山下家
山下 美鈴(12歳) 江東区立砂町小学校6年3組
山下 翔也(7歳) 江東区立砂町小学校1年6組
山下 輝良(42歳) 警視庁警備部第3機動隊副隊長
山下 響子(40歳) 医療法人報徳会東洋堂病院放射線科看護主任
向井家
向井 平太(41歳) 向井モータース社長
向井 愛香(41歳) 向井モータース専務
阪口家
阪口 那月(12歳) 江東区立砂町小学校6年3組
阪口 郁美(38歳) 派遣社員
阪口 衡平(48歳) 江東区役所総務部危機管理室次長
久保家
久保 深結(12歳) 江東区立砂町小学校6年3組
久保 志津子(42歳) スナック「seasoning」経営者
梅澤家
梅澤 和樹(12歳) 江東区立砂町小学校6年3組
梅澤 瑠璃(17歳) 東京都立第三商業高校2年2組
梅澤 栄達(20歳) 砂町郵便局員
梅澤 信吾(51歳) 砂町銀座商店街組合長
梅澤 栗子(49歳) 「barber梅澤」店主
砂町小学校
中村 俊樹(38歳) 江東区立砂町小学校6年3組担任
吉田 勝人(59歳) 江東区立砂町小学校校長
岩本 輝夫(55歳) 江東区立砂町小学校副校長
佐藤 絵里(40歳) 江東区立砂町小学校6学年主任
※いずれも2016年、巨大不明生物災害発生当時の年齢・役職
私が本書に登場するみなさんが暮らしていた江東区砂町を訪れたのは、2018年9月である。
2016年11月7日月曜日、巨大不明生物が首都中枢で放出した放射能プルームは当時南東へ吹いていた風に乗って江東区全域を汚染した。
既存の放射性元素のいずれにも当てはまらない新元素(米国DOEにより、ジラニウム103、ジラニウム105と命名された)は半減期が20〜30日程度であることが早い段階で判明した。
被災3区を除く都内南部は比較的早いうちに警戒区域が解除され、翌2017年真っ先に帰還宣言を出した江戸川区と葛飾区を筆頭に、主に城東地域にて帰還の流れは加速度的に進んだ。
江東区も2018年6月に警戒区域指定が解除され、同年度末には区民の3割強が元住んでいた場所へ戻ったとされている。
当時神奈川県川崎市武蔵小杉に住んでいた私には、同じ江東区でも取材で幾度か訪れた豊洲・有明地区と異なり、話を聞くまで砂町という地域があることもよく知らなかった。
住民が戻り始めたことで砂町銀座商店街にも活気が戻り始め、復興のシンボルとしてテレビにも取り上げられていた時期だ。
当時訪れた身として、良いところしか映さないテレビ取材とのギャップをまじまじと感じたことはいまでも印象的だ。
「昔っからそうだよ。テレビ局の連中は事実を報じやしねえんだから。アイツ等自分たちが報じたい内容にうまく編集して放送しやがる」
砂町銀座商店街の梅澤組合長が私の髪を苅りながら、忌々しげにつぶやいたことが耳に残っている。
ジャーナリズムの世界に生きる者として、テレビ局にも都合や事情があることは理解しているのだが、そんなことを組合長に説くつもりはなかった。
そもそも帰還宣言が出されて真っ先に戻った砂町銀座商店街の方々だが、報じられたように復興の中心にならんとしたわけでも、元気に活き活きと頑張ろうと先陣を切ったわけでもない。
「先祖代々、うちはここで髪梳き屋だったんだ。ゴジラだろうが放射能だろうが、この地を離れちゃバチが当たらぁ」
そう語る梅澤組合長だが、放射能の影響を受けやすい10代までの子を持つ家庭を中心に、安全宣言が出されたいまでも帰還を躊躇う、またはあきらめた家庭も多い。
「うちも家庭外別居だよ」
そう言ってガハハと笑う組合長も、本人とご長男以外の家族は都外に避難したままだ。
「下の息子が高校卒業するまでは仕方ねえよ。第一、避難先の生活が当たり前になってんだ、それ捨てちまってこっち来いってのもひでぇ話さなぁ」
口調は明るいが、鏡に映る組合長の表情はどこか寂しげだった。
「記者さんな、砂町に戻るのも正解、放射能怖いのも正解、いまの生活捨て去りたくないのも全部正解だよ」
散髪が終わって勘定の際、離れたみなさんに戻ってもらいたいですか?いささか失礼とは思ったがそう訊いたところ、組合長が笑って答えた。
それから私は、商店街の様子から児童生徒が都外に散らばったことで休校中の砂町小学校、そしてある人物から頼まれた区内のあるマンションを写真に収めた。
被災前と比べて町は人気がやや少なく、警戒のパトカーが頻繁に巡回する中、教えられた大通りから一本入った道にあるマンションは、ベランダの観葉植物が伸び放題伸び、恐らく都心から流れてきたであろう煤で黒ずんだ壁が掃除されることもない。
こんなところ、もう住めないだろう。
失礼ながら、それが私の感想だった。
だが、このマンションには彼女たちを含め、あの日までいつもの日常を営んでいた人々が住んでいたのだ。
これから本書で紹介するのは、このマンションの3階に居住していた山下家がたどった、巨大不明生物出現からの約1ヶ月の軌跡である。