2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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6章最後の話です。前回に続きサブクエ・NPC・奥義回になります。
シキの貴重なデレ(?)シーンは必見。



32.あの子たちの大事な話

 

 

「っー……」

 

 

 終わった、と線路の上に転がって息を吐く。

 傍らに転がるタワードラくんは、全身くまなくタコ殴りにしたにも関わらず笑っているように見える。風が吹いたかと思うと、それに乗るようにして白い巨体は跡形もなく消失してしまった。

 

 

「消えた……Dzはなし?」

『やっぱりそこらのドラゴンと違うな。何だったんだ? シキ、怪我は大丈夫か』

「まあ、動けないほどじゃない。でも少し休憩」

 

 

 一対一だから苦戦する可能性も視野に入れていたが、思ったよりも手こずった。このダンジョンは足場に注意して戦わなければいけないし、かといって相手から注意を逸らせば攻撃をくらいかねない。そんな状況で空高くジャンプしてからの毒液を吐き出す流れはかなり厄介だった。

 尾にも毒針を持っているし、動きが鈍れば大きな顎で噛みついてくるし、体の頑健さに自信があるデストロイヤーでもかなりきつい。

 ポワゾルを飲んで毒は中和されつつあるが、まだ体がだるい。周囲への警戒はミロクに任せ、しばらく寝ころんだままでいた。

 

 

『ところで、これって奥義開発のための戦闘だったんだろ? 何かつかめたのか』

「……、……今頭の中で整理してる」

 

 

 奥義なんて、Dzのようにドラゴンを倒せば回収できるものじゃない。そんな簡単に思いついたら苦労しない。結局は使い手の技量が伴ってくる。

 ただ、あの跳躍や脚の力が自分の型に当てはめられそうという予感は得られた。これから経験を積んで研鑽すればおそらく……。

 

 

『……! シキ、あの生体反応が移動してきた! 依頼の人物かもしれないぞ』

「やっぱりぱっと消えてぱっと現れたの?」

『ああ。付近のエリアにいる。動けるなら確認しにいこう』

「了解」

 

 

 少し脱力していたら楽になった。ゆっくり起き上がってセーラー服の汚れを払い落とし、弛緩した筋肉は体操をして引き締める。

 捻じ曲がった線路を走って移動する。ここも他と同じでぽつりぽつりとマモノの影が見えた。

 

 

「生体反応はまだある?」

『ああ。ここの奥のほうに……おい、シキ。前方に、人間と……マモノの反応だ!』

 

 

 ミロクの指示と同時に視界に小さく生存者を示すマークが浮かび上がる。

 少し離れた場所には確かに二足歩行の人間がいて、そこに一匹のマモノが接近しているのが見えた。

 

 

「来るな……! 来るな、来るな来るな!」

 

 

 満身創痍の人間の男性が後退る。タワードラくんのように人語を解するわけもなく、マモノは得物である体の一部を男性に向けた。

 男性が頭を抱えて絶叫する。

 次の瞬間、眩く光ったと思いきや、彼は空に吸い込まれるようにして姿を消してしまった。目の前で見ていたというのに実感が伴わずにしきりにまぶたを上下させる。

 

 

「消え、た……?」

『そいつ、もしかして──』

 

 

 ミロクが何か言いかけた瞬間、マモノがこっちを向く。

 

 

『気付かれた! とりあえず、マモノを片付けないと……!』

「一匹だけだし簡単ね。さっさと片付けて追いかける!」

 

 

 先の戦いで疲労が溜まってはいるが、ドラゴンに比べればマモノなんてかわいいものだ。奥義の練習も兼ね、蟹の姿をしたマモノを叩き潰して走り出す。

 

 

「感触がいまいちね。もう少し磨き上げて……」

『なあ』

「ん?」

『……さっきの男、見覚えがある』

「知り合いなの? ムラクモの外に見知った奴がいるなんて以外ね」

 

 

「知り合いというか、まあ」とミロクは言葉尻を濁した。カタカタとキーボードの音がして、視界に画像が表示される。

 履歴書のように書かれたとある人間のプロフィール。右上にはついさっき見た男性とよく似たバストアップの写真があった。

 

 

『2013年のハイジャック事件に際し、ガトウやナガレと共に、ムラクモに召集された男……名前は、ヒムロ』

「ヒムロ……どっかで聞いたような名前ね。ていうか七年前?」

 

 

 既に物心ついている歳だった頃だ。ムラクモは人の流動がそこそこ盛んな組織だから知らない誰かが視界に入るのはいつものことだった。そのなかでもガトウとナガレは馴染みのある相手で、いつかどこかで、あと一人が並んでいたような光景があった、気が、する。

 ぼんやりと昔の記憶を探っている中、通信機の向こうでミイナが「ヒムロ、ですか?」と会話に加わってきた。

 

 

『たぶん、ほんの少しですけど、シキも彼とは顔を合わせたことがあると思います』

『ああ。超感覚に秀でたサイキックの中でも、特にレアな……テレポート能力の使い手だ』

「テレポート……?」

 

 

 瞬間移動能力。一歩も動かずに場所から場所へと一瞬で移動する能力。超能力の中でも一際特異な力。

 ミナトのように複数の属性攻撃や治癒を使えるサイキックも貴重だが、テレポートなんてそれこそこの世の法則や科学を超越した力、一握りいるかどうかと言えるくらいだ。

 

 

「ていうかあいつどこ行ったのよ。瞬間移動で逃げられたら行き先もわからないじゃない」

『大丈夫、彼はまだ池袋から離れていません。残っているデータによると、テレポートも体力を使うみたいです』

『反応パターンは記録してある。今、高度四百メートル付近だ!』

「抜け目ないわね」

 

 

 捕まえられるかわからないが、依頼として彼の捜索を受けた身だ。ぽいっと投げ出すわけにもいかない。上を目指して線路を駆け上がっていく。

 足を踏み外さないようにダンジョンを進むうち、青白い光がちかりと視界で瞬いた。なるべく足音を立てないように接近していく。

 やがて視界に入ってきた男、ヒムロは線路に膝をつき、汗を流して喘いでいた。

 

 

「はぁ……はぁ……飛びすぎた……」

 

「ちょっと」

 

 

 なるべくなんでもない風を装って声をかける。

 しかしヒムロはびくりと肩を震わせ、自分を見上げて一層顔を歪めた。

 

 

「このタイミングで、ムラクモか……クソッ……どれだけツイてないんだよ!」

『……おまえ、ヒムロだろ? こんなところで何してるんだよ』

 

 

 赤い腕章に憎々しげに眉をひそめる青年に、ミロクが声をかける。

 青年は顔を上げ、自分の顔と、耳にはまる通信機をじっと見た。そして一人納得するように頷く。

 

 

「おまえは、その声は……あのときのチビっ子たちか……。ははっ……そうか、まだ機関に飼われ続けてるんだな。何の疑問も持たず、かわいそうに……」

「は?」

 

 

 なんだこいつ。いきなり人をペット扱いして哀れむなんて。

 しかしそう言うということは、ムラクモの黒い部分を知っているということ。こいつも被害者だったか、被害に遭う前に逃げ出したのかもしれない。

 またテレポートされてしまうのではと危惧したが、さっきミロクが言ったように彼はかなり消耗している。とりあえずこのまま話を聞くか。

 

 

「なんでそんなにビビってるわけ? まさか、ムラクモからも逃げてんの?」

「ああ、そうだ! 目をつけられたらたまらないからな! ……意味がわからないって顔するなよ。おまえら、なんでドラゴンなんて訳のわからない相手に戦えるてんだ……」

 

 

 なるほど、そういうことか。

 サイキックということもあって、出会ったばかりのミナトを見ているような気分になった。ドラゴンと戦うなんてわけがわからない、怖いと怯え、少しでも自分を守ろうと薄いシーツ一枚で体を覆っていた姿は……あまり積極的に思い出したいものじゃない。

 ただこいつらの違いは、ミナトは戦うと決めて、この男は逃げると決めたこと。

 別に責めるつもりはない。自分が迷いなく戦うことを選択するように、逃げることを選択する奴もいるというだけだから。

 

 ただ、

 

 

「あのガトウさんでさえ、殺されたんだろ! そんなの相手に……正気とは思えない! ハイジャック犯とは違う……戦えと命じる機関も、それに応じるおまえも、どっかイカレてるよ!」

「あ?」

 

 

 この一言で思わず声が低くなった。

 

 

「イカレ呼ばわりされる筋合いないんだけど? 戦わないと死ぬ。それで戦うことの何がおかしいって?」

「わかってる! そんなことは、わかってる! でも、その戦う誰かは自分じゃない……普通は、そう思うはずだろ!? 納得できちまうおまえたちがオカシイんだ!」

「だから異常者扱いすんのやめろっつってんでしょ。前線に出てる奴は戦うことに納得してやってんのよ」

「それがオカシイって言ってんだ! 普通は頼まれたって戦わないぞ。そんな進んで死ににいくようなことっ!」

 

 

 行かない程度なら個人の自由だしどうぞどうぞと流すことができる。しかし実際に前線に出て命を張ってる人間を侮辱するなら話は別だ。

 あちこちに、電磁砲による焦げ跡がついたこのダンジョンにいると嫌でも思い出す。捨て石になることを知って、それでも恐怖と戦い踏み出して死んでいった人間たちを。

 内心で彼らをバカだと思う奴は他にもいるだろう。安全圏にいることが一番だと動こうとしない奴もいるだろう。だが心にとどめるのと口に出すのとでは違う。こいつはわざわざあいつらの決意をなじる言葉を口にした。もう半分敵だ。

 

 

「誰がいつ望んで死にに行きますなんて言った? いい加減わめくのやめろ腰抜け」

「……ああ、そうさ」

 

 

 腰抜けを強調して言ってやっても、ヒムロのあざけるような笑いは止まらない。

 

 

「やっとの思いで都庁にたどり着いたとき……ムラクモが仕切ってるのを見て驚いたよ。機関は俺のことを知っている。見つかれば戦場に送られるかもしれない。そんなのはまっぴらごめんだ! だから逃げ出した! ああ、逃げ出したんだよ! 今思えば正解だったよ。少し前にどこからか響いた声、おまえは聞いたか? なんせムラクモ総長だった女が人類を滅ぼすなんて宣言したんだぞ。これでも逃げないおまえたちがおかしくなくてなんなんだ!」

「ああ、あんたも聞いてたのか。ならあの女ぶん殴らなきゃいけないってわかるでしょ。あんたが何言おうが関係ない。私たちは戦って──」

「昔、ガトウさんもそう言ってたよ!」

 

 

 男のかすれた声がむなしく空気を叩いた。

 湿り気を帯びた風が吹いて、残響をどこかに運んでいく。

 地上四百メートル、途切れた線路の端にひざまずき、ヒムロはゆるゆると頭を振って顔を上げる。神は死んだとでも言いたげな表情だった。

 

 

「ビビってるなら、戦うな。おまえはおまえのできることだけ、考えてろ。おまえの分まで、俺がやる……」

 

 

 ああ、昔自分もそんなことを言われた気がする。

 

 訓練でいつもとは違うマモノと戦い、爪と牙から麻痺毒をもらって、思ったように動けなくなってしまったときのこと。

 悔しさや怒りの裏から恐怖が這いずり出てきそうで、体が武者震い以外の意味で震えそうになったとき。ガトウが前に立ちはだかって似たようなことを言ったのだ。

 自分が戦う者から庇護される存在に成り下がったのだと気付いて無性に悔しくなって、根性で立ち上がった記憶がある。なんとかマモノを倒したとき、初めてあいつは「よくやったな」と褒めてきて、髪をぐしゃぐしゃにされたんだっけ。

 

 ……なぜ胸が圧迫されるんだろう。昔のことを思い出しただけなのに。

 

 

「だけど、俺が都庁に着いたときはどうなってた? みんな死んだような顔して、いったい誰を運び込んでた!? 誰でもない、ぼろぼろになったあの人だっただろうが!」

 

 

 やめろ。

 

 

「結局、ガトウさんだって」

 

 

 それ以上言うな。

 

 

「死んじまったじゃ──」

 

 

『馬鹿ヒムロっ!!!』

 

 

 ギインッというノイズと共に、ミロクとミイナの声が大音量で木霊した。

 

 通信機から迸った叫びが右から左へ頭を突き抜けて視界が眩む。慌てて耳から通信機を抜くと、その向こうから呆けるヒムロに向けて、ナビたちがわんわんと怒鳴り始めた。

 

 

『それ以上、13班とガトウの気持ちを踏みにじったら許さないからな! 今の言葉、都庁中に放送されたいんならもういっぺん言ってみろ!!』

『そもそも、なんで勝手に選ばれるつもりになってるの!? 機関はあなたを知ってる。長所も、短所も、能力が生きるところも! その結果、あなたの出番じゃないと判断したから、今年の選抜試験にあなたは呼ばれなかったの!』

『13班も自衛隊もSKYも、それ以外のみんなのことも! 何を思って戦ってるか、おまえ知ってるのかよ!?』

『ぼろぼろになって、たくさん苦しんで、それでもがんばって前に進む人を近くで見たこともないくせに!』

『馬鹿ヒムロ!』

『弱虫ヒムロ!』

『ずーっと隠れてていいから、戦ってる奴らをオカシイって言うな!!/言わないで!!』

 

 

 冷静さをかなぐり捨てた高い声が二つ、交互に空に響く。ナビ二人は華奢な体に似合わない声量で、バンバンと何かを叩きながらヒムロを怒鳴り続けた。

 空気を伝って衝突してくる怒りに、頬をはたかれたようにヒムロは呆ける。

 双子からの罵倒が止んで、荒げた息遣いだけが流れるようになった頃、彼ぽつりと口を動かした。

 

 

「……なんだよ、ずいぶん言うようになったんだな。……そこまで言うなら、俺はおまえらを信じて都庁に戻るぞ」

「なに、どういう風の吹き回し?」

「うるさい。その結果、戦場に突き出されるようなことがあれば……」

『そんなこと頼まれたってしてやるか! 調子に乗んなバーカ!』

『シキ、ヒムロを連れて帰還してください! この際首根っこでも足でもつかんで引きずっても大丈夫です!』

「ちょっと、本当に連れて帰るの?」

 

 

 正直関わりたくないと告げると、ナビは自分たちだってそうだと同意した。

 しかし依頼は依頼。後で逃げ出されてもいいから、一度都庁に連れてこないと意味がない。

 それもそうだなと思いながら、脱出キットを準備する。

 

 

「……あ、そうそう」

 

 

 観測班が座標を固定してくれるのを待つ間、線路の上に座り込んだままのヒムロを振り返る。

 

 

「私からも、あんたに言っておくことがあるんだけど」

「……なんだよ。また罵倒か」

「それもある」

 

 

 けれど、それ以上にこいつに叩きつけておきたい事実がある。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ネコとアリアケ議員のことが頭から離れない。

 生き別れた親子の再会を目の前で見てしまった身としては、なんとかできないかと思うが、解決できるのは当人たちだけだ。身内でない自分が無理に動いても余計にこんがらがる可能性が高い。

 だからさっきの出来事は頭の隅に仕舞って、本来の目的の達成を目指して動くことにした。

 

 というわけで今、ミナトは居住区のフリーマーケットに来ている。

 掘り出し物と言えば避難してきた一般人が開くフリーマーケットで見つかることがある。以前興味本位で覗いてみたら、ファクトリーに置いてある物よりも優れた武器があったりした。それをはじめ警察にお咎めをくらわなかったんですかとツッコみたくなるようなアイテムが並ぶ様はさながら闇市だ。

 

 

(なんだかんだいって、お世話になってるからなー……)

 

 

 ドラゴンに生存圏から追われて逃げてきたとはいえ、人々はたくましい。薄幸そうな少女はメディスやマナ水を調達し、イタズラ小僧はどこから拾ってきたのか実戦で役に立ちそうなアクセサリーを出品していた。

 また別の女の子は「家族が勇み立ってドラゴンに戦いを挑んでどこかに行ったから、戻ってくる前に売りさばいてやる」と言って次々と武器を出してきたときはさすがに驚いた(ちなみにその中にあったクロウにはお世話になった)。

 

 世界って広いんだなあと、思考を放棄したのを覚えている。

 

 

(念入りに探せば、本当にそういう掘り出し物も出てくるかも……)

 

「ちょっとアンタ!」

 

「え?」

 

 

 鋭い声が飛んできて足を止める。買い物を通して顔なじみになった、意地悪そうな女性が自分を手招きしていた。

 まーた押しつけまがいで何か売るつもりかと警戒しつつ寄っていく。彼女は自分の表情を見て若干拗ねた雰囲気になりながらも、ゴソゴソと品物を取り出した。

 

 

「この像を買わないかい?」

「像? ……うぇっ」

 

 

 思わず変な声がでる。それほどシュールで名状しがたい不気味な置物が目の前に出され、辺りの空気が淀んだような気さえした。

 

 

「譲ってもらったはいいが、なんだか気味が悪くてねぇ……貰い手がつきやしない! ということで、今なら10Azで譲ってやるよ。どうだい?」

「なんで売ろうと思ったんですか……というかなんで譲り受けたんですか?」

「聞かないどくれ、欲が出ちまったんだよ」

 

 

 そうですかと応えて沈黙が落ちる。

 なんだろう、この像。時間をかけて味わうスルメのように、見れば見るほど怪しさが滲み出てくる。

 語彙力を奪う力でもあるのだろうか。摩訶不思議なフォルムを眺めていると、頭の中はうわぁというフレーズしか浮かんでこなくなってきた。

 

 

「ちょっと、今回は、遠慮したいかなー、なんて……」

「ま、そうだろうねぇ……どうせ貰い手はつかないだろうし、気が向いたらいつでも譲るよ。10Azで」

「そんなに安値なんて必死ですね」

「言わないどくれ。少しでも稼ぎたいんだよ」

 

 

 物の取引に使われる通貨が日本円から資材のAzに変わり、最初はムラクモだけだったが、都庁全体に広がっていった。

 Azはドラゴンからしか確保できないDzとは違い、凡庸で扱いやすい資材ではある。マモノからも取れるため、戦える自分たちは自然とAzが貯まっていた。

 10Azは駄賃程度。大して、というかまったく儲けにならないと思うが。

 

 

(でも、)

 

 

 再びなぜだろうと思う。

 この変な像、目が離せない。

 自分の趣味にはかすりもしないし、これを気に入って手もとに置く人間がいるとは思えない。

 なのに、なのに。謎の吸引力が視線を釘付けにする。してしまう。

 

 

(ま、まさか、これが、謂れのある掘り出し物?)

 

 

 そんなまさか。こんな、傍に置いているだけで友だちをなくしそうな、玄関に置いたら客が入ってきた瞬間に回れ右をしそうな、人種の壁を超えてあらゆる人にドン引かれそうな、犬とか猫に威嚇されまくりそうな邪神みたいな像が、まさか。

 でも、さっきまで注意深く各居住区のフリーマーケットを探し回ってみたけれど、こんなに強烈なオーラを放つアイテムはなかった。

 

 いやでもまさかそんないやいやいやいやありえないああなんでなぜだなぜなんだ手が手が手がぁぁぁぁぁ。

 

 

「え、あんたまさか」

「……」

「……本当に買うつもりかい?」

「……」

「むぅ……いざ買うって言われると、怪しいねぇ……これはもしかして、相当価値のある骨董品なんじゃないかい? アタシになにも教えずに、買い叩こうって寸法なんじゃ……」

 

 

 いえまだ何も言ってないです。

 

 

「よぉし、値段変更だ。2000Azで譲ろうじゃないか」

「えええ!?」

 

 

 値がいきなり200倍に跳ね上がってやっと声が出た。「なんだい! 思い切りが悪いねぇ……」と怒られる。

 

 

「値段はもう戻さないよ! 譲ってほしいなら、きっちり2000Az持ってきな」

「えええ……」

 

 

 そんな卑怯な。2000Azって、武器でも防具でもないのに。

 購買意欲が一気に失せる。でも、目が離せないのはいつまで経っても同じで。

 

 

(物は……試し……? スピリチュアルな感じがあるし、視点を変えればサイキックに通じる何かがあるような気も……気、も……。……、…………寄付!! 寄付をすると思って!!!)

 

「……買います」

「やっぱりね。これは相当の品ってわけかい。危うく大損するとこだったよ。さて、資材を出しな」

「はぁ……」

 

 

 自分は何をしているんだろう。

 

 

「こんなもん買うなんて、あんたも物好きだね」

 

 

 おまえが言うなオブザイヤーである。

 漆黒の邪神像を手に入れた! ……とせめて盛り上げるために頭の中で実況してみても、何かが起きるわけもなく。

 本日何度目かのため息が漏れた。

 

 

「……ほんと、何してるんだろ。情緒おかしくなってるのかな……」

 

 

 というか、シキはどうしているんだろう。一人で池袋に向かってからけっこう経っているが大丈夫なのだろうか。連絡を取ってみようと通信機のスイッチを入れた。

 コツ、コツ、コツ、と指先でつつきながらつながるのを待つ。

 すると、

 

 

『──馬鹿ヒムロっ!』

 

「わ……!? え、ちょっとミロク、ミイナ?」

 

『それ以上、13班とガトウの気持ちを踏みにじったら……許さないからな!』

 

「……?」

 

 

 ミロクとミイナの怒声が響く。ナビそっちのけで声を荒げるなんて、いったい何に向かって怒っているんだろう。

 わからないけれど、普段冷静な彼らがこんなにむきになるなんて。

 

 口を閉じて耳を澄ませる。言葉の端々から整理すると、二人はヒムロという人物に説教をしているようだった。息が続く限り怒鳴り続け、ぜえぜえとかすれた呼吸をするまま、シキに彼を連れて帰るようにと指示を出す。

 バトンを受けたシキの「そうそう」と何かを思い出したような声音が届く。

 

 

『私からも、あんたに言っておくことがあるんだけど』

『……なんだよ。また罵倒か』

『それもある。……自惚れてるみたいだから教えてあげる。あんたがサイキックで、それも超貴重なテレポートが扱えるとしても』

 

(テレポート? ていうかサイキック!?)

 

 

 シキが向き合っている人物は自分と同じサイキックなのか。しかもテレポートって、あのテレポート?

 驚きと興味で指が通信機を耳にねじ込み、意識が鼓膜に集中する。個人的にはテレポートについてもう少し突っ込んでほしい──

 

 

『安心して。戦闘での出番なんて一生来ないから』

『どういうことだ? 全部おまえ一人で片付けるって?』

『違う。私たち二人よ』

 

『今、私の隣にはあんたなんかよりも格上のサイキックがいるから』

 

 

「ぇ」

 

 

『サイキック?』

『そう。複数の属性が扱えて、治癒に特殊な技も使える。あんたが仕事したっていうハイジャック事件だって余裕で対応できるでしょうね。もうすぐ奥義も修得するけどまだ成長途中だし。ムラクモで育った私が見てきたサイキックの中でも頭三つ分は抜けてるわ』

 

 

 待って、と漏れた声はかすかすになって届いていない。

 

 

『ドラゴンが来た日、私はそいつに助けられたの。そうじゃなかったら死んでたし、帝竜への反撃にもつながってない』

『あんたの出番はこれっぽっちもない。私と私のパートナーで十分。とっくのとうにお払い箱なの。さっさと察してくれない?』

『わかったら、余計なこと言わないで大人しく震えてればいいわ。ミロクとミイナが言うとおり、……これ以上、私とミナトと、他の奴らの戦いを否定したら、ドラゴンの口に放り込んでやるから』

 

 

 そこから後は耳に入ってこない。

 

 いてもたってもいられず、エントランスへ駆けだした。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ヒムロを引きずって都庁に帰還する。

 エントランスに入ったところで、彼は手を振り払った。

 

 

「……ここでいい」

「あっそ」

「……後で、気が向いたらムラクモ本部に顔を出してやるよ。戦うのはゴメンだが……チビに、馬鹿とか弱虫って言われたままなのも、情けないからな」

 

 

 間髪入れずに通信機の向こうでミロクとミイナがふんっと鼻を鳴らした。

 

 

『一番活躍するのはオレの13班だ。おまえの出番なんてあるわけないだろ』

『あなたは、あちこち飛んで雑用でもしてください。……それなら、危なくないでしょう』

 

「シキちゃーん!」

「あ、ミナト──どあっ!」

 

 

 聞き慣れた声がエントランスに響く。続いてドダダダダッという雄牛のような足音も。

 振り向いた瞬間、目をかっ開いた女性が両腕を広げてロケットダイブしてきた。思い切り衝突してぐるぐるぐるとその場で回転する。人の視線が集まるのも気にせず、彼女は自分を抱きしめて頭をなでてきた。

 

 

「シキちゃーん! おかえり、おかえり、おかえりー!」

「ちょ、なに、なによ。なによそのテンション?」

 

「……そいつがおまえの言ってたサイキックか?」

「あ、はい! 初めまして、志波 湊と言います!」

 

 

 ミナトはスキップするようにヒムロに寄り、その手をつかんで上下に振る。

 

 

「ヒムロさんですよね。同じサイキックの方で、しかもテレポートができるんですよね。お会いできて光栄です! よろしくお願いします!」

「あ、お、おう……」

 

 

 一方的に固い握手を交わして満足したのか、ミナトは軽やかに身を引いてまたこっちに抱きついてきた。

 

 

「テレポートだって、すごいねぇ! ど○でもドアいらずだよ、ぎりぎりまで寝ても遅刻せずに学校行けるよ? 命綱なしのバンジーとかスカイダイビングだって余裕だよ、すごいねえ!」

「……」

「わかったでしょ。あんたの力が必要とされるのはそういうときだけ。実力もないのに前線に出られるとか思わないことね」

 

 

 池袋で自分の説明を聞いて、ヒムロはミナトのことをどんな人物だと想像していたのだろう。まあ口を半開きにして呆然としているのを見る限り、イメージがぶち壊されたのは間違いない。

 こんなにきゃぴきゃぴしていて、テレポートの使い道で真っ先に遅刻防止とかバンジーを思いつく奴なんて……。

 

 

 ……ちょっと待て。

 

 

「ねえ。……ちょっとミナト」

「うん? なーに?」

「あんた、なんでこいつのこと知ってる? 私紹介してないわよね」

「うん! されてない!」

「じゃあなんで」

 

 

 嫌な予感がする。

 ミナトは無言でにっこにこーと笑って、自分の顔を覗き込んでくる。依然高速でなでられ続けている頭が摩擦で熱くなってきた。

 

 

「えへ、えへへへへ」

「何よ気持ち悪い」

「シキちゃんはさ、ヒムロさんに私のこと紹介してくれたんだよね」

「は? 紹介なんてし……し、」

 

 

 あ。

 

 

「あんた……まさか……通信……」

「聞いてないよ? 格上とか、ハイジャック事件だって余裕で対応できるとか、今まで見てきたサイキックの中でも頭三つ分は抜けてるなんて、私聞いてないよー」

 

 

 首から上が一気に発熱する。

 離れるよりも先にミナトが腕を回して密着してきた。まるで母親が子どもにするように胸の中に抱き込まれ、今度は全身をめちゃくちゃになでくり回される。

 

 

「あーっっっ真っ赤になっちゃってもーかーわいー!!」

「な、ば、バカ、放せ……! 放せって!」

「無理しばらくこのまま!」

「やめろ離せ……あ゛あ゛あ゛頬ずりするなああー!!」

 

「……」

 

 

 相変わらずぼけっと突っ立っているヒムロに助けを求めるが、彼は肩をすくめて背を向ける。

 

 

「愛されてるな、おまえは。それじゃ俺は行くぞ。依頼を出してくれたありがたメーワクなお姉ちゃんにも、よろしくな」

「いやちょ、助けろ! こういうときこそテレポート……」

 

 

 こっちを少しだけ振り向いたヒムロは、にやりと笑って目の前でテレポートしてしまった。

 チェロンにミヤ、ファクトリーの開発班がなんだなんだと見つめてくる中、ミナトはまだ自分を放そうとしない。

 

 

「ヘイ! そこのヒーロー二人、仲良しじゃん?」

「どうしたシキ、今日はやけに仲睦まじいが」

「なんだ、騒々しい」

「おーい、おまえらなにしてんだー?」

「ま、まさかそういうことですか!? 13班様ってば、いつの間にそんなに進展して……」

 

「違う! 助けろって言ってんでしょ!?」

「んふふ、あっそうだ、司令室にも行こう! ミロクもミイナも一緒にね!」

『え、え? おい、こっち来るのか?』

『ミナト、様子がおかしいです、落ち着いてください!』

「無理ー! 今日はもう無理ー!」

「放せえええっ!!」

 

 

 テンションのおかしいミナトに抱きしめられたまま、エレベーターに引きずり込まれる。

 数分後、宣言通り司令室に突入し、ミロクとミイナも彼女の腕に閉じこめられてぎゃーっと叫んだ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「……あ、そうだ、忘れてた!」

「何がよ! ああもう、離せって!」

「ああ待って、シキちゃんも一緒に……」

「奥義習得のための訓練! 邪魔すんな!」

 

 

 三人の少年少女を腕に閉じこめて数分後、シキが力ずくで自分を引っぺがし、司令室を飛び出していってしまう。

 ちょっと構いすぎたかなと反省しつつ、ミナトは追いかけずに部屋に残った。

 

 

「ミナト、おまえも訓練行かなくていいのか? ていうかそろそろ夕飯の時間だろ」

「うん、まあ。ちょっと大事な話」

 

 

 人竜ミヅチの件でいっぱいいっぱいで忘れていたけど、大事なことはまだある。

 最後の帝竜にはなるべくすっきりした頭で挑みたい。気になることやもやもやは今のうちに解消しておいた方がいいだろう。そのために身近な人とは腹を割って話がしたかった。

 

 ずれたヘッドセットとくしゃくしゃになった髪を整える二人に向き合い、クエストオフィスで引っこ抜いてきた依頼の用紙をぺらりと見せる。

 

 

「これ、二人からの依頼でしょ」

「うぇっ!? もしかして、おまえが受けちゃったのか!」

「だってこれ、たぶんムラクモ関連の内容だよね? 依頼ってその気になれば一般の人も受けられるけど……ムラクモの情報って外に漏らすのはダメなんじゃなかった?」

 

 

 地下シェルターでムラクモに入ることを決意したときだ。書類や筆記用具は揃っていなかったけど、命を懸けるわけだし、事実上の就職になるから、ナツメとキリノにちゃんと話を聞いて規約に同意した。

 そのうちの一つが、ムラクモの情報は漏洩厳禁だということ。

 

 ムラクモ機関は日本政府お抱えの特殊な組織。というか、政府が形成されるよりも遙か昔から存在・暗躍していた。千年ほどの歴史があると言われたときはてっきり冗談かと思っていたが、誰も冗談めかして言っていなかったのでもしかしなくても事実なのだろう。

 これだけ活動歴が長いにも関わらず、都市伝説としてごく一部の人間に噂される程度で済んでいたのは、機関が情報管理を徹底していたから。

 ドラゴン襲来なんて有事が起きたためついに表舞台に出ることになったが、その姿勢は変わらない。多少怪しまれようが、自分たち異能力者を含めムラクモ関連の情報はがっちがちに保護していくらしい。らしいが。

 

 

「もしこれを他の人が受けたらどうするつもりだったの?」

「ちぇ、チェロンにはちゃんと『ムラクモ機関の人員限定で』って伝えておきましたよ!」

「まあ、その時点でもしかしたらって予想はしてたけどさ……ホント、物好きだよな」

 

 

 ナビ二人は顔を見合わせ、ほんの少し黙ってからミロクが話を切りだした。

 

 

「渋谷での話、覚えてるか?」

「うーん、SKYのこと?」

「いや、オレが言いたいのは……オレたちの、」

「……知ってる。寿命の話だよね」

「……そうだ。大人になるまで生きられないとか……突然言われても、困るよな」

 

 

 スリーピーホロウ討伐直後、シキに送り出されて一人道を駆ける途中で通信機から聞こえた会話。タケハヤたちと同じように、ナビも作られた天才で、寿命が短いという話。

 そのこともあって、都庁に帰ってアオイが亡くなったと知ったときは完全に心が折れていた。

 今はなんとか動けているけど、ミロクとミイナもいなくなってしまうかと思うと、正直気が気じゃない。

 

 

「黙ってて悪かった。でも、嘘じゃないんだよ」

「隠したかったわけじゃないんです。言っても、仕方ないから……」

「おまえ、お人好しだし……変に気遣われたら、任務に支障が出るだろ。だから……」

「うん、わかってる。この依頼はそれ関連の内容なんだね?」

 

 

 責められてしまうとでも思っていたんだろうか、二人はこっちが話を促すとほっと胸をなで下ろして頷いた。

 

 

「……依頼したいのはさ、人工的な天才の、寿命についての調査だ。研究データを洗えば、SKYの奴らを延命させることができるかもしれないだろ」

「ちょっと待って。SKYの人もそうだけどミロクたちは?」

「い、いや、そっちも気にしてるから! で、そのデータなんだけど、実は、もう目星はつけてある」

「総長と一緒に、私たちを作り上げた人──通称『ハカセ』って言うんですけど……。本人はもういないけれど、彼の専用サーバーに、何か情報が残ってるかもしれません」

「ただ、ちょっと特殊なサーバーだから……特定のPCからしか、アクセスできないんだよ」

 

 

 ミロクとミイナは困ったように司令室を見回す。特定のということは、この部屋の中の一台だけということだろうか。

 と思っていたら違うらしい。

 

 

「機関のPCは、全部運び込んでるから、都庁の……ムラクモ関連のフロアにあるのは、間違いないんだ」

「ムラクモ関連? ……ここと、隣のマサキさんたちのところと、研究室と、会議室?」

「そう。おまえにはPCを総当りして、それと思しきものを探してほしい」

「そうあたり……」

 

 

 ここ司令室だけでもたくさんPCがあるのに、同じように機材で溢れる部屋が二つ。

 ぷっしゅーと早くも頭がショートし始める。

 

 

「ぱ、パソコン一台で何分、いや何十分、いや下手したら数時間……。それ × 十数台 × 四部屋……?」

「ちょ、ミナト!? ミイナ、水とチョコ!」

「ミナト、しっかりしてください!」

 

 

 水と貴重な糖分を提供してもらって我に返る。

 作業開始前から挫折しそうな自分の背を、ミロクとミイナは小さな手で優しくさすってくれた。

 

 

「なあ、大丈夫か? 嫌なら無理にしなくてもいいからな。昨日地下帝竜を討伐したばっかで、今日ももう夜だし……」

「そうです。最後の帝竜への挑戦は間近ですよ。早めに休まないと」

「ダメ、やる。……でも、サーバーを探すってPCのどこをいじればいいの」

「え、そこから?」

「機械はあまり得意じゃないんだもん……!」

 

 

 ナビたちの顔が大丈夫かこいつという表情に変わる。実際にサーバーへのアクセス方法の手解きを受けるなかで何度か大丈夫か心配されたが根性で大丈夫と押し切った。

 自分だって果てしなく不安だけど、一度受けた依頼を放り出すなんて嫌だ。ミロクとミイナは台場攻略の準備で手一杯なのだから、自分がやらなければ。

 それにこの作業には人命が関わっている。相手がドラゴンじゃないだけマシなんだから、絶対にやり遂げたい。

 操作の手順を頭に刻み込み、自分の頬を叩いて立ち上がる。

 

 

「余計な手間かけて、悪いな。よろしく頼む」

「ご迷惑をおかけして、すみません。よろしくお願いします」

「余計な手間とか迷惑とか言わないの! 待ってて、まずはこの部屋から調べる。ハマチさん、失礼します!」

 

 

 司令室勤務でミロクとミイナのサポートに回っているスタッフの席をぶんどる。

 ナビみたいに手際よくはいかないが、集中すれば必ずたどり着けるはず。

 

 

(ほんの少しでも希望のある未来を!)

 

 

 ドラゴンを全て倒すことだけが目標じゃない。全て倒して、その先の未来でみんなと笑って生きるのが目標だ。

 外からの情報を遮断するためイヤホンを耳に突っ込み、スマホの音楽プレイヤーを起動した。

 

 

 そして数時間後。

 

 

「失礼します……」

 

「おや、こんな時間にお客……ひっ!」

 

 

 ゾンビのように這って研究室に入ったら研究員たちに短い悲鳴を上げられた。

 首を回すとゴキボキビキリと骨が音を立て、彼らは一層眉を引きつらせる。

 

 

「シバくん? もうすぐ日付が変わるよ、寝なくていいのかい? ていうかその顔……」

「パソコンお借りします」

「え、あ、ちょっと?」

 

 

 数時間ブルーライトを浴び続けて精気が削がれたが、ナビや研究員たちからすればこんなの序の口だろう。未だそれらしいサーバーが見つからないとはいえ、音を上げるわけにはいかない。

 まずは研究室の左端。主にマッドな研究員が使っている、ディスプレイが三台繋がっているPCに手を伸ばす。

 なんだなんだと視線が集まる中、すっかり指に馴染んだ動きを繰り返す。

 キーボードを叩いてマウスを弾いて、叩いて弾いて叩いて弾いて。

 十時にはベッドに潜って六時から七時に起きるというリズムを刻んでいたため、脳が睡眠を訴えてくる。

 

 空っぽの腹が切なく鳴るのと同時にもう一度クリックしたとき、初めて見る文字列が表示された。

 

 

『HAKASE』。

 

 

「──見つけた」

 

 

 イヤホンを外して通信機のスイッチを入れる。並行してサーバー名をクリックすると、小さなウィンドウが点滅して現れた。

 

 

[現在、このサーバーには、閲覧制限がかけられています。パスワードを入力してください]

 

「ああもう……! ミロク、ミイナ、遅くにごめん!」

『大丈夫、まだ起きてる! ハカセのサーバーにアクセスできたのか!?』

「できたよ! ローマ字でハカセってあるからたぶんこれ! でもパスワードが……」

『……パスワード? ハカセが設定しそうな言葉か……「NA」でどうだ?』

「NA?」

 

 

 たった二文字。そんなものパスワードと呼べるのか。

 しかし試しに入力してみると、PCは素直に反応した。

 

 

[パスワード認証……クリア。サーバーに接続します]

 

 

『おっ、どうにかなったな』

「……こんなに苦労して見つけたのに、パスワードが、なんか、セキュリティ面大丈夫……?」

『ハカセは変わり者だからさ、あえて自分の名前を使ってるんじゃないかって。ナっていうのは、ハカセの苗字で、確か漢字だと那――』

『あっ、データが来そうです! こちらからでは確認できないので、しっかり見ててください!』

 

 

 ミイナの言葉に慌ててディスプレイを注視する。

 ナビたちは確認できないと言うので、通信を繋いだまま、浮かび上がった文章を読み上げることにした。

 

 

「えっと……」

 

 

《やあ、元気かい? ボクのかわいいNAVシリーズたち》

 

《これを開いた……ということは、寿命で悩んでいるとか、そんなところだろ? うん、実にいいことだ。キミが、生きたいと思える何かを発見したってことだからね》

 

 

 文字の調子から、他の研究員同様、個性的な人物であることが伝わってくる。

 通信機の向こうで自分の言葉を聞くミロクたちが「ハカセだ」と呟いた。

 

 

《結論から言うと、キミたちを》

 

 

 80とか90まで生かすことはできない。

 

 ただし、その演算能力を捨てれば、寿命が今の倍にはなるだろう。

 

 

『……ミナト?』

 

 

 言葉をなくした自分にミロクたちが呼びかける。

 反応できないままメッセージを目で追う自分に、司令室で待っているナビに、「さて、どうする?」とハカセは問う。

 

 

《方法だけ書いておくから、判断は任せるよ。決して楽な方法じゃないけどね。あとキミたちとは別に、あの女の子……シキだっけ?》

 

「え」

 

 

 シキ、というのはシキのことだろうか。他でもない、自分のパートナーの。

 たぶんそうだ。でもなんでここで彼女が出てくる。

 

 画面上のハカセは話を続ける。

 

 

《シキのことも気になって調べてみたけど、身体的特徴が現れていないことからして、あの実験としては失敗してるみたいだ。異能力が目覚めるとしても高確率で両親の遺伝だろうから、シキの体は普通の人間と同じだと思う。そもそもちゃんとした人間の母体から産まれてるしね。彼女に関しては寿命の心配はいらないだろう》

 

(何、これ)

 

 

 どういうことだ。シキもナビの、NAVシリーズの試験管ベビーだった?

 いや、ハカセは「キミたちとは別に」と前置きして、異能力の話をしている。シキは普通の母体から産まれた……おそらく世間一般のお産でと書かれているし。

 

 

(あの子の体は誰よりも丈夫で健康だし、ミロクたちとはたぶん別。出生にムラクモ機関が関わってるとしても、NAVシリーズ……では、ない)

 

 

 なら、タケハヤが言っていた後天的に異能力を植え付ける人体実験のことか?

 違う。ハカセはシキの異能力は高確率で両親の遺伝と言っている。先天的な異能力者ということで、寿命の心配はないとも。

 

 

(ナツメさんはシキちゃんを、ガトウさんと同じように貴重な戦力として扱っていた。それは前線に出せるくらい戦闘能力とか生存能力が高くて、異能力者として問題はないってこと)

 

 

 彼女はミロクたちとも、タケハヤたちとも違う。なら「身体的特徴」に「失敗」って何だ。「あの実験」って何だ。

 そもそも、ナツメはこれに関わっているのか。ムラクモ総長だった彼女は何か知ってても不思議じゃない。

 

 そこまで思考を巡らせたところで、ディスプレイから文字が消えかかっていることに気付き、慌てて画面をスクロールする。

 最後の数行はなんとか読みとることができた。

 

 

《……ああそれと。この方法は、ナツメさんが研究してるような、「後天的な天才」には使えないからね》

《それじゃ、キミの人生が、残り何年であれ、幸せであることを願うよ──》

 

 

 メッセージが消え、何かのデータが残される。

 

 

『ミナト、おい、ミナト?』

『大丈夫ですか? 何かあったんですか?』

「……ごめん、今からそっち戻る」

 

 

 ずっと名前を呼び続けてくれていたミロクとミイナに応え、研究員たちに頭を下げて部屋を後にする。

 司令室の扉を開けると、眠そうに眼をしばたたかせて二人が出迎えてくれた。

 

 

「……どうだった?」

 

 

 ハカセのメッセージをそのまま述べる。

 双子は緊張していた眉を下げて肩を落とした。

 

 

「……そうでしたか……」

「なら、今はどうこうする必要ないな」

 

「へ、なんで?」

 

 

 すっかり気力を失ったかすれ声が漏れる。

 

 

「せ、せっかく調べたのに、どうして? SKYの人たちはダメだったけど、二人は延命できるのに」

「オレが今、演算能力を捨てたら、誰が13班のナビをやるんだよ?」

「そうです。視覚支援に情報分析、観測班をはじめ各班との連携。これだけのサポートは誰がするんですか?」

 

 

 そりゃそうだ。この二人にしかナビはできない。

 でも、だって、寿命が。なのになんで。

 

 

「おまえたちが体張ってドラゴンと戦ってるんだから」

「私たちだって、こんなところで止まっていられないです」

 

 

 なんでこの二人は、こんなに小さくてぼろぼろの体で。

 

 

「……なに言ってんのぉ……?」

 

 

 眼が熱くなる。

 ぼろっと涙がこぼれて、ナビが目を見張った。

 

 

「大人になるまで生きられないって、二十歳まで生きるのは難しいってことでしょ? ならあと数年しかないじゃん……! ただでさえ短命なのに演算能力捨てたって今の倍……三十か、どれだけ長くたって四十くらいでしょ? それでも少なすぎるのに何言ってんの? そんなのやだ。やだやだやだ私二人に死んでほしくない!」

「い、いや、そんなすぐに死ぬわけじゃ……おおおい落ち着けよ、泣くなよ!」

「ハンカチ、ハンカチは……!」

「知ってる人も知らない人もみんなばたばた死んでもう、もう無理なのに、よくわかんないことだらけで頭こんがらがるし、これ以上誰か死んだら私泣くよ! いい歳してとか言われても泣くから!」

 

 

 遠慮せずにわーんと声を上げる。

 ナビ二人はお手上げといった様子で固まってしまい、ミロクがなにやら指示を出して、ミイナが誰かと通信を始めた。

 

 

「ミナト、ミナト。聞いてくれよ。泣きながらでいいから。帝竜はあと一体。人竜ミヅチの攻略もすぐそこだ。オレはこんなところでナビをやめたくない」

「でも、寿命……」

「悪いけど、ミイナにも他の奴にも譲る気はないからな! 13班のナビはオレなんだ。だからさ、今はいいよ。この戦いを、おまえたちと最後まで一緒に戦いたいんだ!」

「……いっしょに?」

「それに、ハカセが残してた楽な方法じゃないっていう言葉も、気になるし……。……だ、だからさ! そろそろ任務に戻ろうぜ、な!」

 

「任務じゃなくて睡眠ね」

 

 

 シキがバタンと扉を開けて入ってくる。キャミソールにショートパンツとかなりの薄着姿だった。寝間着というより肌着だろうか。上にブランケットを羽織ってなければいろいろと危なかった。

 

 

「いきなり呼び出したかと思えば……なにこれ、どういう状況?」

「オレたちの寿命の件でさ……」

 

 

 ミロクから説明を聞いて、シキはああなるほどと納得し、びえーっと泣いてミロクにしがみついていた自分を引き離す。もう寝る時間だと言われ、抵抗したら俵担ぎされた。

 

 

「近所迷惑。もう日付変わってるわよ。最後の帝竜討伐控えてるんだから生活習慣乱すんじゃない」

「やだぁぁまだ話し終わってないもんんん」

「うっさい」

「び」

 

 

 でこぴん、拳骨、手刀をそれぞれ額、つむじ、襟足にくらう。

 眠気と疲れもあって、あっさりと意識が刈り取られた。

 

 シキの肩の上で伸びるミナトを見て、ミロクとミイナは顔を見合わせる。

 

 

「気まずくなることぐらいは想像できたけど……まさか泣くとは思わなかった」

「こんな話とは無縁の一般人だったんだから、衝撃がでかすぎるんでしょ。誰かが死ぬっていうのがトラウマにでもなってんじゃない」

「どうしよう、無理させちゃいました……最後のほうパニックになってましたし」

 

 

 責任を感じる二人の頭にぼふぼふと手を乗せ、一晩眠ればなんとかなるだろうとシキは適当に流した。

 

 

「こいつは仕事はちゃんとやるから大丈夫。だからナビとサポートは頼んだわよ」

「ああ。あ、これ、依頼の報酬。ミナトと一緒に使ってくれ。……それじゃあ」

「おやすみなさい、13班」

「おやすみ」

 

 

 双子に送り出されてシキは自室に戻る。

 やや乱暴にベッドに放り込まれてもミナトは目を開けず、相変わらず頬を濡らしていた。自分が池袋から戻ってきたときはへらへらしていたくせに、数時間後には子どもみたいに泣いたりと忙しい奴だ。

 さあ、いつまでも呆れていないで自分も眠らなければ。

 

 

「……ちゃん」

 

「?」

 

 

 名前を呼ばれた気がして振り向く。

 ミナトがベッドの上で身じろぎながら、夢うつつに自分の名前を呟いていた。

 

 

「……シキちゃん、……だい、じょう……ぶ……?」

 

「……何が」

 

 

 寝言だから予想していたけど、返事はない。ため息をついてベッドに寝転がる。

 

 最後の帝竜討伐作戦は目前。そしてそれを越えた先に、人竜ミヅチが待っている。

 ミヅチも倒して、全てが終わったら……そうだ、未だ一人も見つかっていないミナトの身内を一緒に探してやろう。そのために彼女はべそをかいて戦ってきたのだから。

 

 パートナーがまた自分の名前を呼ぶのを聞きながら、シキは目を閉じた。

 

 





こんなふうに情報出しておいてあれですが、今回書いたシキについてのあれこれは2020-ii絡みの設定になるので、この作品内で詳細を出す予定はありません。
かといってiiの方書くのかと言われれば……。大した内容ではないので流してもらって大丈夫で((殴

iiも書きたいな、とは思ってます。
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