変態科学者はゲームオーバーを公爵令嬢に捧ぐ 作:KAMATAMA
この世界は、ゲームの世界である。
より正確に言うと、昔に作られたゲームのリメイク版の世界である。
この世界の
しかし、リメイク版から追加された要素によって、悪の帝国というには、敵達が妙に倒しづらくなっていた。
癒しの聖女リキュア・ストラーダ
忠義の騎士ガンブ・レイド
神速の黄金華メルセデス・フォーミュラ
そして皇帝ヘリオス
彼ら彼女らは揃って人格者であり、名統治者であり、主人公達を脅かす勢力でさえなければ尊敬にさえ値すると、原作のゲームでさえも主人公達は言っていた。
倒しづらいといっても、結局倒すことになる。
聖女と騎士以外はどうやっても死ぬことになっている。
皇帝とその妻になるべき公爵令嬢は、必ず死ななければならない。
そうしなければ、旧き帝国の正当性を破壊して、新たな民主主義を正当化出来ないからだ。
リメイク前では、昭和当時の反支配、反権力の日本の情勢からして、独裁者は悪、民主政治こそ正義という一種のアレルギーが強かった時代に作られた為、悪役とする為の要素が帝国主義というだけで十分な時代に作られた作品だった為、帝国の支配層というだけで悪役扱いとしてのキャラは立っていた。
それがリメイク版では、戦争においてどちらが正義で悪かでは無く、どちらにも正義があるという時代に合わせて敵キャラクターに深みを付けた結果、あくまで主人公とは陣営が違うだけの人々という扱いになっている。
それ故に、リメイク前では殺さないといけなかった敵も生かしたままエンディングが迎えられる仕様となった。
尤も、メルセデスと皇帝だけは存在そのものが格差主義肯定の象徴であり、原作においてはどうプレイしようが、向けられる死は必然となる。
帝国の安寧を司る聖女、帝国の防衛力を司る騎士については、温情が向けられることがあろうと、帝国の経済を司る令嬢と、全責任を負う皇帝は、弱者を助け強者を粉砕する英雄と、彼を後押しする民衆によって斃される。
あとついでのように、救いようのないキチガイ眼鏡も、当然の如く助からない。
世界がどのように動いても、狂える賢者と、帝国皇帝と、絢爛たる令嬢は必ず滅ぼされる。
ゲームの主人公がどのような行動を取ったとしても、彼らが生きたままエンディングになることはない。
皇帝、貴族と平民が別れている以上、彼らに己の為に支配による搾取を行う面が全く無いとは言えないだろう。
それを問答無用で悪と断ずるかはこの際置いておくとしても、格差ははっきりと存在している。
帝国の仕組みの中では、持つ資産だけでなく、人権も命の重さも不平等ではある。
苛烈な競争主義と、その勝利と敗北の蓄積による階層社会を帝国は肯定していた。
それでも、彼らは国家と国民を愛していた。
その中でも特に身近な人々を愛していた。
あくまで民衆主権国家である主人公の国に対して、己の国の為に戦争をしていた敵というだけだった。
それでも、反権力闘争の昭和時代に作られたなごりを持つゲームにおいては、格差と支配を肯定する存在は、生存を許されなかった。
孤児院の運営者の一人であり、法と秩序を旨とする、皇帝への想いだけで何度も再生する聖女。
皇帝個人への忠義と、帝国の安寧と平穏な民の日常に滅私奉公する、主人公の兄の仇である騎士。
そして、帝国を含まない世界の半分を
そんな崇高な彼らとは一線を画した、普通に悪党であり、倒す事に唯一躊躇しなくていい四天王の一人。
シナリオと容量の都合上、初版でもリメイク版でもそれほど変わらない悪役であった男。
それがグラスリート・オフステイン。
通称:キチ眼鏡。
魔導の名門に生まれ、あらゆる才と環境に恵まれつつも、真理を研究すること以外に一切興味が無く、家を捨てて、倫理を捨てて、名誉を捨て、想いを捨て、最後には世界とそこに住まう人々の命すら捨てようとしたマッドサイエンティスト。
彼のBGMである『Yes真理No倫理』も、妙にハイテンションで、他の四天王のクラシカルなBGMとは一人だけズレていて、三味線ユーロビートになっている。
人の命や想いや繋がりを軽視して、真理の探求だけを求めた挙げ句、彼はパターンによっては皇帝直々に討たれる。
彼の研究は、当初は帝国を含む世界の半分を残す為に必要であり、その為に皇帝に必要とされて四天王の地位を与えられた。
最終的にはその研究成果の一部から偶然発見された理論と、愛と勇気とご都合主義によって主人公によって、
要するに、グラスリート・オフステインはただの踏み台の敵である。
リメイク版においては、敵の一般兵士さえ家庭があり、友人がいて、その為に戦う事に誇りを持ちながら、他国を犠牲にすることに苦悩しつつ、それでも尚戦う描写が散見されるこのゲームにおいて、このキチ眼鏡野郎だけはそういったものがない。
「見せてあげましょう。我が研究の成果を!!」
「ははは、ははははは、はははははははは、改めてこのグラスリート様の天才具合を理解し直したところです。」
「この天才に楯突くとはつくづく学習力が足りませんねえ」
「世界を解き明かす糧にされる事に感謝しても良いのですよ」
「…死んでしまったのですね。私の、私のスポンサー様が。
──────さて、研究をどう続けましょうか」
「愛? 不要不要不要!! 世界など人の命など感情などという脳内物質の作用など、所詮は私の実験材料に過ぎません」
基本的にマッドサイエンティストなクズであり、同じ四天王であるメルセデスを殺されても、スポンサーとしか思っていなかったと嗤う。
逆に彼の幼馴染みであるメルセデスの方は、グラスリートが先に倒されると、こんなクズの為にさえショックを受けた様子がある。
いつも通り優雅に、一人欠けたテーブルについて、
メルセデスは紅茶をグラスリートに入れさせる場面が多かっただけに、その印象は強い。
そんな善人染みた敵の中で唯一、普通にクズ野郎な眼鏡。
それがグラスリートである。
因みに愛を不要と言う最後のセリフは、その発言の直後に「愛無き理想に未来は非ず」と断じた皇帝に愛を以って殺されるパターンのものだ。
恵まれたスペックにありながら、人格が歪み過ぎていたために、
噛ませ犬で踏み台の中ボスであり、誰もに蔑まれた男。
それがグラスリート・ステインオフ。
グラスリートは夢のような世界で、何百回も自分が死んで、メルセデスも死ぬまでの過程を見続けた。
常にグラスリートがメルセデスの後に死ぬわけでも無い。
それなのに、己の死後もメルセデスの死までは周回は続き、そして巻き戻っていた。
何故グラスリートが死んだところで終わりではなくて、いつもメルセデスが亡くなるところまで見せられるのかは彼にはわからない。
──いや、わかっていた。
「くくくっく、ふははは、ははははは。
ははははは、これが、これがそうなんですよ、皇帝陛下。
此度は貴方に殺されなくて良さそうだ。
別に殺された事そのものを恨んだ事は、一度も無かったのですけどね。
何せ、彼女を幸せに出来るとしたら貴方だけだ」
今まで己さえも瞞すように隠してきた想い。
しかしこれだけ愛する女性の滅びを見せつけられた後では、その欺瞞にもほころびが出ようもの。
誰にも知られたくは無いが、それでも愛している。
だから、己以上に彼女の幸せに最適解である皇帝を宛がう。
その方針は結局の所変わらなかった。
人の気持ちを考えることは出来ても、人の思いを汲み取る事が出来ない変態眼鏡は、どこまでも変態眼鏡でしか無かった。
己の頭脳であれば、愛しか無い理想からでさえ、未来は見通せるはずだと。
科学者は狂笑しながらも冷静に、主観的に時が巻き戻ったと感じた己が、今はどの
「
当たり前の事だった。
自身が家族に捨てられることさえ、彼にとっては些事である。
世界に切り捨てられることが確定した女性に比べれば、些事というのも烏滸がましいと、己も同じく世界に切り捨てられる身でありながら断定する。
それに、今までの
いや、彼女は無条件に手を差し伸べたりをする様な女性ではない。
メルセデスは国是の象徴。
その意思を促し、その手段を与えるだけ。
彼の研究を活用したい新皇帝へ、繋ぎを作るだけだ。
とはいえ結局その後は、グラスリートの研究に何かしらの理由を付けて支援してくれる。
それすら、国母候補たる彼女の立場からすれば本来許されない行為ではあるのだが、それでもメルセデスがそれを止める事はない。
嘗てのグラスリートの婚約者であり、それが無くなった後は皇帝の婚約者候補になったメルセデスは、本来ならばブドー家との関係においても、皇帝の后候補としても、追放されたグラスリートとの繋がりがあっては良くないのだから。
グラスリートは考える。
今までに同じ人生をやり直してきた事には気が付かなかった。
何故今回に限ってなのだろうか?
あの回想はなんだったのか?
もしやあれらは全て別の平行世界の記憶なのかも知れない。
しかし、そんな事はどうでも良い事だった。
「今回こそ生き延びられる───そんな甘い見通しはありませんね。
だからこそ、だからこそ今回望むことは一つだけでいい。
彼女を救えるのなら、それでいい」
その感情自体は元々彼には存在しなかった訳では無い。
しかし、敵である主人公にも、上司である皇帝にもゲーム中の描写にさえ、『無い』と判断された感情だった。
…最後まで照れ隠しをするに充分な研究への狂気は、今回は更に歪んでいた。
「まずはこの後に訪れる廃嫡イベントですか。
時間の浪費は、目的に遠ざかるに等しい。
自分から申し出て、サクサク進めましょう」
自分の家を捨てる事にさえ躊躇がない。
そんな所を見ると、やはり彼には愛など『無い』のだと思われない要素など無い。
彼は全く重みのない足取りで、己の父のところへと向かった。
「父上、私にはもう元素色は存在しません。
禁呪で剥がしました。廃嫡で結構です。
後は
そして、言いたいことを一方的に告げた。
貴族は魔法が使える者と決まりは無いが、魔法が使えるのは貴族である。
魔法は平民には使えない。
時折、貴族の隠し子等の理由で平民にも魔法の元となる魔力を持つ者がいるが、その様な者は全て貴族に引き上げられる。
通常はフォーミュラ家が未来の帝国に必要な存在として、自前のフォーミュラ貴族少年院に引き上げる。
稀に貴族嫌いの魔力持ち平民が、貴族になることを拒んで平民のまま反乱を犯すが、その場合は殺されるか、手足を切り落とされて種馬か苗床として使われる。
故に、平民には魔法が使える者はほぼ残らない。
そして魔力には何かしらの色が付く。
無色の魔力など、この世界では未だ存在が認められていない。
魔法が使えるのが貴族としても、貴族が魔法を使える必須性はない。
だが、魔道公爵として名を馳せるブドー家においては、そうはいかない。
故に、魔力を証明出来ない者は、次期ブドー公爵としては認められない。
「父上、申し訳ございません」
「…待て、グラスリート!!」
ブドー公爵の嫡男グラスリートはあり過ぎた才により、魔法を魅力し魔法に魅力されて、真理に近付いた結果、理性やその他のものを垂れ流し、その感覚に興奮を覚え、世界を漂白することで一層の絶頂を迎えんとして歪んだ。
色付く世界の底にある無垢のキャンパスへ至らんとした研究者達は、これまで尽く血肉と魂を垂れ流して死んだ。
故に難解に封印された。
しかしその封印を容易に解読した天才少年は、世界の元の姿を曝く行為をして尚、性的興奮を垂れ流して生き延びた。
そして世界の漂白そのものが性癖へと変わって、常人とは掛け離れて歪んだ。
だが、ブドー公爵には今の息子に、歪む前の面影を僅かに、しかし確かに見た。
故に引き留めた。
グラスリートはそれまでの周回に置いては、実験の為に実家の権益を手放す事を見苦しく拒んだが、今回は彼にはその必要も無い。
「これ以上私がいては、お家の迷惑でしょう?
全ては私の不始末ですよ。では、今までありがとうございました。
今後は御祖母様の旧姓であるオフステインを名乗らせて頂くとしましょう」
グラスリートは父の静止を聞くことなく、一方的に家を出た。