2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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※注意…異能力者・異能力・スキル諸々の個人的な解釈が入ります。

CHAPTER0でも描写していましたが、ビジュアルコレクション収録のスケッチブックページやドラマCDのパッケージなどを参考に、ガトウはサムライ、ナガレはスイッチ型のトリックスターにしています。



6.暗天の異界

 

 

 

「開発班の部屋ってここで合ってる?」

 

 

 ナビの指示通り、自分たちが眠っていた部屋の隣の扉を開く。部屋の中と外の空気が入り混じったとたんにオイル臭さがツンと鼻を刺激した。

 秩序なく机に床にと置かれた工具、壁の隅にこびりつく黒い油汚れ、ゴミよりも多く散乱したネジ。壁で遮られているといえど、傷病者を寝かせる部屋の隣がこれでいいのかとツッコみたくなる猥雑さだ。地下だから空気もこもりやすいというのに。

 これも異界化と言える……のかもしれない。「来たか」とこちらを振り返る部屋の主は人間だけども。

 

 

「待っておったぞ、シキ。早速だがDzを預からせてもらおう、時間が惜しいのでな」

「ん。これ」

 

 

 分厚いエプロンのポケットに突っ込んだ金属をガシャガシャ鳴かせてワジが歩いてくる。シキが生まれる前からムラクモの開発班を牽引していた職人だ。御年六十と少しらしいが腕は信用できる。Dzのついでにマモノたちから採取できた端材もまとめて渡した。

 血と埃で薄汚れている資材をワジはタオルで丹念に拭き、削ぎ切れていなかった肉片は千切って捨てた。下手にいじって貴重な資材をダメにしたくはないので、悪いがそのまま預けておく。これだけあれば発注されていた装備は作れそうだと言うので問題ないだろう。

 

 

「ふむ、ふむ。新人13班に任せたと聞いて少し不安ではあったが……なかなかいい腕をしてるようじゃないか」

「私は新人じゃないし」

「班としてはひよっ子だろうが。ケイマ、レイミ!」

「バッチリ、任せとけ!」

「はーい! すぐに取りかかりますね☆」

 

「シキ、おまえは新人と組んで13班を結成したと聞いたが。そのもう一人はどうした?」

「ああ、あいつね……」

 

 

 若手の男女に資材を任せて振り返るワジに肩をすくめる。帰還して真っ先にトイレに飛び込んだなんて、そのまま言っていいのかどうか。

 そこそこ時間が経ったが、あいつはまだ便器にしがみついて吐いているのだろうか。

 

 

(ていうか、吐くほど嫌なことなんてあった?)

 

 

 出発直前のキリノの健診で異常は見られなかった。何かあったとするなら都庁の中だろう。だが引きずり回しはしたものの無理はなかった、はず。

 選抜試験でマモノやドラゴンを倒しても彼女が体調を崩すことはなかった。血が苦手というわけでもあるまいに、何が地雷になったのだろう。

 あれでこの先やっていけるのかと呆れつつ、ワジには「もうすぐ戻ってくるんじゃないの」とはぐらかした。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「火が怖い?」

 

「……恐怖症っていうほどじゃないとは思うんですけど、火が、ダメになったみたいで……」

 

 

 キリノにごめんなさいと頭を下げる。

 トイレで散々吐いて倒れそうになっていたところをナツメに発見され、帝竜に叩きのめされたとき同様にベッドの上に運ばれてしばらく。

 隣の部屋で開発班とやりとりをしているであろうシキへの申し訳なさに胸を痛めながら、今までの所感をキリノに説明した。

 

 

「たぶん、帝竜にやられたときのことがきっかけだと思います。小さな火傷なら何度もしたことはあるんですけど、真正面からあんなふうに火を浴びたの、は初めてで……火を見ると……痛みとか、熱さとか、吐き気が一気に……」

「なるほど、トラウマになってしまったのかな」

 

 

 一命はとりとめられたものの、ウォークライのあの炎は深い爪痕を刻んだ。体だけでなく精神的にも。

 平時だったならもう少しきれいに治っていたかもしれない。だが全世界で同時に竜が現れていたあの瞬間、まともな治療ができる時間も設備もあるはずがなかった。

 医療従事者たちはこの命をつなぎとめるだけで精いっぱいだったという。自分の皮膚は火傷を通り越して炭化さえしていたというのだから、今こうして五体満足で生活できているのは文字通りの奇跡だ。

 背中に手を滑らせると、指先がごつごつとした不快な感触がする。背筋を伸ばせば硬くなった皮膚が軋んで強張る。

 目覚めた後も塗り薬と包帯が欠かせない。もう痛みはないけれど、鏡で見れば恐ろしく醜い痕になっているだろう。

 潤みかけている目を隠すのも兼ねて、キリノに頭を下げた。

 

 

「すみません、出鼻をくじくような真似をしてしまって」

「いや。むしろケアが不十分だったね、こちらこそすまない。初任務お疲れ様。しかしそうか……肉体的な負担なら装備でいくらかは軽減できるけど、精神的なものは治し方も時間も人それぞれだからね」

 

 

 はっきり口にせずとも、腕を組んで思案するキリノの眉間のしわは参ったなと語っている。

 参っているのはこちらも同じだ。S級の能力者といえど攻撃手段である火が扱えないとなれば、木偶の坊と変わりない。

 

 

「あの、このままだと……作戦は……」

「君を無理に送り出すわけにはいかないし、問題が解決するまではシキ一人で動いてもらうしかないかな。できることは限られるだろうけど」

 

 

 欠番のエースナンバーをもらった13班だというのに、結成から数時間で瓦解の危機である。

 都庁に行ってなんか適当に火を点けて嘔吐して……まずい、本当に何もできていない気がする。このままでは文字通り役立たずだ。

 今すぐ状況を好転させられる手段はないか、吐き気で鈍る頭でなんとか思考する。が、そうそう都合よく代替手段が見つかるようならそもそも人類はここまで追い詰められてもいない。

 いっそ口から垂れ流しでもいいと手に意識を集中させたが、出てきたのは火ではなく吐き気。はっきりしない意識にさらに靄がかかる。

 

 

「うっぷ……」

「シバさん、大丈夫かい?」

 

「失礼するわ。キリノ、シバさんの調子はどう?」

 

 

 根性論を実現できる体ならよかったのにと意気消沈していたところで、ナツメが紋入りのマントを揺らして部屋に入ってくる。

 気を遣う優しげな声に思わず涙腺が緩み、涙目を隠すのを忘れて頭を下げた。

 

 

「ナツメさん、ごめんなさい! ……今のままだと、戦えそうにないです……」

「……詳しく、話を聞かせてもらえる?」

 

 

 困ったように苦笑を浮かべるナツメに、キリノのとき同様に説明をする。

 火を怖いと思ってしまうこと。見たり使おうと意識すると体が拒否反応を出すこと。加えて、帝竜によって大火傷を負った体が痛むこと。

 話を聞いたナツメは少し考えるように俯いて、「確認したいのだけど」と顔を覗きこんできた。

 

 

「あなた自身、これ以上戦うことは無理だと思う?」

「……役には立てないと思います」

「役に立てないとして、諦めはつく?」

「? えっと、どういう……」

「異能力者には無限の可能性があるわ。あなたのようなS級なら尚更。火が使えなくなっただけで全て終わってしまうようなら、私は選抜試験にあなたを呼んではいない」

 

 

 これは役に立たないと怒られているのだろうか。それとも褒められているのだろうか……たぶん、後者だ。

 ナツメが何を伝えたいのかいまひとつ理解できない。困って首を傾げると、彼女は聞かせてほしいと正面から見つめてきた。

 

 

「あなた自身の意思を聞かせて。もちろん戦えないからといって外に放り出したりはしないわ。戦うのは諦める? それとも、他の方法を探してでも戦いたい?」

「た……、……はっきり戦いたい、とは断言できませんけど……せめて都庁を奪還するまでは……能力が使えなくても……お手伝いができれば……」

「そう、よかった。少し早いとは思うけど……あなたのスキル開発を進めてみましょう。キリノ」

「わかりました」

 

「? あの……」

 

 

 ナツメに呼ばれてキリノがうなずいた。見覚えのある医療器具が乗った銀のワゴンに向かってキリノが作業を始める傍らで、ナツメが軽い身振り手振りを交えて話を始める。

 

 

「シバさんは、異能力者についてどのくらいの知識があるのかしら?」

「え? えっと……人と違う、何かの力を持っていることぐらいしか……」

「広い意味で捉えればそうね。私たちムラクモ機関の研究の見方はもう少し穿っているわ。一つ、『凡人にはない規格外の力、潜在能力を秘めている』。そしてもう一つ、その『潜在能力を極地まで引き出して扱える』。そんな力ある者を私たちは異能力者として定義し、マモノたちに対する有効戦力として協力を募っているわ。S級の異能力者をね」

 

 

「勉強の時間ね」とナツメは滑らかに片手を花開かせ、細い五指を伸ばした。

 

 

「ムラクモ機関は異能力者を能力別に、五種類の職業(クラス)に分類しているの。まずサムライ。身体能力Sランク。このあと説明する四種は特定の能力が突出しているのだけど、サムライはどの力もバランスよく優れている者があてはまることが多いわね。だから異能力者人口も多め武器の候補もいろいろあるけど、一番扱いやすくて習熟も早いのが刀剣ということもあって侍と呼んでいるわ」

「サムライ……そうだ、ガトウさんが戦うときに大きな剣を使っていたんですけど……」

「そう。彼もサムライね。海外で傭兵として働いていたところをスカウトしたの」

 

 

 次にと、親指に続いて人差し指が折られる。

 

 

「トリックスター。これに該当するのはナガレね。会ったことはある?」

「はい、試験時に一度。ガトウさんと一緒にいた、ナイフと銃を持った人ですよね?」

「ええ。俊敏性Sランク。戦況によって銃とナイフを使い分けて戦うの。彼らは特に身のこなしや手指の可動域がずば抜けていてね。たしか過去にはピアニストから見出された者もいたかしら? 特殊技巧が持ち味だから、それを活かせるよう手回しのきくハンドガンとナイフが主流の武器ね。場合によっては別の武器も扱える器用さも持つわ」

 

 

 手足の一部であるかのように武器を操っていたナガレの姿を思い出す。たしかに、目で見て追うのも難しいくらいの手さばきだった。器用というだけでは説明がつかない指の動きをしていた気がする。

 次いで、ナツメは中指を折る。

 

 

「次にデストロイヤーね。これに当たるのは、誰だかわかる?」

「……あ、シキちゃんですか?」

 

 

「破壊」を意味する英単語の「destroy」からもじったであろう恐ろしい名称に肩がすくむ。ドラゴンと一対一で肉弾戦を繰り広げるタフさ、そして一見華奢な手足で敵を粉砕するパワーを持つ少女が頭に浮かんだ。

 

 

「そう。あの子をはじめ、デストロイヤーは運動能力Sランク」

「運動能力……あれ、身体能力のサムライとはどう違うんですか?」

「サムライとの違いは筋力が突出していること。サムライがバランスの良さを活かして『技』で戦うとしたら、デストロイヤーは生来体に備わった『力』をそのまま武器にする武闘家。一見愚直だけれど、身一つを極限まで使いこなすのだから侮れないわよ」

「たしかに……シキちゃん、すごかったです。マモノもドラゴンも全部パンチとキックで倒しちゃって」

「あの子は小さい頃からずっと訓練を重ねてきたの、性格には難ありだけど、ガトウとナガレに続くうちの主力よ。……それでも歯が立たなかったのだから、帝竜は恐ろしいわ。さあ、次ね」

 

 

 薬指が折られ、職業の説明は四種目に入った。

 

 

「ハッカー。情報技能Sランク。メカマニアというのかしら……説明が難しいのだけれど、共通しているのは機械の類の扱いに優れているということ。エンジニアはわかる? 技術、工学、科学技術、機器を組み立てたり、それを動かすシステムを組んだりっていう裏方ね。文明やオフィスワークが発展した現代だと日常生活で素養が鍛えられるからか、かなり数が増えているわ。前衛職に比べるとまだまだ少ないけれど」

「ハッカーっていうくらいなら、文字通りハッキングをするんですか?」

「そう。ただ恐ろしいのはね、普通のハッカーがするようなコンピューターのハッキングだけじゃなく、その力が生体にも及ぶということ。説明だけだと実感は難しいかもしれないけど、マナと電子を使って敵を妨害したり、私たち味方の能力を補助してくれる支援型よ」

「そういえば、試験でチームを組むときに『俺は国際指名手配されてるだけのしがないハッカーだ』って自己紹介してる人がいたような……」

「……個人的な意見だけれど、ハッカーちょっと鬱屈している子が多いかもしれないわね。それでも貴重な戦力だから、ムラクモでは諸手を挙げて歓迎します」

 

 

 自分以外の多数の異能力者と顔を合わせたのは選抜試験のときだけで、あくまでその短時間での個人的な感想だが、ハッカーは癖のある人間が多かった気がする。

 そんなことを考えているうちに、「じゃあ、これで最後ね」と、最後まで立っていた小指が折られた。

 

 

「サイキック。該当するのはあなたよ、シバさん」

 

 

 サイキック。さんざん身に沁みている通り、扱えるのは超能力だ。ムラクモ試験の会場には……自分以外にいただろうか?

 

 

「特異能力者とも呼ばれることもあるわね。サイキックは異能力者の中でも一番数が少ないのだけど、なぜだかわかるかしら」

「えー……っと……わかりません。どうしてですか?」

「あなたも知る超能力……それを引き起こす超感覚を持つ人間が圧倒的に少ないからよ。Sランクともなればなおさらね」

「超感覚?」

 

 

 聞き慣れない単語に首を傾げる。「今までの話を思い出して」とナツメは他の職業の特徴を振り返った。

 

 

「サムライ、トリックスター、デストロイヤーは、生来の体の能力を使うスペシャリスト。フィジカルが優れている人間の極地にいる者。ハッカーの力は、サイキックと似た先天的要素も必要だけれど、何より専門的な知識や経験の積み重ねが欠かせない。そうして飛び抜けた高みに至った者が持つ技術の結晶と言えるわ。対してサイキックはね、前衛の素地になる体やハッカーの技術ともまた違う、肉体の外側……本来人間が踏みこめない超自然を認識して干渉する力が必要になる。その力が超感覚とされているのだけど、それこそ生まれつき誰もが持っているものじゃないでしょう?」

「……あ、そっか。筋肉とか骨とか、運動するための器官は普通に体にあるけど、超能力を使うための機能なんて、普通人間にはないですよね」

「そう。人間の身だけでは起こせるはずのない超常現象を発現させ、意のままに操る力。後天的な開発も試みてきたけれどほぼ不可能ね。そんな力を先天的に持っている人間なんでごくわずかしかいないの。これがサイキックが特異能力者と呼ばれる由縁。さらにS級の力を持つのはほんの一握り。あなたを見つけられたのは本当に幸運だったわ」

「ええ、そんな」

 

 

 抑揚と緩急をつけて進んでいくナツメの語りは、意識が体から抜かれ、彼女の瞳へ吸い込まれていくような魅力があった。

 自惚れられる身でないことは承知している。してはいるが、こんな風に話を聞くと持ちあげられているような気がして浮足立ちそうになってきてしまう。

 

 

「超感覚に似た技はサイキックでなくても使えるわ。異能力者が戦闘を行うためには不可欠の技術だから。でもね、手のひらひとつで属性を操り、科学では説明できない、常識から隔離された超能力を行使できるのはサイキックだけ……簡単に言えば、現代の魔法使いみたいなものね」

「ま、まほーつかい……!?」

 

 

 胸の奥のツボがぐっと刺激される。

 魔法使い。憧れであり胸をくすぐる素敵な響き。空を飛んだり物を操ったり、時にはちょっとしたいたずらを仕掛けたり。何度も夢見ては形にできるはずがないと諦めてきた、手の届かない空想。

 そんな存在に自分が。

 

 

「……」

「……シバさん、もしかしてファンタジー好きかしら?」

「はい、家にはハ○ー・○ッターシリーズ全巻揃って……あっ、いえ!! なんでもないです!」

 

 

 寝物語を聞いているようだ。言葉の一音一音が無理なく頭に入ってきて、麻酔を受けたように酩酊して抜け出せない。

 魔性の魅力を持つ人だなとナツメを見つめる。ムラクモ機関はかなり長い歴史を持つ組織だというから、その頭に立っている人物としては当然のことなのかもしれないけれど。……いまさらだが、正真正銘その頭領がペーペーの自分と一対一で向き合っているのはかなりヤバいことなのでは。

 どこかへ思考を飛ばすかたわら、ナツメはくすくす笑いながら「それで」と話を続けた。

 

 

「さっきの説明通り、サイキックは超自然に干渉してコントロールすることができる。そうして引き起こす属性攻撃が、あなたたちの武器になるのよ」

「属性……っていうと、火とか水とか、風とか……?」

「ええ、その属性。そしてそれとは別のカテゴリーの治癒能力も。ごく稀にそれ以外の特殊能力も存在するわ。テレポートやテレパシーとかね」

 

 

 ナツメ曰く、凡人からすれば異能力は特別なものだが、それを持つ異能力者自身が自分の力を特別視しすぎてはいけない。自分の体の一部であるように扱えるようになることが理想だという。

 

 

「S級のサイキックであるあなたの力は火を出すだけじゃない。他の属性だって操ることができるはずよ。スキル開発を進めれば、きっと多岐にわたる手段で戦えるようになるわ。……そのために、」

「そのために? ……っ!!」

 

 

 ナツメが後ろを振り返る。

 二人で話している間に作業していたキリノが、「準備完了です」と、数時間前に自分の腕を貫いたものと同じ注射器を手に握っていた。

 

 

「……あの……? それ、は?」

「前のと同じ補助剤だよ。体に有害な成分はないとはいえ、時間を置かずに何度も投与するのはあまりおすすめできないんだけどね。時間もないし、まだ二本目だから大丈夫だろう」

「あ、あの、そういう問題ではないというか、なんでその注射器、そんなに針が太いんですか? え、今度は一本目とは反対の腕に? こっちも? む、無理です無理です! やめ、や──」

 

 

 っゔあーーーーーーっっっ!!?

 

 

 ベッドに突っ伏して腕を押さえる。

 この世のものとは思えない痛みにひいひい悶える自分を見て、キリノは申し訳なさそうに後頭部をかいた。

 

 

「やっぱり、そんなに痛いかな……?」

「すごく……痛いです……」

「ごめんなさいね。でも必要なことだから、我慢してちょうだい。……さて、あとはあなた自身よ」

 

 

 何がですかと目尻に浮かぶ涙を拭う。

 ナツメが優しい面持ちから真剣な表情に変わる。「時間は限られているわ」という言葉とともに、壁にかけられた時計の秒針の音が嫌に響いた。

 

 

「火以外の属性が使えないか試してみましょう。今、隣の部屋で開発班が装備を準備しているだろうから、時間はそれが終わるまでの間よ」

「う、は、はい!」

 

 

 注射されて痛みが残る腕をさすりながら自分の手を見る。

 この手から、火以外の武器をひねり出さなければいけない。できるかはわからない。でもやらないよりはマシだ。ナツメが判を押してくれたS級の肩書きを信じよう。

 部屋を出たナツメがすぐに何かを抱えて戻ってくる。その両腕から慎重に渡されたのは大きくて分厚いハードカバーの本だ。角にこびりついた埃や日焼けでパリパリになった表面からして年代物だということがわかる。鈍器のような重厚さだが、これで思いっきり殴ったらどんな暴漢も倒れるんじゃないだろうか。

 早速見当違いなことを考えて本を上下に揺らしていると、ナツメが八の字眉になって苦笑した。

 

 

「研究室とは別に、このシェルターに保管しておいた古い資料なの。あなたの超能力、サイキックのスキルに関する資料よ」

 

 

 ベッドに座り、本を膝に置いて開いてみる。黄ばんで乾燥した古い紙に、小さな文字がびっしりと綴られていた。

 試しに読んでみるが専門用語だらけで難しい。内容を理解できずに目が滑る。再び都庁に出発するまで時間がないというのに、これで何かが得られるのだろうか。

 早くも諦めかけて紙をめくると、新しく出てきたページの右上に、何かが埋まっていた。

 

 

「……石?」

 

 

 序盤のページから最後のページまで、四角くくり抜かれてできたスペースにそれは収まっていた。

 たしか、子どもの頃訪れた博物館で鉱物のコーナーに展示されていた資料も、こんな風に本の中に石が入っていたなと思い出す。

 指先でつまんで取り出したそれは、宝石の原石にも、ただの金属の塊にも見える不思議な物体だった。手の中で回してみるが、固くて冷たいことぐらいしかわからない。

 

 

「それはね、異能力開発に使用する媒体よ」

「媒体?」

「サイキックは特別な道具がなくても超能力は使えるわ。けれどいくら素質があっても、初めて力を使ったり、新しい能力を発現させるには、感覚をつかまないと難しいの。他の異能力者も属性を技に転用することがあるけど、それを手助けするための媒体がこれ」

 

 

「思い出して」とムラクモ試験のときのことを掘り返される。

 

 

「あのとき、候補生には武器が支給されたでしょう? サイキックの武器はクロウ。超能力をより大きくスムーズに引き出すための補助装置。肉声に対するマイクみたいな役割ね。それを媒体と呼ぶのだけど、あなたが持つそれは、武器の形になる前の媒体の素材よ」

 

 

 ナツメが続けるには、ムラクモのサイキックはこれを使って超能力の源、超自然の力……マナというエネルギーを扱う感覚をつかむらしい。

 目次を確認する。属性の項目には、前まで自分が使っていた炎以外に氷、雷、風などの属性が確認されていると記述されていた。

 

 

「あの、どの属性を覚えればいいんでしょうか? ウォークライは火を吐いてましたけど、それに効くのって」

「今回はウォークライと戦うことはないと思うけれど、都庁にいる他のドラゴンにも一部火を吐く個体が確認されているわ。火属性に効くのは氷とされています。今は氷属性の開発を目指しましょう」

「氷……んん、具体的にはどうすれば……」

「シバさん。火は出せなくても、その準備としてマナを動かしているときの感覚は覚えているでしょう? どんなものか説明してくれる?」

「え? えっと……体の中で、こう、エネルギーが動く、みたいな」

 

 

 体の内側に意識を集中させる。胸のずっと奥。腹の底。臓器とはまた違うどこか。具体的な言葉では表せないが、蛇がとぐろを解いて起きるように大きな流れが湧きあがる。そんな感覚がある。

 小さい頃、自分の力を自覚したときから知っていた感触。これが超感覚だったのか。自分にとっては馴染み深いけれど、他の人間は滅多に持っていないというのだからなんだか不思議だ。

 

 さあ、とナツメに呼びかけられる。

 

 

「早速始めましょう。マナを操って、媒体に集中させてみて。それからイメージを付けて外へ出すの。映像でも感覚でも、あなたが知る氷の感覚を」

「氷の感覚」

 

 

 野球ボール程度の大きさのそれを両手で持って立ち上がる。

 大丈夫、大丈夫。火は出さなくていい。まずはマナを体から媒体に流し込むだけ。

 操作だけなら難しくはない。幼い頃、自分の力に恐怖を感じたときからずっとコントロールの訓練を重ねてきたのだから。

 

 

(氷の感覚って何だろう。……冷たいぐらいしかわかんないな)

 

 

 ダメだ、目を開けていると集中できない。

 まぶたを下ろして視覚を遮断する。暗闇の中、記憶から、知識から感覚を思い起こす。

 

 夏に飛び込んだプール。飲み物に入れた氷。触れれば体温を吸い取る金属鍋の冷たさ。

 舌を痺れさせる凍ったアイス。針のように肌に突き刺さる木枯らし。

 固くてゴツゴツしていて、たくさんの曲線が刻まれていたスケートリンク。手袋と靴から染み入り、指先をかじかませた雪。

 

 白かったり、薄い青だったり、鋭い固体。触れていると痛いくらいに冷やされる。その感覚すらも奪われていくような──。

 

 

(熱を殺す、火を、)

 

 

 自分を焼いたあの赤さえも、塗り潰す。

 

 想像して想像して、ひたすらマナにイメージを絡めていく。

 何だろう。パキ、パキ、と硬質な音が聞こえた。

 

 

「な、ナツメさん……」

「しっ。……静かに」

 

 

 目を見開いて固まるキリノに呼びかけられ、ナツメは人差し指を立てる。

 冷えていく空気の中、煌めく霜を見つめ、顎に指を添えた。

 

 

(ドラゴンを倒すためとはいえ、シバさんは戸惑いそうね)

 

 

 ミナトは戸惑うかもしれない。なぜ地球に溢れていた人間の中で、自分が異能力を持つのかと。つい一か月前まで何も知らない一般人として生きていたのだから、恐れるのも無理はない。

 彼女を安心させられるような答えはない。サイキックは人智の領域から外れた何かに触れてしまった者。力が発現した原因なんて、まさに偶然、天賦と言うしかないのだ。

 自信を持って贈れる言葉は一つ。あなたはまさしくS級。

 無自覚に熱い息が漏れる。

 

 

「……素晴らしいわ」

 

 

 金の卵を拾ったかもしれない。開花するときが楽しみだ。

 

 

「シバさん、目を開けて」

 

 

 呼びかけるとサイキックの女性は目を開け、息を吞んで周囲を見回す。

 足もとから壁にかけて、波紋が広がり固まっている。

 

 地下シェルターの一室は、白銀と薄青の氷に彩られていた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 普段の生活圏から避難して身を隠さなければいけない状況になり、さらに通信機器がほとんど使えなくなった。

 その時点で予想はついていたが、ドラゴンの襲来があってから、とにかく物が足りず、流通は壊滅状態らしい。

 もちろん今まで使っていた金……小銭や紙幣もただのゴミ同然だと、ワジは錆びた10円玉を弄んだ。

 

 

「今では、貨幣の代わりに、資材を直接やりとりするのが主流になってる。おまえたちが集めてきたDzの他にも……Azという雑多資源がある。大抵の物は、それで用意できるはずだ」

「Az……マモノからも取れたやつ?」

「ああ、それだ」

 

 

 地上に不気味な赤い花が咲き乱れてから一か月。世界はかなり様変わりしてしまったようだ。瀕死になりながらもなんとか順応できているのは人間の長所だろう。

 ドラゴンを狩り尽くし、平和が戻ってくればまた生活模式も戻る。いや、元に戻るまでかなりの時間かかかるだろうから、下手すれば今までの通貨とはお別れか。

 金銭に代わる資材をどこに保管するかの思考は「できたぜ!」というケイマの声に掻き消された。

 メイド服のエプロンに付いた汚れを払いながら、レイミが満面の笑みで歩いてくる。

 

 

「お待たせしました♪ 発注を受けていた自衛隊の新装備一式です。今までの汎用武具とは一味違いますよ~」

「それを都庁で戦ってる自衛隊に届けてやってくれ。ガタがきちまったポンコツの武器で頑張ってるはずだからな」

「自衛隊にぃ……?」

「おいおい、そんな嫌そうな顔すんなよ。たしかに俺たち何か毛嫌いされてるけどさ。今はケンカしてる場合じゃないだろ?」

 

 

 ケンカしている場合ではないのに、あからさまに嫌悪感を態度に出すから嫌なのだ。ムラクモ機関は公に広く知られている組織ではないし、全容がわからないから警戒するのは理解できるが、いい年をした大人が自分のような年下相手にもツンケンするのは端から見ていて「引く」の一言である。

 装備を受け取るのを渋る中、通信機越しに話を聞いていたのか『行ってください』とナビの声が背中を押す。

 

 

『コール、13班。ナツメ総長からも、準備が出来次第自衛隊に届けるように、との指令が出ています。都庁に戻り、上階――いえ、下方を目指してください。……オーヴァ』

「もう次の任務か? やれやれ、忙しいこったなぁ……」

「ほんとにね。ま、やってることはおつかいだからすぐ終わるけど」

「だが都庁にはドラゴンがいる。補佐がないときついだろう。相方の新人はまだ戻らないのか」

 

 

 ワジの問いかけには見通しが立っていないので答えられない。さあねと返して背後のドアを振り返る。

 ほんと、いつになったら来るんだか。まさかこのまま戻ってこないことはないだろうな。

 頼りない相方の姿を思い浮かべる。ついこの間まで一般人だったとはいえ、今は四の五の言っている場合ではない。動けないというのなら、自分だけで都庁に行ってガトウたちに合流するまでだ。

 一応様子を見に行こうと入り口に向かい、伸ばした手が触れるよりも先にノブがぐるっと回った。

 視界いっぱいに人間の顔が広がったと認識した瞬間、ゴツッと音を立てて額が揺れる。

 

 

「いった」

「いたあっ!?」

 

 

 仰け反ってたたらを踏み、痛む額を押さえて眼前を睨みつける。

 しかしそこには誰も立っていない。空振りした視線を下げれば自分にぶつかったであろう相手が顔を押さえて床に転がっていた。

 

 

「っ~~~いだいぃ……っ」

「……何してんの?」

 

 

 呆れが怒りに勝り、床で悶絶している女性に手を差し伸べる。

 シキの額が衝突したのは眉間あたりだったらしい。真っ赤な鼻面に涙を浮かべ、ミナトは謝りながら手を取って起き上がった。

 

 

「うー……ごめんね。大丈夫?」

「別に平気だけど。あんたもういいの? 吐けるだけ吐いた?」

「あ、はい、その点に関してはご迷惑をおかけしました……。もう大丈夫、だと、思いたい……です」

「ふーん。じゃあ、早速だけどまた都庁に行くわよ。自衛隊に新しい装備を届けろって任務が入ったから」

「わかった……えっと、初めまして。志波 湊と言います」

 

 

 シキの背後に立つ開発班の三人にミナトが頭を下げる。

 ワジが彼女を上から下までながめ、頼りない装備に顔をしかめて口を開いた。

 

 

「ケイマ、レイミ」

「あいよ」

「はーい☆」

 

 

 ケイマとレイミが作業台に載っていた道具の山から武器と防具を取り出す。自衛隊の装備ついでに、端材で武器と防具を作ってくれたらしい。急造品だが今使ってるものよりはマシだろうと有無を言わさず着替えさせられた。

 新調されたナックルのグリップの握り具合を確認する。端材とはいえ新しい素材が使われているからか新しい感触だ。初めて手にするのに、指に吸いつくようななじみ具合がいい。

 満足してナックル同士を打ち鳴らす横で、ミナトがケイマからクロウを受け取る。

 

 

「これがあんたの武器。急造だからサイズ云々は勘弁な」

「? ネイルチップ……?」

「そ。新しく入ったサイキックが女だって聞いたからさ、指にはめるゴツイのよりはこういう形のがいいだろって思って。武器の面積自体小さいから、資材が足りない今は面積小さいこっちの方がいいしな」

「わぁ、ネイルなんて着けるの初めて」

 

 

 ケイマから渡されたネイルチップ型のクロウを手の指先ひとつひとつに着用していく彼女の顔色はずいぶんよくなったように見える。それはおしゃれじゃなくて武器だぞ、わかってるのか。

 

 

「シキさーん、靴の履き心地はいかがですか? 戦うときは足技も使うでしょうから、前々から構造をケイマくんと相談してたんですけど、サイズは大丈夫ですか?」

「問題ない。戦ってたらすぐに履き潰れると思うけど」

「オッケーです! じゃんじゃん使ってあげてください!」

「装備ありがとうございます。がんばります!」

「がんばるのはいいけど、また吐いて倒れたりしないでよ」

「……がんばります……」

「まったく、上の連中は人使いが荒い……体には気をつけてな」

 

 

 装備よし、体調よし、傷薬などの道具もよし。ついでにワジから気付けの仕方を叩き込まれて、再びシェルターから外に出た。バカ真面目にまた都庁に入口から入ってやる必要もないので、観測班との連携で脱出ポイント経由で都庁に戻る。明るい場所から暗い異空間に戻ったことで、忘れていた鬱屈感がよみがえってきた。

 身震いするミナトと向き合い現在地と進行方向の確認をしているところで、ナビから通信が入る。

 

 

『コール、13班。今、自衛隊の指揮をとっているのは、堂島凛三佐という方です。堂島三佐の部隊は、11階で現場を制圧しているようです。上……いえ、下へ向かいましょう』

「了解」

「りょ、了解。あの、ナビさん。ガトウさんたちは今どこらへんに……」

 

 

 自分たち13班が作戦に加わってからかなり時間が経った気がする。もしかしたら、ガトウたち機動10班は既に都庁の屋上に到達しているかもしれない。

 遅れを取りすぎては、万が一の事態が起きた場合に出遅れてしまう。ナビにガトウたちの居場所を尋ねると、少女の声は答えようとして、待ってくださいと口をつぐんだ。

 

 

『ガトウから通信が入りました。繋ぎます』

 

『よう、ガトウだ。元気でやってっか、新入り共。ヘコたれたりしてねぇだろうな?』

「……い、一回ダウンしましたけど、まだいけます、大丈夫です。そちらは大丈夫ですか?」

『さすがに慣れてきたけどよ。サカサマっつーのは、何か座りが悪いもんだな。鏡の中を進んでるみてーだぜ』

 

 

 青い顔で空元気の握り拳を作るミナトに、返ってくるガトウの声も以前より精気が削がれている。マモノにドラゴンたちとの戦闘、常識はずれの異界。人間が生きていけるわけがない環境での強行軍は心身ともに消耗するだろう。余力がなくなる前に帝竜を倒すのは急務だ。

 

 

「ガトウ、あんた大丈夫なの? なんなら帝竜討伐、代わってやってもいいけど」

『馬鹿野郎。おまえのほうこそ作戦と役割無視して相棒振り回してんじゃねェだろうな?』

「そんなわけないでしょ。ちゃんと従って順調に進んでるわよ」

『本当かぁ? まあいい。さてと……俺たちはこれから帝竜の野郎とランデブーしてくるぜ』

「は? え、もう!?」

『なーに、地獄の底までエスコートしてやるよ。帝竜から都庁を奪還して、人類の反撃開始といこうじゃねェか!』

「ちょっと待ってよ、私がリベンジする予定だったのに!」

『おい、やっぱり作戦無視してるだろ』

 

 

 ガトウたちは既に最下層、もとい最上階に到達しているようだ。

 相手の帝竜もそう簡単にやられはしないだろうが、ガトウとナガレは経験を積んだベテランだ。もしかしたら討伐戦に参加することはおろか、生きているあいつを見ることさえ叶わないかもしれない。

 止めていた足を動かし、急いで都庁の中を進む。

 急いた息切れが通信を通して向こうに聞こえたようで、ガトウはこっち突っ込んでくんなよと笑って釘を刺してきた。

 

 

『……それじゃ、退路の確保は任せたぞ。さすがにアイツとヤリあったら、こっちにも余力は残らねェだろうからな』

「ちょっと待──」

 

 

 通信が切れる。鼻先でピシャリと扉が閉ざされた気分だった。

 ふざけるな。あれだけぼこぼこにされたのだ、自分の手で直接倍返しにしてやらないと気が済まない。

 足を止めず歯噛みする横で、対するパートナーはまあまあと手を振っている。

 

 

「今回の私たちの仕事はDzの回収と、自衛隊の人たちに装備を届けること。で、ガトウさんたちの支援なんでしょ? ……ですよね、ナビさん?」

『……退路確保は、11階にいる自衛隊の担当です。彼らに武器を届けること、イコールガトウ隊への支援ということです』

「ほら、だから、ここは堪えたほうがいいんじゃないのかな」

「あのねぇ、あれだけこっぴどく伸された相手よ。リベンジできないのよ、あんた悔しくないの?」

 

 

 自分たちを殺そうとしたあの赤い竜が憎くはないのかと訊ねる。けれど二、三歩後ろを走るミナトは腑抜けた笑みを浮かべるだけだ。

 

 

「悔しいっていうのはわかるけど……たぶん、敵わないもん。私たち、大怪我して一か月も寝込んでてさ、今日起きたばかりでしょ?」

「私はあんたより二週間早く起きたっ」

「え、そうなんだ? すごい……あ、いや、すごいけど、それでも体鈍ってるだろうし、そうじゃない一か月前も吹き飛ばされちゃったでしょ? 思ったより体がついてこない可能性だってあるし、よっぽどのことがない限り、無理しないほうがいいんじゃないかな」

「……ほぼあんたが足引っ張ってるじゃない」

 

 

 人差し指を向けて指摘する。ミナトは申し訳なさそうに苦笑いをして、それでもやんわりと、あくまでも作戦から逸脱しない行動をしようと説得を繰り返してきた。

 ぶっと口に空気を溜めて頬を膨らませる。承諾の意として汲み取ったのか、ナビが口を開いた。

 

 

『13班、前方の壁の大穴が見えますか?』

「穴? ……っ」

 

 

 勇み足に待ったをかけるように突風が吹きつける。

 誘導されて辿り着いたのは通路の突き当たり。本来なら下に続く道はないが、目の前の壁には大きな穴が開いていた。呼吸をするように生温い風が吹き、真紅の花弁が光の粒子と共にゆらりと舞い踊る。

 

 

『現状、11階に向かうには……そこから外に出て、庁舎外周を下っていくしかありません』

「下る……えっと、都庁は今、帝竜の影響で逆さまになってるんだよね。でも、外側、地上の入り口から入るときは別に普通だったし……でも、そうだったら下には行けないし……んん……?」

「どうせここから出るんだから、直接見たほうが早いでしょ。行くわよ」

「ま、待って、ナビさん、このまま外に行って大丈夫ですか?」

『問題ないかと。命綱があった方がいいかも知れませんが……シキがいるので大丈夫でしょう』

「命綱……?」

 

 

 日常生活では使わない物騒なキーアイテムの提示に二の足を踏む。危険ということだけは伝わったので、ちらりとミナトに視線を送る。彼女は早速顔を青くしつつも、前よりは意気込んだ様子で大丈夫だというようにうなずいた。

 

 

「準備は?」

「できてるよ。……たぶん」

 

 

 ゆっくり歩いて穴を潜る。拒絶か歓迎か、風が一層強く吹き、妖しい光が目に飛び込んだ。

 

 

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