BLOOD AXIS   作:LAKI

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The Only Measure Javelin

 ヴィルヘルム艦隊が帰還してから一ヶ月。いつもの様子を取り戻したはずの大湊は、この日妙に暗い空気に包まれていた。

 

「綾波さん、この資材はどこに運べばいい?」

「上の箱は第四倉庫。下のは工廠に運べばいいです」

「わかった」

 

 数日前……彼女らに知らされた一つの事実が、明るさを根こそぎ奪っていた。その報せとは、サンディエゴ艦隊のことだ。ここ一年余り大人しい様子を見せ、際立った行動をしていなかったのだが、急激な武装の強化、KAN-SENたちの動きが目立ってきたのだ。そしてその報告から、綾波を含めた古株には十分察すことができた。近いうちにどこかが落とされることになると。

 その中でも綾波は普段と変わらない。時折遠征をおこない、空いた時間には刃を磨き、戦闘訓練をする。ただいつものように過ごしていた。江風も特に言及することはなく、彼女に付き従っていた。

 

「今日は夜番ですね、江っち」

「ああ。……まあ、夜に攻められたらお手上げだからな」

「そのために艤装装備状態での睡眠を命じられてる、です。三分もってくれればなんとかするです」

「……そうだな」

 

 ここ数日気を張りつめていた江風。ここにきてまだ日の浅い彼女はほんの少し、だが確かに消耗してしまっていた。それでも、彼女を責められるものはないのだが。……ないのだが、それが招いてしまうこともあるのかもしれない。

 

 

 

 

 皆が寝静まり、ぽつり、ぽつりと光る街灯では照らしきれない闇に包まれた夜。その日の闇は、煌々と湧きあがる赤に焼き尽くされた。

 

「C地点だ! 少なくとも空母は三隻、推定敵数は五十!」

 

 頭が割れんばかりに響き渡るサイレン。かき消されないように声を張り上げて無線を飛ばす江風は、地上から艦載機を撃ち落としつつ集合地点へと走っていく。綾波と合流できれば、なにか活路が見えるはず。そんなことを考えながら。

 

 

 

 時を同じくして、集合場所へと走る綾波。他の仲間とは別れ、別角度からの強襲を狙って。そうして走っている中、一発の砲弾が目の前に着弾する。とっさに跳び下がった彼女は、その発射元……倉庫の屋根のほうを向いた。紫色の髪が月明りに照らされ、影が落ちている。一本の槍を担いだ彼女の姿を見て、綾波は言葉を失った。

 

 

「お久しぶりですねぇ」

「……は?」

 

 くすくすと笑いながら目の前に飛び降りる少女。綾波は冷や汗を流し、剣を構える。

 

「そんなに警戒しなくてもいいでしょ?綾波ちゃんとジャベリンの仲じゃないですか」

「何年も前の話を持ち出すんじゃねーです」

「一生の仲ですよ?」

 

 ジャベリンは笑みを崩さないまま歩み寄る。日の下で、道端で偶然出会った旧友にするように、自然な足取りで。その空気を切り裂いたのは、綾波の剣筋だった。彼女はそれをひらりとかわし、その場で立ち止まった。

 

「近寄るんじゃねーです。慣れあう振りもしなくていい」

「そうですか。……残念です」

 

 槍を構えたジャベリン。彼女は瞬きする間もなく、綾波の視界から外れた。それとほぼ同時に左側頭部へと突き立てられた刃を、彼女の剣が受け止めた。そして返す刃をいなし、再び間合いを取った。

 

「やるなら本気でです、ジャベリン」

「他の子なら今ので死ぬんですけど……やっぱり強いですね、綾波ちゃん。会えてよかった」

「急がなきゃって時に来るバカがどこにいるです? 会いたいんならアポ取れ、です」

 

 再び刃を交える二人。槍による猛攻を鎬で受け、即座に反撃する綾波と、それを受けきることなくいなし、流すことでかわすジャベリン。地上でありながら水上のそれと遜色ないほど駆け回り、切り結ぶ二人。

 壁際に追い詰められた綾波は置かれていた木箱を盾にして彼女の視線を逸らし、切りつけた。ポトリと何かが落ち、ジャベリンはその元である左手を見た。

 

「……ああ、指が落ちるなんているぶりでしょうか」

 

 彼女は恍惚とした顔で滴る血を舐めた。痛みに顔をゆがめるでもなく、怒りに湧きあがるでもなく、なにか祝い事でもあったかのような弾んだ声で言い、また槍を構える。

 

「ラフィーが聞いたらドン引きです、お前」

「あの子なら笑ってくれますよ。……お揃いになったらわかってくれますか?」

「なわけねーです」

 

 綾波は頬から流れる血を拭い取り、また彼女へと斬りかかっていく。タガが外れたのか、より攻撃に傾倒していくジャベリン。つけた傷と同じ以上の傷を自らに刻みながら、狂気すら感じられる勢いで攻撃を繰り返す。

 

 そんな彼女が左手に槍を持ったそのタイミングを狙い、綾波は槍を巻き上げ飛ばした。倉庫の壁に突き刺さったそれを追わせるつもりもなく、剣を振り下ろす。ジャベリンはそれをすぐさま回避し、彼女の脇腹を蹴り飛ばし、木箱の積まれた山へ吹き飛んで行った。壊れて崩れ、木片が散乱する中、ジャベリンは悠々と槍を回収した。

 

「はぁ……ジャベリンに与えられた指令は、『綾波の足止め』。このままじゃ、綾波ちゃんの負けですよ?」

「……っせェです」

 

 木片を吹き飛ばし、立ち上がる綾波。それを嬉しそうに見るジャベリンは笑みを浮かべながら近づいて行った。互いに息を上げながらも、寸分の気のゆるみも見せない二人。ジャベリンはおもむろに横へと歩を進め、足を水に浸けた。そしてそれに応じるように水へ降りる綾波。脚部艤装が作動し、水の上に立つ二人。ふたつの視線が、交差していた。

 

「降りてくれないのかと思いました」

「ここでお前を逃がせば、犠牲が増える。綾波の選択肢は初めから一つしかないです」

「でしょうね」

 

 艤装の力を借りた二人の戦いはより激化していた。地上でも追うのがやっとなくらいだったのが、もはや目にも止まらない速さになり、ぶつかり合った火花だけが二人の存在を示しているようだった。

魚雷で生まれた水しぶきが落ちる前に、五度は切り結ぶ。それを繰り返す間にも響く砲撃の音が、彼女を焦らせていた。

 そして、月明りが隠れたことを感じ取った綾波が空を見る。それは、決して雲に覆われたから隠れたのではなかった。おびただしいほどの艦載機が天を覆いつくして、基地全体に影を落としていた。それをやったのが誰なのか、綾波にはすぐわかってしまう。伝わるのは、絶望とともに。

 

「っ、逃げ————」

 

 彼女の声はかき消され、既に炎に包まれていた基地を無慈悲なほどの轟音が包み込んだ。

 爆風に耐え切れず海の方へと吹き飛ばされる二人。宙返りしてなんとか着水するものの、目の前に広がる光景に動揺を隠せずにいた。

 

「……時間稼ぎは終わり。あなたの負けですね、綾波ちゃん」

「っ……逃げるんです?」

「むしろ慈悲ですよ。ジャベリン、今日のところはあなたの仲間を殺しません」

「……そういうことです、か」

 

 ジャベリンを追うのなら、仲間を見殺しにしなければいけない。彼女に選択肢は無かったのだ。

 

「今度会ったら殺す、です」

「あははっ! 楽しみにしてますよ。先に地獄へ行く準備でもしときますかね?」

「……チッ」

 

 彼女に背を向け、その場を離れる綾波。ジャベリンはそれを見つめ、つぶやいた。

 

「もうすぐ二人で会いに行きますからね、ラフィーちゃん」

 

 

 

 綾波は全力でエネルギーを蒸かし、戦闘音の方へ急ぐ。敵艦が仲間たちを逃がさないように包囲しているようで、半円を描くように並んだ艦達が中央へと砲撃していた。

 ──────あんな攻撃で死ぬほどヤワじゃない。

 自分に言い聞かせ、唇を噛み締めて向かっていった。

 

「……!? なんだ貴さ──────」

 陣へと近づき、気付いた敵艦を容赦なく切り捨てていく。息を上げながら、血を流しながら一心不乱に何隻かを切り沈め、すぐさま中央へ向かう綾波。生き残った連中は恐怖と困惑でその場にへたりこみ、呆然と綾波を見つめていた。

 

 それから少しして、綾波の背後から悲鳴が響き渡る。すぐに砲撃音にかき消されたそれを気にもとめず、彼女は仲間たちを探していた。これ程までに夜の闇を憎んだことがなかった彼女は、全開で奔り続けようやく疲弊した仲間たちを見つけた。円形陣で周囲を迎え撃ちつつも、圧倒的不利な状況に為す術もないようだった。

 

「高雄、江っち……みんな!」

「……!! 綾波か!?」

 

 嬉しそうにしながらもどこか戸惑う高雄達は手招きした綾波の方へ向かってきた。その間も受けていた砲撃を綾波、伊勢両名が片端から撃ち落とす。

 

「綾波さん、私はどうすれば……」

「今は逃げるです。幸い端の方は層が薄い。あいつの気まぐれがいつまで続くか分からないです。早く!」

「……え?」

 

 縋るように聞いた江風の言葉に返ってきたのは、逃げるという選択肢。こんな状況でも、絶望に包まれていても。彼女なら何とかできるとどこかで慢心していた彼女は、思わず呆けてしまった。

 

「バカ、早く逃げるです!」

「早く行かなきゃ死ぬんだぞ!?」

 

 江風は夕立に腕を引かれ、全開で離れていった。皆が走る中、綾波と共に殿を務める伊勢。降り注ぐ砲弾や爆撃を得意の早撃ちで撃ち落としていく中、横から急接近してくる何かが迫ってきた。

 

「……綾波、行け」

「バカ言うなです、伊勢やん。アレを相手できるのは綾波だけです」

 

 迫ってくるのは白の軍服。白銀の髪を靡かせた空母。

 ──────エンタープライズだ。

 

 迎え撃つように飛び出し、彼女へ切りかかる綾波。それを滑走路で受けた彼女は狂ったような笑みを浮かべた。

 

「久しぶりだな、綾波」

「会いたくもねーです、エンタープライズ」

 

 強引に剣を押し込み、その力で距離をとる二人。息を整え、再び構え直す綾波に対し彼女は呆れたようにため息をついた。

 

「そんな消耗した体で私に勝てると思っているのか? 甘く見られたものだな」

「そう思うんなら出直してくれ、です」

「折角の再会をフイにしたくないだろう?」

 

 ジャベリン戦で随分と力を使った綾波。積り重なったダメージや疲労は彼女の動きを鈍らせてしまっていた。

 それを証明するかのように急接近するエンタープライズの蹴りを避けきれず、吹き飛ばされてしまった。倉庫の壁に叩きつけられ、水面に足は着いているものの、とても動けない状態になってしまった。

 

 そんな綾波の方へ少しずつ、確実に近付いていくエンタープライズ。横から全力で砲撃してくる伊勢の弾を片腕の滑走路のみで平然とすべて受けきりながら、確実に。

 

「……っ、クソが!!」

 

 伊勢は刀を抜き、近接戦を挑むが、容易くそれを避け鳩尾を肘で打たれてしまった。

 呼吸すらままならず、腹を抱える彼女へ見向きもせずに進むエンタープライズは、綾波のもとへとたどり着いていた。

 

「……残念だ」

「や……めろ……」

 

 動けずに諦めたような表情を浮かべる綾波。一歩も動けないまま、弓を引く様子をただ見ていた。

 

「やめ……ろ……!!」

 

 掠れた声で叫ぶ伊勢。血を吐きながらも、全力で。

 そんな彼女を見もせず、ぽつりと声が響いた。

 

「さよならだ」

「やめ、ろぉぉお!!!」

 

 急加速した伊勢はエンタープライズに飛びかかり、肩で彼女を吹き飛ばした。すぐに体勢を立て直した彼女はようやく伊勢の方へと向き直り、改めて彼女へ弓を引いた。

 

「先に死にたいのなら、勝手にしろ」

「ハハッ、望むところだ。……綾波!!」

 

 ビクッと震え、伊勢と目が合う二人。よろめきながらも、真っ直ぐと目を向ける綾波に対し、彼女はできる限りの笑顔を向けた。

 

「生きてくれ」

 

 ただそう言い、エンタープライズの方へ向き直る。それとほぼ同時に矢が放たれ、彼女の眉間へと向かっていく。そしてそれは──────彼女により、真っ二つに斬られていた。

 

「伊勢、やん……?」

「綾波、伊勢!! ……エンタープライズ!?」

 

「あァ、高雄。綾波を任せたぜ」

 

 逃げた方から戻って来た高雄。その様子に困惑しながらも、伊勢の言葉を聞くと、決心したように綾波を抱き上げ、再び全速力でその場を離れ始めた。

 

「待って、高尾!! まだ伊勢やんがいるです! 一人にしたら、もう!」

「解ってる! あいつの覚悟を無柄にする気か!!」

「いやだ、待ってです……伊勢やん!!」

 

 暴れる元気も無い中で叫ぶ綾波と、歯を食いしばりながらもその場を離れていく高雄。その様子を見ていたエンタープライズはようやく口を開いた。

 

「愛されているな、『伊勢やん』」

「その呼び方していいのはアイツだけだ」

「そうか。……綾波を差し出せば、君だけは見逃したというのに」

「仲間売るくらいなら、死んだ方がマシだ」

「……殊勝だな」

 

 エンタープライズが艦載機を展開したその瞬間、伊勢の砲弾がその殆どを叩き落とした。驚いた様子で彼女を見ると、笑っていた。全てを悟り、覚悟を決めた目で。

 

 艤装のリミッターも外し、彼女は立ち向かう。十三番目の覚醒者は、その命を燃やした。

 

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