2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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逆サ都庁のあの浮遊岩礁?(名前忘れた)最初に見た時すっごくきれいだと思った覚えがあります。デザイン手がけた人すごい。



7.復讐戦   - Revenge ウォークライ -

 

 

 異世界だ。

 

 崩れた外壁が浮いている。ここ数時間で幾度となく見た赤い花弁が、重力を無視して下から上に螺旋を成して昇っていく。

 ミナトは息を呑んで、無意識に胸を押さえた。

 常識外の光景だ。

 恐怖、感嘆、疑問、好奇。見ているだけでいくつもの感情を湧き起こすこんな景色、普通に生きていれば絶対に見ることはなかっただろう。

 見ることができてうれしいかと問われれば、ノー一択だ。

 

 

「……これ、どうなってるの……?」

 

 

 言葉が風にさらわれていく。

 

 平時の都庁とドラゴンに支配された都庁。同じ建物ではあるが、見える景色はまったくの別物。

 墨を何重にも塗り込んだような黒一色の空に、文字通り「逆さま」になった都庁が浮いている。屋上よりもさらに()には、白く燃える光輪が輝いていた。

 太陽の輪郭なのだろうか。暗黒の空間唯一の光源である恒星に黒い天体が重なり、金環日食のような光輪ができあがっている。

 その光に照らされ、火の粉のように舞い上がる赤い花弁。景色の全てが人智の外。自分たちがくぐった壁の穴は幽世への入り口だったのかもしれない。

 この先は、大口を空けた帝竜へ続く道。戦うのはガトウたちなのに、足が震えそうだ。頬の内側を噛んで耐える。

 

 

「……こうして見ると、距離あるわね」

 

 

 隣に立って下を見ているシキが呟く。

 現在地から11階に行くには、宙の所々に岩礁のように浮遊している瓦礫を伝って下るしかない。足場としては十分な大きさだが、瓦礫と瓦礫の間には距離も高低差もある。とても渡れるとは思えない。

 というか、高すぎる。おかしい。宇宙の一部を切りとってきて突っ込んだみたいに空間そのものが広大だ。目的地までいったい何十メートルある?

 怖い。行ける気がしない。

 恥を忍んでシキの顔を見た。

 

 

「シキちゃん、あのさ……」

「何? おしゃべりしてる時間ないんだけど」

「あの……私、行けないかもしれない」

「は?」

「いやあの、これ、私、ほんと、根性とかじゃなくてね。……肉体的にこの高さを跳んで着地できるフィジカルがない、っていうか……」

「……」

 

 

 はああー、と盛大にため息をつかれる。

 ああ、これはこのままここに置いていかれてしまうかもしれない……と思っていたら、以外にも少女はしょうがないかと同意した。

 

 

「サイキックって幅広い特殊能力使える代わりに、他の異能力者より体弱いって聞いたことあるし……仕方ないわね、ちょっとこっち向いて」

「え? うん──わっ!?」

 

 

 自分より背が低いパートナーと向き合った瞬間、スパンッ、と足払いをかけられて体が浮く。次いでふくらはぎと太腿の間に籠手を着けた左腕が入り、背が右腕に押さえられた。

 互いに抱き合うような形で抱え上げられている。いわゆる俵担ぎという格好である。

 

 

「足手まといだけど置いていったら何か言われそうだし、このまま行くわよ。重心ぶらさないでちゃんとつかまっててよね」

「うん。……うん? 行くの? もう? 命綱は?」

「そんなものないし、用意してる暇があると思う?」

「ちょ、ちょっと待って心の準備が……あああぁぁぁ!?」

 

 

 シキが地面を蹴って軽やかに跳んだ。

 ほんの一瞬の浮遊感の直後、重力に捕まって落下に入った。風が肌を下から上へ舐めるのと同時に粟立つような感覚が迫り上がる。意識が白く染まりそうになったところでシキが着地し、衝撃が体に伝わって目が覚めた。

 これはダメだ。下手な絶叫系アトラクションより性質が悪い。

 自分たちは命綱を着けていない。もしシキが足を滑らせるかバランスを崩すようなことがあれば、真っ暗な天空に落ちてしまうのだ。

 ここへ出る直前、銃を抱えて廊下のすみに震えていた自衛隊員がいたが、彼の気持ちが今ならよくわかる。

 

 

「し、心臓もたないんですが……」

「慣れろ」

 

 

 もう少し優しく跳んでほしいという意見は打ち返されるように却下され、言葉のキャッチボールは強制終了される。

 そこからしばらく、一瞬の浮遊と気が遠くなる落下を繰り返し、11階に到着したときには王都を繰り返していたときかそれ以上に精神が摩り減ってしまっていた。肩から降ろされて廊下に足が着いても落下の感覚が抜けなくて、引きずられるようにしてなんとかシキについていく。

 ナビに従って廊下を進んだ先、角を右に曲がって少し開けた部屋に入ると、暗闇の中に佇んでいた複数の影がこちらを振り返る。傷が付いたアーマーに無骨な銃火器、自衛隊の面々だ。 

 自分たちが腕に巻く赤い腕章を見て、自衛隊で唯一の女性が怪訝そうに眉をひそめる。ベリーショートの赤髪が作戦参加時に説明された自衛隊員の特徴と重なった。彼女が堂島凛三佐だろうか。

 

 

「おまえたちは、ムラクモの……アタシたちに何の用だ」

「これ、自衛隊への支援物資」

 

 

 つっけんどんな態度にシキがむっとしながら背負っていた荷物を渡す。

 ムラクモ開発班が作った自衛隊装備一式。受け取ってもらえるか……というのは杞憂だったようで、開封されたケースの中身に、小さな傷とほこりにまみれた自衛隊員たちの顔が明るくなった。

 

 

「おお、新しい装備に……弾薬か! 恩に着るよ!」

「君たちは、ムラクモ機関のメンバー、でいいのか。……戦うのかい?」

「あ、えっと、私は今日正式に入ったばかりのド新人で……なんとか彼女に庇ってもらって戦えているって感じなんですけど」

 

 

 実戦にほとんど参加できていないことを恥じて苦笑する。そんな思いことを言ったつもりはないが、自衛隊側の反応はなんだか重い。

 男性隊員は自分とシキを交互に見て、複雑そうな顔で他の隊員に装備と弾薬、傷薬の分配を始めた。

 

 

「君らみたいな女の子も前線に出すのか、ムラクモは」

「従来の銃火器じゃドラゴンどころかマモノ相手でも限界があるでしょ。こういうときは私たち異能力者が動いたほうが早い。性別と歳は関係ない」

「ちょ、ちょっとシキちゃん……あ、あの! でも、」

 

 

 悪気はなしに事実を述べているのだろう。それでもシキがため息とともに発した言葉に、自衛隊員たちは押し黙って顔を歪める。

 自衛隊の内情は知らないが、国を守るために厳しい訓練を耐え抜き、有事の際には体を張って武器を手に取ってきたことくらいは知っている。けれどそれもドラゴンという化け物相手には意味を成さず、世界は壊滅状態に陥っている。

 それでも彼らは武器から手を離すことはしない。戦いでも災害でも、何かを守るために危険な現場に立っている。ドラゴンたちに歯が立たなくてもだ。その意思は尊重したい。

 生まれ持った能力でぽっと戦場に出てきた自分が言えることはないかもしれないが、それでもミナトは言葉を紡ぐ。

 困っていて、助けてもらって、礼が交わされる。そういうあたりまえを、こういうときだからこそ大切にしたい。受け入れたくないほど過酷な現実でも、世界が廃れても、人の想いは捻じ曲がらなくていいはずだ。

 

 

「自衛隊の皆さんがいてくれなかったら、一か月前、被害はもっと広がっていたでしょうし、都庁の攻略もこんなスムーズにいかなかったと思います。だから、本当にありがとうございます。お疲れ様です」

「ああ……ありがとう」

 

 

 焼け石に水ではあるが、重苦しい空気が和らいだ気がした。自衛隊員たちは二人一組になって片方が周囲を見張りながら装備を新調していく。

 

 

「使えそうなものは、ほとんど討伐隊に回してたからな……。おかげでかなり苦戦してたんだが……これで、討伐隊が戻るまでこの場所をキープでき──」

 

 

『……れか……』

 

 

 不意にかすれたうめき声が漏れる。

 この場の誰かではなく、通信機から発せられたものだと気付いたときには堂島が「おい、どうした!?」と声を響かせていた。

 

 

『誰……応答……くれ……討伐……隊……壊滅……至急……増援を……ッ!』

 

 

 討伐隊が壊滅。

 

 

「──え?」

 

 

 何を言われているか理解できなかった。

 討伐隊が壊滅? 討伐隊は、たしか自衛隊から何人かと、ムラクモからはガトウとナガレの10班が選ばれて組まれた、帝竜を倒すためのチームで……。

 彼らが壊滅。壊滅って何だ。

 

 

「討伐隊が、壊滅……!? おい、どうなってるんだムラクモ! そんな話、こっちには全く……」

「そんなの私たちだって聞いてないわよ! ていうか壊滅って何!? ガトウは何してんの!?」

「あ、ありえない……だって、ウチの一番優秀なヤツらと、おまえたちんとこのベテランが組んだんだぜ? それが敵わなかったら、俺たちどうするって言うんだよ……!」

 

 

 血相を変えて詰め寄ってくる堂島にシキの声が高くなる。それを火種にして他にも動揺が広がり、一気にフロアが騒然とした空気に包まれた。

 いけない。パニックになりかけている。討伐隊が壊滅したというだけで大きなマイナスだが、退路であるここ11階の統制が取れなくなっては本当に最悪の事態に転がり落ちてしまうかもしれない。

 不安に駆られて声を上げたくなるのを堪え、状況を確認できないかと自分の耳にはまる通信機に手を当てた。

 

 

「な、ナビさん、ガトウさんたちは!? 帝竜は!?」

『……こちらでも、詳細はつかめていません。屋上付近は、帝竜の影響で……ほとんどモニタリングがきかないんです。至急、状況を確認します。しばらくお待ち──』

「そんな悠長に待ってられるか……ッ! 総員、出動準備だ! これより、屋上へ進軍し……討伐隊の援護を行う!」

 

 

 堂島が切羽詰まった声で指示を出した。今にも駆け出しそうな自衛隊だが、それを押し留めるように冷静にナビが呼びかける。

 

 

『堂島凛三佐に通達……本部からの命令は「現状維持」です。あくまで、このエリアを死守することにのみ努めるように、と』

「な……ッ! 仲間を見殺しにしろってのか!?」

『みなさん自衛隊の現有戦力では、屋上に到達する段階で、生存率18.7%……。それは作戦とは呼べません』

「グッ……!」

 

 

 淡々と告げていくナビの声に、女性三佐は唇を噛んで下を向く。

 けれど今すぐ援護に向かわなければいけないというのは間違いじゃない、討伐隊が壊滅したのなら、少なくとも救助が必要な状態のはずだ。

 シキを振り返る。少女はこの場で最年少ながらもさっきとは一転、黙して腕を組んでいた。眉間には深い溝が刻まれている。

 ここで待機するしかないのだろうかと歯噛みしたとき、ナビから13班に向けて指示が下る。

 

 

『13班は、現地へ。直視にてガトウ隊の状況確認を行います……速やかに作戦を遂行されたし。ガトウ隊は屋上です。フロア北西の穴から下に向かいましょう』

 

 

 誰かの声より早く、パンッ! と乾いた音が大きく響く。シキが片方の掌に拳を打ちつけた音だった。

 

 

「急いで行くわよ。もしかしたら帝竜とかち合う可能性もあるから、気を抜かないで」

「お、屋上に行くの……!?」

「指示聞こえてなかったの? どうしても嫌だっていうなら、ここに待機しててもいいけど」

 

 

 決断を促すように鋭い視線が送られてくる。

 

 

(討伐隊が壊滅で、至急増援ってことは……危機的状況ってことで、つまり……)

 

 

 帝竜が生きている可能性が高い。

 

 

(そして、ガトウさんたちは……)

 

 

 無事である可能性は低い。

 

 もしかしたらシキの言うとおり、自分たちが帝竜と再び対峙することになるのかもしれない。

 

 血の臭い。どす黒い赤色。光を放つ圧倒的な炎。屋上に転がっていた複数の死体。唾液と血を滴らせ、ぬらりと光る大きな牙。

 あの赤色と、ドラゴンと、また。

 

 汗がにじみ出て頬を伝う。足が指先から冷えて、小刻みに揺れだした。

 ただでさえ暗い視界が少しずつ黒く染まっていく。

 生唾を飲み込んで、「無理」の一言が喉から──、

 

 

「くそっ……」

 

 

 ──喉から出ようとして、堂島の声がそれを遮った。

 

 口を手で押さえ、ゆっくりと振り返る。

 

 

「くそ、くそっ……アタシたちだって……!」

 

 

 女性の隊長は顎が砕けんばかりに歯を食い縛っていた。目は暗闇でもわかるくらいに潤んでいる。透明の中に煮えたぎるような感情が揺らめく大きな涙だった。

 その肩に、さっきまで話していた男性隊員が手を置いて自分を、シキを見た。

 

 

「……早く行ってやってくれ。じゃないと、俺たちが飛び出しちまうぞ」

 

 

 暗闇の中で、絶望的な状況の中で、それでも自衛隊の目は光を失わない。自分たちが死ぬ可能性だってあるかもしれないのに、意地で光を灯し続けている。

 それはそうだ、だって仲間がいる。命を預け合えるほど仲である同僚が。

 ドラゴンに瞬く間に蹂躙され、誰もが引き裂かれ、切り離されてしまった世界で、これ以上親しい人間を失うなんて。

 

 選抜試験のとき、屋上にいた合格者たちは全員殺されてしまった。下手をすれば自分もその中にいた。自分は運やシキに救われた。

 

 

『あんたのこの手は、何かを為せる』

 

 

 今度は、今度は。

 

 

「……シキちゃん」

「何、残る?」

「行く、よ。行こう!」

 

 

 足が完全に動かなくなる前に。体の芯まで恐怖に染まってしまう前に。

 

 

「その、行ってきます。11階は……お願いします!」

 

 

 嫌な感覚を払うように、自衛隊に思い切り頭を下げる。彼らが返事をするより早く踵を返し、シキと共に床を蹴った。

 通路をひた走る。時折物陰からマモノ、時にはドラゴンが出てくるが、勢いをつけたシキに的確に急所を突かれて倒れていく。手伝うまでもなかった。

 照明が灯す光の点や非常口を示す緑のランプがぐんぐん後ろへ流れていく。なんだか体が軽い。いつもなら少し走っただけで息が切れるのに、今はそれほどきつくない。

 ナツメとキリノに能力開発を受けてからだ。シキには届かないが、身体能力が著しく上がっていると実感する。これが異能力者の力なのか、キリノが自分に注射した栄養補助剤というのがやばい薬だったのかはしらないが、誰かを助けられる力に繋がるのであれば。

 

 全力疾走する体に裂かれる空気の音を割って通信が入ってくる。

 

 

『……13班、私よ』

「ナツメさん!」

『討伐隊とは相変わらず、連絡が取れない状況が続いているわ。最悪の場合、既に全滅している可能性もある……急いで屋上へ向かって状況を確認して』

 

 

 背筋が粟立つ。今も走り続けているのに、屋上が遠ざかっていくと錯覚してしまうほどの怖気が襲う。

 

 

『もし討伐隊が生存しているなら……彼らの救出を最優先に行動してちょうだい。今、ガトウとナガレを失うわけにはいかないの。……頼んだわよ』

「了解」

「は、はい!」

『……ミッション変更、承認。「討伐隊の救出」が最優先のミッションとなりました』

 

 

 ナツメの声がナビに切り替わる。それからと続ける少女の声にノイズが被さり、ザーザーと通信をかき乱した。

 

 

『これより先は、電波障害が強いため、私からの通信が一旦断絶します。細心の注意を払って、任務を遂行してください』

「わかった。……あそこね」

 

 

 通路の先に大穴が見えた。

 彼女がわずかに振り返る。視線と視線がぶつかって、とにかくうなずいた。

 この先が最上階および屋上。希望を見出せるゴール地点になるか、それとも絶望に叩き落とされる死地になるか。

 シキが跳ぶ。続いてミナトも穴に飛び込んだ。しっかり足もとを見て、不恰好ながらも着地する。

 耳もとで鳴っていたノイズが、ブツンという音を立てて完全に途切れて……もう一度通信が繋がる。

 本部との通信は断絶したはず。ならば、距離の近い誰かと繋がったのだろうか。

 

 

『ナ……レ……ッ! クソ……れがァッ!!』

 

「ガトウ!?」

 

 

 シキが叫ぶ。

 ここでも変わらずノイズがひどい。通信機の向こうから漏れてきた男の声は砂嵐のような音に途切れるが、それでも激しく怒りに燃えていた。

 

 

『すみま……ん……ガト…………俺は……もう…………トウさ……だけ……も……逃げ…………』

『バ……野郎……ッ! 今さ……逃げ……かよ……! 刺し違……もカタ…………討っ……やる…………』

 

 

 ──覚悟しやがれ、ドラゴンがッ!

 

 

 通信ではない肉声の雄叫びが向こうから響く。

 このフロアで進める道は一本しかない。ここは最上階だ。

 つまり、前方の暗闇に紛れて見える光が、

 

 

『人間……の底力……せてや…………ッ!』

 

 

 通信が切れた。

 

 

「くそっ!」

 

 

 シキが吐き捨てて走り出す。しゃにむに足を前後させて進む廊下は一等暗い。

 進む中でうめき声が聞こえたと思えば、左右の壁にぼろぼろの自衛隊員たちが転がっていた。ほとんどが血染めになって絶命し、生きている者もほぼ瀕死になって肩を震わせている。

 

 

「大丈夫ですか!?」

「ちょっと! 構ってる暇なんて……」

「先に行って、すぐ追い付くから!」

 

 

 シキの肩を押して、生きている自衛隊員に駆け寄る。

 舌打ちをして走っていく少女の背を見つめながら、男性隊員のアーマーを外し、自分たちのとは別に用意していた予備のメディスと簡易治療道具を取り出す。

 

 

「これ飲んでください。すみません、応急処置しかできませんけど、」

「いい……」

「え?」

 

 

 気のせいでなければ、治療を止められた気がする。

 なんでと顔を上げた先で呻く隊員の目は、焦点が合わずに薄暗くにごっている。

 

 

「俺たち以外の仲間はみんな……ここまで避難した奴だって、あっという間に……うっ……ううっ……」

「……」

「ムラクモの、方ですよね」

 

 

 反対側の壁にもたれかかっていた、傷だらけの隊員に呼びかけられて振り返る。

「治療なら、自分でできます」と彼は力なく笑って見せた。

 

 

「お願い、します……僕らじゃもう、役に立てないから……あの二人を……ドラゴンを……」

 

「あの二人は……俺たちを下がらせて、まだ、屋上で……。どうか、助け、に──」

 

 

 奥に座っていた隊員が項垂れ、突撃銃を抱えていた腕から力が抜ける。

 がしゃん、と転がった銃を追うように、ゆっくり、ゆっくりと血だまりが広がった。

 目の前で仲間が事切れたのを皮切りに、すすり泣く声が静かに流れて通路に沈んでいく。

 

 

「──」

 

 

 背を向けて、転びそうになりながら駆け出す。

 

 なんで。なぜ。

 嫌だわからない。何も知りたくない。

 今、目の前で、つい今までたしかに存在していた息吹が途切れた。魂が氷海に沈められたように、胸の底冷えが止まらない。

 死んだ? なんで?

 こんなものが現実であるはずがない。だってここにいるみんな、こんな目に遭わなきゃいけないような理由なんてない。

 ただ生きていただけなのに。日々を過ごしていただけなのに。体が苦痛に、心が辛苦にまみれて血だまりの中で息絶えねばならないなんて。

 どうして誰も彼もがこんな形で死ななきゃいけない。いったいどこまで蹂躙されれば。

 

 

「は──あ、う、っ……!!」

 

 

 泣き声にもならない叫びが喉を引き裂く。

 こみ上げる涙を拭うのも惜しんで、目の前に広がる最後の大穴に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 一か月前、普通の生活は唐突に終わった。

 

 

「おまえら……! どうして、来やがった……ッ!」

 

 

 あの日に何も起きなければ、大学生になって、大人に近付いた自覚もなくのんびり過ごしているはずだった。

 そのまま誕生日を迎え、母と一緒に大きなケーキを頬張るはずだった。

 

 

「下がってろ……! こいつは俺がやる……ッ!」

 

 

 あと一年で成人か、成人式の振袖どうしようね、なんてことを楽しんで話し合う。そういう年になるはずだった。

 目の前で誰かが死ぬなんて、なかったはずだ。

 

 

「ナガレのカタキ、は……俺、が……!」

 

 

 光輪をまとう黒い天体。宙に浮かび上がる瓦礫たち。

 屋上の隅に広がっている毒々しい赤い花。

 そこら中に転がる金、銀の空薬莢。壊れた銃と防具の欠片。

 

 転がり込んだ屋上で、全身から血を流すガトウが呻く。

 その脇に倒れるナガレの瞳は、既に光を失っていた。

 

 

「……久しぶり。ずいぶん派手にやりあったみたいね」

 

 

 地獄から這い上がってきたようなシキの声が地面に沁みる。

 帝竜の体には無数の傷が見受けられた。角と爪が折れ、翼が半端にもげ落ち、息は荒く、口からは滝のように血が流れている。自衛隊とガトウたちが文字通り命を削って戦った証だ。

 

 

「ガトウ、ナガレつれて下がって。おいしいとこ持ってくようで悪いけど、ここからは私がいく」

「ふざけんな! 俺ぁまだまだ……!」

「ナガレがっ!!」

 

 

 満身創痍で尚も立ち上がろうとするガトウを、シキの喝が押し留めた。

 

 

「ナガレが。……それ以上ぼろぼろになる前に。下がんなさいよ。早く」

 

「シキちゃん!」

 

 

 帝竜の威嚇に負けじと前に進み出る。うつむくガトウを追い越して隣に並ぶと、今まで通りの仏頂面でシキはちらりと視線を送ってきた。

 

 

「……戦えんの?」

「たぶん。……シェルターを出る前に、ナツメさんとキリノさんに色々教えてもらったから」

「あっそ」

 

 

 背後を振り返る。

 ガトウは歯を食い縛り、ナガレを抱えて屋上入り口まで下がっていた。

 

 二人で目の前の仇敵を睨み上げる。

 

 

「一か月前にやられた分、倍返しにしてやる。復讐戦(リベンジ)よ!」

「うん!」

 

 

 ナックルが打ち合わせられる音、指先からあふれるマナの奔流。自分たちの参戦の意思表示を前に、紅蓮の帝竜ウォークライは怒りを滲ませた咆哮を轟かせた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 暗闇に浮かぶ魔窟、逆サ都庁の屋上に轟雷のような咆哮が響く。

 聴覚を痛めつける竜の叫び。笑いそうになる膝に喝を入れ、ミナトは目の前の帝竜をにらみつけた。

 

 

「あんたはなるべく距離とって攻撃して! 狙われたらすぐ下がる!」

「わ、わかった!」

 

 

 前に飛び出すシキとは逆に後ろに数歩下がる。反発するようにシキが飛び出し、ウォークライは真っ先に懐に飛び込んできた彼女に黄色い眼球を向けた。

 一か月前は出会い頭に剛火球で吹き飛ばされてしまったが、今のウォークライの口からは火でなく血混じりの唾液だけが垂れている。見る限り、すぐに大規模な攻撃は撃てない、はず。

 振り下ろされる右腕を躱し、シキは大胆にもさらに距離を詰めた。鼻先に跳び上がって、ひねりを加えて拳を見舞う。

 ナックルが深く深く眉間に埋まった。たった一発でくぐもった呻きが上がる。ウォークライは確実に弱っている。

 

 

「前までの威勢はどうしたのよ!」

 

 

 鼻を蹴りつけて離脱、軽やかに着地した少女にドラゴンの目が血走る。先に排除すべき敵だと認識したのだろう。屋上を回るように移動する彼女についていこうと体の向きを変えた。

 シェルターに帰投し、再び都庁に来てから初めて戦う相手がボスというのは不安しかないが、相手の注意はシキが引きつけてくれている。少しでもダメージを与えられるよう、なるべく大きな攻撃を仕掛けなければ。

 

 

(攻撃……攻撃……!)

 

 

 指の先に意識を集中させる。体の奥から湧き起こす力は──

 

 

『いい? サイキックは属性攻撃ができる。物理的なものとは違って、相手の弱点に噛み合えば大きなダメージを与えることができるの。シバさん、火は苦手になってしまったのよね』

『はい……』

『場合によっては火を扱えた方がいいときがくるかもしれないけれど、今回は大丈夫よ。属性の点から考えれば──』

 

 

(火よりも氷のほうが!)

 

 

 渦を巻くように体の周囲を冷気が包む。

 狙うのは硬い表皮ではなく、内臓が詰まっている柔らかい腹部。

 ウォークライが前屈みになっていた体を起こした瞬間を見計らい、クロウを着けた両手を前に突き出した。

 

 

「……いけっ!!」

 

 

 冷気が形を成して氷となり、指先の向きに従って放たれる。

 短時間のレクチャーでなんとか操れるようになった氷は地面を這って伸びていき、鋭く盛り上がってウォークライの脇に衝突した。細かく枝分かれした切っ先が腹に埋まり、新しい傷を作って血に濡れる。

 

 

「効いてる……!」

 

「こっち向け!!」

 

 

 ウォークライが頭をもたげたタイミングでシキが飛び込んだ。

 こっちに敵意を向かせまいと次々に拳戟が叩き込まれる。ドラゴンの巨体を挟んでいても拳が空を切る音が響いてきた。

 たびたび見える鬼気迫る表情、宙に散る汗の飛沫の激しさが、相手の息の根を必ず止めるという意志を語る。ウォークライは耐えるように身を屈めているが、その脚ががくりがくりと揺れていた。

 

 いける、いける……このまま休む暇を与えず猛攻を仕掛け続ければ、勝てる!

 

 体の内側に意識を集中させる。ウォークライにこおりはたしかに有効だった。なら次は、なるべく大きな一撃を、隙を逃さず的確に叩き込む。

 

 

(よし、もう一度!)

 

 

 指先から力を放とうとしたその瞬間、ウォークライが前に曲げていた身を起こした。

 

 

『── ────ッッッ!!!!!』

 

 

「っ!!」

「うあ……!」

 

 

 太い喉がはちきれんばかりの雄叫び。空が割れるような轟音に体が痺れる。音といっしょに放たれた衝撃波が、地面から足の裏をもぎ取った。

 入口の外壁に頭から勢いよく衝突する。後頭部の皮膚がブチッ、と嫌な音をたてて裂けるのがわかった。視界が白くなって火花が散り、受け身も取れずに地面に落ちる。

 意識の手綱は何とか手放さずに済んだ。異能力者として目覚め始めた自分の体と、注射で打たれた薬のおかげという他ない。……起き上がれる気はしないけれど。

 軋むような頭痛と、血がどろりと首を濡らす不快感をこらえて顔を上げる。

 自分と同じく吹き飛ばされたシキが、屋上から大きく弾き出されていた。

 

 

「っう……!」

 

 

 ほとんど感覚が残っていない腕を上げる。ウォークライではなくシキへ、今まさに落下しはじめた彼女の下に向けて氷を放つ。

 自分がいる端から向かい側の端へ氷は前進し、屋上を飛び出して道となり、間一髪でシキを受け止めた。

 ほっと一息つきたいが許されない。

 

 帝竜の目が、こっちを向いた。

 

 ウォークライが大きく息を吸い始める。その喉下が赤く染まって、並んだ牙から火の粉がこぼれるのが見えた。

 

 ドクッ、と体が大きく脈打つ。

 

 考えなくてもわかる。一か月前にくらったあの炎だ。

 視界を埋め尽くした赤色がフラッシュバックする。今すぐ屋上から飛び降りたい衝動に駆られた。

 

 

(ダメだ、これ)

 

 

 逃げなければ。今度こそ逃げなければ。

 喉の奥に溜まっていく赤は、記憶の中のものよりずっと鮮烈だ。かすりでもすれば灰も残らずこの世から消えるだろう。

 

 逃げて……、

 

 

『お願い、します……僕らじゃもう、役に立てないから……あの二人を……ドラゴンを……』

 

『あの二人は……俺たちを下がらせて、まだ、屋上で……。どうか、助け、に──』

 

『……トウさ……だけ……も……逃げ…………』

 

 

「……ダメだぁ……っ!」

 

 

 自衛隊員の涙が、最後に聞いたナガレの声が楔となって、吹き消えそうになっていた戦意を繋ぎ止めた。

 

 ここまでの血路は誰が開いた。一か月前、自分は誰に生かされた。

 帝竜の巣と化してしまった東京都庁は何人の血と涙を啜ってきたのかわからない。今この瞬間も、背後の屋内に、十一階に、命を賭して武器を持つ自衛隊員がいる。

 放棄してはいけない。諦めてはいけない。怖いし死にたくないし逃げ出したい。けれどそれが本当に終わりに繋がってしまうのはもっと嫌だ──!!

 

 

「ガトウさん、できるだけ伏せて……!」

 

 

 ナガレの遺体に覆い被さるガトウと自分を包むように氷の盾を張る。そして狙いを定め、ウォークライの下に氷を出現させた。

 刺すのではなく、突く。

 氷柱は勢いをつけて伸び上がり、ウォークライの顎を下から打つ。

 ほぼ同時にその大口が開けられ、剛火球が吐き出された。

 

 

 世界から音が消える。

 

 

 体の輪郭が消える。五感が消し飛ぶ。雷を何重にも束ねたような激震に感覚がパンクする。目を固く閉ざしても、瞼の裏が白一色に塗り潰される。

 

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。死ぬ。無理だ怖い。

 

 全てが終わっても、自分はただの肉塊になったのだと錯覚したままその場に転がっていた。

 

 

「──あ、……?」

 

 

 意識がある。痛みがある。

 生きている。

 

 熱い。

 

 目を開ける。全身がずぶぬれになり湯気を立てていた。盾として張った氷が炎によって溶けて熱湯となって、それをかぶったみたいだ。

 首を回す。ガトウとナガレは無事。背後の最上階も、屋根の部分がごっそり消えているが、中にいる人間たちもおそらく無事。

 帝竜の攻撃を防ぐことなどできない。だから顎に攻撃して狙いを逸らした。なんとか首の皮一枚繋がった。

 

 安堵と同時に一か月前のあのときがフラッシュバックし、炎に対する恐怖が一気にこみ上げる。

 

 

「ぅ……おっ、え……!!」

 

 

 吐き気を抑える力も残されていなかった。胃液を吐き出してその場に倒れ込む。

 体だけじゃない。頭が回らない。脳が役割を放棄している。

 辛うじて、ナツメの言葉を思い出した。

 

 

『サイキックの属性攻撃は強力。異能力者の中でもトップクラスの火力よ。でも気を付けて。あなたたちサイキックは、攻撃する際に体内のマナを消費するわ』

『まな、ですか。何回か聞きましたけど……』

『異能力者が操ることができる、精神的、自然的なエネルギーのこと。これを使えば攻撃に属性を宿して、相手に不利な効果を与えることができる。けれど、体力を消費すれば疲れて動けなくなるように、マナを消費しすぎれば、それ由来の力の行使もできなくなる。あなたの戦闘スキルは開発始め。経験を積めば成長するでしょうけど、今はまだ未熟だわ。限界には注意して』

 

 

 そうか、自分はマナを消費しすぎたんだ。限界がきてしまったのか。

 依然、頭から流れ出ている血で真っ赤に濡れる視界を、ウォークライの全身が埋める。重く大きい足音を響かせ、少しずつ、少しずつこちらに向かってきていた。

 死が近付いてくる。一歩一歩、確実に。化け物の形を成して。

 ガトウが自分の名を呼び、逃げろと叫ぶ。応えられる力はない。精魂尽きかけた体では危機感すらも麻痺して働かない。

 

 せめて、痛くありませんように。

 

 ──そんな祈りを否定するように、力強い足音のリズムが地を揺らす。

 

 

「動けええええええええーーーっ!!!」

 

 

 雄叫びが轟き、シキがその身を弾丸にしてウォークライの頭に突っ込んだ。一際大きい打撃音が響き渡り、ウォークライの頭部を覆っていた甲殻が砕ける。

 破片と一緒に、シキが放った細長い容器が目の前に落ちてくる。

 

 

「動け!! 生きてるくせに諦めるな! じゃなきゃ私があんたを殺す!!」

 

 

 火球を吐いて高温になっている竜の頭をつかみ、手が焼け爛れても少女の威勢は変わらない。動けと叫びながら、シキは死に物狂いでウォークライの顔に蹴りと拳を叩き込む。横暴だと思わず苦笑いが漏れた。

 そうだ、まだ終わっていない。あと少しだけ。

 シキが放った細い容器。地面に叩きつけられひび割れた底から薄青い液体が流れ、自分が流した血と混ざり合う。

 思い切ってその液溜まりに口を突っ込む。鉄臭さと埃っぽさ、薬特有の苦さを全力で飲み下した。

 

 

「ま、ずい……っ!」

 

 

 少し遅れて、鉛を詰められたように鈍っていた頭がすっと冴える。停滞していた体にわずかな活力が戻った。

 全身の毛穴が開くほど、残る気力を全てつぎ込み手を動かす。

 細く、鋭く、そして、硬く。

 

 死力を尽くして伸ばした氷にシキの手が伸びるのを見届けた瞬間、ブツンと意識が切れた。

 

 

「よし……っ!」

 

 

 シキはミナトが作り上げた氷をつかんでへし折る。

 顔から自分を払おうとする爪を潜り、少女はウォークライの上顎に片手を、下顎に両足をかけた。

 

 

「ぐっ、あああああ……っ!!」

 

 

 筋肉と骨が悲鳴を上げるのを無視し、全身を伸ばして帝竜の口をこじ開ける。

 背を反らし、腕を振りかぶって、唾液と、自分たちが来る前に喰らったであろう人間の血で濡れる喉をにらみつけた。

 

 そっちから仕掛けた戦いだ。二度と馬鹿な気を起こさないよう、心臓に刻んでおけ。

 

 

「人間を──舐めるなあっ!!!」

 

 

 腕を振り抜く。

 高温の吐息で溶けるよりも早く、氷の槍は帝竜の口蓋を貫いた。

 

 

「──」

 

 

 断末魔を上げることもできずに、ウォークライの目から光が消える。

 一瞬時が止まったように場が沈黙し、紅蓮の帝竜は前のめりにくず折れた。

 衝撃でシキの体が飛ばされる。ミナトの氷の名残である水溜りの上で二、三回弾み、熱湯の飛沫と血をまき散らして転がった。

 

 屋上が静寂に呑まれる。ついさっきまでの死闘が奏でていた轟音は霧散して、動く影は一つもない。

 

 呆然としていたガトウが我に返って身を起こした。

 

 

「おい、シキ! シバ!」

 

 

 ナガレを抱えながらにじり寄り、仰向けに転がる少女とうつ伏せに倒れる女性の顔を覗く。

 二人は目を閉じ、完全に沈黙していた。シキからは意識と一緒に眉間のしわすら消え去っている。

 

 

「っ……」

「う、……ん……」

 

 

 生きている。

 今にも消えそうではあるが、双方呼吸は止まっていない。

 

 

『通信状態、回復! ……ガトウ、ナガレ、応答せよ!』

『13班、状況を報告してください!』

 

 

 最上階に入ってからずっと沈黙していた通信機が息を吹き返す。何十分ぶりか何時間ぶりか。ナビの声が耳に届いた。

 

 

『……あ、れ? 帝竜の反応がない……こ、これって……!』

『まさか……!』

 

『やったのね、13班……!』

 

 

 通信にナツメの声が加わる。

 その瞬間、世界がと真下からの衝撃に突き上げられた。

 

 

「おい、何だこりゃ、くそッ!」

 

 

 ナガレに加え、シキとミナトを抱え込む。

 もう何度目か、数えるのも放棄した激しい揺れが空間を襲っている。

 目の前の帝竜はぴくりとも動かない。こいつの仕業ではない。

 だとすれば。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「うわぁあああっ!」

「お、おい! 地面が……体が引っ張られる! みんな、そのへんにつかまっとけ!」

 

 

 11階。待機中の自衛隊は、激しい揺れに立つことすらできなかった。

 つい数分前も、隕石が衝突したのかと思うほどの衝撃に見舞われたばかりだ。しかし今度は揺れ方が違う。

 都庁全体が激しく身震いし、身体があらぬ方向へ引っ張られて二転三転する。まるで重力が居場所を求めてさまよっているような。

 

 ふと、数十分前に自分たちを追い越していった人間を思い出した。強気な少女とおどおどした女性の二人組。

 

 まさか、まさか。

 

 

「も、もしかして、あいつら……帝竜を倒したのか……!?」

 

 

 汚れが払拭されるように、都庁の歪んだ空気が希薄になっていく。

 足もとに咲いていた不気味な花が、ぱっと散った。

 

 

 わずかな時間で全てを竜に喰われた世界。地表を赤い毒花に塗り替えられた星。

 その中の小さな島国。その中の小さな都市。たった一つの建物が、一足先に異界から脱け出す。

 帝竜が消えた東京都庁は、元の姿を取り戻した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

『と、都庁が……元に戻った……!!』

『あなたたち、よくやったわ……! ガトウとナガレは!?』

 

 

 ナツメが呼びかける13班は、気を失っているためもちろん応答できない。

 揺れが収まった屋上にシキとミナトを寝かせ、代わりにガトウが通信機を取った。

 

 

「俺は、なんとか……生きてる……」

『ガトウ、無事だったのね!』

「ああ。だが……ナガレが……! くそッ……! すまねェ……!」

 

『え……? ──つ、通信状況回復! 生体反応の検出を開始する!』

『な、ナガレ? ナガレがどうしたんですか!? 生体反応のスキャン急ぎます!』

『キリノ、すぐ都庁に向かうわ! 動ける人間は全員、駆り出して!』

『了解! 13班、聞こえるか!? これから人を向かわせる。君たちはそこで休んでいてくれ!』

 

 

 通信機の向こうがにわかにさわがしくなる。感涙しているのだろうか、キリノがわずかに鼻を啜った。

 

 

『いいかい、聞いてくれ。君たちは取り戻したんだ……僕たちの……いや、人間の居場所を……!』

 

「……キリノ。悪いがこいつら……13班は聞いてないぜ。二人とも瀕死だ。早く救護寄越してくれや」

『瀕死!? 大変だ、みんな、急いで!』

 

 

 ドタバタとやかましい足音をBGMにして、ガトウは大きく息を吐く。頭上を振り仰げば、肝が冷えるほどの青空が顔を見せていた。

 そうだ、空は青いものだった。そんなあたりまえのことを思い出しながら、天から差しこむ光の眩しさに目を細める。

 久方ぶりに姿を見せた太陽が地上を照らす。明るみに出た都庁屋上はひどいありさまだった。コンクリートは発泡スチロールのように割れて掘られて、転がる空薬莢と刃物の欠片は瓦礫の数とどっこいどっこい。それを絨毯に帝竜の巨体が横たわり、晴天の爽快感は血生臭さのおかげで台無しだ。

 何より、落としてはいけないもの(命たち)を、落としてしまっている。

 

 

「やったぜ、ナガレ……新人どもが、だけどな」

 

 

 ナガレの遺体は全身傷だらけだった。戦闘服が髪と同じ赤色に染まり、紙のように白くなった肌が寒々しい。

 だというのに、今見てみれば彼は穏やかに笑っていた。やりましたねなんて今にも言い出しそうなほど。

 謝らなければなるまい。眠る部下の帰りを待つ彼の妻に。

 伝えなければならない。ナガレの生き様を。彼が命を燃やしたその姿を。

 

 

「なあ、ナガレよう。女二人に手柄を取られちまうたぁ、俺たちもまだまだってことだな」

 

 

 生き残った者として見守らなければなるまい。熟睡するようなアホ面で今も生死の境をさまよっている新人たちを。

 

 

「……っこの、クソトカゲ。図体でかいだけで、生意気……」

「うぅ……い、いっ、たい。痛いよぉ……」

 

「やれやれ……」

 

 

 気を失いながら未だに格闘しているシキとミナトの顔を見て、ガトウは呆れた笑みを浮かべた。

 

 





実際にゲームでウォークライに勝てたときは12レベルでした。
最初は10レベルで挑んだんですが余裕で3連敗しました。パーティに1人いないだけできっつい。

戦闘描写はどんなふうに動いているか、何が起きているかわかるようにと心がけているんですが、そのせいで冗長になってしまっている気がします。
文字でスピード感のある描写……難しい……。
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