2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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CHAPTER7掲載開始ってびゃーーー平均調整の評価がついてるーーー!!!??
ありがとうございます、評価すっごいすっごい嬉しいです!! スクショしてニヤニヤ眺めます! これからもよろしくお願いします!



CHAPTER 7 静かなる海  The Zero-Blue
33.氷海映すは虚ろの眼


 

 

 

 いつも通りの朝だった。東から日が昇り、夜のとばりが払われ、眠りから目が覚める。

 完全に空が白む前に寝台から出て蛇口をひねった。手を濡らして顔を拭えば、膜のようにはりついていた眠気が水にさらわれ流れていく。

 覚醒したミイナは湿ったまつげを震わせ息を吐く。片割れのミロクよりも少し早く朝食を食べ、司令室の自分の席に座った。

 

 やることはいつもと同じ。ただ今回の仕事を終えれば、世界に迫る「滅び」の二文字に待ったをかけることになる。

 

 深く呼吸をして酸素を指先までいきわたらせる。

 他の人員が起床し、13班が都庁を出発するまでの時間は、時計の針音を聞いているうちに過ぎてしまった。

 

 

「ついに、最後の帝竜……」

 

 

 視線を床に落として呟かれた言葉を、耳ざとく向こうにいるシキが聞き取った。

 

 

『なに、不安?』

「あ、いえ……ウォークライ討伐作戦を思い出したんです。あのときのナビは、間違ってなかった……でも、未熟だったと思います。少し恥ずかしい、かも……」

 

 

 必要な情報を提供し、次にすべきことを伝え、通信を入れては切る。13年の人生で呼吸よろしく体に染みついた役割だ。

 正確ではあった。けれど世界の命運がかかった状況で糸の上を渡るような作戦が続き、数か月経った今、振り返ってみると、もう少しできることがあったのではと考える。

 逆サ都庁の攻略……結成したての13班が初の任務をこなしてからあっという間だった。一年もまたいでいないけれど懐かしい気分だ。あっという間だったような、途方もなく長かったような。

 

 チェアに体重を預けるミイナにあてられたのか、ミロクはヘッドセットを調整しながら片手の指を全て、もう片方の手を二本折った。

 

 

「そうか、これで七回目か……ふぅん……」

『あんたまでなによ』

「いーや、なんでもない。大人が『いろいろあって』って言う気持ちがちょっとわかった気がするだけだ」

『そのフレーズは便利だからね。使いどころ多いんだよ。……あっ、台場に着くよ、ナビよろしく!』

 

 

 ミナトの視覚に繋げたモニターが、薄青に染まった土地を映し出す。

 

 

「……よし」

 

 

 これで七回目。今回自分が13班を導くのは、氷に閉じ込められた異界。

 いくぞ、と自身に語りかける。

 ミロクは背もたれに預けていた背筋を伸ばし、深呼吸してキーボードに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 台場、拾参号氷海、氷山入口。

 

 東京湾がまるまる氷漬けと聞いて、まず想像したのは大きなスケートリンクだった。

 世界のたった一部、海の隅といえど、人間にとって広大なことに変わりはない。台場の地に立ったら、水平線の彼方までスケートリンクみたいに見えるのだろうかと景色を思い浮かべていた。

 

 が、実際そんなに穏やかなもんじゃない。

 

 

「……」

「……」

 

 

 現在地は、都庁に勝るとも劣らない高い氷の断崖の上。台場に来たらまず目に入るだろう観覧車よりも高い位置にいる。

 そこから全てを一望した瞬間、スケートリンクのイメージが荒れ狂う氷河期に塗り替えられた。

 

 

『おい……13班……なんだここ……見てるだけで寒そうだぞ……!』

「寒そうっていうか、ほんとに寒い」

「……う、動けない……」

 

 

 寒いとか冷たいを通り越して痛い。開発班が用意してくれた防寒性特化の防具を着ていても、肌の感覚が麻痺していく。

 自分が今感じているものは寒さなのだろうか。いや、それ以前に感覚は正常に機能しているのだろうか。風が吹くたび体から生命を維持する機能のスイッチが落ちかけるような気さえする。

 このままでは脳や血液がシャーベットになってしまうんじゃないだろうか。極寒に加え、恐怖で震えが大きくなった。

 

 

『帝竜の反応は氷山の中だ、どこかに氷山の入り口は見当たらないか? まずはその入り口を探そう』

「氷山って言ってもね。どこもかしこも似たような氷だらけよ」

 

 

 氷河期を再現したような台場と東京湾には平坦な場所があまりない。山岳地帯と勘違いしてしまうほど、切り立つ氷の波がそこら中にあるからだ。

 ビルも軽く飲み込みそうな荒ぶる波の群れ。帝竜が飛来したときに起きたと考えて間違いない。そしてその大津波すらも凍る絶対零度。

 国分寺とは真逆の環境。しかし唯一共通しているのは、普通の生き物はすぐに死に絶えるということ。

 

 世界中の時計の針が止められてしまったみたいだ。コンクリートの無機質さとは違う、全てを否定し、停滞させる極寒の世界。

 こんな状態がいったいいつからと考えただけで心臓が縮む。意識が遠のく気さえした。

 

 

「さ、寒い……眠くなってきた……」

「は、ちょっとバカ、ここで寝るな! 死ぬわよ!」

「でもこれ、まともに動ける気がしない。指先の感覚がなくなってきた。カイロだってすぐ冷めちゃう」

「そこは炎で……、……そうよ。あんた、国分寺ではゼロ℃ボディで暑さ軽減してたわよね?」

「え? ああ……ああ、そっか!」

 

 

 クロウを装着した指先を振る。マナに導かれて熱が生まれ、音もなく自分たちの体を包み込んだ。

 ゼロ℃ボディとは反対の炎熱の鎧、ヒートボディ。体に吹きつける冷気が軽減され、固まっていた筋肉がほぐれてほっと息を吐く。

 

 

「よし、活動しやすくなった。探索開始よ」

「うん。って、ここから飛び降りるの!?」

 

 

 シキが断崖から飛び降り、極地であることを感じさせない軽やかな動きで着地する。

 ミロクが言う氷山とは、氷に飲まれた建造物のことみたいだ。周辺を探し回ると、下半分が波に飲まれた観覧車の手前に洞穴を発見する。

 レーダーを見ると、帝竜以外にもドラゴンやマモノ、なんと生存者の反応まで浮かび上がる。

 攻略すべきダンジョンはここで間違いない。装備と持ち物を再確認して穴を潜り進入した。

 

 

「中はけっこう広いわね」

「……思い出した。ここテレビで見たことある。今いるのが入口広場で、まっすぐ進むとショップ街と中央広場、一番奥は噴水広場になってるんだよ」

『ここは、ショッピングモールだったのか……ずいぶん浸水してるな』

 

 

「帝竜反応は……」とミロクがキーボードを鳴らして息を呑む。

 

 

『なんだ? 二つ……?』

「え、何が?」

『帝竜反応が二つあるんだ』

「二つ!?」

 

 

 何が起きているのかと顔を見合わせる。

 帝竜はもう一体しかいないはず。その一体を倒すためにここに来たのに、さらに一体?

 

 

「どういうこと? 分身でもしてるんじゃないでしょうね」

「それとも……ロア=ア=ルアの四ツ谷みたいに、こっちを惑わせてるとか」

『いや、機器は問題ないし、ジャミングもない』

 

「──ちょっと待って。帝竜反応が同時に二つ……?」

 

 

 シキが腕を組む。長いまつげに縁取られた黒目が斜め下を向き、少女はここにはない何かを探すように無言になった。

 

 

「シキちゃん?」

「同じようなことが、前に……」

『おい、シキ?』

 

 

 同じタイミングで複数の帝竜反応が観測されるという事態。しかも今回は同じダンジョン内だ。こんな事態そうそうあるものか。

 間違いない、厳密にいえば同じダンジョンではないが、いつか。

 

 

「……ダメだ、思い出せない。後で考える」

『わからないけど、なにか別の要因がありそうだ、注意しろ』

「了解。でも、」

 

 

 シキが「これ」と、広がるダンジョンに向き直る。

 入る前からわかっていたことだが、ショッピングモールは氷に覆われている。

 それだけならわぁすげぇで済ませられたかもしれないが、目の前の階段を下った床には海水が張っている。水たまりなんてかわいいものではなくて腰まで浸かりそうな深さだ。

 

 

「この中ざぶざぶ進んでいくのは無理よ。動きがとれずにドラゴンにやられるかもしれないし、それ以前に心臓麻痺になりかねないわ」

「今着てる服は防水仕様じゃないしね。……ちょっと待ってて」

 

 

 ミナトが階段を下りて水際まで進む。

 ヒートボディがしっかり機能していることを確認し、指先から冷気を呼び出した。

 すっかり使い慣れた属性をドライアイスの煙のように水面に垂らせば、ゆっくりと水が凍っていく。

 なるほど、これなら足場の形成には困らないだろう。シキは腕を組んだ。

 

 

「サイキックって便利ね。暖房も冷房も使えて」

「家電みたいな言い方……一気に凍らせたいところだけど、この入口広場には生存者反応があるでしょ。巻き込まないように少しずつ凍らせて進もう。石橋叩く遅さになっちゃうけど、まずは生きている人を保護しなきゃ」

 

 

 しっかり底まで凍っているか、コツコツと拳をぶつけて確認する。

 地下道で使ったスパイク付きソールを装着して一歩踏み出した瞬間、甲高い悲鳴を耳が拾った。

 

 

「まずい、襲われてる!?」

「あんたはそのまま水を凍らせて来て。私は先に行く!」

「え、先に行くってまだ、」

「壁は凍ってる!」

 

 

 シキは床ではなく壁に跳び、スパイクを突き立てながら蹴って向かいの壁に跳ぶ。

 左右の壁を足場にあっという間に遠ざかる背中を見て、彼女は忍者だったのかと勘違いしそうになった。

 

 

「あ、そうだ、私も壁に足場作っていけばいいんだ!」

 

 

 少し遅くひらめいて、床と水平な足場を壁に生やす。

 急いでよじ登り、走って角を曲がると、既にシキが国分寺の砂漠でも見た魚型のドラゴンを壁に叩きつけているところだった。

 

 

「シキちゃ──」

「援護いらない! 生存者保護!」

 

 

 はっとしてシキが足場にしているパラソル付きのテーブルを見る。ドラゴンから逃れるためか、海水に浸かるのも構わず小さな男の子がテーブルの下で身を縮めていた。

 

 

「君、大丈夫!?」

「ひゃあっ!? た、た、食べられちゃう!? あれっ、違う……」

「おいで、早く!」

 

 

 真っ青になった顔がこっちを見上げ、困惑しながらも男の子は手を伸ばしてくる。

 彼を引き上げるのと同時に、シキがコンバットナイフでドラゴンの喉もとを突き刺し、息の根を止めた。

 

 

『ドラゴン一体討伐。生存者も保護。体温がかなり低くなってる、温めてやってくれ』

「了解。脱出キットを使ってそっちに送るから、観測班の支援をお願い」

 

 

 タオルを取り出してずぶ濡れの髪と体を拭き、宙に火を浮かせて当たらせる。現状の理解が追いつかないのか、男の子はしばらくぽかんとしていた。

 

 

「もう大丈夫だよ、これから安全な場所まで案内するからね」

「あ、ありがとうございます……父さんと約束したんです。絶対に助かるって。守れて、よかった……」

 

 

 震えながら呟かれた言葉に、アリアケ議員とネコが脳裏に浮かぶ。あの二人は、この子の父親はどうしたんだろう。

 気になるが、今は考えないようにしよう。まだ奥に生存者反応がある。手遅れになってしまう前に、早く進まなければ。

 十分に体を温めてから男の子を送り出す。脱出キットはあるだけ生存者に使おうと決めて、一階のショップ街に踏み込んだ。

 床はやっぱり氷に覆われているが、ここは浸水していない。

 

 

「よし、足場を気にする必要はないね」

「道が分かれてる。どこから──止まれ」

 

 

 腕をつかまれぐいっと引かれた。続いてシキは庇うように片手を横に突き出す。

 その声が数段低くなって、まとう空気が刃のように鋭利になる。獣を思わせる剣幕と、肌に感じる闘気。帝竜相手と同じかそれ以上、並ではない危険を感知したときに見せる姿だ。

 ミロクが急いで付近の生体反応を探り、あっと息を呑んだ。

 

 

『誰か──いる!? まさか……』

 

 

 カツ、コツ、カツ。

 

 聴覚が錆びついたようだ。反響する靴音が、やけに遅く、重く耳に届く。

 悠長にも思える、人を安心させる同族歩調。なのに、その一歩が床に沈むたび、首の後ろに剣が添えられるような緊張感が肌を責める。

 青い暗闇から滲むように現れたのは、深い紫の羽織と艶のある茶の髪。

 固まる自分たちとは対照的に、女性はショップ街の中央に進み出てきた。

 

 

「……久しぶりね、みんな」

 

「ナ、ツ、」

「おまえ……!!」

 

 

 唇が震える傍ら、シキが獅子のように歯を剥く。

 極寒の世界にもかかわらず、日暈 棗は防具の一つも身に着けていない。姿形は都庁にいたときのパンツスーツの麗人だが、帝竜の要塞の中ではより浮いて不気味さが際立つ。

 

 

「……どうしたの? そんな怖い顔をして」

 

 

 目の前で首を傾げる女性は、司令室のモニターで見た化け物の姿ではない。

 臨戦態勢をとるこちらに、ナツメはゆっくり語りかける。屋内だからというだけでは説明できない、泥のように空間を浸していくような声。

 

 

「大丈夫よ、殺したりしないわ。そんな、つまらないことのために来たんじゃないもの……」

 

「つまら、ない?」

 

 

 凍てついた空気の中、夢でも見ているように漂う声に、あの景色が再生される。

 赤一色の中に沈んだ見知った顔。つい昨日まで同じ空間で息をしていた人間が、粉々になったブロックみたいに散らかされて転がっていたあの場所。

 あれだけの地獄を作り上げたこいつは、今なんて言った?

 

 

「……殺すことが、つまらないって、言ったんですか」

「バカ、出るな!」

 

 

 表情も作れずに一歩進もうとしたところでシキに押さえられる。

 平時より多く吐かれる息が白くなって視界に満ちる中、人間の姿をとった怪物は風に吹かれるように転進した。

 

 

「いらっしゃい、13班……。あなたたちに、最後の選択肢をあげる。さあ、こっちよ……」

 

 

 命の灯を消そうとする寒さの中、なんてことのないように女は奥へ歩いていく。

 彼女の後ろ姿が見えなくなった瞬間、空気が淀んだような嫌な感覚が消えた。強張っていた肩から一気に力が抜けて、ぺしり、と頭を軽く叩く音が鳴る。

 

 

「怒ってんのは否定しない。けど、勢いで勝てる相手なら私が今ここで殴り飛ばしてる」

「……ごめん」

 

 

 その通りだ。仮にあのまま勢いで飛びかかっていたら、どうなっていたかわからない。ナツメは殺すつもりはないと言ってはいるが、裏を返せばいつでも殺せるのだと宣言されたようなものだ。

 胸を沸騰させる怒りをどうにかしたくて、今だけ支えにさせてほしいと少女の腕をつかむ。肩に頭を乗せて額を押し付けてもシキは文句を言わなかった。

 

 シキの目は周囲をざっと見回している。東西にも道はあるが、どちらも氷で塞がれている。実質一本道だ。

 

 

「脱出キットの用意。いつでも逃げられるようにしておいて。ミロク、退路の確認」

『行くのか?』

「放置しておくわけにもいかないし。虎穴に入らずんばってやつよ」

 

 

 最悪、東京タワーで人々を虐殺した巨悪と戦闘することになるだろう。いつでも戦えるように体を温めておくことと、なるべく消耗をしないようにと打ち合わせて慎重にショップ街を抜ける。

 中央広場は入り口と同じく浸水していて、奥に続く通路は巨大な氷塊に塞がれている。その前に気配もなくナツメが立っていた。

 濡れても構わないのか、触覚がないのか、そもそも触れていないのか。なめらかな線を描く半身を水に浸しても、彼女は無表情だ。熱さも冷たさも感じさせない白い皮膚に、貼りつけられたような唇が動く。

 

 

「あなたたちは『狩る者』として産まれた……それはそれは、素晴らしい才能を持ってね」

 

 

 目の前にいるのは自分たちが敵対している女で間違いない。なのに違和感があるのはなぜだろう。ナツメはあんな顔をしていただろうか。

 不気味なのは違いないが、表情が虚ろだ。こちらを映す瞳は作り物のように生気がなく、肌に落ちる影と相まって水で溶かした絵の具みたいに、霞に溶けてしまいそうな危うさを漂わせている。

 

 

「でも、それは星があなたたちに架した使命……ただそれだけの、つまらない力。戦って戦って、消えていくだけの存在よ。結局、それは人間の業を……世界を変えるほどのものではない」

「別に、世界を変えたいなんて思ってない」

「欲がないのね……それはあまりに、つまらないと思わない? 窮屈すぎると思わない? 素晴らしい才能は、もっともっと、無限の可能性に満ち溢れているはずだわ」

 

 

 即答したシキに言い聞かせられる言葉は、相変わらず力にしか焦点が当たっていない。

 前にも似たようなことを言っていた気がする。力こそ第一な考えは相変わらずだが、ならなぜ彼女は人間の姿をとっている。

 

 

「その可能性への鍵は、すぐそこよ……! さあ、いらっしゃい……」

 

 

 何もない宙を仰ぎ、ナツメは喉を絞るように声を出す。

 曇った目が一瞬ぎらついた光を宿し、彼女は霧のように消えてしまった。

 

 

「あの人、何が目的なの?」

「さあね。でも一切無視して進むのは難しそうだわ」

『13班、帝竜反応はこの奥! 噴水広場のさらに先に、この台場の主がいるぞ』

「一直線に行けばいいってことね。……ミナト、あの氷溶かせない?」

「やってみる。熱いと思うから下がってて」

 

 

 水に浸っていない現在地から氷塊までは距離があるが、攻撃は十分届くだろう。両腕を広げて炎を生み出す。極寒の中で心強く感じる炎熱は冷気に負けじと渦を描いた。

 

 

「もう少し……よし。でいっ!」

 

 

 入口を埋め尽くすぎりぎりまであふれた火を収束させて投げつけた。火炎球は広場の気温を一気に上げて標的に衝突する。

 爆発音と、ジュウジュウと激しく氷が溶ける音。水蒸気の向こうで氷塊は三分の一ほど薄くなり、しかし瞬時に再生してしまった。

 

 

「嘘、けっこう本気だったのに!」

「なら私が殴ってもダメね。帝竜が異界化させたダンジョンの中だから仕方ないか……ここから先は進めないし、いったん戻って道を探す」

 

 

 ショップ街に戻る。他のエリアに続く道は氷で塞がれていたはず、と思いきや、さっきまで通れなかった通路が開いていた。

 こちらにいらっしゃいと手招きをされているようで不気味だ。実際、ナツメが関わっているのだろうけど。

 

 

『先に進むためには行くしかないか。東西のショップ街を片方ずつ探索するぞ。生存者反応もあるから、なるべく迅速に頼む』

「了解」

 

 

 生存者の保護を優先して、入り組んだショップ街を回っていく。冷たい空気が喉に進入するのが嫌で、道中に交わす言葉は最低限だ。

 気分が悪いな、とミナトは胸を押さえる。寒さで体のエンジンがかからないというのもあるけれど、頭の中のもやが晴れない。

 前々から気になっていること。思いがけず繋がった人間関係。ドラゴン関連以外のことで疑問や不安が湧き水のように生まれては暗雲のように群れていく。

 

 

「……ナツメさんは、何がしたいんだろう」

「知らん。でもなんか、様子が変だったわね」

「あ、やっぱりそう思う? 覇気がないっていうか……」

「ん、魂引っこ抜かれたような顔。ていうか、なんでいまさら人の姿してるわけ? あれだけ人間のこと見下してたくせに」

 

 

 やはり一番の疑問はそこだ。もしかして弱体化しているのでは、と意見が出たが、ダンジョンを進む今も体温を奪っていく寒さを物ともしていないし、仮にそうだとしてもナツメの放つ異様な圧には身が縮んだ。彼女は殺すつもりはないと言っていたが、油断できないことには変わりない。

 どんなに考えを巡らせても全てが想像の域を出ない。ため息をつきながら西ストリートに進入する。

 階段を下った瞬間、ぐっと空気が張り詰め、唯一肌をさらしている顔に痛みが走った。

 

 

『おい、13班……この一角、かなり気温が低いぞ……』

「ほんと、感覚なくなりそう……! ヒートボディかけ直すね」

『……摂氏マイナス18度。これは、なにか原因があるかもな……気を付けろよ』

 

 

 ドラゴンの影がひしめくまっすぐな道。生存者がいないことを確認し、通路に張っていた海水ごと敵を凍らせる。

 寒さの中でも変わらず活発な竜たちに炎とシキの拳でとどめを刺して進む。

 たどり着いたストリートの突き当たり。隆起した氷の舞台ではナツメが一体のドラゴンを従えて立っていた。

 

 

「私たち日暈の一族は……ムラクモの長として、千年以上、力ある者だけを束ねてきた。そして、世界の真理を見せつけられた。いかに力ある者がこの世をほしいままに変えているか……いかに力ある者が全てを手に入れる権利を有しているか……」

 

 

 どこを見ているのだろう。血色の悪い目もとを微動だにさせず、彼女は語り始める。

 

 

「でもね……あるとき気付いたの。それは所詮人の力。あまりにちっぽけで、むなしい。自分の生き死にすら自由にならない、悲しいほどのあわれな力……」

 

『何を、言ってるんだ……』

「ちょっと、あんた、」

 

 

 シキの呼びかけに応えずナツメは消えてしまう。

 

 

『おい、シキ、ミナト! ドラゴンが動くぞ!』

「は!?」

 

 

 ミロクに言われて我に返る。ナツメに気を取られて忘れかけていたが、氷の舞台にはドラゴンもいたのだ。

 彼女が消えたことでブレーキが外れたのか、大人しくしていた黒い翼竜が吠える。

 間近で咆哮を浴びて仰け反る二人に、翼竜は口から吹雪を吐いた。

 

 

「ああもう!」

「下がって!」

 

 

 ミナトが飛び出して火を放つ。灼熱と極寒が衝突し、蒸発する激しい音が西ストリートに響いた。熱風と寒風が入り交じって乱気流となり、吹き飛ばされそうになる。

 霧のように白く染まっていた視界に大きな顎が現れ、シキはミナトの襟首をつかんで後ろに放った。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 カーリングのストーンのように背中で滑っていく相方を尻目に、上下から迫る顎を牙をつかんで止める。

 手中にある牙がぬらりと光る。この顎が噛み合わされば、人間の手足なんて一瞬で千切れ飛ぶだろう。

 が、ザ・スカヴァーに比べれば、こんな牙は紙細工だ。

 

 

「私は噛み応えあるわよ、噛めたらの話だけどね!!」

 

 

 牙をへし折って顎を蹴り上げる。翼竜はギャッと吠えて仰け反り、歯がダメならと氷のブレスを吐こうとして──頭上から滝のように降ってくる炎に飲み込まれた。

 援護射撃が来るのはわかっていたが、火力の高さに目を見張る。何気に今まで見た炎の中で一番じゃないだろうか。

 絶え間なく注がれる火炎の中でドラゴンの影が踊る。十秒前後燃え盛って炎は霧散し、ほとんど溶けた氷の舞台には黒こげになった死骸が転がっていた。

 

 

『ん、なんだ……? 少し気温が上がったみたいだ。寒さの正体は、このドラゴンだったのか』

「てことは倒したのよね。ミナト!」

 

 

 やるじゃないかと後ろを振り向く。しかしパートナーの姿は見えない。

 よく目を凝らすと、ストリートでは日除けのパラソルとテーブルがなぎ倒されていて、積み重なった家具の中から腕が一本突き出ていた。

 指先に火を踊らせる手がぶんぶんと揺れてシキを呼ぶ。

 

 

「……抜け出せない……」

「……悪い、強く投げすぎた」

 

 

 椅子やテーブルをどけてミナトを引っ張り出す。

 西がこれなら東も同じかもしれない。レーダーとマップで現在位置と進行方向を確認し、二人は西ストリートを出た。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 このダンジョンは、日本の冬よりずっと寒い。

 ほとんどの生命は死に絶えてしまうであろう極寒。昔は防寒具に包んだ身を震わせ、厳しい寒気を刺すような冷たさなんて表現していた気がする。

 

 

(……どうでもいいわね)

 

 

 ナツメの頭の中で、思考は泡のように跡形もなく消えた。

 

 寒いとか暑いとか、そんなことどうでもいい。

 今の自分はそんな次元で生きていない。この姿で柔肌をさらしていたって、冷たい空気はふわりと自分をなでて消えていくだけだ。

 

 背後に控えるフリーズドラゴンが、グフゥッと霜混じりの息を吐き出す。二人の侵入者と雑魚竜たちが繰り広げる命の取り合いにあてられて興奮しているのかもしれない。

 知能の低いドラゴンが考えていることなんて知る由もないが、ガチガチと牙を噛み合わせる仕草は、腹が減ったという催促にも見える。

 

 

「待ってちょうだい。もう少しよ」

(食べられるのはあなたのほうでしょうけどね)

 

 

 適当に言い聞かせ、胸中でそっと付け加えた。

 

 遠くで足音が響いている。力強く踏みしめる音と、その後に静かに続く音。二つはあちこちに移動し、たびたび止まり、たまに戦う音を交えて、着実にこっちに近付いてくる。

 その様子が健気にも滑稽にも思えて、ナツメはわずかに笑った。

 やはり人間は不便だ。たった二本の、片方がなくなれば無様に這うことしかできない脆い足で、小さな世界をアリのように行き来するのみ。時間や労力を多大に消費したとて、つかめるのは半径数十センチの両腕に収まる程度の何かでしかない。

 

 竜を狩る者、13班。大それた肩書きだが、いずれ彼女たちもさらに大きな力に……世を破滅に導く自分に屈する。

 唯一救いがあるとすれば、彼女たちにも資格があるということ。

 涙ぐましく哀れな努力で竜を狩り続け、自分と同じ領域に辿りつくか、あるいは。

 

 考えているうちに、足音がここ東ストリートに入ってくる。

 床を満たす水がみるみる凍って道となる。俯けていた顔を上げれば、わずかに息を切らした二人がこちらに歩いてきた。

 西ストリートのときよりも近く、しかし警戒心をむき出しにするシキとミナトを歓迎して腕を広げる。

 可能性を持つ彼女たちのことだ。自分の言葉に感じることの一つや二つだってあるだろう。

 

 

「……私、ずっと不思議に思っていたの。この星のヒエラルキーの頂点に立っているはずの人間がどうしてこんなにも脆弱なのか……って」

 

 

 ドラゴンと相対して疑念はより顕著になった。

 人間は弱い。地球が生まれ、人間の祖先が生まれたときから決まっていた、覆せない事実。

 長くなるとて寿命は百年ほど。たったそれだけの時間で、成人すればどれだけあがいても老いるだけの肉の体で何ができるというのか。

 可能性なんてあってないようなもの。夢も希望も、その非力さをごまかすための偶像だ。この種族にとっては何もかもが蜃気楼に等しい。

 

 

「弱く、愚かで、醜い生き物……自分がそれであることが、私は許せなかった。だけど、竜という存在を知ってその研究に没頭するうち、答えを得たのよ」

 

 

 複雑な計算も実験もいらなかったように思う。その存在を知り、地の底からわきあがるような、宇宙の果てに至るような激情に身震いした時点で答えは出ていたのだ。

 

 

「とっても単純なことなのね。人間は最上位の存在じゃない」

 

 

 現に数ヶ月前、桜が舞っていたあの春の日。地球は秒で赤い毒花に埋め尽くされた。

 あがいている者たちもいるが、それもどうせすぐに終わる。人間はより上の存在を咲かせるための土壌となって消える。初めから、頂点になどいなかった。

 

 

「その上には神がいるの。竜の姿をした、創造主が……! そして私は竜になり、その、最高の力を得たのよ」

 

 

 今まで竜と死闘を繰り返してきた二人ならわかるだろう。特に、ムラクモで生まれ、ムラクモで育ち、自分が手を引いてきた少女なら。

 確信を持って視線を交わす。けれど、目の前の二人は黙ったまま。

 

 しばらくして、シキがぽつりと口を開いた。

 

 

「なんでそんなに力が欲しい?」

「……なぁに、どういうこと?」

 

「あんたにとって力は、それほど価値があるってこと?」

 

 

 一瞬、体を巡る血が止まった気がした。

 

 

「何を言っているのかしら」

 

 

 問うてみるも、シキは言ったとおりの意味だというように腕を組んで立っている。

 

 

「愚問ね……力は可能性よ。全てを成す可能性。誰も、私を侵すことはできない。私の可能性を汚すことはできない。宇宙で唯一の、絶対的なもの……。それを求めることの意味がわからないのであれば……あなたたちは、本物の愚か者だわ……」

 

 

 ここまで来て何を言っているのか。

 彼女は飛鳥馬 式だ。母胎から出る前から研究者だった彼女の両親に手を加えられ、生まれてからの十数年は自分が手を加えて戦うことを、小さな体に、本能に隙間なく刻み込んできたのに。

 

 

「力があれば全てが思い通りになる。邪魔なものはその手で消せる。何が来ようが意思のまま、全ての頂点に永遠に立っていられるの。シキ、シバさん。その力で今まで生きてきたあなたたちならわかるでしょう? がっかりさせないでちょうだい。私はあなたたちに、少し期待しているのだから……」

 

 

 竜の高みに至る。自分以外にいるとすれば、この二人だろうと思っていたのに。ともすると、今も自分たちを見ているであろう「あの存在」さえ凌駕できるかもしれないのに。

 よりによってシキが、誰よりも強い彼女がそんな質問をする意図は?

 

 ……きっと彼女は人間で、自身の力に実感が湧いてないから質問したのだ。そしてそれが理解できないのは、自分が神だからだろう。きっとそのはず。

 場合によっては、また教えてやらなければなるまい。

 

 手のかかる子ねとため息をついて、ナツメは消えた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 西ストリートにいたのと同じフリーズドラゴンを倒すと、またダンジョンの寒さが緩和された。

 何か変わっただろうかと中央広場に戻ってみる。通路の水かさが増しているのと同時に、道を塞いでいた氷塊が完全に溶けてなくなっていた。

 

 

「これで帝竜のところに進めるね。もうあちこち走り回らなくていいんだー……!」

「ダンジョンに入って何時間経った? けっこうややこしかったわね。……いつまで抱きついてんのよ」

 

 

 ミナトは思わずシキに飛びつく。いつもなら秒で剥がされるのだが、くっついているほうが温いからか彼女は抱きつかれるがままだ。

 どこまで許されるかなと頭をなでて頬を挟むと、「調子に乗るな」と手刀を頂戴した。

 

 

『……なあ……』

 

 

 障害が取り除かれて活動しやすくなり、浮かれる空気の中、通信機から少年の声が聞こえる。

 

 

「ん? ミロク、どうしたの?」

 

『おまえたち、総長の言ったこと……どう思った?』

 

 

 このダンジョンのように、すっかり温度をなくしたミロクの言葉を聞いて、気まずい沈黙が訪れる。

 多少の語弊はあるが、ナツメはミロクたちの親代わりだ。生まれてからつい先日まで、家名でもある暈のように頭上に君臨し、陣頭指揮を執っていた、人の上に立っていることがあたりまえだったのだろう。

 そんな創造主が、誰よりも苛烈で、利己的で、血の雨を降らせるようなことすら是とする本性をさらしたのだ。幼いナビたちが受けた衝撃は計り知れない。

 

 不意にシキがこっちを向いた。そういえばあんた喋ってないわね、というように。

 

 

「……私?」

 

 

 自分を指すと無言で頷かれた。

 シキもナビたちと同じ立場であるはずだが、表情はいつも通りで、特に何かを感じているというようには見えない。ナツメの件については既に結論が出ているのだろうか。

 対して、自分は。

 ナツメの言葉に思うことはある。けれど、上手く表現できるかどうか。

 頭の中でパズルのピースを集めながら、なんとか考えを言語化してみる。

 

 

「えっと、ナツメさんの言ったこと……真実は突いているのかもしれない。力は可能性っていうのはわかるんだ。生きていく上で、力は欠かせない。私は今まで、自分の超能力とシキちゃんたちの助けで、何回も命拾いしたから」

 

 

 手のひらの上に火を生み出す。

 ムラクモ試験のあの日を思い出す。無数のドラゴンが舞い降りる中、自分を死の崖っぷちから生の明るみに引っ張り出したのは、間違いなく戦うための力だった。もし自分が何の力も持たない一般人だったら、あっけなくあの世行きだったはず。

 ひどく粉々にされてしまった世界で、自分を守るための盾であり矛となっているのは、ドラゴンとも対峙できる異能力だ。

 

 

「まず超能力がなかったら、私はあの日東京にいなかった。シキちゃんともミロクともミイナとも、キリノさんとも会わなかった。なんていうか……おおげさだけど、運命みたいなものだよね、もう」

『運命?』

「うん。シキちゃんが強かったから、私がサイキックだったから、私たちは都庁で出会ったんだと思ってる」

 

 

 火を握りしめて消し、再び手をかざす。

 

 

「私の考えを言うとね、……力は必要。シキちゃんの拳も力。私の超能力も力。ミロクやミイナの心強いナビも力。キリノさんの研究に対する熱意とか才能だってそう。実際に私たちは力を振るって生きてきたわけだし」

 

 

 でも、それとは別に、

 

 

「力をどう使うか、力を以て何をするかは、ナツメさんが出した答えとは違う。あの人がしてるのは、自己満足のための虐殺だよ。私は、そこだけは認めない」

 

 

 弱肉強食の生存競争のためなら力を振るうのは摂理だろう。そうしないと生きていけないのなら。

 でも、ナツメは違う。彼女が生み出したものは何だ。死体の山、怨嗟の渦、掬い切れない涙と絶望で、彼女自身はそれを娯楽のように消費しているだけじゃないか。

 

 

「力は殺人の免罪符じゃない。強いことは、一方的に命を奪っていい理由にならない。……私の答えは絶対正しい、なんて言えないけど……あの人のしてることを、正解だなんて言わせない」

「……ふーん」

 

 

 少しおもしろがるような声が聞こえて横を向く。

 シキが腰に手を当て、とんでもなく珍しい微笑を浮かべていた。どきりとして体温が上がる。同時にちょっとからかわれているような気もして、首を傾げた。

 

 

「な、なに?」

「地下シェルターにいたときはあんなにビビッてたのに。ずいぶん頼もしくなったわよね、あんた」

「そりゃあ、化け物だらけの世界で命張って戦ってたら、ちょっとはメンタルも強くなるよ」

「それもそうね。……ミロク、ナツメが言ったことの話については、私もミナトと同意見よ。私たちは力を使う。でもそれで為すことはあの女とは違う。あいつがなんて言おうが賛同したりしない」

「うん、だから安心して」

『そっか……そうだよな……。オレ、総長の話聞いてたら……なんかすごく腹が立ってきたのと、あと、ちょっと悲しくなった。総長は、なんであんなこと考えるようになったんだろうって……』

 

 

 なんで、か。それこそ答えようがない。

 ナツメが何よりも力に傾倒していたのは、たぶんずっと前。それこそ、自分たちと出会う前からだったんだろう。人間にとって欠かせない食事や睡眠と同じで、彼女にとってはあるのがあたりまえで最も重要なものだった。だからもう、その妄執が染みついて離れない。

 

 

『どんなに強い力を持っても、それだけじゃ、悲しいし、寂しいよな。総長はああやって、神になるって……宇宙にひとりきりでいるつもりなのかな』

「宇宙にひとりきり……」

『うん。なんかそれが……さ』

 

『ふー、疲れた! 脳を使うと、糖質が足りなくなるねえ!』

 

 

 不意に陽気な声が飛び込んでくる。キリノの声だ。沈んでいた空気がぱちんと弾けた気がして三人は面食らう。

 

 

『ミロク、君のチョコを貰っていいかな?』

『キリノ!? い、今はダメだ! こっち来んな!』

『ん? 13班のミッション中か。よし、僕からも一言──』

『ダメだったらダメだーっ! チョコならやるから、あっち行けっ!』

『え、ええっ……!? なにそれ……』

 

「え、あ、ちょっとミロク──……通信切れちゃった」

「何やってんのよあいつら。四ツ谷でも似たようなことなかった?」

 

 

 顔を見合わせる。さっきまで立ち込めていた嫌悪や不安のガスが抜け、やれやれと苦笑した。呆れたけれどリラックスできたのでよしとしよう。

 

 中央広場を抜けて奥に進む。コロッセオのような円形の噴水広場は屋根がなく、屋内に沈殿していた冷たさが少し抜けた気がした。

 異界化の影響か、仰ぎ見る空は妖しい色に染まって見える。唯一、広場の中央にある噴水だけが、本来の空を記憶しているように青い水を流していた。

 

 

「……ねえ、あれ」

 

 

 シキの袖を引っ張って辺りを見回す。広場のところどころで氷漬けになっている、やけにリアルなマネキンが気になったのだ。

 人形にしては生々しいそれを数秒見つめ、シキは静かに通信機に呼びかける。

 

 

「……ミロク、生体反応は?」

『え? いや、もう人間の生体反応はないけど。要救助者も全員……って、おい、それ、まさか』

 

 

 震える声に返事はせず、人形に見えるそれに近付く。

 よく観察すると、マネキンの表面にはほくろや傷がある。丸く見開かれた目はどこかを見つめ、顔全体が恐怖を露わにしたまま、時間が止められたように固まっていた。

 活気でにぎわうショッピングモールに、雰囲気を削ぐようなマネキンなど飾るわけがない。氷の中に閉じ込められている体も、感情も、作り物ではない。

 

 

「ここにいるの、全部」

「……マネキンなんかじゃない」

 

 

 そして生体反応がないということは。

 

 ミナトが口もとに手を当ててうつむいた。

 

 

「……ひどい」

 

「そんなの、どうでもいいじゃない」

 

 

 血の通わない冷たい声音に振り向く。噴水の前にナツメが立っていた。

 

 

「よく、ここまで来たわね。さすがは13班……いえ、狩る者かしら」

「なに、今度はあんたが相手になるってこと?」

「いいえ。……この先に、最後の帝竜がいるわ。絶対零度の力を持つ、氷の王。それを打ち倒せば、あなたたちは、私と同じ──最後のキーを手に入れる」

 

『ドラゴン……クロニクル……』

 

「あら。もうそこまでたどり着いていたの」

 

 

 ミロクの呟きにナツメの眉がわずかに持ち上がる。彼女は再会してから初めて人間らしい表情を見せた。

 

 

「キリノも思ったよりバカじゃないみたいね……さあ、竜の力は目の前よ。あなたたちは、何を望み……何を選ぶのかしら。答えを……楽しみにしているわ」

 

 

 言うだけ言って、ナツメは背を向けて消える。

 しばらくすると凝り固まっていた空気が和らぐ。ミロクに確認してもらうと、ナツメの反応はダンジョンから完全に消え去っていた。

 

 

「結局、あの人は何を……」

「なんでもいいわ。どうせやることは変わらないから」

 

 

 わかりやすくシキが両手のナックルをガツンとぶつける。

 そうだ、やることは変わらない。今は目前に迫っている標的に集中しなければ。

 頬を叩いて気合いを入れる。いつ氷に閉じこめられて命を落としたかも知れない人々に手を合わせ、さらに奥へ進んだ。

 

 最奥は本来なら突き当りだが、壁には穴が開き、それを囲むように水晶のような氷柱が生えていた。

 視線を交わして頷きあい、物々しい玄関を潜って中へ入る。

 瞬間、肌を切り刻むような冷気に体が悲鳴を上げた。

 

 

「っ、寒……」

「段違いだね、大丈夫?」

 

 

 念入りにヒートボディをかけ直すが、それでも寒さは緩和できない。身を寄せて、火球を生み出して周囲に浮かべた。

 火は冷気に不安定に揺れながら、氷窟となっている最深部を照らし出す。

 分厚い氷の部屋はほとんど光を通さず薄暗い。天井にはマンホール程度の穴が空いていて、青く染まった光がほのかに射し込んできていた。地面を覆う柔らかい霜が照らされ、慎ましやかにきらめいている。

 

 幻想的な光景に心が引き抜かれそうになったところで、突風が吹き荒れた。火が揉まれて熱と光が消えてしまう。代わりに現れたのは視覚情報に表示される帝竜反応だ。

 

 

「きた……!」

『東京湾を凍らせた、氷の王か』

「今度はドラゴンらしいドラゴンね」

 

 

 四足歩行に、先端が美しい穂先になった長い尾。背骨とあばらをなぞるような氷の甲殻に、同じく氷でできた翼の膜が光を反射してステンドグラスのように輝く。

 変り種の形だった帝竜たちと違い、典型的なドラゴンの姿。青い体躯と対照的に三本爪や長い角はオレンジで、寒色の体と暖色の部位のコントラストが美しい帝竜だった。

 血のように鮮烈な赤い目がこっちを睨んでいなければ、のんびり鑑賞できただろうに。

 

 

「やる気満々ね。お友だちが六匹も狩られてご立腹ってとこ?」

「氷は効かないよね。弱点はたぶん火だろうけど、大丈夫かな」

 

 

 ダンジョンに入ってからの数時間、さんざん寒さになぶられて体の芯まで極寒が刻まれている。火の扱いには慣れてきたといえど、この氷雪を溶かすことができるかどうか。

 かじかむ手を開閉すると、「大丈夫だ」とミロクの声が背中を押す。

 

 

『アレはおまえたちより格下……それが、オレの分析結果だ』

 

 

 殺気立つ帝竜を見てナビは自信満々に宣言する。

 負ける気はないが弱い相手でもないだろうに、言ってくれる。同調して笑えば体がほんの少し温まった気がした。

 

 逆サ都庁、天球儀、常夜の丘、灼熱砂房、繫花樹海、地下道、そしてここ、拾三号氷海。

 異界を巡って帝竜と戦うのもこれで一区切りだ。さらに先に待つ人竜の首を落とすため、この美しいドラゴンも狩らせてもらおう。

 

 

『──さあ、最後の帝竜討伐……始めるぞ!』

「了解!」

 

 

 声を重ねて身構える。

 最後の帝竜ゼロ=ブルーは吹雪を呼び、雷のような雄叫びをあげた。

 

 

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