2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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ここからCHAPTER1です。
犬塚総理たちは都庁にいる描写はありませんでしたが、職場がすぐ近くだから無事に避難できたんでしょうか。

※脱出ポイントについての個人的な解釈が描写されています。



CHAPTER 1 戦場の呼び声 The Warcry
5.逆サ都庁へ


 

 

 ナツメに続いて扉を潜る。

 会議室に足を踏み入れると、スーツを着て椅子に座る中年の男たちが一斉に振り向いてこちらを見た。どこの誰かは知らないが、全員が示し合わせたように梅干しのような渋面になっている。まあこんな状況で笑えるような人間がいたらそれこそガトウくらいいかれている戦闘狂だが。

 後ろを歩くミナトが怯んで立ち止まりそうになり、シキは仕方なく彼女の手を引いて部屋の奥に移動する。自分たちの左腕に巻かれたムラクモ機関の腕章を見て、案の定政治家の男たちは疑念や屈辱が混ざったようなしわを刻んだ。いちいち構ったところで何のメリットもないので気付いていない振りをする。

 

 会議室の奥で、モニター前で自分たちを迎えたキリノは気遣うような笑みを浮かべる。しばらく前まではお手本のように混乱して汗をかいていたくせに、自分よりも修羅場に慣れていないものが来たら途端に落ち着いた。ムラクモに所属しているのなら自力でなんとかできるようになれ。

 

 

「シバさん、君をムラクモ機関員として歓迎します。仲間になってくれてありがとう。改めて、自己紹介するよ。僕は桐野 礼文(キリノ アヤフミ)……キリノでもレイブンでも、好きに呼んでください」

「あ、試験のときの……。志波 湊です。改めて、よろしくお願いします」

 

 

 あだ名を交えて名乗るキリノにミナトは丁寧に頭を下げ、数秒、不思議そうに彼を見つめた。

 

 

「あの、キリノさん……も、ドラゴンと戦われるんですか?」

「いや。僕はムラクモ所属の科学者で、ナツメさんの補佐官も兼任してる。言ってみれば雑用係かな」

「ではキリノ、状況の説明を」

「はい。まず、残念なことから言うと……日本全土の98%は、既にドラゴンの支配下にあります。圧倒的かつ未知の戦力相手に……人類の知恵や武装は、ほとんど……役に立ちませんでした。まさに一瞬にして、日本……いや世界は、ドラゴンの領土に塗り替えられてしまったんです」

「ほ、ほとんど? でも、」

 

 

 試験会場には自衛隊がいて、戦車も出ていたはずだとミナトはこぼす。次いで不安そうに揺らぐ瞳をこちらに向けてきたが、キリノが言ったことは全て事実だ。

 ドラゴンたちが地上に攻めてきたとき自分たちは都庁の中にいた。あの赤い竜にふっ飛ばされてついさっき目覚めたのだから、彼女の最新の記憶は一か月前のままか。さっさと更新して現実を見据えてもらわないといけない。

 

 

「銃火器持ちで普通のマモノに手こずるんだから、それが規格外のドラゴンに通じるなんて期待しないほうがいい。戦車も軒並みスクラップにされたわよ」

「私たちの力は通じたよね? 都庁の中にいた青いほうのドラゴンは、倒せたし……」

「マモノとかドラゴンとか、そういう化け物に対しては私たち異能力者、ムラクモの力が有効みたい。マナが扱えるから」

「ま……?」

 

 

 異能力者でありながら自覚がなさそうにチームメイトは目を見張る。「マナについてはおいおい説明するとして」、とナツメが咳払いすることで軌道修正をした。

 

 

「我々ムラクモは少数精鋭による局地戦を始めようと思っています。少しずつ、ドラゴンの領土を狩り取り……人類の手に取り戻していくの。たとえ、何十年かかったとしてもね」

 

 

 何十、という言葉にミナトの表情が曇る。連絡が取れない身内の心配をしているのだろう。

 ドラゴンを倒し、一件落着して余裕ができたら家族を探しに行かせてくれと彼女はナツメに願い出た。

 ナツメはそれを了承したが、ドラゴンは世界中に現れている。まともに捜索範囲を広げられるまでどのくらいかかるかの見当もついていない。

 だから、ムラクモ機関が動く。ドラゴンたちに驚異的な繁殖能力がなければ駆逐は可能だろうし、何より敵は自分の手で狩るつもりだ。

 

 

「現在、ガトウたち先遣隊は始まりの地である、東京都庁を攻略中です。都庁に住むドラゴンを一掃し、人類の拠点として取り戻すという作戦です。作戦は既に70%の段階まできていて、あとは最上階に巣食うボス『帝竜』の討伐が最大の難関です」

「最上階?」

「キリノ、その帝竜っていうのは」

「そう、君たちも遭遇したあの巨大な赤いドラゴンです」

 

 

 キリノの言葉に都庁の屋上で自分たちが見た光景が甦る。

 殺されてしまった候補生たち。赤い花。

 そして、自分たちを一瞬で吹き飛ばしたあのドラゴン。

 諸々を思い出して今になって怒りが湧いてきた。完膚なきまでにやられたのだ。たとえ人智を超えた相手だとしても、倍返しにしなければ気が済まない。

 

 

「じゃ、まずはあいつへのリベンジってことね。だったらさっさと都庁屋上に……」

「いいえ、帝竜と戦うのはあなたたちじゃないわ」

「は?」

「あなたたちも、ムラクモ13班として作戦へ参加してほしいけれど、帝竜との実戦にいきなりあなたたちを投入するのはリスクが高すぎる。まずは体を慣らしながら、ガトウたち先遣隊の後方支援をお願い。あなたたちと自衛隊が万全の後方支援を行い、ガトウ隊が帝竜を討伐する。この作戦で現状の『都庁奪還ミッション』を遂行します」

「ちょ、ちょっと待って……後ろで指くわえて見てろってこと!?」

「あのねシキ。あなただけならまだしも今はシバさんがいるの。彼女と班を組んだんだから、今後は単独ではなく班での考え方を身に付けなさい。……いいわね?」

 

 

 言葉が出ずに、口をパクパクと開閉させる。

 念を押すナツメと歯軋りをする自分をミナトが交互に見て、身を縮めて頭を下げた。

 

 

「えーっと……ごめんね?」

「……、……あんたを、戦えるようにすれば問題ない」

「えっ」

「ガトウたちに置いていかれないようにビシバシいくから。ちゃんとついてきなさいよ……!」

「ひえっ、し、死なない程度にお願いします……!」

「いい? ナツメ。すぐに後方支援から前線に上がってやるからちゃんと見てなさい!」

「意気込むのはいいけど、安全が第一。今回は前に出ないように。活躍、期待してるわよ」

「言われなくても、だから早く都庁に──」

 

「……っと、その前に、」

 

 

 子を宥めるようなナツメの余裕の笑みにプライドが刺激される。

 席を立って戦線に行こうと踵を向けると、後ろからキリノに肩をつかまれた。

 

 

「君たちの体調のチェックだけさせてください。何せ、君は二週間、シバさんは一か月も寝たままだったんだから……一旦部屋に戻っていてくれますか? 僕もすぐに行きます」

「はあ?」

「シキちゃん、一回部屋に戻ろう。ね……?」

「っ~~、……はぁ……」

 

 

 ミナトのか細い声に爆発寸前だった怒りから空気が抜けていく。一刻も早く都庁に行きたくてうずうずしている足を抑え、仕方なく部屋に戻ることにした。

 キリノを待つ間トレーニングでもしようかと思ったが、使えそうな器具はない。加えてあまり動きすぎないようにと言われている。

 手持ち無沙汰でベッドに寝転がると、ミナトが顔を覗きこんできた。

 

 

「ねえ、シキちゃん」

「何」

「試験のときからずっと気になってたんだけど……私さ、自分のこの力……超能力を家族以外の人に見せたことないし、家の外で使ったことは……子どもの頃ちょっとあったけど、まったく、ほとんどないの。それをなんでナツメさんは知ってたのかなって。何かわからないかな?」

「ムラクモは代々異能力者を管理してまとめる組織だから。日本政府とも繋がってるし、国民の個人情報なんて調べようと思えば調べられる。それに異能力者は周りがビビりやすいから、力を表に出す奴は少ない。ただでさえ貴重な戦力が雲隠れしないように、ナツメは日本の異能力者の情報は全部把握してる」

「へ、へえ……」

 

 

 ミナトの眉が引きつる。こめかみあたりを流れたのはおそらく冷や汗だろう。

 よくよく考えてみれば嫌な話だ。地位も権力もある人間に、個人情報や秘密裏に抱える事情まで知られている。その気になれば社会的に抹殺することが可能なのだから。まあ能力を重視するナツメが、素質のある異能力者を潰すなんてことはしないと思うが。

 

 

「やあ、待たせたね」

「あ、キリノさん。……と……?」

「これから君たちのメディカルチェックをするんだけど、その前に……ちょっと。……ほら、挨拶を」

 

 

 銀色のワゴンを押すキリノについて入室してきたのは一組の少年少女だ。頭にはヘッドセット、腰にはアクセラレータを装着しているサイバーパンクじみた出で立ち。顔はコピー&ペーストしたと言われても納得できるほど瓜二つで、服装のわずかな違いと髪の長さでしか見分けがつけられない二人が並ぶ。

 

 

「ムラクモ機関、第2班所属。NAV3.6だ」

「同じく、第2班所属のNAV3.7です……」

「あ、えっと、シキちゃんとチームを組ませていただきました、志波 湊です。よろしく……」

「この子たちはムラクモ第2班、通称『情報支援班』……君たち前線のサポートを行うのが仕事です。作戦に参加するあえに顔合わせをしてもらいたくて。ちょっと変わり者なところもあるけど、よろしくしてやってくれ」

「……変わり者はおまえだろ」

 

 

 キリノの補足に少年のほうが眉を寄せ、唇を尖らせて反論する。今回の作戦ではガトウたちのサポートを担当するから、ということで彼はもういいだろとばかりに部屋から出ていく。

残された片割れの少女が「彼はちょっとぶっきらぼうなところがあって……」とフォローするが、彼女も眉がミリしか動いていないのでどっこいどっこいだ。二人とは物心ついたときからの仲だが、ロボットじみた周囲への無関心さはまったく変わっていない。

 

 

「今回の都庁奪還作戦、シキチームは私がナビゲートを担当することになりました。よろしくお願いします。それでは、のちほど……現場で」

 

 

 ターミナルの画面の中と同じ無表情で頭を下げ少女も出ていけば残るはキリノだけだ。口を半開きにしたままナビだちの背を見送り、新人のチームメイトはやはり間抜け面で喋る。

 

 

「ナビゲートって……あんなに小さな子たちが、ですか」

「ナビが子どもでびっくりしたかい? 大丈夫、二人はシキと同じでムラクモ生まれのムラクモ育ちだから、小さくてもベテランだよ。任務においての能力は申し分ないはずだ。現場では彼らの指示に従うように。……では、メディカルチェックを始めようか」

「あっ、はい」

 

 

 部屋にはしばらく機械の稼働音とキリノの相槌だけが聞こえていた。ミナトが一通り検査を終え、続いてキリノは自分を手招きする。

 

 

「シキ、次は君だよ」

「……やだ。どうせ最後にあれする気でしょ」

「ああ、まあそうだけど……でも早く済ませないと、外に出られないよ」

「……」

「こうしている間にも、作戦はどんどん先に進んでいるんじゃないかな」

「…………」

 

 

 別に検査が嫌ではないのだ。大人しくしていれば数分で済む。嫌なのは、場合によっては検査後に待ち構えるあれだ。

 しかしここで駄々をこねていては、戦線に復帰できないまま時間が過ぎてしまう。

 数秒思案して……あのむかつく竜の一撃に比べればマシだ、と結論付けた。諦めに似た覚悟を決めて検査を受ける。一足先にチェックを終えたミナトは自分たちの会話が気になるようで、「あれとは……?」と首を傾げていた。焦るな、すぐにわかる。

 

 

「ふむ……内臓器官は問題なし。ちょっと筋肉がなまっているかな。やはり、簡単な任務からこなして眠っている力を目覚めさせていこうか」

「眠っている力……とは?」

「戦いの中で、君たちの潜在能力を覚醒させていくんだ。13班は欠番のエースナンバー……ナツメさんは、君たちを買ってるんだね」

 

 

「まだまだ大きな力を身に付けられるはずだよ」とキリノは背を向け、後ろのワゴンに置いてあった医療器具を組み立てていく。何をしているのかと、背伸びをしてキリノの手もとを遠目に覗き込んだミナトの顔が再び引きつった。

 何のことはない。振り返ったキリノの手に握られていたのは一本の注射器だ。やけに針が太くて、シリンダー部分の中に入っている液体は怪しい蛍光色をしていて、マッドサイエンティスト御用達の凶器に見えるけども、ただそれだけの純粋な医療機器である。

 

 

「さて、最後は注射だ。体を早く戦闘にならすための……ま、栄養補助剤みたいなものだね」

「あ、あの……随分、大きな注射器ですね」

「そうかい? 心配しなくてもいいよ。針を刺す場所を間違えたりはしないから」

「えっと、そういうことではなくて……普通の注射器よりも……その、サイズがかなり違うというか……あ! そういえば私、先端恐怖症だった気が……」

 

(あ、こいつ逃げる気だ)

 

 

 さりげなく席を立とうとするミナトを後ろから椅子に押さえつける。

 自分だってこれを受けるのだ。これを受けなければ前線に出られないのだ。ミナトには悪いが身動きを取れなくさせてもらう。

 

 

「キリノ、今のうち! 早く!」

「さ、シバさん、腕をまくって!」

「えええま、待ってください、心の準備が!」

「痛くないよ、痛くないからね……!」

「そういうこと言うのは大抵痛いときですよね!? や、やだ針太い! やめ──」

 

 

 ッア゛ーーーーッッ!!?

 

 

「悪いわね。最初に受けるより刺す奴が回数踏んで慣れた二回目のほうが比較的痛くないのよ。だからあんたにはってちょっとキリノ何黙って注射──」

 

 

 ッイ゛ーーーーッッ!!?

 

 

「よし、終わり! って……そんなに痛かった? ごめんごめん……。じゃ、準備ができたらゲートの前へ。そこで初めての任務について説明するよ」

 

 

 ぷくっと膨らむ小さな血の球を絆創膏で覆い、しばらく揉んでから目を拭って立ち上がる。別に泣いてなんかいない。これは汗だ。

 キリノが手早く注射器を解体する中、ターミナルから少女ナビの声が流れる。準備ができ次第メインゲート前に集合するようにとの通達だ。促されるがままシェルターの出口、メインゲート前に向かう。壁を透かして外を見るようにゲートと向き合っていたナツメが、真剣な面持ちで自分たちを振り返った。

 

 

「それではムラクモ13班、任務を通達します。あなたたちはこれから都庁に赴き、ドラゴン討伐を行う。その際、ドラゴンの死体から手に入れられる『Dz』を三単位回収する……これがあなたたちの任務よ。道中のマモノ、そしてドラゴンとの実戦を経験しつつ戦闘に慣れてちょうだい」

「あの、ディー? っていうのは、いったい……?」

「人間は古来から動物を狩っては皮を服に、骨を武器に加工してきたでしょう? それと同じよ。自衛隊が持つ兵器の火力も耐えうるドラゴンの体……有効活用しない手はない。ドラゴンの外殻でも肉でも骨でも、あの体を構成する要素を、資源としてそう呼ぶことにしたわ。『Dz』は数がそろえば武器にも建材にも転用できる可能性がある。戦力拡充のためにも、なるべくそれを回収してきてほしいの」

「それだけでいいの? ガトウたちは?」

「ガトウとナガレは、既に帝竜討伐隊として都庁に侵攻しているわ。彼らの戦いを支援するためにも、資材の確保は重要なファクターになる。しっかりやってちょうだいね?」

「……わかった」

 

「いい? 大事なのは任務の完遂……無理だと感じたら、一度引き返しなさい。生きて使命を果たすのよ」

 

 

 言われずとも、死ぬつもりなど毛頭ない。

 緊張からか汗を流していかり肩になっているミナトを小突く。死なないようにフォローはしてやると伝えれば、情けなく脱力した笑みでの「ありがとう」が返ってきた。

 キリノがシェルターを開けるように指示を出す。地上と地下を固く断絶していた出入り口がゆっくり開き、風が体に吹きつけた。

 

 

「行くわよ」

「……うん」

 

 

 待ちきれずにゲートが開ききる前に歩き出し、間に体を滑り込ませて地上に出る。

 周囲に敵影がないことを確認して、二人の出会いの地であり、ドラゴンとの因縁の地でもある東京都庁に向かう。この一か月間で都庁までのルートは整備されているようだが、本当に通れる道を確保するという程度の舗装だけだ。地上に咲き乱れたというあの妖しい花はところかまわず繁茂したまま、アスファルトには原形の残っていない血だまりや干からびた塊がへばりついている。道の外、荒れたままの空間には始末されたマモノが積み上げられていた。

 ながめていて気分のいい景色じゃない。脇道からは目をそらし、曇った空に向かって伸びる都庁に視線を戻す。

 

 

「何だ、君たちは?」

「ムラクモ機関所属、機動13班。帝竜討伐部隊の後方支援として派遣された。入らせてもらうから」

「すみません。よろしくお願い、します……」

 

 

 都庁前広場で自衛隊員に呼び止められはしたが、赤い腕章を見せて最低限の説明をすれば黙って道を譲られた。なんでこんな子どもが、という表情付きで。

 選抜試験を通してうすうす感じていたが、どうもムラクモ機関と自衛隊は折り合いが悪いらしい。何をいがみ合っているかは知らないが、そういうのは大人同士で勝手にやっていてくれ。戦う邪魔にならないなら気にしてやる必要はないからスルーしていく。

 一か月ぶりに訪れた都庁一階のエントランスは記憶の中と類似点を残しつつもどこかがずれて歪み、埃っぽいとは違う、喉をざらつかせる不快な空気が満ちていた。

 

 天気がよくないだけでは説明できない暗さに辺りを見回していたところで通信が入る。聞き覚えのある低い声は、まさしくこれから追いかける予定の相手のものだった。

 

 

『よぉシキ。あと、シバ、だったか』

「ガトウさん。お、お疲れ様です」

『シキはともかく、おまえも結局、ドラゴンと戦うことにしたってな? 物好きなやつ──』

「ガトウ」

『……何だよ』

 

 

 ガトウとミナトの会話に割り込む。世間話はいいから、まずは現状把握だ。

 

 

「外から見たときも変だったけど、都庁おかしくない? 今エントランスにいるけど、なんで天井のライトが足もとにあるのよ」

『おう、見てのとおりだ。今の都庁は上下が逆になってるんだと』

「あ、ほんとだ、床と天井が逆……!」

 

 

 受付を行うカウンターデスクや椅子、観葉植物の鉢植えが天井からこちらを見下ろしている。何かの拍子に降ってこられてはたまらないとミナトが頭を覆って立ち位置を変えた。頭上の空間がやけに暗いのに対し床が明るいのは、本来自分たちを上から照らす電灯が足もとに回っているからだろう。

 通信機越しのガトウ曰く、雑魚ドラゴンたちのボスである帝竜の仕業らしい。根城にすると定めた領域を、本来の姿から好き勝手変質させるのだとか。

「異界化」と名付けられたこの現象に四苦八苦していることもあって、都庁の攻略はなかなか進んでいなかったらしい。

 

 

『ホント、無茶苦茶だ。こんなんじゃ他の地域はどうなってることやら』

「他の地域?」

『帝竜はこの都庁の一体だけじゃねぇ。外にも複数いるんだと』

「ふ、複数ですか!? あんなやつが!?」

『あー、今する話じゃなかったな。ここで俺たちが覚えとくのは、下に降りりゃ、先の階に進むってことだけだ。しっかりやれよ、シキ。新入りのこともちゃんと見てやれ』

「気が向いたらね」

 

 

 おまえなぁ、と呆れた声を最後に通信が切れる。

 都庁屋上に君臨しているあのドラゴン、帝竜。世界中が竜の襲撃を受けているのだから、都庁だけでなく他の場所にもいるであろうことは、言われてみれば考えられる。

 ただ、あのスケールの存在が他にもいるというのは、目の前の高い壁がぽんぽんと増やされたようなものだ。まだ最初の壁すら突破していないのに、正直気が滅入る。

 

 

「……前途多難すぎない……?」

「ここまできて今さら何言ってるの? ほら、行くわよ。ちょうどそこに穴が開いてる」

「あ、ほんとだ。大きい穴……ちょっと待って」

「今度は何?」

 

 

 ドラゴンが作ったのか、強行策として人為的に作られたのか。エントランス奥の床……もとい、天井の数メートル先にぽっかりと穴が開いている。下から吹く空気に乗せて赤い花弁を吐き出す大きなそれに、火を吹くドラゴンの口を思い出した。

 さらに帝竜の好みなのか、電灯が光っているとはいえ建物の中は夜並みに暗い。自然な暗闇ではなく、黒いカーテンで陽光を無理矢理遮断したような、閉塞感を伴った闇。

 穴の下はおそらく先の階の天井になるのだろうが、チームメイトは飛び込むのをためらっている様子である。

 

 

「……エレベーター使おう?」

「動いてると思う?」

「か、階段は」

「大体上と下が逆転してるんだから、エレベーターも階段も出入り口は天井……あー、今天井になってる床側にあるでしょ。届かないし使えないから」

「ほ、本当だ! 階段があんな高いところに!」

「あーもう、ごちゃごちゃ言ってないで早く!」

「嘘でしょー!?」

「久しぶりに聞いたわねそれ」

 

 

 襟をつかんで大口を開けた穴に飛び込む。一瞬の浮遊感の直後、重力に引かれて体が下に招かれた。着地後、隣からはドスンと鈍い音と共にうめき声が聞こえたので、ミナトは尻から落ちたらしい。鈍臭いやつである。

 

 

『コール、13班。こちらNAV3.7……聞こえますか?』

「聞こえる。今二階に上が……降りたところ」

『通信は正常のようですね。では、これよりナビゲートを開始します。今回の任務は3Dzの回収です』

「Dz……たしかドラゴンから採れるっていう」

『はい。ドラゴンの肉体から採取できる資材の総称で……一体のドラゴンから採取できる量が1Dz。つまり、今回のミッションは、ドラゴンを三体倒せばコンプリートということになります。まずは、ドラゴンのいる下のフロアに向かってください』

「了解」

 

 

 ナビの声を聞きながら周囲を見回す。エントランスと同様に床と天井が逆転していて、足もとにある電灯が下から空間を照らしているのは同じだ。

 何か変わったところがあるとすれば、キーッという獣のような鳴き声があちこちから響いてくるところか。

 

 

「ま、マモノだ! こんなときにも……」

「人を襲うって点で見たら、ドラゴンたちの下っ端みたいなもんか。さっさと片付けてドラゴン探すわよ」

「ちょ、ま、待って、置いてかないで……!」

 

 

 試験でも見たウサギ型のマモノのラビ。鮮やかな青い羽から鱗粉を飛ばす蝶形のブルーグラス。他にも鹿や熊、動物を原型としたマモノたちが進むたびに物陰や曲がり角から飛び出してくる。いずれにしても体がデカく目つきが鋭く、こちらを視認すれば必ず襲いかかってくる。

 この程度なら以前から町に出現した個体を狩っていたためどうということはない。拳と足で一蹴して進んでいくだけだ。……後ろをついてくる女は戦ってもいないくせに息も絶え絶えになっているけど。

 

 

『そこで止まって』

 

 

 探索を始めて数分後、ナビの声に足を止める。

 通路の前方、暗闇の奥で大きな影が蠢いた。大型のマモノよりもさらに大きく、体の端々が壁に当たってはズンズン音を立てている。

 

 

「あれは、もしかして」

「もしかしなくてもドラゴンね」

『前方に見えるのが、討伐対象のドラゴンです。名をドラゴハンマード……巨大なハンマー型の頭を持つ強敵です。戦闘には能力を惜しまず戦ってください』

 

「どうする? 作戦とか……」

「あのドラゴンがいる通路は狭い。二人で暴れるのは難しいから、私だけで行く。あんたは……ここ暗いから、火で照らして」

「照明代わり!?」

 

 

 マモノとのエンカウントで消耗するへっぽこにできることもないだろう。役割を与えてやっただけ感謝してほしい。

 ドラゴンのシルエットを頼りに暗闇へ駆け出す。後を追って手のひらサイズの火の玉が壁際に散った。不意に視界が明るくなったことでドラゴンがこっちを向くが、デカい頭を引きずっているのだから当然遅い。

 

 

「のろま!」

 

 

 赤い竜を真正面から殴って弾き返されたときの苦渋を拳に乗せる。地下シェルターで目覚めてからはリハビリと基礎トレーニングだけで懸念はあったが、ナックルは十分にドラゴンの横っ面に埋まった。

 建物を巣にしたのはドラゴン側の愚策だろう。ある程度変質しているとはいえ、雑魚竜の巨体は人のスケールに合わせた通路で思うように動けていない。

 相手がまごついている間に、ドラゴンの頭から生えている巨大な岩に集中的に拳を浴びせる。ところどころに走っていたヒビが広がり、つながり、とどめの一発で根元から砕け落ちた。

 

 

「武器がなくなればこっちのもん!」

 

 

 無防備になった鼻面に両手両足を叩き込む。

 狭い通路から逃げ出せないままドラゴハンマードはラッシュを浴び続け、いつぞやのドラゴンのように頭部から血を流して倒れこんだ。

 

 

『コール、13班。ドラゴハンマード一体の討伐を確認しました……なかなかの腕前ですね。死骸からDzを回収してください。このフロアには、他にもドラゴンの出没情報があるので、そのまま任務を続行しましょう』

「了解。はぁ、久々にデカい獲物殴れてスッキリした」

 

 

 疲労はなし。セーラー服も大して汚れていない。準備運動としてはちょうどよかった。ムラクモ試験で火の粉をあっちこっちに飛ばしていたサイキックも今はコントロールが安定しているようだし、このまま進んで問題ないだろう。

 

 

「ちょっと、何ぼーっとしてるの?」

「あ、ごめん……何でもないよ」

「このくらいでビビってちゃやってらんないわよ。次からは攻撃にも参加してもらうから」

 

 

 なんでか動きの鈍いチームメイトの手首をつかんで歩き出す。ナツメの言葉を借りるわけではないが、自分は異界化した都庁という環境とドラゴンとの殴り合いに慣れたいし、ミナトはそもそも戦うという感覚を体に叩き込まないといけない。

 進路に立ち塞がる敵たちは文字通りの経験値だ。雑魚は適度に蹴散らし、ドラゴンは一発では倒れない体の硬さに拳を慣らす。たまに相方の尻を叩いて超能力で援護させればあらかたの敵性体は駆逐できた。

 

 

『コール、13班。3Dzの回収を確認……任務終了です。ガトウ隊ほどではないですが……シキたちも頼りになりそうですね』

「一言余計よ。で? そっちに帰ればいいの?」

『はい。シェルターへ帰投し、4班……開発班にDzを渡してください。あなたたちがいた部屋の、隣の部屋です。なお、帰投には「脱出キット」かこのフロアにある「脱出ポイント」の使用をオススメします』

「脱出……何?」

 

 

 首を傾げるのと同時、視界の端がちかりと光って電子音が鳴る。出発前に着用させられたデバイスを通じての視覚支援だ。

 肉眼でも捉えられる、陽炎のような一部の空気の揺らぎ。そこに十字カーソルが重なり「EXIT POINT」の文字が浮かぶ。

 

 

『帝竜が作った巣……異界化した空間は不規則に歪んでいて、どこかに外に繋がる小さな穴が存在します。それが「脱出ポイント」になりうるスポットです。この一か月の都庁攻略の中で、自然に発生した脱出ポイントも発見されましたが、人間が確実に通れるものはあまりありませんでした。なので、出発前にシキたちに渡された「脱出キット」の装置をスポットで使えば、人為的に脱出ポイントを生成することができます。使えるのはひとつにつき一度きり。観測班との連携が必要で、時間制限もあるので注意してください』

「なるほどね。……まだ余裕あるんだけど、進んじゃダメなの?」

『そこから先は、作戦行動の範囲外です。移動許可はおりていません。速やかに帰還してください。では、私のナビもこれにて。……オーヴァ』

 

 

 淡々と言うだけ言って通信が落ちる。普段は遠慮なくこき使ってくるくせに、変なところで渋るのだからめんどくさい。

 とりあえず、目標の資材確保は達成できた。順調と言っていいのかもしれない。この調子でさっさとガトウたちに追いついて──

 

 

「シキちゃん!!」

「っ、何!?」

 

 

 不意に肩に体重がかけられ視界が傾く。首を回すと汗だくになった女の顔がすぐそこに迫っていて思わず突き飛ばしそうになった。

 さっきまで沈黙しきりだったチームメイトが肌を青白く染めて肩を揺さぶってくる。まさか怖くて限界が来たとか言うつもりじゃないだろうな。

 

 

「早く帰ろう、早く!」

「怪我してもいないのに何焦ってんのよ!」

「説明なら後でするから! だから早く! じゃないと──」

「じゃないと何!」

 

「──吐く」

 

「は?」

 

 

 脱出キットを使ってシェルターに帰還する。

 出迎えに顔を出したナツメとキリノの間をすり抜けトイレに飛び込む背中を見送りながら、ぼんやりと思う。

 

 

 自分の相方……であるはずのサイキック、もしや相当使えない?

 

 

「う゛、ぅうえ゛え゛えぇぇ……っ」

 

 

 赤い竜へのリベンジは前途多難、かもしれない。

 

 

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