2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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雑魚ドラゴンはわりとあっさり倒してるので、帝竜戦は死にかけることを意識して書いてます。十分にレベル上げして安全に戦うのもいいんですが、ギリギリの戦闘の方が燃えるので。



34.最後の帝竜 - VS ゼロ=ブルー -

 

 

 

 薄青と白、赤と橙が乱舞する。

 二つの流れが生き物のように高速で飛んで絡み合い、後を追うように宙で軌跡が光った。

 ショーみたいだなと思いつつ、飛び交う熱気と冷気をくぐって帝竜に接近する。

 

 

「──せぇっ!!」

 

 

 スパイクで氷の地面を踏みしめ、正面から右フックを見舞う。

 横っ面を殴られてよろめいたゼロ=ブルーは、振り向き様に氷雪を吐き出してきた。雑魚ドラゴンとは比べ物にならないブレスに吹き飛ばされないよう体を屈める。

 

 

「寒……、っ!?」

 

 

 ヒートボディの助けもあって耐え切れたが、視界が晴れた瞬間に圧倒的な衝撃に殴り飛ばされる。広くない氷の部屋では受け身を取る余裕もなく、そのまま壁に突っ込んだ。

 

 

「シキちゃん!! 大丈夫!?」

「……頭は庇った」

 

 

 ガラガラと崩れる冷たい瓦礫から這い出る。自分をかっ飛ばしたのはゼロ=ブルーの長く太い尾だった。

 帝竜はさっきのお返しだというように荒い鼻息を吹かす。それだけでも姿が霞むくらいの冷気が生まれるのだから笑えない。さっさと攻略しないと自分たちも外にいた人間のように氷漬けになってしまう。

 

 

『シキ、大丈夫か? 相手は氷を鎧みたいにして体を覆ってるし、国分寺のトリニトロみたいにダンジョンの環境を最大限利用してる。ちょっとやそっとじゃ崩れないぞ』

「弱点は?」

『予想通り火だ。ミナトががんばってるけど……現状じゃ吹雪を防ぐので手一杯、て感じだな』

 

 

 氷の間の天井付近は変わらず冷気と熱気が互いを食い潰している。ミナトが火を噴出させて奮戦してはいるが、帝竜の息吹も負けていない。

 相殺してくれるだけでも十分だが、それ以上は期待できない。盾役と矛役に分かれて対処しなければ。

 メディスを飲んで立ち上がる。

 

 

「ミナト、下がって!」

「はい!」

 

 

 待ってましたと言わんばかりに最前線から脱けるミナトと入れ替わる。炎が止まるのを見逃さず、ゼロ=ブルーはより激しいブレスを仕掛けてきた。

 二度もまともにくらってたまるか。国分寺のときと同じように拳で薙ぎ払う。腕を覆った氷はミナトがかけ直してくれたヒートボディに溶かされた。

 

 

『こいつは四足歩行で足が短い。地下道にいたグラナロドンみたいに、攻撃に使う部位は牙と尾だけの可能性が高いな』

「相手の足は気にしなくていいってこと?」

『ああ、万が一のサポートはミナトに任せとけ』

「うん、火が熱いかもしれないけど、シキちゃんは思いっきり殴っちゃっていいからね!」

「そこまで言うなら……頼んだわよ!」

 

 

 頼もしい言葉に背を押されて駆け出す。

 

 

「はっ!」

 

 

 さっきと同じように拳を入れればゼロ=ブルーも応戦する。ミナトの炎でブリザードをやり過ごしながら巨体にしがみつき、無理やり肉弾戦に持ち込んだ。

 氷に保護されていない部分を狙ってひたすら殴り蹴りつける。その横から冷気が殺到し、火の壁が割り込んで蒸発、熱い水蒸気に頬が舐められてひりひり痛んだ。

 

 

(熱いし寒いし……なかなか楽じゃないわね!)

 

 

 極端な熱さと冷たさに体がさらされて脂汗が滲み出る。もうちょっと気遣ってほしいがわがままは言っていられない。帝竜に肉薄している状態で、火や氷が直接当たらないだけでもありがたいのだ。

 が、いつまでもこの状況では体の感覚が狂いかねない。ダンジョンの環境からしてそもそも長居はできないし、決定打を叩きこまねば追い込まれていくだけだ。

 

 冷汗をかいた矢先、ゼロ=ブルーが雄叫びを上げる。吹雪がさらに勢いを増し、空間が洗濯機のようにかき混ぜられて立つことも難しくなった。

 

 

「これ以上強くなるの……!?」

『おいシキ! 足もと凍ってる!』

「は!?」

 

 

 ミロクに言われて足を見下ろす。両足が足首まで氷に覆われ地面と連結していた。

 下手に身動きを取れば体をさらわれかねないのに、常に動いていないと拘束されてしまう。なんて厄介な。

 吹雪の中、なんとか引きはがそうと足に力を入れた途端、今度は背後で悲鳴が上がった。

 

 

「わああシキちゃん避けてー!!」

「は──!?」

 

 

 振り向くのと同時に視界いっぱいにミナトの胴体が映った。

 と思った瞬間衝突して、二人まとめて体勢を崩す。

 

 

「ごめん、吹雪で飛ばされて……」

 

 

 ミナトが言いかけたところで影が落ちる。

 真上にずらりと並んだ牙が見えて、背筋を冷たい物がなでた気がした。

 

 

「上!」

「え」

 

 

 状況を把握したミナトは逃げようとして、ほんの一瞬、身動きがとれないシキを見て固まった。

 

 

「バカ、こっちはいいから避けろ!!」

 

 

 帝竜の大口が閉じられる。

 美しさすら感じるほど鋭利な牙が突き立てられ、脇腹が貫かれる感触が体に響いた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 眠い。

 なんでだろう、ものすごく眠い。果てしなく眠い。ちょっと汚い言葉を使わせてもらうとクソ眠い。

 ほぼ眠っている状態にあるけれど、自分自身の意識でそれを自覚しているという、明晰夢のような状態。今はいつで、ここはどこで、自分は何をしているんだろう。

 五感があいまいだ。体は外からの刺激を受け取っているものの、それを情報として処理することができていない。意識を覚醒させようにも指一本も動かない。

 

 

(なんだっけ、前にも、)

 

 

 こんなことがあったような、と意識が過去に飛ぶ。

 そうだ、思い出した。十年以上も前のこと。夜更かしにはまだ縁遠い小学生だった、ある日の夜中。

 眠いけど寝たくない、寝てるうちに何が起きるかわからないのが怖くて、舌や唇に歯を立てて起きていたときがあった。

 

 

「ミナト、眠りなさい」

 

 

 おかあさんの声が聞こえる。

 三日以上まともに寝ず、病院に引きずっていかれて麻酔を打たれ、それでも唇を噛んで目を閉じようとしなかったから、涙がらに怒られた。

 

 

「このままじゃダメなの。横になって」

 

 

 やだと言ったけど、喉が渇いて声もまともに出せなかった気がする。

 

 

「寝たら……手から火が出て、燃えるかもしれない……そのせいで、おとうさん……」

 

 

 死に物狂いで言葉をこぼすと医者は困惑の目を向けてきて、母はとうとう涙をこぼしてしまった。あなたのせいじゃないって言ってるでしょと声を震わせながら。

 

 

「まだ、ちゃんと使えない……寝たら、寝ぼけて、火が……」

 

 

 二人だけで引っ越した日から、母にすがって謝罪したあの日から、自分の体に備わる力をちゃんとコントロールできるようになるまで気を抜かないと決めた。

 日中は何かあっても対処できる。でも夜は、意識が完全に沈んでいる間は何もできない。だから眠っちゃダメだ。

 力に対して嫌悪感はなかった。子どもの自分は単純で、本来人間にはない力を持っていることで得意気になすらっていた。

「かっこいい」。指の先に炎を灯して、純粋にそう思っていた。

 

 でも、それを扱いきれなければ意味がない。

 もしかしたら、両親の離婚のきっかけとなったあの火事で──あの日は一度も火を出していなかったし、真犯人が捕まったと聞いたけど──それでも、自分が関係しているんじゃないかと思ってしまう瞬間があった。

 

 

「やり直したい?」

 

 

 後に父親だった人から来た連絡に、母は見たことがないくらい激怒していた。

 

 

「ふざけないで! 火事が起きたとき傍にいたくせに、何の根拠もなく、真っ先にあの子を疑ったのは誰? あのとき、あの子をどこに連れていこうとしてたの!?」

 

 

 母は竹を割ったような強い女性だったから、少しでも彼の面影がある物は全て断捨離してしまった。彼女はきっぱり父と別れたし、自分も、彼についての思い出や情はほとんど薄れてしまっている。

 けれど、それでも。この火は、愛し合って子どもまで生んだ夫婦の仲を一瞬で灰にしてしまった。

 服の裾にでも軽く点ければ、みるみる全身に広がって人を殺してしまう。そういう力を自分は持っている。何かが起きてからじゃ遅いのだ。

 

 

(私のせいなのは、ほんとのこと)

 

 

 だから決意した。この能力を、ちゃんとコントロールできるようになろう。暴発しないように、体の中に仕舞っておけるようにしよう。

 悪いことはしていないのに、後ろめたさは感じたくない。周りに拒絶されても、自分はこの力と自身を「あってはならないもの」だなんて否定したくない。

 超能力が自分の体から消えてくれることはない。だったら、完全に自分の意識下に置くしかない。

 

 

「おかあさんに、迷惑かけたくない」

 

 

 麻酔に負けて意識が落ちる寸前、たどたどしい語彙で伝えると、母は優しく頭をなでて、手を握ってくれた。

 

 

「なら、二人でがんばるの。ミナトは悪者じゃなくて、いい子だってみんなに伝わって、誰かに受け入れてもらえるように」

 

 

 ああ、そうだ。そんなことを言っていたなぁ。

 間違いなく凶器と言える力を、ちょっと変わった特技程度に扱ってくれた。肝が太くて行動力があって、いつでも前を向いている。真っ直ぐな人だった。

 父親に似たのか、自分は優柔不断で情けなくて。その最初で最大の理解者で、あたりまえに親であってくれた。明らかに異端とされるだろう自分が世界で地に足つけて生きてこられたのは、母がいたから。

 

 

(おかあさん)

 

 

 おかあさん、世界は今めちゃくちゃです。ばたばた人が死んでいきます。

 戦車の大砲も通じない、車を丸飲みしてしまうような化け物相手に、なぜか私は命がけで戦っています。

 

 ねえ、今どこにいるの?

 

 卒業しても遊ぼうって約束した友だちも、受験でお世話になった先生も、みんな見つからない。

 建物も空の色も、全てが崩れていく。私の知っている物がどんどんどんどん消えていく。

 またあのときみたいに、何が何だかわからないまま別れちゃうの? そんなの嫌だ。

 寂しいし、不安だし、胸がずきずき痛い。でも、今はすごく眠くて。

 

 心を読んだように、母は「大丈夫」と呼びかけてきた。

 

 

「大丈夫だから、起きなさい」

「? さっきまで寝ろって言ってたのに……?」

「違う。今は起きなきゃダメ。起きろ」

「?? ちょっと待って、何か言葉遣い乱暴になってない……?」

「起きなさいよ、起きろ」

「お、おかあさん?」

 

「誰がおかあさんだ! 起きろ!」

 

 

「──起きろ、ミナト!!!」

 

 

 温かいベッドの上から極寒の空気に引き戻される。

 シキが体を抱き上げて顔を覗き込んできていた。

 

 

「……シキちゃん」

「やっと起きた……! ミロク!」

『バイタルチェックならもうやってる! ……少し血が流れすぎてるな。ミナト、今は自分の治療に専念した方がいい』

「なら、その間は私がってことね」

 

 

 氷の壁のくぼみに自分を納め、シキは躊躇なく駆け出していく。

 大きく振りかぶった拳と帝竜ゼロ=ブルーの牙が衝突し、硬質な音が轟いた。

 

 

「ミロク、今、どういう状況……」

『おまえたち、二人まとめてゼロ=ブルーに食べられそうになったんだよ。シキはまあ、さっさと止血して戦ってるけど、おまえはちょっとヤバい。早く怪我を治療しないと』

「怪我?」

 

 

 自分の体を見下ろす。五体満足で、爪の一枚も欠損してはいない。ただ、胸や腹に噛まれたような跡がある。杭でも打ち込まれたような大きい帝竜の歯形だ。

 デコイミラーはブリザードで少しずつ削られていたから、完全な盾にはならなかったらしい。噛み跡は深くないがクレーターのように広くて、装備が赤く染まっている。

 

 

「うわ……っ」

 

 

 裂けた皮膚が寒気にさらされる。露わになった血肉を空気がなめて、体温がごっそり奪われていく。

 静かに血が流れ続けているのを見て、薄ぼんやりとしていた痛みが鮮烈なものに変わった。

 

 

「い、っ……だ、ぁ」

『おいミナト! 大丈夫か!?』

「大、丈夫……じゃない……」

 

 

 体を縮め、痛みに耐えてキュアを使う。生理的な涙がこぼれ、氷の地面の上で凸レンズのように固まった。

 シキも体の同じ位置に傷を負っているのに、止血しただけで戦いに戻ることができているのには脱帽する。デストロイヤーはサイキックの自分よりもずっと頑丈だろうが、それにしたってタフネスすぎる。

 

 

『あの帝竜の牙、催眠効果があるみたいだ。意識の方は大丈夫か?』

「ん、リカヴァかけたから、なんとか……」

 

 

 大急ぎで傷口を塞いで応急処置をする。すっかり味に慣れてしまった薬を飲んで体の回復を促し、傍に火を浮かせて赤く濡れた体を乾かした。

 寒い。痛い。眠くて辛い。こんな状態でこんな場所にこれ以上いるのは無理だ。

 

 

(早く帰ってお風呂入って……いや、傷の手当てしなきゃ。手当してお風呂入ってご飯食べて……寝たい)

 

 

 したいことをとにかく思い浮かべていく。そうして生まれた欲求が、思考を奪う痛みを押し始めた。

 生きるための本能と欲、満たすには目の前の帝竜を倒すしかない。

 

 自分が戦いから離脱していることで、ゼロ=ブルーはシキだけに的を絞って猛威をふるっている。少女は八方から集中する攻撃に、両手両足を駆使して対処していた。

 今はまだ大丈夫。けれどそのうち限界がきて冷気に捕まってしまうかもしれない。自分だっていくら炎を出しても消された。というかゼロ=ブルーが起こすブリザードを相殺するだけで精一杯だった。

 

 

(今までは勢いで攻めれば倒せてきたのに。あとどれだけ火力を上げれば……いや、)

 

 

 シキが拳で急所を突き、自分が属性攻撃で包囲射撃。それがいつもの戦い方。けれどそれじゃダメだ。

 血が抜けたことで思考のまとまらなかった頭が冴えた気がする。

 分散して突破できないなら、一点に集中させればどうか。

 そのためにはまず……。

 

 

「シキちゃん、下がって……!」

 

 

 シキが素早く跳び退ってくる。追撃を加えようとゼロ=ブルーがブレスを吐き出した。

 こっちも冷気を操ってブレスの軌道を逸らす。互いの技が絡んで飛び散った。すぐ横でガキキキンッと音が連続し、鋭い氷塊が並び立つ。

 

 

「下がってって、何か案でもあるの!?」

「この膠着状態を続けても勝てない、やり方を変えよう! 寒いけど我慢して!」

 

 

 もう一度、自分たちに念入りにヒートボディをかける。

 シキを背後に庇い、火ではなく氷をゼロ=ブルーのブレスにぶつける。熱さと寒さが入り乱れていた空間は吹雪が吹き荒ぶだけになり、視界が真っ白に染まっていく。

 ゼロ=ブルーは戦い方を変えない。むしろ自分のフィールドで、自分の武器である氷を敵が扱ったことに興奮しているようにも見えた。

 帝竜が吠え、吹雪がより激しさを増す。

 

 

「っゔ……!」

 

 

 身を砕くような風圧。崩れ始める熱の鎧。息を吸おうとすれば口内の水分が凍って喉の感覚が死んでいく。何度も使って慣れてきたはずの冷気なのに、体中の感触が削げ落とされていく。

 耐えろ。絶対に目を閉じるな。ほんの少しでも力を抜けば、そこで氷の人形になって終わる。

 動け。動け動け動け動け。

 

 

「──動、けっ!!」

 

 

 血管が縮んで固まっている腕を振り抜く。指先でマナが破裂し、自分が操る冷気も勢いを増した。

 相手が放つブリザードは、波のように部屋中をなめ尽くして向かってくる。その一方的なベクトルを裂き、持ち上げ、脇に受け流す。

 冷気を溶かすものは何もない。互いが発生させる氷雪は絡み合って固体になる。

 そうしてホールは埋め尽くされ、戦闘を始める前の美しい原形は影も見えなくなっていた。

 

 十分すぎるほどブリザードを浴びせても獲物が倒れないことが気になったのか、不意にゼロ=ブルーが冷気を弱める。

 全身から力が抜けてくず折れた。気力を振り絞って前方を指させば、背後でシキが立ち上がる気配がする。

 

 

「そういうことか、任せろ!」

 

 

「あと寝るな! 死ぬぞ!」と背を引っ叩き、シキは全速力で駆け出した。

 

 シキの動きに気付いたゼロ=ブルーは迎え撃つような構えをとった。四肢を動かして横に回り、もうひとつの武器である尾に遠心力を乗せる。

 尾の先端、二叉の氷の穂先が光る。

 回転した巨大なそれがシキの体を捉え──

 

 ──る、よりも先に。

 

 ゴガンッ、と轟音を立てて氷の壁に衝突した。

 

 

「いよっし……!」

 

 

 帝竜は鳩が豆鉄砲を食らったように動きを止める。二人で思わず握り拳を作った。

 吹き荒れるブリザードを、熱気ではなく冷気で周囲に流す。そうすれば閉じた空間で氷雪は重なり固められ、あっという間に周囲の壁や地面は厚みを増した。セロ=ブルーの移動を制限し、全身を伸ばすことも難しくするほど。

 海を凍らせた絶対零度の帝竜が、自分の氷で自分の空間を狭めていたことにも気付かなかったようだ。

 

 

「っらあ!!」

 

 

 シキが気合いと共に剛脚をしならせる。

 デストロイヤーの脚は寸分狂わずゼロ=ブルーの横っ面を捉え、尾同様、頭を氷壁の中に突っ込ませた。

 地震かと錯覚するほどの揺れが空間を震わせる。ミナトがようやく立ち上がったときには、シキは帝竜の頭が抜けないように容赦なく蹴り続けていた。

 

 

「ほら、これがしたかったんでしょ? あとは──って、あんた顔色……ミロク、いやミイナ! 今すぐ風呂番に湯を沸かすよう言ってきて! あといつでも脱出できるように観測班に通達!」

『は、はい!』

『ミナト、しっかりしろ! あともうちょっとだ!』

 

 

 通信機の向こうが騒がしくなる。激励になんとか顔を上げると、霞がかかる視界の中、帝竜の首に乗るシキが手をこっちに伸ばしてきていた。

 

 

「ミナト! 来い!」

 

(……ああ、)

 

 

 パートナーに、彼女に名前を呼ばれて「来い」と手を差し伸べられちゃ、「行く」以外の選択肢がない。なんせ諦めることすら諦めろと言われてしまったのだから。

 体中感覚がなくて、最悪どこかが凍傷を通り越して壊死していても。

 

 

(うん)

 

 

 声を出そうとして、喉も冷たさで固まっていることに気付いた。

 なら行動で応えるしかない。

 震える手で瓶の栓を開け、白銀水を口に含む。ついでにチョコバーを呑むように押し込めば、少しだけ体温が戻った気がした。

 軋む間接に鞭打ち、体中にマナを巡らせながら、氷に埋まったホールを進む。

 

 

「うっさい、暴れんな! ミナト、急げ!」

 

 

 尾と頭を引き抜こうと身悶える帝竜に、シキが肘鉄をくらわせる。鋭い一撃にゼロ=ブルーの長い首がくの字に曲がった。

 地面に叩きつけられたその一部に、紫に変色した手が届く。

 正直、これ以上戦えない。呼吸をするだけで全身全霊だ。

 だから一撃で決める。

 

 

(集中)

 

 

 "concentrate"と英名で筆記されていたスキルがある。和訳すると「集中させる」という意味で、一体目のフリーズドラゴンと戦ったときに使った技だ。

 名前の通り時間をかけてマナを練り、集中させ、普通の倍以上の火力を発揮させるサイキックの技術。

 シキが粘ってくれたから準備はできた。

 

 Dz回収用のナイフで、氷の甲殻がはがれた帝竜の首を斬りつける。何度も刃を前後させてようやく十センチ程度の深さになった。

 この巨体からしたら小さな傷だけれど、人間の手を突っ込める隙間さえひらけば十分。

 血が滴り落ちるそこに両手を突っ込み、体の中で渦巻いていたマナを導いた。

 イメージするのは地獄の炎。怒りを体現するように猛る焔。

 放つのは、サイキックの火属性最大の術。名前を呼んでその力を現実のものにする。

 

 

「──イフリートベーン」

 

 

 赤い激流が傷口から帝竜の中へ流れ込んだ。

 

 ドムッ、と首が跳ねて脈打つ。

 ボゴンッ、と青い表皮が白く膨れ上がる。

 巨体を保護していた氷が溶解していく。

 

 脂肪分を燃料にして、体積を倍に増やしたゼロ=ブルーの首が、内側から燃焼して爆発した。

 

 

「あっ」

 

 

 やばい、これ自分も巻き込まれるやつ。

 

 反射的に目を閉じる。けれど痛みも熱さも、返り血に呑まれるような感覚もない。

 思い切り引っ張られて大きな衝撃に揺らされる。目を開けると、眠りから起こされたときのようにパートナーの顔があった。

 

 

「生きてる?」

「……今は」

「よし」

 

 

 シキが咄嗟に自分を抱えて避難してくれたらしい。彼女は血と黒煙を吐く帝竜の死骸を見て鼻をつまんだ。

 

 

「なかなかエグい殺し方したわね」

「だって、これだけ寒い中にいて平気なら皮とか分厚いだろうし、その下にもたっぷり脂肪があるかもしれないから……表面からの攻撃は通じにくいかと思って……内側から攻めた方が」

「なるほど。それだけ舌が回るならすぐには死なないか」

「そんなことない。寒い、死んじゃう」

「はいはい」

 

 

 たしか噴水広場付近に、自然発生していた脱出ポイントがあったはず。だがもう体が動かない。凍死しないようにしながら、この場で脱出キットが使える程度に回復するべきだろう。

 幸いまだマナはひねり出せるので、手の中に小さく火を灯して暖を確保する。

 シキが上着の前を開けて体を包んでくる。二人羽織のように寄り添いながら待機していると、帝竜の生体反応消失を確認したミロクが呼びかけてきた。

 

 

『おつかれ、13班。討伐終了だ。これで全ての帝竜を倒したことになる』

「やっと七体目か」

「ほんとに倒せちゃったね、なんだか実感湧かないや……」

『おまえたちは……すごいよ。でも狩る者とか、そういうことじゃなくてさ、自分の意思で戦ってるからすごいんだ。ガトウもアオイもリンも……みんな、すごいよ……』

 

 

 しみじみと感じ入るようにミロクは語る。さすがに泣いてはいないだろうが、死を待つしかない地下シェルターから出発して七体の帝竜を討伐したのだ。感動もひとしおだろう。

 

 

『……そうだ。総長のこと、キリノにはナイショだぞ』

「え、なんで?」

「一応、報告ぐらいはしておいたほうがいいんじゃ……」

『うん、上手く言えないんだけどさ』

 

 

 コホン、と気遣うような咳払いの後、ミロクは声量を少し落として優しく続けた。13歳の少年とは思えない、慈愛すら感じさせるような声だった。

 

 

『あいつ……たぶん総長のこと、好きだったと思う。だから、変に考えさせたくないんだ。ただでさえ、悩みが多いんだからさ』

「そっか。……うん、そうだね」

「さっきチョコねだってたくらいだし、大丈夫な気もするけど。まあ、そう言うなら黙っておくわ」

『ああ。……お疲れ様、13班。最後のサンプルを回収して、帰ろ』

 

 

 そうだ、大事な目的である検体回収を忘れていた。

 二人で固まったままずりずりと移動し、冷えた手で不器用に検体とDzを回収する。続いて残りカスほどのマナと治療薬を使い、なんとか体中の傷を塞ぐ。

 大きなため息を吐くのと同時に氷のダンジョンが光に包まれ、フロワロが光となって弾け散った。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 都庁に避難している一般人は、ムラクモ機関や自衛隊がまとめるフロアには出入り禁止になっている。

 それでも同じ建物の中で生活している以上、対ドラゴン戦線の動きは多少伝わる。人の口には戸が立てられないというように、ぽろりと情報が洩れれば広がるのはあっという間だ。

 ミロクとミイナが司令室でハイタッチをして数分後、都庁は七体目の帝竜討伐の話題で持ちきりだった。

 

 

「み、皆さん危ないです、落ち着いて! 階段は落ち着いて降りてください……!」

 

 

 キリノの呼びかけは大勢の歓声にかき消され、喜びに湧いた人々は我先に都庁入り口を目指す。

 しばらくして、13班を乗せた車が自衛隊員に誘導されて入り口前に来た。

 ブレーキがかかる音、ゆっくりと開くドア。何でもない一挙一動にも嬉しそうな声は止まらない。

 黒髪の少女が顔を出した瞬間、どよめきと高揚が大波のように広がった。

 

 

「来たぞ! ムラクモ13班だ!」

「すげぇ……かっこいい……!」

「え、超美人じゃん……誰だよクマみたいな強面だって言ったの……」

「うちの孫を……もらってくれんかの……」

 

 

 沸き立つ熱気に迎えられ、シキが車から出てくる。

 なぜかナビたちに司令室に入れてもらえず、キリノは13班の様子を確認できていない。けれど帝竜と戦ったのだから、シキもミナトも疲弊しているのは予想できる。

 毛布でぐるぐる巻きにされた何かを担ぐシキに、キリノはおかえりと両腕を広げて進み出た。

 

 

「任務、ご苦労様。ナビたちと廊下で盛り上がってたら、周りの人たちにも聞かれちゃってね。みんな我も我もと出迎えに来たってわけさ。賑やかすぎて迷惑したかい? ……、……シキ?」

 

 

 シキは答えない。数秒間を置いて、ひどく血の気の失せた顔が上げられる。

 また数秒して、ようやく彼女は現状に気付いたようだ。今にも閉じそうなまぶたに挟まれた目が、キリノと後ろの人々を行き来する。

 彼女は今までにない迎えに目を丸く……することはなく、

 

 

「浴場おおおーーーっ!!!」

 

 

 血まみれの体で血まみれの何かを担ぎ、都庁の上階に向かって絶叫した。

 あまりのボリュームに空気が揺らいだ。ソニックブーム……というほどではないが、風すら押しのける音波に弾かれ、人々は仰け反る。

 さらに頭上から「おおーっ!」と声が降ってくる。見上げると、大浴場が造られた北十三階の窓から、ボイラーのタツジと番台のトミコ、そしてユキ、ナミ、ムサシたち看護士が顔を覗かせていた。

 

 

「お湯!!」

「沸いている! 準備万端だ!」

「薬師さんから薬ももらって薬湯にしといたよ! 服のままでいいから早くお入り!」

「治療の準備!!」

「いつでも平気!」

「なんなら軽い手術もできるぐらいだよ!」

「ミナトちゃんはー!?」

「生きてるけど死ぬ寸前!! 今そっち行く!!」

 

 

 キリノを始め、出迎えに来た人々は置いてきぼりをくらってぽかんと呆ける。

 数秒後、シキが担ぐ毛布巻きが蝋人形のように生気を失ったミナトだと気付いて、ミロクとミイナが悲鳴を上げた。

 

 

「ミナト!? 映像で見るより怪我がひど──」

「話は後! くそっ階段上がる時間も惜しい! あ、キリノこれ検体!」

 

 

 シキは帝竜の検体を放り、一瞬で人々の間を突っ切って都庁の外壁に飛びつく。

 人を担いだまま猛烈なスピードで庁舎をクライミングしていく少女に、誰も反応できずにいた。

 彼女が通った場所に生温かい血が落ちているのを見て、ようやく事態を把握した誰かが叫ぶ。

 

 

「きゃーっ!!? ち、血!!」

「えっ、ちょっと、13班は!?」

「都庁の壁よじ登っていったように見えたんだけど……錯覚?」

 

 

 歓迎の場が修羅場に変わる。

 シキは一分足らずで十三階の窓に飛び込んで見えなくなった。クライミング世界記録なのではと思うのと同時にドバッシャーンと風呂にダイブしたであろう音が響く。

 続いて、

 

 

「っっっかゆーーーーーーーーーい!!!」

 

 

 薬湯で解凍されたミナトの悲鳴が都庁に木霊した。

 

 

「霜焼けかゆいーー! お湯沁みるーーっ!!」

「おいこら暴れるな! 全身浸かれ!」

「ミナトちゃん、治療するから動かないで!」

 

 

 内も外も大騒ぎになる中、キリノは隣にいる双子に視線を向ける。二人はシンクロしてついっと顔を逸らした。

 

 

「……ミロク、ミイナ?」

「何だよ」

「何ですか」

「なんで教えてくれなかったんだい!? 彼女たちの様子がわかれば、僕だって何か準備できたかもしれないのに! あのとき司令室に入れてくれれば……やっぱり僕もナビゲートに参加しておくべきだった……!」

「べ、別になんだっていいだろ。おまえの仕事はナビじゃなくて研究なんだから」

「そうです。ここからがキリノの出番。ドラゴンクロニクルの解明までもう少しでしょう?」

「そ、それはそうだけどさ……」

 

 

 自分よりずっと年下の子どもに言い聞かされ、言い返せずに口をとがらせる。

 双子はなぜかそっけない態度で、検体を持つ自分の腕をつついてきた。

 

 

「ぼーっとするなよ。本当の意味ではまだ終わってないんだ」

「13班が命懸けで採取してきた検体です。何かあったら許しません」

「わ、わかったよ、わかった。だからあまり押さないで……」

 

 

 軽くパニックを起こしている人々を自衛隊が宥めている。それを横目に、キリノは両腕の中を見下ろした。

 検体が入っているケースは血や泥で薄汚れている。氷河期のような地帯にいたからか、表面にはわずかに冷たさの名残があった。

 

 

「……これが最後のサンプルか。確かに受け取った」

 

 

 S級の異能力者とはいえ、13班はたった二人の女性。ドラゴンと戦えるとはいえ、彼女たちは力を持っただけの、自分たちと同じ人間。

 そんな二人が体も心も傷を負ってもぎ取ってきてくれた希望だ。無駄になんてするものか。

 

 

「ここから先は……僕の仕事だ、命にかえても解析を完了してみせるよ。それまでの間、ゆっくり休んでくれ」

 

 

 絶対に、絶対に、無駄にはしない。朝と夜がめぐるように、絶望と希望は紙一重。裏返すことができるまであと少しだ。必ず手を届かせてみせる。

 

 頭上からは相変わらず彼女たちの悲鳴が聞こえる。

 

 

「うううううやだ、やだ痛い痛いー!! 死んじゃう、死んじゃうー!」

「死なないっつーの! いいから動くなって、この……!」

 

「ははは……」

 

 

 あそこにもう一人がいたら、「大丈夫です! ほらセンパイ、チョコバーですよ!」なんて場を和ませていただろう。

 そうだ、ついこの間までいたのだ。彼女たちの傍に、もう一人が。

 

 

「いけないいけない。いつまでもぼーっとしていたら、四ツ谷のときみたいに叱られちゃうな」

 

 

 そういえば今の今まで、身を挺して助けてもらった礼を言えていなかった。

 

 

「……よし、エネルギー補給だ」

 

 

 失礼だったなと反省しつつ、思い切って白衣のポケットに手を突っ込む。つかんで取り出したのは一本のチョコバーだ。

 静かに袋を開封する。途端に甘い香りが鼻をくすぐり、ミロクとミイナがこっちを見上げてきた。

 

 

「あ、それ」

「……待ってキリノ! ミロク、私たちも」

「……ああ、そうだな」

 

 

 ナビの二人も、それぞれポケットやポーチからチョコバーを取り出して一気に封を破る。

 今ここに立っている自分の鼓動は、彼女がつないでくれたものだ。理不尽な形で止められてなるものか。

 

 

「……ありがとう、13班」

 

「それから、君も」

 

 

「いただきます」と三人合わせて声に出す。

 大口で頬張ったチョコバーがザクリと小気味いい音を立てた。

 

 





6章と同じくサブクエや奥義関係の話でもうちょい7章は続きます。
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