変態科学者はゲームオーバーを公爵令嬢に捧ぐ   作:KAMATAMA

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朴念仁とラブコメはシナリオの変化を示す?

 グラスリートは違和感を感じていた。

 

「おかしい。

明らかにおかしい。

…ガンブ・レイドは皇帝への忠義一色の人物の筈」

 

 そう呟くには理由があった。

 

 

 

 冒険者ランクも第五階層(Bランク)に至り、正式な軍属として近衛兵長兼ねて総司令官ガンブ・レイドの配下として所属したグラスリート。

 しかし、そこで待っていたのは先任の副官による、己の居場所を維持する為の必死な抵抗だった。

 

「貴方がお茶を入れるのが上手なのは理解していますが、ガンブ様にお茶をお出しするのは、この私のお仕事なんですからねっ!!」

 

 妙に線の細い、というかか弱い印象を持つ女性副官は、やたらとグラスリートを牽制していた。

 女性兵士といえば、いかにも丈夫そうなものが比率として高いのだが、その女性は儚ささえ感じさせた。

 

 その女性がガンブを取られまいとするかのような必死さを、グラスリートに向けている。

 

 ひとでなし科学者にはさっぱり分からない。

 いや、ひとでなし科学者でさえも、理由は分かっているつもりだ。

 色恋の類だ。

 問題は、何故四天王に何度もなったグラスリート・オフステインが知らない女性が、よりにもよってガンブ・レイド相手に色恋しているのかがさっぱり理解出来なかった。

 

 どうしてこうなった?

 ガンブが、あの皇帝と帝国と戦闘以外に興味の無いガンブが。

 人間相手では、皇帝一筋で同性愛者では無いかと疑っていた元同僚が、今回の周では美人な副官と仲良くやっていた。

 

「聞いていますのっ!?」

 

「…ええ、どうぞ御随意に」

 

 かつての四天王としての同僚に対して出来るのは呆れだけだった。

 

 しかも、このお嬢さんは明らかに平民の出では無い。

 だが、その所作は明らかに貴族、それも極めて高位な家の者であった。

 しかし、グラスリートの記憶の中に、貴族名鑑には彼女と一致する女性はいない。

 所作もそうだが、その瞳と彼女が保有する、長き時代を掛けた事前魔法を通じて、血とリンクした固有平面コード(保有紋章)が、それ以上の事実を天才科学者には理解させた。

 

 女性副官の円型QRコード(紋章)はグラスリートの知識には載っていない。が、似たようなものなら数個存在する。

 

 一つはゲームの主人公が持つ、円だけが描かれた、中身を自由に書き換えられる無限のコード。

 一つはそれに近しい性質の仮想紋章。

 グラスリートが所有するもので、形が決定づけられたハードでは無く、再書き込み可能なソフトによりその内容を決定することが出来る代物だ。

 そして一つは─────────皇帝家の血脈に伝わる中身まで漆黒の円紋章。

 同じく、全ての紋章魔法を高次に使用出来る。

 

 

 その女性副官の首飾りには、それに極めて似た紋章が魔術的に描かれていた。

 見た目は全く関係ない装飾であるのが、凡才には到底見抜けない理由だ。

 その紋章こそが、か弱い彼女を第五階層(Bランク)に押し上げた理由であり、ガンブが気を遣う理由の一つである。

 

 

「ガンブ様、今日の紅茶は最近我が国の植民地になったマーヤカオ産の茶葉ですの。

その…、どうでしょうか?」

 

「…悪くない、と言いたいが正直俺には茶葉の違いは良く解らないのだ」

 

 

 それでも、無骨を地で行く男は、女性との受け答えにも華が無かった。

 それでこそ四天王最賢の知るガンブ・レイド。

 やはり色恋に対する適正は無い。

 これでこそガンブだと、グラスリートは頷いた。

 ガンブに色恋など似合う通りが無い。

 

「だがアルメリア。

君が入れてくれる茶は、どれも美味い」

 

「ありがとうございます」

 

 アルメリアの声には喜色が隠れる素振りすら無い。

 

 …色恋などガンブには縁が無かった筈だとグラスリートは記憶していたが、目の前で繰り広げられている光景と、これまでの護皇の鬼ガンブ・レイドの印象が一致しない。

 互いに妙に気を遣ってそわそわしたガンブ・レイドなど、グラスリートが知る彼では無い。

 

 

「いや、おかしいでしょう」

 

 

 耐えきれなくなり、変態眼鏡は脳味噌筋肉にツッコんだ。

 

 

「…何かあったのか? わかるかアルメリア?」

 

「いえ、第二(・・)副官が良く解らないことに疑問を持つのは常のこと。

自称天才が考えることなど、第一(・・)副官の私には理解しかねます」

 

 

 ガンブにはデレデレなのに、グラスリートには牽制に次ぐ牽制である。

 いや少し待って下さいと、顔面だけは整った第二副官は爽やかな笑みを貼り付けたまま笑う。

 同じ四天王で、女っ気がまるで無いと妙な仲間意識を持っていたガンブに親しい女性?

 グラスリートは何かの間違いだと思ったが、一応聞くことにした。

 そういう事を簡単に聞ける程度の中ではあるので、考えるより聞く方が早いと判断すればそうするのが効率的だからだ。

 決してくだらない事に頭を使いたくない訳ではない。

 

「お二人はお付き合いを? 勿論上官と副官と言う意味では無く、男女の仲という意味でですよ?」

 

 空気が固まった。

 別にグラスリートは大気に慣性停止をかけて疑似時間凍結を行ったわけでは無い。

 何となく、空気が固まった感があっただけだ。

 空気は流動しているのに、沈黙が妙に息苦しい。

 一応自己確認はしたが、別に魔法が暴走した様子も無かった。

 

 そして時は当人達の発生により動き出した。

 

「いえ別にそんな烏滸がましくもガンブ様と私が──────」

「グラスリートそれは勘違いというものだ。

別に俺はアルメリア様とどうこうという薄汚い欲望は無く──────」

 

 時を止めた代償か顔を真っ赤にさせて二人は似たような行動をとった。

 お互いに慌てたように否定し、そして互いの否定を聞いて少し落ち込んだような表情を見せた。

 

「あっ…、そうですよね…」

 

「あ、ああ…」

 

 

 もうグラスリートは沈黙するほか無かった。

 笑顔を爽やかに貼り付けたまま、彼はその停止寸前の頭脳で結論を出す。

 結論:どう考えてもおかしい。

 こんなのは忠義の騎士ガンブ・レイドではない。

 

 どうしてそうなる…。

 研究にドハマリしたグラスリートの身近な同年代の女性と言えば、美人だが可愛くは無い従姉と、美人で可愛げが無いのが可愛いメルセデスが一番近い比較対象だった。

 その他にも気合いで再生し続ける化け物のたゆんたゆん聖女とか、後に裏切って主人公の仲間に付くどころか、最初から従う気など無かったと言い放つ押しかけ弟子もいるが、それらはノーカウントだ。

 

 このいい歳して少年のような騎士のような何かは置いておくとして、今時これ程分かりやすい反応をする女性は変態科学者のデータベースには無い。

 知らない。こんな周は知らない。

 それはこれまでより早くガンブと接触したからかは分からない。

 そもそも今回は己も含めておかしいことだらけなのだから、この異常事態(イレギュラー)さえこの周の規定事項(レギュラー)かもしれない。

 しかし、知らなくても考えなくてもこれくらいは分かる。

 

 

「もう、どうでもいいです」

 

 こんな青臭いラブコメは無視するに限ると、後の大帝国四天王最賢の男、界曝のグラスリートは笑顔で思考を放棄した。

 彼が思考を放棄した理由の大部分は呆れとかの類だが、その他にもアルメリアというグラスリートが知らない女性の存在が、ゲームシナリオから剥離した証拠に思えたからだ。

 既に運命が変わり始めているという思い込みが、彼を少し浮かれさせていた。

 

 だが、この女性の存在が、後のシナリオ通りのガンブ・レイドを作ることになる原因とは、この時点では天才科学者は想像していなかった。

 元のシナリオが始まる前に、そもそもグラスリートが四天王になる前に、設定だけ存在していた女性の存在など、如何なる天才でも知りようがないのだから。

 …だからこそ、このアルメリアの存在こそが運命を再びなぞる事を示していたのだ。


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