2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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ここからはサブクエ・NPC交流・奥義回。池袋のクエストはメインストーリーにも触れているので外せないなと思いました。
他サブクエも含め次回へ続きます。



31.糸は交差する

 

 

 

「ケイマくん、イイノさんと何作ってるんですか?」

「んー? 何って、わかるだろ。剣だよ」

 

 

 レイミに尋ねられ、ケイマは砥石でていねいに研磨した刃物を持ち上げてみせる。

 レイミはわかっているけどそうじゃないと頭を横に振った。

 

 

「だって、普通の剣よりもずっと丹念に作ってるじゃないですか。それにドラゴンが来てからは、シキさんのナックルとミナトさんのクロウにかかりっきりだったのに」

「そうなんだけどな。なんかシキが興味持ってるぽくってよ」

「シキさんが? 剣に? どうして?」

「さあ。でも、練習用でいいから剣を一本くれって言われたんだよ」

 

 

 先日、地下帝竜討伐作戦のために都庁から出る直前、シキがショップに顔を出した。

 ナックルの新調かと尋ねると違うと言われ、「剣一本ちょうだい」と注文されたのだ。

 

 

『剣? ナックルじゃなくて』

『剣。一番安いのでいいから、何か出せない? ほら、そこにあるのとか』

『いや待て待て、ダメだ』

『なんでよ』

『ガトウさんサイズだからだよ』

 

 

 ムラクモでも血風荒ぶ最前線に出ていたサムライはガトウ一人だ。だから開発班が製造するサムライ用の刀剣は、どれも大柄な彼に合わせたサイズになっている。

 説明しても妙に納得できないようで、シキは腕を組んで首を傾げた。

 

 

『別にいいでしょサイズぐらい』

『よくない! 使い手にぴったりのサイズかどうかで使い勝手が全然違うんだよ。手の大きさに筋力とか、戦い方とか、人によって千差万別だろ? 剣が欲しいならおまえのそれを確認してから作んなきゃ』

『ええ? じゃあ何日かかるのよ』

『そうだな……今日は帝竜討伐で潰れるだろ。明日から作業するとして……練習用って、素振りするぐらい?』

『うん』

『そうか。ならまあ、最短一日、最長一週間だな』

『ずいぶん幅があんのね』

『そりゃそうだ、武器なめんなよ。希望は何日?』

『別に、今すぐ使うわけじゃないし何日でも』

 

 

 気の強いシキにしては寛容とも思える受け答えだが、このゆるさは興味が薄いだけかもしれない。注文しておきながら具体的なイメージはないなんて関心があるのかないのか。握ったことのない武器だから仕方がないとしても。

 というかなぜ剣を。しばらく考えてもしやと指を立てる。

 

 

『まさかおまえ、サムライに転身する気?』

『……んなわけないでしょ』

 

 

 ぐにぃーっ、と音が立ちそうなくらい少女の顔が歪む。

 彼女と付き合いの浅い者はたじろいでしまうかもしれないが、ケイマもムラクモに入ってそれなりの年月が経っている。シキの性格は知っているので、臆することなくその顔を観察した。

 なぜか悔しげな表情だ。気に入らないものを目の当たりにしたような……。ガトウとナガレに負かされて、今日の訓練はここまでと言われたときのような。

 

 何があったのか彼女が話すことはなかった。

 ただ、シキは今までその拳で帝竜たちを薙ぎ倒してきたはず。たゆまぬ訓練だって積んでいる。なら、人竜討伐のゴールを目前に剣を握りたいという理由は。

 いや、詮索はよしておこう。いずれわかる気もするし。

 

 

『よし、どうせだから良い物作ってやるよ』

『いや、練習用だから適当でいいんだけど』

『何言ってんだ、適当に作ったら資材に失礼だろ』

 

 

 そんなこんなでシキに合わせた刀剣作りが始まった。どうせだから本人が思わずにやっとしてしまうような物を作ってやろうと思い、新しく開発班に加わった職人気質のイイノに声をかけて作業をしている。

 

 以上の経緯を説明し終えると、レイミはふーんと納得したように頷き、再び首を傾げた。

 

 

「でも、本当にどういうつもりなんでしょう? シキさんが自分から他の武器を持とうとするなんて。今までもこれからも拳一本だと思ってたんですけど」

「さあな。でもあいつが自分から動いたってことは、ふわふわしたなんとなくじゃないってことだ」

 

 

 専用の布で優しく刃を拭う。

 

 

「刃物作るのなんて何日ぶりだろうな。腕が鈍ってるかもしれないから、念入りにやんないと」

「でも、イイノさんと二人でって珍しいですよね。あの人だって、ほとんど銃しか触れないのに」

「……銃使う奴がさ、いないだろ、もう」

 

 

 ナガレとアオイ。機動10班所属で、髪が赤くて、トリックスターで。何かと共通点の多かった二人を思い出す。

 アオイが助からなかったとき、イイノは自身が作った銃器の類をファクトリーの隅に仕舞った。優れた使い手がいないのなら意味はないと言って。

 でも知っている。彼は今もときどき、銃弾を作っている。腕を鈍らせないためかは知らないけれど、一人黙して作業台に向かう背中から真剣味は失せていない。

 

 

「今のムラクモの戦闘員にトリックスターはいない。それが悔しくて、でも、諦めきれないんだと思う」

 

 

 自分の魂を託した結晶を振るって、ドラゴンという絶望を打ち砕いてほしい。直接戦えなくたってやられっぱなしじゃいられない。だからシキが使う剣にも、たとえ練習用でも、鍛冶の協力を申し出てくれた。

 

 どんなドラゴンにも通じる物を。人竜ミヅチにも届く一発を。

 

 

「やるぞ~、待ってろ!」

 

 

 剣にふーっと息を吹きかけると、呼応するように切っ先で光が瞬いた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ドアを叩くと、にこにこ笑顔のマサキに出迎えられた。

 

 

「おお、実にイイときに来てくれたネ!」

「あんたが呼んだんでしょうが」

「いいからほら、入って入って。センゴクくん、飲み物を淹れてくれるかい? 君たち、何を飲む? といっても水かコーヒー豆しかないけれど」

「水でいい」

「私もお水でお願いします」

 

 

 マサキに手招きされるまま部屋に入る。

 先日地下道で救出したムラクモ準候補のセンゴクは早速こき使われているようだ。マサキに声をかけられ、彼女は資料から手を離してマグカップを二つ手に取る。

 センゴクに改めてあいさつをして椅子に座り、で、とシキは足を組んだ。

 

 

「来なきゃ後悔するみたいなこと言ってたけど、いったい何よ」

「……いや実はネ、キミたちの実力を、最大限に引き出せる最高の技を導き出したのダ。実戦データがこれだけ揃ってきたからネ。活かさない手はないだろう?」

「最高の、ですか」

 

 

 今まで自分たちの成長に手を貸してくれていたマサキだから信用できるが、なんだか笑顔が胡散臭い。

 無言で目を合わせる自分たちに、彼は変わらず笑顔で、顎の下で手を組んだ。

 

 

「とはいえ、今はまだ卓上の理論……誰かが習得し、実用しないことには始まらないのだヨ」

「回りくどい。要は私たちがやれってことでしょ」

「さすが13班! 察しの良さはピカイチだネ」

「他を当たれって言いたいけど……今は少しでも対ドラゴンの有効打が欲しいしね」

「もとより断る選択肢はないもんねぇ」

 

 

 潔く引き受ける意を示すと、マサキはタップを刻みながら紙を何枚か引っこ抜いてくる。その拍子に資料の山が崩れたがまったく気にするそぶりはない。他の人員も似たようなものだったが、研究畑の人間はこれだけ物を散らかして片付けようとは思わないのか。

 センゴクが苦い顔をしながら水を持ってきてくれる。お礼を言う自分たちの前で、マサキが紙を順にテーブルに置いた。

 

 

「具体的に言うと、これは戦う者の能力が全開まで引き出されたとき──戦闘分野の研究員の間ではエグゾースト現象と呼んでいるけれど、その状態になった時のみ発動できる想定の大技なんダ」

「えぐぞーすと?」

「スポーツで言うゾーンみたいなものだヨ。君たちがするのはスポーツじゃなくて戦闘だけどネ。よく聞くだろう、周りの音が遠のくような、時間がゆっくり流れるような、水中にいるような、なんて比喩表現を。あれは極限の集中状態サ。感覚が極限まで研ぎ澄まされた状態で繰り出される効果たるや、まさしく必殺技……いや、『奥義』と呼ぶにふさわしい!」

「お、奥義……!?」

 

 

 前のめりになるミナトと、なんだかんだいってこいつも戦闘に慣れてきたなと眺める自分に、マサキはますますおもしろそうに笑った。

 

 

「……どうだい、興味あるだろう? エースたるもの、奥義の1つも持つべきだしネ。上がうるさいから、無理強いはできないが、習得方法ならいつでも教えるヨ」

「じゃあ今教えて。ぐずぐずしてる暇ないのよ」

「最後の帝竜と人竜ミヅチに向けてもっと強くならなきゃいけないんです。お願いします!」

「素晴らしい、それでこそエースだネ! では……どの職業の奥義について話そうか」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「バネ、ねぇ……」

 

 

 指に髪を絡めながら階段を下りて、エントランスに出る。

 頭の中では楽しそうに理論を展開するマサキの姿が再生されていた。

 

 

『デストロイヤーの奥義にはネ、力だけじゃなく、しなやかなバネが必要ダ』

『バネ……柔よく剛を制す的な?』

『そうそう。力をコントロールする柔とそれを相手に放つ剛。二つの要素が合わさってフルに発揮できる技サ。で、ちょうどそれの習得におあつらえ向きの案件が一つ発生している。いずれ13班に討伐依頼を出そうと思っていた特殊個体のドラゴンなんだけどネ』

『特殊個体?』

『そう。池袋の山手線天球儀、高度二七三メートル地点を中心に活動が確認されたタワードラグ。通常の個体とは違い体色が薄いのと……あのダンジョンで上下を跨いでエリアを移動する、脅威のジャンプ力。いやぁ、最初定点カメラの映像を見たときは目を疑ったよ。研究班一同大盛り上がりサ。そういうわけで、そのタワードラグを探してみてはどうだろう。君ほどのデストロイヤーなら、奴も興味を示して姿を現すと思うヨ。そいつと戦って、君はさらなる高みへと行くわけダ。……ほら、ジャンプだけにネ?』

『0点』

 

 

 データ採取も忘れずにネ! なんて送り出された今となっては体よく利用されている気もするが、他に思いつくこともないので大人しく階段を降りる。

 ドラゴンと戦うなんていつもとやることが変わらない。けれど、ドラゴンと戦うことで成長してきたこともたしかではある。

 未知の敵に遭遇し、対処法を考え、作戦を試して道を拓く。可能性を模索することをやめたらそこで成長は終わる。

 マサキを疑う理由もない。件の奥義がどういうものかはわからないが、やれることはやろう。

 

 装備と持ち物を確認しながら都庁入口に向かう。すると、

 

 

「ヘイ、ヒーロー!」

 

 

 独特なテンションに呼び止められる。振り返ると一人の女性が元気に手を振っていた。

 銀髪に褐色の肌、ロングスカートのような長い腰布、露出の多い上半身。相変わらずエスニックな格好をしている。

 クエストオフィスにいる彼女、チェロンといったか。

 

 その笑顔は間違いなく自分に向いていて、試しに背を向けるとやっぱり「ヘイ!」と呼ばれた。しかたなく彼女のカウンターに寄る。

 

 

「なによ」

「相変わらずクールだねヒーロー! なんだっけ、ジャパニーズセイツンデレ?」

「違う。で、なによ?」

「なによもなにも、オマエとトークしたいだけ! それがダメならクエストしようよ、レッツワーキン! 依頼がメニメニ来てるよー!」

「そういうのはミナトの仕事でしょ?」

 

 

 まあ、都庁のほとんどは一般人。普段親しく交流する機会などないが、険悪な仲になっても良いことはない。

 ここはムラクモの城ではないから、何もかも好きなように振る舞えるわけではない。自由に動き回れない彼らに代わって自分たちがこなさなければいけない仕事もあるだろう。

 試しに覗いてみると、かなりの数の依頼が寄せられている。難しそうなものから誰でもできそうなものまで多種多様。以前のように文明の利器や技術を使えなくなったから、生活で躓いてしまう者が多いようだ。

 

 

(……池袋に行く前に、いくつか片付けていくか)

 

 

 お人好しなミナトが奔走しているのをよく見るが、彼女だけでは手が足りないだろう。キリノにも人と交流したほうがいいなんてお節介を言われたことがあるし、ちょうどいい。

 何枚か依頼が書かれた用紙を抜き取る。「ファイトー!」と元気なチェロンに適当に手を振り、一般人に警戒されないよう武具を外して歩き出した。

 身に着ける物がセーラー服だけになるなんていつぶりだろう。体が不自然に軽く感じられて落ち着かない。

 

 

「えーっと……」

 

 

 引き受けた依頼は三つ。

 一つ目は、恩人に渡す折り鶴を折るための紙の収集。

 二つ目は、稽古をつけてほしいという物好きな願い。

 三つ目はチェロン直々の依頼。池袋でマモノと戦う人を見たという噂を聞いたので、新しいヒーローかもしれないから探してほしい、とのこと。

 

 三つ目は外に出る必要がある。幸い場所が池袋なので、お目当てのタワードラグを探すついでに解決できるだろう。先に紙と稽古のほうを片付けよう。

 

 

「紙は折り紙じゃなくてもいいか」

 

 

 物資が限られている生活では紙も行き渡らないらしい……が、研究室に行けば腐るほどある。

 研究員に言えば、案の定コピー用紙の束が出てきた。それを持って居住区に入る。

 他人の部屋に入る際のあいさつなんて知らないので、適当にノックして中からの返事を待った。ほどなくしてどうぞと返ってきたので扉を開く。

 

 

「あら、シキちゃん」

「あ、ナガレ……さん」

 

 

 自分を迎えた大人の女性が自分に笑いかけた。ナガレ夫人だ。

 ここは居住区D。彼女の生活スペースは居住区Aのはず。

 何をしているのかと問うと、彼女の後ろから少年と少女がひょっこり顔を出した。

 

 

「あ、ムラクモだ! でもミナトのねえちゃんじゃないな」

「コータくん、このおねえさんはシキさんだよ。ユリ、助けてもらったことある」

 

 

 わらわらと子どもが寄ってくる。左腕の腕章を見ると、二人は目を輝かせて自分の周りで飛び跳ねた。

 自分は小柄なほうだが、幼年の男女はもっと小さい。ミロクやミイナよりもほっそりしていて触ったら折れそうだ。ドラゴンやマモノは殴ればOKだが、幼い子どもとなんてどう接すればいいのか。

 動けずに突っ立っていると、くすくすとナガレ夫人が笑った。

 

 

「二人とも、どいてあげて。……あなたは何か用事があって、ここに来たのかしら?」

「ああ、これ、折り鶴のための紙が欲しいって依頼を」

 

「あ、それ、ぼくです!」

 

 

 別の子どもが部屋の奥から顔を覗かせる。コータとユリより少し年上に見える男の子だ。

 コピー用紙の束を渡すと彼はありがとうございますと頭を下げて早速折り紙を始める。小さな指が器用に紙を折り、あっという間に鶴を作り上げた。

 

 

「よし、できた! あとは、助けてくれた人を探します!」

「マモノからあんたを助けてくれたんでしょ。自衛隊の人間?」

「いえ、銃を持っていなかったので、たぶん違います。体が大きくて、変な模様があって……クマさんみたいだから、きっとすぐに見つかるはずです!」

「……」

 

 

 なぜだろう。ずんぐりしていて、体に刺青を刻んでいる巨漢の姿が思い浮かぶ。

 

 

「……たぶんそいつ知り合いだから、折り鶴渡すけど」

「本当ですか!? で、でも、自分で渡さないと……」

「名前も知らないんでしょ?」

「……はい。ムラクモさんに頼めば、絶対に見つかりますよね。それじゃあ、これ、お願いします」

 

 

 折り鶴が差し出される。

 きれいに折られたそれを握りつぶしてしまわないように摘み取ると、小さくて柔らかい子どもの手が、ぎゅっと手の甲を握ってきた。

 

 

「あの、本当にありがとうって伝えてください! マモノを吹っ飛ばしたパンチとか、ヒーローみたいで格好良かった……って!」

「わかった。伝えておく」

 

 

 それじゃあと踵を向けようとすると、別の方向からスカートの裾を引っ張られる。

 見下ろすと、コータがじっとこっちを見上げていた。くりくりした丸い瞳に、驚いたような自分の顔が映る。

 

 

「なーねえちゃん、ねえちゃんは遊んでくれないの?」

「は、遊ぶ?」

 

 

 ねえちゃん「は」ということは、ミナトが遊んでやったことがあるんだろう。しかしこっちは他にも用事がある。

 依頼をこなす時間はあっても遊んでいる時間はない。適当に説明して手を離してもらうしかない。

 

 

「悪いけど、修行中だから無理」

「修行!? なにそれ、かっこいい!」

 

 

 言葉のチョイスを間違えたか。コータはさらに目をきらきらさせて余計に手を離してくれなくなった。

 困っていたところをナガレ夫人が邪魔をしたらダメだと引き剥がしてくれる。

 

 

「最近、本当にいろいろあったでしょう? 子どもは大人の気持ちを敏感に感じ取るから不安がっていたんだけど……今は元気が出てきたみたい。あなたたちががんばってくれているおかげかしら」

 

 

 彼女は手足をじたばたさせるコータを抱えて微笑んだ。それを羨ましそうに見上げるユリも腕の中に寄せ、三人は家族のように寄り添う。

 

 

「ムラクモさんは、ドラゴン怖くないの? ユリ、逃げてるとき、すっごく怖かった……」

「ムラクモは強いんだぜ。ドラゴンなんかへっちゃらだよ! な、ねえちゃん。ムラクモは、いいヤツなんだろ? ドラゴンの仲間じゃないんだよな!」

「あたりまえでしょ。あんたは信じてくれるのね」

「うん、オレ知ってるぜ! だって、ナガレ先生の旦那さんだって、ムラクモだもんな!」

 

 

 体の動きが止まる。

 まずい、してはいけない反応だったかもしれない。

 目だけを動かしてナガレ夫人を伺うと、彼女はまだ気にしているのかと微笑んだ。

 

 

「そんなに気に病まないで。私はこれから、子どもたちといっしょにいるわ。この子たちと一緒に、13班の帰りを待ってるから」

「……どうも。ナガレの忍び足、けっこう助けられてる。マモノに見つからなくて便利」

「ふふ、でしょう? いってらっしゃい」

 

 

 優しい笑みに送り出されて居住区を出る。

 数歩歩いて、なぜだか肩から力が抜けていることに気付いた。

 

 

「……?」

 

 

 指を動かして肩を揉んでみる。

 凝ってはいないし具合が悪いわけでもない。体調は万全なまま。

 この不思議な感覚は何だろう。まあいいか。次に行こう。

 

 

「次は医務室か」

 

 

 少年が折り鶴を渡したい相手はたぶん医務室にいる。そして次の依頼の主も医務室で待っているという。行く場所がばらけないのはありがたい。

 しかし二つ目の依頼。稽古をつけてほしいなんて変わっている。自分の手で倒したい相手でもいるのだろうか。

 

 

「いったいどんな……って、ちょっとこれ、依頼主」

 

 

 依頼主の署名欄には、バランスが崩れた字で「グチ」、丸字で「イノ」と書かれている。

 まさかと思いつつ小走りになり、医務室のドアを開けると、

 

 

「ぴんく~♪ ぴんく~♪ 清楚なピンク~♪ イノの黒パンとは大違いぃ~♪」

「グチってば、幼稚すぎてありえないんですけど! ちょーっと元気になった途端、ナースさんのスカートめくるとか……小学生かっつーの!」

 

 

 ちゃらちゃら騒ぐ金髪どもが目に入って、バタンと扉を閉じた。

 見間違いでなければ、SKYの男女である。異界化した渋谷を初めて探索した際、白昼堂々自分たちにカツアゲをしてきた組み合わせの。

 

 

「……」

「医務室に何か用かい?」

 

 

 声をかけられて横を向く。帝竜討伐のたびに世話になっている、医務区をまとめる男性医師が柔和な笑みを浮かべて立っていた。

 まあと答えて会釈する。扉の向こう側からは相変わらず騒ぐ声が聞こえ、彼は元気だねと不自然に口角を上げた。

 

 

「ところで、君たちはSKYの子と仲が良いんだろう?」

「別に、仲が良いわけじゃ」

「医務室は怪我人に休んでもらう場所だから、彼らに静かにするように言ってくれないか。そろそろ私もげ・ん・か・い・でね……」

「……わかった」

 

 

 柔和な笑顔で圧を増す医者に思わずうなずく。彼は君が言ってくれるなら大丈夫だろうとほっと息を吐いて仕事に戻っていった。

 もう一度、ガチャリと扉を開ける。

 病室はさっき見たのと同じ様子だった。奥のベッドに訝しげに自分を見るタケハヤがいて、その傍らに見舞いに来ているネコとダイゴがいて、手前の長椅子でやっぱりグチとイノが騒いでいた。

 

 

「……おい、稽古つけてほしいって医務室から依頼出した奴」

 

「お!? 俺ら俺ら! やっと来た……って、ああーーーッ!」

「アタシらに稽古つけてくれるヒトって……ひょっとして、アンタなの!?」

「嫌なら帰るわ。じゃあね」

 

 

 さっさと退場しようとする自分に「ちょい待ち、ちょい待ち!」とグチが縋る。

 

 

「おいイノ、謝れって!」

「ええっ、アタシ!? 最初に叫んだの、グチじゃん!」

「どっちでもいいけど、あんたたち今度は何企んでんのよ」

「ば、んなわけねーだろ! 企めるほど優秀だと思うな!」

「……それ、威張るとこ?」

 

 

 威勢よく言い切ったグチにイノがツッコむ。

 一悶着起こしそうな気配を感知したのか、寝ていたタケハヤがよっこらせと腰を上げた。

 

 

「おい、おまえら何して……」

「わーなんでもねぇ! なんでもねぇって!」

「タケハヤは寝てて! ね!」

 

 

 グチが慌ててタケハヤのベッドのカーテンを閉めて、イノが中にネコとダイゴを突っ込む。

 病室では静かにしろと医者からの言葉を伝えると、二人はうなずいて声のトーンを落とし、内緒話をするように顔を寄せてきた。

 

 

「えーっと……嫌とか、そーいうんじゃないんだよ? ほら、二回もボコられてるからさー。反射的に? 拒否反応? みたいな……」

「そりゃあんたたちが二回も喧嘩売ってきたからでしょうが。こっちは正当防衛よ」

 

 

 一度目は渋谷で自分たちをカツアゲしようとして、二度目はその逆恨みで躍りかかってきて、そのたびに二人を殴り飛ばした記憶がある。

 二回も同じ目に遭っていれば苦手意識もあるだろうが、自業自得じゃないだろうか。

 

 

「と、とにかく、付き合ってよ! アタシたちも、いろいろ考えてるんだから!」

「……ってわけだ。渋谷のときも、マジで役に立たなかったからな。ちょっとは気にしてんだよ!」

「アタシそもそもよく覚えてないわ……何してたっけ?」

「知らね……気付いたら都庁にいたからな……。おまえなんか知らね?」

 

 

 ぴりっ、と張感が走った。部屋の中でせっせと働いていたナースたちは患者に向けていた笑顔をほんの一瞬強張らせ、彼女たちに世話を焼かれていた別のSKYメンバーはうつむき、タケハヤたちがいる奥のベッドは完全に沈黙する。

 目の前の二人がこの空気に気付いていないのは幸いだ。バレないように深く息を吸った。

 

 渋谷で何があったか。正確に表すなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。大所帯だったメンバーが半数も命を落としたSKYにとって、その話は最大のタブーだ。

 

 帝竜討伐後、SKYの誰かが都庁で目覚めたとたんに暴れてさわぎになったことがある。表向きはスリーピーホロウの鱗粉の影響がわずかに残っていたためとされたが、それは他のSKYメンバーに……グチやイノのように記憶が欠如した者に向けてのカモフラージュだ。

 暴れた者の場合、記憶をきれいに保持していたことで二回目の発狂の引き金が引かれてしまった。そいつは何もかもを覚えていたのだ。帝竜が暴れたことも、その鱗粉で自身が狂ったことも、仲間を手にかけたことも。

 絶叫をほとばしらせて殺せ殺せと誰彼構わずつかみかかり、押さえこまれても殺してくれと嗚咽交じりにあえぐ。そんな仲間の姿を見て、タケハヤ、ネコ、ダイゴの三人は真っ先にシキに詰め寄った。渋谷での事情を知る者はこの件を口に出させるなと。

 実質そのときムラクモ機関の先頭にいるのは自分だけだったため、シキはその後も奔走することになった。まず、治療のために負傷の経緯を知る必要がある医務室メンバーへ、そして戦線維持のために戦況を把握しなければならない自衛隊へ。キリノとミナトが失意の底からなんとか立ち上がってからは二人にも説明し、あとはミロクとミイナにも。

 その後タケハヤたちを呼び出して改めて話し合いがされた後、ムラクモ・SKY・自衛隊・医療従事者の間で箝口令が敷かれた。先日の渋谷でのことは口にしない。必要な場合は事情を知る者に裏で相談をすること。記憶がない者、部外者に何かを尋ねられても答えないように、と。

 

 たとえ体が無事でも、精神が粉々になれば人間は死ぬ。ぬるい温度を宿しただけの、生きる意志を持たない肉になる。……SKYは今、そんな状態になりかねない不発弾をいくつも抱えこんでいる。

 

 どこで何がほころびになるかはわからない。シキはタケハヤたちとの約束通りにしらを切った。

 

 

「別に。知らない」

「ふーん?」

 

 

 不思議そうに首を傾げるグチだが、見ての通り単純思考だからか、すぐに興味をなくして頭の後ろで手を組んだ。

 

 

「まー、終わったこと言ってても仕方ねーし? これから、スーパーグチ様になるために手伝ってくれよな。稽古っつっても、とにかく戦ってくれりゃいい。ケンカは実戦がイチバンだからな!」

 

 

 なるほど、つまりまたぶっ飛ばせばいいわけか。それなら話は単純だ。

 なら外に移動しようと言うより早く、グチとイノが身構えた。病室の中で遠慮なく刃が抜刀され、火の玉が踊る。

 

 

「よっしゃぁっ! そんじゃ、さっそく……!」

「いきますかっ!」

「は? ちょっと待ってここ屋内──屋内だって言ってんでしょうが!」

 

 

 話を聞かずに飛びかかってくる二人に「いい加減にしろ!!」と拳骨をくらわせる。強くなりたいという決意むなしく、男女は前と同じく一発でうずくまってしまった。

 

 

「痛ってえぇ……!?」

「なに、これぇ……前より全っ然、強いじゃん……!」

「なんで息切れしてんのよ。あんたたち変わってなさすぎ。あと病室では暴れるな静かにしろ」

 

 

 というかSKYメンバー、異能力者にしてはあまりにも拍子抜けする者が多い。リーダー格のタケハヤたちは腕が立つのに。

 タケハヤ、ネコ、ダイゴはムラクモに作られた天才。ではグチたちは。差があると言っても格が違いすぎないか。

 それを尋ねると、彼らは意味がわからないというように首を傾げた。

 

 

「ハァっ? なんだよそれ? そんなの俺たちだって言われてみてぇよ!」

「アタシたちは、ただ……タケハヤに憧れて、ツルんでるだけのフツーな奴らだもん。そりゃ、そこらのヤツよか強いよ? でも、タケハヤたちに比べたら……」

「つまり一般人? なら、異能力者式の戦いよりも先に基礎的な運動から始めたほうがいいわよ」

「一般人……」

「ふ、ふざけんなっ! 俺たちはSKYだぞ!?」

 

 

 遥か昔にテレビで老人がかざしていた印籠のようにSKYの名が誇張されるが、お年寄りや子どもたちにはSKYではなく「スイカ」と呼び間違えられていることを彼らは知らないのだろうか。

 腕を振り回す姿を眺めつつふーんと適当にあいづちを打つうち、グチが拗ねた子どものようにフンッと鼻を鳴らした。

 

 

「……なら、一般人らしく、キャーとかワーとか言いながら、ぐーたらしてりゃいいんだろ。もういい、コレやる」

 

 

 ぽいっと報酬が投げ渡される。さっきまでのちょっと真剣な顔はどこへやら、彼は一気に怠惰な態度に戻って伸びをした。

 

 

「あーあ! 場所世話してもらってる分ちっとは何かしようと思って損したぜ。おいイノ、ポテチ! 俺、それ食って寝っから!」

 

「……へぇ、またシーツにポテチこぼす気だ?」

 

 

 不意にドアの向こうから滑り込んできた声に部屋の温度が下がる。

 すーっと静かにドアが開き、笑みを浮かべて近付いてきたのはナースのユキだった。ナースは見た、なんてタイトルがつきそうな登場である。

 こちらへ一歩踏み出すたび、怒りをはらんだ足音が自身の前触れを思わせるほど部屋に重く伝わる。逃げ道のない場所で教師にいたずらを見られた小学生のようにグチたちが硬直した。

 

 

「あっ、ヤベッ……!」

「君たち、病室でケンカなんてどーいうつもりかなぁ~?」

「あ、あはっ、これはケンカじゃなくて──」

「問答無用っ!!」

 

 

 部屋に入る前に医者が言っていたように、ナースたちも限界が来ていたらしい。医務室の寝具の汚れ、ナースたちへのスカートめくり、夜通しでのどんちゃん騒ぎと罪状が列挙され、ユキは一般人とは思えない剣幕と動きで容赦なくグチとイノを捕まえる。

 

 

「シキちゃん。あなたもこっちいらっしゃい」

「私被害者。ちゃんと外に出ようって言った。こいつらに襲われた。だから止めただけ。正当防衛」

「あらそうなの。じゃあ今回はお咎めなしね」

 

 

 ぎゃああと叫ぶ二人と笑顔でお仕置きを続けるユキに背を向け、医務室の奥に移動する。

 彼女は怒らせちゃいけないなと胸に刻みつつカーテンの内側に一時避難すると、一部始終覗いていたタケハヤたちが首を傾げた。

 

 

「……おまえら、いったい何してんだ?」

「……説明するのめんどくさい」

 

 

 それよりおつかいの続きだ。ダイゴを連れてベッドから離れる。

 大きな手のひらを開かせコピー用紙の折り鶴を乗せると、彼は何だと首を傾げた。

 

 

「それ、あんたに。マモノから助けてくれたお礼って言ってたわよ。パンチ、格好良かったって」

「俺に? ああ、あのときの子どもからか……」

「あと、クマさんみたいだったって」

「クマ、さん……? SKYはいつから動物園になったんだ?」

 

 

 その場に立ち尽くして数秒。無言だったダイゴは静かに息を吐いて笑った。

 しばらくの間伝言をしみじみと噛みしめ、彼はおもむろに自身の体を見下ろす。太い指が、浅黒い肌に刻まれた刺青をなぞった。

 

 

「不思議なもんだな。俺を見たヤツは、こぞって目を逸らしていたが──いや、そうなるように、俺自身が仕向けていたんだが」

「めんどくさいことすんのね。なんで?」

「俺は、タケハヤやネコほど、勇敢じゃないんでな。殴る前に、相手が逃げれば……噂だけで、仲間が守れれば……それでいいと思っていた。」

 

 

 ちらりと後ろを振り向く彼につられ、ベッドを見る。

 ユキにお仕置きを受けてべそをかいているグチとイノを眺め、タケハヤとネコが呆れたように笑っている。

 三人の中でもとりわけ屈強な体を持つダイゴは、しかし肝は自身が最も小さいのだと言った。第一印象からなんとなくわかってはいたが、この男は彼は内面が表に出にくいタイプらしい。

 

 

「さあ、無駄話もそろそろ終わりだ。子どもには俺からも礼を言っておこう。おまえにも……世話をかけたな」

「別に。世話したなんて思ってない」

 

 

 背を向けて医務室の出口に向かう。

 これからどこに行くんだと尋ねてくるダイゴに、口角を上げて振り返ってやった。

 

 

「ちょうどいい相手が見つかった。他に殴りがいのある奴もいないし、そいつを探しに行く。今もミヅチに一発食らわせてやりたいって思ってるなら、あんたたちもさっさと回復して訓練でもしておくことね」

 

 

 心なしか足取り軽く少女は医務室から出ていく。

 ドアが閉じてしばらくしたあと、自分たちを眺めていたタケハヤとネコにダイゴは笑いかけた。

 

 

「……あの笑い方、タケハヤに似ていたぞ」

「あー、アタシもそれ思った」

「おいおい、冗談だろ?」

 

「た、タケハヤ、助けて……」

「何なのマジ……もう無理ぃ……」

「はい、お菓子とジュースは没収! もう十分元気になったんだから、自分たちの居住区に戻りなさい!」

 

 

 ユキに締め上げられたグチとイノが床に倒れる。

 炭酸飲料とスナック菓子を取り上げられて追い出される二人を見て、タケハヤたちは声を上げて笑った。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「しつこい」

 

 

 飛びかかってきたマモノを裏拳で殴り飛ばす。

 山手線天球儀、中枢ポイント。線路から投げ出され地上に落ちていく敵影を見送り、シキはやれやれとため息をついた。

 

 

『シキ、タワードラグはまだ見つからないか?』

「まだね。帝竜はとっくのとうに倒したし、他のドラゴンも狩ったから、いれば目立つはずなんだけど」

『ドラゴン反応はちゃんとレーダーに写ってる。ただ、あちこち移動してるみたいで位置が定まらないな』

 

 

 適当に歩き回って周囲に目を凝らすが、ドラゴンらしき影は見られない。マサキが強靱なバネが云々と言っていたとおり、ターゲットはすさまじい跳躍力で天球儀を飛び回っているらしい。

 それからもう一つとミロクが言って、ドラゴンとは別のマークがマップに表示される。

 

 

『タワードラグとは別に生体反応ありだ。おまえもう一件依頼受けてたよな? その生存者かもしれない。ただ……』

「ただ?」

『レーダーの故障じゃないだろうな……この反応も、ときどき移動するんだ。タワードラグみたいにしょっちゅうじゃないけど、瞬時に別の場所に現れるっていうか』

「何それ、どういうこと?」

 

 

 意味不明の事態に苛立ちが募る。ミナトほど他人の命を尊んではいないが、そのあちこち飛び回る奴がどこかでマモノの餌食になるのは寝覚めが悪い。

 ミロクはキーボードを弾きながら「わかんないよ」と困惑気味に訴え、視界にレーダーの画面を映して拡大した。

 

 

『ほら、これ見てくれ。こっちがドラゴン反応。こっちが人間のほう』

 

 

 ドラゴンを示すのは赤紫の丸。それが斜め上に飛び、放物線を描いて別の場所に着地する。

 一方、車の初心者マークと似た生存者の印。こっちはしばらく動かなかったが、不意に消失したと思えば離れた場所にぱっと現れた。

 

 

「……これは」

『レーダーも他の機器も異常はないんだよ。だからこいつらはこのとおり移動してるんだと思う』

「タワードラグのほうは落ち着きがないって納得できるけど。人間のほうは瞬間移動でもしてるみたいじゃない」

 

『……瞬間移動?』

 

 

 ぽつりと呟いた感想を、ミロクが間を置いて復唱する。

 何か引っかかったのだろうか。通信機の向こうは静かになり、耳に入ってくるのは風の音だけ、

 

 

「……?」

 

 

 ではない。

 

 ォォォォォ、と、何かが空気を押しのける音が聞こえる。

 考え事から我に返ったミロクが慌てて声を出した。

 

 

『シキ! 上空からドラゴン反応! 落ちてくるぞ!』

「わかってる」

 

 

 どうやら向こうから来てくれたみたいだ。装備を確認して身構える。

 空を見上げると、白い雲の中に小さな影が浮いていた。ゴマ粒のようだったそれは少しずつ、やがてペースを上げて大きくなり、ゴシャンッと離れた場所に着地する。

 

 

『こいつか!』

「白いタワードラグ……マサキが言ってたとおりね。」

 

 

 池袋攻略作戦のときに戦ったタワードラグは全て体が緑色だった。目の前に落ちてきた個体は、ショウリョウバッタのようなフォルムと頭に生える角は同じだが、体が白い。ぴょんぴょん跳ねるのも変わらないが、その高さが半端じゃない。あれだけの高度から落ちたにも関わらず、線路は少しへこんだ程度で破壊されていない。四本の長い脚を折り曲げ、ぎりぎりまで衝撃を殺したのだ。

 なるほど。これはマサキが言ったとおり、何かが収穫できる気がする。

 

 

《タリナイ……タカサ、タリナイ……》

 

「え、喋った」

『普通のドラゴンじゃないな。研究員は……「タワードラくん」って名付けたみたいだけど……』

「ネーミングセンス」

 

《ライバル、タリナイ……トナリノホシ、マデ、キョウソウ……》

 

 

 人語を解するのか、タワードラグ……改め、タワードラくんは、片言の鳴き声を発した。

 きょろきょろと首を回す姿が寂しそうで妙な感想が浮かびかけるが、これから討伐するのだからと頭を振って余計な念を払う。

 

 

「ん、ん゙んっ」

 

《……ハッ!?》

 

 

 大きく咳払いすると、案の定タワードラくんはこっちを振り返る。黄色い両眼が自分を捉えてきらりと光った。

 

 

《トビソウナヤツ、ミツケター!!》

 

『来るぞ! ミナトのサポートなしでいけるか?』

「何を今更。今回は一人でやんなきゃ意味ないでしょ」

 

 

 一対一とはいえ、こんなところで負けるようじゃ最後の帝竜も人竜ミヅチも倒せない。

 喜々として跳躍し落ちてくるタワードラくんに、シキは迎撃の構えをとった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 サイキックの奥義獲得のためにマサキが提示した条件は、地に足つかないふわふわした内容だった。

 

 

『サイキックの奥義を習得するには、なにか深い謂れを持った媒体が必要なんダ』

『謂れ? 訳あり物件みたいなものですか?』

『あはは、いや、別にオカルト的な迷信ではなくてネ……きちんと理由があるんだが、今は省略しよう。……とは言ったものの、その媒体については心当たりがない状態でネ』

『えっ、じゃあどうすれば……』

『物には縁があるというし、君くらいの資質あるサイキックが探せば巡り合えるかもしれない。掘り出し物といえば……ほら、民間のフリーマーケットなんてどうだい?』

『そんなアバウトでいいんですか!?』

 

 

「真剣なんだか適当なんだか……本当に奥義を修得してほしいって思ってるのかなぁ」

 

 

 マサキののんきな解説を思い出すとため息が止まらない。しかし他に宛もないので言われたとおりにしてみよう。都庁の中を探し回れば何か手がかりが見つかる可能性はある。

 媒体探しを兼ねて外に出ずに済ませられる依頼をこなそうとチェロンから仕事を引き受けた。フリーマーケットがある居住区より先に、会議室フロアに向かう。

 

 

「あ、いた。アリアケさん、こんにちは!」

「やあ、シバくん。こんにちは」

 

 

 黒いスーツを着てメガネをかけたロマンスグレーを見つける。

 人当たりの良さが漂うアリアケ議員は温厚で、政治家の中でも唯一親しみやすい相手だった。声をかけて会釈すると、彼も穏やかなあいさつを返してくれる。

 

 

「君から声をかけてくれるなんてめずしいね。何か用かい?」

「クエストオフィスで依頼を受けてきました。この……お届け物の依頼、アリアケさんが寄せられたものですよね?」

「おや、君が私の依頼を? ……参ったな。そんな大事ではないのだよ」

 

 

 アリアケ議員は「なんだったかな、ほら」と記憶を辿るように目を閉じて呟く。しばらくして彼の口から出てきたのはSKYだった。

 

 

「SKY? 彼らがどうかしたんですか。あ、まさかトラブルでも」

「いや、SKYという青年らも、君たちのようにドラゴン相手にがんばっているんだろう? それで、彼らに差し入れを……と考えたんだがね」

 

 

 あらまと驚いて口に手を当てる。SKYが都庁に来てそれなりに時間が経ったが、今まで彼ら近付こうとする者はほとんどいなかったからだ。

 不良でしかも異能力者の集団。普通の人間からすれば、ムラクモでさえ得体が知れないというのに、そこに同じ組織(治安の悪さ割増し)が増えたようなものである。

 ただ、今のSKYは人に迷惑をかけることなく、たま~に仕事も手伝ってくれる。決して唾棄されるべき悪ではないという事実が伝わっているようで、こうして声援を送ってくれる人が現れるのはうれしいことだ。

 

 

「立場的に直接訪ねるのもどうかと思って、こうして代理を募ったわけさ。渡したいのはこれだ。ほら、13班がやることではないだろう?」

 

 

 手触りが柔らかい、上品な柄のふろしき包みを手渡される。受け取った瞬間わずかに甘い香りがした。大きいがそんなに重い荷物でもないし、中身はお菓子か何かだろうか。

 

 

「実に申し訳ないね……。だが、せっかく受けてくれたんだ。そのままお願いしてもいいだろうか?」

「はい、もちろんです」

「SKY居住区にいる、適当な子に渡してくれればいいから。頼んだよ」

「わかりました。それじゃあ、行ってきますね」

 

 

 もう一度会釈をしてエレベーターに向かう。人や物にぶつからないよう慎重に都庁内を移動し、無事SKY居住区の前まで来ることができた。

 このフロアの改修はミヤたち建築班に頼んだからきちんと整備されてはいるだろうが、入るのは初めてだ。そう思ったらとたんに汗がにじみ出てきた。

 帝竜討伐をともに成し遂げたことで敵対心は削げたが、不良が苦手なのは変わらない。彼らもムラクモの自分には完全に気を許しているかもわからないし。

 だがここで尻込みしていても依頼は達成できない。荷物を適当な誰かに渡せばいいだけだし、さっさと終わらせてしまおう。

 

 

「失礼しまーす……」

 

 

 お届け物でーすと宅配業者のノリで踏み込む。

 大人数のためか広めに作られた居住区だ。誰かがCDをかけているのか、ギターがかき鳴らされるロックが流れている。

 バスケットゴールにスケボーのジャンプ台、どうやって搬入したのか車まである。どのフロアとも一風変わった遊技場のような雰囲気にわぁと声が出た。

 

 

「あれ? あいつ、ムラクモの」

「何か持ってる」

 

 

 扉を開く音が思いの外大きく響いて、楽しそうに騒いでいたSKYメンバーが目を丸くしてこっちを見る。

 とりあえず誰でもいいからこれを受け取ってほしいと土産を差し出すと、彼らはなにやらひそひそと話し合い、青年が一人、ずんずんと近付いてきた。たしか名前はアキラと言ったか。

 

 

「お、おぅ……ムラクモ13班……」

「こんにちは。……えっと、荷物届けに来ただけで、喧嘩をするつもりはないんですけど」

 

 

「ちげえよ!」と否定されるが、アキラは眉間にしわを寄せて自分をにらみつけてくる。

 数秒沈黙が続き、首を傾げると、彼はぼそぼそと喋りだした。

 

 

「てめぇ、その、なんだ……俺たちのために、わざわざ資材集めてこのフロア、改修してくれたんだってな……」

「え? ああ、まあ、はい」

「それで、よぉ……お礼しなきゃっつう話になってよぉ……俺がじゃんけんで負けちまったわけで、その……」

「お礼? ……まさかお礼参りとかそういう意味じゃ」

「ちげえよ!!」

 

 

 アキラは徐々に顔を赤くして、怒りなのか羞恥なのか、はたまたトイレを我慢しているのか、よくわからない表情をこっちに向けた。

 

 

「パ、」

 

「ぱ?」

 

 

 パアンッ!

 

 ……と、乾いた音がSKY居住区に響き渡った。

 ほんの少しの煙が噴出し、色とりどりの紙吹雪がひらひらと舞い落ちる。

 呆ける自分に向けてクラッカーを破裂させたアキラは、手を叩いて上擦った声を出した。

 

 

「パンパカパン! パンパカパパパン! パパカパ~ンパ~ン!! あ、ありがとう! 13班!」

 

「……」

「……」

 

「……あ、どうも……」

「反応!!!」

 

 

 アキラは中身が空になったクラッカーをスパァンと床に叩きつける。顔が今にも噴火しそうなくらい真っ赤だった。

 

 

「くっそぉぉぉぉ! タオの奴が、ファンファーレつけねぇとチキンだとか言うからぁぁぁ!!」

「ぶふっ、だははは! アキラの奴、マジでやりやがった!」

「しかも超滑ってるし! ウケるー!」

「ひー、腹痛てー!」

 

 

 遠巻きに自分たちを見ていたSKYメンバーたちが腹を抱えて笑い出す。アキラは「うっせー!!」と怒鳴り、どこで手に入れたのか、戦闘に役立ちそうなアクセサリーを突き出してきた。

 

 

「そいつは、ベストオブ攻撃的SKYに贈られる、エーヨあるメダルだ! 持ってけバカヤローッ!」

「……ふっ、」

「な、なんだよ、もう渡すもん渡したんだから、構うなよ……」

「いや、これからは仲良くやっていけそうだなと思って」

 

 

 時間差で息を吐き出して笑うと、ますます恥ずかしくなったのかアキラは部屋の奥に引っ込んでしまう。

 それで結局何をしに来たのかと尋ねる彼らに、本題の荷物を差し出した。

 近くにいたメンバーに包みを渡すと、興味を持ったものがなになにと横から結び目を引く。はらりと解けた風呂敷の上には、キャベツのようなフォルムの生菓子が丁寧に重ねられていた。

 

 

「……シュークリームじゃん! ちょーど甘い物食べたかったんだよね~!」

「おい! おまえ一人で食うんじゃねーよ! みんなで分けるもんだろ!」

「わかってるって! ……あれ、何かカードが入ってる。『健闘を讃えて、日本国政府より』……ってマジで!?」

「そう、アリアケさんっていう議員さんからの差し入れです」

 

 

 送り主を告げるとSKYメンバーはわっと盛り上がる。具体的な人物までは想像がいかないようだが、とりあえず偉い人からの贈りものというのは伝わったらしい。彼らはこぞってシュークリームに手を伸ばす。

 争奪戦が始まり騒がしくなったところで、ふらりとネコが帰ってきた。

 

 

「たっだいま~! ……って、ナニやってんの?」

「差し入れだってさ。しかも、政府のお偉いさんから」

「へぇ~、気が利いてんじゃん!」

 

 

 シノからシュークリームを受け取り、ネコは笑顔でかぶりつく。

 幸せそうに口を動かす彼女と目が合う。軽くあいさつをして手を振ると、驚いたように目を泳がせて一気にシュークリームを頬張った。やっぱり彼女との距離感はまだぎこちない。

 しばらくのおやつタイムに一同そろって舌鼓を打ち、一足早くシュークリームを平らげたネコが満足そうにふぅっと息を吐く。

 

 

「よし、このネコちゃんがSKYを代表してお礼をしないとねん♪」

「あっ、ネコ!?」

「大丈夫かな~、あいつ一人で……」

「……とか言いながらムシャムシャ食うな! みんなで分けるって言ったのあんたでしょ!」

 

 

 誰かが声をかけるも止まらず、ネコはフードのネコ耳を揺らして居住区から出ていってしまった。既に二個目をかじる男をマキと呼ばれた女性が引っ叩き、彼女はこっちに向けて手を合わせてくる。

 

 

「あのさ……暇ならネコの様子、見てきてくれない? ネコってあんな調子だし……セージカ相手にケンカでもしたら、ヤバいじゃん?」

「ケンカはしないと思うけど……そうだね、見てきます」

 

 

 SKYメンバーに手を振って居住区から出る。来たときとは逆に道を戻ってエレベーター経由で会議室フロアに入ると、変わらずアリアケ議員は廊下の隅にいて、彼にネコが向かい合っていた。

 廊下を進む中、「そんなこんなで、ありがとーねっ♪」とネコがいつもの調子で礼を言う。

 対するアリアケ議員はその場に立ち尽くし、目を丸くしたまま口を半開きにしてネコを見つめていた。

 

 

「ちょっとちょっと、オジサン? どこ見て固まってんの?」

 

 

 異様に突き刺さる視線を不自然に思ったのか、ネコが体を隠すように身構える。

 けれどアリアケ議員はまだ呆然としていて、

 

 

「と、智子……!?」

 

 

 と、誰かの名前を口にした。

 

 

「まさか、そんなはずは……き、君、名前は!?」

「はひっ!? ね、ネコ……だけど……」

「そうじゃない、本名だ!」

 

 

 鬼気迫る表情で訊かれ、ネコは困惑しながら本名を名乗る。

 

 

「ね、寧子……」

「ああ、なんてことだ……!」

 

 

 遠目に見守っていたが流れが怪しくきたので、慌てて二人のもとに駆け寄る。ネコは自分がついてきていたことに一瞬驚いたが、助けを求めるような目でこっちを見てきた。

 

 

「あの、アリアケさん。ネコがどうかしました? ……えっと、どうしたの?」

「わかんないよ! このオジサンが、トツゼン勝手に……」

「……ケンカはしてないよね?」

「にゃっ! 違うもん!」

 

「もう……15年ほど前になるのか……妻がまだ生きていた頃だ……」

 

 

 唐突にアリアケ議員が口を開く。

 なにがなんだかわからずにネコと首を傾げ、とりあえず彼の話を聞こうと居住まいを正した。

 

 

「当時、私は駆け出しの政治家でね……若さに任せ、危ない端を渡っていたのさ……。その結果が、まだ三歳だった娘の、誘拐事件だった」

 

 

 メガネのレンズの奥でネコの目が見開かれる。パーカーに覆われた華奢な肩がぴくりと跳ねた。

 

 

「最善は尽くしたさ……しかし、娘は戻ってこなかった……妻の智子は、ショックで病気がちになり、若くして息を引き取った……」

 

 

 智子。さっきも出てきた名前。ネコを見て智子と言ったのは、彼女がその故人の妻に似ているから、といった事情からか。

 次に吐かれたアリアケ議員の言葉はそんな想像を軽く超え、頭にたらいが落ちてきたような衝撃に見舞われた。

 

 

「……その娘の名が、寧子なんだ」

 

「──え」

 

 

 ネコと声が重なる。

 

 

「ねいこ、って……」

 

 

 もう一度、え、と言って隣にいる彼女を見つめる。

 SKYは身寄りのない者が集まったグループ。少なくともタケハヤ、ネコ、ダイゴの三人は孤児だった、と聞いている。そしてムラクモに引き取られて実験体とされていたとも。

 ただ、孤児になった経緯までは聞いていなかった。孤児=両親を亡くしたというイメージがあったけれど、そうか、親が生きている可能性は否定しきれない。

 いや待て。それでも、アリアケ議員が本当にネコの生みの親だと示せる根拠はどこにも──

 

 

「違うよ、きっと名前が同じだけ! だって、あたしは……研究所に売られた子──」

「それなら、その名前はどこで知ったんだ? 引き取られたときに着ていた、赤い服の裏側……そうだろう!?」

 

 

 瞳がこぼれそうになるほど目が見開かれ、ネコの動きが完全に止まる。

 そんな、そんなと困惑を廊下の床にこぼし、やがて彼女は両手で握り拳を作った。

 

 

「あ、あたしは……SKYのネコだもんっ!!」

「ちょ、ネコ!」

 

 

 フードが翻り、茶色のくせっ毛が振り乱れて遠ざかっていく。

 走り去っていくネコの背中を見つめ、アリアケ議員がのろのろと頭を振った。

 

 

「ああ……これは夢か……? 寧子が生きていただなんて……。間違えるはずがない……まるで、智子の生き写しだ……!」

「あ、アリアケさん」

「……すまない。しばらく、一人にさせてくれ。報酬は渡そう」

 

 

 心ここに在らずといった状態でお礼の品を渡される。

 どうしていいかわからないが、たぶん、今できることは何もない。

 

 

(……親子……父親、か)

 

 

 家族の問題なんて、軽々しく首を突っ込んでいいものじゃない。

 何も言わずに頭を下げてこの場を去る。

 

 

「智子……私は、どうすれば……」

 

 

 アリアケ議員の切実な呟きは、聞こえない振りをした。

 

 

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