MAYDAYー逆顎の願望成就ー   作:黒の鴉・白の蛇

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能ある雁は頭蓋の笑う夜に軋む

 その違いを自覚したのは割と早い段階で、それを口にしてはいけないと思ったのはもっと早かった。

 幼い頃から家族の隠し事が文字で見え、その中にはしっかり隠し事だと明記されている。だから、小さな俺はそれを口にしなかった。

 やがて成長して、家の秘密を理解できる年齢になった時には、それが明らかに異常だと分かった。家の秘密も、俺の特技も。どっちもだ。

 きっと俺の頭蓋を切り開いたりでもしなけりゃ、俺の特技について知ることはできない。それぐらい有り得ないような異常性で、きっと誰も考え至らないような特異性だ。

 

 俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは単なる秘密だけでなく、それまでの履歴や、或いは未来まで。

 対象も人に限らず、物、大気、固形液体問わず、何なら概念だって。

 流石に概念を()()()()のは多大な労力がいるが、出来ないわけではない。

 現在から離れていくほど文が抽象化していくが、未来視も過去視もできる。条件を絞れば、内容もある程度具体的になる。

 

 俺の前ではあらゆる秘密が意味を為さなかった。

 

 俺の前ではあらゆる秘匿が効果を見せなかった。

 

 だから、初恋の人が大っ嫌いなジジイの用意した母胎候補だと知ってしまえた。

 ソレを知った俺は悩んだ。ああ、大いに悩んだ。

 だってこのまま普通に暮らせば、初恋の相手と付き合えるんだぜ? 但し相手は蟲の母胎になる、という条件付きだが。

 割と唸った末に、結論を出すのは一日と掛からなかった。諦めることにした。

 つまり、あのいけ好かない幼馴染に譲ることにした。

 

 いけ好かない。ああ、本っ当にいけ好かないが、あいつは頭もいいし、甲斐性もある。きっと葵さんを幸せにしてくれるはずだ。

 俺は葵さんに告白したこともないので、きっと向こうは俺の好意を知らないと思う。

 あの幼馴染には、告白もせずに諦めたとみられている。

 でも、それでいい。あいつはそれでいいのかと聞いてきた。初恋なんだろうと、見透かしたことを言ってきた。

 あいつは善意から言ったわけではないのだろう。多分、恰好付けた厨二のでっち上げたかのような家訓を誇らしげに実行しただけに過ぎないはずだ。

 でも、この決断は俺の本心から洩れたものだ。だから、言ってやった。

 

 「初恋何て、総じて実らないものだぜ?」ってさ。

 

 ジジイに対する嫌がらせを込めて、思いっきり皮肉って笑ってな。

 

 

 

 

 

 

 これは、そうだな。ちょっと特殊な特技の有る俺の、騒がしい半生の物語だ。

 語り始めはどれからにしようか。アレにしよう。ああ、アレしかないな。

 

 

 

 それは俺が未だに初恋を抱えていた頃の話。

 舞台は不思議の国よろしく、薄紙一つ隔てた向こう側。アリスよろしく孔を転がり落ちた先の、廃校の冒険譚。

 ウサギも帽子屋も、王女様もいなかったが、代わりに仲間はいた。

 俺と同じく、世間からズレた特技の持ち主。

 そんな俺たちが、鏡の世界から抜け出す物語。

 

 題して、

 

 鏡界廃校探索 ワンダーランド

 

 これは、外れ者の踏み外した道の世界。

 

 

 

 じゃ、始めようか。

 

 

 

 

 

 

 その日はまあ、特に面白みもない平々凡々な日常だ。

 いつも通りの目覚ましで起きて、暗い屋敷にうんざりしながら視界端の文章(テキスト)を無視し、そこそこの朝飯を食らい、遅刻しないように朝早くの人通りのない道を行く。

 空は相も変わらず晴れていたし、綿雲は亀より遅く流れていく。

 ウサギにでもなった気分で、雲の影を置き去りにして学校へ向かった俺は違和感を覚えた。

 

 妙に人が少ないのだ。

 

 少ない。いや、()()()といった方が良いだろうか。

 普段はニ三人いる道には、ひっそりと静まり返っていた。

 まるでゴーストタウンにでも迷い込んだかのように、怖いほどにシンとしていた。

 音を立てれば吸い込まれていくようで、声を上げると何かに襲われるんじゃないかとも思うほど、静寂に満ちていた。覆われていたのだ。

 

 軽い恐怖と共に、俺は歩き続けた。何故ならその程度の事で警察に行ったり、或いは家に戻る気が無かったからだ。そんなことをしてしまえば遅刻してしまうし、何ならうちの屋敷の方がよっぽどおどろおどろしい。

 いつもの通学路は燦々と照らされている。しかし、生活音一つないだけでこんなにも恐ろしくなるものか。いつも通りの日常が目に映るからこそ、聴覚の非日常さが際立つのだろう。例えばここが森であれば、こんな事態も当たり前として受け止められただろう。

 

 俺は不気味な通学路からさっさと逃げ出した。

 

 

 

 校門についても、まるで生徒の人影は見当たらなかった。

 通学路だけではない。そもそも、葵さんと会おうとこの時間に出ている俺が、葵さんに会えないなんてことは殆どなかった。あるとすれば葵さんが病気に罹ったとかの場合のみだ。それでも、鼻持ちならない時臣の野郎はいつもの十字路に居るだろう。何せ、あいつはいつも俺より早く来てるのだから。

 彼らに何かあってどちらも学校にこれない事情があったとしても、これまでに一人も人と出会わないのはおかしい。早いとはいえ、既に通学時間だ。おかしいにもほどがある。

 

 校庭にすら人の跡は無い。見上げれば、まるで校長室前の学校のミニチュアを巨大化したように人気が無い。昨夜、運動部がトンボで均しただろう平らな砂が、一層作り物であるかのような雰囲気を掻き立てる。朝練が盛んな弓道場にも、全く人の気配がない。

 招き入れるように開いた校門から見る限り、明りの灯った教室は存在しない。いや、そもそも職員室のあたりにも明りは見えない。幾つかのカーテンは閉まっており、教室の中を伺う事はできそうにない。人の影のようなものも、見えてはいない。

 背中を押すように吹いた微細な風が、辺りに植えてある常緑樹を揺らし、梢の音を奏でる。

 サァアアっと鳴ったその音は、意識の隙間に入り込むように細やかな物だった。

 

 ……今はそんなことにも不吉さを感じずにはいられない。この不吉さに耐え切れず、解消する為に、蟲爺にバレないようにあまり使わないと決めてた「特技」を、使おうと決心した。

 

 俺は何気ない様子を装って学校の表札に触れ、目で浮かび上がる宙の文字を辿る。

 さてさて、一体何が起こっているのか。

 

 

 【私立穂群原(ほむらばら)学園】

 総勢624名の生徒と43名の教職員を抱える冬木市の学園。

 敷地面積:5.46㎞^2

 建設費用:8億1324万円(90.63万円/坪)

 土地価格:3億129万円(60.5万円/坪)

 設備:本校校舎

    ・普通教室  18室

    ・特別教室  3室

    ・職員室   1室

    ・校長室   1室

    ・客間    1室

    ・化学実験室 1室

    ・化学準備……

 

 

 ……とりあえず、ざっと見流していつも通りであることを確認する。

 いや、最後だけおかしい。

 

 

 特記事項:()()()()()……

      生存者:6名

       餓鬼:3体

     異界深度:C

     ・干渉範囲:563㎞^3

     ・干渉強度:B

     ・構造変異:E

     ・魔力濃度:D+

     ・浸食濃度:E[解離性:解離度12%]

 

 

 これは、ああ、おかしい原因が漸く分かった。

 要するに、この学校を中心として大規模に怪異が巣食っているんだ。

 普通、それらは土地の管理人(セカンドオーナー)、此処でいうと遠坂が対処するべき事項だが……何分「浸食濃度」がEだ。つまり、現実から離れていくタイプの怪異。故に、ただ単に過ごしているだけでは気づけない。確信をもって調査するか、或いはこうして迷い込むかしなければ、気付かないまま現実から()()()()()()のだ。

 それだけ聞けば、「放置していてもいいじゃん」となるだろうが、問題は中に人がいる場合だ。その場合、彼らは二度と現実に帰ってこられない。怪異に侵食され、餓鬼となるまで、そしてそれ以降も延々とこの世界を彷徨うのみなのだ。

 現状の解離度は12%。時間当たりにどれだけ進行するのかわからないが、()()は早い方が良い。

 

 ()()。そう、()()()()

 この時の俺は、何を勘違いしていたのか。ありもしない責任感か、或いは糞の役にも立たない偽善か。兎に角生存者を助けようと決めていた。

 奇しくもそれは自身の志す「一般人」の思考ではなく、目の敵にしていた遠坂のような思考であることに、今はまだ気づかない。

 

 そして、俺はそれに気付かないまま、忌み嫌う魔術師共の住む「非日常」の領域に踏み入れていく。

 レールを踏み越えた際に鳴った、校門の軋む音は鋼鉄の頭蓋が笑うようで。

 否応なく、心は疑念と恐怖と、そして誤魔化しの蛮勇に満ちていく。

 

 

 

 

 

 

 校庭の足跡を見る。何人かここを通ったのは確かだろう。それが昨夜の運動部か、それとも今の生存者かはどうでもいいことだ。

 玄関の扉は締まっている。鍵は……問題ない。葵さゲフンゲフン。鞄に紛れ込んだ髪留めがある。特技で開示した構造情報と随時照らし合わせれば、鍵開けなんて簡単だ。俺に開けられない鍵なんて然程ない。

 問題は、この玄関の扉がピッキング防止加工をされていることだろうか。

 つまりお手上げである。

 ……別の入り口を探すか。

 

 どうやら先に来た者もそう考えたようで、足跡は右へ続いてるのが見えた。この先は……職員室?

 少なくとも、辿った足跡は職員室の窓の一つの前で消えている。まさか、これ鍵が開いてるのか? 不用心な。

 と思ったら本当に開いた。それこそガラッと。

 外から見た限り、ロックはかかっていた筈だ。訝しげに見ると、何故かロックの固定具が外れていた。

 壊された様子でも、経年劣化でもない。真新しいロックは、中から丁寧に分解されたように、傷一つなく螺子だけが取られていた。それも最低限。外側の窓だけ。

 

 どんな馬鹿がやったのだろうか。まあいい、今は助かったことに感謝しよう。

 

 ――――――?

 

 視界の端を、「黒」が過る。

 見渡しても何も見えない。見間違えだろうか?

 ……いや、警戒だけはしておこう。俺は本格的に探索を始めた。

 

 まずは廊下に出なければ。

 職員の机の間を進み、ドアの前まで行く。

 

 曇りガラスの向こうは暗い。電気がついていないのだろう。

 耳を澄ましても自分の鼓動しか聞こえない。電気製品の駆動音、水道を流れる水の音すら聞こえない。即ち人気が無いと同じ。

 それを確認して、廊下に出ようとした時だ。

 

 ピンポンパンポーン。

 

 軽妙な電子音。放送の時によく使われるチャイム。

 確か、放送は校長室か放送室からしかできない筈。

 職員室と隣り合った校長室に人の気配はないし、多分放送室からだろう。

 しかし……こんな事態なのに何をしているんだ? いや、事態を認識できていないのか?

 そりゃあそうか、一目で怪異がいるかいないかって判断できるのは、変な特技を持った俺ぐらいしかいないしな。

 

 この時、あの声が聞こえるまでは、俺は、この放送が人の手によるものだと疑っていなかった。

 

 『……ザザ……ザ……皆サン、おはヨウ、ご、the、いマす』

 

 電子音に変換されても感じる、産毛が総毛立つような悍ましい声。到底人の出した声とは思えず、複数の動物の鳴き声を合成して無理やり人の言葉に聞こえるようにしたかのような、不自然に過ぎる声。耳から蛆虫が寄生してくるような錯覚に思わず耳を抑えてしまう。

 それに構わず、遠い所で放送は続く。

 

 『ほンじつは、たいヘン、ニギャ……かで、とテも、うれシイ、です』

 

 不吉な声だ。

 途中に聞こえた「賑やか」が、まるで人の断末魔にも聞こえる。

 

 『でハ、凶も、楽シク、アソビましょう』

 

 理解しがたい言葉も、体系化した言語として認識してしまっている。恐らく、俺は今、生涯で最も言語を習得して後悔してる。これは日本語などではない。雑音が、偶然日本語らしき音になっただけのナニカだ。

 

 『いチ時間メは、『かくれんぼ』De、す』

 

 かく、れんぼ?

 隠れん坊?

 人の声に聞こえない声の中、妙に鮮明に聞こえた単語を反芻する。

 その言葉は、薄暗い校舎とこれ以上なく不似合いで、でもどこか、これ以上なく()()()()()

 

 『では、がんばってください』

 

 キャハハハハ。

 

 子供のような声に、先程まで感じていた不快感は拭われ、知らず知らずの内にしゃがんでいたことに気づく。

 笑い声と共に金縛りのような硬直が解け、安堵と共に体に生気が戻る。

 ホゥ、と一息溜息をついて、先ほどの放送の内容について考える。直接あの声を反芻することは、忌避感により敬遠される。やめておこう。

 

 

 

 まず前提として、全ての怪異には固有の『概念』、一定の『ルール』が存在している。

 例えば口裂け女であれば『マスクを着けている』『質問をする』など、様々な特徴がある。

 逆に、それを満たしていない存在。例えばマスクをしていなかったり、質問をすっ飛ばして口を裂きに来る様な存在は、『口裂け女』とは見做されない。

 

 つまり、『概念』と『ルール』とは、怪異に形を与え、存在を確かにする『枷』であり、『装甲』なのだ。

 それ故に、全ての怪異にはルールに基づいた『攻略法』が存在している。

 それを満たせば怪異から逃げきれるという類のものだ。

 

 今回の怪異でいうと、まず「かくれんぼ」だろうか。これに勝てば、少なくとも今回の怪異をしのぎ切れる、とみていいだろう。

 最低でも見つからない限りは怪異の影響に晒されないし、それまでは考えを纏める時間もある。

 

 では、まず隠れる場所を――――――

 

 ザッ。

 

    ザザッ、

 

   ザッ

 

 

 

    ザザザザザアザザザァァァアアアアザザアアザア――――――

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 「ッ!」

 

 咄嗟に身を伏せ、周囲を見回す。不味い。どこに隠れる? 怪異は目前。あるのは机、黒板、モップ、掃除用具入れ、コピー機、紙入れ、ゴミ箱――――――!

 

 

 

 

 

 

 

 ガラ、リ。

 

 空気の蠢く音のみが静寂を破る。

 いや、その蠢きですら静寂を掻き立てる材料のようで、職員室の静けさは一層影を濃くする。

 

 ――――――影。

 そう、影である。

 

 入ってきたのは、影だ。

 不定形。靄の様な、霧状の“黒”。

 

 そう表現するしかない、表現しがたいナニカ。

 

 ズルリズルリと―――勿論ながら、音はたっていないのだが―――のたくる様に職員室を泳ぎ、人間を真似た仕草で、その上部を下げて机の下を覗き込む。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 徐々に不在を確認されていく隙間。

 不在を証明され、隠れる場所が潰されていく。

 

 この部屋にある机は、全部で32卓。

 

 そして、十、二十、()()――――――!

 

 頼む、と雁夜は願う。

 懇願する切望する期待する。

 

 そら、三十一つめ。通り過ぎ、次。

 そして、最後の机の下が覆われて。

 

 「――――――っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、黒は飛散するように薄れ、空いていたドアから流れ出ていく。

 

 ガラ、リ。

 

 来た時と同じように、遠慮がちな開閉音を聞き、雁夜は漸く力を抜く。

 息も吸わずにいた肺に新鮮な酸素を送り、工事音の様に煩わしい心臓をなだめる。

 目を閉じ、自身の生存に感謝をする。

 

 ああ、生きてる――――――!

 

 

 

 入っていた()()()()()()から出て、涼しい部屋に戻る。

 体格のいい俺がギリギリ入れる鉄箱は、滲み出た汗による湿り気と体温で、じんわりとぬくもりを帯びている。

 伸びをする。別に体は凝ってないが、気分だ。

 さて、まず第一波はしのぎ切った。警戒していたのが良かった。お陰ですぐさま行動に移れた。

 次があるかは分からないが、今は他の生存者を探しに行こう。

 

 ……その前に、鞄は置いていくか。貴重品だけ懐に詰めて、後は窓際に置いておこう。走り回る邪魔になりそうだ。

 

 

 

 

 

 それを、小指ほど空いた引き戸の隙間から、眺める瞳。

 俺はまだ、それに気づけない。




間桐雁夜の特技:【■■■■】
現段階では、物質の基礎情報・過去の記録程度しか開示できない。
しかしその真価は魔術師垂涎の技能である。
それは「情報を識る」ことが真価ではない。
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