BLOOD AXIS   作:LAKI

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UNLUCKY-E

 会議の場から離れた綾波は、基地のはずれにある防波堤に座り込んでいた。ただ海風に吹かれ、カモメが鳴いて。肌を撫でていく風に身を任せ、倒れこんだ。

 

『泣かないで。……綾波。君に会えて、よかった。生きていてくれて、よかった。友達でいられて————よかっ、た』

 

 親友が残した最期の言葉。血にまみれた手と、徐々に光を失っていく目。頭に焼き付いて離れないそれと、つい先日のあれが重なってしまう。

 

『生きてくれ』

 

 そんなことを言われても。綾波は誰に言うでもなく呟いた。仲間を守り抜くことが唯一の生きる理由だったのに、守られてしまった。自分が犠牲になれば、伊勢は死なずに済んだかもしれないのに。きっと指揮官も赤城も、生きていれば伊勢すらも「気にしすぎだ」と言うだろう。当たり障りのない、見栄えのしない日常ばかりが瞼の裏に映り、消えていく。

 

 酒を飲んで騒ぐ伊勢に悪態をつきながら付き合ったあの日。

 一緒に射撃演習を繰り返し、早撃ちをものにして嬉しそうにしていたあの日。

 一緒に笑い、一緒に泣いた。高め合い、競い合った。そんな日々がよぎっていく。

 

 もう二度と訪れることがないあの日々。腕に通した彼女の髪留めを見て、目を閉じた。

 

 

 

「————波さん、綾波さん」

 

 揺り動かされた綾波が目を閉じると、夕日で赤く照らされた江風が彼女を覗き込んでいた。心配げな様子で、起きた彼女を見て安心したような顔をして。

 

「江っち、どうしたです?」

「解散後しばらくしても寮に戻ってこないから、探していたんだ。まさかここにいるとはな」

「……ん」

 

 江風は彼女の隣に座り込むと、持ってきていたペットボトルを一つ、彼女に渡した。

 

「なあ、綾波さん。私は、強くなれたと思っていた。アンタには遠く及ばないが、それでもあそこを、みんなで守っていけるものだと思っていた」

「……うん」

「あの日、それが砕け散ったようだったよ。敵も倒せないどころか、誰一人守ることもできない。あの日私は、足手まといだった」

「新人なんだから、当然です。だから綾波が守らなきゃだったのに……」

 

 また暗い顔をして頭を抱える綾波を、江風はそっと抱きしめた。彼女はそのまま、されるがままに抱かれている。

 

「……前に言ったこと、覚えているか?」

「どのことです?」

「新人だから、後輩だからって……守られるだけじゃ嫌なんだ。アンタ一人に抱えさせるのは、嫌なんだ」

「……っ」

 

 彼女は何も言わず、江風の服をぎゅっとつかむ。肩を震わせ、ただ抱き返していた。

 

「生意気……です」

「もっと努力する。もっと戦って、もっと立ち向かって強くなる。もう二度と逃げない。だから……私にも背負わせてくれ」

「……うん」

 

 彼女の胸に頭を擦り付け、綾波はただすすり泣く。そして彼女は、綾波の頭を撫で続けていた。

 

「……ねぇ、江っち」

「ん?」

「五年前、誓ったです。もう二度と仲間を死なせないって。でも……」

 

 それ以上言葉を繋がなかった綾波。言葉にすれば、また絶望してしまいそうだったから。江風にはそれもわかっていた。短い付き合いではあるが、ずっと慕ってきたヒトであり、師事していたヒトであり、憧れてきたヒトなのだから。

 

「一つ、私から頼みがある」

「……ん」

「————死なないで」

「……っ!」

 

 伊勢の言葉と被るように聞こえる言葉。願うような、その言葉。彼女には、意味は理解できていても、その意図まではわからなかった。

 

「綾波なんて、もう過去の艦です。みんなを守るためなら、真っ先に死ぬべきだと思ってたです」

「そんなことは……」

「そう思ってたです、今までは。……うん、もう大丈夫。また、戦える」

 

 彼女から離れ、口角を上げる綾波。江風が初めて見る、柔らかな笑顔。それは、彼女が抱えていたつきものが一つ落ちたようだった。

 

「伊勢やんにも言われたです。『生きてくれ』って。だから、生きなきゃです」

 

 困ったように言う綾波。狂気から掬われたその表情に、江風もつられてしまうようだった。

 

「……そうだな」

 

 

 

「ところで、綾波さん。あの手紙には何が書いてあったんだ?」

「あれです? あー……秘密基地になんか隠してあるとかなんとかです」

「見に行かないのか?」

「エンタープライズを倒したら行くです。未練を残したままなら、きっと生きたいと思えるから」

「……そうか」

 

 工廠に立ち寄った綾波は、そっと剣を手に取る。磨かれ、研ぎなおされた刃。彼女は峰を額につけ、深呼吸をする。

 

「……どうだ?」

「ん、いい感じです。さすがは横須賀、です」

「それはよかったな」

「ん」

 

 

 

 そうしていた次の瞬間、工廠の無線から連絡が聞こえてくる。

 明朝、房総半島東部沖でサンディエゴ艦隊を迎え撃つのだと。

 すぐ目前に訪れた戦いに、綾波の目は戦場でのそれに変わった。江風もそれは同じだ。深呼吸して、思いを整理していた。

 

 

 

 翌朝。艤装を身に着けてすべての準備を済ませた横須賀、大湊両艦隊が準備を済ませ、水面の上に立っていた。

 

「用意はいいか」

「バッチリ。全員ぶった切るです、高雄」

「全員掻っ捌いてやるぜー!」

 

「作戦は全員に伝えた?」

「はい、前衛後衛ともに伝えました、赤城さん」

 

 大湊の面々は闘志を滾らせる。それもそのはず、彼女らにとっては基地を取り返すための戦いであり、伊勢の弔い合戦でもあるからだ。怒りもなにもすべてをぶつけ、必ず勝利する。それを誓い、彼女らは海原へと駆け出した。

 

 

 

「エンタープライズさん」

 

 沖合にて横須賀を目指す艦隊。話しかけてきたボーグを無視し、ただ進み続けるエンタープライズ。他の面々からの言葉にも耳を傾けず、時折方角の指示が入るだけ。先の作戦時もそうだが、最低限の指示のほかは彼女らと言葉を交わすことはない。妹であるホーネットとすら話さないうえ、独断で接近戦を始めたりと勝手な行動を多くする。その結果、大湊では五隻の死傷者が出たというのに、それに関しても興味なしといったふうだ。

 彼女らはため息をつきつつも従うしかない。彼女が最強である限りはずっと。

 

「後方警戒だ」

 

 一言だけ言い、彼女はまた口を閉じる。こうして誰かに伝えた後は知らんぷりだ。伝言ゲームのように人伝いに流れていき、ぼんやりと皆が意識する。第一、彼女への人望がない以上この言葉も今一つ信用できない。————そう思っていたところだった。

 

 

 彼女らの後ろから強烈な爆発音が響く。発射された魚雷が炸裂し、後部隊列が崩壊したようだ。

 

「北西から奇襲! 横須賀艦隊です!」

 

 その報告を受けたエンタープライズは、呆れたようにため息をついた。だから言ったのに、と言わんばかりに失望したような目を向け、口を開く。

 

「おそらく敵数は十から十五。処理に当たれ。お前、今度は前方、右翼部の警戒を強めろ」

「は、はい!」

 

「え、エンプラ姉?」

「何度も言ったはずだ。私の妹はあの子一人だと」

 

 冷たく吐き捨てて前へと進み続ける。再前方にいるジャベリンも気にせず前へと進み続けるため、全体としても止まれなくなっていた。

 

「……あはっ!」

 

 うっすらと霧がかかる中、ぽつんと一人で佇む艦船。それを見たジャベリンは嬉々として突進していった。わき目も降らず、一目散に。

 だがその艦船……綾波は槍の一撃をひらりとかわし、彼女を無視して前へと駆け始めた。エンジンを全開にして、全速力で。

 

 困惑するジャベリン。追いかけようとしたその瞬間、霧の中から十隻の艦船が飛び出し、彼女へと襲い掛かる。次々に魚雷を発射すると後ろへ飛び下がり、彼女は爆発音とともに水柱に包まれた。

 

「……そういうことですか。そんなに死にたいのなら、かかってきてください」

 

 綾波らの意図を察したジャベリン。次々に空へ展開されていく艦載機と、晴れた霧から現れる大艦隊。静寂と入れ替わるように響き渡る砲撃音が開戦を告げた。

 

 

 一目散にエンタープライズの下を目指す綾波。阻止しようとする艦たちを最小限の力でかわし、斬っていく。後に続いてやってくる江風をはじめとした前衛部隊や後方からの砲撃、空爆に処理を任せてただひたすらに進んでいく。綾波が通ると困惑の声が響き、そして少しすると後続との戦闘音に代わる。混戦状態で砲撃や魚雷を扱うことに慣れていない彼女らを出し抜くには十分だ。

 

「……来たか、綾波」

 

 エンタープライズは砲撃命令を出す。彼女を近づけまいとユニオン艦達の砲撃音が響き、混乱の中針の穴を縫うように向かってくる綾波の下で着弾した。

 

「あ……あぁ……が……」

「どーもです」

 

 近くにいた艦を盾にして砲撃を凌ぎ、ぐんぐんと近づいていき……その瞬間、味方がいるにもかかわらず爆撃が始まった。悲鳴や血の飛び散る様子が爆炎と水柱に隠されていく。それを躱し、防ぎ、ついにはエンタープライズの下へとたどり着いた。

 目前に佇む彼女を見て、綾波は戦慄した。左腕のひじから先がなくなっていたから。

 

「……エンタープライズ」

「また会ったな、綾波」

「一つ、質問があるです」

「外ならぬ君の言葉だ。聞いてやろう」

「伊勢やんは……戦艦伊勢はどうしたんです?」

 

 まっすぐに彼女を見つめ、問う綾波。彼女は

 

「私が殺した。……だが彼女はとても強かったな。この腕も彼女が落としたものだ」

「……そうです、か」

 

 どこか誇らしげにそう言う彼女。それを見て、綾波は気味悪そうにしていた。

 

「性格悪ィです」

「失礼だな。私は彼女の力に敬意を表しているんだ。今まで誰も欠けることのなかったこの体、その腕を落とすなんてな」

「そりゃよかった。じゃあもう一本と言わず、命まで落としていけばいいです」

「……言うじゃないか」

 

 艤装を扱い弓を引く彼女と、剣を構える綾波。その戦いが幕を上げた。

 真っ先に彼女を襲ったのは砲撃。彼女が放った矢を紙一重で避け、返す刃として正確に眉間を狙ったものと、両膝、肘に向けた合計四射をほぼ同時に放つ。それを滑走路を盾にして躱し、体勢を落とし……弾けるような音と共に急接近した。間合いに入るや否や強烈な蹴りを放つ。剣で受けた綾波の手がしびれるほどの威力を持ったそれを受け、彼女は数メートル押し込まれる。

 彼女の脚に追加された艤装、それが煙を吐いていた。

 

「妙な武装です、エンタープライズ」

「ああ、君に見せるのは初めてか。……衝撃脚(インパクトスパイク)、そう呼んでいる新艤装だ。効果は……語るまでもないだろう?」

「……こりゃ苦労しそうです」

 

 綾波は話しながらも砲撃し、彼女の周りを飛ぶ艦載機を数機落としていく。そうして呼吸が重なり……再びぶつかり合う。

 綾波の魚雷、エンタープライズの爆撃。互いの手札を警戒し距離を取ることにリスクがある以上、接近戦が主になっている。自分をまきこみかねない手段はそれで勝利できると確信がない限り使ってはいけないから。

 

ぶつかり合い、斬り合う二人。援護しようとする艦達は片端から盾にされ、辻斬りのように切り捨てられていく。誰にも介入できない戦い……そう思われる中、澄んだような声が響いた。

 

「避けろ、綾波さん!!」

 

彼女の言葉を聞いたその瞬間、エンタープライズの脚をはじき跳び下がる綾波。それと同時に、魚雷の炸裂する音が響いた。

 発生する水柱。その中心から離れた様子はない。いくらエンタープライズとはいえ、確かに通じたと確信していた。

 

「まだです」

 

その言葉と同時に、何かが着水し、爆風がかき消される。その中心にはやけど一つないエンタープライズが立っていた。着弾するその瞬間に衝撃脚の爆風も利用した大ジャンプをし、爆発を躱していたのだ。

 

「……化け物め」

「その化け物も死ねば同じです」

 

 正三角形を描くように立ち、構える三人。少し困惑したようにしていたエンタープライズは、吹き出すように笑った。

 

「っははは! まさかキミが誰かと、ましてやこんな弱い者と共闘とはな。足手まといを抱えたまま勝てるほど甘くはないぞ、私は」

「試してみればいい。私が足手まといかどうか」

「知ったような口を利くな、です。江っちは決して弱くない。自分以外を切り捨てたお前にはわかるはずもないです」

「言うじゃないか。それなら、結果で示して見せろ」

 

 再度急激に間合いを詰め、ぶつかり合う二人。そして江風は回り込み、エンタープライズの後ろから挟み撃ちを仕掛けた。

 スピードでは敵わない。技術や経験も足りない。それでも、支援することはできるはずだ。綾波の攻撃の間を縫うように、そしてエンタープライズの攻撃の隙を突くように。覚醒している二人のスピードについていくことはできなくとも、自分のできることを限界までこなしていた。神経を研ぎ澄まし、彼女の支援に徹していた。

 そんなことを繰り返されたエンタープライズはたまったものではない。思うように戦えず、損傷こそないものの苛立ちが募ってきていた。

 とはいえ、江風に集中することは綾波が許さない。かといって綾波との戦いに専念することもできない。エンタープライズは数年ぶりの「覚悟」を決めた。

 

 甲板で受けた彼女の剣を腕ごと掴み、強引に爆撃機、戦闘機を展開した。反応が遅れた綾波は咄嗟にエンタープライズを撃ち抜こうとするも、間に入った戦闘機が身代わりになった。その破片が彼女の頬を傷つけながらも笑っていた。数十の艦載機が展開され、それは一斉に江風を狙う。一瞬で囲まれてしまい、射撃を開始するその瞬間だった。

 

 一斉に鳴り響いた砲撃音と共に、艦載機の半分が撃ち落とされる。そして空いた空間を通り抜けるようにして江風は包囲を抜け出していった。

 

「まさか————」

 

 砲撃の主は数十メートルはなれた彼方、連合旗艦の長門だった。その後も精密な砲撃で逃げ回る艦載機を撃ち落とし続ける。それだけでなく、天を覆いかけていたほかの艦載機らも次々と撃墜されていく。長門だけでなく、赤城や加賀、横須賀の空母たちによる支援だ。すでに大半の戦場で散り散りに逃げ出していたユニオン艦隊。数少ない残りの一つが此処、エンタープライズだった。

 

「一人みたいです、エンタープライズ」

「腰抜けどもに期待なんてしていないさ。……一か八か、最後の賭けに興じるとしようか」

 

 

 急激に加速し、広くなった海の方へと駆けていく。綾波も全開で追いかけるものの、なぜかその差が広がっていく。そして離れながらも大量の艦載機を展開し、それは先ほどより明らかに強靭で、素早く。

 

「あの日以来だ、使うのはな。……ああ、まさしく————UNLUCKY、だな」

 

 通常の艦載機の倍近い速さで展開し、重桜の艦載機を次々と撃ち落としていく。

 

「どこにあんな底力が……っ」

「江っち、剣を一本貸してほしいです」

「……綾波?」

「アイツが命を懸けた。なら綾波も燃やして見せるです」

 

 彼女はおもむろに脚の艤装に触れ、何かをいじる。そして、江風から刀を受け取ると、昨日のような笑顔を向けた。

 

「勝ってくる、です」

 

 そう言うや否や急加速し、エンタープライズの下へ向かう綾波。それは彼女が今まで見せた何よりも速く、何よりも脆さを感じさせる航行だった。

 居ても立っても居られない。江風は無謀を承知で、彼女を追い始めた。

 

 覚醒艦の技能、超機動航行。それに加え、艤装のリミッターを外し、出力を全開以上にした状態。それが二人のとった「賭け」だった。

 

展開された艦載機から落とされる爆撃を躱しつつ、時に爆風が肌をかすめつつ。距離を縮めるのに五秒すらかからなかった。そしてその勢いのまま、両手の剣で彼女を切りつける。それをすさまじい反応速度で避け、綾波を蹴り飛ばした。剣で受けたものの、十メートル余り吹き飛ばされた綾波はすぐさま体勢を立て直し、再び距離を詰める。

 どうにか射撃を躱し近付く江風にはもはや見えなかった。残像からそこにいたということは分かる。だが、目で追うのもままならないほどの速度でせめぎ合う二人に気後れすらしてしまいそうだった。

 

 二人とも、このスピードを完全に支配できているわけではない。培った経験、センスで補っていても、勢いのままに攻撃してしまうことも少なくない。可能な限りの速度で、可能な限りの精密さで。普段とは似ても似つかぬ拙い戦いが、目にも追えぬ速度で展開されていた。

 互いの攻撃を避けきることも叶わない。皮膚は裂け、肉は抉れ、海に赤が広がっていく。それでも、一瞬だけ江風には見えてしまった。————二人が、笑っていることに。

 

 全力で戦う喜びを、全てをぶつけあう闘志を。その全てを愉しんでいるようだった。

 

 そして、徐々に動きが鈍ってくる。……無論すさまじい速さであることは変わらないのだが、徐々に落ちていた速度は平常時と変わらないように思えた。

 今なら、助けられる。その考えが過り、彼女は向かっていく。綾波と打ち合い、互いに跳び下がった瞬間。……今ならいける。そう確信し、彼女の背中に刀を突きたてた。

 

 彼女を貫く感覚。エンタープライズは江風をギロリとにらみ、今刺されたばかりとは思えない動きで彼女をつかみ、投げ飛ばす。そして追撃のように蹴り飛ばした。

 

「江っち!!」

 

 横腹を蹴りぬかれ、立っていることすらできなくなった江風。エンタープライズは嘲笑うように綾波の方を見た。

 

「今、動揺したな」

「……何が言いてぇです」

「コイツはやはり、君の枷だ。弱いくせに私達の邪魔をし、こうして死んでいく。勇気と無謀は別物だろう?」

「その無謀に刺されてるじゃないです?」

「これは私に対する教訓だ。戦いを愉しみ、戦いを疎かにした私への教示だ」

 

 彼女はそう言い、突き刺さった刀を抜くと江風の肩へ突き立てる。歪んだうめき声が響き、ねじるように傷を広げられさらに走る痛みに声を上げていた。

 それを阻止するように、綾波が彼女を切りつける。抜いた刀で受けたエンタープライズは不敵に笑った。

 

「もう邪魔者は入らない。決着をつけようか」

「言われなくてもそのつもり、です!」

 

 怒りでまた一つギアを上げる綾波。呼応するようにエンタープライズも速度を上げ、再びぶつかり合った。左右の剣での猛攻を彼女は奪った刀で凌ぎ、いなし、反撃していく。

 ただ、怒りで単調になってしまっていた。突っ込んだところ、それを読んでいたエンタープライズの刀が肩口に突き刺さった。

 

「ぬかったな」

「どっちが!」

 

 綾波は突き刺さった刃をつかみ、至近距離のこの間合いで魚雷を放つ。咄嗟に離れようにも、彼女の手がそれを許さない。三本の魚雷は着水と同時に起爆し、二人を吹き飛ばした。

 

「ハァ……ハァ……ゲホッ」

 

 爆炎から飛び出したエンタープライズ。互いを巻き込んだ爆発の衝撃は全身にダメージを与え、足を震わせた彼女は座り込む。その瞬間だった。

 

 エンタープライズの胸を、大剣が貫く。その主は、黒い煤にまみれ、焼け爛れた綾波。鬼気迫る形相の彼女は剣を引き抜き、大穴が開いた彼女をじっと見ていた。

 

 彼女は最後の力を振り絞り、立ち上がる。そして綾波に柔らかな笑顔を向けた。それは七年前に見せた、あの表情と同じで。五年前から一度も浮かべることのなかったそれだった。

 

「漸く、終わるのか」

「……うん」

「迷惑をかけたな」

「全くです」

「……私の負け、か。————先に逝って待っているぞ」

 

 端的に言葉を終えるエンタープライズ。……その頭上には一機の爆撃機が。最後に綾波の方へと帽子を投げ、彼女は目を閉じた。

 

 彼女を包む爆炎。一度ではなく二度、三度と落とされる爆撃が晴れるころには彼女の姿はなく、水面に赤が広がっていた。

 

 綾波はよろけながらも帽子をかぶり、江風を担ごうとする。だが力が抜け、しゃがみこんでしまう。

 

「綾波、さん……」

「なんだ、起きてたです?」

「……勝った、のか?」

「と―ぜんです」

「……そうか」

 

 

 そう言い、二人はその場に倒れかける。その瞬間、二人は抱き留められた。視線を上げると、涙を目に浮かべた高雄の顔が映った。

 

「高雄?」

「無茶をして、っ……」

「説教、は……後にしてほしい、で……す……」

 

 高雄を見て気が抜けたのか、徐々に声を小さくしていった綾波。最後にはその意識を手放した。もう安心だとでもいうように、穏やかな顔をして。

 

 

 房総半島沖の戦い。サンディエゴ艦隊と横須賀・大湊連合艦隊との戦いは、旗艦エンタープライズの轟沈をもって終結した。残った艦達は大湊へと逃げおおせていた。

 サンディエゴ側は死者二十一名、連合側は死者十四名。辛くも勝利を収めた連合艦隊は、横須賀へと帰っていった。

 

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