落ち着いた少女ナビはしっと口の前に指を立てて眉を寄せた。

 

 

「静かにしてください。ミロクがナビに集中できません」

「ナビって……」

 

 

 視線をミイナから司令室の中に移す。

 部屋の奥、壁いっぱいが画面になったモニター前にミロクの背中が見える。彼は小さな握り拳を上げて、赤い袖をばたばたと振っていた。

 

 

「いけシキ! ミナト、そこだー!」

 

「……あれ、ナビ?」

「ナビです! 応援もナビの役目です。それ以前にちゃんとアナウンスもしてます!  あなたたちの出番はまだ後です。怪我も癒えきってないんですから、大人しく待っていてください」

 

 

 13班のことはご心配なくとぐいぐい背中を押され、目の前で扉が閉じる。

 

 

「だそうだ。言われたとおり、俺たちは大人しく待っていよう」

「むー……」

 

 

 しかたない。東京タワーに突撃しようとしたのをキリノに叱り飛ばされたばかりだ。

 それにSKYが誰か一人でも戦うとなれば、タケハヤが放っておかない。都庁にいる誰よりもぼろぼろの体で、誰よりも先に前線に突っ込んでいってしまうだろう。

 仲間の自分やダイゴが止めても、彼が愛するアイテルが止めても、シキが止めてもきっと止まらない。もう行くべき場所決まっていて、いつか必ず飛び立ってしまう。タケハヤはそういう男だ。

 

 わかってしまう。ずっといっしょにいたから。

 

 ムラクモ本部から離れ、タケハヤの様子でも見に行こうと医務室を目指す。

 階段を一段飛ばしで下って自衛隊駐屯区の階まで降りたとき、野太い怒鳴り声が耳に飛び込んできた。

 

 

「なんだ、騒がしいな」

「ケンカ? あ、もしかしてグチあたりが……」

 

 

 顔を出して廊下を覗く。真っ先に目に入ったのは人集りだった。自衛隊員と一般人数人が入り乱れている。そのほとんどが両手を出してまあまあと言っている様子を見るに、何かをなだめているようだ。

 彼らの中心にはいかにも頑固な面をした男がいて、何度か顔を合わせたマキタという隊員に噛みついている。

 

 

「だから、おかしいって言ってんだろ!? いつまでムラクモといっしょにいなきゃいけねえんだ! なんであんたたちはあいつらに従ってるんだよ、脅されてんのか!?」

「ムラクモは味方です、彼らがいなければドラゴンは倒せません。外にはドラゴンもマモノもいます。どうか落ち着いて……」

「そうだ、そうやって今まで都庁で生活してきて……何が起きた! みんな死んじまったじゃねえか! ムラクモの総長に殺されたんだ!」

 

「……」

「そういうことか」

 

 

 やれやれとダイゴが息を吐いた。ネコは怒鳴り続ける男を眺める。

 

 

「おれたちは本当に信じてたんだ。ムラクモがいるなら大丈夫だって、ドラゴンに殺されることもないって。それがどうだ、ムラクモはせっせとドラゴンを倒して、なにやらコソコソして……しまいにはあの女が使って化け物になった! 最初からこれが狙いだったんだ!」

「それは違います! すべて日暈ナツメの独断です。ムラクモのメンバーたちも彼女に利用されていた側なんです!」

「そんなの信じられるわけねぇだろ!」

 

 

 唾を飛ばして叫ぶのは彼一人だけだが、他の一般人も不安そうな顔をしていた。ある者は同調するようにうなずいて、ある者は戸惑った顔で自衛隊を見る。

 日暈ナツメに付けられた傷跡は消えない。

 もう起きてしまった事件は消せない。死んだ人間は戻ってこない。失ってしまった信用は簡単には取り戻せない。

 あの惨劇は未だ、いや、これからもずっとくすぶり続けるだろう。日々不安の声を上げる市民への対応に追われて自衛隊は疲弊しているようだが、こればかりはどうにもできない。

 

 

「ネコ、行くぞ」

「うん」

 

 

 SKYメンバーはいないし、自分たちが出ることでもないなと引っ込もうとして、

 

 

「あの13班って女二人もそうだ!」

 

 

 指先が震え、廊下の壁に爪が立った。

 

 

「なんで自衛隊でもない子どもが普通に武器持ってマモノやドラゴンと戦ってんだ? 手から火を出したり、普通だったら死ぬような大怪我がほんの少しで治っちまったりすんだよ? あの二人も日暈って奴と同じだろ!? その気になりゃ人を殺せるじゃねえか!! 今までそんな奴らといっしょにいたのがおかしかったんだよ!」

 

 

 唇に歯が食い込む。

 

 止まらず火山が噴火するようにがなり立てる男に、マキタの声もわずかに前のめりになった。

 

 

「ドラゴンに対抗できるのは異能力者しかいないんだ! ムラクモは、彼女たちはその力を使い、命を懸けて戦ってくれている! 彼女たちを信じてくれ!」

「だからあんなことがあって信じられるかって言ってんだよ!」

 

「……暴れるなよ」

 

 

 ダイゴの声が耳に届いて、いつの間にか自分が歩き出していることに気付いた。

 無意識に動いていたことに驚いたけれど、歩みは止めない。すたすたと集りに近付き、人と人の間に両腕をねじ込む。

 

 

「ドラゴンを倒したって変わらねえ! 何が異能力者だ、ドラゴンの代わりに化け物じみた奴らが近くにいて、どうやって安心しろっつーんだ──」

 

「いい加減にしなよおっさん」

 

 

 大人を押し退けて声を出す。

 思わぬ方向から咎められて驚いたのか、「は!?」と男は目を見開いてこっちを見た。

 

 

「なんだあんた、こっちは大事な話を……」

「大事な話? 途中からは悪口言ってるだけにしか聞こえなかったけど。そういうの何ていうの、ひぼーちゅーしょー?」

 

 

 なっ、と相手が息を呑む。代わりに神経質そうな女性が眉間にしわを寄せて注意してきた。

 

 

「あなた、新しく都庁に来た子でしょう? 知らないかもしれないけど──」

「知ってるから口挟んだの。アタシも、アタシたちもあんたらと同じ被害者だよ。あのババァが渋谷の帝竜起こしたせいで、家族がたくさん殺された」

 

 

 同じ被害者であることを言えば、口を開いていた一般人は一瞬静かになる。

 ネコはくわえていた棒付きキャンディを口から抜き、沈黙に言いたいことをねじ込んでいく。

 

 

「アタシたちだって最初からムラクモが大っ嫌いだったよ。ドラゴン以前に、日暈ナツメにいろんなことされてきたから。だから13班も信用してなかった。……でもあいつら、ババァに利用されてるのも知らずにあくせく働いてたじゃん。ドラゴン相手に血まみれになって、それでも誰かを助けられなかったって泣いてさ。アタシたちが邪魔したことだってあったのに、薬を分けてきたことだってあったし」

 

 

 大人の中で一人喋り続けるという慣れない状態は窮屈だ。なんならみんな凍らせて黙ってもらったほうが手っ取り早い。でも、たぶんそのやり方は違う。

 ここは自分たちのホームグラウンドではなく、一時の止まり木だ。今までのやり方は通用しない。面倒だけど、言葉のナイフに返すものは同じく言葉で。

 

 

「言っておくけど、大切な人が殺されたのは13班もなんだからね? あいつらも騙されてたの。アタシたちと同じで、クソババァに踊らされてた。それであの女に友だち殺されて、片っぽはびーびー泣いてたんだよ。自分だって大怪我してんのにさ、助けられなくてごめんねって」

 

 

 ばっかみたいと吐き捨てる。

 日暈ナツメも、あの妙にびくびくした地味な女も、自分も、ぎゃあぎゃあ騒ぐ大人たちも、みんなバカだ。

 あれだけ泣いて、それでも自分よりも小さな少女に手を引かれ、彼女はまた戦うことを選んだ。すり減るものさえもうなさそうなふらつく体で、今も命懸けで帝竜と殴り合いをしている。なんだかもう、いろんな意味で救いようがない。

 けれど、彼女たちが誰よりも前に出て暴れた後は、人間が通れる道ができている。

 

 

「13班は、ムラクモはこんなときだってどうにかできるかもって戦ってるんだよ? 今、地下にいる六匹目の帝竜と戦ってんの。アタシはずっと前にムラクモにされたこと、絶対忘れない。でも、今のムラクモは前とは違うみたいだから、嫌いだけど手伝う。日暈ナツメと13班は違う。あいつらは最初っからドラゴンを倒すために戦ってたの! ……それにいちゃもんつけたら、もうどうしようもないじゃん」

 

 

 このわだかまりは消えない。あの大量虐殺は、ムラクモ機関の総長が起こしたこととしてずっと人の意識に刻まれていく。それ以前に、ネコからしたらムラクモの名前なんて最初から汚れている。

 けど信じきれなくたって、13班は誰よりも真っ先にドラゴンとぶつかって、光の差すほうへ進んでいる。その足どりは否定しない。

 

 それともう一つ。

 

 

「あとさ」

 

 

 パーカーの袖をめくる。

 目を瞬かせていた人々は、自分が手のひらの上に氷を出すのを見てぎょっと身を仰け反らせた。

 

 

「あんたらは、もし自分の手の中に武器があったら、それで人殺すわけ?」

「な、な……っ?」

「おっさんたちが知らないだけで、異能力者はそこらへんにいるよ。でも、だからってほいほい人を殺すわけないじゃん。アタシたちも、あんたらと同じ人間なんだっつーの。家に包丁あったってじゃあ人を刺そうなんて思うわけないじゃん。そうやっておかしい危ないってわざわざ指差すんだから、本当に人に力を使う奴が出てくるし、行くとこなくなっちゃう奴がいるんだよ」

 

 

 SKYはメンバーのほとんどが異能力者だ。ムラクモのようなS級、A級のエリート集団ではないが、この世界の常人とは一線を画した能力持ちでなのはたしかである。

 そしてそれが原因で、居場所をなくして流れてきた者が、少なからずいる。

 

 異能力者は化け物じゃない。本当の化け物は、何もしていない者に石を投げ、本物の化け物に仕立て上げる人間のほうだ、と思う。

 そして今、自分たちが倒さなきゃいけない本当の敵なのは、ドラゴンとあの女だ。

 

「そうでしょ?」と問い、答えは待たずに背中を向ける。

 

 

「どうしても信じられないならしょうがないし、都庁から出るなりなんなりすりゃいいじゃん。けど、あいつらの邪魔すんのはやめてよね」

 

 

 すっ、と頭が空になって冴える。言うだけ言えて満足した。

 キャンディを口にくわえなおし、もう一度人をかき分けて歩き出す。

 

 階段に戻ると、踊り場でダイゴが待っていた。頭の後ろで手を組む自分を見て、ふっと笑う。

 

 

「いつにもまして饒舌だったな」

「う、うるさいな! あの調子で夜まで騒がれたら眠れなくて困るじゃん」

「そのわりにはずいぶん13班を擁護していたが」

「にゃーっ! うるさいってば! あいつらを倒すのはSKYだって言いたかったの! 特にあの、地味な方! 同じサイキックでも力を使って戦ってきたのは絶対アタシのほうが長いし、今度こそコテンパンにしてやるって……」

 

「へえ?」

 

 

 大柄なダイゴの陰から、ひょいとタケハヤが顔を出す。

 んにゃあああっ、と本日一番の叫びが都庁に木霊した。

 

 

「た、タケハヤ、いつの間に……!」

「上の階がギャーギャーやかましくておちおち昼寝もできなかったんでな。物申そうと思って上がってきたら、一気に静かになって驚いたぜ。いったい何だって思ったら、おまえが説教してるじゃねぇか。 何だっけな、『日暈ナツメと13班は違う』……」

「にゃーーーっ!!」

 

 

 大声でかき消してばばばばばと腕を振り回す。拳を胸板に当てるもタケハヤはどこ吹く風で口笛を吹いていた。

 

 

「もー、ばかばかばか! 盗み聞きする暇があるなら寝ててよ! まだ全快じゃないんでしょ!? アタシ帰るから!」

 

 

「バカー!」と捨て台詞を残して走っていく。

 熟れたリンゴのように赤くなっていたネコの顔に、タケハヤとダイゴはくっくと笑った。

 

 

「なんだかんだいって、あいつも絆されてんな」

「あいつもということは、おまえもか」

「さあね」

 

 

 食えない奴だと言われてまた笑う。

 相手は因縁のムラクモの人間。とはいえ絆されてしまうのはしかたないのかもしれない。

 いつの間に用意していたのか、都庁には自分たちSKYのための居住区があったのだ。「ムラクモなんて信用ならねー!」と言っていた仲間たちも、今は肩の力を抜いて過ごしている。

 

 

「つくづくお人好しだわな。……っと!?」

 

 

 視界が揺らいで足が浮かぶ。

 階段の手すりをつかんだから転ばずに済んだが、揺れはしばらく続いた。

 渋谷にいたときも都庁に来たときにもあった地震。地下帝竜の活動に伴う揺れだ。

 しかし今回は何かが違う。いつもより弱くて短く、ほんの少しずつ響いてくる。まるで身悶えしているような。

 

 

「13班が帝竜と戦闘を始めたらしい」

「なるほどな。帝竜があいつらにいじめられて苦しんでるってとこか」

「……買っているな」

「三対二で負けたんだぜ。俺もおまえもあいつにぶん殴られたんだからわかるだろ」

「まあな」

 

 

 あの一撃は痛かったなぁと、国分寺での戦いを思い出して三度笑う。

 

 

「さぁて……俺たちも戻ろうぜ、ダイゴママ」

「その呼び方はやめてくれ」

 

 

 帝竜に対する懸念などどこかに消えてしまっていた。

 13班なら大丈夫だ。彼女たちが勝てなかったら、それこそ嘘だろう。

 

 

(思う存分暴れてくれよ)

 

 

 タケハヤは窓の外を見る。

 東京にはまだフロワロが繁茂している。しかしそれも、春に比べればずっと少なくなった。

 希望は確かに見えてきている。

 都庁前広場で、毒花の赤よりも濃い、真紅のムラクモの旗がはためいた。

 

 

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