あれから二日後、作戦当日。
あの日、綾波からの進言を受けた指揮官は目を白黒させて驚いていた。本気か、ふざけた事を言うなと怒鳴る指揮官とただ冷静に受け答えしていた綾波。
「綾波は此処では死ねない」
その一言を言うと指揮官は一転して抗議をやめ、彼女の言葉を受け入れた。
誰も死なせないこと、必ず勝利すること。その二つを条件にして。
港では指揮官が皆を集め、話し始めている。
「……先ず主力艦隊。旗艦赤城、加賀、伊勢。前衛艦隊は綾波、江風、高雄。以上六名で『分島』東部の小島を占拠しているロイヤル艦隊を撃退、島を奪還せよ」
「了解!」
皆の声が入り交じり、大きな返事となる。
「作戦概要は話した通り。細かな変更は赤城に一任する。いいな?」
「了解です」
赤城は真剣な眼差しを向けている。
「前衛は綾波が奇襲を仕掛け、二人はその補佐だ。本来夕立と二人で奇襲する予定だったものだ。魚雷は可能な限り温存しておけ」
「……了解」
綾波はいつもの表情のまま返す。
「んじゃあお前ら!祝勝会には遅れるな!以上、解散!」
解散して数分後、夕張の操縦するモーターボートに乗った六人は基地を離れ、目的地へと向かった。7年前までは陸地に阻まれ、大きく迂回しなければ行けない場所だった。しかしセイレーンが巻き起こした戦禍により台地は抉れ、海が繋がってしまった。そのおかげと言っては何だが、行くのにはとても便利になっている。
「あ、綾波?」
「なんです、江っち?」
「いや……皆朝から静かだな、と思ってな」
江風はあたりを見渡しながら呟いた。いつもは嫌になるくらい騒がしい艦隊が今日は不気味なほどに静かだ。
「そりゃそーです。今から敵を殺しに行く。そんな状況でへらへらしてられないです」
足を組んで海を眺めている綾波は彼女の方を向くことなく答えた。
「それも……そうだな」
江風は納得し、座りなおした。
敵を殺しに行く。頭ではわかっているはずだったが、いざ実践となるとすさまじい緊張が走る。思わず手を握りしめてしまう。
「江っち、一つアドバイスするです。『自分を正義と思え』です」
綾波が見かねたように口を開いた。
「……それは難しいな」
「なぜです?」
「戦いに善悪美醜はない。それを私は信じているし、それが原動力だからだ」
江風はまっすぐに綾波を見据え答えた。それを聞いた彼女はふぅ、と息をつき、片手でおもむろに頭を撫でた。
「信じるモンがあるならそれ貫きゃーいいです。ただし、一昨日の言葉通りしくじったら承知しねーです」
綾波は釘を刺すと立ち上がり、夕張の方へと歩いていく。
「ばりちゃん、なんかおやつ持ってないです?」
「持ってないよ。危ないから座ってて」
夕張は困ったように言った。
「えー……」
綾波は渋々戻り、座りなおした。
「ほら綾波、一応持ってきておいたぞ」
高雄は胸元からスティックバーを取り出し、彼女へと手渡した。
「お、高雄ありがとです!」
綾波は礼をして受け取り、早速食べ始める。
「全く……戦いの緊張感も薄れるといったものだ」
高雄は困ったように微笑んだ。赤城たちの表情も少し緩み、緊張も少しほぐれた様だった。
それから10分後、作戦開始ポイントへと到着した一行はボートから降り、水面に立った。
「ばりちゃん、気をつけてです」
「うん。綾波も無事で帰ってきてね」
六人はこっそりと岩陰に隠れつつロイヤル艦隊が占拠している孤島へと近づいていく。
赤城、加賀の両名はひっそりと艦載機をとばし、森の中を精密に進んでいく。敵艦隊はまだそれに気づいていない。
「……さて、ソウジの時間、ですね」
赤城が妖しい笑みを浮かべ、目線を送る。それと同時に綾波が飛び出し、全開で島へと向かっていく。全速力で孤島に近づけば当然彼らも気づく。急ぎ艤装を取り付け、近寄る駆逐艦へと砲塔を合わせていた。
次の瞬間、彼女らは背後から艦載機からの射撃を受けた。背後からの攻撃に戸惑い不用意に海に出たのが運の尽きだったのだろう。
敵艦隊合計で10隻。駆逐艦シグニット、クレセント、ヴァンパイア。軽巡シリアス。重巡ノーフォーク。空母アーク・ロイヤル。軽空母ハーミーズ。戦艦ネルソン、ロドニー。巡戦レナウン。
綾波は彼女らを数え、識別する。そして直後に慌てて海に出たクレセントの頭部を真横から撃ち抜いた。
金髪の駆逐艦クレセントに着弾した直後重い爆発音が響き、煙に包まれる。
煙が晴れるより先に綾波が飛び込む。その一瞬後に煙から飛び出した綾波の手には血にまみれた中で薄水色に輝く立方体があった。そして水面は円く、赤く染っている。
「うそ……クレセント!!!」
銀髪の駆逐艦シグニットが絶叫する。次の瞬間に少女の叫びは悲痛から純然たる痛み、恐怖へと変わった。
瞬きする間に切断された腕は宙を舞い、水底へと沈む。続けざまに腹を蹴り飛ばすと、シグニットはバランスを崩し水に沈んでもがいている。
敵の主力艦隊の砲撃を交わしつつ、大きく後ろに下がり岩陰に隠れ直した。
「敵数……残り8です!」
その叫びに応じ彼女の仲間が飛び出し、それと同時に彼女らの砲撃がロイヤルへと飛んでいく。
それに呼応しロイヤルの戦艦も一斉に砲撃する。両陣営とも砲撃をかわし、砲弾は水へ沈んでいく。それに乗じ一気に距離を詰めた綾波はレナウンの真横から剣を振り抜いた。
ガキン、と鈍い音が響く。
「軽巡、シリアスですか……」
「そう言う貴方は駆逐、綾波とお見受けします……!!」
薄いクリーム色の髪をした軽巡、シリアスは大剣を振り抜き、綾波はその勢いに押され大きく飛び下がる。
綾波は舌打ちをし、左手に持った艦砲から砲撃する。シリアスはそれを剣で防ぎ、主力達を撤退させていく。
「邪魔……しねーでほしいです」
「これ以上仲間を死なせる訳にはいきません」
互いに剣を構え、睨み合う。数秒の静寂。永遠にも思える数秒が過ぎ、次の瞬間。泡が割れるように一瞬で互いは距離を詰め、剣がぶつかり合う。
「ふふ……愉しいわね、加賀……!!」
その頃、赤城は艦載機を放出し、敵の頭上へと向かって行っていた。彼女は満面の笑みを浮かべ指を鳴らす。加賀もそれに合わせ艦載機に指示を送った。それと同時に爆撃が始まり、彼らを包んでいった。
そして時をずらし、ロイヤル艦隊の主力達の砲撃、爆撃が一斉に赤城、加賀、伊勢の三人を襲う。二人は1m足りとも避けようとしていない。赤城に至っては目を閉じ、笑みを浮かべたまま。
「さて……」
伊勢は目を見開いたかと思えば、小さく跳んで一周回りはじめた。それと同時に全ての艦砲が細かに動き続け、音すら置いてけぼりにするほどの速さで連射しはじめる。
彼女らの目の前に居たはずの砲弾、艦載機の全てが爆煙に包まれた。一発足りとも外すこと無く標的の芯を捉え、その全てを海の藻屑とした。
「さすが伊勢ちゃん。腕は相変わらずねー?」
赤城は手を叩き、彼女を称えた。
「どーもな、赤城サン!」
「伊勢、赤城さん。すぐに次が来る。真面目にやってくれ」
加賀は呆れたように二人を叱責する。そして再び敵を見据え、艦載機を飛ばした。
敵も当然ただで食らったわけではない。アーク・ロイヤル、ハーミーズ両名の艦載機が彼女らを再び襲う。赤城達は多少のかすり傷を受けつつも最小限の被弾に抑え、それをやり過ごす。
「さてさて……どちらが硬いか勝負といきましょう?」
赤城が手を掲げると無数の艦載機が飛び出し、空へと舞い立っていった。
江風、高雄の両名は残りの前衛艦隊であるヴァンパイア、ノーフォークとの戦いが終わり、彼女らを退けていた。
江風はまたも力の差を見せつけられていた。ヴァンパイア、ノーフォーク共に江風との一体一では負けていた可能性が高い。そうでありながら高雄のお陰かほぼ無傷で勝つことが出来た。
「……追わなくていいのか?高雄」
高雄はその言葉に首を振り、彼女らから視線を外した。
「問題ない。今は戻り、主力艦隊を後ろから奇襲しよう」
「了解。……綾波は大丈夫だろうか?」
高雄は心配げに呟く江風の背を撫で、穏やかな笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。拙者も、皆も、それはよく知っている」
「そうか。なら急ごう。早く戦いを終わらせなければ」
「あぁ。行くぞ、江風」
江風は高雄の言葉頷き、彼女の後を追って進んで行った。
また視点は戻り、綾波とシリアスとの戦いにて。
二人が戦う至近距離で砲撃をするのは自殺行為だ。目と鼻の先にいる敵へと互いに剣を構え、近接戦闘が繰り広げられる。ただ、扱い慣れている分綾波が優勢の様子だ。
シリアスが彼女の剣戟をやっとの思いで受けるも、反撃とまではならない。焦ったシリアスは剣を受けるタイミングで力を抜き、彼女のそれを後ろへと流し斬り掛かった。危なげなくそれを跳び避けた綾波はシリアスの腹を蹴り、大きく距離をとった。
剣がぶつかり合い、ビリビリと鈍い衝撃が体に走る。シリアスは魚雷管を向け、高速でバックしながら魚雷を発射する。それに足し綾波は激しい水音と共に跳び上がり、魚雷を避けシリアスとの距離を詰める。詰めつつも綾波は艦砲を構え、手早く砲撃をする。彼女はそれを交わしながらも振りかぶり、大剣を叩きつけるように振った。
綾波はそれを艦砲で受け、次の瞬間に突きを放ち横腹を切り裂いた。シリアスは強引に彼女を引き剥がし距離をとる。
彼女は苦しそうに傷を抑え、大きく息をしている。綾波は剣を受け壊れた艦砲を投げ捨て、剣を構え直す。
「う、ぐっ……まだ死ぬ訳には……」
「悪いけど、戦場に来た時点で覚悟は決めておくべきです。ロイヤルネイビーの誇りとやらにかけて」
「貴様……!!私は負けない!勝利と、栄光を!誇り高き我が主に!!」
シリアスは大きく声を上げ、全ての艦砲を綾波に向け、砲撃を始めた。せいぜい十メートルの距離。当たるだろうと彼女は確信していた。
凄まじい爆煙が上がる。肩で息をしているシリアスは目を疑った。彼女の視点の左端から飛び出てきた綾波。左腕が酷い火傷を負い、力無くぶら下がっていた。それでも綾波は表情一つ変えずにゆっくりと近寄る。
「ぐっ……何故そこまで命を奪うことに固執するのですか!?他の艦隊の戦いでは死者は出ない!お互いに大破した時点で戦いは終わるのが常のはずです!死にたく……っ!!」
シリアスは目から涙を落としながら叫ぶ。何度も、何度も。
彼女の言う通り、ここ数年のKAN-SEN同士の戦いには死者が出にくいとされる。遠距離から艦砲や魚雷で戦い合い、どちらかの旗艦が大破するまで戦う。そしてそうなった時点で敗北とし、その側は撤退するというものが定石になっている。ここまで敵を殺すことに執着する艦など知らない、と言うのだろう。しかし現状は理想通りには行かない。予定外か、予定通りか。結局のところ、敗北した艦隊は犠牲者が出るものなのだ。そして、勝利した方にも。
「あー……言いたい事は分かるです。でも、口だけの理想なんて叶いやしないのは解ってるはずです。身をもって、ね」
綾波は体を傾け、全速で一息に距離を詰める。シリアスは半ばヤケになって剣を振るうが、標的となるはずの少女は目の前にいない。その瞬間、下を向くと太い刃が視界に入った。赤い液体に染まり、朦朧とする意識と腹から伝わる痛みがその刃が何なのかを嫌なくらいに伝えてくる。
「出来れば綾波を許さないで、です。そしてせめて向こうでは平穏に暮らしてほしいです、シリアス……」
剣を引き抜くと同時に力無く倒れ、水底に沈むロイヤル艦。彼女へ向かい、目をつぶり、数秒の祈りを捧げていった。
「あっちも、終わったみたいです」
綾波は少し遠くを眺め、安堵した。急ぎ撤退していく敵艦と、臨戦態勢のままそれを見守る仲間たち。誰一人欠けることなく勝利した。ふぅ、と息をつき、剣を背中の艤装へと取り付ける。そしてゆったりとした動きで仲間の方へと近づいて行った。
突如、指揮官から無線が入る。彼からの言葉を聞き、一同は再び警戒態勢へと入った。彼の言葉は単純だった。
「ユニオンからの増援が来る」
突如空の光が陰る。上を見ると、おびただしい数の艦載機が空を覆い、雲すらも埋めつくしていた。
伊勢も、高雄も、江風も。呆然とそれを見ていることしか出来なかった。
「隠れてです!!」
絶叫にも近い声が辺りに響いた。綾波はそう短く叫んだ後、皆が咄嗟に逃げる中で尚も呆然としている江風を見つけた。
「江っち!!早く逃げ──────」
「……終わりだ」
響くはずもない小さな声。独り言のようなそれはなぜだか敵味方全ての脳に駆け巡る。
上空の艦載機より、小さな影が落とされる。影は徐々に大きくなり、いずれ視界を覆うだろう。
綾波は咄嗟に江風を掴み、近くの洞穴へと全力で投げた。凄まじい水音と共に隠れたことを見届けると、綾波も後に続こうとするが……手遅れだ。
「綾波!!!」
江風の視界には……ただ炎と煙しか映らなかった。耳が破れそうなくらいの爆音が尚も響き続ける。自分の声すらもかき消す音の中で、江風はただ涙を落とすことしか出来なかった。
自分のせいだ、反応が遅れたから。もっと落ち着いていれば。いや、もっともっと前からだ。出しゃばって自分を出してくれなんて言わなければ……後悔の念に苛まれ、江風は頭を抱え、嗚咽する。
爆煙が晴れかかった海。を盾に崩れた岩を使い爆炎を防がんとしていた綾波がボロボロになりながらも立っていた。
「ったく、勘弁して欲しいです……」
プッ、と血を吐き、ふらつきながら岩を捨て、剣を手に取る。彼女は全身が爆撃に晒され、筋肉すらもボロボロになっているだろう。
「エンタープライズ……サンディエゴの本隊ですか」
綾波は忌々しげに呟き、深呼吸をする。
エンタープライズは世界で一隻のみの異質な空母だ。長い銀髪を靡かせ、軍帽を被るその姿を見誤ることは無い。
「みんな、死ぬんじゃねーです」
綾波は先程江風を放りこんだ洞穴へと入り、水に沈みかかっている彼女を引き上げた。
「綾波、お前……」
「やるしかねーならやるだけです」
綾波は淡々と背の艤装に固定されている艦砲を調節し、弾を補充し直す。手持ち型のそれは壊れたが、固定されているものはまだ使える。
「ちょっとソレ貸してほしいです」
彼女は江風の艤装に取り付けられている日本刀を指差す。
「構わないが……これは本来艤装指揮の補佐をする為のものだ。敵を斬るのには向いていないだろう?」
「別にいいです。早く」
江風は急ぎ刀を取り外し、鞘ごと彼女へ手渡した。彼女は少しだけ刀を抜き、刀身を確認したかと思えば「ありがとです」とだけ言い、すぐさま洞穴から出ていった。
「綾波、一体何を……」
江風も続いて出てきて、彼女を追った。しかし、彼女は手でそれを制すると少しだけ振り向き、言った。
「綾波が引き付けるです。みんなで逃げて」
「そんなこと出来るわけ!」
「二度は言わねーです」
話し終わるや否や彼女は再びエンジンを全開にしてユニオン艦隊へと突撃していく。
それを見ていると、再び指揮官からの無線が入る。
「綾波除く五人は大湊へ帰還しろ。綾波はユニオンを足止め、近くにいた横須賀の増援が来るまで死ぬ気で耐えろ」
「な……っ、指揮官まで!?」
驚愕している江風をよそに、他の四人は踵を返し夕張の待つポイントへと戻り出した。
「江風、早く来い!」
高雄の呼び声に応じ、江風は彼らと合流し戻って行った。
「あー……指揮官、聞こえるです?」
綾波は無線越しに話しかける。
「……あぁ。何だ?」
「コレ、どうしたらいいです?」
無線越しに大きなため息が聞こえる。
「案の定何も考えてなかったな、お前。まぁいい、今から指示を出す。お前単騎ならうまく撹乱させられるはずだ」
「了解」
ユニオン艦隊旗艦、エンタープライズは集まっていた艦隊を散開させる。そして再び艦載機を操り、撤退する赤城達の方へと指示を出した。
そうしてはいるが、どんどん先の方から撃墜されていく。逃げつつ抵抗する赤城達の仕業かと考えたが、すぐにその疑いは晴れた。
射撃元に目を移すと、小さな駆逐艦が艦砲で次々と機体を落としていくのだ。エンタープライズは標的を彼女へ切り替え、再びおびただしい数の艦載機で天を覆った。そのタイミングで綾波は真っ直ぐにエンタープライズへと向かい進んでいく。全速力の彼女なら数秒で追いついてしまうだろう。
「……面白いな、相も変わらず」
エンタープライズは向かいつつ弾丸を避け続ける綾波へ向かい弓を引き絞った。そうして放たれた矢は単純な起動で彼女の脚を狙った。当然避けようとするが、その瞬間、一瞬脚が硬直し動かないことに気付いた。
「ターンの直後、軸足は動かせない。そうだろう、綾波?」
エンタープライズの矢が彼女の腿を貫く。歯を食いしばり痛みに耐えた綾波は二本の剣を構え、彼女へと斬りかかった。
「……また腕を上げたか?綾波」
「よく言うです、エンタープライズ……!!」
余裕綽々でそれを弓で受けたエンタープライズ。綾波は苦虫を噛み潰したような表情で一歩下がり、今度は後ろに回り込む。次の一撃をしゃがんで避けたエンタープライズは脚を上手く滑らせ、彼女の足を引っ掛ける。体勢を崩した綾波は一回転しつつ彼女の肩へ剣を突き立てた。
彼女へのダメージに周囲のユニオン艦達がざわめき、砲撃しようとする。それを手で制したエンタープライズは未だに笑みを崩さずに口を開いた。
「彼女は私がやる。お前達は手を出すな」
彼女は肩口から流れる血を掬い、舐めた。
「またですか、あんた」
綾波はまた睨みつつ剣を構える。左腕から上る軋むような痛みから目を逸らし、ただ目の前の空母を見据える。
「所詮この戦いも遊びに過ぎない。せめて愉しませてくれ、綾波」
「性格悪ぃです」
「知っているさ、そんなことは」
再び矢を番え、次々と綾波へ放っていく。彼女は岩陰などの地形を駆使しつつかわしていく。
隙を縫って綾波も砲撃するが、彼女はそれを滑らかに、かつギリギリでかわし矢を放ち続ける。
どうにもかわしきれず、脚に、腕に矢が刺さっていく。綾波は苛立ちながらも残る魚雷を全て放つ。それは大きく水飛沫を立て、それを囮に距離を詰めた。水面に顔が触れるくらいに身を屈めつつ、エンタープライズの足首狙って薙ぎ払った。
彼女は綾波の刃にトン、と触れ、それを軸に宙返りしてかわした。
「上手い上手い。惜しいところだったな」
「そいつぁどーも!」
綾波が続けざまに放った突きは彼女の腹を正確に捉えた。……それにしては感触が軽い。エンタープライズは片手を血で染めながらも刃を掴み、強引に止めていたのだ。
彼女は強引に刃を引き、一歩だけ距離をとる。引き際の刃に落とされたエンタープライズの小指が海に沈んでいく。
「あぁ、この痛み……この高揚。やはり戦いはこうでなくてはな」
彼女は再び弓を引き、間髪入れずに矢を放つ。すんでのところでかわすも、ダメージが溜まり動かすこともままらなくなった左腕を引くことができなかった。上腕から先を射抜かれ、ちぎれ吹き飛ぶ。
彼女は一瞬痛みに顔をしかめたが、右手に持っていた江風の刀を投げ、自分の剣を空中で掴む。投げられた刀は回転しつつ飛んでいき、エンタープライズの右腿に突き刺さった。
彼女は笑みを崩さぬままに刀を捨て、艦載機を飛ばし弓を引く……その時だった。
背後からの凄まじい砲撃音、爆発音が鳴り響く。
ユニオン艦達は彼らの接近に気づかなかった。気づけなかった。尻尾を巻き、満身創痍で逃げ出したはずの彼らが向かってくるはずはないとたかを括っていたから。
江風、伊勢、高雄の三人が残った砲弾全てを撃ち尽くす勢いで掃射する。その猛攻は体勢を立て直す暇を与えず、彼らは逃げ惑い散り散りになった。
その情景を横目で眺めていた綾波とエンタープライズ。彼女は悲しむことなく、特に声もあげずに逃げ惑う仲間を眺めていた。
「……ここまでがお前達の作戦か?」
彼女は表情を変えぬまま問うた。
「いいや、綾波は何も聞いてねーです。ウチの指揮官はそういう男です」
「そうか。……今日はここまでにしておこうか、綾波」
エンタープライズはそう言い、くるりと振り返る。
「随分と勝手な事を言うです。ここまで引っ掻き回してくれておいてどーゆーつもりです?」
彼女は綾波の苦言を聞くと、しばらく震えたかと思えば天を仰ぎ笑いだした。
「あっははは!!!どういうつもりかって?笑わせるなよ。そんなこと決まっているだろう?」
彼女はひとしきり笑うと呼吸を整え、綾波の方を横目で見る。
「愉しいから。それだけさ」
冷たい威圧感が綾波を包み込む。彼女の薄紫色の瞳から感じ取れるものはひとつ、どうしようもない諦観だけだ。
「狂ってるです、やっぱり」
その言葉を聞いた綾波は目を細め、足を一歩引いた。
「そうさ、狂ってる。それもまた真理だろう。生憎だがユニオンの信条は『自由』だ。こうして戦いを愉しむのも自由だろう?」
「その為に仲間が死んでも……自分が死んでも、愉しいと言うんです?」
「あぁ、それを含め愉しもう。……ひとつ教えてやろう、綾波。狂った世界で生きるのなら、自分自身も狂気に浸らなければならないのさ」
彼女はそう言うと未だに惑い逃げ続けている仲間達の方へ向き直り、大きく声を張り上げる。
「撤退だ!」
その言葉を聞くや否やユニオン艦達は退いていき、どんどん姿が小さくなっていく。
「また会おう、綾波。次はどちらかが死ぬまで遊ぼうか」
「お断りです。二度と来るな」
彼女はその言葉を鼻で笑い、そのまま海の向こうへと消えていった。
「綾波!!!」
彼らが見えなくなって数秒。江風は真っ先に綾波の方へと向かってきた。
「綾波、綾波!腕はどうした?こんなになるまで何があった!?」
彼女はふらっとよろめき、江風の肩によりかかった。
「江っち……?」
彼女は薄目を開き、ちらっと江風を見る。すぐにまた目を閉じ、体重を預けている。
「兎に角戻って治療だ。掴まってろ」
「……わかった、です」
顔の横からすぅ、すぅと寝息が聞こえてくる。江風は自分の無力を悔やみ、歯を食いしばる。高尾は彼女の肩に手を置き、頷く。そうして促され、彼女達は自分達の家へと帰っていった。
仲間の待つ大湊へ。
メンタルキューブと艤装
艦砲や滑走路、脚部エンジン等の艤装と接続し、滑らかな海上戦闘を可能にするKAN-SEN。彼女達がそうである所以である「リュウコツ」を構成する物質のことを一般的に「メンタルキューブ」と呼ぶ。これをもつ彼女達は腰部に艤装を接続することでそれを自らの肢体の様に扱うことが出来る。これを接続している間は脳への負担がかかり、個体差はあれど長時間の接続は生命を危険に晒す恐れがある。
その代わりとして、リュウコツさえ残っており生存していればどのような状態でも肉体を完治させることができる。とは言っても痛覚は人一倍かそれ以上にあるため、自ら危険に飛び込む者は多くない。
艤装は己の脳から指示を送り、自在に操ることができる。しかし、それは本来人間が持つものでは無い。そのため操作する為に必要となるイメージ、判断を助けるために「指揮杖」を持つ個体もいる。その形は剣、弓、メイス等と様々な種類が存在している。
江風を除く大湊所属全艦、及び一部の艦は指揮杖の機能を解体、軽量化し、純然たる武器として扱っている。