2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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個人的には amazarashi 様の『空に歌えば』がタケハヤのイメージソングです。某人気作品のアニメOPにもなっていた超かっこいい曲。
ぼろぼろになりながら、いろんなものを奪われながら、それでも止まらずに走り続けてついには空を飛ぶまでに至った彼を想像するとサビの締めくくりのフレーズが胸にぶっ刺さる。



37.タケハヤ

 

 

 

 チチ、と鳥の鳴き声が耳に届いた。

 平和な街並みと同じく数ヶ月前に失われ、久しく聞いていなかった音だ。さえずりが気持ちいい刺激になっていつもより素直にまぶたが上がる。

 現在、午前六時半。少し早い気もするが、睡眠時間はちゃんと取れた。作戦のことを考えれば十分すぎるほどに準備や万が一への備えをして損はないし、二度寝すると却って頭が鈍ってしまう。このまま支度をしよう。

 

 

「ん……く……うー……」

 

 

 伸びをしながら隣のスペースを覗く。ベッドはもぬけの殻だ。掛け布団がまくり上げられたままだから、シキは一足先に朝の訓練に出ているのだろう。

 着替えて、うがいをして水を一杯飲む。冷たさに体が刺激されて意識が覚醒し始めたとき、部屋の扉がノックされた。

 ノックをするならシキではない。そしてこんな早朝に訪ねてくるのは……。

 

 髪をとかして、慎重に扉を開ける。

 目の前には青いマフラーが揺れていて、視線を上げると茶髪の青年が自分を見下ろしていた。

 

 

「……タケハヤさん……おはようございます」

「……よぉ。ちょっと、話でもしねぇか?」

「話……ですか?」

 

 

 部屋の中を振り返って、シキはいないと告げる。彼は問題ないというように頭を振り、おまえだよと言った。そしてちらりと自分たちの部屋を見る。

 

 

「英雄の部屋にしちゃ、素っ気ねぇもんだ。ま、その方がおまえたちらしいか」

「英雄なんて大袈裟な……物資が限られてますからね、個室があるだけありがたいですよ」

「そういうもんか。……悪いが、ついてきてくれ」

 

 

 それだけ言って彼は背を向ける。

 言葉少なだとは思うが、大切な話なのだろう。元より断る気もなかった。黙って彼についていく。

 

 早朝の都庁は静かだ。窓から見える空は穏やかな晴れで、特徴的な雲の形が季節が変わったことを告げている。

 換気のためか、わずかに開けられている窓には鳥が止まっている。それを眺めながら、日記にでも綴るようにタケハヤは話し始めた。

 

 

「誰にも、何も話さずに……ってのも、考えたんだがな。おまえらくらいには、知ってて貰ってもいいかなってよ」

「……それは……?」

「ふん、キョトンとしやがって」

 

 

 おもむろに、彼は廊下の窓に寄りかかった。

 その視線を追うと、窓ガラスを通して都庁前広場が眼下に広がる。

 いつも通り、風に揺れるムラクモの旗、入口を警備する自衛隊員が数人──、

 

 

「あ」

 

 

 広場の中央で黒髪が舞う。

 誰よりも素早く動き、何よりも深い色が目を惹きつける。これまで七の死線を共に潜り抜けてきたパートナーが、拳と足を止まることなく動かし続けていた。

 相変わらず、一挙一動が空気を叩くような演武。今までと違いがあるとすれば、ときどきその手に剣が握られることだろうか。

 

 

「まだ硬いな」

 

 

 ぽつりとタケハヤが呟いた。

 気付かれないように目だけを動かす。ゆっくり視界に入る彼の表情は、わかりにくいがわずかに優しさをにじませるような笑みだった。

 そうだ、と思いつく。彼なら、前に自分が見つけたシキに関する事柄について何か知っているかもしれない。

 

 

「タケハヤさん。私前に、シキちゃんについての情報を見聞きしたことがあって」

 

 

 タケハヤの視線がこっちに向くのを感じる。ミナトはナビたちの依頼で、延命治療の情報を調べたこと、そこでシキに関する記述を見つけたことを話した。

 

『シキのことも気になって調べてみたけど、身体的特徴が現れていないことからして、あの実験としては失敗してるみたいだ』

『異能力が目覚めるとしても、高確率で両親の遺伝だろうから、シキの体は普通の人間と同じだと思う。彼女に関しては寿命の心配はいらないだろう』

 

 

「本人が知っているかはわかりません。その記述はミロクたちを延命するために必要な情報ですから、戦いが終わった後に調べてみるつもりですけど……タケハヤさんは、シキちゃんについて何かご存知ですか? ……何か知ってますよね? 私と会う前の、あの子のこと」

 

 

 もちろん話してくれるだろうという圧を込めて視線を送り返す。

 しばらく互いの瞳を見つめ合う。先にまぶたを下ろしたのはタケハヤだった。

 

 

「俺も詳しいことは知らねぇよ。あいつが生まれるときの話だろ? 俺があいつと一緒にいたのは、十年前のほんの少しの間だ。……いたっつーよりは、見たの方が近いな」

「見た?」

「ああ。30分にも満たねぇ、ほんの少しの間だ」

 

 

 タケハヤはゆっくり語り出す。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 十年前、ムラクモの研究施設で送っていた最悪の少年時代。絶えない痛みの中でダイゴとネコと支え合っていた頃。ある日、まだ片手の指を折り切らないくらいの女の子が研究員に引きずられてきた。

 自分たちを閉じ込める仕切りの向こう、子どもは部屋の中に取り残され、一対一でマモノと向き合わされる。何が起きるか把握した瞬間、思わず待てと声が出た。

 実験体は自分たち三人を含め、ある程度成長した子どもたちが中心だった。全員幼いことには変わりないが、風が吹けば飛んでしまうような幼児まで実験に使うなんて。しかもマモノと戦わせるなど。

 

 マモノが吠えて少女にとびかかる。

 逃げろという叫びよりも早く、その牙が小枝のように細い腕に突き立てられた。

 部屋中に絶叫が響く。マモノにのしかかられた女の子はそのまま冷たい床に押し倒され、マモノに抵抗するたびに赤い飛沫が宙に散る。

 見ていられなくてダイゴとネコを呼ぶ。三人で自分たちを閉じ込めていた壁に穴を開け、なんとか自分一人が這い出たその時、ぐちゃりという嫌な音を聞いた。

 顔を上げると、女の子が無言でマモノの死骸を見下ろしていた。血まみれの拳がマモノの頭を潰していて、どちらの物かわからないほど体は赤く濡れている。

 大丈夫かと駆け寄ると、彼女はうつろな表情で自分を見上げる。

 

 

『だれ?』

『んなことより怪我だ! 見せろ!』

 

 

 もう一度怪我の具合を尋ねると、女の子はくりくりした目を大きく見開き、わっと泣き出した。「やだ」「痛い」「また戦わされる」と泣きわめき、血だらけの腕や服で顔を拭うものだから、頬や鼻が余計に汚れてしまっている。

 そこに研究員が何人か入ってきて、犬の散歩でもするように少女を連れて行こうとする。心に血が通っていない姿に、日頃から積もっていた怒りが爆発した。

 目の前の大人を全員殴り倒し、女の子を抱えてその部屋から飛び出した。

 

 

『逃げるぞ!』

『え……?』

『いいから行くぞ! 腕はもうちょい我慢しろ、いいな!』

『ん、うん』

 

 

 追っ手を撒き、誰もいない部屋に隠れる。腕の怪我を止血し体を拭いてやると、自分たちの手術痕とは違う、大小様々な傷が体中にあった。

 直後に聞いたことのない警報が流れ、放送で彼女の名前が連呼されるのを聞き、シキが悪い意味でムラクモに「特別扱い」されていることを知った。

 痛みと恐怖で縮こまる女の子は腕にすっぽり収まるほど小さかった。後にドラゴンを拳で伸すまでになるとは思えないほど。

 このままではいずれ、ムラクモに殺される。彼女は自分たち普通の実験体とは違う。連れ戻されれば厳重な管理下に置かれ、もう二度と会えないかもしれない。

 ネコとダイゴにも脱走の計画を伝えて準備を進めていたが、今はこの子を連れて施設を抜け出すしかない。

 

 二人が後で自分を追ってきてくれると信じ、タケハヤは研究所を駆けた。赤い非常灯が目を射る中、懸命に自分にしがみつく女の子を抱えてひたすら走った。

 頭の中に叩きこんだ施設の見取り図をたどり、大人たちをなぎ倒し、えずくほど肺が締め付けられても止まらなかった。そうしてようやく、目の前に一筋の光が差した。

 

 壁に溶け込むように立っている扉。他の物とは違う円形のハンドルと、上で光る緑のライト。非常口だ。

 

 大きく踏み出そうとしたところで、カツン、と靴音が響く。

 たった一度のそれだけで体に刻まれた傷がうずいて、非常口に伸ばしかけた腕が固まった。

 

 

『シキ? どこにいるの?』

 

 

 続いて流れてくる女の声。怒りもなく、焦りもない。ただ蛇のように静かに這い寄る冷たい声。

 赤いライトと暗闇が交互に入れ替わる中、遠くにあの女の影が見えた。女の子の名前を呼び、周囲を見回しながらもこちらに向かう足取りには迷いがない。

 

 

『もう、勝手にどこかに言ってはダメって、何度も言ったでしょう? マモノと戦うのにもいい加減慣れなさい。あなたにはマモノどころか……奴らも超えるほどの力が眠っているかもしれない。あの程度の戦闘でいちいち泣いている暇はないのよ。わかるでしょう?』

 

 

 腕の中のシキがぼろぼろと涙を流す。必死に歯を食いしばる様子は、実験漬けの日々で仲間たちが苦痛を耐える顔によく似ていた。

 こんな小さな子どもによくも。

 怒りで胸の内が煮えたぎる。女は少しも声音を変えない。非常にゆったりと、けれど確実に距離を縮めてくる。

 握った拳を牽制するように女は言った。

 

 

『ああ、それとも彼に捕まっていて帰ってこられないのかしら。一生懸命なあなたが訓練を放り出すはずないでしょうし。彼には本当に困ったわ。他と比べて優秀だから、粗末な扱いはせずにいたけど。シキまで連れていくというなら──』

 

 

 ──あなたたちの分まで、他の子に頑張ってもらうしかないわね?

 ──たとえば、彼と仲の良いあの二人とか。

 

 

『てめぇ……っ!!』

 

 

 上等だ。逃げるよりも先に、その喉笛を噛みちぎってやる。

 

 走り出そうとして、けれど足は前に進まなかった。シキがしがみついてきたためだ。

 小さな女の子はもう縮こまっていない。目尻からは新しい涙が流れ続けているが、丸めていた背筋を伸ばし、まっすぐ自分を見上げていた。

 

 

『にげて』

『ナツメ、怒ってる。あの声は、ぜったいひどいことする。わたしが戻ればゆるしてもらえると思う』

『わたし、わたし、他とちがうんだって。だから、だいじょうぶ。……おにいちゃんは、ぜったいにげなきゃ。戻ったらころされちゃうよ』

 

 

 年端もいかない子どもが、現状での最適解を理解している。

 自分は逃げる。彼女は留まる。誰も殺されずに生き延びられるかもしれない、あんまりな選択肢。

 背が伸びているだけで、傷と骨と皮だけの体には、もう扉を開く力しか残っていない。

 この状態で、敵地のど真ん中であの女に真正面から突っ込んだとして、勝てる可能性は?

 

 

『……ちくしょう……っ!!』

 

 

 怒りはあれどそれを成し遂げる力がない。その時の自分は逃げることでしか好機を先に繋げられなかった。

 

 歯を食いしばり、しゃがんで視線を合わせる。

 

 

『絶対、助けてやる。ダイゴもネコもおまえも。あのババァには絶対負けねぇ』

『うん』

『シキっつったな。いいか、あの女の本当の姿を忘れるな』

 

『日暈 棗は信じるな』

 

 

 再会を固く誓う。怒りと惨めさを胸に刻んで非常口から転がり出る。

 扉が閉まる寸前、シキが悲しい笑顔でこっちを見ていた。

 体も涙もぼろぼろのまま、乾いた血がこびりついた小さな手が、扉が閉まるまで振られていた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 話を聞き終わり、自分の体が震えていることに気付いた。

 怒りだろうか、恐怖だろうか。たぶん、どちらも。

 手で肩を抱いて深呼吸を繰り返す。一息ついて平静を取り戻し、気を取り直してタケハヤと向き合う。

 

 

「その女の子が……」

「おう、あいつだ。自分の歳と名前しか知らなくてよ。とにかく毎日、マモノと戦わされてたらしい」

 

 

 ふっと、タケハヤが笑った。どうしたんですかと尋ねると、思い出し笑いだと彼は口もとを手で隠す。

 

 

「あいつ、今からじゃ想像できないくらい普通のガキでよ。腕ん中でがたがた震えてたな」

「シキちゃんが怖がるとか泣くとか、私は考えられないです。そんなところ見たことない……」

「ああ。十年経った今も、てっきり昔と同じようにしくしく泣いてるだろうなんて思ってたぜ」

 

 

 ネコとダイゴが自分を追って脱け出してきて、新しい仲間が増えて、体に植え付けられた力も使いこなせるようになった。

 けれどシキはいくら探しても、時折危険を冒してムラクモ機関に近付いても見つけられなかった。それだけナツメに重宝されていたのだろう。

 東京にいるのはたしかなはずだ。特別扱いされていた彼女なら他の実験台より待遇は良いだろう。

 生きてさえいれば、諦めなければ、必ず会えるはず。

 

 

「おまえら、ムラクモ試験の日に帝竜に吹っ飛ばされて死にかけたんだって? そんときにダイゴとネコに助けられたのは覚えてるか?」

「う、はい、恥ずかしながら……助けてもらったのはこの間教えてもらって初めて知りました。……あれ? そういえば、どうしてあの日二人は都庁に……」

「ドラゴンの様子見と狩る者探しだよ。ムラクモが集めた人材なら、癪だがアイテルの望みを叶えてやれる奴がいるんじゃねぇかってな。あとは……あいつも探しにな」

 

 

 タケハヤは再び都庁前広場を見下ろす。

 一人だけでは物足りなくなったのか、シキが入口の警備に立つ自衛隊員たちに声をかけている。相手がいやいやというように頭を横に振るのもお構いなしに引きずり出し、半ば無理やり一対多の組手が始まった。

 アーマーを身に着けた成人男性がぎゃーと叫びながら宙を舞う。ちぎっては投げという表現にふさわしく大人たちを振り回す少女に、タケハヤはくっくと笑いをかみ殺した。

 

 

「俺ぁ残念ながら、ダイゴとネコに置いていかれちまってな。調子が悪そうだったからなんて気を遣われて、情けねぇ」

「じゃあもしかしたら、あのとき都庁の屋上にタケハヤさんもいて、シキちゃんを連れ帰っていたかもしれないんですね」

「ああ。そのつもりだった。……だが、気付かなかった可能性もある」

「え?」

「……渋谷で初めておまえらと会ったとき、名前を聞くまであいつだってわからなかったよ。首都高で話してやっと確信できた。そんぐらい変わっちまってたからな」

 

 

 東の空に昇る朝日が壊れた世界を照らす。割れて抉れたアスファルトも、フロワロに沈む遠くの地も、ちっぽけな人間たちも全て等しく。

 その中で少女の黒髪が艶めく。太陽にも負けない深い黒、彼女自身の存在感や鋭さも相まって黒曜石のようだ。

 

 

「ムラクモに囚われて苦しんでるはずだって思ってたんだがな。お上品なセーラー服着てぶっ飛ばすだのぶっ倒すだの……はっ、お姫様になるようなタマじゃなかったみてーだ」

「あはは、シキちゃんは雑魚敵からラスボスも全部自分で倒さなきゃ気が済まなさそうですね。王子様が相手でも気に入らなかったら殴ると思います」

「身に染みて知ってるさ。国分寺で嫌ってほど殴られたからな。……あの負けん気は育った環境もあるんだろうが、あいつがナツメに何かされて、あのときの記憶がないんだってのは、首都高での反応を見てわかった」

 

 

 首都高でタケハヤがシキに投げかけた疑問。ドラゴンが来る前から、なぜムラクモにいたのかという質問に答えられない彼女を見て、腹が立つったらなかったと彼は顔をしかめた。

 

 

「使い捨てだろうがそうじゃなかろうが、あのババァは全てが自分の思い通りにいかなきゃ気が済まねぇらしい」

「……もしかして、頭の傷でしょうか」

「頭?」

「ほら、シキちゃん国分寺で倒れたんですよ。タケハヤさんに頭をなでられた直後に。あのとき、トリニトロの攻撃を受けたわけでもなかったのに、つむじ近くの……ここらへん。古傷でしょうか、そこが開いて血が流れてたんです。それまでもずっと頭が痛いって言っていたんですけど、まさかナツメさんが関わってたなんて」

「……頭いじって記憶を消しでもしたか。胸糞悪い。もしもおまえらが俺たちに負けたら、殴って気絶させてでもあいつからあの腕章引っぺがすつもりだった。……だったんだがな」

「……何ですか?」

「もうあいつの隣に、おまえがいた」

 

 

 タケハヤの両目が自分を捉えた。

 あんまりまっすぐに見つめてくるものだから恥ずかしくなって、反射的に目が逸れる。けれどすぐに思い直して視線を返した。

 彼と渋谷で出会った時もこんなふうに見つめられていた気がする。何者か見極めるような、妥協のない真摯な瞳。

 

 

「ずいぶんと間の抜けた奴と組んで、たった二人でドラゴン退治に放り込まれて、いつまでもつのか見物だったが、あんたは最後までくじけなかったな」

「いやぁ、シキちゃんがいたからですよ。私、最初は他の人に任せる気満々でしたから」

「ほぉ。……それが国分寺であんな啖呵切るようになるとはな。何かきっかけでもあったか」

「……私は弱くて、普通の人と同じで、痛いのも苦しいのも嫌だし、力があるからって戦わなきゃいけないのはおかしいって拒否してたんですけど……ムラクモ試験で、都庁の屋上で、たしかにこの手で、シキちゃんを助けることができた。それをあの子自身が私に教えてくれたんです。あの子は気を遣う意識なんて微塵もなかったんだろうけど、私は取るに足らないただの泣き虫だって言ったうえで、『あんたのこの手は、何かを為せる』って言ってくれたんですよ」

 

 

 何かって何だろう。私には何ができるのだろう。これからやってくる恐怖から自分を守れるだろうか。誰かを救えるだろうか。

 まったくわからないし、保証もないけど。一方的に蹂躙されるのは嫌だ。やれるならやってみよう。

 そう思わせる力が、あの一言と彼女の手にはあった。

 

 

「私は誰かが前に立って先に行ってくれなきゃ動けない人間です。たとえ正解が分かっていても、そこに誰もいなきゃ、誰かがいるほうの間違いを選んでしまう。でも、あんなに厳しくて、きつくて……絶対に曲がらないまっすぐすぎる子、初めて見たから」

 

 

 地下シェルターで震える自分の手を握る手、小さなそれから焼きつくほど伝わってきた熱は、今も自分の両手に刻まれている。

 

 

「シキちゃんが前を突っ走ってくれるなら、私は大丈夫です。だから、どこまでも突き進むあの子の背中に何かが迫ったら、私がどうにかしたいなって。あの子が認めてくれた私の手で、あの子の背中を押してあげたいなって思って。私はシキちゃんのパートナーで、同じ13班で、」

 

 

 友だちですから。と言い切る。

 

 

「……そうかい」

 

 

 今まで心配して損したぜ、とタケハヤは笑った。

 彼はもう一度、汗を散らすシキを見てそっと目を閉じ、行くかと歩き始める。

 

 

「ミナト」

 

 

 初めて名前を呼ばれる。彼は歩みを止めず、振り向くそぶりも見せずに言った。

 

 

「シキのこと、頼んだぜ」

 

「……約束しかねます」

 

 

 タケハヤがつんのめりそうになってこっちを見る。

 かっこいいこと言ったつもりだろうが、納得できるかどうかでいえばNOだ。

 もちろん、これからもシキといっしょに戦うつもりではある。でも彼女さえいればいいというわけじゃない。シキだってきっとそうだ。……言葉や態度には出さないけれど。

 

 

「タケハヤさん、みんな待ってますよ、タケハヤさんが帰ってくるの。……一人だけ違うところで戦おうとしないでください。もちろんあなたがしたいことを否定だけする気はないです。でも、そんなふうに、死に場所を探すみたいに戦いに向かっても、寂しいですよ。だからえっと……頼むなんて言うくらいなら、ちゃんと帰ってきてください! そうしたら私も」

 

 

 言葉は途中で遮られた。タケハヤが笑い声をあげたからだ。今までとは違い、天井に向かってまっすぐ伸びる気持ちのいい声だった。

 

 

「っはー……おまえら、本当にお人好しだよなぁ」

「……ネコにも言われました」

 

 

 お人好しなのだろうか。でも彼にいなくなってほしくないのは確かだ。そう思っているのは、決して自分だけじゃない。

 

 つい昨日、交換したばかりのアドレスから真夜中にメッセージが届いた。スマートフォンの小さな画面には、「返信いらないから。ひとりごとだと思って」という前置に、胸が痛くなるくらいの想いと決意がつづられていた。

 

 

『……国分寺でさ、タケハヤが言ったこと、覚えてる? こいつのためなら何だってできる……そーいう相手のために、自分は頑張るんだって』

『アタシのソレ、タケハヤなんだよね。バカみたいな一方通行でも、さ』

『だから、タケハヤの望みは、必ずアタシが叶えてみせる……! その先にアイテルしかいなくても、絶対……!』

 

 

 タケハヤは気付いているのだろうか。医務室で彼が使っていたベッドに、アメの包装紙で作られた折り鶴が添えられていたことに。

 

 伝えたい。あなたが一歩踏み出すごとに、自分の血が流れるように苦しむ人がいるのだと。そのくらいあなたが大切で、ずっと一緒にいたくて、おかえりを言えますようにと祈る人がたくさんいると、思いっきりぶつけたい。

 

 でも、

 

 

「これ、アイテルに渡されたんだが」

「何ですか……? 空の瓶?」

「治癒力を高める薬だとよ。どこかの誰かが、わざわざドラゴンぶん殴って作ったもんらしい。……ムラクモの薬なんて飲む気なかったがな、依頼したのはうちの奴らだっていうじゃねぇか。そこまでされちゃ、受け取らないわけにはいかないだろうよ」

「それって、」

「ありがたくいただいたぜ。おかげで今日は調子がいい」

「……」

 

 

 全部わかったうえで、彼は進み続ける。

 なら、もう言葉を挟むのは野暮だ。度を過ぎれば枷になる。そんなこと誰も望んでいない。

 

 

「わかりました」

 

 

 大丈夫。顔を上げろ。見届けるのだ、タケハヤの覚悟を。

 

 

「安心してください。シキちゃんは誰よりも強いです。それに独りじゃない」

 

「あなたの戦いは絶対に無駄にならない。あのときのタケハヤさんに代わって、私があの子の隣に立ちます!」

 

 

 少しは頼もしく見えただろうか。

 タケハヤは「ありがとよ」とだけ言って、研究室の扉を開けた。

 

 いつもいるはずの研究員たちの姿は見えない。部屋の奥では、キリノとアイテルが自分たちを待っていた。

 前に進み出たタケハヤが振り返る。

 

 

「ドラゴンクロニクルは、兵器なんかじゃねぇ。……それくらいは、気付いてるよな?」

「なんとなく……予想はしてましたけど……」

「だよな……おまえらは色々、知っちまってる……だから、だましたままってのも具合が悪くてよ」

 

 

 キリノが眼鏡越しに見える目を歪める。彼は重力に引きずられるように視線を下げ、すまないと呟いた。

 

 

「君には本当に損な役回りを──」

「ちげぇ! そんなこと言いたいんじゃねぇ。俺ぁ思うんだ……本当に大事なのは……力じゃなくて……意思なんじゃねぇかってな」

 

 

 タケハヤがキリノを遮り、自身の手を見下ろす。傷が刻まれ、マメができて、骨ばっている大きい手。

 見えない何かがあるように彼はその手を握り、よく考えてみろと顔を上げた。

 

 

「力が弱ぇだの強ぇだのって話なら、俺たちゃとっくにドラゴンに滅ぼされちまってる。……ミヅチはそこを誤解してんだ」

 

 

 戦いが足し算引き算のように単純なら、地球はドラゴンが飛来したあの日に終わっていただろう。数か月も経って人間が生き残っていることも、こうして人竜に手が届きそうになることすらなかった。

 力にこそ価値があるんじゃない、と男は断言する。

 

 

「力ってのは……意思があってこそ本当の価値が、あるんだよ」

 

 

 キリノもアイテルも何も言わない。アイテルはもちろん、ドラゴンクロニクルを作るキリノは事前にタケハヤと話していたのだろう。二人は彼の決意を聞いて辛そうな顔をすれど、止めようとはしない。

 タケハヤの目が自分を映す。全ての思いを乗せた視線が、流星のように胸を打った。

 

 彼は行ってしまうだろう。

 

 

「……俺はこれから竜になる」

 

 

 人の姿……国分寺で信念をぶつけあったありのままの姿で向かい合うのは、きっとこれが最後。

 

 

「でも、それは力を得るためじゃねぇんだ。俺は……一人の愛する女を……解き放ってやりてぇ……救ってやりてぇ……! そのために、竜になるんだ。だからよ、俺の醜い姿を見てもよ……それだけは、誤解しないでくれよな」

 

 

 誤解なんてするはずがない。意思表明として大きくうなずいてみせた。

 

 横になるタケハヤにキリノが器具を繋いでいく。

 痛々しい手術痕で埋まった体から目を逸らしたりはしない。その傷は彼が生きて戦ってきた証だ。

 気を抜いてしまえば余計なことを口走ってしまいそうで、唇を引き結び、アイテルと並んで彼を見守った。

 

 作業を進めていたキリノが、ボタンを押そうとして動きを止める。

 数秒、指先をたたんで強く握りしめた後、彼は静かにスイッチに触れた。

 

 

「情報鍵ドラゴンクロニクルによる竜の分解……そしてタケハヤとの融合……フェーズ5……コンプリート。これで……完了です」

「師を超えたな……キリノ」

「君の言う意思の力ですかね……」

「……へっ」

 

「終わった……? タケハヤさん、体に異変は、」

 

 

 ないんですか、と訊こうとした瞬間、視界がぶれた。

 空気が揺れる。空間が震えている。見えない何かが唸りをあげる。

 地震が起きているわけでも風が吹いているわけでもない。タケハヤを中心に、大きな力が渦を巻いている。

 

 タケハヤが胸を押さえる。アイテルが踏み出そうとして、しかし押し留まるように体を引いた。

 青年を包むように光が湧き上がる。やがて目の前が真っ白に染められて、ミナトもアイテルもキリノも、腕で顔を覆った。

 

 眩さに刺激された目の痛みが落ち着いてくる中、耳が音を拾う。

 機械の稼働音じゃない、鳥の鳴き声でもない。大きな何かが空気を捕まえる音……羽ばたく音。

 光の名残りが取れない目を無理やり開ける。すぐ目の前にいたはずの彼の姿はどこにもない。

 

 

「……タケハヤ!?」

「どこ……!?」

 

「……皆に囲まれてお誕生会っていうのも……バツが悪いもんだ……ましてや、こんな姿じゃな」

 

 

 慌てて彼を探す中、たしかに声が聞こえた。けれど距離が離れている。

 アイテルがいち早く研究室の出口に目を向けた。一歩、二歩、苦しそうに歩んで手を伸ばす。

 

 

「そこに……いるのね……?」

「来るんじゃねぇ!」

 

 

 姿が見えなくても伝わってくる異質な気配。拒絶するような一喝にアイテルは止まった。

 こんな別れで悪い、と扉越しにタケハヤは謝る。絶えず風の音が響く中、彼は清々しさすら感じさせる声で言った。

 

 

「俺は正義の味方になったんだ。人知れず戦うのが、カッコいいってこった」

 

「……あばよ」

 

 

 突風が研究室を叩いた。部屋全体が揺れ、並び立つ器具が互いに擦れ合ってガチャンと音を立てた。震動は徐々に小さくなって、部屋の外の気配が薄くなる。

 風が止んでしまう寸前、アイテルがためらいを振り切って駆け出した。ほとんど感情を出したことのない顔に汗を浮かべ、宝石のようにつぶらで揺らぐことのなかった瞳を潤ませて。

 

 ローブをはためかせる彼女を追って部屋を出る。そこは誰もいなければ影もなく、名残のように落ちている木の葉を柔らかい朝日が照らすだけ。

 

 

「タケ……ハヤ……」

 

 

 アイテルの切ない声が青年の名前を呼んだ。応える相手はここにはいない。

 廊下の窓は開け放たれていて、その桟に止まる鳥がうつむく女性をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 午前七時過ぎ。自室の前でパートナーと鉢合わせる。まったく同じタイミングで声が重なり、同じようにドアノブに伸ばしていた手が宙で止まった。

 目の前の彼女は瞬きと一緒に視線をずらし、けれどもすぐに意を決するように向き直ってきた。

 

 

「おはよう!」

「……おはよ」

 

 

 これはタケハヤと何か話したなと察する。

 品定めするようにミナトを観察していたあいつのことだ、何か接触してくるとは思っていたが……いつもより早めに朝の訓練に出ていたのは正解だったか。

 訓練を終える前、上空で大きな何かが羽ばたく音が聞こえた。鳥にしては大きすぎて、竜にしては重圧を感じない。(SKY)のように自由な音だった。

 あいつはもう都庁を発った。なら自分たちの出立も近い。

 

 シキはドアノブを回してミナトと一緒に部屋に入る。

 すっかり勝手知ったる我が家となった室内で、ターミナルの画面がミロクの顔を映した。

 

 

『コール、13班。……なんだ、早起きだな。体調はどうだ、よく寝られたか?』

「ちゃんと寝た。アップも済んでる。いつでも行けるわ」

「おはようミロク。体調は問題ないよ。ミロクはどうなの、ちょっと目が充血してるよ?」

『ん。実はオレ、昨晩寝つけなくてさ……へへっ、子どもっぽいって言うなよ? なんかすごいワクワクしちゃってさ……。行こう、シキ、ミナト! みんな会議室で待ってるぞ!』

 

 

 人竜ミヅチとの決戦。勝てば脅威は消え、負ければ世界は終わる。

 切り立った崖の上で風に煽られているような状況なのに、ワクワクとはかなり肝が据わっている。

 それだけいい結果を想像できているということだろう。悪いことじゃない。

 

 朝食は各々のタイミングで取った。微調整用に携行食を持ち、装備を確認していると、ミナトがぼーっと部屋の中を見回す。

 

 

「あんた何してんの」

「いやぁ……片付けて行った方がいいかなぁって」

「身辺整理みたいなこと言うな、縁起が悪い」

 

 

 片付けなんて帰ってきてからいつでもできる。今日は今までと同じように任務を終わらせて、同じように帰ってくるのだ。

 ミナトを引きずり部屋を出る。彼女が今は空になっている隣の部屋に向けて敬礼をした。つられて胸中で行ってくると告げて、会議室に向かう。

 入室すると、いつものメンツに加え、開発班からワジ、ケイマ、レイミが、建築班からミヤが来ていた。最後の戦いだからねとキリノが全員を見回す。

 

 

「タケハヤは既に出立しています。彼が障壁を壊し、我々はそこに総力で突入する……作戦は、変わっていません」

 

 

 東京タワーは今や天を貫く要塞だ。中のマモノやドラゴンも危険だが、純粋にミヅチが待つ頂上まで体力がもつかわからない。

 そのため攻略は自衛隊、SKYからも人員が出ることになった。拠点を無防備にはしておけないので大多数は都庁防衛に務めるが、リンと八名の精鋭、ダイゴとネコも作戦に参加する。

 

 

「13班を、無事タワー頂上まで送り届ければいいんだよね」

「今さら怖いモノなんてない! 俺たちの、最高の働きを見せてやるよ!」

 

「ふっふ……腕が鳴るぜ」

「せっかくだからSKYらしく暴れるよ? これが最後のノラネコモード!」

 

 

 共に前線に立つメンバーが笑顔で準備万端であることを告げる。対照的に都庁に残るミヤと開発班の三人は自分たちが出向けないことに歯噛みしているようだった。ミヤが「いいか、13班」と肩をつかんでくる。

 

 

「あのタワーを開放してやってくれ。美しい建築物が汚されるのは我慢ならん……!」

「心配するのはタワーのほうなのね」

「おまえたちに関しては正直心配する必要はないだろう。いつも通り帰ってくるだろうからな」

 

 

 激励を受け取る横ではワジたちが自分たちの武具と持っていく薬の最終チェックを行なっていた。ケイマはすでに感極まって泣きべそをかいている。

 

 

「くそっ……またおまえたちといっしょに戦いてぇ……! ついていきてぇのに……!」

「気持ちだけにしとけ。私たちが行っても、足手まとい……今回は、そういう戦いだ」

「買い残しはありませんか? 何でも、じゃんじゃん注文してくださいね! ……あら? ミナトさん、これは?」

 

 

 レイミが手を止め、ミナトの脇腹をなでる。

 隣に立つパートナーはびくりと肩をすくめ、不自然に膨らむ脇腹を庇うように腕を回した。

 

 

「えっ、あ、いや……内ポケットにアイテム入れすぎたんですかね、少し盛り上がっちゃって」

「こんなところに内ポケットをつけた覚えはないですけど……ちょっと待ってくださいね、動きを妨げないよう微調整しますから」

「いえいえ大丈夫ですよ特に違和感も不便もないですしまったく問題ないのであの触らないでいただけるとあ〜〜〜!!」

 

 

 お構いなしにレイミがミナトの体をまさぐり始める。突っ込まれて引き抜かれた彼女の両手が、深い紺色の布を広げた。水色のラインと動物の丸い足跡のポイントに、ぴょこんと飛び出した猫耳がふたつ。

 

 

「……」

 

 

 その場の全員がミナトを見つめる。

 

 

「……」

 

 

 ミナトは両手で顔を覆ったまま返事をしない。よく見ると、その指先に装備されているネイルチップもパーカーと同じ配色の物だ。

 

 

「あ、それ……アタシがあげたやつ」

 

 

 ネコの呟きにミナトは両手を下ろす。現れた顔は茹で上がったカニよろしく赤く染まっていた。

 

 

「その……今朝、ちょっとだけ、これを装備して術の訓練をしたら、いつもより調子がいい気がして……最終決戦だし、機能面と安全面から考えると、これを着た方がいいのかなって……でも、着る勇気がなくて……」

「な、ちょちょちょーっと待った! 俺たち開発班は改修を重ねた施設の中で、今までのノウハウと戦闘データ、帝竜の資材詰め込んで最新鋭の装備を用意したんだぞ!」

「そ、そうですよ! コケにするつもりはありませんけど、レイミたちだって職人です! さらに性能がいい装備なんてそこかしこに転がってるわけじゃ──」

 

 

 ケイマとレイミがミナトにつかみかかり、それぞれクロウとパーカーを凝視する。

 グローブを外した指先で一撫でするたび、若手職人二人の眼は困惑に変わり、驚愕して、潤んでいき、ついにはほろりと滴をこぼした。

 

 

「ま、負けた……」

「何ですかこれ……かわいくて最強とか、ずるいです……」

 

「へへ~ん。ま、友情パワーってやつ?」

 

 

 ネコが得意気にウィンクを決める。

 話の流れ的に、彼女からのもらい物である装備……にゃんパーカーとにゃんクロウを着用した方がいいということになったのだろう、ケイマとレイミは自分たちが用意した装備を外し、今にもハンカチを噛みちぎりそうな形相になった。ネコが軽い足取りでミナトの傍に移動して肩を寄せ合う。

 

 

「そーいうわけで、ミナト、アンタこれ着ていきなよ」

「……着るの? 本当に、これを?」

「ちょっと、なんでためらってんの」

「さっきも言ったじゃん、着る勇気ないんだって」

「それってどーいう意味? 本当は着たくないってこと?」

「違うよ。でもクロウの方はまだしも、こんなにかわいい服、私みたいな地味には似合わないっていうか……」

「……ふーん……好みじゃなかったってことか。嫌なモノ押し付けて悪かったねー」

「だ、違うってば!」

 

 

「着たいよ!!」という大声が会議室に響く。

 そもそもなぜミナトがその服を持っているのか。なぜネコと距離が縮まっているのか知らない一同がツッコめずにいる中、ミナトはにゃんパーカーをひしっと抱きしめた。

 

 

「好きな色は青! 犬より猫派!! 子どもっぽいってバカにされるのが怖いから大学に入ってからはコーデ変えようと思ってたけどパーカー着やすいし好き!!! 好きな要素が全部そろった服だよ、着たくないわけないじゃん! でも勇気が出ないの! おしゃれにあんまり興味なかったし、ネコの言う通り私地味だし! ネコみたいにかわいい子には似合うと思うよ、自衛隊の人も何人かネコのことかわいいって言ってたもんね!」

「え? おいマキタ?」

「違うぞ隊長! 鼻の下伸ばしてたのは俺じゃないからな!」

 

「私は今年19歳になりました。来年には成人です! ちゃんとしたメイクもしてない成人女が猫耳の着いたパーカー着てたらどう思う? イタイでしょ!?」

「……ねえ、それアタシはどうなんの?」

「ネコはいいんだよすごくかわいいし似合ってるから!! お世辞抜きで! いい? この服は!」

 

 

 ミナトが目にもとまらぬ速さで自分の後ろに回り、がばりとパーカーをかぶせてきた。

 

 

「すっごくかわいい! 『ただし顔面偏差値が高い子に限る』なの!! わかる!? ……シキちゃんこのまま写真撮ってもいい!?」

「うるさい落ち着け」

「んがっ!」

 

 

 軽く裏拳をくらわせる。錯乱状態にでもなったかのように荒ぶるパートナーを鎮め、着るのを提案したのはおまえ自身だろうがとパーカーを被せ返した。

 

 

「似合う似合わないとか地味とか派手とか今考えることじゃないでしょ。少しでも勝率上がるならそれ着なさいよ」

「ううう……」

「……ミナトってこんなキャラだったっけ?」

「こいつから真面目が抜けたらだいたいこんな感じよ。めんどくさい」

 

 

「めんどくさいなんて言わないで~」とミナトが足に縋りついてくる。やはりめんどくさい。

 感覚は理解できないがあれだけ熱弁したのだ、簡単に変わるような意識じゃないのだろう。けれどこのままでは戦闘に支障が出かねない。

 何とかしてくれと視線で頼む。ネコがしゃがんでミナトを宥め始めた。

 

 

「そんなにネガることないじゃん、ブスじゃないんだから自信持ちなって」

「人のこと地味子ちゃんなんて言ったくせに~」

「いやだって、ムラクモが用意する装備って実際地味っしょ? 作業員も着てるあれ……ツナギっていうの? あれ着て気分とか上がる?」

「ネコさん、異議ありです! あれは全身の保護と機動性を重視した意味のある装備で──」

「レイミだっけ。そんなこと言いながらあんただってメイド服じゃん」

「え、だってこれはレイミのお気に入りですし、レイミは前線には出ませんし……」

「それにシキも、そのセーラー服、実はお気に入りなんでしょ?」

「あ? まあ、あのツナギよりはね」

「ほらぁ、みんなそういうもんなんだって」

「そういうもん……? ほんとに……?」

 

 

 うんうんとネコがうなずく。機嫌を直しつつあるミナトに、彼女は内緒話をするように小声で囁いた。

 

 

「アタシだって友だちとおそろで一緒に戦うとか……初めてで嬉しいし。一緒にこれ着て頑張ろーよ。ね?」

「おそろ……。……笑わない?」

「あったりまえじゃん」

「私がブスじゃないって、ほんと?」

「嘘なんかつかないよ。自信ないならメイクしてあげるし」

「……わかった。着るよ」

 

 

「安全第一だしね」とようやくミナトは立ち直り、恐る恐るといった様子でパーカーに袖を通した(さすがにフードはかぶらなかった)。

 言葉を挟めずに置いてけぼりになっていたキリノが、もういいかなと気まずそうに首を傾げる。

 

 

「すみません、話の腰を折ってしまって……」

「だ、大丈夫だよ。年頃だし、服装の悩みは尽きないよね。で、えー……」

「作戦の確認まで終わりました」

「そう、作戦の確認は以上です! よし、そろそろ時間だ。目指すは東京タワー……各員、出動!」

 

 

 最終チェックも完了した。気を取り直して、キリノの号令で会議室から飛び出す。

 

 

「ミナト、『無理』は禁句だからね」

「わ、わかってるよ、ここまで来たらもういくしかないって! これで最後なんだから!」

 

 

 パートナーはぶんぶんと頭を縦に振る。エンジンはかかっているみたいだ。暴走しすぎてガス欠を起こしてしまわないか心配だけど。

 

 ミナトの言う通り、これで最後だ。やるべきことはいつも通り。

 

 

(すべての竜を、狩り尽くす!)

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 七階の会議室の廊下からアイテルは都庁前広場を見下ろす。地上にはたくさんの人間が集まっていて、彼らの声援を受け取った13班らが車に乗り込み、都庁を出た。

 耳を澄ませれば、離れているここにも、人々の熱気を帯びた声が届いてくる。不安はあるけれど、絶望に沈んではいない。泥にまみれても負けるものかと立ち上がる、強い意思。

 今朝の静寂の中で戦いに赴いた彼も、きっとまた。

 

 トッ、トッ、と軽い足音が近付いてくる。次いで聞こえてきたのは、自分の片割れの声だ。

 

 

「この星の人間は、強いな」

「……姉さん」

 

 

 以前見たときとは違う、幼い子供の姿。けれども刃の艶のようなプラチナの髪と、穂先のように鋭利な赤い瞳はまごうことなき姉のものだ。

 

 アメリカのドラゴン戦線を指揮していた彼女は、人竜ミヅチの攻撃から辛々逃れ、自力で日本まで『跳んで』きた。海を越えて都庁まで来れたはいいが、代償にかなりのエネルギーを消耗し、体が縮んでしまったらしい。

 13班に手伝ってもらって元に戻ろうという試みは失敗してしまったようだ。下の階の研究室から「ふざけるなあああああ!!!」とか「黙れバカぁっ!」と響いてきていた怒声からして、体調に問題はなさそうだけれど。

 

 小柄な体に未だ慣れないのか、エメルは服の袖口をいじりながらアイテルの隣に立った。都庁前でたむろし、自衛隊員らに中に入るよう促される人々を見て、彼女は首を傾げた。

 

 

「私には理解できない。この星が持っている、特別なもの──戦う、ではない。立ち向かう……という強い言葉」

「私にはわかる」

 

 

 人々に寄り添い、タケハヤたちと共に過ごして気付いた。竜の首を落とす武器にも、その牙から身を守る盾にならずとも、諦めない人間たちが皆等しく持っている、目には見えない物。彼らが見せる勇気の源泉となる、とめどなくあふれるそれ。

 

 

「きっとそこには、意思の力があるんだわ……」

 

 

 意思が尽きない限り、壊れた世界のどこかで、きっと誰かが立ち上がる。

 

 

(どうか、彼女たちが……。そして、)

 

 

 どうか、彼が。

 

 アイテルはローブの下から腕を上げ、胸の前で両手を組んだ。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 世界中に存在を示すように立ち昇る光の障壁。それに囲まれ、ねじれる渦のように天まで伸びた東京タワー。

 その不格好な城めがけて雲を突っ切り、タケハヤは飛ぶ。近くまで来たところで嫌な圧を感じ、背から生えた翼で空気を受け止め、一度道路に着地した。

 

 

「コイツか……」

 

 

 人竜ミヅチは「神の居城」などとのたまっていた気がする。

 神気取りの愚か者。その四つの目で見ているといい。

 

 翼を広げ、一直線に上空へはばたく。

 

 

「小賢しい真似しやがって……! ナメるなよ、人間を!」

 

 

 手に持った身の丈を超える槍を振りかぶる。タケハヤは怒りのまま、血潮が流れるように動く光の壁へ、全力で刺突した。

 

 槍の先が衝突している部分から抗う力が吹き荒れる。ビキリ、と体から嫌な音がしたが、止めるものか。

 毒を以て毒を制す。この壁は所詮人竜が生み出したもの。同じく人の身から竜になった自分が破れない道理はない。

 

 

「砕けろ……ッ!」

 

 

 槍を握る手に力を込める。

 蜘蛛の巣状に広がった亀裂により深く押し込めば、障壁は甲高い音を立てて砕け散った。

 凝縮されていた光が解放されて霧散していく。これでとぐろを巻く偽りの城は野ざらしだ。

 

 一仕事終えて着地した瞬間、一部が異形に変化した胸が軋む。翼には力がみなぎっているのに両足から力が抜け、思わず膝を着いた。

 

 

「チッ……! もうガタがきてやがる……」

 

 

 竜にとって人間はエサ。淘汰されて当然の塵芥。

 人間にとって竜は大敵。倒さなければ生き残れない最悪の障害。

 二つはそもそも相容れないのだ。それを無視して混ぜ合わせた体は爆弾そのもの。少しでも気を抜けばどうなるかわからない。

 

 体を襲うひび割れるような感覚を抑え込み、なんとか自重を支えて立ち上がる。

 あと少しすれば、都庁から彼女たちが来るだろう。情けない姿を目撃される前に、さっさと去るとしよう。

 

 頼むぞ、と後ろを振り返る。

 

 

「俺にまだできることがあるとすれば──もう少しだけ、もってくれ……!」

 

 

 竜も、竜に寝返り神を自称するあの女も首を洗って待っていればいい。おまえたちは存在を軽んじた相手である人間に、地べたまで引きずり落とされるのだ。

 

 肩甲骨に力を入れる。生温く不快な風を捕まえ、タケハヤは遥か高い宙を目指して飛んだ。

 

 





15話の最後でタケハヤが憤っていた相手はシキではなくナツメでした。伏線を張ったつもりだったんですが上手くできていたのかどうか。

ファクトリーの改修をして開発班に性能のいい装備を作ってもらうのは難易度的に欠かせないけど、終盤になるにつれてフリマやダンジョンで手に入ったり好感度イベントでもらえる装備の方が高性能だからほぼ利用しなくなるという悲しいできごとが……。
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