BLOOD AXIS   作:LAKI

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血潮の果てに

 二日後。大湊奪還のために、大湊艦隊の面々が港に集まっていた。全員武装し、総力戦を仕掛ける予定の彼女ら。指揮官は先に海沿いを移動しており、適宜無線で指示を出すことになっている。

 それでも完全な指示はできないということで、主な指揮は旗艦である赤城に任されている。

 そんな中、体を伸ばしている綾波のところに夕張が近付いてきた。

 

「可能な限りの整備はしてるし、横須賀の備品も拝借して作ったよ」

「ありがとです、ばりちゃん」

「……ただ、無茶したらまた壊れるからね。それと————」

 

 夕張は言葉に詰まる。彼女の脚部艤装をじっと見つめて、飲み込みかけていた言葉をつづけた。

 

「使わないのが一番だけど、リミッター解除は五分まで。それ以上は制御不能になって事故になるから、気を付けて」

「ん、わかったです」

 

 心配そうにする夕張の頭をわしゃわしゃと撫でる綾波。不服そうにしながらも、されるがままになっている。

 

 

 

 それから数時間して、大湊海域に侵入した。数の面ではこちらが圧倒的に少ないため、見つからないように隠れながらの行動になる。

 房総半島沖での敗走後すぐということもあり、警戒が強まっている。警備担当であろう艦船達だけでもこちらの数を上回っており、その警戒具合がうかがえる。

 推測されている敵の戦力は三十。その全てに加えジャベリンを相手にするとなると痛手は避けられないだろう。

 

 だが、綾波はそんな硬直状態に耐えられない。逸る気持ちもあるが、奇襲をかけ相手のペースを崩した方が得策だと考えていた彼女は、他の艦を押しのけ岩場から出ていく。

 急加速し、まっすぐと警備している艦船の方へと向かっていく。そしてこちらに気付くや否や、後ろに回り込んで気道を塞ぎ、そのまま切り伏せて海に沈めた。

 その後も艦船達を大きな音を上げずに始末していく。だが、三人目の辺りで不審に思っていた艦船からの連絡があったのか、中から多くの艦船が出てきていた。急遽別の岩場に隠れた綾波は、彼女らを見ていた。

 敵数は合計二十八。先の戦いで無事だった後衛が多いためか戦艦級や空母級の艦が多い。すでに艦載機も展開されているし、ノコノコ前に出たら的にしてくださいと言っているようなものだ。

 迷っているところで、突然艦載機が数機墜落する。サンディエゴ艦達は困惑し、敵を探そうと索敵を強める。だが見つからないようで、戸惑った様子で辺りを見渡している。

 

 艦載機を攻撃し、すぐ眩ませたのは赤城の艦載機だ。攻撃し、すぐさま自分自身も墜落したように見せかけることで彼女らを混乱させたのだ。

 そしてその中で、彼女らの下に煙幕が投げられる。綾波の視界も阻まれているところ、夕張が彼女の隠れ場所にやってきた。

 

「綾波、先に行って」

「……幸いにもここにジャベリンはいない。奴らを殲滅してから行くべきです」

「早く行きたいんでしょ?」

 

 彼女の言葉に、綾波は目を見開く。心の内を見透かされたような言葉に、苦笑いすらでてきてしまった。

 

「……かなわねーです、ばりちゃん」

「後でたっぷりお礼してもらうから、今は行って。……負けないで」

「当然です」

 

 隠れ場所を飛び出し、綾波は敵の駆逐艦を一人捕まえた。首に剣を突きつけ、

 

「端的に。ジャベリンはどこにいるです?」

「ひっ……な、なんでハムマンにそんなこと……」

「言えば解放する。言わなきゃ殺す。さ、選ぶです」

「うぅ……」

 

 涙目で混乱している駆逐艦、ハムマン。そんな様子に業を煮やし、刃を首に食い込ませる。皮膚が裂け、血が流れたところで慌てた彼女は、声を上げた。

 

「だっ、第一出撃口よ! さっきまであそこでぼんやりしてた。……嘘なんてついてないんだから!」

「……まぁいいか。約束通り、解放するです。んじゃ」

 

 要件を終わらせるや否やさっさとハムマンを離し、第一出撃口へと向かう。彼女が嘘をつくとは思えないし、そうだとしたら殺しに戻るだけだ。

 ジャベリンはこの戦いの前線に興味がないらしい。綾波の記憶では彼女は真っ先に最前線で戦うタイプだと思っていたのだが、出撃すらしないのは大きな違和感だ。

 

 海の側から出撃口に入ると、その奥ではジャベリンが座り込んでいた。ちゃぷちゃぷと水を蹴りつつ、暇をつぶすように。そして綾波と目が合うと、ゆっくり、確実に目を見開いた。

 

「わざわざ会いに来てくれたんですか、綾波ちゃん?」

「違う……といいたいところだったです。今回ばかりは会いに来たです」

「エンタープライズさんに続いて、ジャベリンもですか。……うん、受けて立つよ」

 

 ただ穏やかに、静かに言う。響き始めた戦いの音にかき消されそうなくらいの、か細い声で。

 

「待ってです、ジャベリン。今回は別の用が————」

「今のジャベリン達に残っているのは、戦いだけでしょう?」

 

 ちゃぶ、と水面に立ち上がる。そして一息に最高速まで加速し、展開した槍をもって突き刺した。綾波はその軌道を剣で逸らし、槍は壁に穴をあけた。そして続けざまに横に薙いだ剣を、ジャベリンは槍を軸に飛び上がることで躱した。

 

「ま、あのジャベリンが話聞くわけないです」

「殺意が足りてないですよ、綾波ちゃん」

「……」

 

 手狭な出撃口でも容赦のない猛攻を仕掛けるジャベリン。最初から全開の動きを見せる彼女の槍を避けきれず、皮は裂け血が飛ぶ。彼女のスピ―ドに対応しきれず、致命傷にはならないまでも確かにダメージが蓄積していく。

 

 反撃で彼女も傷を負いながらも、気にしていないかのような様子で攻撃を繰り返す。致命傷にさえならなければ問題ないと言わんばかりに限界まで攻撃に意識を向けている。刃が肌を掠めながらも、感じているはずの痛みも無視している。狂気さえ感じるほどの攻撃性。それがジャベリンの強さだ。

 

 自分に不利な舞台である狭所から脱する必要がある綾波。彼女は壁に向かって魚雷を放ち、壁を破壊し外に出た。煙の中から突然現れた綾波とそれを追うジャベリン。唖然とする艦船達をよそに、綾波を砲撃するジャベリンから逃げるようにその場から離れる。綾波は近くに通る艦船を盾にしつつ距離を取り、その隙に魚雷を放つ。彼女はすぐさま気づき、海中を砲撃、魚雷を起爆させた。

 立ち上る水柱を目くらましに近付いた綾波は後ろに回りこみ、剣を振りぬく。すぐさま気付いたジャベリンは槍でいなそうと動く。……その瞬間、綾波は剣から手を離した。そして意表を突かれた彼女の腕をくぐり正面に回り、彼女の肩へ砲口を向けた。

 放たれた砲弾は彼女の肩を抉り、腕を吹き飛ばした。焼け爛れた腕から、血が流れていく。綾波はその勢いで飛んできた剣をつかみ、構えなおす。だが、彼女はただ冷静に自分の肩を見ていた。

 

「あぁ、してやられました」

 

 彼女はそう言い、ポケットから取り出した止血剤を打ち込む。一片の動揺すら見せず、再び槍を構える。艦船といえど、痛み、恐怖は残っているはずなのに。

 

 そうして彼女は再び接近する。今度は、さらに一段階速くなって。

 

「……っ!」

 

 綾波ですら避けきれないスピード。意表を突き返して彼女は同じところ……槍で肩を抉り、千切り飛ばした。

 

「これでお揃いですね」

「性格悪いです、ジャベリン」

 

 綾波は肩をつかみ、握りしめることで止血する。そうしてまた、二人は相対する。

 彼女は艤装のリミッターを外し、ジャベリンと打ち合う。自分の動体視力が追い付かないほどのスピードで移動し、攻撃を続けていく。

 

 頭を痛むほどに酷使し、彼女と打ち合う。右、左とすんでのところでかわしながら、剣を振り続ける。

 その均衡が崩れるのは、一瞬のことだった。

 

 振りぬいた剣をしゃがんで躱したジャベリンは、後ろに宙返りしながら魚雷を放ち、水面に落ちる前にそれを砲撃、炸裂させた。

 体の芯を突き抜ける衝撃。呼吸すら困難になるそれに、綾波はガクッと体を沈ませかけた。意識が飛びかける。服も裂け、視界が血に染まる。

 もうろうとする意識の中、胸元から落ちかける一つの封筒が目に入った。

 

 ————ああ、約束したんだ。

 

「……ぁあああ!!」

 

 絶叫と同時に手紙をつかみ、そのまま剣を握りしめる。そして、まっすぐとジャベリンの方へ突撃していった。

 

「ヤケになりましたか? これで————」

 

 彼女の心臓を貫かんと突き出された槍は、空を切った。刺さる直前で倒れ始めた綾波は、その槍を躱すや否や再び脚に力を籠め、海に力強く踏み込む。そして、彼女の軸足に刃を突き立てた。

 

 片足を失ったジャベリン。彼女は陸の方へと飛んでいき、石段に倒れこんだ。綾波は近付きながら、しわのついた手紙をのばしていく。

 ジャベリンは間合いに入った綾波へ槍を突き出す。それをなんなく避け、それを蹴り飛ばした。そして残った片手を踏みつけ、彼女の動きを封じる。

 

 

「ぁっ、はぁっ……もう、気はすんだ、です?」

「ふふっ……うん、ジャベリンの、負けですね」

 

 ジャベリンは納得したように、またすこし物悲しそうに呟いた。互いに満身創痍の中、息遣いだけが聞こえている。

 それを破るように、綾波は手元の封筒を開く。そしてジャベリンの手から足をどかすと、その手元にそれを置いた。

 

「ジャベリン」

「なんですか、これ?」

「見ればわかる、です」

「これ……ラフィーちゃんから?」

 

 起き上がってその場に座り、手紙を開くジャベリン。そしてそれを読み始めた。

 

 

 少しして、彼女の目から涙が流れ始めた。声もなく、音もなく。唇をかみしめ、ゆっくり、ゆっくりと読み進めていく。綾波は彼女の正面に座り込み、その様子を見ていた。

 時折腕で涙を拭い、時折嗚咽をこぼし。目の前にいる綾波のことなんて忘れたかのように読み耽っていた。

 

「ねぇ、綾波ちゃん」

「ん?」

 

 読み終えたジャベリンはふと顔を上げ、涙顔のまま声をかける。あの日のような純粋な表情で、優しい声音で。

 

「ジャベリン達、生きてていいのかな」

「いいか悪いかは知らねーです。でも、あの子はそれを望んでるです」

「そっか。……そうだよね」

 

 それだけ言って、また手紙へと目を向けるジャベリン。昔を思い出すように、懐かしむように、その字列を目でなぞり続ける。

 

「恨まれていたかったんです」

「……ん?」

「あの日間に合わなくて、ラフィーちゃんを死なせた。ラフィーちゃんにも、綾波ちゃんにも、恨まれてると思ってたの。ううん、そう思い込もうとしてたの」

 

 静かに、それでいて確実に言葉を紡ぐジャベリン。歯を食いしばって、それでも耐え切れなくて涙が流れていく。

 

「恨まれていて、嫌われてると思わなきゃ戦えなくて。……逆恨みのように憎まないと、殺せなくて。そうしていつか殺されるのを、心待ちにしてた」

「ジャベリン……」

「現実が嫌で、逃げたかった。ラフィーちゃんを守れなくて、綾波ちゃんも歪んじゃって。そうなった今を忘れたくて、戦いに逃げてたの」

 

 ぽつり、ぽつりと心の底を吐露していくジャベリン。だが、きっとその奥底は、自分を許せない思いだったのだろう。

 誰にも理解されず、誰にも見せなかった想い。それが彼女を歪ませ、戦いの鬼にしてしまったのだろう。理解できるはずの相手と敵対し、殺し合うことを強いられていた。

 

「恨んではいないです。ラフィーも、綾波も。狂った世界に憤ることはあっても、ジャベリンを恨むわけないです」

「……そうだよね。なんで、気付かなかったんだろう」

 

 ジャベリンはそう言うと寝転がり、吹っ切れたように笑いだした。空を仰ぎ、目を閉じた。

 

「ねぇ、綾波ちゃん。……ラフィーちゃん、怒ってるかな」

「そりゃカンカンです。五年も手紙見なかった挙句、当の本人たちはこの有様。……いつか向こうで、一緒に怒られるです」

「あははっ! そうですね。……それも、悪くないかな」

 

 綾波が伸ばした手を取り、肩を借りて歩き始める。五年ぶりに笑いあった二人で、明日に向かって。せめて死ぬ日まで、懸命に生きようと。

 

 

 

 

 あれから、いろいろあった。あの戦いで、綾波はサンディエゴ艦隊の撤退を許した。ジャベリンと肩を組んできたときは相当驚かれたが、互いに利の薄い戦いということで、双方合意で彼女らは撤退していき、大湊は再び綾波たちの城になった。

 それから、相当怒られていたようだ。江風や夕立、夕張からは涙ながらに説教されて、この時ばかりは高雄も止めなかった。失血死寸前だったようだが、どうにか持ちこたえた綾波は、仲間達に何があったのか聞かれた。それでも彼女は多くを話さず、ただ晴れやかな表情でこう言ったのだ。

「いろいろあったから忘れたです」と。

 

 

 

 そしてこの日、綾波は非番だった江風を連れて街に出ていた。ちょうど来ていたZ23と共に、喫茶店で談笑している。

 

「それで綾波、いつもこういうところ来ないのに、どうしたの?」

「ああ。随分珍しい気がするぞ」

「ちょっと人を待ってて、です」

「人?」

 

 不思議がる二人の後ろから、答え合わせをするようにその待ち人がやってくる。

 紫色の髪をなびかせた少女が、綾波と目を合わせた。

 

「こうしたお店、久しぶりです」

「綾波もあの時以来です」

 

 驚愕し、ひっくり返りそうになる二人をよそに、彼女は席に座る。それが当たり前かのような自然な動きで。

 笑いあう二人の表情は、五年前のあの日にみたそれを感じさせた。

 一緒にいたかったのは本当だけど、今はこれで十分。

 

 ありがとう、手紙を読んでくれて。

 ありがとう、また笑いあってくれて。

 ゆっくりでいいからね。ラフィーはずっと、待ってるから。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
 途中長らく更新できませんでしたが、せめて完結させようということでこうして最終回を迎えることができました。
 急いだ都合上、端折ってしまったエピソードや要素がありますが、それでも最後まで書くことができてうれしく思います。
 きになった箇所等あればコメントを下さればうれしいです。補完できる部分は返信という形で書きたいと考えています。
 重ね重ね、ここまでありがとうございました。
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