2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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長い間気を失ったことがないのでわからないのですが、普通の人間は一か月以上も意識不明、点滴だけで大丈夫なんだろうか。


4.全ての竜を狩り尽くせ

 

 

 

 暖色よりも寒色が、特に青色が好きだった。

 女は群れていないと不安になってしまう生き物らしく、自分も例外ではなかったし、そういう事情を抜きにしても友達と一緒にいるのは楽しい。だから小、中、高校時代は家の外では大体誰かと一緒にいた。

 高校ではさすがにみんな人の輪を重んじるようになり、誰かに無理強いをするようなことはなかったけれど、その考え方がまだ未熟な小、中では、常に我の強いリーダー格に従うのが当たり前で、ことある毎に「仲良しの印」として同じアイテムを色違いで買っていた気がする。

 ピンクに赤といったかわいい色はいつも最初に取られてしまう。自分は青や緑といった残り物の寒色しか選べなかった。

 

 だからだろうか。服も小物もゲームのキャラクターも、馴染みのある青を中心に冷えた色を自然に選ぶようになり、いつの間にかその色が好きになっていた。

 

 それを自覚してからも、赤という色に触れたことは、あまりない。

 

 赤は何の色だったけ。

 

 

(血だ)

 

 

 赤は何の色だったけ。

 

 

(火だ)

 

 

 ああ、視界が赤い。

 熱い。熱い。

 痛い。

 

 

 

 赤は 何の  色   だった け

 

 

 

(火が──!)

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「──あああっ!!」

「っうわ!?」

 

 

 自分の絶叫で目が覚める。すぐ隣でガシャンと大きな音がした。

 

 目に映る世界が黒一色の暗闇から知らない部屋へと一転する。眼だけを動かして見回してみれば、カーテンで囲いが付いているベッドと、何かの機械が複数。白を貴重とした清潔感のある部屋。おそらくは医務室の類だ。

 

 なぜこんなところにいるのだろう。そもそもここはどこだ。部屋ではなく地名が知りたい。自分は今どんなところにどういった事情で寝ていたのか。

 

 

「っつー……いきなり飛び起きないでよ! びっくりした……」

「え、あ、う、すみません……? えっと、」

 

 

 誰、と言いかけて、相手を見る。

 目鼻立ちがはっきりしている少女だった。すらりとした小柄な体はお洒落なセーラー服を見事に着こなしている。格好からしておそらく中高生だろう。

 この顔、この子、見覚えがある。

 冷水を被ったように意識が冴えた。

 

 

「……えっと、シキ、ちゃん? ですか」

「……そうだけど」

 

 

 やれやれと頭を振って、床に尻餅をついていたシキは立ち上がる。同じように床に転がっているパイプ椅子を見るに、自分の起き方に驚いて倒れてしまったのだろう。申し訳ない。

 その姿をまじまじと見つめ、あることに気付く。聞いてはいけない気もするが、強かな彼女のことだ、大丈夫かもしれない。

 

 

「ねえ、その、髪。どうしたの……?」

「髪? ああ、これね。燃えた。大したことないけど」

「燃えた!?」

「あんたも例外なく燃えたからね。髪、短くなってるでしょ」

 

 

 黒絹のように風になびいていた少女の髪が、まだロングの長さではあるが短くなっている。

 失恋したから切ったという少女マンガのような理由ではなかった。次元が違った。というか自分もそれなりに短くなっていた。

 そして「燃えた」という言葉が頭に引っかかる。

 その単語が芋づる式のように次々と記憶を引きずり出し、やっと何があったのかを思い出した。

 

 

(そうだ。確かムラクモ機関の選抜試験に来て、何か変なのがいっぱい出てきて……)

「すごい大きなドラゴンに、火を吹かれて、」

 

 火。

 

 全身が疼く。燃え上がるような痛みに体を曲げて苦悶すると、シキが頭の上にタオルを放り、ペットボトルを突き出してきた。

 飲み口が無理矢理口にねじ込まれ、水が流れ込んでくる。その冷たさに体温が少し下がったような気がした。

 タオルで強引に汗を拭いながら少女が尋ねてくる。

 

 

「まだ飲む?」

「〜〜〜……ッッッ!」

「あっそ」

 

 

 口からボトルが抜かれる。

 フタを閉めながら椅子に座り、自分が咳き込む傍らでシキは現状の説明を始めた。

 

 

「私たちは都庁の屋上で、あの赤い竜にやられた。で、このシェルターに運び込まれて治療を受けて眠ってたの」

「シェルター?」

「ムラクモが所持してる地下シェルターよ。都庁の中で戦った、青くて大きいマモノは覚えてる?」

「ああ、うん……あのドラゴンみたいなやつ」

「外ではあれが大量発生してる。普通のマモノとは強さが段違いだってことで、無事な奴らを連れて一旦避難したみたいよ」

「へえ……ねえ、今日何日?」

 

 

 おもむろに首を傾げて訊ねると、シキは一瞬思い返す素振りを見せて日付を教えてくれる。

 

 

「今日は──」

「……、うん?」

 

 

 ちょっと待て。

 

 シキが口にしたのは、最後に意識があったときから30日以上先の日付だった。

 

 

「え……? 月変わってない?」

「まあ実感湧かないわよね。一か月も寝てれば」

「いっか……!?」

 

 

 慌てて携帯電話を探す。枕もとの横に置いてあるのを見つけて手に取るが、ひと月も放置していれば当然バッテリーが切れていた。

 他に日時を確認できるものがないか見回す自分に、シキは冷静に「嘘なんてついてないから」と言った。

 

 

「落ち着きなさいよ。とりあえず話聞いて」

「落ち着けないよ、一か月だよ!? 一か月も……せめて家族に連絡……!」

「……」

「痛っ!?」

 

 

 腕に巻いてある包帯の上から皮膚をつねられる。まだ怪我が治っていないのかそれとも強くつねられたのか、想像以上の痛みに涙がこぼれた。

 恨みを込めて睨みつける。シキは怯む素振りも悪びれる素振りも見せず、むしろ少し怒ったように眉を寄せて顔を近付けてきた。

 落ち着くように言い聞かされ、両手でぐっと肩をつかまれる。

 

 

「聞いて。いい? 時間かかってもいいから落ち着いて」

「な……なんでそんな……」

「落ち着かなきゃやってられないのよ、こんな状況。……あんたが考えてる以上に、外は、今、やばい」

「……?」

 

 

 ぐう、と腹が鳴る。

 

 

「……お腹、空いた……」

「……まずは腹ごしらえか。動けるでしょ。ついてきて」

 

 

 シキに促され、恐る恐るベッドから降りる。

 脚から肉が削げ落ちて力が入らず心もとないが、なんとか床を踏みしめ、部屋から出た。

 地下シェルターの中は思ったよりも騒々しかった。不規則に響き渡るサイレンに、背中を押されるように武装した男たちが走っていく。

 そういえば、選抜試験の会場には自衛隊もいたなと思い出しているところで、強面に髭を生やした男がこちらに向かって歩いてきた。

 

 

「おまえ、目が覚めたのか……!」

「あ、えっと……たしか、ガトウさん?」

「ああ。シキ、どこに連れて行くつもりだ?」

「食事」

 

 

「一度、部屋に戻れ」と言われ、二人そろって目を瞬かせる。

 

 

「ちっとばかり、説明しときたいんでな……」

 

 

 部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。

 シキと同じように、ガトウはあの規格外の化け物の存在を口に出した。

 

 

「おまえらがブッ倒れてから一か月……その一か月で、世界は様変わりしちまった」

「えっと何があったんですか? 今、どうなってるんですか?」

「俺たちが都庁で会った巨大なマモノ……ドラゴンが世界中に現れて、今や世界は壊滅状態よ。生き残りは、このシェルターに逃げ延びたが……」

 

 

 外じゃ、いったい何億人死んだやら。

 

 

「え」

 

 

 億。八桁。そしてガトウは「世界」と言った。

 

 

「何の冗談……って顔してやがるぜ? そりゃあ、いきなり信じられんよなァ」

「あ……あの」

「何だ?」

「世界が、壊滅って……何億人死んだ、って……て、冗談じゃないんですか? だってそんな」

 

 

 もし、冗談ではないとしたら。

 

 

「わ、私の家族は? 友だちは? みんな……」

「そうだな。冗談だったら……運が良けりゃあ、生きてるかもな」

 

 

「外には出るなよ」と釘を刺される。

 

 

「出たところで、おまえ一人じゃドラゴンには勝てねェ。化け物相手に助かったんだ。死にたくないなら探しにいくのはやめておけ。今はな」

 

 

 頭が真っ白になるのと同時に、シキが念入りに落ち着けと言っていたのはこのことだったのかと悟る。

 確かに、ガトウの言うことが真実だとすれば、そんな状況では落ち着かなければ……いや、

 そんなの、落ち着いていたってやっていけるわけないじゃないか。

 

 

「おまえ、これからどうする。食料が尽きるまで、この地下で寝て過ごすか?」

「そ、そんなこと言われたって……それ以外に、何が」

「そんなのはゴメンだ、ってんなら……まあ、やれることがねぇワケじゃねェ。……ま、ゆっくり考えな」

「……ガトウ、さんは、どう……」

「……ん、俺か? 俺はそんなのはゴメンだってクチさ。いやぁ、厄介な相手ほど、燃えるねぇ。……こりゃ性分だな」

 

 

 それだけ言って部屋を後にするガトウの背中を見て、何か別の生き物のようだと思った。

 なぜあんなに平然としていられるのか。いや、内心は彼も動揺しているかもしれない。それでも、なぜあんなふうに振る舞えるのか。

 隣にいるシキもそうだ。

 

 

「……聞いてもいい?」

「……何」

「シキちゃんの……家族は?」

「家族って呼べる人間はいない」

「その制服、中高一貫校のでしょ。学校の友だちとか、部活の先輩後輩とか……」

「別に。いない。ナツメに通わされてただけだし」

「……そっか……」

 

 

 少女は相変わらず年不相応の無表情だ。世間一般からすればかわいそうと認識される身の上を、何の思い入れもなさそうな声音ですらすら述べていく。

 

 ムラクモの人間はみんなそうなのだろうか。みんな特殊な事情があって親しい相手がいないか、いたとしても、その人たちが死んでも平気でいられる精神を持っているのだろうか。

 

 

『コール。シキ、いますか?』

 

 

 住む世界が違うなんて思っていたところで、部屋に設置されていたターミナルから聞き覚えのある声が漏れる。試験当日、チーム編成を登録したときに見た女の子の声だ。

 名前を呼ばれたシキがターミナルの前まで行って応答する。

 

 

「いるけど。何?」

『試験であなたとチームを組んでいた方が目を覚ましたと聞きました。その人と状況を把握し次第、廊下の突き当たりにある会議室へ向かってください』

「わかった」

 

 

 短い会話が終わり、シキが振り向く。行くわよと手首をつかまれ、誘導されるがままに部屋を出る。

 

 

「……起きたのね」

 

 

 丁度会議室から出てきたナツメが、あの日と変わらない落ち着いた笑みを浮かべて歩み寄ってくる。

 この笑顔が偽りではありませんように。救いになってくれますように。

 身勝手とも思える祈りを胸中で唱えながら、彼女の言葉を待つ。けれど。

 

 

「ガトウから聞いていると思うけど……世界は今、ドラゴンによって滅亡寸前よ」

 

 

 ナツメまで世界が終わりそうだなんて言う。未だに信じられない自分の考えは正常なのか現実逃避なのかわからない。何をよすがに今の世界を歩けばいいんだろう。

 

 諦めるつもりはないとナツメは宣言して、片手に何かを持ち出す。赤い生地に黒糸の刺繍。ガトウたちが巻いていた腕章だ。

 

 

「マモノ退治はムラクモ機関の使命……あなたたち『S級』の才能を束ね、人類の敵を打ち倒すことが、我々の存在理由よ。我々ムラクモはドラゴンとの戦いを始めるわ。シキ、こちらへ」

 

 

 シキはムラクモ機関総長の声に若干不満そうに眉を寄せ、自分の隣からナツメの隣に立つ。

 

 

「隠す気なかったし、気付いてたと思うけど」

 

 

 赤い腕章に細い左腕が通される。歯車のような輪に剣が一本、その上に何かのの頭をモチーフとしたマークが重なった紋。候補生に渡されていた灰色のそれよりも鮮やかなそれは、白いセーラーによく映えた。

「一応、自己紹介する」とシキがこちらを振り返る。

 

 

飛鳥馬(アスマ) (シキ)。ガトウと同じで、ムラクモ機関に所属してる。よろしく……するかどうかは、まだ決まってないか」

「……そうね」

 

 

 シバさん、とナツメに名前を呼ばれる。

 

 

「前回の都庁での戦い、見事でした。ドラゴンからシキを守ってくれたんでしょう? シキから、サイキックとして素晴らしい力を持っていると聞いたわ。この子がここまで人を評価するなんて初めてよ」

「恩があるだけ。力を見たのは試験の中だけだし、素晴らしいなんて言ってない」

「素直じゃないのね。……本題に入るわ。シバさん」

 

 

 ナツメにもう一度名前を呼ばれる。

 返事ができない。どうしても嫌な予感が拭えない。

 

 

「あなたが望むなら……たった今から、あなたをムラクモ機関員として認定します。でもそれは、命を賭した果てのない戦いへの幕開けとなる。だから、拒否しても構わないわ。このまま、残り少ない日々を地下で隠れて暮らすのもいいでしょう。……あなたは、どうしたい? もし、今すぐ決められるなら……教えて」

 

 

 嫌な予感が的中してしまった。

 

 とんとんと話が進んでいく。進めているのは話者であるナツメたちだけだ。自分だけが、世界からも人からも置き去りにされていた。

 今は非常時だ。自然災害ともテロとも違う、文字通り未曾有の厄災が世界で起きている。いつ終わるかもわからない嵐の中にいて、なぜ彼女たちは変わらず立っていられるのだろう。

 ここで返事を求められたって、首を縦に振れるはずもない。

 

 

「……もう少し、時間をください」

「いいわ……簡単には決められないわよね。だけど、これだけは覚えておいて」

 

 

 ナツメの目が自分を捉える。

 彼女に説得されるのはこれで二度目。ただ、都庁で優しく自分を諭してきたときとは違う、組織の頂点に立つ統制者の目だ。自分よりもずっとずっと高い場所にいて、自分には見えない何かを見据える者の目。

 

 

「あなたには力がある。他人が望んでも得られなかった力──戦うための力を、あなたは持っているのよ」

 

 

 見えない圧が肩に圧し掛かる。

 命令にも近い説得に、それでも自ら死地に飛び込む気にはならない。

 状況を理解しきれない困惑。理解したくない恐怖。過去を思い返すたびに体を襲う痛み。

 戦うため。そんな、まるでそれしかないみたいな言い方。

 ムラクモと接触してからだ。ムラクモ機関から手紙が送られてきてから、全てがおかしくなってしまった。

 自分は平凡な一般人のはずだ。高校を卒業して、春休みを終えて大学生になる、ただの一般人のはずだった。たとえ異能力者で超能力を持っていたって、普通に生きて普通に過ごして、普通の枠から外れない人生を過ごしていたはずだ。

 

 なのに。

 

 

「……戦う力があるなら、戦わなきゃいけないんですか? 兵士でもないのに」

「今回のムラクモ試験で、あなたに基準以上の能力があることは充分証明されたわ。あなたが戦ってくれなければ……」

 

 

 かっ、と頭に血がのぼった。

 私が戦わなければ? たった一人戦わないくらいで何だ。

 なんで私だけ、なんでよりによって私が。

 

 

「嫌です!! 絶対に嫌!!」

 

 

 背中を向ける。

 全身の痛みなんてどうでもいい。ただ逃げたい。

 

 廊下を駆けて部屋に戻り、自分が寝ていたベッドに飛び込む。

 布団にくるまって必死に念じた。こんな仕打ちを受けるほど悪いことなんてしていない。夢なら覚めろ。痛いのも怖いのも死ぬのも嫌だ。もうたくさんだ。

 握り拳に爪を立てて、唇に歯を突き立てて、何度枕に頭を擦りつけ……それでも、何も起きない。

 じわじわと現実だけが押し寄せる。心臓が冷たい水に少しずつ浸っていくみたいだ。

 大声で泣けば、誰か助けてくれるだろうか。

 

 枕に涙を滲ませて何分経っただろう。

 すぐそばでぼすんと音がして、ベッドが傾いた。

 

 

「どうすんのよ」

 

 

 シキの声だ。ベッドに腰掛けているのだろう。薄いシーツの壁の向こうに、ぼんやりと背中の輪郭が見える。

 

 

「別に強制じゃないわよ。ナツメには従わなくても問題ない」

「……シキちゃんは? どうするの?」

「あの赤い竜を殴りにいく」

 

 

 間髪入れず答えが返ってくる。少女の声は揺るぎない。布越しに感じられる闘志は矢尻となって、あの都庁に向けられていた。

 都庁で出会ってから今まで、怯えの一欠片も見せず竜に立ち向かっていく彼女のことは、いまだに理解できない。

 

 

「一応確認するけど、あんたは?」

「……できないよ」

「なんで」

 

 

 理由なんてわかるじゃないか。

 

 

「できるわけないじゃん。あんな、ドラゴンなんて、戦えるわけない」

「試験中は戦えてた」

「それはガトウさんたちがいたから……試験だからだよ。生きるか死ぬかじゃなくて、いざとなったら助けが入ってくれる試験だったでしょ!? 違う、試験でも死人が出た! 誰かが死ぬなんて……あんなことになるなんて想像できるはずないじゃん!」

 

 

 自分は人間だ。うれしかったら笑うし、悲しければ泣く。許せないことがあれば怒る。好きな食べ物がある。嫌いな食べ物もある。得意なことと苦手なことがある。できることとできないことがある。あたりまえのことだ。

 これは、できない。おかしいことじゃない。あたりまえのことのはずだ。

 

 

「……ねえ、なんでそんな平気でいられるの? 億でしょ? 日本だけじゃなくて、世界中……死んでない人のほうが少ないんでしょ。 生きてるほうが奇跡でしょ? なのになんでまた戦おうとするの……?」

「そんなこと言われてもね。私はあいつにやられて悔しかったからやり返しにいくだけ。ケンカと同じよ」

 

 

 ケンカなんかじゃない。これは一方的な殺戮で、自分たちは殺戮されている側だ。

 非現実的な存在はどこかへ行ってしまえ。消えてしまえ。ドラゴンなんて誰も望んじゃいない。

 そんなことより、家族を。友人を。

 

 

「みんなどこにいるの? お母さんは……友だちは? ……知り合いは? ドラゴンなんてどうでもいいよ、みんなはどうしてるの……!?」

「……これ、私の。一応バッテリーは充電してある。繋がるか試してみたら」

 

 

 シキが出してきたスマホを受け取って、覚えのある番号を手当たり次第に入力する。

 電話はコール音が鳴るだけでつながらない。本人はおろか、つながらないことを知らせる案内も聞こえない。呼び出しの電子音が繰り返し鳴るだけだ。

 メールも同じだった。打って送信を試みては、送信できませんでしたのメッセージのやりとりが続く。インターネットにも接続できない。通信を成立させるための基地局もネットワークセンターも、全てが機能していないのだ。

 生活水準の枠などとっくに崩壊している。文明も技術も破壊されて身内の安否確認すらもできないなんて。

 

 

「もう携帯電話は役に立たない。パソコンとかもね」

 

 

 けど、と続けながらシキは自分の手からスマートフォンを抜き取る。

 

 

「今すぐには無理だけど。経験を積んでまともにドラゴンと戦えるようになれば、行動範囲は広がる。いつかはあんたの身内も探しにいけるかもしれない。……ドラゴン討伐優先だから、いつかは、だけどね」

 

 

 こちらも選抜試験のときとは違う。高圧的ではなく、ナツメとは反対に、わずかながら気遣いが感じられる声音だった。

 

 

「この状況で私たちみたいに戦える奴は貴重な存在だから、無下に扱うようなことはしない。危険が伴うことに変わりはないけど、作戦に参加する以上は、ナビとか防具とか、サポートも入る。私は、ドラゴンとの戦いは無謀だとは思わない」

 

 

 戦うか戦わないか。外に出るかでないか。

 

 もし自分が普通の、ごく普通の人間だったら、涙を飲んで地下に居続けることを選んだだろう。

 しかし今は。今ここにいる自分は。ムラクモに接触し、自分が持つ力を試すために試験に臨み、それがきっかけでここまで来てしまった自分は。

 守られる側の一般人でいるには多くのことを見すぎてしまった。多くの事実を知ってしまった。持ってはいけない力を持ってしまっていた。

 手に宿る力は、ドラゴンと同じ非現実。この理不尽な生存競争で命をつなぐための足掛かり。

 

 でも。怖い。

 

 

「やめよう。あんな、あんなのに襲われて、せっかく生きてんだから……私たち頑張ったじゃん。みんなに任せたって誰も文句言わないよ。まだ戦えなんておかしいよ、私たちじゃなくてもいいよね……?」

「……私は行く。30分後までに、ナツメに答えて」

「待って、どうして!」

 

「都庁の屋上で」

 

 

 こちらを振り向いてシキは言う。

 

 

「あの竜を相手にしたとき。私はあんたに……あんた以外にも誰かいたけど、あんたに助けられた」

「え……?」

 

 

 ベッドの側に戻ってきてずいと顔を寄せ、促すつもりはないと強く念を押しながらシキは続ける。

 

 

「だから、私はその借りを返す。今後あんたが死なないように最低限のフォローはする。いい? 何度も言うけど、強制する意図はないから。それを前提として、これだけは刻んでおいて。今後生きるか死ぬかの場面に直面したとき、生きるために動けるように」

 

 

「やっぱり、あんたはそこらへんにいるただの人間。冴えないし動けないし、意気地もない。その様子じゃ、今までもこれからもそうでしょ。慌てて怯えて泣いて生きていくんだろうけど、」

 

「そんなあんたが確かにやったことは、あんた自身の力で私の命を助けたこと」

 

 

 手が握られる。自分よりも小さな手と指で力強く熱を与えながら、見せつけるように顔の高さまで持ち上げられた。

 

 

「あんたのこの手は、何かを為せる」

 

 

 じゃあね、とシキは出ていった。扉の向こうで足音が遠ざかって聞こえなくなる。

 シーツから顔を出してぼうっとしていると、体をつつかれる。

 ゆっくり頭を動かせば、小学生くらいの小さな女の子が視界に入った。

 

 

「……おねえちゃん、ドラゴンと、戦うの?」

「……」

「だったら、これ、あげる……」

 

 

 ちゃぷんと水が動く音がする。ムラクモ試験で支給されたものと同じ傷薬だ。

 色がついた透明の容器と液体を通して、虚ろな目をした女の子と見つめ合う。

 

 

「パパとママのカタキ、討ってほしいから……」

 

 

 緩慢に揺れ動き、やがて収まっていく波をずっと見つめていた。そんな自分を、女の子もずっと見つめていた。

 腕が動いたのは何分後のことだったろう。

 ゆっくりと腕を動かし、小さな両手で持ち上げられた薬を指で摘む。

 そして、下がろうとした女の子をそっと引き留めた。気が付いたら腕の中に抱え込んでいた。

 温かい。小さな体はふわふわしていて柔らかい。

 血潮が流れる体だ。心臓が動いて、細胞が生み出され、息を吸っては吐くのを繰り返す、生命が宿る体。

 

 

「……温かい」

「……うん」

「……私たち、生きてるんだね」

「……うん」

 

 

 うなずく女の子の声がわずかに震える。

 襟が濡れていくのを感じながら、小さな体をめいっぱい抱きしめた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「……シバさんは?」

「見てわからない?」

「そう。説得は失敗したのね」

「失敗じゃない。あいつ自身が決めることでしょ」

 

 

 シキはナツメの言葉につっけんどんに返していく。

 そうだ。相手は一般人だ。命を守るために必要なことは、逃げるか戦うかのどちらかで、彼女は逃げるという選択肢を選んだだけ。

 間違いではない。場合によっては、それが最も賢い。

 目もとを赤く腫れ上がらせて泣いていた女性の選択を、肯定はしないが否定もしない。これはその人間次第という他ない。別に、少し惜しく感じていたりもしない。

 

 

「今までと変わんないわよ、一人でやれる。戦力が増えたって、素人じゃ足手まといになる可能性のほうが高いんだから」

 

 

 胸にわきあがるもやをばかばかしいと振り払う。

 ここから先は文字通りの戦場になる。お手軽に入って好きなタイミングで退場なんて催し物ではない。

 

 さっさと動こうとナツメを促そうとしたそのとき、とつり、と足音が響く。自信なさげで、本当に鳴ったのか疑わしくなるくらいの小さな足音。

 振り向いた先にいたのは、

 

 

「……、あんた」

 

 

 開いた目が丸くなる。

 ミナトが廊下の角から表れ、自分たちに向かって真っ直ぐ進んでくる。腫れたままの赤い目は、自分を通り越してナツメをにらんでいた。

 数メートル間を空けて彼女は立ち止まる。ナツメが問うように瞬きをした。

 

 

「……気持ちは決まったかしら? さあ、返事を聞かせて」

「その前に、いいですか」

「何かしら」

「その、ドラゴンを倒して、一件落着して余裕ができたら……家族を、親や友だちを、探しに行かせてください」

「……わかりました。協力しましょう」

 

 

 女性は顔を上げて挑むようにナツメを見つめる。

 対するナツメの双眸に、偽るような色はなかった。

 

 いつ終わるかも、そもそも勝機があるかもわからない戦い。その渦中に踏み入ってしまった。

 それでも、まだほんの少しの希望がある。

 自身の目で直接身内の死を見たわけではない。何もかもがなくなるという絶望を味わったわけではない。家族も友人も、誰だって上手く逃げ延びて生きているかもしれない。

 風前の灯のような望みだが、縋れるものはそれしかない。

 

 はっきりと宣戦布告する。

 

 

「一緒に、戦います」

 

「ありがとう……あなたの、勇気と才能に感謝するわ」

 

 

 ナツメは赤い腕章を取り出した。手渡されたそれを左腕に巻いて、彼女は一歩こちらへ。日常から非日常へ。後戻りのできない一歩を超えて、シキの隣に並ぶ。

 

 

「今この時より、飛鳥馬 式、志波 湊たちをムラクモ機関、機動13班として認定します。……ようこそ、ムラクモ機関へ」

 

 

 こんなに嬉しくないようこそは初めてだ。

 

 ナツメは踵を返して歩いていく。その後について、正式にコンビとなったシキとミナトは会議室に入った。

 

 絶望的な状況。歯が立たない脅威。変わり果てた世界。

 破壊されたものを取り戻す手段はただひとつ。全ての竜を狩り尽くせ。

 

 CHAPTER0 END

 




CHAPTER0はここまで。
ナツメは死ぬつもりはないくせに説得の際「残り少ない日々」なんて言うのがずるいよなぁと思いました。
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