貴方の使命は、魔術関連の秘匿――詳しくは、一般人にばれたことを魔術師側に漏らさないことです。
また、他の被害者たちの犠牲を最小限に収めることを念頭に動きます。
特技の使い所を見極めましょう。
危険は冒すものです。
――えっ?
「お、おい。それはほ――」
「ああ、けど黙秘させてもらうよ。
「――んとう、か。ええぇ……?」
この怪異の正体が分かれば、解決法やら対処法が導き出せる。
ここは、何としてでも聞き出すべきだが……
「またそれかよ」
「おいおい。また、とは何だい? あまり使ったことは無いだろう?」
「いや、割と使ってんぞ。この前の――」
「ああ、そういえばそうだったね」
「……はぁ。いうべき時には、言うんだよな」
「もちろんだよ。ワトソン君」
「誰がワトソンだ」
「ああ、そうだね。君はワトソンというよりモ……んん゛っ!」
白鳥と明智の会話からすれば、あの勿体ぶりはいつもの事なのだろう。
そうだとしてあの対応をしているのなら、少し聞いたくらいでは聞き出せないかもしれない。
しつこく聞いて、俺が疑われて、それで魔術師の話を少しでも悟られれば……ない、とは言い切れないか。
俺は余り心理戦が上手いわけではない。惚けるのは得意で、隠すのが下手でもないが、時臣みたいなやつには劣る。
明智という少女は、時臣と似たような空気がある。天才特有の、何処かズレた雰囲気だ。
そうである以上、無暗な行動から間桐の裏の顔――及びそれに類することを暴かれる可能性もある。
更に言えば、彼女は「探偵」だ。名前ではなく、その在り方が。
先の「まだ語るべきではない」は、恐らくシャーロックホームズの影響だろうか。探偵小説に憧れて、感化されているのだとしたら、その好奇心も人一倍に違いない。
果たして、そんな子供が「魔術師」なんて(一見)素敵ワードに辿り着いて嗅ぎまわろうとしないなんて――まず、有り得ない。
反語を使う隙もない。疑問を差し込む余地もない。
それくらいの確信を俺は抱いている。
もし、彼女が俺の周りを嗅ぎまわれば……それは、怪異に殺されるよりも悲惨な目に合うに違いない。
苗床となるか、餌となるか。その特技を見抜かれて「魔術協会」とやらにホルマリン漬けか。
最後の可能性は、最悪だ。これまで隠し通してきた俺の特技の存在にも気づかれる可能性がある。
こんな特技、魔術師からば垂涎物だ。
「根源」とかよくわからんところを目指しているらしいが、聞きかじったところ、恐らく俺の特技はそこへの特急券に成りえる。
最近この能力に慣れてきて分かったことだ。この能力は底があるが、拡張すれば恐ろしいことになると。
勿論、特技の拡張や強化何てできないし、どうするのか見当もつかない。
けど、、魔術師なら?
――ああ、嗚呼。
駄目だ。それは、駄目だ。
悪いな。
所詮、唯の偽善で、最後まで突き通すつもりもない偽善だった。
これならいっそ、最初っから首を突っ込まなければよかったのに。
いうべき時、か。
その時が手遅れになる前だと、祈るばかりだな。
明智探偵が間桐雁夜を見つめる。
その視線で穴をあけんばかりに、うつろながらその全体を視界に収め、「観察」している。
「……」
「どうしたの?」
「いいや、何でもないよ」
――彼からは、面白い感じがする。
ボクと似た雰囲気。そして、重大なことを握っている人特有の、小さな焦り。
うん。今回の事件、彼がキーマンになりそうだ。
さて、どう口を割らせるか。
誰か一人、犠牲者が出てくれないものか。
いつもなら彼に頼むんだけれど――
「……なんだ? また俺がなんかしろと?」
「いや、今は良い」
――今は、駄目だ。
下手したら本気で死ぬ。
処置する暇なく、死んで――いや、取り込まれてしまう。
あのお化けの本質は、嗚呼。
優しい彼では相性が悪い。
死ぬのはダメだ。
他の誰であろうと、彼が死ぬのはダメだ。
犠牲無しにどうやって口を割らせるか。
それは難しそうだ。というより、犠牲が出た方がやり易い。
彼は守る。
オカルト何てマウントでも、ボクは戦おう。
ボクが、全部操って見せる。
このままここに居ても仕方がないので、体育館から出ることにした。
目的地は図書室。そこから行ける、『閉書室』の中の新聞。
その中の――どの記事かは分からないが、言い出した当人ならば見つけられるだろう。
「じゃあ、忘れ物は無いな」
その場の全員の同意を確認して、体育館の扉を閉める。
明かりはつけたままにしておいた。万が一にも他の人が紛れ込んだ場合、体育館を目指す可能性を上げるために。
廊下に出ると、先ほどは灯っていなかった非常灯が足元を照らしていた。
……というか、こんなもんあったか? あったならさっきも光ってるはずだが。
意識していないことで確認できるはずもなく、非常灯が元々ここにあったのか、それとも怪異の設置したものなのかは分からない。
俺たちはそのまま階段を上がる。
一階から二階、そして三階――と行こうとした。
そこで、問題が一つ。
「閉まってる、な」
「閉まってますね」
閉まっているのだ。防火扉が。
二階から三階に続くその部分だけ、閉まっている。
鍵ではなくシャッターなので、俺には開けられない。確か、これ、開けるのには専用の道具が必要だったはず。
職員室になら在りそうだが、その前にもう一方の方も確認しておこう。
「じゃあ、もう一つの階段に行ってみよう」
玄関の真ん前にある中央階段。
主に三年生が使う、体育館側の東階段。
そして弓道場側にある、移動教室時用の西階段。
この三つが本校舎にある階段で、西階段は最上階からしか使えないために、此処から行けない。
だから、三階に上がるには東か中央かのどちらかの階段を上るのだが……
「……ここも、閉まってるな」
「閉まってるねー」
今度は律汝ではなく明智が答えた。
妙に明かるげだが、お前、状況分かってんの?
とか、言ってる場合ではないか。
これから職員室まで行って、道具を探して、無ければ用務員室か。
用務員室ってどこだったっけ? 特殊教室側にあったら、もうお手上げだぞ。
その時は消火器なりなんなりで壊し……壊せないだろうなぁ。
なら房浪に頼むべきだろうか。彼がどの程度の物まで壊せるかは分からないが、全くの手掛かりなしよりはましだろう。
「よし、これならいけそうだ」
「ん? 行けそうって、何がだ?」
突然頷いた明智に、俺は聞いた。
何か開ける手段でもあるのかと。
明智は肯定で返した。
「うん。僕のあの――『探偵気質』だっけ? なら、閉所条件を満たしているこの扉を開けれる。『閉所を開く』力だからね」
「なるほ、ど? それならさっきもできたんじゃないか?」
「いやー、なんか知らないんだけど、僕が『閉ざされている』って確認しないとできないんだよね。確認できても使えないときあるし。ああ、でも今回はできそうだよ」
「そうか。そういうものなんだな」
使用条件がある、というのもあるのか。
いや、俺の『触れたものに行使する』というのも、見方を変えれば『触れていないと使えない』制限があると言えるし、意外ではないのかもしれない。
「せーのっ」
その掛け声と共に、明智は防火扉に触れ――そして、
「なっ――!」
「あら」
「えっ……!」
「……」
「わぁ……」
いや、消えたのではない。
上がりきぅたシャッターが真上に収納されて、完全に開放された状態になった。
だから、消えたのではなく開いたというべきだ。
これ、泥棒し放題じゃね?
仮にも探偵の持つ能力じゃねーな。
勇者名乗っておきながら泥棒強盗するようなもんじゃねぇか。
……あれ? 何か普通そうに思えてきた。
そういや最近やったゲームでそんなシステムの有った気がする。
廊下は変わらず暗かった。
左右の足元が非常灯で照らされていなければ、歩くことも儘ならななかったくらいに。
さっきまではこんなものは無かっただろうに、これは、見つかったら走って逃げろとでも言っているのだろうか。
廊下を歩いて、進んでいく。
一応確かめてみたが、どうやら上の階への階段も閉まっているようだ。
……これで、俺たちは三階から下に閉じ込められたというわけだ。
『閉所』では無いから、もう明智の特技も使えない。
一階から三階で、事が済めばいいのだけれど。
「着いた。図書室だ」
「きゃ!」
「あっ……ご、ごめんなさい」
悲鳴を聞き、勢いよく振り返ると、どうやら房浪が房浪にぶつかったようだということが分かる。
分かると言っても、声の聞き分けと大まかな輪郭から推測しただけだが。
そうか。ここ、暗いから前が見えないのか。
で、いきなり止まったから勢い余って……と。
怪異の襲撃ではないようで何よりだ。
図書室に入ると、先ほど俺たちが座っていた席が見えた。
あ、ちゃんと椅子入れてなかったはずだが、入ってる。律汝だろうか?
そういえば小学校の頃、特に低学年の頃、先生が椅子を引きっぱなしにして席を立った奴に『幽霊が座ってるからちゃんと椅子を入れなさい』と叱ってたな。
……うん、まさかな。まさかそんなことで怪異が現れるわけはないよな。
「閉書庫は……こちらですね。けど、鍵が締まってます」
「鍵は無いのか?」
「閉所庫の鍵は、先生が持ち帰ってるので……」
なんで持ち帰る必要があるんだ。
「分かった。じゃあ、僕が」
ガラリ。これは、扉が閉まった音だ。
図書室の扉が閉まり、完全に『閉所』となった。
ガチャリ。これは、扉が開いた音だ。
閉所庫とは反対側、本棚の林の奥の方から、キィィと開く蝶番の音が聞こえる。
誰だ、という問いかけは意味がない。
最初に確認した生存者は
なら、後の一人など居る筈もない。
校内に居る人間は七人のみ。
校内で生きている人は、たった七人。
その七人が全員此処に居て、尚遠くから扉の開く音がする。
『――』
それは、怪異の登場だということだ。
「う、うわぁぁああぁ!」
蛇に睨まれた蛙の様に固まった俺らの中で、一番最初に動き出したのは房浪だ。
外見通り気が弱い彼は、悲鳴でもって俺らの硬直を解き、そのまま後から崩れ落ちた。
次に動き出したのは、隠岸である。
動いた、というのは適切ではないか。気づけば彼女は消えていた。彼女は自身の特技を最大限に発動し、自信を認識されないようにしていた。
そして一人だけ安全圏に脱し――いや、安全とは言い切れないが――残された俺ら六人は、危機的状況に陥る。
怪異の全長は二メートルほど。幅は分からないが、不定といった方が良いかもしれない。小さな山みたいな、黒い靄が凝縮したような質量ある存在感は、俺たちの肺を固めるだけの威圧感があった。
こんな狭いところで、あれから逃げる?
無理だ。
全員の脳裏に、その言葉が浮かんだ。
もう無理だと。逃げ出すすべはないと。
徐々に下がって、後ろ手に図書室の扉を開こうとする
「――駄目だっ!
「そんなっ!?」
「あらあら、それはまぁ、大変ですね」
俺の声と、明智の声が交差する。
のんきな律汝の声が、何処かい苛立ちを煽る。
他の三人は……ああ、口を開ける事すらできないようだ。
俺の鍵開けで図書室の扉を開けてみるか?
そもそも鍵穴が無いから無理だ。
明智の力に頼るか?
ここから出ることはできても、結局袋小路だ。まだ、三枚の防火扉がある。
――開けては、いけないのか?
では、どうすれば生き延びられる。
そもそも、図書室に来たのが間違いだったのか?
ここで終わりなのか。どうすればよかったというんだ。
そう思ったその時。
「では、私が犠牲になりましょう。後は明智さんと白鳥さんに任せますよ」
悠然と、律汝が怪異に向かって歩き出した。
「鬼さん此方、手のなる方へ」
手を打って、余裕気に、怪異を見つめている。
――ああ、そうか。
『自分を御する』とは、そういう事か。
真っ白になった思考の片隅で、小さく俺は頷いた。
……人として、壊れてる。
俺はそう、頷いた。
【明智探偵の使命】
貴女は幼馴染である白鳥小峰に執着心を持っています。そのため、全ての「事件」において、白鳥小峰を死なせないことに重きを置きます。
また、好奇心の疼きによって目の前の謎を解かずにはいられなくなります。
怪異の正体を解き明かし、間桐雁屋の秘密を暴き、今回の事件に終止符を打ちましょう。
深淵を覗く者は深淵に覗き込まれているのを心しなさい。
一線を見誤らないように。