「落ち着け、綾波!」
「っあぁああ!!!」
病室で叫び狂い、壁に穴を開ける綾波。そしてそれを必死で止める高尾。
あれから数時間後。横須賀に運ばれた大湊艦隊は療養していた。幸いにもメンバーの殆どが無事で、人的被害はごく少数だった。……大湊はユニオンに奪われてしまったのだが。
手の中にある伊勢の髪留め。逃げきったと思った矢先にどこからか吹き飛んできたもの。それを見た綾波は頭を抱え、ただ吠えていた。
「綾波は……綾波は!! 何も学んじゃいない!!」
「綾波、さん……」
片腕をつり、困惑した様子で彼女を見る江風。いつも冷静で起伏の少なかった綾波がここまで取り乱す姿を見るのは初めてだった。
……無理もないことだった。大湊に来てからずっと仲間を死なせずにいて、これからもそうすると誓っていた綾波。それが崩れてしまったのだから。
「伊勢やん……綾波、は……」
鎮静剤を打たれ、その場に眠り込んだ綾波。とりあえずの静寂の中で、高雄はへたりこんでしまった。
「……なぁ、江風」
「なんだ?」
「拙者の選択は、間違っていたのか?」
「……どうだろうな」
大湊の面々は消耗しきっていた。江風は片腕がちぎれかかっているし、高雄はアバラを始め骨が数カ所折れている。夕立や加賀は全身に酷い火傷が広がっているし、赤城は片足の骨が折れている。唯一目立った傷のない夕張は看病に駆け回っている。こうして暴れ回っていた綾波も複数箇所の骨折に加え筋断裂、内臓にもダメージがあったKAN-SENでなければ死んでいたとは医者の談だ。
そして、指揮官は未だに目を覚まさない。戦火の中で皆を逃がし、奔走していた彼は爆撃に晒され、酷い傷を負っているのだ。
「あ、あの……大丈夫です?」
横須賀の面々が物珍しさからか見舞いに来る。幼い者は彼女らの様子を見て、怯えて逃げ帰ってしまうのだが。だが今回は違うようだ。
「心配しなくていい。拙者らは生きているのだし、傷は治せるさ」
「そ、そうです?」
おずおずと出てきたのは、横須賀所属の綾波。改造を施していないせいか大湊のものより幼く、目にも光が灯っているように見える。
「ウチのをひと目見ておきたい、とかか? 今は勧めないぞ」
「そう言うな、江風。何か用件があるなら、伝えておく」
「えと……これを渡しに来た、です」
そう言って手渡したのは、一通の手紙。少し古くなった紙に「綾波 ジャベリンへ」と書かれたもの。
「これは?」
「いつだったか、基地内で色々あって、地面がバクハツすることがあったです。そしたら箱が出てきて、その中に」
「差出人は……ラフィー、か」
手紙を渡すと、彼女は困ったように笑った。
「その宛先、綾波じゃなかったです。きっと、ずっと前から戦ってきた綾波の──────あの人のものじゃないかなって」
その視線の先には、荒れ果てたベッドで気絶したように眠っている綾波。彼女が知らぬ間に現れた運び人は、礼をすると去っていった。
「……! 起きたか、綾波さん」
「……ん」
また数時間後、目を覚ました綾波。ボサボサの髪のまま、魂が抜けたように返事をしていた。
「……江っち」
「なんだ?」
「伊勢やんは……どうなったです?」
普段の綾波がすることの無い、縋るような言葉。一片の希望に擦り寄り、信じたがっているような様子だ。
「安否不明、あの場から帰っていない。恐らくは──────」
「解った、もういいです」
会話を打ち切った綾波は寝返りをうち、そっぽを向く。覇気のない声に戸惑いつつも、その原因を理解していた江風は何も言えずにいた。
「綾波、伊勢やんに助けられたです。……何も、できなかったです」
沈黙の後、口を開いた綾波。ぽつり、ぽつりと話す様子を、江風はただ何も言わず聞いていた。
「何が『鬼神』だ……何が『エース』だ。──────綾波は、仲間一人すら守れないです」
彼女の目尻から、一筋の雫が流れ落ちる。後悔と、無力感……そして大きな挫折。腹の中で渦を巻く想いを少しずつ零していくように、ただ静かに涙を流していた。
「守りたかったんじゃないのか?」
「……は?」
「きっと伊勢は、綾波さんを守りたかったんだ。それが大湊の未来に繋がると信じて、自分を犠牲にしてでも守り抜いたんだ」
「確かめようもない希望的観測を口にして何になるです」
「でも、伊勢はきっと!」
言いかけたところで、飛び起きた綾波は江風の胸ぐらを掴んで引き寄せた。まだ目尻に涙を湛えながら、叫び声を絞り出すように、まくしたてる。
「ハッキリ言えばいいです! 綾波がもっと強ければ、伊勢やんを見殺しにしなくて済んだ! いいや、その前から……ジャベリンをさっさと始末して、すぐにみんなを助けに行けた!!」
「綾波、さん……」
「綾波のせいで、あいつは死んだ! そんなこと誰より理解してるです! だから!」
ひとしきり言った後、彼女は息を整える。落ちる涙を止めもせず、肩で息を吐いていく。そして少し掠れて落ち着いた声になった綾波は、ぽつりと呟いた。
「だから、お願いです。……今だけは、綾波を責めてほしいです」
「……っ」
江風は、何も言えなかった。彼女が抱え込んだものの大きさの片鱗、それを初めて感じられたようだったから。
「八つ当たりしてごめん、です。少し一人にして欲しいです」
「……わかった」
小さくそう言い、またそっぽを向いてしまう綾波。江風は部屋を去る間際、思い出したようにテーブルに手を置いた。
「ここの綾波が置いていってくれたんだ。アンタ宛らしいし、読んでやってくれ」
「……ん」
彼女の様子を心配しながらも、江風は部屋を出る。今彼女を癒せるのは、自分ではないから。
綾波はテーブルへと手を伸ばし、その手紙をとる。赤がかった夕日に照らされた、古ぼけた封筒を見つめていた。
──────間違いない、ラフィーの字だ。
そう確信した綾波。他のラフィーも同じように書くのかもしれない。だが、それでも確信していた。かつて共に海を駆けたラフィーであると。
勇気を振り絞り、中の手紙を見た綾波。たった一行の文章を見て、思わず「は?」と声が出てしまった。
その中に書かれていたものは、「秘密基地の宝箱を見て」だった。意図も理由も見えない。なにか隠していたとして、あれから何年も経った今どうしろというのだ。……今更それを見つけたとして、彼女はもういないというのに。
ため息をついて、手紙を置く。それを確かめる気も起きないというより、今彼女の遺したものと相対したくなかった。ぼんやりと窓の外を見て、また大きく息を吐いた。
それから数日して、綾波達が完治した頃。横須賀基地内はまた嫌な空気に覆われていた。エンタープライズ率いるユニオン艦隊が大湊を出航、近隣の基地を破壊しているという情報を受けたからだ。
最強のKAN-SENのみならず、50を超える大艦隊。もはや戦いにもならない蹂躙が続いているのだろう。
緊張が走り続ける基地内では、来る戦いに向けての準備を進めているようだった。むしろ戦力を集めている今こそ好機として、彼女らを打ち破ってやろうというものさえいる。
そんな中で、大湊の面々は呼び出しを受けていた。
彼女らの前に立つ小柄な戦艦は、背筋を伸ばし彼女らへ向き直る。
「改めて、余は重桜連合艦隊旗艦、長門である。此度の戦い、ご苦労であった」
「クソの役にも立たねぇ皮肉を言う暇があるなら要件を言え、です」
「こら、綾波! ……失礼致しました、長門様」
苛立った様子で言う綾波を、赤城が諌める。長門は少し動揺した様子を見せたが、すぐに咳払いをした。
「構わん。早速本題に入るとしよう。サンディエゴ第一艦隊の件だ」
「……エンタープライズです、か」
「うむ。彼女率いる五十余りの艦隊が横須賀に侵攻すると推測されている。それを迎え撃つ際にお主らの力も借りたいのだ」
「ええ、勿論ですわ。此方としても光栄です」
恐らく彼女らも先の戦いで受けた傷は癒えている。そうなればあの時と似たような状況になりかねない。
「策はあるんです?」
「勿論。既に北陸で艦隊を潜伏させている。彼女らが水戸を超えたところを挟み撃ちの形で強襲だ」
練度が高く、更に絶対的な空母がいるサンディエゴ艦隊。制空権を奪われる可能性が高い故にそれが響く前に勝負を決しようということらしい。理には適っている。
「前回と同じメンツなら、綾波はジャベリンに手がかかるです。綾波抜きで……いや、いたとしてもエンタープライズをやれるんです?」
「やってみなければな。いくら彼女といえ無敵ではない」
「此処でまともに相手できるのは綾波と長門だけ。ヤツの性質上数で攻めたとして返り討ちになるです。一筋縄ではいかねーです」
「だからお主にもエンタープライズを相手してもらう。横須賀艦隊が全力でジャベリンを足止めし、その間に敵旗艦を叩く。奇襲で混乱を引き起こし、数を減らすことが出来れば可能なはずだ」
真っ直ぐな目で綾波を見つめる長門。決して確実では無い策だが、最前ではある。それを訴えるように見ていた。
「わかったです。ここの旗艦はアンタだし、それに従うです。ただ──────」
「……ただ?」
「綾波以外がアイツと対峙するのなら、死人は両手じゃ足りなくなる。それを覚悟しておくです」
「……ああ」
「ちょ、待て綾波!」
彼女の言葉を待たず、さっさと部屋を後にする綾波。高雄が引き留めようとするが、振り返ることなく出ていってしまった。
「……構わん。余が好かれていないことなど解っている。五年のツケを返しきれていないだけだ」
「長門様……」
その後解散となり、部屋を出る大湊艦隊。少し寂しそうな顔をする長門に少し気後れしながらも、江風らは部屋を出た。
「……高雄」
「どうした?」
「長門様と綾波さん……以前に何があったんだ?」
「あぁ、その事か。拙者はその場にいた訳では無いからな、伝え聞いた話になる」
五年前、アズールレーンが分裂し、レッドアクシズが生まれた頃。ユニオン、ロイヤル、鉄血、そして重桜の四陣営が混じりあっていた横須賀では壮絶な戦いが起こった。アズールレーン側についたエンタープライズと、レッドアクシズ側についた三笠。かつての友人同士、かつての仲間同士で殺し合いが始まってしまった。
横須賀の内部分裂に、綾波達も巻き込まれてしまっていた。陣営の圧力からジャベリン、ラフィーの二名はアズールレーンに、綾波はレッドアクシズに加担せざるを得なくなってしまった。
それでも三人は刃を交えなかった。人知れずに集まり、戦いを終わらせる方法を思案し、そしてまた戦いに赴いて。陣営は違えど、その友情は切れないものだった。
ある日、戦場で綾波とラフィーが相対してしまった。戦いたくないが、周りの目を考えると戦わざるを得ない。あくまでフリだけ、怪我すらしないような優しい打ち合いを二人は始めていた。……その時だった。
綾波の背後から榴弾が放たれ、ラフィーの肩を吹き飛ばした。そして続けざまに腹を抉られ、致命傷を負った。彼女は倒れかけたラフィーを抱き留めた。気をしっかり保つように声をかけ、応急処置の為に工作艦を呼ぶ。だが、敵同士の二人がそんなことをして近付くものはいない。そうして息を引き取るラフィーを看取った綾波は、タガが外れたように佇んでいた。そして声をかけた長門を──────ラフィーを殺した本人を、狂ったように殴り続けた。仲間を殺すわけにはいかない。でも、許すことなんてできやしない。
遅れてやってきたジャベリンが泣きながら引き剥がすまで、それは続いていた。
ただ声もあげず、表情ひとつ変えず。ただ涙を流しながら、ひたすらに殴り続けていた綾波。血に滲んだ拳を見つめ、ジャベリンへと視線を移し。ただぽつりと呟いたそうだ。
「ラフィー、死んじゃった……です」
「艦としての判断は正解だろうが、綾波の怒りを買うには十分すぎる理由だ。奴に理性がなければ、今頃……いや、やめておこう」
「……そんなことがあったのか」
「そのようだな。それ以来あんな性格になったとも聞く。……ああなった後しか知らない拙者には分からないがな」
「想像もつかないな」
長門を嫌う理由。綾波の過去、その一片を聞いた江風。納得が半分、残りは少しの後悔と悲しみ。深く追求することもできず、ただ廊下を歩いていた。