BLOOD AXIS   作:LAKI

4 / 11
心の天秤

 あの島での戦いから数十分。母港に帰還した彼女達は安心し、息をつく。……そんな訳にもいかなかった。片腕を失い、ぐったりとしている綾波を「修理」する必要がある。

 

 「兵士さん、綾波を医務室に連れて行って!夕張は『医療艤装』を起動してくる」

 夕張は急ぎ指示を出し、それに応じて兵士たちは担架で綾波を運んでいく。

 「よー、お前らお疲れさん」

 指揮官が倉庫の方から歩いてきた。

 「指揮官様ー!」

 そう言い飛びついてくる赤城をかわした彼は周囲に手早く指示を出し、艤装の修理や負傷の手当が始まった。幸い綾波を除き皆が軽傷で、強いていえば艤装の傷が酷いくらいだ。

 「……なぁ、指揮官」

 応急手当が終わった江風はおずおずと話しかける。

 「どうした、腹でも減ったか?」

 「イヤ、そうじゃない。綾波はよくあれくらいの傷を負うのか?対応が手馴れているように見える」

 指揮官はうーん、と頭をかき答える。

 「軍隊だからな、速い対応くらいはできる。あいつの役割は大抵が奇襲か特攻だからな。多かれ少なかれ傷は負ってくる」

 「そ……そうだよな。失礼した」

 江風は俯き、少し頭を下げると宿舎へ戻っていった。

 

 

 「……んぅ?」

 殺風景な部屋で、綾波が目を開く。戦場で目を閉じ、こうして開いた時には治療に扱う特殊な艤装に接続され、自室で横にされていた。幸い全身にあった矢の傷は綺麗に塞がっているようだ。

 再生しかけの左腕は包帯でぐるぐる巻きにされ、動かせないようになっている。

 「また生き残った、かぁ」

 彼女はぼやき、再び目を閉じる。右手の中に残る肉を割く感覚。何時になっても慣れる気はしない。瞼の裏には殺した敵の顔が浮かんでくる。彼女達も今日死ぬ覚悟は出来ていなかったのだろう。恐らくは仲間を失った経験すら……

 

 不意に扉が叩かれる。三度叩いた後、しんと静寂が部屋を支配する。

 「どーぞ」

 ゆっくりと開かれた扉の向こうから入ってきたのは、江風。ふと顔を上げ何かを言おうとするが、すぐに俯いた。

 「どーしたんです?わざわざ来るってことは何か話したいってことです」

 江風はそれを聞くと少しだけ考え込み、その後意を決したように頬を叩いて彼女の真横に座る。

 「綾波……さん」

 「……さん?ほんとにどーしたです?いきなりそんな『さん』なんて付けて」

 「気にしないでくれ。それより……今日はすまなかった、本当に」

 江風はそう言うと、深く頭を下げた。

 「なんの事です?謝られるようなことなんて……」

 「あそこまで大見得を切っておいて全然役に立てなかった。それどころか爆撃に反応が遅れて、こんな……」

 彼女は目を伏せ、今にも零れそうになっている涙を堪えている。綾波は彼女にゆっくりと手を差し伸べ……頬を思い切り引っ張った。

 「痛……っ!?やめてくれ、何なんだいきなり!?」

 首を振って逃げ、涙目で頬を抑える江風。それを見た綾波はため息をつく。

 「生意気です、本当に」

 「なっ……生意気!?」

 「そうです。初陣から大将首でも取るつもりだったんです?んなこと出来るわけない。最初なんて、生きて帰って来りゃあ十分です」

 綾波はそう言うとごろんと寝直した。

 「で、でも!」

 「そんな右も左も分からない新入りを死なせないようにするのが、先輩の役目ってもんです」

 それを聞いた江風はハッと綾波の目を見る。彼女は不思議そうに首をかしげ、また口を開いた。

 「お前より弱いからお前の言うことを聞くべき、か。……本当にその通りだな」

 「さすがに言うこと聞いてくれねーと守れるもんも守れないです」

 綾波は恩に着せるでもなく、淡々とそう言う。

 「私達は結局兵器だ。守られるなんて許されるのだろうか?」

 「兵器である前に人間、です。人間ってのは守り守られるもんです。こんくらいが普通ってもんです」

 彼女は右手で携帯食を手に取り、器用に包装をむいていく。

 「……そういうものだろうか?」

 「そーゆーもんです」

 戦場での姿とは似ても似つかない穏やかな表情で、彼女は言った。

 「そんで江っち、本題はそれじゃねーです。違う?」

 綾波は起き上がり、江風をじっと見つめる。数秒たち、江風は思わず目を背けた。

 「あぁ、そうだ。一つ頼みがあるんだ、綾波さん」

 「うんうん、なんです?」

 「私に、剣を教えてくれ」

 江風はそう言い、手を床につけ頭を下げた。

 「……ヘェ?」

 綾波は小さく笑みを浮かべ、右手で彼女のあご先をつまみ顔を向けさせた。

 「迫撃砲や魚雷でも十二分に強くなれるです。どうしてそれを綾波に頼むんです?」

 「……強くなりたい。お前は私を守る対象として見ている、それが嫌なんだ」

 江風は手を振りほどき、じっと彼女の目を見つめ、言った。

 「経験を重ねるだけで実践には十分の力を持つことが出来るです。それでも尚剣を学ぶ理由は?」

 「……お前に守られたくないんだ。背を任せて貰えるくらいに強くなって、お前と並び立ちたい。それが理由だ」

 何も言わず、じっと目を見つめ続ける綾波。それに対し、唇を噛み少し震えながらも目を見つめ返す江風。しばらくすると彼女は息をつき、寝直した。江風は駄目なのか、と目を伏せる。

 「ったく、しゃーないです。ただし、途中でやめたいっつってもやめないから、です」

 江風の表情がぱあっと明るくなり、小さくガッツポーズをする

 「……!!ありがとう。大丈夫、途中でやめたいなんて言わないさ」

 綾波は嬉しそうな彼女の顔を見てまた息をつき、右手でわしゃわしゃと撫でる。

 「な……なんだ?いきなりそんな」

 「別に?腕治ったらすぐ始めるです」

 彼女は手をぱっと離し、ごろんと寝返りを打つ。

 「……あぁ、よろしく頼む!」

 江風はそう言うと小走りで部屋を出ていった。

 「……あの子、あんなに分かりやすい子なんです?」

 綾波は今までとのイメージの違いに困惑したが、まあいいかと息をつき、再び寝直した。

 

 部屋から出てきた江風が足早く歩いている所、高雄とばったり出くわした。彼女はどこか心配げな表情で江風を呼び止める。

 「……あれから綾波に会ったか?」

 「ああ、そんな心配することも無い。元気そうだったぞ?」

 彼女はうーん、と考え込み、しばらくしてため息をこぼす。

 「前々からそうだが、あいつは黙って無理をするきらいがあるからな。そこが少し心配だ」

 「そう、か。なら会ってやれ。少なくとも繕うくらいの元気はある」

 彼女は頷き、江風に手を振りつつ歩き去る。

 「そうだな。ありがとう、江風」

 

 

 それから三日後。腕が大方治った綾波を入れ、艦達で祝勝会をあげることになった。

 食堂に皆が集まり、酒の缶が入ったダンボールがいくつも並び、テーブルには赤城達が作った料理が所狭しと並んでいる。

 夕立や伊勢などは小皿に山盛りにした料理を抱え込み、始まるのを待っている。

 指揮官が遅れて食堂に入ってくる。高級そうな酒の瓶をいくつか並べ、中央まで歩いてくる。すると皆それぞれの酒缶を開け始める。

 「さーて、遅くなって悪かった。……そんじゃ、今回の作戦成功を祝して〜……かんぱーい!!!」

 「かんぱーい!!」

 皆が声を上げ、缶を掲げあった。料理を食べ始め、酒を飲み始め、食事の時より数倍喧しく騒ぎ出した。

 江風は隅の方に座り、少しだけ酒を口にしつつ騒いでいる皆を眺めていた。

 「向こううるさいですね、江っち」

 綾波がお盆片手に江風の隣に座った。彼女はそのまま唐揚げをつまみ、口に運んでいく。

 「本当にな。この艦隊には愉快な奴が多い」

 そう言いつつ江風は微笑んだ。綾波はそれを横目に見つつ、今度は焼き鳥を食べる。

 「……江っち、もうウチには慣れたみたいです?」

 「そうだな。そろそろここの勝手も分かってきたところだ」

 「そりゃよかったです」

 綾波もつられて微笑み返す。江風はそれを見て少しだけ安心した。こいつもこんな風に笑えるんだ、と。

 

 「おう綾波、江風!お前らも食ってるかー?」

 夕立が焼き鳥片手に駆け寄ってくる。顔は既に真っ赤になっており、完全に酔っている。

 「だっちゃん、酒くさいです」

 「あぁ、相当臭いな」

 「なぁっ!?ほんなことないだろぉー?」

 彼女はそう言いつつ綾波に抱きつき、頬を擦り付ける。綾波は心底嫌そうな顔で江風に訴えかける。

 「あー……やめてやれ、夕立。病み上がりの綾波さんが死んでる」

 「死んではねーです」

 綾波は不服そうに口を挟むが、ギリギリと首まで絞まっているので相当苦しそうだ。彼女は夕立の腕を叩きながらも江風を見続けている。

 「臭くないって言わないと離さないぞ?なぁ綾波?」

 綾波は何も言わなかった。何も言えなかった。首が締まって声を出すどころか息をすることもままならなかったから。

 「待っ……待て夕立!本当に綾波さんが死ぬ!」

 

 何だかんだで解放された綾波。死んだように机に付しつつ、焼き鳥を食べ続けている。

 「マジで死ぬかと思ったです」

 「折角生き残ったのにこんなので死ぬのはな……」

 江風は同情の目を向けつつ、綾波の背を撫でる。

 「ねぇ、江っち?」

 「なんだ?」

 「後で少し、付き合ってもらえるです?」

 江風はきょとんとした顔で首を傾げる。

 「何かあるのか?」

 「ただの散歩です。ほんと、少しだけ」

 そう言いつつも、綾波は遠い目でどこかを見つめる。ここではないどこかを眺めるように。

 「……わかった」

 

 「おー綾波!飲んでるかー?」

 伊勢がなみなみとビールをつがれたジョッキを持ち、歩いてくる。綾波は少しだけ顔をしかめた。

 「飲んでねーです。酒苦手です」

 江風は意外そうに彼女の方を見る。

 「お前にも苦手なものがあるんだな」

 「当然です。カシオレ一杯で頭痛くなるです」

 「それは……飲まない方がいいな」

 一連の話を聞いていた伊勢は不満そうにむくれると、今度は江風の方へ詰め寄る。

 「お前は酒飲めるか?飲めるんなら一緒に飲もうぜ!」

 ふと江風が綾波の方を見ると、彼女は仕方なさげに頷く。それを見た江風は少し息をつき、席を立った。

 「分かった。だが私もあまり得意じゃない。少しだけな」

 離れていく背を見つめ、頬杖をつく綾波。小さくあくびをすると組んだ腕に頭を乗せ、目を閉じた。

 

 

 

 少しすると、海の上に立っていた。手の中には生暖かい感触があり、ドロドロとした液体で濡れている。それを全て洗い流すように雨が降り注ぎ、水面には無数の波紋が広がっている。

 彼女の肩に寄りかかっていた少女はか細く、それでも確かな声で言った。

 「ごめんね……お願い、──────」

 

 

 

 綾波はゆっくりと目を開く。覚めると共に夢の中で感じた背筋の凍る感覚が蘇り、目を細めた。最後の言葉は今回も分からないままだ。

 「またあの夢……です」

 ため息をついて顔を上げると江風が顔を覗き込んでいた。

 「……何か用です?」

 彼女は首を振り、正面に座る。

 「いいや、用はない。ただ、戻ってきたら眠ってたもので眺めていただけだ」

 「ならいいです」

 彼女は綾波の言葉を聞くも、目を細め、少し逸らした。

 「……酷い表情をしていた。うなされていたのか?」

 江風が心配気な声で聞いてきた。

 「別に。気にしなくていいです」

 「そう、か」

 煮え切らない表情の江風を見て、綾波は彼女の手を引き立ち上がった。

 「散歩。今行くです」

 

 午後十時頃。とうに日が落ち切り冷えてきた中、二つの人影が歩いていた。少し薄めのコートを羽織り暖かくした二人は片方の指さす方へと歩いていった。

 「……春とはいえ、冷えるな」

 「もう少ししたら夏です。そこまで行ったら夜も寒くないです」

 「そうだな。横須賀よりは随分涼しいだろうし、過ごしやすそうだ」

 そんな事を話しながら歩いていった先には、木々に囲まれた小高い丘があった。いや、丘というにも小さすぎるそこには、小さな石の箱があった。

 「これは……?」

 「お墓、です」

 綾波はそう言いながらポケットを漁り、中からメンタルキューブを一つ取り出した。彼女はそれを箱の中に入れると、それを閉じ小さく手を合わせた。江風もそれに倣い手を合わせ、目を閉じる。

 「……今まで殺した敵、今まで看取った仲間。此処を通じてせめてもの祈りを、ってことです」

 しばらくして目を開いた綾波はそう言い、手を胸に当てた。

 「そうか」

 江風は短く答える。……意外だった。鬼のように敵を殺し、情けなどないヒトだと思っていたから。

 「意外。そう思うです?」

 綾波はふと彼女の方を見る。心の内を当てられた彼女は思わず固まる。直後咄嗟に取り繕おうとするが、綾波は小さく首を振った。

 「自分でもそう思うです。でもこれをしないと、罪の意識に取り殺されそうになるから」

 彼女は慈しむような目で墓石をさする。

 「敵だから仕方ない。そう言うかと思っていた」

 「だから戦場ではそうしてるです。でも……そうして殺した誰かも、きっと誰かの『ラフィー』だと思うです。だから……」

 綾波は胸元に当てた手をぎゅっと握りしめる。

 「ラフィー?確かユニオンの……」

 江風は首をかしげる。敵対しているはずの陣営の艦がなぜ、と。

 「あぁ、キミは知らないですか。それじゃ、少しだけ昔話をするです」

 少女はその場に座り込み、懐から二つだけ酒の缶を出す。

 「昔話はいいが……酒、飲めないんじゃなかったか?」

 「飲めないとは言ってないです」

 屁理屈を言い笑みを浮かべる姿に江風はため息をつく。彼女はその正面に座り、缶を一つ受け取った。

 「もう……七年も前になるです」

 そう言うと綾波は缶を開け、木々の間から見える月明かりを見上げ話し始めた。




 艦船達の世代

 彼女達はそれの元となったキューブの型により「Mk.1」から「Mk.5」まで分類される。キューブを扱い「素体」となるオリジナルの因子を組み込むことでそれぞれの外見、声、性質を有する艦船が誕生する。当然新しくなるにつれ基礎性能、コスト共に向上し、最新式のMk.5に至っては産まれた時点で訓練を重ねたMk.1の性能を全面的に上回るとされている。
 しかし、艦船は稀に「覚醒」し、何らかの方法で五感を含む全ての性能が飛躍的に向上することがある。この現象は型が古いほど発生しやすく効果も大きくなる。しかし、発生条件は全く明らかになっていない。中でもMk.1の覚醒艦船の性能は目を見張るものがあり、まさに一騎当千の強さを誇るとされる。
 現存するMk.1の艦船は四隻。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。