BLOOD AXIS   作:LAKI

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夢の色

 七年前。ユニオンやロイヤルも、重桜や鉄血も同じアズールレーンに所属していた時。セイレーンが発生して数ヵ月後に突如生み出されたヒトの形をした船、KAN-SEN。綾波達はその第一号だった。

 

 「誰か、生きてないです?」

 綾波は赤く染った視界の中、呟く。力なく水に浮かんでいるそれは返事を返すことは無い。

 生まれたまま、生まれ持った艤装だけで海に放り出された彼女達。セイレーン達はそれを嘲るように薙ぎ倒し、沈めていった。つい先程に背後から頭を撃ち抜き殺した時、奴は嫌な笑みを浮かべ、そのまま空気に溶けて消えていった。

 

 ……一人だ。

 

 そう気づいたとき、どうしようもなく心が締め付けられた。この名に刻まれた言い知れぬ痛み。綾波はため息をこぼし、立ち上がる。最後に確認がてら辺りを見渡し、母港の方へと戻ろうとした時だった。

 

 「あっ、いました!ラフィーちゃん、生き残りいましたよ!」

 後ろの方から元気そうな声が聞こえてくる。振り向くと、紫色の髪をした少女、ジャベリンと薄い紫髪の少女ラフィーがこちらへと向かってきた。

 嬉しそうに駆け寄ってくるジャベリンと気だるげにそれを追ってくるラフィー。綾波の目には思わず涙が浮かんでくる。

 「ど、どうしたんですか、どこか痛いところでもあるんですか!?」

 ジャベリンは焦って彼女の体を見回す。……戦いの後だ、多少の傷はある。

 「ううん。生きてる人がいて、よかったです」

 彼女の言葉を聞き、安堵したように息を着くジャベリン。落ち着くのを待ち、三人で母港へと向かい始める。

 

 「……ねぇあなた、名前は?」

 「綾波。……駆逐艦、綾波です」

 「綾波……覚えました!私はジャベリン。こっちはラフィー。ジャベリン達も駆逐艦です」

 「よろしく……」

 ラフィーは怠そうにあくびをしつつ口を開く。

 「とはいっても笑える状況じゃないですよねー。どうしましょか」

 「まずは帰ってから考える、です」

 「そーですね、そうしましょっか」

 ジャベリンはニコニコと笑顔のまま、二人の手を引き帰っていった。

 

 横須賀の母港に帰ってくるや否や、生き残った艦たちは海軍の将校からの激しい罵倒を浴びせられていた。綾波達三人の他にも生還した鑑たち、合計十数隻はみなそれぞれ怒鳴り散らされている。

 「何のために生んでやったと思ってる」

 「道具の分際で」

 「役立たず」

 目を伏せ、ただ時が過ぎるのを待った。周囲の鑑たちも一人を除き、皆そうしてやり過ごしていたから。

 

 「子供にそんな言葉をかけて、恥ずかしくないのか」

 三人が罵声を浴びせられている時、一人の女性が間に立った。軍帽を被った女性は将校の前に立ち、鋭い目線を向ける。

 「なんだ貴様……道具の分際で!」

 その言葉と共に飛んでくる拳を彼女は掴んで止める。

 「人間兵器、だろう?それなら兵器である前に人間だ」

 将校は舌打ちをし、そのまま背を向け歩いていった。

 

 「大丈夫だったか?」

 女性は三人の方を向き、しゃがみこんで目線を合わせる。

 「うん、ありがとです。あなたは……」

 「航空母艦、エンタープライズだ。お前たちは確か……綾波、ジャベリン、ラフィーだったか?」

 彼女は3人の名前をぴたりと当てる。ジャベリンは驚き、飛び上がった。

 「当たってます!エンタープライズさん凄いですー!」

 エンタープライズは微笑み、ジャベリンの頭を優しく撫でる。

 「名前と見た目だけだ。セイレーンとの戦いで疲れただろう?何か食べようか」

 

 そうして食堂に行った四人が貰ったのは、少しの携帯食料と水。ラフィーはそれを見てむっとした表情をする。

 「まぁそんな顔をするな、ラフィー。貰えただけ良いとしよう」

 そう言うエンタープライズの表情は穏やかなままだった。

 広場のベンチに座りそれを食べ始める三人。エンタープライズはその前に立ち、そのまま食べ始めた。

 「……硬いでふ」

 「そういう物だからな。慣れてくれとしか言えない」

 苦言をこぼす綾波に対し、彼女は苦笑いを浮かべつつ食べる。突然そんな彼女の背後から、女性が肩を組んできた。

 「そーんなあなた達に、ちょっとしたプレゼントよ」

 そう言った彼女はラフィーに袋を渡す。中にはまだ温かいおにぎりがいくつも入っていた。

 「お前は……鉄血のプリンツ・オイゲンか」

 プリンツは銀髪のツーサイドアップを風に揺らし、微笑む。

 「正解。よく覚えてるのね」

 彼女は次に三人の前に立つ。

 「おちびさん達、よく生き残ったわね。この調子で最後まで頑張るのよ?」

 そう言うと彼女は歩き去ろうとする。

 「あ、あの!」

 綾波の呼びかけに反応し、彼女はふと後ろを向く。

 「おにぎり、ありがとです」

 少しだけ微笑んだ彼女は何も言わず、ひらひらと手を振りつつ歩いていった。

 

 それから、綾波はジャベリン、ラフィーと共に行動するようになった。任務が無い日には各々の腕を磨き、切磋琢磨し合う。そして本番ではその培った技術でどうにか生き延びていくのだ。

 そうして必死に生きている間にも新たな艦が生まれては、すぐに死んでいく。指揮官……人間達は彼女らを使い捨ての道具としてしか見ていなかった。もしくはより高性能のものを作るためのデータ収集とでも思っているのだろう。

 エンタープライズ、プリンツ等の成熟した人間の体を持つ者達は時折個別に連れていかれる姿も散見された。それでも彼女らは何事もなく笑顔で振る舞い、綾波達を引っ張っていったのだ。

 

 「剣術を学びましょう」

 2ヶ月ほど経って、突然そう言い出したのはジャベリンだった。自慢げな顔でそう言うが、綾波には意図が分からない。

 「セイレーンに接近したら十中八九殺されるに決まってるです。それなら素直に砲撃を練習した方が……」

 言いかけたところでジャベリンはビシッと指を突きつける。

 「それですよ!そうやってやる前から諦めちゃ何も始まらない。ならジャベリン達で最初の一歩、踏み出しちゃいましょ!」

 納得できないままの綾波は口を開きかけるが、横からラフィーが肩に手を乗せてくる。

 「少しだけ付き合ってあげよ?」

 「むー……仕方ないです。少しだけ、です」

 綾波の答えを聞いた彼女は飛び上がり、二人の手を取った。

 「一緒に頑張りましょ!綾波ちゃん、ラフィーちゃん!」

 勢いよく手を振られるもので、二人はそれに振り回され体まで揺られてしまう。

 「ジャベリン、痛い」

 彼女は苦言をこぼすラフィーに気づき、慌てて手を離した。

 「ご、ごめんなさい。とにかく、明日から頑張りましょうね」

 その翌日から練習を始めるため、普段人の寄り付かない寮舎裏の廃工房に集まった三人。海兵達は頼れず、同基地の他艦も剣術を収めている者はいない。独学で練習を始めた三人は、まずその重い武器を振り始めることから始めた。ジャベリンは槍、綾波は剣。ラフィーは元から艤装に武器が着いていなかったので、二人の予備の武器を一つずつ譲り受けた。

 艦船に備えられているそれらの武器は、そもそも武器として扱うことをあまり想定していない。勿論材質、技術共に最高レベルなので扱えるには扱える。しかし何より重いのだ。脳内イメージで扱う「艤装を操るのを補佐する」それが本来の役割だから。

 

 闇雲に振り続けること数日。たまたま通りかかった若い海兵にそれを目撃されてしまった。彼は片手のコーヒー缶を握り潰し、彼女らに近付いていく。

 「お前ら、何してんだ?」

 首が痛くなるほどに高いところから鋭い目付きで見下ろしてくる海兵。ジャベリンは咄嗟に彼と綾波達の間に立った。

 「じゃ、ジャベリンが言ったんです。やってみようって……だから罰を受けるならジャベリンだけに、ジャベリンだけにして欲しいです」

 彼女は涙目になりながらも真っ直ぐと目を見つめている。彼は頭をかき、ため息をつく。

 「お前、槍構えろ」

 ぶっきらぼうに言われるがままに槍を構えるジャベリン。海兵は彼女の後ろから手の位置を強引に変え、足も掴んで力ずくでずらしていく。彼女は痛みや恐怖に晒され、唇を噛んで涙をこらえている。しばらくして彼は離れ正面に戻った。

 「その姿勢を忘れるな。それが槍の基本の構えだ」

 彼はそう言うと煙草に火をつけ、吸い始める。

 「……へ?」

 「お前ら全員構えがなってない。剣術だろうが槍術だろうがそんなもんで通用するほど甘くねぇぞ」

 苛立ったように指を突きつける海兵。ジャベリンは口を開けたまま自分の体と彼とを交互に見る。

 「次はお前だ」

 彼は次にラフィーに近付き、ジャベリンの時のように強引に構えの姿勢にさせていく。そして最後は綾波も。それが終わった後、彼はまた正面から彼女らを見ていた。

 「破天荒な構えもあるにはある。だが先ずは基本からやれ、いいな?」

 「は、はい!ありがとうございます」

 ジャベリンが深く頭を下げる。それに釣られ、二人も遅れて頭を下げた。

 「お前らを見てイライラしたからやっただけだ。礼なんて言われる義理ねぇよ。頭を上げろ、気味が悪ィ」

 「違う」

 ラフィーが不意に口を開く。

 「……はァ?」

 「ラフィー達が一番感謝してるのは、ラフィー達をヒトとして扱ってくれたこと。……ありがとう」

 「別に同じ人間とは思っちゃいねぇよ」

 彼は石段に座り、煙草をくわえ直した。

 「ならどうして教えてくれたの?」

 「お前らは俺らとは違って『船』だが、俺らと同じ『兵士』だ。……それ以外に理由なんているかよ?」

 最初と変わらずぶっきらぼうな口調で言う海兵。何はどうあれ自分達を「同じもの」として扱ってくれた。それだけでどこか嬉しかったのだ。

 「名前……教えて貰えませんか?」

 「……伏見信弘だ。階級は軍曹」

 目を細め、睨むような表情で言う信弘。それを聞いたジャベリンは深く深呼吸し、初めのような真っ直ぐの視線を向けた。

 「信弘さん、私達に剣術を教えてください!」

 「面倒だ、却下」

 「えぇ!?」

 あっさり断られたジャベリンは驚き、その場にへたり込む。

 「どうしてもダメです?」

 ショックで座り込んでいる彼女の代わりに綾波が問う。

 「あぁ。ただでさえ忙しいのにガキの面倒なんて見てらんねぇよ」

 「そう……ですか。ごめんなさい」

 どこから見ても分かりやすく落ち込む三人を見て、信弘は深くため息をついた。

 「たまになら見てやる。それ以外の日は勝手にやってろ」

 それを聞いたジャベリンは顔を上げ、嬉しそうに飛びついた。

 「ありがとうございます!ジャベリン、とっても嬉しいです!」

 「やめろ鼻水付けんなボケ!」

 彼は力ずくで引き剥がし、壁に寄りかかる。

 「明日、この時間にまた来い」

 そう言うと三人に背を向け、歩き去っていった。

 

 次の日、同じように練習をしていた三人。静かな廃工房に音が響いた。

 綾波達が振り向くと、信弘がいくつかの本を入れた紙袋をそこに置いたところだった。

 「これは?」

 首を傾げるラフィーに対し、彼は見向きもせずに答える。

 「あぁ、剣術の本だ。俺の部屋にあったやつを持ってきた。汚すなよ?」

 「……ありがとう」

 「どうせ眠ってたもんだ。お前らでそれ読んで稽古するんだな」

 ジャベリンが中を漁ると、中に缶が三本入っていた。

 「コーラ……?」

 「お前ら、前に自販機で物欲しそうに見てたろ。ついでだ、ついで」

 三人は目を輝かせて缶を見つめる。その様子を見て彼は思わず笑みがこぼれた。

 「……何かおかしいです?」

 不思議そうに聞く綾波。彼は少し首を振った。

 「こうやって見ると、本当にただのガキだと思ってな。……こんくらいだったらまたなんか買ってやるよ」

 初めて見る柔らかな笑みにつられ、綾波も思わず笑ってしまう。

 「ありがとです」

 「おう。んじゃ俺はもう行く。まだ仕事があるんでな」

 彼はひらひらと手を振り、歩き去っていった。

 ラフィーは早速缶を開け、コーラを一口飲む。びりっとした感覚が口内を駆け巡り、思わず目を閉じてしまう。

 「あはは、どうしたんです?ラフィー」

 彼女は少し涙目で首を振っている。

 「これ、びりびりする……」

 「そうです?」

 続いてコーラを飲んだ綾波も炭酸の刺激に顔をしかめた。

 「ほら、わかるでしょ?」

 「びりびりです」

 そんな二人をニコニコしながら見守っていたジャベリンは、コーラを口にするとやっぱり顔をしかめるのだった。

 

 それからも三人は毎日のように剣術を練習していた。その間にもセイレーンとの戦いがあり、仲間たちは死んでいった。どうにか生き残り、強くなる。そのおかげで、次も生き延びる。三人は強くなった。たくさん笑いあった。たくさん喧嘩もした。こうやって、ヒトとして生きることを知れたのだろう。

 

 

 

 

 「──────なんてこともあったです。懐かしいなぁ、逢いたいなぁ。また、みんなに……」

 座り込んで話していた綾波は突然口元を抑え、ふらついた。

 「どうかしたのか?」

 江風は彼女の前に座り、肩に手を置いた。

 「……吐きそう、です」

 「やっぱり酒ダメなんじゃないか。……仕方ない、海にやれ」

 そう言うと江風は彼女を抱き上げ、崖になっているところから海に吐かせる。江風はため息をつきつつ、綾波の背をさすっていた。

 

 「……大丈夫か?」

 一通り落ち着いた頃、綾波にまた声をかける。

 「気持ち悪ぃけど大丈夫です。迷惑かけてごめん、です」

 「まぁいい。そろそろ戻ろうか」

 江風はそう言うと綾波に背を向け、しゃがみこむ。

 「……何してるです?」

 「そんな状態じゃまともに歩けないだろ?おぶっていく」

 「そっか、ありがとです」

 彼女はそう言い江風の背に乗った。江風はそのまま立ち上がり、寮舎へと歩き始めていった。

 

 「……ねぇ、江っち?」

 「何だ?」

 「夢ってあるです?」

 江風は小さく俯き、首を振る。

 「夢とか、希望とか。そういったものは考えてないし、言うつもりもない」

 「どうしてです?」

 「……今は戦時中で、私達は兵器だ。こんな時に夢などと口にするなんて、愚かな事じゃないか?そんなもの、終わった後に考えるべきだろう」

 その答えに綾波は小さく笑い、江風の首に腕を回した。

 「真面目です、キミは」

 「むっ、馬鹿にしているのか?」

 「そうじゃないです。キミは責任感と自分の正義で戦えるんだなって、そう思っただけです」

 「……戦いは必ず、誰かの命を奪う。夢のため、欲のため。そんな理由で戦っていたら死んだ奴らが浮かばれないだろう?」

 江風は横目で綾波を見る。彼女は赤くなった頬で首を傾げた。

 「いいんです、欲のためで。願いは生きる理由になる。何だっていいです。美味しいものが食べたいとか、愛する人に死んでほしくないとか。その願いのためなら、ヒトは強くなれるです」

 「……それがお前の強さ。そう言いたいのか?」

 「さぁ、自分でも分かんねーです。ちっちゃくてもいい、だから夢を持って、です。そうやってこの世界に楔を打てば、簡単には──────」

 彼女の言葉は途中で途切れた。代わりに小さな寝息が耳に当たってくる。

 「全く、せめて最後まで言ってから寝ろよ」

 江風は仕方なさげに息をつき、また歩き出した。

 「夢、かぁ……」

 見上げると空には円い月が見えてくる。もし夢を持つことで強くなれるのなら、それなら。

 「釣りでも行きたいかな。此処のみんな全員で、何の心配もない海の上で。……あぁ、楽しいだろうな。その為には勝たなきゃな。もっともっと、強くなってさ」

 江風はそう言うと寝息をあげる綾波を背負い直した。どんな夢か言う気はさらさらない。ただ彼女は自分に誓ったのだ。仲間を誰も死なせないと。

 「……結局、ラフィーってのについてはあまり分からなかったな。そのうちちゃんと聞かせてくれよ、綾波さん」




大湊艦船の世代
綾波……Mk.1
江風……Mk.5
高雄……Mk.2
夕立……Mk.4
夕張……Mk.3
赤城……Mk.2
加賀……Mk.4
伊勢……Mk.3

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