2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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タイトル通り決戦前のイベント。今回はサブクエ中心になります。
次回から東京タワーへ出発です。あれタワーって言えるのかどうか。



CHAPTER X  神 ∞∞∞∞ ヒト Nyala of 7th
36.決戦前 - シキとタケハヤとミナトとネコ -


 

 

 

 息を吸って、吐いて。

 早朝の新宿に風は吹いていない。動かない限り一本も揺れない自分の髪がその証拠だ。

 もう一度、今度は限界まで吸って、ゆっくり吐く。誰もいない都庁前広場で、手に握る得物だけに意識を集中させる。

 

 思い出せ。今まで戦ってきた相手はどう動いていた。体の向きに、手と足の捌きはどんな風に連動していた。

 間合いの取り方、攻撃のタイミング、防御の方法は。

 

 

「……」

 

 

 呼吸と鼓動のリズムを重ねようと試みる。

 緊張からか、鼓動がいつもより早い。落ち着いて深呼吸をして……だめだ、息を吐きすぎだ。

 少しずつ、心臓が脈打つペースを落として。

 

 

(一、)

 

 

 ドクン、と鼓動が一つ。

 

 

(二、)

 

 

 ドクン、と二つ。

 ドッ、と三度目が始まって、

 

 

(ここだ)

 

 

 心臓の動きと息、足を踏み出すタイミングすべてがつながる。

 目の前にガトウの背中が見える気がした。

 思い出の中の彼を追って、下段に構えていた両手を持ち上げる。

 

 

「──ッシ!」

 

 

 気合いとともに一瞬だけ息を吹く。

 握りしめるのはいつものナックルではなく、鋭い刃物。

 朝日に光る刃を全力で振る。切っ先は想像上の敵を確かに捉え、

 

 ガツッと。

 

 

「あ?」

 

 

 間抜けな声を出したと気付くのに少しかかった。

 切っ先は敵より先にアスファルトに引っかかった。重心を前に移動させていたから、体が一気に傾く。

 

 

「った、た! い゙っ!」

 

 

 顔から地面に衝突し、そのまま前転して背中と足が叩きつけられる。

 青い空と白い雲。目の前に、気が抜けるくらいパッと見平和な天気が広がった。

 

 

「……」

 

 

 右手につかんだままの武器を見つめる。先日ケイマが自分用に仕上げてくれた、訓練用の剣だ。ガトウの物と違って身は細く、長すぎなくて振りやすい。

 それでも地面に引っかけて転んだのは、自分の振り方がなっていなかったから。ドラゴンと戦うときは自身が小柄なことを活かして攻撃をかいくぐることが多いから、くせで体を下に構えすぎた。

 

 

「もう少し姿勢を上にしていいか……」

 

 

 背中をさすって起きあがると、後ろで都庁の扉が開く音がした。

 住民の誰かが出てきたんだろうか。「シキちゃーん」と間延びした声で呼んでこないから、ミナトでないことはたしかだ。

 なら誰でもいいかと興味をなくし、無視して剣をもてあそぶ。が、柄と指先が上手くかみ合わずに取り落としてしまう。

 

 次の瞬間、相の手のようにぷっと背後で息が吹き出された。

 

 息の主を勘で悟り、脇に置いてあった剣の鞘をつかんで振り返り様に投擲。一瞬遅らせてそこらへんの小石も追加。

 相手は臆しもせず鞘を片手でキャッチ、小石は悠々と足で払いのける。攻防はたった一秒で終わった。

 一般人ならまず見切れないはず。遠慮なくスピードを出したのに防がれた。ならもう、病人として気遣う必要はない。

 

 

「冷やかしなら帰れ」

「悪いな。おもしれぇモンが見えたもんでよ」

 

 

 よりによって朝食よりも早く顔を合わせて、一番見られたくない奴に醜態をさらしてしまうなんて。

 舌打ちをすると、タケハヤはやれやれとでもいうように肩をすくめた。

 

 

「俺の見間違いじゃなければ、剣はおまえの専門外だろ。このタイミングで何しようとしてんだ?」

「ミヅチと戦うときは今まで通り拳でいく。あんたには関係ない」

 

 

 早々に会話を打ち切って背中を向ける。今の言葉と態度で拒絶とわからないほどバカじゃないだろう。こいつに構っている暇はない、今は一分一秒が惜しい。

 戦闘技術は一朝一夕で完成するものではないと今までの人生で知っているから、対ドラゴンなどの重要な戦いに剣は使わない。けれど新しい可能性、戦法に手を着けるなら早々に研究を進めるべきだ。

 複数の異能力が──たとえばハッカーの持つハッキング能力と、自分のようなデストロイヤーの筋力が同時に── 一人の異能力者に発現することなんて滅多にない。

 ただ、素質があれば、似ている能力ならば、経験を積んで鍛え抜けば……使い物にできる可能性はゼロじゃない。

 サイキックのミナトはマナの総量とコントロールに突出しているが、トリックスターのような銃器の扱い・身のこなしはできないし、サムライのような剣技も持ち合わせていない。他の能力を伸ばすことは難しい。だから自分がやるのだ。

 

 

(デストロイヤーは運動能力。サムライは身体能力。身体能力は元々体に備わっている能力で、運動能力はそれを生かしてパフォーマンスを発揮する力)

 

 

 厳密に言えば身体能力と運動能力は似て非なるもの。けれど確かにつながってはいる。

 自分はSランクの運動能力を発揮しているからこそドラゴンと殴り合いができている。なら、その源泉である身体能力だって並以上はあるはず。

 剣を使いこなすことができれば。

 

 

(何て言ったっけ? たしか「風林重ね」。あれができれば、ネコとダイゴがやってた連携技が私たちでも──)

 

 

 手の中の得物を睨んで考え続ける。すると、まるで剣が視線から逃げるように宙に浮いた。

 独りでに動くほどにらみすぎたかと驚いて見上げると、後ろから肩越しに伸ばされた手が剣を持ち上げていた。

 

 

「ふーん、軽めだな。小振りだし、おまえに合わせてんのか」

「あんたまだいたのっ? ……ちょっと、返して!」

 

 

 慌てて振り向いて、すぐそこにある胸板に鼻をぶつけそうになる。

 自分の手をひらりひらりとかわし、タケハヤは取り上げた剣を観察する。

 太陽に向けてかざし、剣の芯をノックし、刃を指でなぞる。開発班でもないくせにそんなことをしたって何がわかるというのか。

 彼は剣をいじっては自分と交互に見つめ、おもむろに返してきた。

 

 

「だから、冷やかしなら」

「違う。強く握りすぎだ」

「は?」

 

 

 タケハヤは片手を前に出して「こうだ、こう」と開いてみせる。

 剣の持ち手のことを言っているのだと気付き、試しに柄を握る指から力を抜いてみる。

 

 

「小指は緩めすぎんなよ。左手も使って、まずは両手で持て」

 

 

 小さくあくびをしながらタケハヤが後ろに回る。

 振り向くより先に両肩の外から筋張った大きい腕が伸びて、剣を構える自分の手に添えられた。

 後ろから抱えられるような姿勢になっている。背中も肩も余裕でタケハヤに囲まれ、頭の上で彼の顎が動くのを感じた。

 

 

「おまえが持ってんのはバットじゃなくて剣だろ。んな握り方じゃまともに振れやしねぇ」

「何、いきなりどういう風の吹き回し?」

「すっころんだり落としたりと見てらんなかったんでな。指を何本か切り落とす前に、優しい先輩がアドバイスしてやろうと思ってよ」

「はあ!? あ、あんたいつから見てた!」

 

 

 すっぽり包まれていることが腹立たしい。こじ開けようとしてもタケハヤの腕は離れない。病み上がりのくせに腕力はあるみたいだ。

 暴れる自分にくっくと笑いを噛み殺し、彼は構わず体を動かした。くっついているうえに手をつかまれているので、もちろん自分も動かざるをえない。

 

 

「構えるときはあんまり力むなよ。腰も足もそこまで曲げなくていい、低くしすぎたらいざってときに出遅れるからな。思い切り叩き込むときだけにしとけ。……おまえ、右利きと左利きどっちだ?」

「両利き。手も足も、片側が使えなくなっても対応できるようにしとけってナツメに」

「チッ、そこまでばあさんに仕込まれてんのか」

「頭の上で舌打ちするな」

「あのアマが親代わりなんて、おまえも貧乏くじ引いたなぁ」

「……なんで?」

「あ?」

 

「なんで()()()()()()()()()()だなんて考えた?」

 

 

 今までの軽口はどこへ行ったのか、青年は押し黙った。

 答えを待っても返ってこない。なら代わりに喋ろう。こいつとは白黒させたいことがまだまだあるのだ。

 

 

「外れじゃないけどね。あいつに目を付けられてからずっと傍に置かれて育ってきたし」

「……」

「私の家はムラクモだし、良心のある大人も稀にいたから面倒見てもらったけど、大して情はない。私もあいつも全部仕事で義務だったし」

「……」

「ナツメのことを親とか親代わりなんて思ったことは一秒だってない。あいつのことは物心ついたときから嫌いだった」

 

 

 頭を動かしてタケハヤを見上げる。その目をまっすぐ見据えて、はっきり言った。

 

「これだけは忘れるな」。

 

 

「『日暈 棗は信用するな』。あんたが私に言い聞かせたんでしょ。十年前に」

 

 

 彼に表情はない。感情の読みとれない目には自分の顔が映っているだけだ。

 都庁前広場に風が吹き始める。髪や服が緩やかに揺らされる中、互いを捉える瞳だけは釘づけにしたままでいた。

 何秒経ったのか、その間どんなことを考えていたのか。

 

 

「そうかい」

 

 

 こっちを見下ろしていたタケハヤは、肯定も否定もせず、他人事のように目を閉じる。

 話は終わったとでも言いたげに雰囲気が切り替わる。開かれた瞳はいつも通り皮肉気な笑みを浮かべていた。

 

 

「で。続けんのか、やめんのか?」

「続けるに決まってんでしょ。朝食までまだ一時間ある」

「そうかよ。右利きの場合でいくぞ。親指は中指に付けて、人差し指は鍔に添えろ」

 

「……このドアホ」

 

「あ? 何か言ったか?」

「別に。あんた耳まで調子が悪いの?」

「かわいげねぇなぁ。そりゃきれいな顔して男の影もないわけだ」

「必要ないっつってんでしょ」

 

 

 頭の上でため息がつかれる。なぜだか笑っているような雰囲気があった。

 炊き出しの準備か、胃を刺激する香りや蒸気が流れる広場で、いつもと違う朝が始まる。

 

 結局負けず嫌いの血が騒ぎ、朝の訓練は素振りから組み手、組み手からタケハヤとの切り結びになり、決着とはならずにいつもより時間が延びてしまった。怒りで歯軋りしながら13班の部屋に戻る。

 

 

「あ、シキちゃんおはよう。いつもより遅かったね」

「まあね」

 

 

 寝間着姿のミナトが朝食を食べ始めている。タイミング良く自分の分も用意してくれたようで、テーブルに置かれたプレートは湯気を立てていた。感謝しつつ席に着く

 

 

「ったく、あいつ思ったより元気になってた……」

「? なあに、誰かと一緒に朝練してたの?」

「まあね」

 

 

 剣は得意じゃないとはいえ、病人相手に競り負けていたのが悔しい。怒りを歯に込めて固い漬け物をかみ砕く。

 一方ミナトは汁物から手をつけ、いつもより少し急くように食事を進めていく。手は箸を動かしながら、視線はテーブルの隅にあるクエストリストを眺めていた。

 行儀は悪いと思うが、人間はいつ破滅が訪れてもおかしくない状況だ。この部屋には政治家みたいなお偉方がいるわけでもなし。ふざけているわけではないなら、時間を効率的に使うことに文句はない。

 

 

「確認したけど、まだ東京タワーへの突入準備はできてないみたい。とりあえず、私は溜まってる依頼でも消化しにいくね」

「毎日毎日、よく飽きないわね」

「病は気からって言うし、不安の種は早いうちに潰しておいたほうがいいでしょ? 寄せられる相談って、都庁の生活環境の改善にもつながるものが多いから、やって損はないと思うよ。ごちそうさまでした」

 

 

 朝食を食べ終え、食器を片付け、ミナトは身支度を整えていく。

 ぱたぱたと忙しなく動く背中を観察し、白米をほおばりながら考える。

 13班になる前はドラゴンと戦うことなど無理だと嘆いていた人間だ。親しい者が体温を失って帰ってきた際、彼女の心は文字通りどん底に沈んだだろう。

 あのとき声をかけておいてよかったと思う。ミナトは自分に応えて立ち上がった。朽ちかけていた心は血を流しながらも、なんとかここまで歩けてきている。

 ただ、どの程度まで回復したのか。どこまで言葉を使って踏み込んでいいのか。接し方は依然はかりかねている。

 とりあえず、大丈夫なのかだけ確認したい。この先何かの弾みで相棒が粉々に砕け散るなんて最悪の展開はごめんだ。

 

 

「ミナト」

「ん?」

「あんた、大丈夫なの」

「うん、怪我は治ってるよ。完治しないまま動いてもいいことないから。そこはちゃんと気を付けてる」

「いや……」

「異能力者として体を鍛えてきたからかな。最近、傷の治りが異様に早いというか、戦闘がない日は体力が余ってるというか……訓練も毎日同じやりかただとマンネリ化しちゃうし」

「そっちじゃなくてメンタルの話」

 

 

 一瞬、ほんの一瞬だ。電波が悪くてもたつく映像のように、ミナトの動きがわずかに鈍った。

 うーん、と、献立に悩む主婦みたいに首が傾げられ、髪が重力に従って垂れ下がる。

 

 

「そっちは大丈夫なんて言えないかな。……たぶん癒えないよ、いつまで経っても」

「あんた、ナツメと戦えるの?」

「いやぁ、どうだろう」

 

 

 私弱いからと、今の彼女が口にしなさそうなネガティブな言葉が漏らされる。

 振り向いたミナトは笑顔だった。ただ、わざとわかりやすくしていると感じるほどの作り笑いだ。

 

 

「今以上に鍛えていかなきゃ、返り討ちにされちゃうかも」

 

 

 それじゃ、と彼女が踵を返したところで、ターミナルが音を鳴らす。

 ミロクからの通信だ。「おはよう、13班」とあいさつする少年ナビの表情は穏やかだった。

 

 

『キリノが、例の兵器を完成させたらしい。会議室に集まってくれってさ。今回はオレたちも参加するよ。先に行って待ってるぞ!』

 

「……まずはこっちだね」

「先に行って。後からすぐ行く」

 

 

 部屋を出るミナトの背筋は自然にすらりと伸びていた。

 この数か月で随分変わったなと思う。彼女自身が言ったように、人竜ミヅチ──アオイたちの死──は生涯消えない傷になった。けれど、志波 湊はもう簡単に折れてしまうほど脆くはない。

 むしろ、さっきの作り笑いと合わせると、弱っているというよりは。

 

 

(……あいつ、本気で怒ると却って大人しくなるのか)

 

 

 ナツメのことを口にした瞬間、髪の隙間から覗いた眼差しに鋭利な光を見た。どこまでもくらいつく猟犬のような、躊躇なく目標を貫く弾丸のような鋭い意志。

 

 元ムラクモ総長は神を名乗り、おぞましい人竜ミヅチへと変生した。だがその神は、自身を殺すかもしれない虎の尾を踏んでしまったことに気付いていない。

 

 

「ナツメ、あんた、後悔するわよ」

 

 

 呟いて、料理を喉の奥へ押し込む。

 数分で朝食を終えたシキはそのまま会議室へ向かおうとして、最近自分たちがいない間に部屋に差し入れを置いていく輩が多いことを思い出した。

 なぜ部屋の主がいないタイミングにするのだろう、おかげで物を適当に置くこともできない。

 まあ悪い気はしないけど、と胸中で付け加えながら、食器を汚く見えない程度に片づけて部屋を出る。

 

 早足で到着した会議室には、いつも通りの作戦会議メンバーが集まっていた。

 

 

「遅れた?」

「いや、シバくんが来てから五分も経ってないよ」

 

 

 中央に立つキリノが、相変わらずくまの目立つ目を緩める。

 準備が整ったということもあってか、今朝ターミナル越しに見たミロクのように全員が落ち着いた表情をしていた。スリーピーホロウ討伐後のてんでんばらばらな会議とは大違いだ。召集したものがみんな集まったことを確認して、キリノが口火を切る。

 

 

「昨晩、研究班は新兵器ドラゴンクロニクルを完成させました。これによって、あの障壁を打ち破り……東京タワーを攻略することが可能になります。そして今、タケハヤには先行してドラゴンクロニクルの準備にかかってもらっています」

「そうか、いよいよだな……!」

 

 

 気合を見せるリンの返事とは対照的に、ダイゴとネコのSKY組は表情を変えない。ダイゴは元から物静かだが、ネコまで一言も発さないのは違和感がある。

 たぶんタケハヤのことだ。今朝見た限りはいつもと変わったところはなかったが、この場にいない青年は何かをしようとしている。それこそ世界を左右させるような大切な何かを、仲間の誰にも話さずに。

 本当に、SKYのリーダーは隠しごとと独り占めが好きらしい。あのアホ、と声に出さずに悪態をつく。

 

 

「タケハヤが障壁を破壊した後は、都庁あげての総力戦です。戦える者は全て13班をバックアップし、東京タワーを制圧。そして13班は、頂上部にいる、東京最後のボス竜──」

 

 

 しん、と会議室が静かになる。

 キリノは一瞬止まって、噛みしめるようにゆっくり、深くうなずいた。

 

 

「ミヅチを……討伐してください」

 

「……なーんだ、自分で言えるんじゃん」

「キリノが言えなかったら、私たちが……って思って来たのに」

 

 

 固唾を呑んでという様子で見守っていたミロクとミイナが瞬きを繰り返し、はーっと大きく息を吐いた。真剣な表情をいつもの柔和な笑みに崩し、キリノは恥ずかしそうに頬をかく。

 

 

「見透かされてたか。ずっと、口にできなかったからね。たしかに、彼女のこと……未練があったのかもしれない。でも、決めたんだ。彼女は僕の最愛の師であり……そして、倒すべき、人類の敵。僕は……それでいい」

 

 

 仕方ないという様子でもない、苦渋の決断という様子でもない。戦いの先にある「みんなで生き残る」という未来をしっかり捉えた目で、キリノははっきり言い切った。

 

 

「観測班の情報では、全ての帝竜を討伐して以来、明らかに関東一円でのドラゴンが激減している。一部、異界化した街並みが元に戻ってきているという報告もあります」

「おおっ……!」

「作戦決行は明日。各自、十分に準備を整えてください。ではまた明日、作戦前にこの場所で……。──解散!」

 

 

 以前、会議室の隅でしおれていた後ろ姿はどこへやら、名実ともに司令官の役割を果たすキリノの号令に、各メンバーが一斉に動く。

 部屋を出ていく六人を見送り、シキはキリノに向き直った。

 

 

「そのドラゴンクロニクルってやつ。本当に完成したのね。必要な物はそろってたし、信じてはいたけど」

「ああ。こういうのを、思いの結晶と呼ぶのかもしれないな。君たちと僕の努力、都庁のみんなの協力──そして、彼の決意があったからこそだ」

 

「……ねえ」

 

 

 タケハヤは、と続けようとして、口を閉じる。

 あの男は水面下で何かをしようとしている。その詳細を知るのは、ドラゴンクロニクルを完成させたキリノだけだろう。

 タケハヤに直接尋ねても絶対答えない。問うならキリノかアイテルしかいないと思っていたが。

 

 

「シキ?」

「シキちゃん……? どうしたの?」

 

 

 キリノとミナトが顔を覗き込んでくる。

 応えることができず、じわじわと眉間にしわが寄っていくのを感じる。

 

 柄ではないが、迷う。関係者を片っ端から問い詰めタケハヤの企みを暴くか、何も探らずにいるか。

 前者はやろうと思えばできるだろう。ムラクモの主戦力、竜を狩る者、人竜ミヅチと相対するだろう13班。その立場の自分たちにドラゴンクロニクルの使い道が共有されないのはおかしい。この理屈は十分通じる。

 けれど、

 

 

『あ~あ、そろっちゃったかー。……ん~にゃ、ダメなことなんてないよ? むしろ、そろえなきゃ怒ってた! そーいうもんなの』

『……人気者だな。虚勢でもいい、胸を張ってみせてやれ。俺の知るリーダーとは……そういうものだ』

 

 

 ネコとダイゴは、タケハヤが一人で進むと悟った上で、待ったをかけようとしなかった。血縁がなくとも誰よりたしかな絆を結んだ、家族である二人がだ。

 十年前、外に逃げずにムラクモに残った自分。命を投げ捨てる覚悟でタケハヤを追い、ムラクモから脱け出したネコとダイゴ。どちらが彼を理解できているかなんて考えなくともわかる。

 たとえ今二人を追いかけ、本当にいいのかと問いかけても、返ってくる答えは同じだろう。

 なら。

 

 

「……わかった」

 

 

 誰に向けるでもなく呟く。自分自身の胸に結論を刻む。

 たとえ納得できなくても、腹が立って仕方なくても、彼の道に立ちふさがるような真似はしない。自分が迷わずドラゴンと戦うと決めたのと同じで、タケハヤも自身を貫くだけなのだから。

 十年前、とっくのとうに道は分かたれていた。交差すれど、一つの道として束ねられることはない。

 だからタケハヤは自分が何度尋ねても、いっしょにいたあのときに言及しようとしなかったのかもしれない。

 自分もあいつも、それぞれの道を行く。ただそれだけだ。

 

 

「キリノ」

 

 

 ずっと黙りこくっていた自分を見てうろたえている上司を呼ぶ。

 何だい、と腰を落として目線を合わせる彼の胸に拳を当てた。

 

 

「もしタケハヤが、私に何も言わずに行くつもりだったら、伝言お願い」

 

 

 耳をかっぽじってよく聞け、タケハヤ。これが最初で最後の見送りのあいさつだ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 東京タワー攻略作戦。決行は明日。それまではまだ少し時間がある。

 厳しい戦いになるだろう。体も心も無傷では済まないかもしれない。気がかりなことがあれば先に片付け、明日はミヅチ討伐に集中できるようにとキリノから言い渡された。

 その言葉に素直に従い、ミナトは迷うことなく足を進める。

 全ての帝竜が討伐されたことで心が晴れたのか、朗らかに笑うイヌヅカ総理とあいさつを交わし、廊下の隅、神妙な様子で腕を組んでいる政治家に声をかけた。

 

 

「あの……アリアケさん、おはようございます」

「ああ、おはよう」

 

 

 腕組みを解いたアリアケ議員はいつものように優しく微笑む。

 チェロンからの連絡で受けた、ミナトを指名している依頼を確認すると、彼は間違いないと頷いた。

 

 

「たしかに、私が出した物だ。わざわざ指名して悪かった……どうしても、他の人間に頼みたくなくてね」

「いえ、大丈夫です。それで、内容は……」

 

 

 自分を指名した時点で予想はできている。この2人しか知らない、あの時のことだ。

 

 

「依頼というのは、娘の……寧子に関することだ」

 

 

 幼い娘を拐われてしまったアリアケ議員と、幼少時にムラクモの研究所にいたネコ。つい先日発覚した意外な血縁。

 その後のネコは何もなかったようにふるまっていたが、当然、アリアケ議員は娘のことで気が気じゃなかったみたいだ。

 

 

「正直なところ……どうしていいか、迷っている。ただ、今はあの子のことを知らなければならないと、思うんだ。そして……困っていることがあれば、力を貸してやりたい」

 

 

 いっしょにいたのはネコが拐われるまでのたった三年。片や政治家として活動し続け、片やムラクモから脱走、渋谷で野良猫のように育った異能力者。

 親子であるはずの二人は、途方もない空白で隔てられている。けれど、アリアケ議員が口にする言葉は真摯で、娘を案ずる父親そのものだった。

 

 

「……頼む、SKYの子から、寧子に関する話を、聞いてもらえないか?」

「わかりました。できるだけやってみます」

 

 

 ネコからしたら余計な世話かもしれない。部外者が首を突っ込んで不愉快に思うかもしれない。

 それでも、純粋に子どもを心配している父親の姿を見て知らない振りはできなかった。……この災害下で肉親が身近にいるという境遇が、少し羨ましくもあったから。

 

 小走りでSKY居住区に向かう。

 アリアケ議員は「困っていることがあれば力を貸してやりたい」と言っていた。彼女に今悩み事はないか聞き取りをしてみよう。

 SKY居住区に入り、すぐそこにいたスイという青年に声をかけてみる。

 

 

「ん……なんか用か? ……ネコのこと、どう思うか? そ、そんなこといきなり聞かれても……! まあ、なんつーか、そりゃ、あれだな。頼りに、してるよ。あと、かわいいし……信頼できる仲間っていうか? もう家族みたいなもんっていうか? それに、かわいいし……めちゃくちゃ強いしな……しかも、かわいい──」

 

(ダメだ、同性に聞いたほうがいいか)

 

 

 女同士なら言いにくいことも打ち明けられるだろう。ネコとよくつるんでいる女性メンバーに声をかけると、彼女は真剣な顔でネイルを仕上げながら声だけで返事をした。

 

 

「ネコのこと、何か聞かせろって? な、何よ突然……! もしかして、ムラクモの誰かがネコを狙ってるんじゃ──」

「いえ、そうではなく。例えば困りごととか、最近悩んだりしてないですか?」

「あ、そーいうこと?」

「ほら、SKYのみなさん、都庁に移ってきて少し経ちますけど、大変なこととかないかなって。ケンカとか、空気がギスギスしてるとか。……いじめ……はさすがにないだろうけど」

「……誰もそんなコトしないって。仲間だしさ。それに、ネコより強いのって、ダイゴとタケハヤくらいだもん。逆にボコられちゃうっての」

 

 

 悩み事ね、と視線を天井に向け、彼女はネイルにふーっと息を吹きかける。

 

 

「んー……こないだ、ペンダントなくしたって、珍しく落ち込んでたよ。たぶん、いっつも着けてたやつじゃないかな。何か大事らしくてさ」

「ペンダント?」

 

 

 そういえば、初めて渋谷で会ったときと、首都高で衝突したとき、彼女の首元には綺麗な石のついたチョーカーが巻かれていた気がする。この間見たときはチョーカーのみだったけれど。

 

 

「どこでなくしたのか心当たりは?」

「たぶん四ツ谷で落としたんだって言ってたよ。あそこって、毒沼があるんだって? それでネコも諦めちゃったみたい」

「なるほど……そのペンダントって……身近な人の形見だったり?」

「さあ……? ネコもそうだけど、あの三人は、昔のこと話さないからね。でも、あの落ち込みようからすれば、かなり大事なモノなんじゃん?」

「そっかぁ……」

 

 

 このご時世にあの生い立ちだ、思い入れのある品は心の支えのひとつだろう。

 アリアケ議員とのこともあるが、そのペンダントがまだ無事なら、見つけて返してあげられないだろうか。

 女性に礼を言って部屋を出る。会議室フロアに戻ると、相談を聞いた時から変わらず廊下の隅で待っていたアリアケ議員が手を振った。

 

 

「アリアケさん、お待たせしました」

「ああ……何かわかったのかね?」

「それが、ネコは最近、ペンダントをなくしてしまったらしくて」

 

 

 一部メンバーがネコに対して熱視線を送っていることは伏せて、聞き取ったことを伝える。

 帝竜の領域と化していた四ツ谷、そして毒の沼。話を聞いたアリアケ議員は難しそうに顔をしかめた。

 

 

「ふむ……四ツ谷のペンダントか……。とりあえず、把握した。まずは情報料として、報酬の一部を受け取ってほしい。その上で、相談がある」

「はい」

「先ほどの話にあったペンダント……寧子のために探してやってくれないか? 自分で探しに行けないのが歯がゆいが……四ツ谷では、手も足も出ない」

「はい、そのつもりでした。今日中に見つけられるかはちょっと難しいですけど、がんばります」

「すまないね。もしペンダントを見つけたら、まずは私のところに持ってきてほしい。よろしく頼むよ」

 

 

 四ツ谷に巣食うドラゴンは全て倒した。失せ物探しだけなら、毒沼とマモノに注意すれば一人でもできるかもしれない。

 シキとミロクに通信を飛ばして事情を伝える。シキはやることがあるため同行はできないとのことだった。彼女も彼女で、SKYからの依頼を受けたらしい。

 

 

『ほんとお騒がせ集団よね、あいつら』

「まあまあ、いっしょにドラゴンと戦う仲間だしさ。それにシキちゃんが自分からクエスト受けたってことは、興味のある内容なんでしょ?」

『ノーコメントよ』

 

 

 なんだかんだ言いながら、シキもシキでSKYと交流を重ねているようだ。犬歯をむき出しにして彼らを威嚇していた頃が懐かしい。向こうに聞こえないようにこっそり笑う。

 ミロクと観測班に準備を進めてもらい、脱出ポイント経由で四ツ谷に入った。ロア=ア=ルアの擬態ではない、本物の月に照らされてコンクリートの地面に影が落ちる。

 

 

「相変わらずの夜……。毒沼って言ってたし、このエリアの付近だと思うんだけど……あっ」

 

 

 天体の光が降る街の中、数メートル先で何かがきらりと光った。

 近寄ってみると、わずかに見覚えのあるペンダントトップが転がっていた。女性が好みそうな、質素だけど可愛らしい形のフレームと、そこに収まる綺麗な石。

 以前この場所には何もなかったはず。新しく物が落ちているということは、自分たちの後に誰かが来たということ。ダンジョンに踏み込めるなんて度胸と実力を持つ人物、ムラクモ以外ではSKYしか知らない。

 

 

「うん、ネコ……ので間違いないかな。すぐ見つかってよかった」

 

 

 ドラゴンが来ていなければ今日も星座占いが放送されていて、自分の星座が一位だったかもしれない。

 幸運に感謝しつつ都庁に戻る。エントランスの入り口に立つと、入れ違いでシキが外に出るところだった。

 

 

「あれ、シキちゃん」

「あ? あんたさっき出かけたばかりでしょ。戻るの早くない?」

「脱出ポイントのすぐそばに探し物があったの、ラッキー! シキちゃんは今から?」

「ああ、ちょっと国分寺に」

「あ、じゃあちょっと待ってくれれば私も行けるけど」

「……いや、いい。一人でどうにかできる」

 

 

 ふいっと顔を逸らされる。気を遣っているというよりは、踏み込んでほしくはなさそうな態度。逆にこっちが気を遣ったほうがいいと感じる雰囲気だ。

 ここ最近、シキはSKYメンバーと同じで物思いにふけている。たぶんタケハヤのことだろう。

 最初は彼女がここまで人を気にするなんてと驚いたが、国分寺での会話を聞く限り、二人は浅からぬ縁がある様子。SKYからの依頼を受けたのもそれが絡んでいるのかもしれない。

 シキはキリノに、タケハヤに向けた伝言も残している。彼女から話してこない限り突っ込むのは野暮だ。気を付けてとだけ伝えておこう。

 

 

「明日は決戦だし、何かあったらいけないから、難しいと思ったらすぐ呼んでね」

「まさかあんたにそう言われる日が来るなんてね。……頭に留めておく」

 

 

 ウォークライに燃やされる前の長さに戻ってきた黒髪を揺らし、シキはさっさと都庁を出て行く。その背を見送ってからアリアケ議員のもとに戻り、おそらくこれかと、と四ツ谷で拾ったペンダントを渡した。

 娘を身近に感じられるのか、彼は嬉しそうに手の中のアクセサリーをなでた。

 

 

「おお、これが寧子の……! ……ふむ、見た感じは、何てことないな。石もただのガラス製だ」

「ただの……でも、ネコにとってはすごく大切な物らしいですよ」

「う、うむ、そうだったね、失礼。……これからこれを、返しに行こうと思うんだ。私たちに必要なのは、話すきっかけ……そう思わないかい?」

 

 

「とはいえ」と、彼は苦笑して頭を掻く。政治家としてではなく、年頃の娘にたじたじな父親の顔だ。

 

 

「内心は不安でいっぱいでね……ついてきてくれるかい」

「わかりました。お邪魔でなければ」

 

 

 気まずくなりませんようにと祈って再びSKY居住区へ入った。

 遊技場のような部屋を進み、手作り感溢れる壁で仕切られた女性用スペースに、訪ね人はいた。あまり目立たないよう声を小さくして名前を呼んでみる。

 

 

「ね、ネコ、ちょっといいかな……?」

「……ん? 何か用でも──……!!」

 

 

 首を傾げながらのんびり進み出てきたネコは、アリアケ議員を見て目を見開いて固まってしまう。ネコ目が大きく見開かれ、途端に周囲の音が小さく感じるほど空気が張り詰めた。

 フォーマルなスーツは公の場では文句なしの正装だが、SKY居住区の中ではその実直なたたずまいが逆に浮いて見えてしまう。それでもアリアケ議員はしわと共に顔に笑みを浮かべ、まっすぐ伸ばしていた背筋から力を抜いた。ほんの少しでも娘に受け入れてもらえるよう、彼女と並んでも馴染めるよう、自身がまとう雰囲気も意識して塗り替えているみたいだった。

 

 

「……キミに、これを返しに来たんだ」

 

 

 緊張の中、努めて穏やかな声が出される。彼の手の上で光る石を見て、ネコは再び目を丸くした。

 

 

「これっ……! あたしの、ペンダント……!」

 

「話をしないか、寧子」

 

 

 アリアケ議員は語りかける。ネコはペンダントを持った両手を胸に埋め、下を向いていて表情がわからない。

 

 

「私たちは、離れている時間が長すぎた……だが、私は君を理解したい」

 

 

 歩み寄る父と微動だにしない娘。きれいに混ざり合わずちぐはぐになる空気に周囲のSKYメンバーがなんだなんだと注目してくる。

 嫌な予感がしなくもないが、余計な手出しをしてはいけない。やんわりと野次馬を遠ざけながら父子を見守る。

 アリアケ議員が一歩一歩ネコに近寄り、わずかに震える声で手を伸ばした。

 

 

「それで、この戦いが終わったら、一緒に──」

 

 

 バチンッ、と音が響いた。次いで、さかむけのように肌をぴりぴり刺激する声も。

 

 

「トツゼン父親面しないでよっ!」

 

 

 ネコがアリアケ議員の手を振り払っていた。彼女は目を吊り上げて父親を名乗る男性をにらみつけている。

 

 

「あたしのパパはタケハヤ! ママはダイゴ! 家族はSKYのみんななの! そもそも、寧子って誰!? あたしはネコだって言ってんでしょ!」

「そんなことはない! 君は本当に私の娘……寧子なんだ!」

「違うっ!!」

 

 

 腹の底から出された声が部屋いっぱいに響く。

 まるで雷が落ちたみたいだ。ジゴワットのものとは違い、怪我はしないけれど心臓を貫くように痛い、悲しい叫び。

 周りが瞬きすらできずに固まる中、ネコは手の中のペンダントを握りしめた。

 

 

「……このペンダント、何だか知ってる? タケハヤとダイゴが、最初の誕生日に、くれたものなんだ……」

「おまえの誕生日なら、七月の──」

「それも違うっ!」

 

 

 否定の声が空気を震わせる。

 

 

「あたしの誕生日は……研究所を抜け出して、タケハヤと再会した日。その日がうちら三人の誕生日……そう決めたの。あたしはその日に生まれたネコ。寧子は、たしかにあたしだったかもしれないけど……今のネコが生まれたときに、死んだんだ」

 

「……帰ってよ」

 

 

 ぽつりと、雨粒がこぼれるように告げられた。

 再び時間が止まる。誰も何も言えず、目も逸らせないままだ。どこかで転がるスケートボードの車輪がからから回る音が止まるまで、微動だにできずにいた。

 

 やがて、アリアケ議員は払われたまま宙に浮いていた手を下ろし、目を閉ざして背を向けた。

 

 

「……ああ、そうしよう。どうやら、人違いだったようだ。……しかし、ネコくん」

 

 

 ねい、と娘の名前を呼びかけた唇が、きつく引き結ばれる。少しの間を置いて、彼は静かに口を開いた。

 

 

「君は、私の妻に似ている。誘拐され、死んだ娘にも……似ているだろう。だから、たまにでいい……たまにでいいから、話をしてくれないか? 哀れなオジサンの、与太話に……どうか、付き合ってやってほしい」

 

 

 ネコが顔を上げる。自嘲気味に語られる男性の後ろ姿を見つめ、彼女はフードの猫耳を揺らしてうなずいた。

 

 

「……いいよ、『オジサン』。それくらいなら」

「ありがとう……」

 

 

 感謝の言葉を告げ、アリアケ議員はSKY居住区から去っていく。

 動けずにいた自分の背中に、「ねえ」とネコが声をかけてきた。

 

 

「あのオジサンのこと、頼むね」

「……」

「ほら、あたしはSKYのネコだからさ……セージカさん追ってくなんて、できないよ。にゃはは!」

「……うん」

 

 

 空元気で笑うネコに、何も言えなかった。

 地雷を踏んでしまったかもしれない。それこそ、誰にも触らせたくない、心の奥の奥にある柔らかい部分に、土足で踏み込んでしまったかもしれない。

 ネコの声が耳をふさぎたくなるほどむなしく聞こえてしまって、そんな自分の唇に歯を立てながらSKY居住区を出る。

 

 

「アリアケさん!」

 

 

 息を切らしてアリアケ議員を追いかける。

 名前を呼んでも彼は振り返らない。ただ、流れてくる言葉は穏やかな海のように凪いでいた。

 

 

「私は……娘が生きているということさえ、信じてやれなかった父親だ。そんな奴には、ただのオジサンが似合っているよ。……ありがとう、長いこと付き合わせてしまったね」

「そんな、私は全然……ごめんなさい、なんにも力になれなくて……」

「君が謝る必要はない。もしかしたら……いつかまた家族に加えてもらえる日が来るかもしれない。私はその日を信じて、あの子のことを、わかっていこう」

 

 

 娘は死んだと言われ、その意思を尊重し、でも希望は捨てずに、そっと距離を置く。

 

 

(……おとうさん、か)

 

 

 目の前の男性は心底ネコを心配して、黙って見守る決意をした。

 ネコにはあとで謝りに行こう。そしてどれだけ時間がかかっても、この二人が互いに納得のいく関係を築けるように、ドラゴンは必ず倒さなければ。

 

 改まって礼と報酬をくれるアリアケ議員に、深く頭を下げた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「ミナト、これ」

「え?」

「あんた宛」

 

 

 ふと気付くと、視界が風呂敷包みでいっぱいになっている。

 シキが目の前に何かをぶら下げていた。慌てて体を離すと、両手で持てるサイズの長方形を渡される。

「13班 ミナト」と書かれた紙が結び目に差し込まれている。二つ折りにされたそれを抜き取って開くと、丸字で短いメッセージが綴られていた。

 

 

『これが好評だったら、オジサンにも作ってあげよっかな……(・◇・)/  ──ネコ』

『それから……スカイラウンジで、待ってます』

 

 

「……」

 

 

 壁に掛けられている時計を見上げる。

 部屋に戻ってきてからいつの間にか数時間が経っていた。訓練にシャワー、夕飯に明日の準備をして就寝と考えるともう動いた方がいいかもしれない。

 

 

「うわっ、もうこんな時間……! こ、このお弁当? てどのくらい前から置かれてた!?」

「知らん。私さっき帰ってきたばかりだし。ベッドの上で瞑想してるのかと思ったらそうでもないみたいだし、何してたの?」

「い、いや、ちょっと考え事してて……。……シキちゃん、今国分寺から帰ってきたの?」

「それは数時間前。その後はちょっとね。ダイゴに呼び出されてた」

「……なんでそんなにぼろぼろ?」

「いろいろあった」

 

 

 シキは先にシャワーを浴びたらしい。身に着けているのは寝巻のキャミソールとショートパンツのみだが彼女はずいぶんくたびれていて、露出している腕や脚には新しい青あざがいくつかあった。

 椅子に掛けられているいつものセーラーや籠手もよれや傷が目立つ。ダイゴと手合わせでもしていたのだろうか。

 やりすぎた、とシキがあくびをする。

 

 

「今日は早めに寝る。あんたも用事あるならさっさと済ませなさいよ」

「あ、うん……ってそうだ、ラウンジ!」

 

 

 憩いの場所をという要望が寄せられて都庁上層に改修されたスカイラウンジに急ぐ。暖色のライトが使われ、少しではあるがお酒を楽しめるということもあって、たまにいろんな立場の人からプライベートな交流で呼び出されることもある場所だ。

 駆け込んでソムリエに頭を下げると、彼は丁寧に手のひらで離れた場所を示した。

 数ある椅子の一脚、柔らかそうな背もたれに寄りかかり、ハイカットスニーカーを履いたしなやかな足がぷらぷら揺れている。

 恐る恐る近付くと、トレードマークになっている猫耳フードがぱっと振り向いた。

 

 

「えっと……ね、ネコ……」

「あ! よかったぁ~! 来てくれないかと思ったよ……」

「ごめん……お弁当差し入れてくれてから時間経ってる、よね」

 

 

 自分が部屋に戻ってからは、シキ以外誰も13班の部屋を訪れていない。

 であれば、ネコからからあげ弁当が贈られたのは、アリアケ議員と別れた後も依頼を片付けていたときだ。そこからスカイラウンジにいたとしたら、いったい何時間待たせてしまったのだろう。

 なんだか今日は迷惑をかけてばかりだと反省しつつ、向かいに座る。両手を合わせて謝罪し、棒付きキャンディの入った容器を渡した。

 

 

「あれ? これって……」

「この間、お気に入りのアメを渋谷に置いてきちゃったって言ってたから……依頼で外に出たついでに、それっぽいのを回収してきたんだけど」

 

 

 SKYが都庁に合流し、ネコが治療を受けながら「残り三本……」と深刻そうにくわえていたキャンディ。その包装紙の柄が記憶に残っていたため、居住フロアで元気に宣伝を行っている小売店の店長に尋ねたところ、もちろん取り扱っていると商品名を教えてもらった。許可をもらい、物資回収も兼ねて渋谷からなんとか無事だった物を見つけてきたのだ。

 

 

「お詫びの品というわけではないけど、よかったら。あ、賞味期限はまだ来年だったし、汚れたりしてないか研究員の人たちにちゃんと調べてもらったから、衛生的には問題ないはず! ……それでも抵抗あるっていうのもわかるから、いらないならいいんだけど……」

「……にゃはははは! もーマジメすぎ!」

 

 

 ネコが自分の白い膝を叩いて笑う。彼女は容器をパーカーのポケットにしまい、いたずらっぽく片目を閉じた。

 

 

「もらっとくね、あんがと。でもお人好しだよ、国分寺でタケハヤにも言われたと思うけど、こんなときにあの人のためこの人のためーって走り回っちゃってさ」

「いやまぁ……今は心に余裕があるから。でも、その……それで欲張って、今日、調子に乗っちゃったかもしれない。ごめんなさい」

「ん? 何のこと?」

「ええっと、……アリアケさんのこと。私はあの人から話を聞いたとき、本当に必死に見えて、あなたと話せるお手伝いをしたくて」

 

 

 けれど、ネコにはネコの居場所がある。たとえアリアケ議員が本気でも、彼女からすればその居場所が崩れてしまうように見えるかもしれない。もっと慎重になるべきだった。

 自分だって人間関係で悩んだことはあるのに、これでは助ける側じゃなくて困らせる側になっていただけだ。

 

 下を向く。髪と一緒に心臓も思いも重力に引かれ、ぽろり、と本音がこぼれ出てしまう。

 

 

「羨ましくて、暴走しちゃったんだ」

「羨ましい?」

「……うち、母子家庭で。子どもの頃に、おとうさんとおかあさんが離婚しちゃったの」

 

 

 自分には異能力があった。母は受け入れてくれて、父は恐怖していた。

 それが近所で火事が起きた際に目に見える形になった。そして離婚につながった。異能力がきっかけだったのは間違いない。

 

 アリアケ議員は、ネコがSKYであることはもちろん、異能力者であることも知っていると思う。けれど彼は少しも気にせず、父としてネコと向き合いたいと言っていた。

 自分の母親も同じで、あたりまえのように親であってくれた。……そこに父親もいたら、と、アリアケ議員を見て考えてしまった。

 

 

「どうにもならないことなのにね。自分の望みを二人に重ねてたの、かも」

 

 

 もう一度謝るとネコは「マジメちゃんだねー」と言いながら新しいキャンディを口に入れた。

 

 

「いいよ別に。そっちにもいろいろあったんだし。……ペンダント渡してきたのはオジサンだけど、探してきたのはアンタでしょ?」

「うん」

「てことはわざわざ四ツ谷の毒沼まで行ったってことっしょ。ほーんとおせっかい焼き」

「ごめん……」

「いや、責めてないから」

 

 

 会話が途切れて静かになる。

 控えめに流れるBGMがなんとか間を埋めてくれて、ネコが顔を上げた。

 

 

「あのさ……今日は、お願いがあるんだよね」

「お願い?」

「ん。ほら、アタシにとって、SKYは家族だって言ったでしょ?」

「ああ、うん」

「それに加えてさ、クソ蝶々のときのナビちゃんや今日のオジサンまで……アタシの家族ポジ、大人気すぎ! ……けどさ、」

 

 

 ネコは癖のついた髪先をくるくるいじりだす。恥ずかしそうに、気まずそうに、彼女は声量を落として首を傾けた。

 

 

「家族はたくさんいても、実はトモダチって……あんまりいないんだよね」

「……私もそんなに多くない。友だち」

「にゃはは、アタシたち似た者同士じゃん。……ってことでさ! アタシと……トモダチになってくれない?」

 

 

 少し潤んだ猫目が自分の顔を映す。

 友だち、と頭の中で繰り返して、国分寺でのことを思い出した。シキとちゃんと友人になれた瞬間。彼女はほんの、ほんのわずかにだけれど笑っていた。

 あのときのシキは、今の自分のように温かい気持ちになっていたのだろうか。

 そうだといいなと思いながら、気付けば笑ってネコの手を取っていた。

 

 

「私なんかでいいなら、もちろん、喜んで」

「マジで!? えへへっ、言ってみるもんだなぁ~。実は、アンタとなら、けっこーイイ感じなんじゃないかと思ってたんだよね!」

「……というか」

「うん?」

 

 

 首を傾げるネコから目を逸らす。

 今から言うことはちょっと、いや、かなり恥ずかしいが、勇気を出して自分を呼んでくれたネコに応えるためにも言っておきたい。

 ほら、だのあの、だのしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。

 

 

「同じサイキックだし、たぶん歳も近いし、三回もケンカして帝竜だって一緒に討伐したし、今は同じ拠点に住んでるし……私は、てっきり、もう仲間みたいな……そんな風に、思ってた。実は」

 

 

 声は届いたはずだ。しかし反応がない。

 もしや馴れ馴れしすぎただろうかとネコを見ると、眼鏡のレンズ越しに、朱色に染まっている頬が見えた。

 

 

「わ……っ! なんかキュンときた! ……アンタのそういうとこ、ちょっと好きかも」

「……どうも」

「ちょっと、自分で言っといて照れないでよ~! アタシだって恥ずかしいんだから! ……じゃ、早速メアド交換しよーよ! まずアタシのやつ送るから!」

「う、うん」

 

 

 本来の役割である連絡端末としてスマートフォンを使うのはいつぶりだろう。

 町の基地局は竜災害下で機能していない。現在はムラクモ本部が通信を中継してくれていて、都庁近辺であればスマートフォンで連絡が取りあえるようになっている。根本的解決はしていないけれど、ドラゴン襲来前の生活が戻ってきたように思えたのか、都庁には笑顔が増えた。

 

 メールアドレス、SNS、ついでに電話番号も互いの物を登録して、ネコは満足そうに端末を握る。

 

 

「いつでもメールしていいよ! アタシ、返信はマジで高速だから! それとね……」

「?」

「これは、今までのお礼とオワビ!」

「え」

 

 

 ネコが何やら後ろを向いて、踊るように回って広げた物。彼女が着ている服と同じ色、形をしたそれ。

 

 

「そ、それは……!」

 

 

 どこで売っているのか疑問に思っていた猫耳パーカー!

 

 続いて小さなケースも渡される。透明なフタ越しに見えるのは、これもネコと同じ、青と黒で猫の柄が入ったネイルチップだ。

 

 

「じゃじゃ~ん! アタシとおそろいだよ♪」

 

 

 おそろい。

 つまり。

 

 これを……着ろと……!!?

 

 

「あ、あっ、ええええっと……!!?」

「って、思いの外、照れるかも……。恥ずかしいから……たいさーーんっ!」

 

 

 コメントを返す間もなく、真っ赤になったネコはラウンジから「じゃーねー!」と走って出ていく。

 残っているのはプレゼントを渡された姿勢のまま固まっている自分と、空気のようにラウンジに溶け込んでいるソムリエのみ。

 

 腕の中のパーカーを見下ろす。

 クラシックが流れる中、椅子から立ち上がって窓際まで移動し、音を立てずにそれを羽織る。

 フードもかぶって、よく磨かれたガラスに映る自分を見る。

 

 実は、ちょっと、

 

 

(気になってたり、してたけど……)

 

「……かわいい」

 

 

 さすがに「にゃー」なんて口にする度胸はない。

 代わりに、頭の上で揺れる猫耳をちょんとつついた。

 

 





前衛は戦闘中に武器の形確認できますが、サイキックとハッカーはまったく出ないんですよね……にゃんクロウは実際どんな形なんだろうか。

着ぐるみのような猫の手型のイラストもたまに見たりしますが、その形だとアイテム使えないと思うので、猫柄のネイルチップと解釈しました。
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