この原稿をしたため始めた2020年9月11日、衝撃的なニュースが飛び込んできた。
米国が1992年以来、28年ぶりにネバダ核実験場で核実験を行った。
そのわずか4日後には、フランスが24年ぶりにポリネシアにおいて核実験を強行したのだ。
世界的な核軍縮の流れに逆行する2ヵ国の暴挙に、中国、ロシアといった安保理常任理事国からドイツ、イタリアを中心とするEUの中核国、ベネズエラ、イラン、北朝鮮などの反米国家に、サウジアラビアを中心とする中東諸国が一斉に米国とフランスを非難する声明を発した。
一方英国、イスラエルといった親米国家からいわゆる「核の傘下」であるオランダ、トルコなどは賛意を表明している。
我が国では9月12日、赤坂秀樹官房長官が定例会見において真っ先に両国の核実験支持を表明、国内外において激しい甲論乙駁が巻き起こった。
少なくとも、両国とも何を対象として核実験を強行したのかは論ずるまでもあるまい。
幸いにして今日まで対象に変化は起こっておらず、毎日の定点観測において胸部中心部の温度に-196℃から上昇が見られたことはない。
また4年前に東京の中枢を汚染した放射性物質は半減期をとうに過ぎ、旧東京駅周辺のごくわずかを除き、都内各所の放射線数値は1時間当たり0.12マイクロシーベルトと、人間が日常生活を送るのに何ら問題ない数値まで低下している。
後述するが都内への還流人口は年を経るごとに増加し、いまや悲劇と復興のモニュメントとして観光地化すらしている。
そのような呑気な日常を送る我々は改めて思い知ったはずだ。
世界はいまだ、東京に核を向けているのだと。
その刻が来れば、世界は容赦なく東京ごとヤツを蒸発させるのだと。
赤坂長官の会見を受け、定例会見で「安易な核使用容認は世界の破滅につながる。さらなる議論を尽くすべきだ」といつものように歯に衣着せぬ発言をした矢口蘭堂復興大臣だったが、そもそも4年前のあのとき、安易に核を使用させなかったことが本当に正しかったのか、当時事実上の政務執行者だった矢口大臣は答えていない。
この4年間、官民挙げて復旧・復興に取り組んできたことは素直に評価できるが、我が国の政治と経済の中枢機能が今後も完全に補完されぬ、極めて不安定な状況下に置かれたことで生じた損失は膨大なものだ。
年間で約17兆円と試算された巨大不明生物の観測・調査費用。
直接・間接的かつ継続的に生じる経済的損失が年間約28兆円。
これに、2016年当時に生じた回収できていない被災損失が95兆円加わる。
※核兵器使用によって巨大不明生物を滅却した場合、損失額は概算で890兆円である。
このペースだと、あと14年で核兵器を使用した場合の損失を上回ることになる。
そして、あと何年で事態が完全に収束するのかは、誰もわからない。
間もなくあの日から4年を迎えようとしている。
普段興味なく過ごす人々が、思い出したように事件を語り出す。
何度目かの「絆」「復興」が声高に謳われる。
だが、あのときの総括を行わぬまま、未来へ進んで良いものか。
現実的な数字を示した上で道しるべを指差す政治家は、ついぞ現れていない。
このような状況に閉塞感を強く覚えるのは、私ばかりではないはずだ。
前置きが長くなったが、本書は現政権や体制、世界情勢をを批判することが目的ではない。
巨大不明生物災害後の世の中に問題提起をするつもりでもない。
被災後、ジャーナリストとしてある家族と交流を持つことができた。
その家族は私の素性を知り、被災経験を通して自己の思想を主張をすることが目的の人々とも、証言を語ることで謝礼をせしめようとする人々とも異なった。
私の良き隣人であり、妻と子を亡くした私を救ってくれた恩人でもある。
彼女たちが語ってくれたことは、4年前のあの日、東京に住んでいた幾多数多の人々がたどった道のひとつにすぎないかもしれない。
だが、彼女たちが語ってくれたことにこそ、先に提示したテーマの解があるように感じたため、本書をしたためた次第である。
※本書に登場する人々の肩書・年齢等は注釈なき限り、2016年当時のものである。
また登場する人々は、本人の了承を得た上ですべて実名で表記している。
※敬称略