2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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ミヅチのところに行くまで。
あの構造の東京タワー、実際に何階あるんだろうか。



38.紅蓮の塔で蛟は嗤う

 

 

 

 甲高い音が轟き、空を渡っていく。ドラゴンの奇襲かと思ったシキは車の窓を全開にして身を乗り出した。

 

 

「何、今の音!?」

『各員に通達、東京タワーの観測が可能になった。現地で様子を確認されたし!』

 

 

 ミロクのアナウンスを聞きながら、「危ない危ない!」と腰にしがみつくミナトを支えに、前方に目を凝らす。

 紅白のタワーは人竜ミヅチに歪められたままの姿だ。けれど、光の障壁らしき物は見当たらない。

 同じタイミングでタワーの観測が可能になったということは、おそらく……。

 

 車は法定速度などお構いなしに加速していく。離れていたタワーは瞬きをするごとに迫り、目前まで来てやや強引にブレーキがかけられた。

 迅速に車両を降りて陣形を組んだ自衛隊の面子が声を上げる。

 

 

「障壁が、消えている……」

「あの男、やってくれたか……我々自衛隊もSKYに負けていられないぞ……!」

 

 

 通信機の向こうでキーボードを弾いていたミロクが、うん、と力強くうなずいた。同時に視覚に共有された情報の中にも障壁の存在はない。

 

 

『本部より指令。障壁の機能は完全に消失している……! 全隊、突入せよ! くりかえす、全隊、突入せよ!』

「了解! これよりタワー内のマモノを一掃する! 第一小隊、第二小隊……突撃ッ!」

 

 

 リンの号令で自衛隊が先陣を切った。マモノは任せて、ドラゴンとミヅチに集中してくれと頼もしく胸を叩き、銃火器を構えた九人が突入していく。

 景気良く響いてくる銃声を聞き、ダイゴがネコを見た。彼女は雲に突き刺さるタワーを、空を、誰かを探すように見上げている。

 

 

「俺たちも行くぞ」

「……うん」

「心配するな、あの男はそう簡単にくたばるタマじゃない」

「……だよねっ」

 

 

 ネコがこちらを向いて、お先と片目を閉じる。

 渋谷で多くの仲間を失って以来、誰よりも鼻息荒く東京タワーに狙いを定めていた二人だ。自衛隊に負けず劣らず、味方も蹴散らす勢いで中に突っ込んでいく。

 すかさず全員分の視覚情報が共有される。例に漏れずマモノとドラゴンが跋扈しているが、生存者の反応もちらほら確認できる。ミヅチが現れるよりも前にタワーを避難場所としていた人間がいたのかもしれない。

 マップの各反応を分析しながらミイナが呼びかけてきた。

 

 

『外観でわかるかと思いますが、タワーは超高層のダンジョンになっているようです。現在解析を進めてはいますが、地上からの観測には限界があるかと……』

「まあ、頂上っぽいところ見えないしね……これ人間が登れる高さなのかな」

『皆さんが突入した一階を見る限り、足場は安定しています。そこまで複雑化してもいないので進行しやすいとは思いますが……各フロアに強力なドラゴン反応が数体……フロワロと連結して進路をふさいでいる個体もいます。私は、自衛隊とSKYのナビに回ります。生存者の救助とマモノの掃討は私たちに任せてください』

「私たちはドラゴンだけぶっ飛ばせばいいってわけね」

『はい。物資、体力に限界を感じたらすぐに脱出キットを使用して都庁へ帰還を。タイミングはあなたたちとミロクに任せます。気を付けて。オーヴァ』

 

『……よし、13班も突入だ。派手に暴れてやろうぜ!』

 

 

 ミロクに誘導されてタワーの中に踏み入る。真っ先に視界に入ったのは得物から火を吹かせる自衛隊メンバーだ。

 動きが以前とはまったく違う。ここまでの戦いでマモノの生態や行動パターンのデータが充実しているし、何より実戦で積まれてきた経験が活きている。元々一般人より戦いの領域に踏み込んでいるのだから、得手不得手が把握できれば、その後の判断も行動も迅速だ。

 

 

「後方! グラス系のマモノが二体!」

「こっちに近付く前に撃ち落とせ! あいつらの鱗粉は絶対に吸うな、浴びたらすぐに後ろと交代しろ!」

「うわっ、あのでっかいカマキリみたいな奴もいます!」

「四ツ谷にもいたな。あいつはリーチが長い、常に距離を取りつつ腕の付け根か脚を狙うんだ!」

 

 

 洗練された集中砲火が巨大カマキリの片腕をもぎ取る。

 二メートルはある鎌が床に落ちるのと同時に、紛れるように小型の影が飛び出した。

 

 

「まずい、こいつは──」

 

「ドラゴン、ね!」

 

 

 突撃銃ごとマキタを噛み砕こうとしたミクロドラグにシキの足が突き刺さる。いつぞやの地下道で見たようにドラゴンは錐揉み、マモノを巻き込んで壁に叩きつけられた。

 

 

「マモノに紛れて近付いてくるとかめんどくさい手を……ミロク、こいつらの反応は?」

『把握できる限りだと、各フロアで数体固まって動き回ってるな。戦闘中に割り込んでくる可能性もある。そいつは積極的に討伐した方がいい。ドラゴン反応が近い場合は自衛隊と互いを視認できる距離で進んでくれ』

「了解! って言ったそばからー!」

 

 

 ミクロドラグが追加で二体すっ飛んでくる。「もー!」とミナトが氷の槍を飛ばし、大きく開いた口を串刺しにした。

 

 

『よし、目視できる範囲にドラゴンはいない! 残りも適当にSKYが蹴散らしてくれたみたいだな。このまま前進しよう!』

『フロア北側に要救助者反応! 途中のドラゴンはダイゴとネコが排除しました。自衛隊第二小隊は救助者の保護へ。脱出キットでこちらへ転送次第、速やかに先の部隊へ合流するように。引き続き、SKYの二人はドラゴンを、自衛隊堂島三佐、及び第一小隊はマモノを掃討してください!』

 

 

 ミイナのナビを受けたことは片手の指を折る程度だが、彼女もミロクの片割れ。未来視とすら錯覚するような的確な指示が絶えることなく飛んで自衛隊が駆けていった。

 

 勢いに乗ったままタワーの探索が進み、地上が眼下へ遠ざかっていく。窓から見える景色は既に都庁最上階を超えるのに、まだ頂へは遠いというから異界化は底知れない。

 次のフロアに踏み込んだ瞬間、ミロクとミイナが「警戒!」と声を重ねる。

 長い通路の先から、重量を感じさせる足音が連続して響く。乗用車も追い越せる勢いで蒼い翼竜がこちらへ突進してきていた。彼我の距離は空いているが、数秒も経たずに接触するだろう。

 竜の姿が数ヶ月前に都庁で見たワイバーンと同じだと気付いた自衛隊員が数人前に出る。

 

 

「あれは選抜試験の時にもいた奴だな、今なら俺達でも牽制できるかもしれん! 13班はその隙に──」

「待った!!」

 

 

 銃を構えようとする彼らにシキがタックルして、ドラゴンの進行方向から転がり出る。

 一拍置いて直後、空気の爆発に轟音が体を打ち、周りの窓が派手に破裂した。自分たちが立つ場所が傾いたのは気のせいじゃないだろう。

 

 フロアの一部をひしゃげさせたドラゴンを見て、カマチが額に手を当てる。

 

 

「……すまない、やはり任せるしかないみたいだ」

「巻き込まれたら死ぬわよ。急いでここから離れて、マモノを片付けておいて。SKYもいっしょにね」

 

 

 姿形が似通っていようが最後のダンジョン。そこに巣食う竜も、帝竜とまでは言わないが軒並み脅威だ。

 自衛隊とSKYが別の通路へ入っていく。その先でドラゴンに遭遇してもネコとダイゴ、ミイナがついているから大丈夫だろう。

 ガラスが一片残らず吹き飛ばされた一角で「えぇー……?」と震えるミナトに視線を送る。

 

 

「今の技、」

「……ソニックブームってやつだねぇ。何回かこの姿のドラゴンが使ってきたやつ。威力も規模も今までの上位互換って感じだけど……」

「狭い通路から放ってこれなら、広いスペースで思いっきりされちゃどうなるかわからない。動き回りつつ翼を狙う」

「了解。あと、」

「ブレスも……ね!!」

 

 

 ジゴワットもかくやの紫電が宙を走る。殺到するブレスをすっかりものにした裏拳で吹き裂き、お返しにと拳を見舞った。

 右ストレートがドラゴンロードの鼻面に埋まる。感触からしていい打撃を与えられたが、ブレスを防いだ左腕は感覚がない。麻痺の効果も過去に戦ったドラゴンよりずっと強力だ。ミナトにリカヴァをかけてもらう。

 今度はミナトが火炎と冷気で追撃を仕掛けた。翼竜はひるみはするものの、鳴き声も仕草も、痛がるというよりは鬱陶しがっている程度だ。決定打にはなっていない。

 

 

「うー、弱点がないとサイキックじゃ太刀打ちできない……!」

『このドラゴン、これが効くっていう属性はなさそうだ。シキが叩いた方が早い。ミナトは支援に回ってくれ』

「一撃が痛そうだもんね。了解!」

 

 

 視界の端でデコイミラーの光が瞬き、パートナーの姿が霞む。

 彼女が気配を潜めているのも相まって、一人でこの場に立っているみたいだ。対するドラゴンは今いる部屋を埋める巨体。よくよく観察すれば、眼光も牙の鋭さもムラクモ試験時のワイバーンとは比べ物にならない。だからといって負ける気はないが。

 

 ソニックブームは使わせない。下手に距離を取りすぎるのは悪手だ。すぐに翼から逃れられるよう構えながら接近する。

 

 

「ほら、来い。もう一発くれてやるから」

 

 

 近距離で誘えば、返されるのは巨大な顎。

 ギロチン代わりに重なろうとしたそれをつかんだ。思ったより重い……が、これ以上の重さを地下道の帝竜で経験済みだ。

 噛み砕きをいなして拳を返す。休まず三発、おまけに裏拳。顔を保護する甲殻や鋭い角をナックルで砕いていく。

 動きが鈍ったところで、脆くなってきた上顎に狙いを定めて頭突きを入れる。

 

 

「──こんのっ!!」

 

 

 体重をかけた足もとと目の前から、同時にみしりと音が鳴る。

 頭蓋をへこませ牙は砕け、崩れ落ちたドラゴンロードはだらしなく舌を伸ばして白目をむいた。

 

 

「よし、新技はこんなもん……ミナト、どこ?」

「あ、ここです」

「何体育座りしてんの」

「いや、出番がなかったな……ってシキちゃん、おでこが腫れてますが!?」

「別に痛くないしこのぐらい平気だし」

 

 

 手当ては必要だよとミナトがキュアを使い、氷とタオルで即席の氷嚢を作る。それを額に当てたタイミングで、自衛隊第二小隊が下の階から上がってきた。

 彼らと共に他の人員が入っていった通路を進む。曲がり角の向こうから、こちらに負けず劣らずの拳打と氷が砕ける音が響いてきた。

 

 

「だーいじょうぶだってナビちゃん! アタシの氷が効かなくたって、ダイゴママがどうにかしてくれるから!」

 

 

 ネコの元気な声を最後に戦闘音が止まる。言葉だけだと驕りともとれるが、油断しているわけではないだろう。顔を覗かせれば彼女たちの傍らにドラゴンの死骸が転がっていて、激しい損傷具合が念を入れて叩きのめされたことを物語っていた。

 

 

「お、来た来た。二人ともお疲れ~」

「13班、手ごわい相手を任せてしまってすまない。こちらもマモノをできるだけ排除した。現在周囲に敵影はない」

 

 

 リンたちも装備を確認しながら戻ってくる。これで全員合流だ。

 タワー内の進行度と付近の生体反応をナビ達と確認したところで、リンがさてと息を吐く。

 

 

「……そろそろこの辺でお別れだな」

「え、お別れって?」

「そんな顔するな。変な意味じゃないよ」

「俺たちはこのフロアに残る。ドラゴンの追撃も止めておきたいし、安全な空間を確保する必要もあるだろう」

 

 

 リンとマキタの言葉を聞き、自衛隊員たちが周囲を警戒する構えを取る。

 確かに、人竜ミヅチとの戦いにまで参戦しろとは言えない。だが、このダンジョンは今までのものよりも危険であるのは事実。

 ネコがわずかに首を傾げた。

 

 

「アンタたちだけで大丈夫なの?」

「小娘に心配されるほどヤワじゃないよ……ほら、さっさと行きな!」

 

『自衛隊に任せましょう。ここのマモノは凶暴ですが、彼らに倒せない相手ではありません。ドラゴンもここまでの道程でほぼ討伐できていますし、装備も開発班との協力で新しい物になっています、問題ないはずです。いざとなれば脱出キットもありますから』

 

 

 ミイナが太鼓判を押す。そういうことならとダイゴとネコは静かに頷いた。

 

 

「……気を付けろよ」

「ではでは、先にまいりまーす!」

 

 

 SKYの二人が背を向ける。

 ほら、とリンが上に続く階段を顎でしゃくる。

 

 

「おまえたちも先に行きなよ……アタシたち、そんなに信用ない?」

「そ、そういうわけじゃないですけど……」

「まあ、遅かれ早かれ別れて行動にはなってただろうし。それじゃ、先行くわ」

 

「おい、13班!」

 

 

 リンの声がフロアに響く。

 振り返ると、名前の通り凛とした面持ちで、彼女はあの言葉を口にした。

 

 

「『ボサっとしてんじゃねぇ!』……ガトウに怒られるぞ」

 

「……はい、いってきます! また後で!」

 

 

 ミナトが頭を下げる。一瞬だけ自衛隊メンバー全員が振り返って、にっと白い歯見せた。

 

 

「こっちこっち! ひたすら登れぇ~!!」

「ネコ、ダイゴさん、待ってー!」

 

 

 上から響いてくるネコの声に駆け出す13班を見送り、リンは気合を入れなおす。

 

 

「ボスの帝竜や他のドラゴンがいる間はフロワロが繁茂して、マモノも多く湧いてくる。あいつらは人の気配に敏感だからな、どんどんおかわりが来ると思えよ!」

「隊長! 言ったそばからお出ましだ!」

「ひゃっほう、入れ食いだぜ!」

 

 

 けたたましい叫びと共にマモノが一直線に突進してくる。

 突撃銃を腰だめに構え、リンの「戦闘開始!」という合図で彼らは一斉に引き金を引いた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 自衛隊と別れてしばらく。ドラゴンを屠っては階段を駆け上がるのをくりかえし、何階か数えることも億劫になってきた。

 窓の外は群青の星空と雲海だ。かなり上まで登ってきたはず。それにつれてドラゴン側の勢いが増しているように思える。速攻で片付けたミクロドラグの死骸を蹴散らして、天井まで届きそうな巨体が顔を出す。

 

 

「あ、このドラゴン、地下道にもいた……!」

『その亜種だ、名称イージスドラグ! カウンターには注意しろ!』

 

 

 文字通りの分厚い壁を両手に携えたイージスドラグが立ち塞がる。動きは遅いが一撃が重く、時折雷の球を放ってくる厄介な相手だ。

 

 

「いよいよ近付いてきたということか。ここは俺とネコに任せろ」

「そーそー、アンタたちは温存してて。アタシたちはまだまだいけるよ!」

「じゃあ私たちはこっちの道を……って、」

「ああもう、別の奴がいるんだけど!?」

 

 

 イージスドラグとは別に、もう一方の進行方向を塞ぐのは真紅の皮膚を持つ二足歩行のドラゴンだ。四ツ谷で見たデストロイドラグの亜種、名をクリミナルドラグとミロクが分析する。

 

 

「うげ、挟み撃ちか~。あ、どっちが早くドラゴン倒せるか勝負する?」

「また勝負? 好きだねぇ……」

「何よ、ダメ?」

「ダメじゃないよ、じゃあそういうことで」

 

 

 ネコとミナトが背中を合わせる。互いのパーカーの猫耳が触れ合い、二人は同時に駆け出した。

 

 

「どいたどいたぁ~!」

「えいやーっ!!」

 

 

 戦闘開始を告げる氷の波が和音を生む。サイキックが前衛に出るなとデストロイヤー二人が跳ぶのも同時だった。

 ダイゴの正拳突きがイージスドラグの盾を、シキのアッパーがクリミナルドラグの鉄のマスクを歪ませた。今度は硬い物が削りあう不協和音が轟き、ドラゴンのくぐもった鳴き声が重なる。

 

 

「この種類のドラゴン、たしか追い詰めると腕の鎖とか引きちぎって暴れ出してたはず」

「たぶんこいつもそうね。って──」

「うわっ!?」

 

 

 ミナトを捕まえて床に伏せる。直後に頭上を雷の球が飛んでいき、前方のクリミナルドラグに直撃した。

 

 

「ちょっと! それなりに距離あるのにこっちに流れ弾が飛んできたんだけど!」

「今のはしかたないって! お互いがんばってんだから言いっこなーし!」

 

 

 向こうでネコが両腕を振っている。ダイゴが殴りつけているイージスドラグは既に盾が破壊されていて、悪あがきにサンダーボールを乱発しているようだ。

 こちらのクリミナルドラグもそれなりにダメージは与えられているはず。今のサンダーボールで麻痺でもしたのか、腕の鎖を引き千切ろうとした体勢で痙攣していた。この隙に攻めれば仕留められる。

 よし殴ろうと走り出した途端、クリミナルドラグが麻痺も鎖も振り切って雄叫びを上げた。

 

 

「シキちゃん!!」

 

 

 ミナトが叫ぶのとトラックの頭くらいある拳が迫るのは同時だった。

 体前面に凄まじい圧が当たる。肺から無理やり酸素が追い出されて息ができない。

 

 

「──!」

 

 

 落ち着け。頭で考えずとも体は動く。

 体は前に傾けて、拳を胸・腹・腕で捕まえる。膝を曲げ、足の裏で床を蹴りつけ抵抗すれば、耳障りな音が響き、数秒かけて勢いが止まった。

 

 

「ぐ、おらああっ!!!」

 

 

 体をひねって一本背負いにつなげる。持ち上げたクリミナルドラグの巨体をイージスドラグめがけて投げつけた。

 ダイゴの頭上を通り越し、赤い巨竜が黄の巨竜に衝突する。それぞれの重量と甲殻が互いを傷付け、ドラゴン二体は絶叫した。

 まだだ、起き上がる隙は与えない。

 

 跳び上がる。異界化によって引き伸ばされた天井ぎりぎりに迫れば、あとは落ちるだけ。

 

 

「とどめぇっ!!」

 

 

 槍に見立てて突き出した足がクリミナルドラグの肉に埋まり、内臓を潰す感触を捉える。そのまま衝撃を下のイージスドラグに伝えれば、噴水のように血飛沫が上がった。

 同時に、視界が上にずれる。

 

 

「にゃ!?」

「ちょ、シキちゃん!?」

 

 

 ズゴッ、と床が抜けた。

 

 なるほど、超重量のドラゴンが二体に戦闘での衝撃、さらにデストロイヤー渾身の衝突が加われば異界化した地でもこうなるか。それはそれとして足がクリミナルドラグのムチムチした肉に埋まって、このままだといっしょに落ちる。

 下階に放り出されそうになった瞬間、腕をつかまれて体が宙ぶらりんになる。足がずぼっと抜けて、ドラゴンの死骸はそのまま床に叩きつけられてバラバラになった。

 

 

「どちらの血かわからんな」

「う……お゛ぇっ」

 

 

 血濡れの自分を軽々引っ張り上げながらダイゴが言う。

 返事の代わりに口からかなりの血が出た。ミナトが悲鳴を上げて駆け寄ってくる。

 

 

「シキちゃん大丈夫!? 今すぐ手当てするから!」

「あっちゃ~、見てないけど一発もらっちゃった感じ? ていうか靴片っぽないし」

「これぐらい大したことない。靴はさっき足抜いた時に持ってかれた。こっちも……取り替えないとだめね」

 

 

 思った以上に激しい摩擦で、ローファーは靴底が溶けていた。煙を上げているそれを脱ぎ、ストラップを持って揺らす。

 キュアの光に包まれて白くなる視界の中、ネコがちらりとダイゴを見上げ、彼はうむとうなずいた。

 

 

「ならば、装備を新調する意味でも一度都庁に戻る必要があるだろう。先を考えても……このあたりが適当か」

「そ、ね。ノラネコ的にも問題なし」

 

 

 ダイゴがムラクモ本部から支給されていた装置を使い、緑色の光を灯す。人工の脱出ポイントだ。

 ほら早く準備してこいと背中を押され、視界が真紅のタワー屋内から都庁屋内に切り替わった。途端に待ち構えていた開発班と看護師にもみくちゃにされ、新しいセーラー服とローファーを渡される。

 血で固まってしまった髪は濡れタオルで拭い、簡単なメディカルチェックと薬の補充を済ませ、十分程度で支度を終えた。大きな声援を受けて再び東京タワーに戻る。

 

 それじゃあ前進再開と踏み出したところで、足音が自分とミナトの二人分しかないことに気付く。

 振り返ると、SKYの二人はその場に立ったまま手を振っていた。

 

 

「あ、あれ?」

「……行かないの、あんたたち」

 

「俺とネコも、ここでキャンプを作っておく。やばくなったら戻ってこれるようにな」

「みんなで一緒にあのバカ女を! って言いたいところだけど──」

「……それはおまえらの役目だ」

 

 

 ミナトと顔を見合わせる。

 ここから先は二人だけ。いつもと同じ……けれど、東京を駆けまわり始めた春とは違う心強い状況で、二人で挑む。

 

 

「タケハヤは、おまえたちを選んだからな」

 

 

 不意を突くダイゴの言葉に、どう返していいか分からず黙る。言葉の意味は分かるが、まさか向こうからその話題を言ってくるとは。

 固まる自分たちに彼はふっと口もとを緩めた。

 

 

「恨み節じゃない。それでいいというだけだ。もし俺たちが相談されていたら……あいつを止めていたかもしれん」

「ん。アタシも、タケハヤが少しでもそういう素振り見せてたらぜーったい止めてた」

「……」

「もー、しみったれた顔しない! これは応援ってやつ!」

 

 

 タケハヤを送り出したはいいが、気兼ねなく戦えるかと問われれば、頷ききれない部分はある。気にならないはずがない。

 割り切れていない自分達とは対照的に、ダイゴとネコはどっしりと構えて揺るがない。伊達に年上ではないし、十年以上もタケハヤと共に戦い続けてきただけはある。

 

 SKYの二人は握り拳を突き出してきた。

 

 

「13班。おまえらの背中は、俺たちが守る。安心していってこい」

「……頼んだよ、あいつのこと」

 

 

 もう一度顔を見合わせる。ミナトは既に拳を作り、ふんふんと鼻息荒く自分を待っていた。その目がさあ早くと促してくる。

 右手を握る。ミナトと同時に突き出して、四人でゴツリと指の骨を当てた。

 

 

「任せろ。すぐに終わらせる」

「ここはお願いします! 絶っっっ対、勝ってくるので!」

 

 

 踏み出せばもう振り返らない。このタワーに入ったときと同じ勢いで階段を駆け上がる。

 上に向かって進む中、ムラクモ本部から通信が入った。鼓膜に届くのは何回も聞いた「おい、13班」という、お馴染みミロクの声。

 

 

『そろそろ、最上階みたいだ。たぶん、この先に──』

『ま、ま、待ってくれ! 13班!』

 

 

 ドタドタと騒がしくなったかと思えばキリノが割り込んできた。「なんだよ!」と憤慨するナビの声が遠ざかる。

 

 

「何よキリノ」

『黙ってようと思ったけど……僕にも一言、言わせてくれ! え、えーと……』

「あともう少しで階段終わるんだけど。早くしないとこのまま突っ込むわよ」

『わー! 待った待った! ……気を付けて、じゃないな! がんばってくれ! ……って、君たちは充分がんばってるしな……』

 

 

 決戦直前だというのに司令の立場にいる上司は溜息を吐いた。しゅんとしょげるアラサー男性の姿が目に浮かぶ。

 

 

『……だめだ……情けない……こんな時に、気の利いた一言も言えないだなんて……』

「大丈夫ですよキリノさん。ありがとうございます」

『え? え……どうしてだい? お礼を言うのはこっちの方だよ』

「今ので充分お気遣いは伝わってきたので」

「そうそう。変に繕わない方がキリノらしくて良いわよ」

『なはは……やっぱり、そうかな。君たちは優しいね……最後まで、こんな未熟な男についてきてくれて……本当にありがとう』

 

 

「平和な東京に戻ったらさ」とキリノは語る。

 

 

『……みんなに、たくさん恩返ししたいんだ。それこそ、科学者の役目だからね!』

 

 

 明日はあんなことがしてみたいなんて、世界が赤い花に沈む前は疑わずに実現できた夢。いつドラゴンに食われるかもわからないからと、真っ暗な恐怖に押し潰されて諦めなくてもよかった目標。自分たちが死に物狂いで追いかけてきた、もうすぐ手の届く未来。

 全て目の前に見えている。後は倒れずに駆け抜けるだけ。

 

 

『だからみんな……無事に……帰ってきてくれ!』

『──だ、そうです。およそ、司令官の言葉には聞こえないですよね? ……ま、キリノらしいですけど』

『……ここから先は、通信圏の外になる。俺たちがナビできるのも、ここまでだ。だけど……』

 

 

 ドン、と力強い音が届く。握り拳で胸を叩けば同じ音が鳴った。

 

 

『この声が届かなくったって、心はずっと、おまえたちといっしょにいるからな!』

『絶対、絶対に、いつもみたいに帰ってきてくださいね!』

『幸運を……祈る!』

 

 

 ミロク、ミイナ、キリノの意思を受け取り、アイコンタクトを取って、シキが躊躇なく扉を蹴破った。空間全体を揺るがす衝撃と音は、しかし水の中にいるように失速し、時間をかけて霧散していく。

 目の前には青よりも深い、墨を思わせる黒い宙が広がっていた。ちりばめられた星が輝き、眼下には丸くて青い、自分たちの故郷が広がっている。

 ここまでくればもう上空を通り越して宇宙だろう。けれど地に足は着くし、呼吸も問題ない。

 異界化の影響なのだろうか。いずれにせよ、喜々として見下していた人間に合わせた環境にしてくれるとはご苦労なことだ。

 

 捻じれ曲がり、小さな星から逃げ出すように宙へ伸びた展望台。

 足もとには灯火のように赤いフロワロが繁茂し、絡み合った木の根は彼女を象徴する組紐を象ってタワーの頂を飾る。

 一歩一歩進んだ先に、忘れられない後ろ姿があった。

 

 

「……来たのね」

 

 

 ミヅチが振り返る。五本の白い大きな触手、それに体重を預け、彼女は──竜は、黄色い四つの眼で自分たちを見下ろした。

 

 

「アナタ達には、失望したわ。……最後のキーを、あんなオンボロに渡してしまうだなんてね……」

「……そのオンボロにあっさり障壁を破壊されたのはどこのどいつ?」

「相変わらずね、シキ。その憎まれ口ももうこれきりだと思うと、感慨深いわ」

「ほんとその通りよ。初めて意見が合ったじゃない」

 

 

 彼女と穏やかに言葉を交わすなんて初めてかもしれない。おまけに同意してうなずくなんて。きっとこれが最初で最後だ。

 隣にいるミナトを見る。彼女はミヅチに顔を向けど、瞳には映していない。あまりにも感情の読み取れない無表情をするから、ただ目を開けているだけにも見える。

 手と手をわずかに当てる。何か言うことはないのかと見つめるが、返ってきたのは彼女の視線と、ほんのわずかに上がった口角。言葉はなく、頭を静かに横に振るだけ。

 そうだ、こいつは本気になると静かに燃えるタイプだった。なら代わりに自分が話そう。

 

 

「十年前、タケハヤがムラクモの研究施設から出た後、私の記憶を消したのはあんたね」

「……あら、思い出したの。ええ、いろいろと面倒だから、手を入れさせてもらったわ。おかげでその後は何の疑問も持たずに戦いに集中してくれたわね。ずいぶんなはねっかえりに育ってしまったけど」

「あたりまえでしょ。私の中にはあんたが入る余地なんてどこにもなかったから。で、今からあんたのことぶっ飛ばすわけだけど。言い残すことがあるなら聞いてやるわよ」

「薄情ね。あなたの両親が死んだ後、あなたの素質を見つけて伸ばしてあげたのは私なのに。育ての親と言っていいくらいよ」

「冗談。親代わりなんて意識したこと、あんたも私も一度もないでしょ?」

 

 

「……私は、あんたが何をしたいのかわからない」

 

 

 投げかける問いに、ミヅチの黄色い眼球が自分を注視する。

 圧など感じない。感じるのは今まで通りの嫌悪感と、ここにきて、人生で初めて抱いた思い。

 

 

「人間であることを捨てたとのたまいながら、あんたは台場でナツメの姿で現れた。日暈の長であったときの無力感を克服したと笑いながら、異界化したこのタワーの意匠にはナツメの面影がそこらにあった。ねえ、あんた、本当に人をやめたの?」

 

 

 なんてことはない。純粋にわからなかっただけだ。

 

 

「ミロクが言ってたわよ。あんたはそうしてずっと宇宙に独りでいるつもりなのかって」

 

 

 敵と言葉を交わすなんて、以前なら無駄な行為だと断じていた。どうせ片方はいなくなる……自分が勝って、相手は負けて去るか死ぬのだから。会話をしたとしても、神経を逆なでするつもりで毒を吐くだけだったろう。

 今も結果は変わらない。自分は勝つ。竜は死ぬ。絶対にだ。覆されてやる気はない。

 けれど、相手はかつて人間だった。

 

 故に問う。思いを向ける。言葉を投げる。

 

 

「思い出したわ。あんたが都庁から消えたとき、国分寺に一体、港区に一体、帝竜反応が確認されたこと。港区の反応が微弱だったこと。……私たちが台場にいたときにも、帝竜反応が二体あったこと。あれって片方はあんたのことだったのね」

 

「……」

 

 

 今、言の葉の源となっている思いは二つ。

 一つは、目の前の存在が何を原動力に動いているのかという疑問。

 そしてもう一つは、

 

 

「わかる? 散々人を使って、いじって、踏みにじって、こんな高いところまで無駄に登って。取り返しのつかないことしておきながら、あんたはその程度で打ち止め。神を名乗りながら人間の私とのんきにお喋りまでして、しかも人間だったときのことを懐かしんでる」

 

「生まれてからずっと、あんたのこと嫌いだったけど、」

 

()()()()()()()()()()() ()。私はあんたを、生まれて初めて『かわいそう』だって思ってる」

 

 

 道を踏み外し、戻れないところまで堕ちながら、人間の名残りを捨てきれていない。滑稽な姿で自分の目に映る女への哀れみ。

 

 それを告げると、目の前の存在から表情が消えた。元より変貌して感情の読みにくい顔になっていたが、さらに体にこびりついていた垢を全てそぎ落としたような面持ちだった。

 

 間を置き、そう、とミヅチは言う。

 

 

「結局人間はその程度の生き物──それだけのこと、だったのかもしれない」

 

 

 空気が変わった。始まる。

 すぐ隣にあるクロウを装着した手を握る。

 ずっと前の、春が過ぎた日を思い出した。

 土の下、小さな人工のスペースで、泣きじゃくる女性の手を握って顔を上げさせた瞬間。

 あのとき自分の手は握り返されなかった。

 けれど、今度は。

 

 遥か上空、宙のただなか、パートナーとして肩を並べるミナトが、同じく手を握り返してくる。

 

 そうだ。私の手は、あんたの手は、何かを為せる。

 私たちはこいつに、

 

 

「勝つわよ」

「うん」

 

「……いいわ、終わりにしましょう。人間の最後の歴史、私が看取ってあげる」

 

 

 触手が脈打ち、ミヅチの体が持ち上がる。

 

 

「力なきヒトよ……神の名のもとに……消えなさい!」

 

 

 人竜ミヅチが両腕を広げる。呼応するように周囲にフロワロが咲き乱れた。

 

 





4章と7章の二体の帝竜反応が同時に見られた件について、ゲーム中では明言されませんでしたが、共通していたのがそこにナツメがいた、という点なので、そういうことなんだろうなと捉えています。
元は人間だったからドラゴンと違い反応が微弱だったのか、それとも本当にその程度だったからなのか……。
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