俺は学校が怪異の影響下に置かれていると知り、直後に無駄な正義感を振りかざして突入。隠岸佳乃という同族の少女に遭遇し、他の生存者を探す。
探索の末、図書室にて更に二人の生存者……被害者に出会った。斎藤将生と、律汝之道。彼、彼女もまた、俺らと同じ特技の所持者だった。
特技持ち、異能者とでも言い換えようか。
当初、俺は自分の意思で介入すると決めていたが……。
果たして、それは本当に俺の意思だったのだろうか?
「……どうする? 俺は、とりあえず行ってみてもいいと思う」
そう思ったのは、これが態々怪異から告げられた行動ゆえだ。
怪異にはルールがある。この場合、放送から聞こえる声はこの異界で順守すべきルールだと、そう思うのが順当だ。
大体のところ、探索の手がかりもないのだから、他の生存者も集うかもしれない場所に行ってみたいという意味もある。
「あら、随分と勇ましいのですね」
「えっ。間桐さん、危ないですよ! あんな不審者の要求に従ったら! だいたい、なんでこんな時間に学校に人がいないんですか! 創立記念日でもないのに」
ん……? 将生は怪異、というかあの黒い影の事を知らないのだろうか。
なら説明する必要もあるか? けれど、むやみやたらに広めたら魔術の秘匿にも抵触しかねないのではないか? 一人ぐらいなら脅し通せるが……やはり、魔術は少しぐらい真剣に学ばなければいけなかっただろうか。
俺の暗示では、多人数への記憶消去はできない。魔力量的な問題で。
しかし……これからも怪異が襲ってくることを考えれば……いや、ううん……。
「あ、あの……その……外には、その、お化けが出るので……出たく、ない……です」
お化け。
お化け、か。
それで誤魔化せるだろうか?
全てが終わった後に、「実は夢だったのサ!」的な誤魔化しができるだろうか?
暗示込みなら……行けるかもしれないな。
……よし、説明するとしよう。
「聞いてほしいことがある」
そして、俺は自身が黒い影に遭遇したこと、この事態に似た事例を知っていること、度々遭遇していること、こういう時の経験や、対処法を説明して体育館へ向かう必要性を説く。
そうすれば隠岸と斎藤も理解してくれたようで、渋々ながら頷いてくれた。
場所は変わって、体育館前。
ここまでくる道も照明が無く、非常灯だけを頼りに歩いてきた。
隠岸と斎藤が仲良く躓いたりもしたが、律汝や俺が支えて怪我をする事態は防げている。
確かに暗くて足元が見えづらいというのは分かるが……そこまで転びやすいのはびくびくしすぎてるからだと思うぞ。だから転ぶ度に辺りを見渡すな、隠岸。
そうして体育館の前までくると、扉の隙間から僅かに光が漏れているのが分かった。
自然光にしては強すぎるから、照明だろう。先客かもしれない。
「着いたぞ。光が……うわ……」
「うわぁ、その……」
「汗臭いですね」
汗臭い。すごく、汗臭い。
扉を開けた先に誰が居たのかは兎も角として、真っ先に漏れだしたのは汗の臭さだ。
まるで体育の後のようで、鼻を摘まむほどでは無いが気に成る程度の汗臭さ。
その臭いの出どころは、入り口付近に転がる二人の少年だろう。
やれやれ、と肩をすくめるボーイッシュな少女も含めて先客は三名。
……俺を除いて六人。
最初に確認した生存者は、全員此処に集まったか。
「やぁ、君たちもあのお化けに追われてきたのかい?」
肩をすくめていた少女が口を開いた。
それも当然で、脇に転がっている二人は息絶え絶えといった感じで、言葉を発する余力もないのだろう。
向こうから声を掛けなければ、こっちから声をかけていた。
「いや、怪異に追いかけられてはいない。先程の放送を聞いて、此処に他の生存者が来ているかもしれないと思い、そして来た」
「……なるほど。じゃあ、一先ずは安全ってわけだ」
「う、うう……怖い、よぉ……」
全員が体育館内に踏み入り、背後で鉄扉が閉まる。
隠岸辺りが、怪異に入り込まれないようにと思ったのだろう。その隠岸の気配は唐突に消え失せ、辺りを見渡しても人影一つ見当たらない。
また、特技で隠れたようだ。
丁度鉄扉が閉まり切り、ガシャンと音が響いた辺りの事だ。
まずは情報提供がてらに自己紹介でも……と開いた口から、意味のある言葉が発せられる前に、それを遮る意思を持ったように照明は光を落とした。
「っな、なんだ!?」
「ほぅ、これはこれは、一体どういったトリックか……」
「うわぁ!」
「あらあら、困りましたわね」
「「……!」」
そして、突如前方の舞台の赤い幕が左右に開く。
晒されるのは白いスクリーン。プロジェクターがカタカタと動き出す音と共に、簡素で奇妙な図形が映し出される。
ソレを一言で表すならば、「頭蓋骨」だろう。
だが、決して普通の頭蓋骨と同じではない。何故なら、その下顎が前後反対になっているからだ。
でかでかと映し出されたそれは、入り口付近に居ても大きな迫力を与えられる。これで近づこう者が居れば、罰ゲームでいやいやさせられる以上に糞度胸があると言わざるを得ない。
俺らが呆気に取られている間に、体育館のスピーカーがノイズ交じりに起動し、そして笑い声と怒声と悲鳴と嬌声の混雑した
『身ナさン、ドウぞ喪っとマえへ。是ヨリ 全校朝礼 ヲ 初めザ背て板ダきmath』
今度は何故か、より人間らしく聞こえた……様なきが、しないでもない。
「全校朝礼……確か先の放送では、もう一時間目は過ぎてしまった筈ではありませんか?」
律汝がそう零した。
確かに普通に学校として言うならば、
だが、此処は異界。「そういうこともあるだろう」と飲み込めてしまう程度の可笑しさだ。
大抵の場合、こうもあからさまな異常に脱出への手掛かりやヒントは存在しない。気にすることではないのだ。
怪異にとって、獲物が逃げることは不利益で、その手掛かりは隠すべきものだ。隠すべきものが明らか様に見せびらかされるわけはない。
『春のカオリモ地下付いて北この頃――』
何か校長先生の挨拶みたいなの始まった。
「……」
暗くて顔は見えないが、きっと俺以外のやつも似たような顔をしていたに違いない。
確信していた。
『――異常、近隣の美奈様二も、語迷惑お掛けしマシ他』
……結局、全くこの状況と関連性の見つからない、それでいてどこか聞き覚えのある「校長先生の挨拶」だった。
内容としては、運動会と、直近の事件、マイク漏れの謝罪……聞き覚えがあるのも当然な、珍しくもマイク設定の事故があった朝礼で聞いた、校長の挨拶のそれだった。この謝罪の後にマイクの設定の見直しがされたのだっけ。
確かそれは、一年ぐらい前。
まさか、あの頃から怪異は根付いていたのだろうか。
『続イ手、
――来た。
ここからが重要そうな情報だ。
一言も、聞き逃してはならない。
『
聞き覚えの無い名前だ。
先客の三人の名前だろうか。
『――
ん? なんかすごいキラキラネームが聞こえなかったか?
というか、これでもう聞き覚えの無い名前が六人……俺たちとは、関係ないのか?
俺は情報を得れない不満と、得体の知れない音声に名前を呼ばれないことへの安心を同時に抱いた。
だが。
『――
聞き覚えのある名前が呼ばれ、一瞬前の安堵が叩き潰される。
『異常、九命二、診断書を発行いたします』
……九名、か。
九、九……まさか、三体の餓鬼達もこの中に含まれているのか……?
だとすれば、彼らもまた、元特技持ちかもしれない。
それに「診断書」だと?
まさかあの黒いカードか。
診断書というには小さすぎないか?
いや、発行いたします、だ。まだ発行されていないということかもしれない。
『御テモト野、診断書wo――the、ざざ――皆様、でハ、継ぎの時間は オニごっこ です』
鬼ごっこ……今度は追いかけられるのか。
俺は良いにしても、先程の疲労困憊な二人には地獄だろう。
そもそも脱出の為の手掛かりも何一つ掴めていない。
「……くそっ」
暫く待っているが、チャイムが鳴る気配はない。
どうやら、継ぎの時間になるまでには猶予があると、そう見ていいだろう。
パッと電気もついて――いや、明かりも戻ってきた。
「はいはーい、一寸いいかい?」
突然の眩しさに目を細めていると、手を叩く音が聞こえた。
前の、先の少女だ。
……改めてみると、随分と中性的な容姿だ。
男性服の方を着ていたら、男だと勘違いしていたかもしれない。
「私たちはそちらを知らず、そちらも私たちの事を知らない。敵ではないというのなら、ここらで自己紹介でもしないかい? 私の名前は明智探偵、こっちで伸びてたのは私の幼馴染の白鳥小峰だ。どっちも高一」
「あー、どうも、白鳥小峰です。」
「……あ、僕、は、房浪庄司。ええっと、高二、です……一応」
倒れていた二人の内、房浪庄司の方。
彼はとても貧弱だった。制服の上からでも分かるガリガリさ、人込みに紛れるだけで風邪を引きそうな病弱さを感じさせる、青白い肌。
制服などではなく病人服の方が、ペンよりも点滴の方が似合いそうな姿を見て、俺は即座に彼を心配した。
今にも死にそうなその姿は、初対面の俺でもそう思わせるほど弱弱しかった。
「どうも。私は律汝之道と言います。学年は二年ですね」
「間桐雁夜、同じく二年だ」
「それで、僕が斎藤将出。二年。で、こっちの……あれ? 隠岸さんは?」
今更か。
「…………隠岸、佳乃……です」
「あ、いた……って、え。なんで睨まれてるの? 僕」
斎藤の言葉に、その場にいないことが不自然になったために顔を見せざるを得なくなった。
それを恨んでか、無意識か。隠岸は斎藤を睨んだ。
……名前だけ、というのも事が進まない。
ちらりと自己紹介を始めた少女――確か明智ホームズ? とやら――を見やれば、こっちに視線を向けていない。
何かしようとする気配も見られないから、俺は仕方なく話題を広げた。
「ところで、この黒いカードは見覚えがあるか? 恐らく先程言われた『診断書』とやらだ」
「……ああ、ありますよ」
「あるね」
「あー、はい。あります」
先客三人の返答を見て、俺は頷いた。
「そうか、俺たちも持っている。こっちに来る前に見せあった。そこでなんだが、良ければ、君たちの特技……もっと言うと、このカードの裏の面に掛かれた、きみたちの異能について聞かせてはくれないか?」
反応は様々。
気まずそうなものから、訳知り顔の顔。こっち側には明らか様に嫌げな表情をしたやつもいる。隠岸だ。
「俺の特技は『真理解剖』。触れたモノの情報を知ることができる」
「私は『自己聖女』……自己制御、とでも言いたいのでしょうか。言いにくいのですが、自分の体を自由に扱えます。カードには『自己を律する』とありますね」
「オレは、『閉鎖隠匿』。あー、『空間を鎖す』なんて書かれてるが、単に鍵が無くても鍵を閉めれるだけだ」
「私……いや、此処までひけらかして他人面もないか。ボクの特技? とやらは『探偵気質』。『閉室を暴く』なんて書かれてるけど、うちの幼馴染が閉めた鍵を開けるだけの力だね」
「僕は『奮立勇者』って……ちょっと恥ずかしいな。勇気を出すのが人一倍上手いだけだよ。『勇気を増す』だって」
「……私は、『認識奏作』。今みたいに、『認識を操り』ます」
「僕は、その……笑わないで、くださいね? えっと……『純破壊者』、『物質を壊す』だけの、それだけの力です」
「「……?」」
「みんなしてそんな顔しないでください! ほら、此処にも書かれてますよ。僕だって、欲しくて得たわけじゃないんですからね」
……これは、何と言うか。
「随分と、華の無い特技が集まってるな。いや、こんなに特技持ちがいたとも知らなかったけど」
てか、あの青白い少年が一番の物理特化? 意外性の塊だ。
更に言えば、超能力っぽい能力って極少数じゃねぇか。どうやって純粋な能力と特技を判別してるんだ?
っと、そうじゃないそうじゃない。
折角特技の情報を引き出せたんだ。ここから発展させないと。
えーっと、此処から脱出するのに直結しそうなのは……。
「房浪、か。お前の特技で学校の壁や窓を壊して脱出とかできないか?」
「難しいと、思います。ここに来る前にやってみましたけど……外の金網のところに触れることもできませんでした。歩いてるのに、近づかないと言うか……」
……そうか。
折角見えた光明が一瞬で潰えたが、それだけでへこたれる事は無い。
大丈夫。きっと、何処かに脱出の手掛かりはあるはずだ。
……とはいっても、希望はまだ捨てられないもので。
気まぐれで、というか思い付きで、俺は明智に一言聞いてみた。
「なぁ、明智。この事態の解決法とかわかってたりしないか?」
「大体の予測ならついているよ」
「まぁ、だろうな……なにぃ!?」
なにぃ!?
【作中情報:周辺地理】
穂群原学園付近には住宅のみならず、商店街、グラウンド、病院、図書館等の設備もある。
……商店街を設備とは呼べないけれど。