2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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タイトルはご存知原作の主題歌『SeventH-HeaveN』(sasakure.UK 様作)より、サビのワンフレーズをお借りさせていただきました。
「心拍が枯れる」って表現やばない? ここまでシンプルかつ叙情的な死や終わりの表現を考えられる語彙力が自分も欲しい。



40.私の心拍が枯れたって

 

 

 

「──!」

「……、──?」

「~~、……」

 

 

 誰かの話し声が聞こえる。

 足から頭まで、体の背面が柔らかいものに包まれている感触に、ゆっくりと浮上を始める意識。何度も経験したことのある、ベッドでの目覚め。

 重いまぶたを持ち上げると、何度も世話になっている医者が自分を見下ろしていた。

 

 

「……目が覚めた! シバ君、私たちの声が聞こえるかい?」

 

 

 心を落ち着かせる緑色の床と壁。ベッドの周りを包むカーテンに、酸素に交じって肺に流れる薬の匂い。

 ここは都庁の医務室だ。気付くのと同時に頭の中に間欠泉のように疑問があふれた。

 何故ここにいるのだろう。今は何が起きているのだろう。嵐が吹き荒れるように思考がとっ散らかるが、倒れている場合ではなかった気がする。

 右手を持ち上げて医者の袖をつかむ。

 

 

「……今は、どういう状況ですか」

「会話はできるようだね、よかった。順番に話すと、ぼろぼろの君をアスマ君が運んで戻ってきたんだ。致命傷ではなかったがかなりひどい状態だったからね、集中して治療を行なっていたところだよ」

「……何分……私は、何時間寝てました……?」

「そこまで時間は経っていない。戻ってきてから……一時間程度かな」

 

 

 一時間。医者はそこまでと言うが、作戦中であることを考えるとかなりの時間が経過している。

 最終目標であるミヅチは討伐した。今すぐ命に関わるような脅威や懸念は……たぶん、もうない。

 けれど、戦闘中のように心臓が早鐘を打つのはなぜだろう。

 

 そうだ。彼女がいない。

 

 

「シキ、ちゃんは?」

「アスマ君かい?」

 

 

 うなずくと、医者は白衣のポケットから手のひらサイズの紙片を取り出した。半分に折られたそれをそっと開き、「これを君に見せてくれと言われた」と顔の前まで持ってきてくれる。

 霞む目を凝らしてピントを合わせる。

 紙片には、今まで受け取った差し入れのメッセージよりもずっと短い一言だけが走り書きされていた。

 

 

『まだやらなきゃいけないことがある』

 

「──」

 

 

 霧の中に沈んでいた意識が覚醒していく。

 

 このメッセージ、「まだ」ということは、彼女は。

 

 

「シキちゃんは……!」

「君といっしょに治療を受けてから東京タワーに──ちょ、待った! 何してるんだ!?」

 

 

 手足に繋がれている管を外し、壁にかけてあったパーカーに腕を通す。

 医者や看護師たちの制止を聞かずに医務室の扉を開けると、廊下の壁に寄りかかっていたミイナが飛び上がった。

 

 

「ミナト! 目が覚めたと聞いて様子を見に……何してるんですか!?」

「ミイナ! シキちゃんは!?」

「え、シキなら『まだ終わってない』と言ってタワーに……待ってください! そんな体で動いちゃダメです!」

「大丈夫。上半身はそこそこ怪我したけど脚は折れてない。いける」

「そんなわけないでしょう! シキみたいなこと言わないでください!」

 

 

 医者にナースにナビの少女が追いすがってくるが、止まってはいられない。一分一秒が惜しい。体の軋みを気のせいだと誤魔化して早足で階段を登り、突撃する勢いでムラクモ本部に入る。

 指令室の扉を開けると会話をしていたミロクとキリノが振り返り、ざっと顔を青くして駆け寄ってきた。

 

 

「ミナト!? 何してるんだよ、寝てなきゃダメだろ!」

「シバくん、君、その怪我で動き回るなんて……!」

「シキちゃんはタワーに戻ったんですよね、今どこにいますか!」

 

 

 二人の声を遮って尋ねる。ナビのミロクが反射的に答えた。

 

 

「シキならさっきまでナビをして、またタワーの展望台、通信が届かなくなる場所に向かったのを見届けたけど……」

「私も行く。SKYがセッティングしてくれた脱出ポイントまで繋いで!」

「何言ってんだよ、おまえは治療優先だろ!」

「ダメだよ、まだ終わってないの!」

「ナビとして許可できない! おまえの体はまだ応急処置くらいしか済んでないんだぞ! ていうかまだ終わってないって」

 

 

 パチンッ、と空気が叩かれる。

 キリノが両手を合わせた音が司令室内に響き、ぴたりと全員の言葉が止んだ。彼は静かに息を吐いて、近くの椅子を寄せてくる。

 

 

「落ち着いて。状況確認を行いましょう。シバくん、君の怪我は緊急治療を要するものだ。まずは体を気遣ってください。ほら、立っていないで椅子に座って」

「……はい」

 

 

 荒波の立っていた頭の中が静かに凪いでいく。

 興奮が収まり、今になって体の鈍痛を自覚し始めた。包帯と血糊であちこちが錆び付いたように硬くなってうまく動かない。

 これでよく移動できたなと数分前の自分に呆れる中、キリノは医者とナースを一度退室させ、順を追って状況を説明してくれた。

 

 

「まず、SKYの二人と自衛隊にはタワーに残ってもらい、シキと君の13班が都庁に戻ってきたのが一時間ほど前。そこで人竜ミヅチ討伐の報告はされたが、みんなも聞いているように『まだ終わってない』とシキは言って、三十分前にタワーに戻った。そして再び通信の取れない展望台に入った直後に君が来たんだ」

「……私も、書き置きが残されてました。まだやることがあるって」

 

「真竜」

 

 

 聞き慣れない言葉をキリノが口にした。思わず彼を見つめて首を傾げる。

 

 

「シキが言っていたんだ。竜を地球に連れてきた、全ての元凶。神を名乗る存在がタワーよりもずっと上にいると。研究室ではドラゴンの分析を進めていく中で、もしかしたら、なんて話されてはいたんだが……本当に?」

「なんか、その真竜? ていうのが、地球を食べるつもりらしいから、殴ってくるってシキは言ってたけどさ……」

 

 

 突拍子もない話だ。七体の帝竜を倒し、人竜ミヅチを討伐したのに、まだ先がある? しかも「神」だなんて。

 

 

「私は……ナツ──ミヅチの討伐を確認してすぐに倒れてしまったので、それ以降は何も見聞きしていないです……でも、」

 

 

 キリノの言う通り、以前、研究室の人員が頬を紅潮させて駆け回っていたのを思い出す。

 各地の帝竜がミヅチの呼び声に……厳密には同種と言えない、生まれたばかりの人竜に応えたのは、何らかの指示系統を持っているから。そしてそれは、帝竜よりも上位の存在から発されるのでは、と。

 彼らは「ひょっとしてひょっとするかも」なんて興奮していたけれど、この状況はひょっとしてしまったということだろう。

 

 元が人だった人竜を除けば、純粋なドラゴンは帝竜を含め人間との意思疎通などしない生命体。けれどシキからの情報では、その真竜とやらは自分たちが認識できる言葉で神を名乗ったという。

 伝聞なので要領を得ないが、言葉を発する、人間と同等かそれ以上の知能を持った、ドラゴンの上位と考えていい。そんな敵が新手だなんて。

 

 

「なら、シキちゃん一人じゃ大変です。私も行かせてください」

「だから、その怪我じゃダメだって──」

「怪我なら、」

 

 

 ミロクの言葉を遮って立ち上がる。片手を胸に当てて、これ見よがしに自身にキュアをかけた。

 止血も薬も医務室で施してもらい、あとは傷の再生を待つだけ。ならその時間を治癒で短縮すればいい。

 ミヅチ戦での極限状態の名残りか、神経はタワー頂上に突入したときと同じく研ぎ澄まされたままだ。キュアによって細胞が分裂を促され、包帯の下で新しい肉によって傷がふさがれていくのを感じる。

 本来なら日をかけて回復していく傷を無理やり造りかえるのだ、体にもたらされる疼きは味わったことのない気持ち悪さで、胃がひっくり返りそうになって汗があふれた。

 胸を叩く不快感を抑え、手首の包帯を取って再生した皮膚を見せつける。

 

 

「この通り、大丈夫。だから行かせて」

 

 

 シキのメモには「まだやらなきゃいけないことがある」とだけ残されていた。そしてこの伝言は、自分に見せるように言われたと医者が話していた。

 メモには「後から来い」なんて書かれていないが、「来るな」とも書かれていない。シキの性格上、真竜とやらに一人で挑むつもりならそう書き置くか、何も残さずに行ったはず。

 

 命がけのドラゴン討伐という濃い時間を共にしたからわかる。このメモはシキの足跡だ。彼女は無理強いはしないまでも、ついてこれるなら来いと自分を呼んでいる。

 

 

「死にに行くんじゃない。私はあの子といっしょに竜と戦って、乗り越えるために行く。これは私の意思です。お願いします、行かせてください!」

 

 

 キリノに頭を下げる。

 返事代わりにうーんといううめきが出されて数分後、現ムラクモ司令官は静かに息を吐いた。

 

 

「意思か。そう言われると止めにくいな」

「おいキリノ! 止めにくいとか言ってる場合じゃないだろ!」

「わかっているよ。けど、シバくんは止めても飛び出していくだろうから……」

 

 

 上司の長い人差し指が向けられた。背筋を伸ばす自分に、キリノは声を低くして言い聞かせてくる。

 

 

「いいかい、シバくん。君の治癒能力はたしかに怪我を治せるし、毒や麻痺を取り除くこともできる。けどそれは万能じゃない。傷だって、軽いものはすぐに消えるけれど、君の体に蓄積されたダメージは癒えきっていないはずだ。……わかりやすいのは左手かな」

 

 

 薬指以外を執拗に折られた左手は、サポーターでガチガチに固定されている。キュアで痛みは引きつつあるものの、骨折そのものは治っていない。

 何度も殴られた胴体も同じだ。もう血は流れないし吐き気もないが、骨身にまで沁みる倦怠感はごまかせない。

 全快とはほど遠い。戦闘に参加したとして、健康時の半分程度の力も出せるかどうか。

 

 

「今までたくさん使ってきたので、そこは自分でもわかっています。サイキックの治癒は優秀な応急処置になるけど、手術には敵わない……即死は免れても、根本から快復するにはちゃんと診察と治療を受けないと意味がない、です」

「うん、そこまで理解しているなら、今の体でタワーに戻ることがどれだけ危険かも、わかっているね」

「はい。死んだら何もかも無意味になってしまうというのも承知の上です。でも、死ぬつもりはありません」

 

 

 シキの体だって限界に近いはず。それでも彼女は終止符を打つために戦場に戻った。

 もうあたりまえのことだ。飛鳥馬 式が飛鳥馬 式である限り、その命は歩みを止めない。竜に比べてちっぽけな体に太陽も焦がす熱を持って、尽きない意思で誰も見たことのない果てすら越えていく。

 自分が相棒として手を繋いだのはそういう少女だ。ならこのタイミングで隣にいないなんて嘘だろう。

 

 

「ドクターストップがかけられる体で保証も何もないですが、必ず帰ってくる、死なないって約束します。私はシキちゃんとタケハヤさんに誓いました。こんなところで死ねるはずがないんです!」

 

 

 必死に言葉を紡ぐ先で、キリノの目は蛍光灯を間近で見るように細められていた。怒りもせず、諫めもせず、視線をゆっくりとナビの双子に向け、彼はどうすると優しく尋ねる。

 ミロクはありえないものを見る目でキリノとこちらを交互に見て、ミイナと顔を合わせ……数秒固まってからヘッドセットごと頭をかきむしった。

 

 

「ああああ、もう! わかったよ! ちょっと待ってろ!」

 

 

 少年ナビは全速力で司令室を飛び出し、すぐに息を切らして戻ってくる。

 彼は汗をぬぐいもせず、こっちに向かいながら片手に持っている袋に手を突っ込み、パンチする勢いで指先を口に突っ込んできた。

 

 

「むぐっ!? 何これ──おいしい! クッキーだぁ!」

「そんなのんきに笑うなよな……疲れてるだろ、せめて小腹くらい満たしていけよ」

「ミロク、それは……」

 

 

 目を丸くしたミイナに「せっかくだしいいだろ」とミロクは返す。間を置かずクッキーを突き出してくる彼としどろもどろになるミイナにどうしたのかと尋ねると、ミロクはそっぽを向いて小声で話した。

 

 

「……クッキー、ミイナと作ってみたんだ、厨房借りて……。おまえら、ドラゴン討伐するようになってから腹減った腹減ったってよく言うから」

「この前、私たちの依頼を受けてくれたお礼も兼ねて渡そうと思ってたんですけど、忙しかったしなかなかタイミングがつかめなくて……」

「だから、今食ってけ。あとこっちはシキの分。持っていってくれ」

 

 

 もうひとつの小さな包みを渡される。

 ただでさえ一度倒れて、それからも激務続きだっただろうに。合間を縫って双子が懸命にお菓子を作る姿を想像して胸が締めつけられる。

 

 

「二人とも……」

「泣くなよ、気の早い奴だな。ほら、まだあるからちゃんと食ってけ」

 

 

 鼻をすすりながらクッキーを味わう中、ミイナが頭の後ろに手を回し、髪を結ぶリボンをほどいた。彼女はポケットからクシを取り出し、自分の後ろに回って乱れた髪を整え始める。

 

 

「髪、伸びましたね。ウォークライにやられたときは燃えて短くなっていましたけど……できた」

 

 

 傷んで広がっていた髪がリボンでまとめられ、後頭部がすっきりした。反対に髪を下ろしたミイナが離れる。

 双子のナビがそれぞれ右手、左手を力一杯握りしめる。琥珀色の両目が真っ直ぐ上を向いて、揺らぎながらもしっかりミナトの顔を映した。

 

 

「……おまえさ、オレの好物とか知らないだろ? オレも、任務の上でしかおまえを知らない。さっさと全部終わらせてさ、ドラゴンなんて関係ない、そういうこと考えなくたっていい交流も、したっていいだろ」

「……うん」

「ガトウ隊の願いはきっと……この戦いに生きて勝利することです。その願い、13班に託します」

「うん……うん!」

 

 

 ミロクとミイナをめいっぱい抱きしめた。

 

 そうだ、以前もこんな風に小さな女の子を抱きしめたことがある。

 地下シェルターで目が覚めて、億人の人々が死んだと言われ、醜い火傷痕しかない体で途方に暮れていたとき。少女が傷薬を差し出してきた。

 つやのある指通りのいい髪に、温かそうなふわふわのコート。両親に愛されて育ったのだろう、傷ひとつない柔い体を抱きしめて……この体がドラゴンの牙に貫かれたらと想像して、恐怖に背中を突き飛ばされた。

 ただでさえ希望が踏みにじられた瓦礫と毒花だらけの廃都で、わずかな灯火として残ったこの幼子まで血を流すようなことがあってはならないと、頭の中でもう一人の自分が叫んだのだ。

 

 ああ、温かい。

 大丈夫。この温もり(命たち)と、それを失いたくない恐怖があるから、自分はまだ戦える。

 

 鼓動を感じる腕の中、ミロクとミイナは少し苦しそうにしながらも小さな手を背中に回してくれた。

 

 

「シキのこと、頼んだぞ。絶対いっしょに帰ってこいよ」

「そのリボン、ガトウとナガレからもらった物なんです。私の宝物、ちゃんとあなたの手で私に返してくださいね」

「うん、もちろん!」

 

 

 よし、元気はもらった。

 

 体を離してそれぞれの持ち場につく。

 医者達への説明はキリノがしてくれるみたいだ。きっと怒られてしまうだろう。申し訳なさと感謝を込めて頭を下げる。

 

 

「それじゃあ、お願いします。行ってきます!」

「ああ。13班の帰りを待っているよ」

 

「座標固定、東京タワー展望台四階!」

「脱出ポイント連携完了。突入してください!」

 

 

 目の前に見慣れた緑色の光が集まる。

 ありったけ準備した荷物をしっかり抱え、眩しさの中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 天空に伸びた東京タワー。そのさらに上、地平線ではなく地球そのものが見える宇宙の中。

 竜の絶叫が彼方にまで反響していく。そうして事切れた相手を踏みつけ、シキはふーっ、と息を吐いた。

 

 

「ほんとにミヅチが最後じゃなかったのね……あと何匹いんのよ」

 

 

 腕に新しい包帯を巻く。

 何度か交戦した首長のドラゴンは羽の振動で不快な音波を響かせ、どういう原理か体の傷口を広げてくる。おかげで都庁で取り替えたセーラーはすぐに赤く染まってしまった。

 

 

「ったく、ほんとに……」

 

 

 こぼれる愚痴に、いつもの苦笑いのレスポンスはない。

 今ここにいるのは自分一人。どれだけ言葉を紡ごうが、意味のない音になって虚しく消えるだけだ。

 

 おまけに、

 

 

『オマエたちは……ヒトの歴史を知っているか……?』

 

「……」

 

 

 唯一の話し相手も、これから殴り倒しにいく標的だし。

 文字通りの上から目線。何を言っているのか認識はできるが、おおげさに空気を震わせのしかかってくる声に腹が立つ。話しかけられたって嬉しくない。

 

 

『地を這うケダモノに知恵を与え、栄えさせ、天をつく居城で……大地を埋めさせたは我らよ……』

 

「偉っそうに。人間を進化させた自分は神様だって言いたいの?」

 

『クァハ、クァハ……そのとおりだ。しかし、ハタシテ神のチカラは、ヒトのためのものだったのだろうか……。……サアこい、続きを聞かせてやろう』

 

「聞きたくないわよ。話しかけてくんのやめろ」

 

 

 聞きたくない。が、行くしかない。どうせこの後顔も合わせるのだ。

 都庁で自分の帰りを待つ研究員たちは喉から手が出るほどドラゴンの情報に飢えている。真竜からも検体が回収できるかどうかは知らないが、あいつらの好奇心を満たしてやれるよう、ここでの体験は記憶に留めておいてやるとしよう。

 

 後ろを振り返る。もちろん、何の気配も影もない。自分の足跡の代わりにドラゴンの死骸が転がっているだけだ。

 下手な期待はするな。あいつの傷を見ただろう。この先に待つ相手とは自分一人で戦う可能性のほうが高い。それを承知でここに来たはずだ。

 首を振って体の向きを直す。そのとき不意に、神を自称する声が、ほうと呟いた。

 

 

『もう一匹、ニンゲンが来たか。ちょうどいい、ワレの玉座へ来るまでのヒマ潰しだ。こやつにも聞かせてやろう……』

 

 

 どこか遠くでドラゴンの咆哮が響く。

 耳が反応した方向へ目を凝らせば、視界で小さな薄青が咲いた。

 少し前にも見たことがある。東京タワー下層からミヅチのいる展望台に戻る際、上空を覆わんばかりに咲き誇った六花。あるサイキックしか咲かすことのできない、氷の華だ。

 

 

「あいつ……!」

 

 

 来たのか、本当に。

 

 心臓が跳ねるのがわかった。頭の中を占めるのは現在進行形でしているだろう無茶への怒りと、それを包む、言葉にしがたい熱。

 感情にふたをするように、この世界に二人だけの人間を隔てるようにドラゴンたちが立ちふさがる。

 問題ない。邪魔をするなら殴り飛ばすだけだ。

 

 シキは靴底を鳴らして走り出す。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 嫌な声だ。

 

 まるで天蓋のように、真上から全てを覆って閉じ込めるような響き方。慈悲なんてない、哀れみなんてあるはずもない、天上天下唯我独尊と声高に叫ぶ、胸糞の悪い賛歌。

 そんな声が、虹色の階段を上がって領域に踏み込んだ自分を捉えた。

 

 

『ワレらは……宇宙を旅するイダイなる旅団。生命ある星に、知恵の芽をまき……育て……ハグクミ……そして──』

 

『喰らう』

 

 

 一瞬足が止まってしまう。危機感が体に警鐘を鳴らした。

 

 

『文明のもつエントロピーを喰らって、我々は生きている』

 

「……つまり、人間は食べられるために……?」

 

『そう、オマエたちは家畜にすぎない』

 

 

 引き返せと脳の中心で本能が叫ぶ。

 何もおかしくはない。この嫌な予感も、止まらない足の震えも、生物が備える生存のための感覚だ。心を持つ人間であれば、この前進は断頭台に上がるための歩みとしか思えないだろう。

 

 けれど、それがどうした。

 

 戻れば星ごと呑みこまれて死ぬ。進めば……死は待っているかもしれないが、それを超えられる可能性が、砂一粒分はあるはずなのだ。

 くじけてたまるかと一歩踏み出す。あざ笑うようにドラゴンが行く手をふさいで牙を剥いた。

 

 

「邪魔しないで……!」

 

 

 息を吸い、吐くのと同時に腕を振り下ろす。

 動きに倣って天から収束した雷が落ちる。帯電して身動きが取れないところを氷で串刺しにし、火炎を飛ばして新手を牽制する。

 人間の戦う姿が愉快でしかたないようだ。不快な声がゆったりと哄笑した。

 

 

『クァハ……クァハ……。いつか喰われるために、文明をハンエイさせ……死を待つだけの存在だ。神がサダメた運命よ……』

 

「そんな運命……! 知らない!」

 

 

 受け入れるものか。マナを爆発させて声をかき消す。

 タワー屋内でも戦ったイージスドラグがひるんだ。その隙に冷気を操り、三六〇度全てを囲う形で氷を生んで斬り刻む。

 腕を貫かれ、腹を突かれ、脚を抉られ、けれど二足歩行の竜は倒れない。

 さすがはイージスなんて大仰な名前がついた竜だ。自分の調子も関係しているだろうが、タフな上に属性攻撃が効きにくい。

 こちらへ踏み出す巨体に冷気を飛ばし、ありったけ勢いをつけて氷の鎚を衝突させる。

 頭を打ったイージスドラグは足を踏み外し、なんとか体勢を立て直そうとして、

 

 

「落ちろ!」

 

 

 横からの乱入者に蹴り飛ばされ、首からごぎりと嫌な音を響かせた。

 

 小さなローファーに足蹴にされたドラゴンは下の階層に落ちていく。

 そのまま数体のマモノを下敷きにして潰れるのを見届け、蹴りを繰り出した少女が振り返った。

 

 

「シキちゃん!」

「……」

 

 

 返事の代わりに飛んできたのは、まさか本当に来るとは、というような視線だった。怒り半分、驚き半分……いや、驚きの方が勝っているだろうか。

 駆け寄る自分の体をじろじろ観察し、ナックルを装備していない素手が、包帯で保護された左手を掬いあげた。

 ずきりと痛みが走るが、音を上げるほどではない。笑って大丈夫だと伝えてみせる。

 

 

「……あんた、やれるの?」

「もちろん。そのために来たんだよ」

「あ、そ」

 

 

 黒髪がなびいて背がむけられた。

 これは怒っているというより安堵だろう。本人は認めないかもしれないが、荒げていた息が少し凪いだのを見逃さなかった。

 

 気付けば、暴力的な咆哮もずいぶん数が減っている。見渡す限り、残っているドラゴンは片手の指を折るほどしかいない。

 たぶん、ほどなく終点だ。少女の隣に並んで歩き出す。

 

 

「あ、そうだ……はいこれ」

 

 

 リカヴァとキュアで手当てをし、小さな包みを手渡す。

 会話を遮るように飛び降りてきたタワードラグの亜種らしきドラゴンは、シキの蹴りと拳に長い脚をへし折られ、念押しの踵落としで頭を潰される。

 

 

「……何これ、クッキー?」

「うん、ミロクとミイナが作ってくれたの。私はこっちに来るときに食べたから、これはシキちゃんの分」

「ふーん」

 

 

 ちり紙をゴミ箱に放るように竜を殺したシキが、包みをほどこうとして顔をしかめる。目の前にホバードラグの亜種が出てきたためだ。

 この形のドラゴンは久しぶりに見るなと思いながらプラズマジェイルを落とし、イフリートベーンの火で焼き払う。

 心なしかほっと息を吐く少女の様子が珍しく、首を傾げた。

 

 

「あのドラゴン苦手?」

「苦手云々じゃない。あいつの技で傷口が開いて、体中べとべとなのよ。これじゃスペアがいくつあっても足りない」

「あー……制服白いもんね。汚れ目立つよねぇ」

 

 

 ドズンッ、と地面が揺れる。目の前にクリミナルドラグが降りた振動だった。

 シキがクッキーを口に放り、「甘い」と呟く。そして飛んできた巨大な拳を小さな手でいなし、鉄のマスクごと鼻面を殴り飛ばす。

 なおもつかみかかろうとしてくる竜を氷で拘束すれば、刃物よりも鋭い拳が急所に埋まった。

 一度勝てた相手だ、前回よりもスムーズに倒せるのはあたりまえだが、それにしたってとどめを刺すのが早すぎる。やっぱり彼女は戦闘のプロだ。

 というか、今さらだがシキは素手で戦っている。左腕はいつもの籠手に包まれているが、ナックルのような武器は身につけていない。

 

 

「ねえ、手は大丈夫なの? 都庁に戻ったときにナックルは……」

「ああ、昨日ダイゴに色々叩きこまれてね。今は素手でも問題ない」

「ダイゴさんに? ……あ、だからあのときぼろぼろになって帰ってきたんだ」

 

 

 最後のドラゴンが崩れ落ちるのを確認して歩き出す。

 ただでさえ消耗が激しいのだ。薬を惜しんではいられない。いっそここで身軽になってしまおうと黙々と互いを治療していると、しばらく聞こえなくなっていた声がまた頭上から降ってきた。

 

 

『……オマエたちは幸福だ』

 

「は? 幸福? 何が」

 

『コノ世界のホロビを待つことなく──ワレにソノ身を喰われる栄誉を、得たのだから。帝竜を狩ったそのチカラ……我が前菜にはふさわしいやもしれん』

 

 

 何を言うのかと思えば、くだらない。自信満々に「栄誉」などとよくも言えたものだ。

 相手の都合や基準など、考慮する必要すら感じていないのだろう。人間を産んだと豪語する割に、ちっとも人間のことを理解できていない。

 そのポンコツ具合に一周回って感心すらして、パートナーとそろって頭上の舞台をにらみつけた。

 

 

「アホじゃないの、おとなしく喰われるとでも?」

「私たちはあなたに食べられるために進んできたんじゃない、倒すために来たんです」

 

『くだらん……。コノ星のニンゲンは、不可思議だ。希望や夢ナドというコトバで、チカラの絶対をくつがえそうとすらする……なんと、オロカな。あの人竜の女も、チカラが絶対であると知りながら……オマエたちに敗れた。まったく、リカイできぬ』

 

「……それは、理解できないんじゃなくて、理解しようとしてないだけですよ。生み出しただけであとは放置だったのに、自分の思い通りになるなんて考えを改めないのは、ただあなたが怠惰なだけです」

 

 

 天から降る声、依然姿の見えない神に思ったままのことを言い返す。

 返ってきたのは自称神……ではなく、隣に立つ少女の言葉だった。

 

 

「変わったわね」

「うん? 変わった? 何が?」

「あんたよ。まあ、これだけ戦い続けてればちょっとは頼もしくもなるか、じゃないと困るし」

「……頼もしい? 私のこと?」

「何よ」

 

 

 発言を指摘すると、じろりとシキの瞳が細められる。目もとが若干赤いのはたぶん気のせいじゃない。

 以前はヒムロに自分のことを説明していたのを頑なに認めようとしなかったのに。今度は自分を評価する言葉を直接伝えてくれた。むず、と好奇心が盛り上がる。

 

 大きく一歩を踏み出してシキの前に立ってみた。少女は面食らって歩みを止める。

 

 

「だから、さっきから何よ」

「ごめん。今の私はシキちゃんからどんな風に見えてるのかなって。改めて聞きたくて……」

「はー……?」

「私、単純だから。一言でも何か言ってもらえたら、この先うんとがんばれるよ」

 

 

 ねだるように手を合わせると、シキは目を逸らした。逃げではなくて、答えを探すように視線をさまよわせて沈黙する。

 閉ざされた目がゆっくりと開かれる。長いまつ毛に縁どられた瞳がぼろぼろの自分を映す。

 

 

「訂正。やっぱあんた、変わんないわ」

「えー!?」

 

 

 ずっこけそうになる自分に、少女はずいっと拳を突き出してきた。

 

 

「変わんなかったでしょ。最初から最後まで、私の隣にいたのは」

 

「……そうだね。うん」

 

 

 世界は変わって、文明は崩れ、空は変色し、人はほぼ死に絶えた。

 そんな地で走り続けて、何度も転んでは立って、もう全身傷だらけだ。怪我や痕のない綺麗な皮膚の方が少ないかもしれない。お風呂にだって毎日入れるわけではないし、化粧品の補充もできないから肌も髪も荒れ放題。指先を始め、体の所々は形が歪んでしまった。

 けれど、自分も彼女も変わりはしない。東京都庁で出会ってから今の今まで。

 

 目の前に立つ少女/女性は、

 

 

「私のパートナーでしょ/だね」

 

 

 それがわかっていれば充分だ。

 拳を伸ばして真正面から当てる。

 

 

「やるわよ」

「うん!」

 

 

 紅白の鋼が(無限)を描いて宇宙に形成された城。まるでここが一つの太陽系だというように、宙には不思議な意匠の金環が浮かぶ。

 頭上だけでなく、眼下にも星々が見える景色なんて最初で最後かもしれない。なぜ息ができるのかはあまり深く考えないでおこう。

 巨大な螺旋階段と化した足場を駆け上がることしばらく。正真正銘、最も高度にある広大な舞台へ出る。

 

 最奥で、真竜は待っていた。

 

 

『ようこそ……サイハテの玉座へ』

 

 

 太陽のような金の輪を背負い、同じく金色の輝きに覆われた翼竜の体。赤、青、緑の宝玉に彩られた豪奢な風貌。唯一、右の翼だけが欠け、それを補うようにまがまがしい闇が膜を張っている。

 なるほど、たしかにまとうオーラは今まで戦ってきた竜よりも別格だ。

 

 

『ワレは真竜ニアラ……オマエたちを生み、喰らうモノである』

 

「……こんな趣味の悪い金ぴかに生み出されて喰われるとか、死んでもごめんなんだけど」

「うん。死ぬつもりはないけどね」

 

『無為ナ言葉をつづるのに、ワレはいささか飽きてしまった。愚かな民よ、二度目の滅びをくれてやろう』

 

 

 自分で招いておいてコミュニケーションをとる気もないらしい。まあ、向こうからしたらレストランで料理が運ばれてきた、程度の感覚なんだろう。

 人形遊びに飽きておもちゃを放り出す子どものように、真竜はおもむろに体を起こした。

 

 

『ワレを満足させるに足る……供物となれ!』

 

 

 ほとばしる叫びが銀河を揺さぶる。

 圧に吹き飛ばされそうになりながら、それでもシキとミナトは二本の足で決戦の舞台を踏みしめた。

 

 満身創痍の人間がたったの二人と、傷ひとつない神が一柱。

 よく考えればバカバカしくなる状況だ。不利も何もない、見世物として処刑台の上で踊るような。

 でもなぜだろう。脅威や恐怖を感じれど、諦める気はこれっぽっちもない。きっと独りではないからだ。

 

 無意識に片手を振りぬいていた。同じく振られたパートナーの手が重なり、パンッ、と小気味いい音が高らかに響く。

 

 

「目標は!」

「勝って、生きて帰ること!」

 

 

 目の前の真竜ニアラと、13班は笑って対峙した。

 





アイテルは「孤独な戦い」って言ってたし、原作ラストでは秘密なんてオチでしたがいやそれはあかんだろう。報連相大事。
ということで弊13班はニアラのことを素直にキリノたちに報告しました。2020-iiでは普通に真竜の存在知られてるし。

あと実際のプレイ中、東京タワーに突入し、真竜の領域まで来てようやく致命的な点に気付きました。
デストロイヤーとサイキックだと2ターン以内にフロワロシード倒せない!! 手数が足りない!!
フロワロシードDXだかEXが出てきても泣く泣く逃がすしかなく……通常攻撃地味に痛いし……。少しでもEXPとSP稼ぐため、アッパー系のアクセサリーを入手してからはずっとそれを装備してました。ドラゴン戦ではなるべくEXPとSPブーストスキルも使ってました。
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