変態科学者はゲームオーバーを公爵令嬢に捧ぐ 作:KAMATAMA
後の帝国四天王となる癒しの聖女リキュア・ストラーダにとって、グラスリートは気前よく寄付してくれる好青年のスポンサーだ。
背後は色々ときな臭いようだが、孤児院に対して寄付してくれる以上、そこに踏み込む気は無い。
今冒険者の試験を最速記録で昇格し続けており、投資家としても様々な事業に手を出して、それら全てを成功させている美青年。
とはいえ、リキュアにとって異性としての興味は無い。
リキュアの心にあるのは、幼き時に相手の身分も知らずに遊び、おままごとの中でプロポーズしてくれた少年。
今では遠い存在だと知った青年。
彼の名は皇帝ヘリオス。
どこまでも真っ直ぐで、どこまでも真剣に、己の帝国の利益を追求する。
例え、彼が父から継いだ
そして本来の歴史では、主人公陣営との戦いにおいて、かつては怪我をした孤児院の子供達に使っていた治癒魔法を、己に過剰に掛け続け、幾度目かの再生の後に細胞が崩壊して自壊する。
その最後は陣営が異なる故に敵として聖女を何度も殺しつつも、聖女への感謝を捨てたわけでは無かった元孤児のヒロインの腕の中で死ぬ。
最期まで皇帝のことを案じながら…。
まあとにかく、後に帝国の聖女と呼ばれるリキュア先生には変態学者へ異性としての興味は欠片も無いのだ。
変態眼鏡の方も、聖女にはあるまじきたゆんたゆんな胸元に興味を向けるわけでは無い。
同じ巨乳でも柔らかさより張りを求める派というのもある。
具体的には豪奢な金髪で背筋の伸びたパツキュッパツな令嬢が好みのど真ん中でそれ以外はどうでも良いだけなのだが、他者から見える分には極めて紳士的な対応である。
それまでは、資金を恵んで貰う為に、厭らしい視線にも気にせぬ振りをしていたリキュアであったが、グラスリートの獣欲を感じさせない対応には品を感じていた。
唯一問題は、特定の孤児にだけやたらと気にかけること。
その相手が孤児院の子供達の中で最年長かつ飛び抜けて美しいクララベルであるとなると、やはり警戒をしてしまう。
貧富の差を問わず、男達はクララベルには甘いが、その甘さは獣欲に由来するものだ。
自身にもその類の欲望を向けられる事が多いリキュアにはよく分かる。
だが、グラスリートからはそれらの性的な滾りは感じられなかった。
「この孤児院の子供達は皆幸せでしょう? リキュア先生に感謝しなくてはいけませんね」
「あなたは幸せです」
「リキュア先生の後を継いで先生になってみては? 環境は私が手配しますよ」
「
クララベルは気が強いというか、正義感が強いというか、反骨精神の塊だった。
グラスリートのクララベルにかける言葉は、その尖った牙を砂糖で溶かすようなものばかりだった。
一度「何故クララベルにだけ甘やかそうとするのですか?」とリキュアは聞いたことがある。
すると、グラスリートは言ったのだ。
「帝国の定めたものとは違う正義へと傾倒した場合、クララベルさんが皇帝を倒そうとした時、貴方はその手で討てますか?」
クララベルと、リキュアの内心を知っているかの様な物言いを爽やかに言い放つ貴公子に、リキュアはゾッとした。
何故そこで皇帝が出てくるのか、リキュアの思い出が、リキュアの想いが知られているのか。
何故他人が知るはずもないのに、クララベルが現状の帝国が肯定する『公正で不平等な世界』に不満を燻らせていると知っているのかと。
もしや対貧困層向けの秘密警察では無いかと、思わずリキュアは想定してしまったほどだ。
「クララベルさんは思い込みが強そうですし、帝国の象徴は皇帝ですから例えに使っただけですよ。信じるかどうかはお任せします」と告げる口ぶりには底が見えなかった。
眼鏡の美男子は他の子供達には公正かつ平等に与えながらも、クララベルには不平等に利益を与える。
クララベルの鋭すぎる正義感を、徹底的に溶かそうとするその在り方は、悪魔の誘惑そのものだった。
だが、第三者から見ればわかるその誘惑により、クララベルの正義感の危険性ははっきりとリキュアの知るところになった。
そして、ほんの僅かにもその堕落への誘いに効果があったように見える時、ホッとしている自分をリキュアは恥じた。
グラスリートという青年が人間に見えなくなった時、貧民街の孤児院には到底似つかわしくない令嬢が訪ねてきた。
「ここですの!? グラスリートを誑かしている女がいる孤児院というのはっ!!
…もしや、貴女かしら?」
貧民街の人々がその大きな声に反応してそちらを見ていた。
その視線は一様にして非好意的だ。
この帝国では敗者には救済は無く、勝者にのみ賞賛が与えられる。
孤児院で教えられている宗教でさえも、『神は自ら助く者だけを助く』との教義であった。
しかし、この貧民街は敗者の肥溜め。
勝者である貴族令嬢然とした女が、貧民街の救いである教会にして孤児院を悪し様に言うのは気持ちが良いものでは無い。
だが、リキュアは何となく分かったのだ。
この人は
だから告げた。
「足繁く通っては頂いてますが、あくまで富める御方のご厚意としてで、不適切な関係ではありません」
男女の中は否定しつつ、一応スポンサーの顔も立てる。
それに適した言葉を言ったはずなのだが──────
「嘘ね。彼がそんな聖人であるわけがありませんわ」
バッサリと切られた。
「あったとして、青田買い出来そうな部下候補がいるとか、人体実験の候補者を探しに来たとかそんなところでしょう?」
あんまりと言えばあんまりだが、グラスリートがこれまでの周でやって来たことは、まさにそれだった。
しかも部下と言っても、枕詞として
「オフステインさんはその様な方では…」
信用は出来ても、信頼は絶対に出来そうに無いスポンサーではあるが、一応スポンサー様ではあるのでリキュアは変態眼鏡を立てる。
「あら、恋は盲目というものかしら? 理解が浅いようね」
リキュアはその言葉をそのまま返したかったが、相手も名のある貴族令嬢であり、敵に回すのは不味いと考えた。
「浅学の身でして、観察眼もありません。
ですが、誓ってオフステインさんには異性としての興味があるわけではないのです。
信じて貰えませんか?」
内心、面倒だなとは思っても、そこは真摯な顔でリキュアは対応した。
「…良いでしょう。
仮に張り合ったとして負けるとも思えませんもの。
大人げない対応でしたわ。
私、メルセデス・フォーミュラと申しますの。
貴女、お名前は?」
真摯な表情の仮面が外れそうになるほど、リキュアはげんなりしていたが、それでも愛想笑い程度は出来た。
出来た筈だ。
相手が帝国最大の公爵家の娘という驚きで、上手く愛想笑いが出来ていたかどうかも分からないが。
その後、グラスリート関連の話で無ければ、極めて公正な相手だとリキュアは知ることになった。
優秀な子供は未来の帝国の宝だと、援助を申し出てくれた。
試験の成績如何ではという条件付きではあったが。
…優秀で無い子供についてはバッサリと切り捨てる点についても、極めて公正だった。
優秀な子供は、この国最大の貴族が助けてくれるのなら、優秀で無い子供は自分が救おう。
聖女はそう誓い、冒険者としての登録をした。
──これはこれまでの周回通りの、四天王の女性二人の出会いである。
この時点ではまだ、エンディングに繋がるシナリオに歪みは起きていない。