変態科学者はゲームオーバーを公爵令嬢に捧ぐ 作:KAMATAMA
家を出たと言っても、グラスリートは大量の資産と別荘は個人の物として所有している。
そして、この先の情勢を知るが故に、何に投資すれば良いかなんて考えるまでも無い。
その上で先の見えない研究には莫大な金額が必要となり、資金は底を尽きる。
だが、今回のグラスリートには
実験すらせずとも、頭脳の中にその膨大な実験結果が詰まっている。
そもそも実験の目的は、
もはやそれもどうでも良い。
既に真理の片鱗は見付けたが、それは偶然の産物によってだ。
自ら探し求めたものではなく、何かに与えられたもの。
「この一周でしか持ち越せない可能性は高いでしょうが、故に今回は諦めましょう」
最も真理に近付く周回にありながら、グラスリートはそのチャンスを不意にするつもりだった。
「別の周の自分にとはいえ、与えられた知識で成し遂げても達成感もあったものではありません。
故に──────不要。
たまにはスポンサー様たちに返す側に回ってみましょうか」
自分以外の何かによって真理に最も近付く周だからこそ、彼はその周回で真理の追求をする事をやめた。
例えこれまでの自分からに依ってでも、与えられた知識に従うだけで研究を達成するなど、それこそ全てのグラスリートが許さない。
「しかし研究もしないとすると、途中成果も出ません。
これでは、あの皇帝に売り込む物がありませんね。
今周は
無知でもわかる資料にすれば、私には届かない程度の頭しか持たない彼女の手柄にも出来るでしょう」
グラスリートは、全ての周回から持ち越した研鑽を持って
…そこには己の名前すら記述せずに。
「あの可哀想な聖女には、僅かですが余り金でもくれてやりましょう。
金食い虫共に寄生されて大変ですからね」
グラスリートが言う通り、聖女はこの後予定通りにいくならば、悲劇の道を進む。
とはいえ、四天王は殆ど悲劇に終わるのだが。
聖女の場合は、己の育んだ孤児院出身の一人が帝国の敵となる。
「
助けられただけでは満足せずに、多く持つ者が少ししか持たざる者に分け与えない事に不満を持つ。
挙げ句、恩人である聖女を殺すとは──────ああ、実に救えない。
…その点、こちらが与えても更に要求しない聖女は実に聖女といえますね」
グラスリートが皮肉るように、死ぬ間際を聖女に救われた孤児の少女は、貧富の差を無くし全ての人間が平等であるべきだという信念の元に、主人公の側に付く。
というかメインを張るヒロインの一人になる。
聖女にも
聖女は身分故皇帝とは結ばれないと理解して尚、皇帝を愛していた。
結果、最後の決戦で聖女は育て子に倒される。
御業により何度も再生を行い、その度に教え子に刺し殺されて死んでいく。
それはそれでお涙頂戴の流れなのだろうが、グラスリートには、恩をかける相手を選べとしか思えない。
メインヒロイン様は『助ける相手を選ぶのは、本当の愛じゃない』なんてよくも己を助けてくれた恩人に言えたものだと、恩人にも恩を感じないキャラクターとして描かれているグラスリートは嗤う。
グラスリートにとって、特別に選ばない相手に向ける感情など愛とは呼べない。
有象無象に向ける無償の博愛など、グラスリートにとっては何の価値も感じられなかった。
騎士ガンブにとっては皇帝の意志と命を護る事が出来るならそれ以外を求めない男だというのはグラスリートも知っている。
予定なら、もうすぐすれば皇帝を護る最中、主人公の兄によって片眼を奪われるだろう。
ガンブは帝国と皇帝に尽くす者を認め、私利私欲のみに奔る者を認めない。
その信念は、皇帝を護る『力』は己だけで充分なので、他の者は気持ちだけで十分だという、強過ぎる自負という名の驕りの裏返しでもあった。
とはいえ、戦力は自分だけで良いという己でも気が付かない自惚れがあったとしても、成果より打ち込む姿勢と心の在り方を重視する、かの騎士の評価は高い。
…例え最後には、実力に劣る無数の想いの前に骸を晒そうとも、その高潔さは風化しない。
皇帝の親戚である神速の令嬢は、釣り竿と魚の捕り方の教育では無く、先ずは魚そのものをくれと飢えきった人々の恨みを受ける。
皇帝の親戚として、至高の貴族に連なる令嬢として、その命は敵対者に捕らわれれば尊厳と共に奪われる。
敗北した場合、彼女の血筋を周囲は許さない。
故に、主人公以外に討たれなかった時は、敗色が確定すると自らを消滅させる犠牲魔術などの手段を用いて自害する。
彼女にとっては、裕福になる方法も、強くなる方法も、貴族になる方法も、乞われれば教えるのだから、何もしないだけの人間には与えるつもりは無いという己の信念に恥じ入るところは無かった。
能力か意思のどちらかさえあれば、人は現状より先を目指せる。
『より先へ、より早く先へ、より速く先へ』という公爵家の家訓は、能力も意思もない人々には厳しすぎた。
それを甘えとしか思えなかった故に、フォーミュラ公爵家は民衆の敵として主人公達に否定されるのだ。
彼女は努力する事すら苦難とする弱者の甘えを、理解して許すことはなかった。
故に、努力をせずに不平だけを並べる下級民衆に後押しされた敵軍に、負ける事となったのだ。
国に利益を
「欲しいというだけなら、乞食にも出来る。
欲するものを手に入れる為に、何かをすることが大事。
欲しいものの為に、最も対価を払える者から優先して取得することが出来る。
…実に正論ですが、その言葉を乞食そのものである愚衆に伝えても反感しか買えないのですよ」
グラスリートが呟くように、フォーミュラ家の収入源の一つが、迅速果敢な買い占めからの転売だったことも、恩恵に与れない人々から恨みを買った。
欲しいと思う気持ちだけはあるが、そう思うだけで早く買う事も、早く転売された品物の為の購入資金を投入できない者にとっては怨敵とも言えた。
と言っても、帝国内にはそれらの声は少ない。小国に匹敵する資産で転売を行う公爵家による被害者は、根こそぎ作物を買い叩かれる他国の民であり、寧ろ帝国内はフォーミュラ家によって、様々な作物が国内に安定して供給される事となっていたからだ。
フォーミュラ家が売れるギリギリまで高く釣り上げて売りつけるのは他国に関してのみである。
他国の農家や領主自らがフォーミュラ家に、資金難を解消する為に作物を売ったとはいえ、それによって他国では作物の品薄が慢性化していた。
それに、金さえあればフォーミュラ家から安定した供給があるというのは、品物さえあれば資金を得られるというのは、苦痛を含みながらも安心と楽はあった。
他国はその安心と楽の猛毒から逃れられなかった。
フォーミュラ家は市場そのものを握っていた。
その恨みの矛先は、作物を販売した農家や領主ではなく、購入して転売する資産家へと向けられる。
利益は帝国公爵家に売り払う側に入るのに、恨まれ役は全て帝国公爵家が請け負ってくれる。
帝国にとってフォーミュラ家が無くてはならないのと同じくらい、他国にとってフォーミュラ家は害悪とされた。
他国は積極的にフォーミュラ家を悪役にした。
武人が敵を倒して土地を奪い、商人が格差を拡げて富を奪い、聖女が正論と善意によって反乱の気概を奪う。
これに皇帝自身のカリスマを含めたものが、帝国の統治の手段であった。
他国に対して、打ち倒し力で支配し、経済で生活を支配し、厚意で人情を縛る。
そして動けない他国を贄として、帝国を含めた世界を根本から救う。
これがヘリオスの戦略であった。
ただ、武人や聖女が個人に属する性質なのに対して、令嬢の性質は家に属していた。
彼女がどうあろうと、フォーミュラ家という事実は変わらず、彼女の後を継ぐ者がいればその性質は継承される。
帝国以外の国にとっては、フォーミュラ家に生まれた皇帝の親戚というだけで、絶対に生かしてはならない存在なのだ。
「だからどうでもよい連中に狙われる」
溜息と共にそう独り言を言う学者にとっては、自国の民すらどうでもよい。
ましてや敵国の民衆の生活などよりも、自分の研究のスポンサーの方がよほど価値があった。
「癪ですから、害虫駆除の研鑽について脳筋武人にでも聞くこととしましょう」
これまでの二倍強くなれるのなら、四天王が一人いなくても十分だとグラスリートは考える。
メルセデス・フォーミュラを守る為……ではなく自身の研究のスポンサーを守る為に、グラスリートはガンブ・レイドに修行を付けてもらう為に練兵場に向かうことにした。
この国では、冒険者の転職先として兵士の職がある。
グラスリートの思惑通り、そこには最強の冒険者にして最強の兵士がいた。
「ガンブ、私を鍛えなさい」
しかし、ブドー家の看板も失い、鍛えた様子もない馴れ馴れしい男をガンブは相手にもしなかった。
グラスリートにとっては、後の四天王の同僚だが、この周回の現時点においては、ガンブにとっては悪評があるだけの他人である。
この時点で既に騎士の頂点にいる男ガンブは、役に立ちそうにない頼りない男を相手にしようともしなかった。
周りの部下たちにグラスリートを押さえつけさせて、背を向けて去った。
だが──────
「フンッ!!」
ガンブは己の顎を
吹き飛ばされて、全身を土埃と血で汚しながら倒れ込んだグラスリートは、それでも立ち上がった。
「…貴様、名前は」
「グラスリート・ブドー…いえ、グラスリート・オフステインです」
皇帝を信奉する騎士は、ノーダメージとはいえ己に真正面から殴りつけた快挙に内心で興奮した。
「そうか、構わんぞ。
俺が鍛えてやろう、みっちりとな」
そして真正面から己を殴った事以上にグラスリートを買ったことがある。
「──だが、しっかりと身体を治してからだ」
グラスリートに殴り返したガンブは、その時点でグラスリートの全身の骨が折れているのを理解していた。
その状態で尚、帝国最強の騎士に挑むその気概、騎士団長ガンブ・レイドが歓喜に震えるのを隠すに耐えられなかった。
肉体は全く鍛えていない貧弱極まりない。
だが、己の顎を打つセンスと、己を一切顧みない程の信念の詰まった瞳。
ガンブはそれを信じた。
グラスリートは何時でも
フォーミュラ家の紋章開放時は人間が理解し得る最速だ。
対して、グラスリートの戦闘法は最遅であった。
グラスリートの技の一つに、あらゆる慣性を奪い物理衝撃を無効化するものがある。
彼の前には物理的な攻撃は速度を失い無価値と化す。
それに未来を計算することで予知染みた挙動を組み合わせる事で、敵の攻撃を無効化する。
それを逆転させて、元々存在しない慣性を
本来なら発生するはずのない物理衝撃がグラスリートに発生して、その反動でガンブの前に回り込む。
己の怪我を無かったことにする魔法など使う暇は無い。
そしてその慣性を無効化して、再びガンブに向かって己を撃ち出した。
鍛えていないグラスリートの身体はこの時点で既にボロボロだった。
ガンブはグラスリートの表面を殴り付けたと同時にそれを理解して、その衝撃を逃したのだ。
立ち上がったグラスリートの瞳を、ガンブは然りと見つめ返した。
「その眼、わかるぞ。
お前にも、護りたいものがある」
「…さあ、何のことやら」
こうして、グラスリート・オフステインは特例でガンブの直弟子になった。
彼曰く、戦いから遠ざけてスポンサー様を長持ちさせる為に。
冒険者としてのランクを上げて、その