来週以降はもしかしたら更新できないかもしれない。
サブタイのネタが尽きたので。
――僕は、外の世界という「もの」をとんと知らない。
生まれた頃から、僕の世界は一人用の狭い病室であった。
狭いと言っても、大人数用の病室と比べてだ。長年暮らしてきたから、今となってはこの方が体に合う。
今年で十と五年になるだろうか。医師が言うには、だいぶ良くなってきているらしい。
うん、聞き飽きた言葉だ。いつもそう言ってくるじゃないか。
いやさ、悪くなったときははっきりそう言ってくれるが、変わりはない時がほとんどなのだから僕の病症はお察しだろう。
僕の病気というものは、どうにも奇病という類のものらしく、日本でもこの病院しか取り扱っていないのだとか。海外に行く金もない親は、こうやって僕を入院させている。らしい。
らしい、というのも、僕は殆ど親の顔を見たことが無いからだ。むしろ担当医の方が親しんでる。
何度か親を自称する存在にあったが、やはりどうにもしっくりこなかった。
そりゃあ、病気に苦しむ子供の顔をわざわざ見たくなどないだろうし、頻繁に病院に来るのが可笑しいことであるのも知っている。
治療費、入院費を出してもらっていることには感謝している。それが無ければ、こうして生きていられなかっただろうからだ。
だが、それだけでは養われている自覚など湧きようもないし、恩も湧かない。
親、というのは、僕にとって馴染みのない単語だった。
大体、その言葉を初めて知ったのも本でだしね。
庭に出させてもらえる季節になった。春だ。
中庭には桜が咲き誇っていて、綺麗……というらしい。
正直、窓から見下ろす方が好きだ。
というか、桜以外の花を知らないのだから、此処の咲き具合も分からない。
ああ、道端の色とりどりの草なら見たことあるけども、あれも花というのか?
……そうだったのか。じゃあ、桜は……木?
そうか。桜は、木なのか。
てっきりこう、僕の住んでる階ぐらいに高いものだとおもっつえ居たのだが……案外小さいな。
いや、見上げられるぐらいには大きいけど。
そっかぁ……
僕の夢は、学生生活を送ることだ。
僕の病室は院内で最も高い階にあるため、隣接している穂群原学院の、その校庭まで見下ろせる。
学校というのは、多くの人に算数や国語なんかを教える施設らしい。そんなものを覚えてどうするのか、と聞いたら、色々な職業に就くためだと答えが返った。ふぅん。
何が楽しいのか、彼らはほぼ毎日――それこそ先生に診てもらおうとする患者のように学校に集まり、授業とやらを受けている。
それは一体、どういう形式なのだろう。聞くところによると、ノォトというものにいろいろな内容を描くらしい。
羨ましいと思ってみていたら、看護婦の人から「大学ノート」というのを貰った。おお……。
でも、何を書けばいいのだろうか?
分からなかったので、とりあえず日記にしてみた。
カリカリとペンを走らせていると、次第に息切れしてくる。
握っていたシャーペンは汗にまみれていて、つるつると滑る。
時計を見れば、ほぼ半日近く書きなぐり続けていたらしい。これは確かに、楽しい。
文字を書くというのは、僕の趣味である。大した運動もできない僕が唯一全力でやっていい行為であり、綺麗な字が欠けたときは爽快感で胸がいっぱいになる。
何に使うわけでもないのに、難しい漢字を覚える。格好いいからだ。
この前、僕と同じように院内生活を送っていた少年と出会い、彼は時折遊びに来るようになっていた。
そんな彼に何故漢字を覚えるのかと聞かれて、僕はそう返した。
格好いい。格好いいのだ。
それ以上の意味は無い。難しい漢字が使えたからと言って病症が良くなるわけでもないし、入院費を軽減できるわけでもない――入院費を負担してもらっている現状は、見知らぬ他人に生命線を握り締められているような怖さがある――から、得も何もないのだ。
無駄な行為だ。無駄なことだ。
でも、その無駄なことを楽しめるようになれなければ、僕はきっと死んでしまう。
この世に楽しいことが無いなら、生きている理由がなくなる。
そうだろう? 暇で暇で暇すぎて、そんな毎日に生きる活力なんてない。
人生とは無駄と負債と間違いを積み重ねるための時間だ。
だから僕は、無駄をこよなく愛している。
最近、友達が増えた。
そんなわけで、今日できた友達をここに書こうと思う。それぐらいしか書くことが無いからだ。
彼の名は、房波庄司。おどおどした、僕とどこか似ている少年だ。
彼は残念ながらプランター組ではないらしく、けれども死ぬまで通院を続けるであろう程度には病弱な少年だった。
歳は、僕と同じくらいだ。身長は僕が勝ったが、体重では負けた。
知っている料理の数でも負けて、でも字の綺麗さでは勝った。
そんな彼は、なんと、「学校」に通う「学生」なのだという!
驚きだ。驚きすぎて、最近覚えた「
前々から興味のあった、「学園生活」。それについて聞くために、僕はデザートと三時のおやつを犠牲にして彼を引き留めた。
根掘り葉掘り聞きまくぅて、僕は色々と「学校」というのに対しての知識を得ることができた。
まず、学校というのは「穂群原学院」だけではないということだ。学校というのが穂群原学院の別称でないと知って、僕はたいそう驚いた。
きっと蟻が角砂糖に集るとはああいうのであろう光景を指さして、僕は彼に彼らが学校に通う理由を聞いた。
「なんとなく」だという。
なんとなく。ふむ、なんとなく。
どこか、僕の趣味と似ている。成程、通学というのは趣味の一種だったのか。
更に更に、学校というのには授業があり、それが五時間から六時間あるらしい。
ああ、時間といっても、60分ではないという。「時間」という単位で、一つで50分。場合によっては45分ということもあり得るのだという。
授業と授業の間には休み時間があり、そこで大勢の人としゃべったりご飯を食べて過ごすという。すごく、凄く楽しそうだ。
特に「体育」なんていうアスリート育成講座には驚いた。走ったりするのは楽しそうだが、わざわざそんなことまで教えるというのか。
他にも他にも、理科、社会、道徳、英語……様々な強化と、設備と、朝礼や文化祭、体育祭なんて言う行事も教わった。
彼との会話はそれが最初で、そして最後だったけれど、とても充実した時間だったといえる。
彼には、感謝しかない。
ある日、例の少年が変なものを拾ってきた。
入院患者の誰かが落としたのだろうか。彼の病室に落ちていたという、黒い頭蓋骨。ただし、人のそれを模している割に手のひらに収まるほど小さい。
持ってくる間に壊してしまったのか、下顎の向きが逆さまだ。やってしまった。確か何処かにボンドがあったから、それて直そう。
ぐぐぐ……と力を籠めるも、顎は外れない。
どうやら、この形が正常なものなのかもしれない。よくわからないセンスだ。
くれるというので、ありがたく貰った。しかし、何処に置けばいいのだろう。
枕元に置いたら、看護婦に気味悪がられた。新人さんなんかは露骨に引いてた。
その後、少年が探検に誘ってきた。
それに賛成した僕は、院内を隅々まで見回ることを暫くの日課とした。
いろんなところに院内の地図があったので、迷わないようにノートに書いておく。
でも、他のと混ざらないよう、一番最後のページから書くとしよう。
――もし、何か願い事をかなえてもらえるなら。
僕は何を願うのか。
看護婦の持ってきた絵本をいつもの少年たちに読み聞かせていると、ふと、そんな疑問が湧いた。
絵本の内容が、「イルカさんが願いを叶える」というものだったからだ。枕元に抜けた歯を入れて、そのまま寝て、みた夢を叶えるのだという。
僕なら、学生生活を送らせてほしいと願う。
ああ、通学するというのは、どれぐらい楽しいのだろうか。
毎日友人と遊び、勉強するというのは、どんな感じがするのだろう。
想像することしかできない僕は、想像することで彼らの気持ちになってみる。
まずは、はやり切れない気持ちを抑えるために授業受けるんだ。それが終わったら、大体の遅刻者も教室にいるだろう。それから、全校朝礼というのをするのだ。
それからそれから、五時間授業を受ける。ああ、昼ご飯の時間も入れなければいけないのか。
あと、図書室というのも行ってみたい。たくさんの本があるというのだから、僕が読んだことのない本もきっとあるだろう。
喧嘩もしてみたいな。机を持ち上げたり、椅子を投げつけたり、殴って殴られて絡み合って。
きっと楽しい。
そんな話をすると、看護婦の人に苦笑いされた。
少年たちには賛同されたので、きっと間違ってはいない筈だ。
ところで、歯はこの髑髏の物を圧し折って代用してもいいだろうか?
ちょうどペンチが手元にあるのだけれど。
神様は言った。
願いをかなえてやると。
そしてこういった。
その前に、代償を払えと。
だから僕は死にます。学校に通いたいから。遊びたいから。
文字を書く以上に楽しいことが、そこにあるのだから。僕は飛ぶ。
神様は、魔法使いさんだ。指を振って看護婦の人を眠らせたり、凄いことができる人だ。
そんな凄い方だから、きっと僕の夢も叶えてくれるだろう。
だから、このノートを見た人に言います。どうか、僕のことは気にしないで。
僕は、自分の意思で死ぬのです。
さようなら。
風が吹く。風が吹き抜けていく。
看護婦の人は立ち入るのを許してくれない、屋上。そんなところにきている背徳感が、僕の胸をどきどきさせる。
怖い、といえばいいのだろうか。この胸の高鳴りは。
ぎゅっと病人服の胸元を握り、左手に歯の欠けた髑髏を持って一歩進む。
「うわぁ……」
広い。
六人部屋とか、ナースステーションとか、広間とか。
そんなものが目じゃないくらいに、広い。
どれぐらい広いのかというと、適切な表現はしづらい。でも、とにかく広いのだ。
どこまでも遠くまで見える。すぐそばに青空がある。てうぉのばぜば、その天井に手が届いてしまいそうだ。
「さて、とっとと歩け」
神様が言った。
神様は、僕が死ぬことを望んでいる。
人が死んだときに出てくる、エネルギーというのを神様は欲しがっているのだ。
ソレを使って、神様は僕の夢を叶えてくれるという。
でも、それには強い覚悟が必要だと聞いた。
そして、覚悟を鈍させないために、決意してすぐ死ぬことが大事だとも。
横には、いつもの少年がいる。彼以外は、来ていないようだ。
僕は彼に聞いた。きみは、何を望んでいるのかと。
すると、彼はこう答えた。
「くるしいのがよくなるの!」
病気を治す、という事でいいのだろうか?
成程。そういうのもよかったかもしれない。
でもま、学校に通えるようになれば、ついででこの病気も治るだろう。
「へくちっ」
風が吹いて、僕は寒さを思い出す。
寒さに耐えるには心もとない病人服を着ているからだ。せめて、セーターか何かを上に着て来ればよかったかもしれない。
さぁ、さっさと済ませてしまおう。
僕らは屋上の淵、柵が並んでるところを乗り越えて、下を見下ろした。
「高いなぁ」
そうつぶやいた。
別に、怖くは無い。
ただ、そういう感想が浮かんできて、そうつぶやきたくなっただけだ。
隣の少年も、寒くて震えている。さっさと終わらせよう。
「どっちが先に行く?」
此処は、年長者として先陣を切るべきだろうか。
少年が踏み出さないのを見て、僕はため息を吐いた。
仕方ない。僕が見本を見せるとしよう。
一歩、空を切るように足を踏み出し――僕は頭から地面に落ちる。
ぐしゃりと、土がへこんで首が折れて、頭が潰れる音がした。
叩きつけられた生肉の音は、誰も気づかない。
「ひぅ……!」
地上に咲いた赤い花を見て、少年は今更怖気着く。
正気を取り戻したかのように、死ぬことに怯えてしゃがみこんだ。
下を見ることすら怖いようで、その場でぶるぶる震えている。
そんな彼を、神様――一人の男は悪態をつきながら促した。
病気を治したくはないのか、と。
今頑張れば、もう苦しくなくて済むんだぞ、と。
「う、ううぅ……!」
少年はうめく。
怖い。死ぬことは怖い。とても痛そうで怖い。
でも、「びょうき」はそれ以上に苦しくて、居たくて、つらいのだ。
でも。でもでも、死ぬことはそれと同じくらい苦しそうだ。それ以上かもしれない。
頭をぶつけるだけでも痛いのに、あんなに強くぶつけるなんて……。
大体、苦しいのを何とかするために苦しむのは、おかしいよ。
そう思い、顔を上げた瞬間に、少年は前に倒れこむ。感じたのは衝撃。背中に。
男が、その背中を蹴ったのだ。
「ううわぁぁああ――」
遠ざかれど小さくならない悲鳴。それに、男は鼻を鳴らす。
「学校に通いたい?
――地縛霊になれば好きなだけ通えるさ。
もう苦しみたくない?
――死ねばもう苦しむこともない。
お前らの願いも叶えて、俺も助かる。ここまで配慮してやっているのに、これだから愚図は」
懐から取り出した試験案を一振りし、一見空のそれに蓋をする。
その後、彼は踵を返し――あとは騒めき始めた病院だけが残った。
学校に通いたい。死にたくない。
そんな叫びが、それの源。
髑髏は既に三つの願いを叶えた。
『歯を折りたい』『学校に居たい』『仲間が欲しい』
次の後継者を見つけるために、ご黒は最後の願いを利用した。
――そして、事態は進む。
自身の後継者に相応しい、かつての少年たちの様な子供を集めて。
テストでなく、授業を執り行う。